(古いS-VHSからの新発見;デーヴィス・バシュメットの協奏交響曲)
15-1-2、コリン・デーヴィス指揮、バヴァリアン放送交響楽団とウラジミール・スピヴァコフのVn.とユーリー・バシュメットのVla.による協奏交響曲変ホ長調K.364(320d)、
1988年収録、RM Arts CO-Production、

−この演奏は、デーヴィスの穏やかで伸び伸びとした重厚なオーケストラの伴奏に支えられて、気の合ったヴィルテイオーゾ的なソリスト二人が颯爽としてそれぞれの楽器に集中できた演奏であり、大オーケストラでなければ味わえぬ充実した響きを持ったまさに交響曲的な協奏交響曲であった。この曲には、かねて名演奏が揃っているが、この演奏はその中でもトップクラスにランクされる貴重な演奏の一つであると思われる−


(古いS-VHSからの新発見;デーヴィス・バシュメットの協奏交響曲)
15-1-2、コリン・デーヴィス指揮、バヴァリアン放送交響楽団とウラジミール・スピヴァコフのVn.とユーリー・バシュメットのVla.による協奏交響曲変ホ長調K.364(320d)
、1988年収録、RM Arts CO-Production、
(2000/10/01、CJの放送をS-VHSテープ352に保存してあった。新発見。)

   協奏曲部門では、古いS-VHSテープを探しているうちに偶発的に発見したデーヴィス指揮のヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調K.364をお届けするが、この演奏は、何とヴァイオリンをウラジミール・スピヴァコフが、ヴィオラをユーリー・バシュメットが揃って弾いており、オーケストラはバヴァリアン放送交響楽団(1988)であった。この曲には素晴らしい映像が、沢山、残されており、データベースを整理しているうちに、ソリスト名が記載されていないデーヴィス指揮の映像があることを発見した。兎に角、亡くなったコリン・デーヴィスの貴重な新発見ソフトであり、調べてみると今や最高の評価の高い二人のソリストの映像であり、彼らとデーヴィスとによる名人芸が聴けるものと、早くから楽しみにしているソフトであった。



   ヴァイオリンのウラジミール・スピヴァコフ(1944〜)は、レニングラード音楽院とモスクワのチャイコフスキー音楽院で学んだ英才であり、ソ連崩壊後もモスクワに残りロシアで活躍していたため、西側では余り知られていなかった。このHPでは、彼のヴァイオリンと指揮により、彼の創設したモスコウ・ヴィルテイオージ室内楽団のコンサート(12-2-1)を紹介しており、バッハのヴァイオリン協奏曲2曲、並びに彼の指揮でモーツァルトのオーボエ協奏曲と交響曲第24番の2曲を演奏していた。
一方のユーリー・バシュメット(1953〜)は、ウクライナ出身のユダヤ系の家系に産まれ、8歳でヴァイオリンを始め、14歳でヴィオラに転向したという。彼はヴィオラの既成概念をくつがえし、ヴィオラの独奏楽器としての可能性を広げたスーパー・スターと考えられているが、ヴィオラの曲が少ないため、このHPでは初登場となっている。スピヴァコフとモスコウ・ヴィルテイオージ室内楽団は、1983年にバシュメットとともに来日しているようなので、この二人は当時から仲の良いコンビであったようであり、バシュメットが、最近、指揮を始めたようであるが、先輩格のスピヴァコフの影響を受けているかも知れない。



     オーケスオラが勢揃いしている広い舞台に、足早に三人が入場し、中央の指揮台の上にデーヴィスが立ち、中央左にスピヴァコフが、その右にバシュメットが立ち、デーヴィスの一振りで、ヴァイオリンとヴィオラのための協奏的交響曲変ホ長調K.364の第一楽章が、ユニゾンで荘重な雰囲気で始まった。アレグロ・マエストーソの指示通りに、オーケストラは全合奏の重々しい前半と第一ヴァイオリンの明るいスタッカートが目立つ堂々とした第一主題が提示され、直ぐに経過部を歯切れ良く進んで盛上がりを見せていた。よく見ると右奥にコントラバスが4台勢揃いしてフルオーケストラを支えており、大規模なオーケストラが力強く進行していた。やがて、ホルンとオーボエによる軽快な第二主題が弦楽器のピッチカートに支えられながら伸びやかに提示されていた。このオーケストラによる主題提示部は、クレッシェンドを重ねて次第に頂点に達するが、随所に現れるシンコペーションの響きとトリルの音形には緊張感が伴い、デーヴィスは実にゆったりとして雄大にオーケストラを響かせて、交響的な提示部を締めくくっていた。



       続いて独奏ヴァイオリンとヴィオラがオクターブで合奏しながら、輝くようなトリルでアインガングを奏して第二提示部が開始されると、オーケストラが第一主題の冒頭部を提示していた。やがて独奏ヴァイオリンが第三の主題を提示すると、独奏ヴィオラがこれを引き継ぐようにそっくりと模倣していた。軽快なヴァイオリンに対して重々しいヴィオラが応えるように華やかに進行し、ここでは二人はまず模倣の手法で交互に競い合っていた。続いて新しい第四の主題においても同様にVnが先行してVlaが模倣していたが、その後は重奏をしたり、交互に追いかけあったり、合奏をしたりといろいろ変化を見せながら進行し、やがてトウッテイのコーダに入り、第二提示部を雄大に締めくくっていた。
  独奏ヴァイオリンが溜息をつくようにフェルマータで一息し、展開部に入って独奏ヴァイオリンが新しい主題を提示してから、そのまま同じようにヴィオラが繰り返した後、両楽器が速いパッセージで活発に追いかけあって技巧的な展開を行っていた。再現部では冒頭の第一主題がオーケストラで開始され、続いて第三の主題がヴィオラで提示されてからヴァイオリンに受け継がれていた。Vlaが先行しVaが模倣する順序に替わり、やがて第四の主題に次いで第二の主題の順に再現されて、提示部とは異なる独自の構成で主題が再現されていた。最後のカデンツアは新全集のスコアに示された通りであったが、ヴァイオリンとヴィオラが互いに競い合ったり合奏したりする美しいもので、最後のアダージョの部分で二人は、改めて呼吸をピッタリ合わせて見事な合奏を行っていた。     スピヴァコフとバシュメットは、さすが手慣れた演奏で、それぞれ対等で弾き合ったり、オクターブ離れて弾いたり、重奏したり、模倣し合ったりして賑やかに進行し、この曲の持ち味を充分に示しながら、豊かな楽想でこの曲を締めくくっていた。



    第二楽章のゆっくりしたアンダンテ楽章では、オーケストラがもの憂げに弱奏する印象的な序奏に導かれ、深い憂いに閉ざされたような雰囲気の中で、独奏ヴァイオリンが溜息をつくように変奏しながらソロで第一主題を提示し、やがて独奏ヴィオラもすすり泣くように変奏を始めソロで一オクターブ下の主題を提示していた。続いて短い第二主題になると独奏ヴァイオリンが弾き出すと、それを独奏ヴィオラが追いかけるように弾き出す掛け合いとなり、二人は互いに顔を見合わせながら慰め合っているように見えた。やがて間にトウッテイも入って進行し、二人のソロが半小節遅れから一小節おくれにカノン風の追い掛け合いが続いてから、トウッテイとなって提示部が静かに収束していた。
展開部はなく再び冒頭の第一主題が今度は独奏ヴァイオリンで変奏しながら再現され、独奏ヴィオラも変奏して続き、交替から合奏になっていた。第二主題に入ってからは追い掛け合って対話しながら進んで、提示部の単なる繰り返しではないいろいろな変化のある再現部となっており、ヴァイオリンもヴィオラも対等な形で進んでいた。カデンツアでは、ヴァイオリンで始まり、ヴィオラが一小節遅れで追いかけるカノン風に始まるが、後半では両楽器が激しく応答し合う、この曲ならではの美しいものであった。ヴァシュメットのヴィオラが常に負けまいととして対等以上に弾いているのに対し、スピヴァコフのヴァイオリンは常に冷静に兄貴のように弾いており、二人の息の合った姿と、時には懸命な様子が窺われ、オーケストラが仲介役となって印象的に進んでいた。二つの楽器が溜息をつくような音形で綿々と進行する姿には、聴くたびに感動させられる。



    始めの二つの楽章が充実した交響曲的な響きで進行してきたが、このフィナーレは一変して快活に躍動する平明なプレストの終楽章であり、協奏曲風の結びの楽章となっていた。形式は、全体的にはA-B-A-B-Aのロンド形式であるが、Aの部分がロンド主題で始まるオーケストラのパーツとソロが活躍するパーツに別れる変則的な造りになっていた。
オーケストラのロンド主題がいきなり飛び出してきて、プレストで明るく軽快に進行するが、オーボエが明るく響きホルンが繰り返す木管の活躍があって、最後にホルンが素敵なファンファーレを行ってオーケストラの部分が終結していた。続いて独奏ヴァイオリンが第二の主題を提示してから独奏ヴィオラに引き継ぎ、二人が交互にひとしきり弾き合ってから、独奏ヴァイオリンによるBの部分が始まった。ここではヴァイオリンとヴィオラが新しい第三の主題を互いに追いかけるように交互に目まぐるしく進行し、最後には二人の重奏のような形で収束し、素晴らしい効果をあげていた。
            再びロンド主題が両楽器で登場してから、今度はヴィオラが先行する形となり、直ぐに第二主題が独奏ヴィオラで提示され、独奏ヴァイオリンが引き継いでから、ヴィオラが第一の主題に次いで第三の主題を提示し、独奏ヴァイオリンと交互に追い掛け合いながら素晴らしい展開を見せていた。最後にロンド主題が両楽器で登場してから新たな展開を見せているうちに、あのホルンのファンファーレが聞こえてきて独奏ヴィオラが、続いて独奏ヴァイオリンがそれぞれクレッシエンドしてそれぞれの頂点に達してからコーダで結ばれ終結していた。素晴らしく軽快なプレストであり、一気呵成に頂点にまで登りつめた厚みのある終楽章であった。



   演奏が終わると、凄い拍手が湧き起こり、ソリスト二人は互いに笑顔を見せながら、指揮者やコンマスと握手をしてご挨拶をしていたが、拍手は鳴り止まず、花束がソリストに贈られていた。真に残念ながら、この広いホール名も知らされず、前後の曲も紹介されぬまま、映像はこの曲だけで終了していたが、二人の名人による素晴らしい演奏であった。この曲は三つの楽章を通じて、モーツァルトの湧き出るような楽想の連続という感じの曲であり、豊富な美しいメロデイがあふれ出し、ヴァイオリンとヴィオラが独奏したり重奏したり、追い掛け合ったり対話を楽しんだりして常に変化に富んでいた。この演奏は、デーヴィスの穏やかで伸び伸びとした重厚なオーケストラの伴奏に支えられて、気の合ったソリスト二人が安心してそれぞれの楽器に集中できた演奏であり、大オーケストラでなければ味わえぬ充実した響きを持ったまさに交響曲的な協奏交響曲であった。この曲には、かねて名演奏が揃っているが、この演奏はその中でもトップクラスにランクされる貴重な演奏の一つであると思われる。2015年の聴き始めを飾る魅力的な映像であった。

   一昨年亡くなられたコリン・デーヴィス(1927〜2013)には、オペラ「魔笛」、「劇場支配人」などのほか、セレナード集、二つの「レクイエム」などがあり、探せばまだありそうな活躍ぶりであったが、今回、ヴァイオリンのスピヴァコフとヴィオラのバシュメットのソリストを迎えたこの協奏交響曲K.364は、この曲の代表的な演奏であり、デーヴィスのデータベースにもこの曲が加わることによって、輝きを一際増すことになると思われる。

(以上)(2015/01/03)


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