(古いLDの録画から;二つのヴァイオリン協奏曲第5番K.219および第3番K.216)
14-7-2、オーギュスタン・デュメイのヴァイオリンと指揮によるヴァイオリン協奏曲第5番イ長調K.219「トルコ風」および第3番ト長調K.216、
トウルース室内管弦楽団、1989年10月、

−この映像は、アマディオの初期のLDのコピーであるが、今改めて見直しても、内容的には素晴らしい室内楽的なバランスの良い演奏を残してくれており、「トルコ風」の第5番においても、威勢の良い元気な第3番においても、デュメイの優れた持ち味が発揮されたものと高く評価しておこう。長身のデュメイがヴァイオリンを弾く姿は絵になっており、ヴィルテイオーゾ的な演奏スタイルが良く似合っている一方で、室内管弦楽団とアンサンブルを楽しむ姿も見せていた。しかし、映像が古く音も寂しいのが残念であった−


(古いLDの録画から;二つのヴァイオリン協奏曲第5番K.219および第3番K.216)
14-7-2、オーギュスタン・デュメイのヴァイオリンと指揮によるヴァイオリン協奏曲第5番イ長調K.219「トルコ風」および第3番ト長調K.216、
トウルース室内管弦楽団、1989年10月、
(1994/05/22、アマディオLD、Mozart Treasuresの1枚をS-VHS130.5に収録)

   7月分の第二曲目の協奏曲については、アマディオのLDのS-VHSコピーから、フランスのオーギュスタン・デュメイ(1949〜)の弾き振りによる二つのヴァイオリン協奏曲(1989)の第5番イ長調K.219「トルコ風」および第3番ト長調K.216の2曲をアップしたい。この映像は、LDの最初期のものであって、ヴァイオリニスト・デュメイの最初の古い映像であるが、まだ若々しい張り切った当時としては珍しい弾き振りの映像である。協演するトウルース室内管弦楽団とのアンサンブルも良く、優れた演奏であると思ってきたが、このたびやっとアップロードする順番が回ってきたので、これら2曲の全曲アップに一歩近づいてきたと言える。



   この映像はフランス制作のアマディオのMozart Treasures という数枚組の協奏曲中心のLDの自作コピーなので、この演奏に関する情報は全く残されていなく、映像はデュメイの第5番・第3番に続いてコラールのピアノによる第9番「ジュノム」協奏曲の3曲が続いていたが、ここではヴァイオリン協奏曲の2曲を取り上げている。映像は素晴らしく豪華な宮殿の一室か、拍手も無くオーケストラの中心に長身のデュメイがヴァイオリンと弓を左手に持っており、右手を振っていきなり、ヴァイオリン協奏曲第五番イ長調K.219の第一楽章が開始された。



   始めにトウッテイによる主和音の強奏に続いて第一主題が、第一ヴァイオリンによる軽快なスタッカートでアレグロ・アベルトの勢いで堂々と威勢よく開始され、ひとしきりトウッテイで軽快に進行していた。やがて軽やかな第二主題が弱奏の第一ヴァイオリンで提示されて素晴らしい調子で進んでから、コーダを経て提示部を終え、フェルマータで一呼吸。ここで曲はアダージョになり、指揮をしていたデュメイは正面を向いてヴァイオリンを持ち直し、まるでオペラのアリアのように美しいアインガングを独奏ヴァイオリンで弾き出し、主役が登場したかのように、一際豊かな美しいヴァイオリンの音色を聴かせていた。一転して曲は再びアレグロ・アベルトとなり、デュメイの生き生きとした独奏ヴァイオリンが第一主題を弾き出したが、このようなソリスト登場は、モーツァルトのコンチェルトでの最初の試みか?。そして素晴らしい勢いで曲はドンドン進行し、息つく暇もないほどの勢いでヴァイオリンの走句が明るく駆けめぐっていた。やがて軽やかな第二主題が弾むように提示され、デュメイのヴァイオリンの細かな技巧が十分に発揮されて、オーボエとの重奏も美しく一気に駆け抜けるように提示部を終えていた。
   展開部に入ると独奏ヴァイオリンが新しい主題を提示し、華やかなソロの技巧的な走句が繰り返されてしっかりと展開された後、再現部に突入していた。再現部は第一・第二主題と型どおり進んでいたが、独奏ヴァイオリンの颯爽とした勢いは素晴らしいものがあり、デュメイの若々しい独奏ヴァイオリンは、際立った美しさを見せていた。終わりのカデンツアは、聴き馴染んだものであり、この楽章の全ての主題の断片を折り込んだような技巧的なものを弾いていた。





    第二楽章はアダージョの美しい楽章。はじめにトウッテイで第一ヴァイオリンがゆっくりと綿々と歌い始め、直ぐに続けて細やかな第二主題も提示されひとしきり演奏されてトウッテイによる提示部が終了する。そこでデュメイによる独奏ヴァイオリンが第一主題をおもむろに弾き始めた。しかし直ぐに主題を独奏ヴァイオリン向きに変奏しながらソロ主体で進行し、続く美しい第二主題も歌うように変奏されながらドンドンと進行し、後半には独奏ヴァイオリンが新しい軽やかな美しいエピソードを弾き始めてコーダを経て第二提示部を終えていた。
    展開部では冒頭の主題を中心に独奏ヴァイオリンがリードしながらオーケストラを相手に変化を見せて再現部へと移行していた。再現部でもデュメイが独奏ヴァイオリンを自在に弾き進み豊麗な音色を際立たせていたが、終わりの短いカデンツアでも存在感のある技巧の冴えを見せていた。





   この曲は「トルコ風」などと呼ばれることがあるが、それはこの第三楽章のロンド・フィナーレの中間部に「トルコ風」の名の由来の部分があるためであり、通常のロンド形式よりも大きな構成になっている。フランス語でRONDEAUと書かれたこの楽章は、最初にテンポ・デイ・メヌエットとされたイ長調のメヌエットのロンド主題からなるA-B-A-C-Aのロンド形式の部分と、中間部にアレグロと書かれたイ短調のD-E-F-D’-E’-の部分からなり、最後に再びテンポ・デイ・メヌエットのA-B'-A'で終わる大型のロンド形式になっていた。
      デュメイの独奏ヴァイオリンによりメヌエット調のロンド主題が開始されると、これをオーケストラが受けて繰り返されてから、独奏ヴァイオリンが新しい主題を提示して再びトウッテイが繰り返すというロンド形式で軽快に進んでいた。冒頭のメヌエット主題が三度現れてから、フェルマータになり、ここで突然曲調が一転してアレグロになり、途中からデユメイの独奏ヴァイオリンが急速な走句を弾き始め、繰り返しが行われてから第一ヴァイオリンを中心とするトウッテイが「トルコ風」のリズムを持った活発な主題をもたらし、さらにクレッシェンドが賑やかな半音階風の主題が流れ、異国風の異様さを加えていた。再度、アレグロの部分が戻ってから、このトルコ風のメロデイも繰り返されて行き、異国風の印象を深めていた。そして再び独奏ヴァイオリンが、冒頭のメヌエット主題を弾き出して、曲は穏やかに終息していたが、この楽章はいろいろな意味で、独奏ヴァイオリンが活躍して、当時流行していた異国風の工夫が加えられた曲となっていた。







    曲が明るく終わると、映像は拍手も無く、そのまま終了となっていたが、演奏中のデュメイの笑顔や体全体に漲る自信に満ちた姿などは絵になっており、さすがフランスを代表するヴァイオリニストであるとの貫禄を見せていた。トウルース室内管弦楽団は小人数のより抜きの団員による演奏のせいか、デュメイとのチームワークも良く、優れたアンサンブルを見せていた。映像は引き続き第3番の協奏曲になるのであるが、ここで最初の映像は一旦完結し、第三番は、どうやら会場が替わり、メンバーの服装なども改めた別の新しい映像として収録されたもののように思われた。




  続くデュメイの弾き振りによる映像は、ヴァイオリン協奏曲の第三番ト長調K.216であるが、暗い画面で全体が把握できないが、オーケストラが集合しているようであり、指揮者の後ろ姿が写って、映像ではトウッテイでいきなり第一楽章のアレグロの第一主題が開始されていた。やがて指揮者がクローズアップされて体や顔が写されてくると、それは左手にヴァイオリンと弓を持ち右手で指揮をしているデュメイであることが分かってきた。このアレグロの主題はオペラ「羊飼いの王様」K.208の第3曲アミンタのアリアの転用でお馴染みであり、良く見るとコントラバスが一台チェロが二台で2ホルン、2オーボエの構成の小規模なオーケストラであった。長いアリア風の主題をトウッテイで柔らかく演奏して、直ぐにオーボエとホルンが導く第二主題となってオーケストラによる第一提示部が威勢良く終了していた。



   そこへ指揮者デュメイの独奏ヴァイオリンが、正面を向き直して改めて登場したように見せかけて、勢いよく第一主題を弾き始めた。デユメイのヴァイオリンは、装飾音を加えながら実に明るく弾きだすが、直ぐに改めて第三の新しい美しい主題を「俺が主役だ」とばかりに晴れやかに弾き始め、それから早い技巧的なパッセージを示していた。続いてオーボエとホルンの重奏で第二主題が提示されて、独奏ヴァイオリンが再び元気よく弾みをつけるように活躍しながら後半を盛り上げて行き、素晴らしい提示部を完成させていた。技巧を散りばめ展開部は独奏ヴァイオリンの一人舞台のようであり、独奏ヴァイオリンが新しい主題を出して繰り返してから、トウッテイ、独奏ヴァイオリン、オーボエなどの順に展開しており、デュメイが指揮にヴァイオリンにと一人で大活躍していた。フェルマータの後一息ついて始まる再現部では、トウッテイと続いて独奏ヴァイオリンで第一主題の後に第三の主題が独奏ヴァイオリンで弾かれ、続いて第二主題がほぼ型通り出て展開されてからカデンツアとなっていた。このカデンツアはオリジナルか。デュメイは各主題の一部を回想するように技巧を散りばめて、表情豊かに歌いながら仕上げていた。



   第二楽章のアダージョでは、はじめにトウッテイで4小節の主題を奏でるが、直ぐにデュメイの独奏ヴァイオリンがオクターブ高く繰り返し、ソロの存在感を示してからピッチカートの伴奏で独奏ヴァイオリンがこの美しく透明な主題を明るく歌い、変奏を加えながら繰り返していた。この楽章ではスコア上はオーボエに代わってフルートが用いられることになっているが、この演奏ではオーボエがそのまま使われており、オーボエとホルンの重奏と独奏ヴァイオリンが交互に第二主題を提示し繰り返されていた。続く第一主題前半による短い展開部はデュメイのソロの一人舞台であり、続けて始まる再現部においても独奏ヴァイオリンが中心で再現されていた。短いカデンツアは回想風のもので、これもデュメイの一人舞台。最後はコーダのあとにも独奏ヴァイオリンが第一主題を弾きだして終わるという回想風の珍しい終わり方をしていた。



  第三楽章はRONDEAUと書かれたアレグロ楽章であり、先の第5番においても中間部の「トルコ風」の部分がそうであったが、この楽章においても前段でA-B-A-C-A-とロンド形式の形で進んでから、中間部にアンダンテとアレグレットの部分が挿入されており、規模の大きなロンド形式になっていた。フィナーレは、まずオーケストラで耳慣れたロンド主題が軽やかに提示され、続いてデュメイの独奏ヴァイオリンがロンド主題を繰り返していく。ここでもデュメイが指揮とヴァイオリンの一人舞台で軽快に進め、その後は新しい主題を独奏ヴァイオリンが提示する形で進んでいた。ところがロンド主題を終えてフェルマータの後、曲は一転してアンダンテとなり、独奏ヴァイオリンが弦のピッチカートに乗って軽やかに美しい新しい歌を歌い出し繰り返された。続いて曲調はアレグレットに変わって、再び独奏ヴァイオリンが民謡調の別の歌を歌い出し、更に独奏ヴァイオリンが珍しく重音奏法の新しい主題を提示して繰り返しており、聴く人を驚かすような耳新しい飛び込み曲を挿入していた。曲は再び始めのロンド主題に戻って、この楽章は静かに終わっていたが、ここでも第5番のレハーサルのような変化を試みて、新鮮味を出していた。



   終わってみればデユメイのヴァイオリンを弾きながら指揮を取る、この当時としては珍しい新鮮な映像を残してくれた。しかし、映像がまだ未熟であり、現在のようなライブで収録するところまでは行っていないし、画像も暗く鮮明さに欠けていた。しかし、デュメイの指揮と演奏を兼ねながら、独奏ヴァイオリンの存在感を明確に示すという一人舞台の場馴れした名人芸には驚かされた。長身のデュメイがヴァイオリンを弾く姿は絵になっており、ヴィルテイオーゾ的な演奏スタイルが良く似合っている一方で、室内管弦楽団とアンサンブルを楽しむという室内楽的なバランスの良さも見せていた。また、指揮者としてのリーダシップもしっかりしており、顔の表情で指揮をする名人芸的な側面を十分に発揮していた。このシリーズの映像は、協奏曲としては初期の段階のものであったが、今改めて見直しても、内容的には素晴らしい室内楽的なバランスの良い演奏を残してくれており、デュメイの優れた持ち味が発揮されたものと高く評価しておこう。

(以上)(2014/07/17)



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