(最新の市販DVDから;ノイエンフェルス演出の変な「後宮」)
14-8-3、ローター・ツアグロセク指揮シュトゥットガルト州立歌劇場O&CHO、ハンス・ノイエンフェルス演出の「後宮からの誘拐」,
1998年州立劇場ライブ、

−この映像は、最初に通して見たときには、なぜ歌手と俳優が必要か分からないまま終わっており、恐らくライブで見た方も大方の人は、遠目では歌手も俳優も同じように見えて、意味が分からないまま、終わったものと思われる。しかし、克明に詳しくこの映像を見ても、演出者の発想の豊かさを認めても、この映像の評価は変わらなかった。私はこれらの演出者の非凡なアイデアを、歌手と俳優に分けるなどという変な発想からではなく、もっと真面目な発想で不満なリブレットに対し注文をつけ、音楽を高め、舞台を見て楽しくする方向に持って行って欲しかった−


(最新の市販DVDから;ノイエンフェルス演出の変な「後宮」)
14-8-3、ローター・ツアグロセク指揮シュトゥットガルト州立歌劇場O&CHO、ハンス・ノイエンフェルス演出の「後宮からの誘拐」、
1998年州立劇場ライブ、
(配役);コンスタンツエ;キャサリン・ネーグルスタッド、ブロンテ;ケイト・ラドナー、ベルモンテ;マティアス・クリンク、ペドリオ;ハインツ・ゲーリヒ、オスミン;ローランド・ブラハト、セリム;ヨハネス・テルネ、


    8月号の第三曲目は、最新の市販DVDからの「後宮からの誘拐」であるが、収録年月を見るとツアグロセク指揮シュトゥットガルト州立歌劇場1998年ライブとあり、田辺先生からも指摘された悪名高きハンス・ノイエンフェルス演出の変な「後宮」とされているものであった。その変な演出の由来は、歌の部分を歌う歌手と、セリフの部分を語って演ずる俳優とが二人で登場して役割分担させて、この単調な物語に変化を持たせようとしものとされるが、さっと見ただけでは、必ずしも良くは見えず、演出者の意図も、当方の理解不足もあって、必ずしも明白に伝わってこないように思われた。幸い日本語字幕付きであったので、意味内容は分かるものの、単純な物語を変に複雑にしてしまったようにも見える。余り上品なやり方ではなく、変な動きや余計な動作があると、アリアや音楽に集中できないと言う問題もあるような気がする。兎に角、リブレットとスコアを再確認しながら素直に見て、ありのまま、感じたままのご報告をしてみたいと思う。



     DVDをセットすると、いきなり序曲が軽快に始まった。やや早めのテンポで、画面ではお馴染みになったツアグロゼクが、背中を丸めて両手を小刻みに動かして指揮をしていた。そして序曲が颯爽と進むにつれて、画面には歌手と俳優の順に、出演者の紹介が丁寧になされていた。序曲がやがてアンダンテに入り、プリモテンポに突入してフェルマータとなり、第一曲の序奏のアンダンテが始まると、画面には蝶々の姿とそれを見ているベルモンテの後ろ姿があった。



       第一曲のリブレットには、「ベルモンテただ一人」としかなく、ベルモンテは振り向きざまに「ここであなたに会えるのか」と歌い出したが、やがて直ぐ後ろに同じ服装の影絵のような俳優の姿があり、ベルモンテの動きの真似をしていた。アリアの最後で「私の目的をかなえてくれと」と高らかに歌い終わると、二人は抱き合ってから、直ぐに始まったモノログでは、二人は向かい合い、顔を合わせて「どうしたらあの人に会えるのか」と会話をしていた。



     第二曲では、歌手の太ったオスミンが変な姿で登場していきなり歌い出し、箱の中から取り出した怪しげな女の首にキスをしながら「ラララ」と歌っていると、舞台の陰では俳優のベルモンテがオスミンの様子を見ながら、「おい君、ここはセリム太守のお屋敷かい」と問いかけていた。オスミンは返事もせずに女の首を並べて「ラララ」を繰り返していたが、今度は俳優のデルモンテがもう一度同じことを問いかけると、オスミンはサーベルを抜いて「ラララ」と脅すように歌っていた。そこに歌手のベルモンテと俳優の痩せたオスミンが現れ、歌手のベルモンテが歌い出してオスミンとの喧嘩腰の二重唱になり、オスミンが太守に仕えていると不愉快そうに答えていた。そこでベルモンテは頭を下げて「ペドリロと話をしたいのだが」とレチタティーボで尋ねると、オスミンは「あのならず者か」と再び二重唱が始まり、「あれはいい男だ」と歌うベルモンテと激しいケンカの二重唱に発展していった。ベルモンテがもう一度「合わせてくれ」とお願いすると、オスミンはサーベルを抜いて「お前なんかに用はない」と怒りだしたので、腹を立てたベルモンテは、ついにピストルをオスミンに向けながら、最後にはまさに喧嘩腰で退場してしまった。



続く第三場のオスミンのダイアログは省略され、二人のペドリロが登場するが、俳優の方が「おいオスミン、太守はまだ戻ってないか」と声を掛けると、俳優のオスミンが「知りたければ勝手にしろ」とばかりに返事をして早くも喧嘩腰。ペドリロが「仲良くしよう」と言っても、オスミンは「お前を殺したいくらいだ」と返事をし、やがて歌手のオスミンが「お前に我慢が出来ないからだ」とペドリロに返事をして、第三番のアリアを高らかに歌い出した。「お前のようなニヤケ男は大嫌いだ」と歌うオスミンは、俳優のペドリロを手荒く扱いながら「女たらしには騙されないぞ」と歌っていた。ペドリロが倒されると、歌手のオスミンは俳優のオスミンを相手にして虐めだし、そこへ都合良く姿を現したトルコ娘を相手に機嫌良く、盛んにペドリロの悪口を歌っていた。そこへ歌手のペドリロ(?)が色っぽいトルコ娘に女装してオスミンをからかい、「僕は何もしていない」と白を切ったので、オスミンは本気になって歌手のペドリロを怒りだし、最後にはテンポを変えてアレグロで「まずは首切り、首吊り、串刺しだ」などと喚いて毒ついていた。オスミン一流の処刑の別れのアリアであった。



続いて第四場、歌手のペドリロが一人、「やっと歌手が一人になれた」と喜んでいると、そこへ歌手のベルモンテが現れてお互いに「一人でいること」を喜び合っていると、そこへ俳優の二人が椅子を持って登場したので、初めて二人は再会の喜びを、四人で語り合い、互いに抱き合って喜び合っていた。コンスタンツエは元気であり、ブロンテも僕も別れた3人は無事であり、セリム大守に奴隷として引き取られ元気であると話していた。コンスタンツエが太守のお気に入りと聞いてベルモンテは顔色を変えたが、港に船が来ており、合図一つで逃げ出せる話となった。そして、庭造りの私からあなたを建築士として太守に紹介をして、逃げる準備を整えようと相談していた。コンスタンツエに会えそうな気分になって、歌手のベルモンテは「楽長、音楽を」と舞台から指揮者に声を掛けて、次ぎに進んでいた。



前奏が始まって続いて第五場となり、興奮したベルモンテはコンスタンツエとの再会に心が震え、「コンスタンツエよ、何と厚く胸が高鳴るのだろう」とレチタティーボを歌い出し、オーケストラのスタッカートが胸の高鳴りを示すように伴奏して「僕の心は愛にときめいている」と不安げにアリアを歌い出し、高まる気持ちを精一杯歌っていた。映像では、素晴らしいベルモンテのアリアを他の3人が懸命に支えていた。



   ペドリロが太守の帰還だと告げると、舞台には太守のお付きの者たちが姿を見せ、「偉大な太守を讃えて歌え」と合唱しながら行進曲が始まったが、その前の行進曲5aは省略され、5bの前奏が速いテンポで鋭くトルコ風に始まり、それに合わせて近衛兵たちの合唱が直ぐに続いていた。そして4人の中間部の独唱の後に、再び合唱が続いていた。その間に、セリム一行は到着し、セリムが顔を出し、俳優のコンスタンツエが倒れており、二人の第七場のダイアログが始まっていた。



セリムは俳優のコンスタンツエに「何故、そんなに悲しむのか。お前が心を開くのを待ち構えている」と口説いていたが、コンスタンツエは「お許し下さい」と太守を断っていた。しかし、太守は「お前に無理強いすることもできる」と迫るので、彼女は遂に、「音楽を」と歌手のコンスタンツエを呼んで、第六番のアリアが始まった。黒の喪服のような衣裳を着せられて、悲嘆に暮れる歌手のコンスタンツエが、セリムに答えるように始めはアダージョで「私は恋をして幸せだった」と歌っていたが、すぐにアレグロに入って「それは束の間の幸せだった」と歌い、後半にはコロラチュアを交えた嘆きのアリアを歌い上げていた。歌が終わるとダイアログに入り、俳優のコンスタンツエが「恋する乙女をお許し下さい」とセリムにすがりつき、彼女は「お仕えしますが、心はどうしても許せない」ので、むしろ「殺して下さい」と体を床に投げ出して、アラビア風にお願いをしていた。



     コンスタンツエを見守っていたセリムが「これが最後だ、明日は良い返事を」と厳しく言って「あの姿や態度が、私の心を惹き付けるのだ」と一人でぼやいていた。コンスタンツエが「ベルモンテさま」と叫んで泣いていると、その声を聞きつけたか、歌手のベルモンテが急いで登場していた。俳優のペドリロも登場し、大袈裟にアラビア風にセリムにお願いをして、俳優のベルモンテがイタリアの建築家として紹介され、太守の好意により、何とか太守に後宮への出入りを許された。
俳優の二人は飛び上がって大喜びしていたが、早速、宮殿内に入ろうとすると歌手のオスミンがサーベルを持って待ち伏せしており、「怪しい外国人は駄目だ」と納得せず口論になっていた。そこで歌手の三人による面白い三重唱が始まり、オーケストラ伴奏がきびきびして心地よく、いつの間にか俳優の三人も加わって、六人による派手な対決になっていた。結局は女好きのノロマのオスミンが二人にかわされて、宮殿への侵入を許してしまい、幕となっていたが舞台はそのまま続いていた。
    第一幕を見ていると、歌手が歌っている時には俳優が必ず陰のように付き添い、ダイアログの時は俳優同志が率先して対応し、モノログの時は歌手と俳優が一緒になって行動していた。結果的にアリアや歌は独立しており、会話や動作は大袈裟に、賑やかになり、喜怒哀楽が激しくなるように見えていた。



     幕が開くと、ここは宮殿の一室か。舞台に置いてあるベッドの傍で、歌手のブロンテが歌手のオスミンを相手に、何やら怒っている様子。「直ぐに命令に従うトルコ娘だと思っているの」と怒鳴りつけてから、第八番のリート「すみれ」に似た歯切れの良い美しいアリアを歌い出した。「優しさとお世辞があれば」と伸びのある声でコケットリーなアリアとなっており、二人のペドリロがイギリス風のたしなみをオスミンに教えたりしていた。オスミンが馬鹿にすると「大声と命令は駄目よ」と歌手のブロンテが歌で教えていたが、結局は俳優のオスミンが「ここはトルコで、俺が主人でお前は奴隷だ」と繰り返し、「直ちに俺を愛せよ」とベッドの上に横になり、俳優のブロンテを怒らせていた。



俳優の二人は言い争いの後で「ペドリロを諦めろ」とオスミンに命令されるが、自由を主張して拒絶するブロンテとの長い口論の末に、激しい第九番のケンカの二重唱が始まった。「俺の言うことをきかないのか」と歌う歌手のオスミンに対し反抗する歌手のブロンテ。中間部では三拍子になってオスミンに「イギリス人は馬鹿者だ」と歌わせていた。そして、最後には惚れた方のオスミンが弱く「悪魔だ」と言わせるほど鋭い小柄な可愛いいブロンテの攻撃に、オスミンはすごすごと退場していた。歌手の二人の二重唱はスピード感があり面白く聴き応えがあったが、音楽ばかりでなく俳優の方も見応えがあった。


    そこへ歌手のコンスタンツエが登場し、悲しげな弦の前奏に続いて「ここへ来て、私の心はすっかり変わってしまった」とレチタティーヴォを歌ってから「哀しみが私の運命になった」と第10番のアリアを歌い出した。「この辛い悲しみを、そよ風にさえ語ることが出来ない」と嘆いていたが、この間に蛇を体に巻き付けた裸の男の子がリンゴを運んできていたが、彼女を慰めようとしていたのか、意味不明の演出が気になった。



  俳優のブロンテが、俳優の悲しみのコンスタンツエに希望を持てと励まし、「もうじきベルモンテが身代金を持って迎えに来るわ」と勇気づけているところへ、セリムがそこへ登場した。沈んでいるコンスタンツエに近づき「今日も終わる。明日は私を愛するのだ」と口説きだすと、彼女は「愛は命令で指図するようなものではない」と必死に反論していた。セリムがさらに「どうして愛せないのか」と迫っても、彼女は必死ではね付け、「尊敬は出来ても、愛することは出来ない」と答え、「さもなければ死を」と抵抗していた。セリムは遂に腹を立て、立ち去りながら「死ではない。拷問だ。」荒々しい声で叫んでいた。
  するとオーケストラの華麗な前奏が始まり、フルート、オーボエ、ヴァイオリン、チェロの四重奏のオブリガートにしては長い前奏に続いて、歌手のコンスタンツエは「ありとあらゆる責め苦があろうとも」と激しく抵抗する第11番のアリアを歌い始めていた。このアリアでは、特に四重奏で3度出てくるアド・リビトウム(随意に)の部分を、コンスタンツエが実にゆっくりと歌って存在感を見せ、後半では伸びのある声に見事なコロラチュアが重なり、死をも辞さぬ勢いでドラマテイックに歌っていた。セリムは彼女がどうしてこんなに勇気があるのか、激しく抵抗するのか、不思議に思い、別れ際には手にしていた短刀を歌手のコンスタンツエに手渡していた。
   俳優のペドリロが姿を現し、ブロンテを探していたが、俳優の彼女が、突然、現れて、二人は大喜び。まずは深いキッスから、良いニュースがあるとして、「ベルモンテが助けに来た」と告げた。彼女は躍り上がって喜ぶが、「今晩、船で逃げ出すために、12時に迎えに来る」との話に、「オスミンをどうするの」と心配そう。ペドリロは、眠り薬の小瓶を見せて安心させ、再び大キッス。ブロンテは「直ぐにコンスタンツエに伝えよう」と直ぐに走り出した。




そこへ何と真っ白な羽をつけたお腹の大きい歌手のブロンテが舞台に現れ、鶏の可愛い格好をして第13番の軽快なアリアを歌い出した。これは例のフルート協奏曲K.314のフィナーレのロンド主題に似た楽しいもの。彼女が「何という喜び」と歌いだして大きな卵を産み落とすと、舞台の陰にいた俳優のペドリロが大きな白い卵を上手く受け止め、そこでは子供の遊びのような楽しい雰囲気になっていた。「早く、あの方にお伝えしたいわ」と彼女が調子を上げて歌うと、ペドリロの周りには、ひよこの姿をした何人かの女の子が現れて歌に合わせて踊り出し、ビックリさせたが、その一方で俳優のオスミンが黒覆面の怖いどくろ姿で現れ、「そうはさせないぞ」というように無言で皆を脅して、子供たちが倒されていた。この寸劇では、可愛い美しい声のブロンテがとても印象的であったが、倒れた子供たちを見て、心配そうに舞台を立ち去るしょんぼりした彼女の姿がとても気になった。





俳優のペドリロが悪魔のオスミンを見て怖じ気づいていると、そこへ黒い鶏姿の歌手のペドリロが「思い切ってやるんだ、今やるしかない」と言いながら現れて、「臆するものは敗れるのだぞ」と言いながら、第13番のアリア「さあ、元気よく戦おう!」と威勢良くアリアを歌い出した。舞台では、歌手のペドリロが歌手のブロンテと、にわとり姿で手を繋いでアリアの前半を歌って元気を取り戻させ、アリアの後半では、俳優のペドリロを歌手のブロンテと一緒になって元気づけていた。





元気になった俳優のペドリロが、用意していた大小二瓶のキプロス酒へと導くように仕掛けをすると、それに釣られて俳優のオスミンが酒瓶に近づいてきた。二人のペドリロが様子を見ていると、続いて歌手のオスミンも誘い出されて酒瓶を手にし、二人は「マホメットさまが禁じているぞ」、「いや、そう言っても、偉大なアラーはお許し下さるだろう」と話し合いながら、大小の酒瓶を手にして栓を抜き、早くも匂いを嗅いでいた。

そこでバッカスのアリアの調子の良い前奏が響き出し、歌手のペドリロが「バッカス万歳」と歌い出した。歌手のオスミンが「飲んでいいかな、アラーの神が見ていないかな?」と心配していたが、「何をためらっている、飲んじゃいな」のペドリロの声に押されて、遂に口をつけてしまい、「とうとうやってしまった」と二人のオスミンが顔を合わせてしまった。「バッカス万歳」の元気の良い音楽とともに豪快に飲み干す二人。二人のペドリロも「女の子、万歳。金髪万歳。」を繰り返すと、二人のオスミンは酒が止まらなくなり、「バッカス万歳、娘っこ万歳」の二重唱に発展していた。そして二人のオスミンが酔っぱらって眠り込んでしまったので、二人のペドリロは、「遂にやった」と一安心。十分に酔っ払ってしまった重い二人のオスミンを、二人のペドリロが、絨毯を使って何とか引き摺って、「二人いて良かった」と顔を見合わせたので、客席から大笑いの拍手を浴びていた。








場面が変わって、セリムがアラーの神に「マモーニよ。私は白虎狩に行ってくる。私の愛の成就を拒んでも、殺傷での幸運は祈ってくれ」と祈りを捧げて出かけたのを、俳優のブロンテが確認をしてから、大きな声で「セリムが外出し、オスミンも泥酔している」と皆に声を掛けていた。真っ先にコンスタンツエが「ベルモンテ!」と飛び出してくると、ベルモンテも「コンスタンツエ!」と叫びながら、歌手の恋人たちはここでは初めて抱き合っていた。二人の抱き合う姿を見て、アイネクライネの第二楽章の冒頭に似た前奏が始まって、俳優のベルモンテとペドリロが椅子と机を持ち出して来たのて、二人はやっと会える喜びを歌い出した。歌手のベルモンテが「うれし涙が流れるとき」と第15番のアリアを歌い出すと、二人は机に肘をついて深く見つめ合っていた。しかしこの無上の喜びのアリアなのに、コンスタンツエは何か落ち着かない。彼女は、俳優のコンスタンツエを呼びに行って、今度はこのしみじみとした再会の喜びの歌を二人で一緒に聴こうとしていた。そしてテンポが変わって後半の「別れがどんなにつらいものか」とベルモンテがしみじみと歌っていると、二人は共感したように聴き惚れていた。セリムの不可解な祈りと言い、二人のコンスタンツエの辛い思いと言い、この場面は、この映像ならではの不思議な光景であった。



続いて勢いのある第16番四重唱の前奏の開始とともに、歌手のコンスタンツエが姿を現し「ああベルモンテ、私の命」とベルモンテに駆け寄って、二人は勢いよく抱き合って喜びを噛みしめていた。二人はよく見ると歌手と俳優であり、陰には歌手のベルモンテと俳優のコンスタンツエが抱き合っていた。4人はフィナーレの再会の四重唱を歌い始め、二組のペアーから改めて歌手4人の一組のペアーに変わって、再びしみじみと再会の喜びを歌いながら深く噛みしめていた。



     そこへ歌手のブロンテと歌手のペドリロも駆けつけて来て、歌手同志の四人ペアーになり、延々と再会の喜びの四重唱が続いていた。ここで4人の歌や表情や衣裳が良く、アレグロの歓喜あふれる劇的な四重唱が続いていたが、中間部でテンポがアンダンテに変わり、男二人の女たちの貞操を疑う歌と女二人のためらいの歌に変化して、お互いが探るような歌に変わっていた。しかし、ブロンテがペドリロに激しい平手打ちを食わせ、コンスタンツエが「私の貞操を疑うなんて」と怒り出すと、今度はアレグロ・アッサイになり、女二人の怒りの音楽と男二人の申し訳ないの音楽に変わり、全ての疑いが晴れこの話はお終いにしようと歌っていた。やがてアンダンテイーノになり、男二人の床に体を伏せるアラビア風の平謝りの姿勢の四重唱に変わってから、女たちも態度を変えた。最後には再びアレグロの明るい再会の喜びが歌われ、全員による「愛の万歳」となって第二幕が終了しようとしていたが、舞台ではオーケストラの前に出てきて、4人のソリストが揃って歌っており、観衆に対して大サービスをしていた。舞台の背景にはあの冒頭の蝶々の姿が現れて、印象づけながら終了してた。ライブの舞台でも、ここで休憩となっていたようだ。




     第三幕の冒頭に俳優たちによるこのフィナーレは少し違うことを匂わせる寸劇があって、ペドリロがハシゴを忘れたことになって、リブレットにある第三幕の下手な脱出劇は省略されていた。いきなり第三場の第17番の木管の美しいオブリガートが始まって、脱出をもくろむベルモンテがレチタティーボの後に「私は愛の強さを信じている」と美しく歌い出していた。コンスタンツエへの愛を誓い、愛こそこの危険を救ってくれると願うように歌うこのアリアは、長大な技巧的なアリアでコロラチューラの技巧を要求しており、ベルモンテは木管のオブリガートを奏でるオーケストラを相手に一生懸命であったが、最後の部分で少し声に乱れがあった。聴き入る二人のコンスタンツエの表情が真剣であった。




続いて12時を知らせる鐘の音が聞こえ、ペドリオが登場し、伴奏のギターを模するピッチカート伴奏が始まった。「モール人に捕らわれた娘さんよ。」と語るこのセレナーデが颯爽と始まったが、どうやらこの歌は短いくせに4番まであり、延々と続いていた。見ている方は速く逃げなくてはとイライラし、逃げようとする歌手と俳優の7人が、周りをうろついていた。そこへオスミンが舞台に、大声を出して現れた。「これで太守さまも、ならず者がいたことがお分かりになるだろう」とオスミンは語り、第19番の激しいオーケストラの前奏が始まって、「勝どきのアリア」が威勢良く始まっていた。俳優のオスミンが大きなカゴから細長い蛇を捕りだして、歌手のオスミンと一緒になって気持ちよく歌いなが、ブロンテ、ベドリロ、コンスタンテの順に、蛇を首に巻き付けて逃げられなくしていた。俳優たちも一緒なので大忙しであった。勝ち誇ったように吠えながら歌うオスミンのアリアは「俺はこうなる時を待っていた」と喜びを歌い、時には十分な低音を響かせて歌っていた。




そこへセリムが「どうした」とトラの剥製の頭を持って登場して来た。 「宮殿で裏切りが」という声に、セリムは捉えられた8人を一瞥し、コンスタンツエに「時間をくれと言ったのはこのことか」と憎々しげに語りかけた。彼女が「あなたには私は罪人でしょう。でもこの人が私の愛する人です。彼の命だけは助けて」というと怒りだした。しかし、ベルモンテが「裕福な貴族です。二人の身代金を」と叫ぶうちに、彼の父がセリムの仇敵ロスタードスであることが分かって、セリムは気違いのように喜んでいた。「憎き敵の息子を捕らえることが出来た」と大喜びし、「あの男がしたようにしてやる」とののしりながら、オスミンに「拷問の用意を」と言って立ち去った。



     何という運命か。残された皆が動揺し始めると、俳優のコンスタンツエが、「暗い森の中で、子供たちだけだと何をする?」と言い出し、「さあ、歌うのよ」と叫んでいた。悲痛な前奏の音楽が始まり、歌手のベルモンテが絶体絶命の死を覚悟したレチタティーヴォを歌い出し、「なんということか。私のせいで君は死んでしまう」と絶叫すると、コンスタンツエは、「愛する人よ。そんなに苦しまないで。死とは何?。安らぎに至る過程でしょう。それもあなたの傍でなら、至福の前触れとなるでしょう」と、一言一言、ゆっくりと歌い出した。その言葉を聴いたみんなは感動し、ベルモンテが「天使のような心だ。何と優しい思いやりの心!」と絶叫し、「君は私の心を慰めて、死の苦しみを和らげてくれる」とコンスタンツエを抱きしめてから、二人の二重唱が始まった。二人はお互いに「私のためにあなたが死んでいく」と歌い合って、見ているものたちが深い感動を覚える素晴らしい二重唱となっていた。



最後に「あなたと共に死んではいけないの」と歌うコンスタンツエの歌は、感動的で最高の場面を作っていたが、見ている全員が「気高い心!」と歌いたげな表情で、この至高の二重唱を見守っていた。そして最後はアレグロになって「喜んで、静かに死んでいこう」と二人は抱き合って二重唱は結ばれていた。この二重唱は、二人だけの感動の音楽ではなく、8人全員の動作や表情で作り上げたこの映像ならではの舞台であり、ここに演出者のやりたかった場面が、如実に表れていた。これは、繰り返して映像を見たから理解できる場面であり、一回きりのライブでみただけなら、ふざけた演出だとしか見えなかったであろう。



    場面が変わって、再び現れたセリムは、死の覚悟を決めた二人に対し、厳しい表情で罪を申し渡すかと思ったら、恐らくこの二人の二重唱を見ていたのであろう。セリムは「二人で自由に帰れ」とあっさり告げた。セリムの全く思いがけぬ意外な寛大な赦しに全員が驚いた。セリムは「帰って父親に良く伝えるのだ。お前はわしの懐の中にいた。しかし、わしが受けた卑劣さよりも、善行で報いた方が、私は遙かに満足できるのだとな」。ペドリロがたまりかねて「私たち二人も許して下さい」と大声を上げるとセリムはブロンテとペドリロの二人も赦された。



そして、四人は深く感動し、明るい表情で感謝の気持ちをヴォードヴィールで、ベルモンテ、コンスタツエ、ペドリオの順に、一人づつ丁寧に歌っていた。最後にブロンテが歌って一言オスミンに別れを告げると、それまで我慢をしていたオスミンが遂に爆発し、これまで何回も口癖のように歌っていた「お前らは、首切りに、首吊りに、串刺しだ」と大声を上げていた。最後に歌手4人がセリムに対し「利己心を持たずに許すことは、偉大な心にのみ出来ること」と太守に感謝の意を捧げて、第21番aのヴォードヴィールは終わりになっていた。



最後にトルコ風の伴奏により第21番bとされた衛兵や侍女たちの大合唱があって、セリムの穏やかな表情のクローズアップが続き、「太守に栄光あれ」の合唱で終幕となっていた。しかし、この映像では次のようなセリムの一言が続けられていた。「皆さん、有り難う。このようなジングシュピールで、皆さんのように歌えないので、語るだけでいると、怒ったり自信をなくするものです。まだ楽屋にいましたときに、幸運にも良い詩が手に入りました。歌と同じくらい美しいものです。朗読させて下さい。短い詩です。」と照れくさそうに言って、次のような詩を、一言づつ語り出した。

「エドワード・メーリケ作、 小さなモミの木が芽吹く。どこか森の中で。バラの茂みがどこかの庭で?。それらは既に、選り抜かれたもの。ああ、魂よ。お前の墓に根を張り、育つのだ。二頭の黒い若馬が、草原で草を食べ、跳ねながら、町へ戻る。お前の柩と共に、ゆっくりと。もしかすると、蹄鉄がゆるくなり、私はその輝きを見るのかもしれない。」
    「素晴らしいわ」と思わず歌手のコンスタンツエがセリムに駆け寄ると、セリムは優しく、「コンスタンツエ、有り難う」と答えて、幕となっていた。




     この第三幕の後半のくだりが、演出者ノイエンフェルスが、本気でやりたかったことであろう。セリムには、最後に、原作にはない最も良い出番が用意されていた。それにしても、このメーリケの詩の題は何というのだろうか。私には良く分からない。
     この映像は、最初に通して見たときには、なぜ歌手と俳優が必要か分からないまま終わっており、恐らくライブで見た方も大方の人は、遠目では歌手も俳優も同じように見えて、意味が分からないまま、最後のセリムが格好がいいという印象で終わったものと思われる。おかしな映像という評価のため、今回改めて注意深く見直した積もりであるが、その印象は第三幕での多少の改善効果を認めたにしても、矢張り全体の評価を変えるほどのものではなかった。

      この演出で多少とも、ましになったことを幾つか列挙すると、まず歌の部分とダイアログの演技の部分をそれぞれのプロに任せたことにより、第二幕の「バッカス万歳」のあたりから、その奇異さに慣れたせいもあり、大勢さのためか、全体の動きが良くなって面白さを増したように思う。また、最後のベルモンテとコンスタンツエの二重唱も、通常の演出よりも「気高い心」を強調して感動的であったと思う。また、ハシゴを忘れて幼稚な脱出劇を割愛したのも、とても有り難かった。さらに、歌の出番がないセリムを偉大な人物に仕上げて、ルール違反を知りながら、あへてセリムの詩の朗読を付け加えたのは、全体を上品に見せかけて、最後の印象を良くしようとした極めつきの策だったのであろう。

      私はこれらの演出者の非凡なアイデアを、歌手と俳優に分けるなどという変な発想からではなく、もっと真面目な発想で不満なリブレットに対し注文をつけ、音楽を高め、舞台を見て楽しくする方向に持って行って欲しかった。始めから見るのを閉ざすのではなく、正面からこの映像と向き合った上での私の感想は以上の通りである。しかし、無駄な時間をロスした感も否めない。

       (以上)(2014/08/28)


目次5にもどる 目次4にもどる
目次3にもどる 目次2にもどる
目次1にもどる 私の新ホームページへ


名称未設定