(過去の市販DVDから;ロリン・マゼール指揮の「フィガロの結婚」K.492)
14-9-3、ロリン・マゼール指揮ウイーンフイルによる「フィガロの結婚」K.492、
1963年、ザルツブルグ音楽祭、ORF、

−マゼールの1963年という古い時期の映像を新しいDVD(2010年制作)で見て、当時のザルツブルグ音楽祭の当たり演目の観客の熱狂振りが身近に伝わってきており、これがカラーでステレオの映像であったならと大変残念に思った。舞台は機械装置のない狭く、動きのない舞台であったが、衣裳も豪勢な貴族社会風であったし、マゼールの指揮する音楽も実に伸び伸びと生き生きしており、手慣れた歌手陣も最近の舞台と異なってスピード感覚に乏しいが、実に、つじつま合わせが上手で、ライブそのものが生き生きとして伝わって来るからである−

(過去の市販DVDから;ロリン・マゼール指揮の「フィガロの結婚」K.492)
14-9-3、ロリン・マゼール指揮ウイーンフイルによる「フィガロの結婚」K.492、
1963年、ザルツブルグ音楽祭、ORF、
(配役)伯爵;Fisher-Diskau、伯爵夫人;Hilde Guden、スザンナ;Graziella Sciutti、フィガロ;Geraint Evans、ケルビーノ;Evelyn Lear、バルトロ;Peter Lagger、マルチェリーナ;Patricia Johnson、
(2011/08/07、Salzburg Festival 1963、ORF VAI DVD-4519)

9月号の最後のオペラ部門では、これまで取り上げる機会を逸していたロリン・マゼール(1930〜2014)指揮のオペラ「フィガロの結婚」を、急遽、追悼の意味をかねて取り上げることとした。当時の大スターであったフィッシャー・ディスカウとヒルデ・ギューデンが伯爵と夫人を演ずるという1963年のザルツブルグ音楽祭の人気演目であり、白黒映像ではあるが、当時33歳という若きマゼールが生き生きとした指揮振りを見せているので、美人歌手ギューデンのこのHP初登場などと並んで、ご期待いただきたいと考えている。



薄暗い白黒の画面でオーケストラピットが写され、若いマゼールが足早に出てきて観客に挨拶し、一呼吸おいて序曲が軽快に始まったが、マゼールは神経質そうに細かくタクトを振るタイプか。音はモノラルで高音に癖があり、歪まずに何とか聴けるが音は貧しい。早いテンポで序曲が進み、オーケストラピットが写されていたが、その間中は字幕で配役や制作者などの紹介があり、指揮者とオーケストラが交替で写されていた。この映像の状態は、古い割りには何とか思ったより良く感じた。序曲は溌剌として軽やかに進み、後味良く爽やかに終了していた。



軽快に第1曲の弦の前奏が始まってから幕が左右に開き、フィガロとスザンナが忙しそうに動き回り、軽快に二重唱が始まっていたが、スザンナのシウッテイの高い声が良く響き彼女の動きが良く魅力的であった。ベッドの話になってデインデインの二重唱となり、やや老け気味のフィガロのエヴァンスがスザンナにいろいろと教え込まれていた。舞台を見渡すと、お城の中の粗末な部屋で、衣裳は18世紀風の飾りの多い豪勢そうなものなので、カラーであればと、白黒であるのが残念であった。レチタテイーボからリブレットに忠実な演出と分かり、英語でしか字幕がチェック出来ないが、これから先が楽しみであった。 伯爵の企みを知ったフィガロが、チェロとチェンバロに誘われて勢いよくレチタティーボに続いてカヴァテイーナを歌い始めるが、良く響くチェンバロとピッチカートの音に乗って、「ご主人様よ」とフィガロの反骨精神が快く、エヴァンスが堂々と歌って拍手喝采であったが、終わると拍手に応えて舞台に顔を出していた。



派手な帽子の婆さん役のマルチェリーナと貫禄ある風貌のバルトロが登場し、バルトロが「復讐だ!」と自信ありげに堂々とアリアを歌い、一角の人物であることを見せつけていた。ここでもバルトロは拍手に応えて舞台に姿を現していた。一方のマルチェリーナは、スザンナを見かけて口喧嘩を仕掛けたものの、勝ち気な女同士の二重唱が見もので、スザンナも負けてはいずに、最後に「お年ね」とマルチェリーナをからかって、退散させていた。



そこへケルビーノが登場し、スザンナと生きの良いやり取りの末に伯爵夫人のリボンを取り上げ、「自分で自分が分からない」を歌い出していたが、男っぽい姿のケルビーノは、イメージピッタリであり、大変な拍手を受けていた。そこへ伯爵が現れてスザンナ一人と見て椅子に座り込んだのでさあ大変。



伯爵がそのままスザンナを口説き出すが、デイスカウの伯爵は偉ぶった様子で面白い。そこへバジリオが現れたので、伯爵も大きな椅子の陰に思わず身を隠す。バジリオがケルビーノの話から奥方の噂話を始めるので、伯爵が思わず立ち上がり、面白い三重唱が始まった。スザンナが失神騒ぎを起こし、その挙げ句に隠れていたケルビーノが見つかってしまい、三重唱の終わりでは「女は皆こうしたもの」と歌われていた。



スザンナが言い訳に夢中になっている所へ、フィガロが村人達を引き連れて登場したので、その場面は救われた。しかし、フィガロが伯爵に結婚の許しとして、皆の前でスザンナにヴェールを被させようとしたフィガロの企みは成功しなかった。残されたケルビーノは、伯爵に連隊の士官を命ぜられ、フィガロが出発前にと「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」とケルビーノに少し手荒な祝福と激励のアリアを歌って、舞台は堂々たる行進曲のリズムで第一幕は終了していた。



第二幕は伯爵夫人の豪華な部屋で、オーケストラの序奏が美しくゆっくりと始まって夫人が「愛の神よ」と静かに歌い出すが、殆ど動かずにゆっくりと歌い上げていた。そこへフィガロが登場して、伯爵を懲らしめようと考える作戦で、ケルビーノを女装させることだけが気に入ったスザンナと伯爵夫人が賛成してケルビーノを待っていた。そこへ、早速、軍服姿のケルビーノが足早に登場し、スザンナの伴奏で「恋とはどんなものかしら」をケルビーノのレアーが歌いだした。彼女の歌はゆっくりしたテンポでピッチカートも美しく、しっかりとハイトーンで歌われていた。伯爵夫人のアリアでもそうであったが、最近の映像と違うのは、アリアを歌うときは登場人物の動きが殆どなく、じっくりと歌われるところであろうか。



スザンナの着せ替えのアリアが始まって、ケルビーノは帽子を被せられ、ドレスを着せられて、ぎこちない仕草で伯爵夫人に挨拶をするので、観客は大喜び。ケルビーノが腕に巻いた夫人のリボンが見つかって取り上げられ、ケルビーノがそれを欲しがって、伯爵夫人に思わず抱きついたところに、伯爵のドアを叩く音と声がしてさあ大変。ケルビーノは衣裳部屋に逃げ込んだが、伯爵が夫人を問い詰めているときに、中で大きな音を立ててしまった。そこで伯爵が「スザンナ、出てきなさい」と大口論の三重唱が始まったが、ここでも動きが少ない割りに、三人三様でしっかりと歌っていた。伯爵がどうしても衣裳部屋を開けて確かめようと、夫人と小道具を取りに部屋を出た隙に、スザンナが「早く、早く」と二重唱でケルビーノを部屋から連れ出すと、ケルビーノは見つかれば殺されると大慌て。出口を探して窓から飛び降りて一目散となって、スザンナはゆっくりと衣裳部屋に身を隠していた。



戻ってきた伯爵が部屋を開けようとするので、観念した伯爵夫人は男の子ですと白状し、ケルビーノを女装させていたと語るが、伯爵はまたあの小僧がと憎々しげに大怒り。「出てこい、無礼な小僧」とフィナーレが始まった。伯爵夫人が女装の言い訳をする二重唱から、伯爵が鍵を取り上げ、ナイフを手にしてドアを開けようとしたところに、スザンナが「シニョーレ」と現れたので、二人はビックリ大仰天。謝る一方の伯爵に、事情を知った女二人は強く、平謝りの長い長い三重唱が延々と続き、伯爵は許された。



そこへフィガロが楽師たちの用意が出来たと現れたので、伯爵がしめたとばかり手紙を見せるが、フィガロは知らないと白を切る。女二人がばれていると四重唱になって教えても、知らぬ存ぜぬの一点張り。二人が角突き合わせて、音楽もあわや衝突と思わせる響きになったが、そこへアントニオが登場して救われた。アントニオはバルコニーから誰かが窓から飛び降りたと壊れた植木鉢を見せて五重唱になり、そこはフィガロが「俺がやった」と機転を利かしたが、アントニオが印鑑のない辞令を伯爵に渡したので、さあ大変。しかし、女二人の働きで急場を脱し、伯爵もハンコがないことに初めて気がついていた。 やられてばかりの伯爵のところに、マルチェリーナほか二人が駆けつけて、伯爵に裁判だと訴えるので、伯爵は大喜び。最後は七重唱となって盛り上がり、上機嫌の伯爵が「静まれ、静まれ」と大声を上げながら三人の訴えを聞き、伯爵陣営が優勢のままに幕となっていた。長いフィナーレであったがとても賑やかで、閉幕と共に凄い拍手と歓声が上がり、歌手陣は何度も呼び出されて、休憩となっていた。



マゼールがピットに登場し、客席へ会釈をした後に幕が開いて、第三幕が始まった。伯爵が独り言を云いながら現れて、何か不思議なことが起こりすぎると呟気いていると、その一方で、伯爵夫人から何かを言い含められたスザンナが夫人の薬を口実に伯爵に近づいてきた。そして伯爵から持参金を頂く約束をしたり、逢い引きの約束をしたりする二重唱が始まり、イエスと云ったりノーと言ったり、スザンナらしい仕草で伯爵を焦らしながら、約束を取り交わしていた。その別れ際で、出合ったフィガロに「訴訟に勝ったわよ」ともらした言葉が伯爵の耳に入り、さては馬鹿にされたかと伯爵が怒りだし、復讐の大アリアが始まった。アリアはさすがデイスカウのしっかりしたアリアで、本日一番の朗々としたアリアとなっていた。客席の拍手も凄く、仕舞いに舞台に顔を出していた。



   そこへ「判決が出た」とクルツイオがマルチェリーナとバルトロを連れてどもりながら伯爵に報告していた。良い判決だと伯爵が喜ぶと、フィガロ一人が反発しており、貴族の息子だから親の承諾が要ると息巻いていた。聞きただすうちに、その証拠に右腕に痣があると言いだした途端に場の雰囲気が変わり、マルチェリーナが息子のラファエロだと言いだした。そして、バルトロが父親だとする三重唱が始まっていたが、そこへお金を持ってスザンナが駆けつけ、敵と抱き合っているフィガロを見つけて平手打ち。伯爵やクルチオも一緒になっておかしな六重唱になっていた。しかし、直ぐに事情が分かって「マードレ、パードレ」の四重唱になって大笑い。四人が残って二組の結婚式を挙げようと云うことになり、この4人は、伯爵は自業自得だと笑っていた。



そこへ伯爵夫人が一人で登場し、「あの幸せな時はいずこに」と昔と較べて今の情けない心情を語り、アリアを歌い出したが、これがゆっくりと堂々と歌われてヒルデ・ギューデンの本日最高のアリアとなって、万雷の拍手を受け、三度も舞台に呼び戻されて笑みを浮かべて答えていた。続くスザンナとの「手紙の二重唱」も見事に決まり、村の娘達の合唱も素晴らしく、女装のケルビーノがアントニオに捕まる一幕があって、伯爵とフィガロが睨み合う場面があったが、折からのフィナーレの楽しい行進曲に救われていた。



  伯爵夫人が伯爵に二組の結婚式を認めようと誘って、伯爵夫妻が演壇に着席すると、フィガロ夫妻、バルトロ夫妻のほか、大勢が行進曲に乗って入場してきた。続いて二人の乙女による祝福の二重唱が始まり、その間にスザンナとマルチェリーナがひざまずいて、伯爵夫妻よりヴェールを受け、続いて踊りの音楽が始まると、二組の夫妻が中央で踊り出した。その最中に、伯爵はスザンナから手渡された手紙のピンで指を刺していたが、手紙を読んで伯爵はご機嫌になり、今晩は盛大にお祝いのパーテイをやろうと挨拶して、第三幕は賑やかに閉幕となっていた。



第四幕はバルバリーナのアリアで静かに始まったが、フィガロがマルチェリーナからピンを受け取って彼女に手渡し、スザンナと伯爵の松の木の下で逢い引きすることを知ってフィガロは大怒り。マルチェリーナのにわか母さんに宥められても、続いてバジリオに宥められても怒りは治まらない。ここで二つのアリアが省略されて、フィガロがスザンナの裏切りへの怒りのアリアを暗闇の中で歌って、もの凄い拍手を受けていた。



続いてスザンナが実に美しいレチタテイーボ「とうとうその時が来た」を歌い出し、ピッチカートとオーボエの伴奏に乗って情感を込めてアリアを歌っていた。「直ぐに来て、素晴らしい喜びよ」と歌うこの曲は、これがスザンナの本日最高のアリアになってシウッテイが真価を発揮し、大拍手で一回で収まらず二回も舞台に呼び出されて注目された。
    スザンナに扮した奥方が、松の木の傍に現れるが、スザンナと思い込んだケルビーノがうるさくまとわりつくところからフィナーレが始まった。そこへ伯爵が現れ、邪魔な小姓を捕まえて平手打ちにするが、そこへ飛び込んできたフィガロに当たって大騒動。伯爵はやっとスザンナを捉まえて口説きだし、スザンナが余りにも素直なので調子に乗った伯爵はダイヤの指輪まで手渡してしまった。



一方、その様子を隠れて見ていたフィガロは伯爵夫人を見つけるが、言葉を交わすうちにスザンナが伯爵夫人に化けているのが分かった。それでスザンナを懲らしめようと、夫人を口説きだしてスザンナをカンカンにさせ、ここでも平手打ちを喰らうが、フィガロの真意を知って二人は直ぐに仲直り。しかし、直ぐ傍で殿様がスザンナを探しているのを見て、二人は伯爵を怒らせようと考えて、伯爵の前で夫人と従僕の濃厚なラブシーンを演じて見せた。これが伯爵の目に触れて、夫人の不倫とばかりに大声を上げ、盛んに許しを請う二人に対し、大勢が見ている前で「許さない」と大見得を切ってしまう。

そこへ後ろから伯爵夫人が許しを求めて現れたので、伯爵は自分の大間違いに気付き、流石の伯爵も伯爵夫人の前に跪き「奥よ、許しておくれ」という大団円になっていた。このあたりは薄暗い舞台でのドタバタ調ではあったが、最後の伯爵夫人の許しの劇はゆっくりしたテンポで丁寧に進められており、実に分かり易く描かれて、感動的であった。最後の11人の登場人物全員による喜びの重唱もテンポ良く和やかに歌われていた。



マゼールの1993年という古い時期の映像を新しいDVD(2010年制作)で見て、舞台は祝祭小劇場のように見えたが、当時のザルツブルグ音楽祭の当たり演目の観客の熱狂振りが身近に伝わってきており、これがカラーでステレオの映像であったならと大変残念に思った。舞台は機械装置のない狭く、動きのない舞台であったが、衣裳も豪勢な貴族社会風であったし、マゼールの指揮する音楽も実に伸び伸びと生き生きしており、手慣れた歌手陣も最近の舞台と異なってスピード感覚に乏しいが、実に、つじつま合わせが上手で、ライブそのものが生き生きとして伝わってきたからである。

また、歌手の皆さんは歌うことに専念しており、体の動きが少なくしっかりと歌っていたが、音楽が実に良く感ずるのはそのせいであろうか。最近の舞台と異なってスピード感覚に乏しく感ずるが、何よりもアリアを歌うときは直立して朗々と歌い、繰り返しなどでも装飾音や変化を着けない基本通りの歌い方をしていたのが目立っていたが、反面これがとても快く感じた。また、歌い終わると拍手に答えてスターたちが舞台に顔を出していたが、ヒルデ・ギューデンの第三幕の伯爵夫人のアリアでは三度も舞台に現れていた。これが高ずれば別の問題になるのであろうが、当時との習慣の違いを感じさせた。これは、ほぼ同様な演出でのベームの1966年の白黒のザルツブルグ音楽祭の映像でもライブの音楽面の特色として感じていたことである。



演出のルドルフ・セルナーは、当時としては、舞台も狭く、小道具や衣裳なども限られており、現代と異なって、毎年、無難な舞台を作り上げることに専念していたのであろうが、私のように古いものには安心して見ていられる舞台であった。特にこのオペラで感ずるのであるが、現代の映像と較べると、リブレットに忠実でまっとうに捉えられており、舞台の動きが少ない反面、舞台の辻褄合わせ(例えば、椅子の上のケルビーノの発見、ドアからのスザンナの顔出し、何回かの平手打ちの場面など)が丁寧でタイムリーであり、ライブの割りには実にしっかりしていた。これは私だけが感ずることかもしれないが、演出者の腕の見せ所が、今日とは異なっていたのかもしれない。

私はこのような熱気を帯びたライブ上映の「フィガロ」は、ザルツブルグ音楽祭でもなかなか得がたいライブ記録であると思われ、マゼールの指揮振りの新鮮さ、主役5人の顔ぶれも素晴らしく、フィガロの舞台に欠かせない6人の脇役も実に達者な演技を見せており、当時のオペラの水準を記録するものとして貴重な映像であると思われた。観客の反応も良く、主役のアリアは申し合わせたように1〜2回呼び出されていたようであったし、中でも人気のあるケルビーノ、スザンナへの声援や拍手は凄いものがあり、当時の大御所である伯爵のフイッシャー・デスカウは、偉すぎて頭を下げるのが下手な伯爵を見事に演じていたし、伯爵夫人のヒルデ・ギューデンも美人でそつのない名ソプラノとしての威厳を保っていたように思う。

終わりにこの熱狂的な公演の報告の最後に、収録されていた観客の声や拍手の量で歌手たちの人気の度合いを評価してみると、男女のペアでは、ケルビーノとバルバリーナの人気が高かったが、さすがにフィガロとスザンナのペアでは声が出るほど高まりを見せ、伯爵と伯爵夫人のペアではどよめきが出るほどの人気であった。姿を見せた順番に拍手の量が増えるようであったが、ケルビーノ、フィガロ、スザンナ、伯爵、伯爵夫人の順に顔を出しており、これがこの映像の出演者の人気の度合いを示すものと考えられた。

(以上)(2014/09/26)


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