(最新の放送から;ブロムシュテットとN響の交響曲、K.543とK.551)
15-1-1、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮NHK交響楽団による交響曲第39番変ホ長調K.543、N響定期第1787回、および交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」、
N響定期第1789回、いずれもサントリー・ホール、2014/9/10および2014/9/27、

−第39番を通して聴いてブロムシュテットの演奏は、非常に後味が良い演奏であり、テンポ感が良く、堂々とした正面から取り組んだ大きな演奏で、繰り返しも抵抗なく、落ち着いたしっかりした譜面通りの演奏をしており、ピリオド奏法の新しい感覚と正統的な演奏とを上手く重ね合わせた豊かなものを感じさせていた。「ジュピター交響曲」については、全楽章を通じて、ブロムシュテットの終始一貫してオーソドックスな重厚な進め方、各声部のアンサンブルの良さ、良く旋律を歌わせる指揮振りなどがとても印象的であり、第三・第四楽章の繰り返しなども含めて、他に例が少ない素晴らしい演奏であったと思う。N響は30年以上も付き合って来た豊かな指導者を得て、実に伸び伸びと演奏しており、海外の著名なオーケストラにも遜色ない立派な演奏を残してくれたと思う−

(最新の放送から;ブロムシュテットとN響の交響曲、K.543とK.551)
15-1-1、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮NHK交響楽団による交響曲第39番変ホ長調K.543、N響定期第1787回、および交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」、
N響定期第1789回、いずれもサントリー・ホール、2014/9/10および2014/9/27、
(2014/10/05および2014/10/19、いずれもBS103の放送をHDD2(BDレコーダ外部HDD(2TB)に収録)

  2015年の新年の1月号を飾るソフトは、まず交響曲部門では、ブロムシュテットとN響が、昨秋、意欲的に演奏した三回の定期演奏会において、交響曲39番K.543とチャイコフスキーの第4番、交響曲第40番K.550と第5番、交響曲第41番K.551「ジュピター」と第6番「悲愴」の順にセットで演奏していた。これらの演奏には、指揮者の意気込みもさることながら、N響の皆さんも力が入っており、実際に収録した5.1CHの映像・音響をチェックしてみると、いずれも素晴らしく迫力があり、貴重な映像を収録できたと考えている。これはブロムシュテットが、古楽の指揮者が良くやるように後期の三大交響曲としてまとめて扱わずに、1曲ずつチャイコフスキーの交響曲と対比するように聴けというご指示であると感じた。そのため、このHPではそれぞれを独立した1曲として扱って、1月号では第39番と最後の第41番を別個に取り上げようとしたものである。第40番については、2月号で扱いたいと考えている。

  このセットの公演の最初の映像には、ブロムシュテットを渡辺佐和子がインタビューをしていた。モーツァルトとチャイコフスキーの後期三大交響曲を並べて演奏する試みは、チャイコフスキーがモーツァルトを尊敬していたことによる。二人には共通点があるが、表面的には分からない。チャイコフスキーはエモーショナルな作曲家であると言われるが、モーツァルトはそういう風には見えない。しかし、モーツァルトもエモーショナルなのだが、それが隠されているのだと言う。彼の作品にはエモーションに満ちているが、それは一小節ごとに絶えず変化している。喜びから悲しみに、死の不安から喜びにと、表面は滑らかでも実はそうではないと言う。一方のチャイコフスキーにも誤解がある。彼は古典主義者だがロシアの人には余りにもドイツ的だと指摘された。彼はベートーヴェンやブラームスの後継と言われ、それが誇張されてきた。そしてモーツァルトのエモーショナルなところや、チャイコフスキーの古典的なところを示してみたいと述べていた。一方、N響については、N響の皆さんとは1981年以来のお付き合いであり、30年以上も一緒にやっているとお互いの意思が良く伝わりとても演奏しやすく、とても素晴らしい交響楽団だと語っていた。


    この交響曲第39番変ホ長調K.543の第一楽章は、テインパニーが良く響く壮大なアダージョの序奏で始まるが、ブロムシュテットは序奏部全体を比較的早いテンポで進めており、付点リズムを持ったテンパニーの堂々たる連打と、華麗で急速なテンポの下降音階を伴った弦の流れで序奏が進んでいた。この32分音符の下降する弦は、急速なテンポの古楽器奏法のようであり、低弦がリズムを刻みつつフルートと下降する弦とが対話しながら穏やかに盛り上がりを見せつつ進行し、後半も堂々たる大和音の連続で穏やかに明るく序奏が結ばれていた。この早いテンポによる序奏のピリオド奏法と伝統的奏法との折衷のような進め方は新味があり、ブロムシュテットの独自の解釈のように思われた。





   素晴らしい序奏に続くアレグロでは3拍子の第一主題が、弦楽器で軽快に提示され木管も加わって勢いよく進んでから、ベートーヴェンの「英雄」交響曲を思わせる力強いファンファーレが堂々と開始され、序奏にあったような和音と下降音階とが加わって実に明解に響いていた。続いて現れる第二主題も第一ヴァイオリンにより歌うように提示され、フルート・クラリネットと弦との優美な対話が一きわ冴えて、ピッチカートを伴った厚い響きも豊かに進んで後半では盛り上がりを見せて主題提示部を終えていた。ブロムシュテットはここでこの提示部の繰り返しを丁寧に行なっていたが、オーケストラはますます勢いを増しながら、展開部へと突入していた。
    展開部では提示部の結尾主題が何回も執拗に繰り返され、力強く展開されて再現部へと移行していた。ブロムシュテットは再現部においても、終始、堂々と力強さを持って型通りに進んでいたが、この曲のダイナミックな迫力を強調させた緩急自在な力強い演奏を見せていた。この楽章はブロムシュテットがNHK交響楽団を力強く歌わせながら、ピリオド奏法と伝統的な奏法とを巧みに融合させた新しい解釈による演奏であると感じさせていた。





  第二楽章では、アンダンテのゆっくりした楽章であり弦楽合奏の美しいメロデイでゆったりと始まる。曲は二部分型式か、三つの主題から構成されており、譜面を見ると提示部の前段に弦楽合奏の繰り返しが二つもあり第一の主題が提示されていたが、ブロムシュテットは二つの繰り返しを丁寧に演奏していた。続いて木管の合奏に導かれて弦4部が第二の主題を波を打つように提示していき、管と低弦との見事な対話がひとしきり繰り返されて頂点に達してから、ファゴット、クラリネット、フルートが互いに重なり合って第三の主題を提示して、前半の第一部を形成していた。モーツァルトのエモーショナルな部分がここにあるぞと言いたげな純粋な感情の発露があるような気がした。続いて第二部では、第一の主題が第一部同様に弦楽合奏で始まるが、直ぐに管楽器の合奏が加わり、次第に弦楽器群と管楽器群が交互に波を打つように進行し始めた。第二の主題も変形されて弦楽器群と管楽器群が波を打つように力強く進行し、素晴らしい高まりを見せていた。そして終わりに第三の主題が管楽器群により互いに重なるように現れて素晴らしい合奏を行ってから、最後に第一の主題に戻って静かに歌われてこの楽章は終息していた。ブロムシュテットは、全身で両手を使ってこの美しい楽章をこなしていたが、弦と管の見事なアンサンブルが心に滲みる素晴らしいアンダンテ楽章であった。  

    続くメヌエット楽章では、ブロムシュテットは歯切れの良いテンポで堂々と厚みのある壮大なメヌエットを進行させていた。このメヌエット部分の壮麗さと対照的にトリオでは二つのクラリネットの美しいデユオにフルートが加わって素晴らしい響きを聴かせていた。そして再びメヌエットに戻っていたが、ブロムシュテットはこのメヌエット部分を二度繰り返すホグウッドが行っていたようなピリオド奏法で演奏し、この楽章の位置付けをより高めていた。


   フィナーレはアレグロの早い出だしの第一主題で軽快に始まり、フルオーケストラで明るく躍動するように進行していた。ブロムシュテットは、この速い動きを全身で勢いよく進行させており、続いてこの始めの主題から派生した第二主題を、同じテンポで軽快に進め、フルートとファゴットの美しい対話を経て盛り上がりを見せ、明るく提示部を終了していた。そして再び冒頭に戻って、素晴らしいアレグロを繰り返し、一気に駆け抜けるように展開部に突入していた。展開部では第一楽章と同様に、冒頭主題の旋律を何回も繰り返して展開していたが、高弦と低弦とが追いかけ合い鋭く対立しながら波を打つように力強く進行していた。再現部では始めの通り疾走するテンポで軽快に型どおり進めており、プロムシュテットはここでも繰り返しを行って、展開部から再現されていたが、疾走するアレグロは変わらずに、フルオーケストラで一気に駆け抜けるようにこの楽章を終了させていた。

   全楽章を通して聴いてブロムシュテットの演奏は、非常に後味が良い演奏であり、テンポ感が良く、堂々とした正面から取り組んだ大きな演奏で、繰り返しも抵抗なく、落ち着いたしっかりした譜面通りの演奏をしており、ピリオド奏法の新しい感覚と正統的な演奏とを上手く重ね合わせた豊かなものを感じさせていた。N響の皆さんとの相性も非常に良く、まずまずの新しい感覚の好感の持てる立派な演奏であると思った。私はこの指揮者とライプチヒのゲヴァントハウスで何回かバッハやメンデルスゾーンの宗教曲のライブを聴いているが、次第に円熟味を見せてきており、良い時期にこの三大交響曲を振ってくれたと思っている。


    続いて9月27日のN響定期において演奏されたブロムシュテットの交響曲第41番ハ長調「ジュピター」は、「悲愴」交響曲の前に演奏されていたが、映像ではN響の二人のコンサートマスターが、指揮者について一言語っていた。堀正文さんは彼の根底には、微動だにしないリズム感と音楽への真摯さがあるのでブレがなく、最後まで集中できる指揮者であり、こういう経験深い人と一緒に演奏して音楽感とかアプローチの仕方を学ぶことは、これからの音楽人生の宝であると言っていた。また篠崎史紀さんは技術的なことを述べており、彼は各声部のバランスを非常に上手く操る方で、マエストロの特徴である抜群の「声部の出し方」に注目して、アンサンブルの良さを楽しんで欲しいと語っていた。ブロムシュテットに対してN響の皆さんは、どなたからも実に信頼の置ける指揮者であると言う言葉が跳ね返って来ていた。



      舞台では、拍手に迎えられてブロムシュテットが登場し、指揮台に上がり両手を挙げて全体を見渡してから、フルオーケストラによる堂々たる三つの和音で第一楽章の第一主題が開始されていた。オーケストラの配置はいつものN響と少し異なり左手奥に4台のコントラバスを並べ中央にテインパニーと管楽器を置く大規模な演奏スタイルであった。重厚な第一主題がやや早めのテンポで、リズムをきざむように堂々と主題が進行してから、フェルマータのあとにフルートとオーボエが二重奏で主題を変形しながら軽快に繰り返され、躍動するように進行してリズミックな堂々たる経過部が続いていた。そして第一ヴァイオリンによる優雅な第二主題が提示されて趣を変えながら進行していたが、休止の後に、突然、フォルテの大音響とともにファンファーレのようなオーケストラによる大爆発が起こって素晴らしい盛り上がりを見せて、堂々たる「ジュピター」らしさを発揮していた。再び休止の後、軽快なピッチカートに導かれてブッフォ風の軽やかな副主題が流れ出し、最後をまとめるように収めて提示部を明るく終息していた。ブロムシュテットはここで冒頭からの繰り返しを行っていたが、リズム感の良い厚いオーケストラのピラミッド型の響きを聴かせながら、堂々たるオーソドックスな演奏が繰り返されており、やや早めのテンポではあるが、壮大な威厳に満ちた演奏に聞こえていた。





    長大な展開部では、前半が先の軽快な副主題が様々な形で展開され、後半では冒頭の主題が弦と木管とが交互に主題を変形しながら展開されていたが、ブロムシュテットのテンポはやや早めで、分厚い音の響きが繰り返し現れていた。再現部ではほぼ型通りに第一主題・第二主題と再現されていたが、一呼吸をおいた小休止の後の大爆発では、提示部よりも一段と激しく明快に再現されており、後半が盛り上がる「ジュピター」らしさを発揮させていたように思われた。ブロムシュテットの終始一貫して正面から堂々と取り組む姿勢や、オーソドックスな軽快な進め方や各声部のアンサンブルの良さ、良く旋律を歌わせる指揮振りにはとても印象が良く、立派な第一楽章が仕上がっていた。





    第二楽章は弦楽器だけで始まる厳かな感じの美しい第一主題が静かに提示され、淡々と進むアンダンテ・カンタービレで始まるが、ブロムシュテットは弦の流れを実にゆったりと促すように進めており、悠然とうねるようにゆっくり進んでいた。続いて木管群が歌い出す副主題では弦楽器と対話するように明るく音を響かせており、続く第二主題も明るく弦がこだましてうねるように進行するが、木管も負けじとこれに参加し、フルートもファゴットも存在感を示すように歌って提示部を終えていた。ブロムシュテットはここで最初に戻って、丁寧に繰り返しを行っていたが、後半の第二主題の弦と管の対話が実に流麗であった。
   展開部では、第一主題の後半の副主題が展開の対象となり、弦と管がこだまするように繰り返し展開されていた。再現部では第一主題の冒頭が第一ヴァイオリンで呈示されていたが、提示部と趣を変えて次第に低弦が32部音符のうねるような流れを示し、これが第一ヴァイオリンに移行してから、第一・第二ヴァイオリンが、続いてヴィオラと低弦が唸りだし、交互にうねるように変奏されていた。続く第二主題も第一ヴァイオリンから木管も加わって提示部と異なる力強い変奏を見せていたが、ブロムシュテットはこの再現部の弦の豊麗な32分音符の流れと、フルート・オーボエ・ファゴットなどとの対話の部分とを、実に明快に示しながら流れるように悠然と指揮をして、変化に富むこの楽章の豊かさを心地よく示していた。




   続く第三楽章では、実に壮大な響きを持ったメヌエットであるが、ブロムシュテットはやや早めのテンポでメヌエット主題をリズミックに進め、木管が一頻り歌い出しホルンやトランペットも勢いよく鳴り響いて、壮麗なメヌエットの世界が繰り広げられていた。トリオでも同じような早めのテンポで、フルートの出だしのあとにオーボエと弦が合奏する面白い場面が繰り返され、そのあとに第一ヴァイオリンと木管や金管全体が和音を合奏しながら流して趣を変えてから、再びリズミックなメヌエット主題に戻っていた。ブロムシュテットはここでもメヌエット部分を二度繰り返しており、この壮大なメヌエット楽章を通常の演奏よりも、一際、ふくらませてより充実したメヌエット楽章に仕上げていた。



   フィナーレはド・レ・ファ・ミの四つの音から作られるモルト・アレグロの堂々たるフーガ主題に始まり、この主題を追って威勢の良い主題が軽快に提示され繰り返されていき、次第に勢いよく壮大に高められて、大きなドラマを築き上げるように演奏されていた。ブロムシュテットはこのフィナーレを、両手を広げて速めのテンポでリズムを取りながら、オーケストラを盛り上げるように力を込めて指揮をしていた。オーケストラの方もこれに応えるように颯爽として堂々たる勢いのある響きを見せていた。提示部を終えるとここでも冒頭に戻って再び提示部が繰り返され、早めのテンポで勢いを増すかのように力強く壮大に進行していた。
   展開部では冒頭主題によるフーガ的展開が、繰り返し繰り返し丁寧に行われその都度壮大さを増していた。再現部に入っても、この壮大なフィナーレ主題が展開部の続きのように対位法による展開がなされ、自由な再現部となっていたが、ブロムシュテットはコーダの前の繰り返しを行って、再び展開部からのフーガ的展開が繰り返されており、再現部でも前にも増して壮大な響きが繰り返されていた。最後のコーダでは、オーケストラ全体が多声的対位法によるフーガ的な展開により力強く盛り上がりを見せて、高揚しながら高らかに終結していた。ブロムシュテットはもの凄い拍手に応えて、微笑みを見せながらにこやかな表情で拍手に答えていたが、実に力のこもった壮大なフィナーレを持った「ジュピター」交響曲が描かれていた。これは提示部と再現部との二つの繰り返しを再現したことによる効果が大きいものと思われた。

    ブロムシュテットは、交響曲第39番でも繰り返しを実に念入りに行っていたが、特にこの曲では、メヌエット楽章の後半の繰り返しやこの曲のフィナーレの再現部の後の繰り返しなどは珍しく、この二つの楽章は通常の演奏よりも重みを増したような感じがした。この「ジュピター交響曲」は全楽章を通じて、ブロムシュテットの終始一貫して正面から堂々と取り組む姿勢や、オーソドックスな軽快な進め方や各声部のアンサンブルの良さ、良く旋律を歌わせる指揮振りなどがとても印象的であり、第三・第四楽章の繰り返しなども含めて、他に例が少ない素晴らしい演奏であったと思う。N響は30年以上も付き合って来た豊かな指導者を得て、実に伸び伸びと演奏しており、実に重厚なオーソドックスな演奏を残してくれたと思う。

(以上)(2015/01/07)


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