(最新の市販DVDより;アバドの孤児院ミサ曲K.139の初映像)
14-5-1、クラウデイオ・アバド指揮モーツァルト・オーケストラとシェーンベルグ合唱団による「孤児院」ミサ曲ハ短調K.139(49a)、
2012/06/28、モーツァルト・ハウス、ザルツブルグ、

−この曲はザルツブルグで書かれたミサ曲と異なって、楽器編成も大きく、規模も壮大で12歳の少年の作としては信じ難い大曲のミサ・ソレムニスとなっており、聴けば聴くほど凄い作品であることが分かる。アバドのこの新しい演奏は、ソリスト達やシェーンベルグ合唱団の手慣れた熟達ぶりもあって、彼の恐らく最後のミサ曲として充分に満足させられた−


(最新の市販DVDより;アバドの孤児院ミサ曲K.139の初映像)
14-5-1、クラウデイオ・アバド指揮モーツァルト・オーケストラとシェーンベルグ合唱団による「孤児院」ミサ曲ハ短調K.139(49a)、2012/06/28、モーツァルト・ハウス、ザルツブルグ、
(歌手)S;Roberta Invernizzi、A;Sara Mingardo、T;Paolo Fanale、B;Alex Esposito、
(2014/01/27、Unitel Classica DVD ACC-20261)

   5月号の最初の第1曲目は、最新の市販DVDであり、恐らくアバドの最後のミサ曲の映像ではないかと思われる2012年6月28日に、ザルツブルグのモーツァルト・ハウスで収録されたアバド指揮モーツァルト・オーケストラとシェーンベルグ合唱団による「孤児院」ミサ曲ハ短調K.139である。このアバドの映像は、この曲としては、勿論、初めての彼の映像であるが、このミサ曲を私が初めて聴いたのは、この曲の最初のレコードであるLP時代のアバドの指揮のLP(1975)であり、当時、モーツアルトのミサ曲の録音は殆ど見当たらない中で、とても貴重な演奏であった。冒頭の静寂の中のキリエの合唱の厳粛な響きやソプラノのヤノヴィッツの健在ぶりは、今でも頭に刷り込まれており、アバドが手掛けたこの少年モーツァルトの大作にはおどろいたものであった。今回のライブ映像は、この孤児院ミサ曲とシューベルトのミサ曲変ホ長調D.950とが同時に収録されている。アバドは、前者には古いLP録音が、後者には「アバド・イン・コンサート」という2枚のDVDにD950の映像が残されている。今回の新映像では、アバドはすこぶるお元気そうで冒頭のキリエでは厳粛な短調の合唱の始まりが見られたが、続くアレグロでは4本のコントラバスや4本のトランペットが顔を出して力強く堂々と進んでおり、一見一聴したところではウイーン少年合唱団によるハラー指揮の映像(7-11-2)に比して、遙かに期待できそうな予感がしていた。



   この映像の第一曲ではトウッテイによる厳かなキリエで、冒頭から合唱とトロンボーンが響き出すフルオーケストラの序唱であり、期待通りに厳かに始まった。続いて二部のアレグロに入って、3拍子のオーケストラの力強い前奏の後に、勢いよくキリエ・エリイソンの合唱が堂々と力強く歌われ、ソロの三重唱と合唱が交互にひとしきり続いて盛り上がりを見せていた。続いて三部としてソリストたちの四重唱で穏やかにクリステ・エレイソンが美しく豊かに歌われて、キリエの美しい中間部を形成していた。



そして再び二部のアレグロの大合唱がダ・カーポされて堂々と進行し、ソリスト達の三重唱も大合唱も交互に盛り上がりを見せて、最後は豊かに結ばれていた。この映像はアバドの死後に発売されたものであるが、彼の死を予想される姿はなく、元気な表情でしっかりと指揮をしていた。狭いモーツァルト・ハウスの舞台の中央に指揮台があり、左右に弦五部が並び、その後ろの4人のソリストやオルガンの横一列の背後には、4トランペットや3トロンボーンが一列に並んだ堂々たる布陣のオーケストラの姿が見えた。その後に左側がソプラノやアルトの女性合唱団、右側にと男声合唱団が三列に並んでおり、狭い舞台全体に広がって、ミサ・ソレムニスとしての迫力に満ちたスタートのキリエであった。




  第二曲のグローリアは、「グローリア」と歌う荘厳なアレグロの大合唱で始まるが、この大合唱は短く終わり、譜面を見ると、細かく七つの部分で構成されていた。続いて、第二部のアンダンテに移り、弦楽合奏の美しい前奏に続いてアルトのソロが「ランダムステ」と歌い出し、それにソプラノのソロが続いて歌われ、進むにつれ二重唱となり、ソリストたちの清らかな声が明るく響き渡っていた。続く第三部は「グラティアス」で重々しいアダージョの大合唱の導入に続いて、活気のある対位法的な合唱が勢いよく続いていた。





第四部は、「ドミネ・デウス」で、美しい弦の伴奏で穏やかなテノールとバスのソロと二重唱であり、伴奏と二重唱が良く調和していた。第五部は「クイトリス」でアダージョのテンポで合唱が始まり、半音階で上昇する哀願するような合唱となって、低音のリズミックな伴奏も重々しく、とても印象に残る素晴らしい曲であった。続いて第六部は「クオニアム」で軽やかな弦の伴奏でソプラノが明るくアリア風に独唱していた。ソプラノ・ソロの存在感を示すようなコロラチューラ的な技巧を示した美しいアリアであった。第七部はフィナーレの「カム・サンクト」の大合唱による壮大な4声のフーガとなり、終わりにはアーメンが連唱されて厳かに終了した。この第二曲のグローリアは、細部の一曲一曲の性格が異なって変化に満ちており、ソレムニスの風格すら感じさせる素晴らしいグローリアであった。





  第三曲のクレドも、グローリアと同様にやはり七つの部分に分けられて作曲され、充実していた。第一部はクレド「われは信ず、唯一の神」とプレストの力強い合唱で始まり、速いテンポで強く信仰の告白をする部分であった。続いて第二部の「エト・インカルナタス・エスト」はアンダンテで、ソプラノとアルトが明るく二重唱を歌う。シチリアーノ調のゆっくりとした歌で、弦とベースの伴奏が美しく二重唱を支え、女性らしさが示されていた。第三部は弱音器付きの4本のトランペットと賑やかなテインパニーによる序奏で厳かに始まるハ短調の悲痛なアダージョの合唱が続いて、静かに収束していた。








第四部に入るとソプラノの短いソロの後に盛大な合唱で盛り上がり、短いアダージョになって再びアレグロで盛り上がっていた。第五部は明るく穏やかな弦の伴奏でテノールがソロを歌って穏やかに進んでいたが、最後には弦楽四重奏になって静かに結ばれていた。第六はクレドの終曲で堂々たる晴れやかなアレグロの合唱がトウッテイで続き、アダージョで収束してから、第七部のアレグロに入って4声の壮大なフーガの合唱となって高らかに歌われ、終わりにはアーメンで盛り上がって終息いた。長大な七部に別れてそれぞれが充実した堂々たる大曲感のあるクレドであった。





  第四曲は「サンクトス(聖なるかな)」の大合唱で、金管の響きの伴奏で荘重にアダージョで三度繰り返されて合唱が進んでいくが、再び合唱がアレグロになって「天地にみつ」と盛んに歌い出してから、末尾では「ホザンナ」が華麗に数回繰り返されていた。

第五曲は「ベネデイクトス」でソプラノのソロとホザンナの合唱の対唱が始まり、これが何回か繰り返されて、ソプラノのソロにより結ばれてから、最後に「サンクトス」の結尾に戻って、「ホザンナ」が静かにダ・カーポされていた。





  終曲の「アニュス・デイ」は、二つの部分に分かれており、第一はトロンボーンの伴奏でアンダンテの厳かな序奏の後にテノールのソロでアニュス・デイが厳粛に歌われてから、合唱で厳かに引き継がれて穏やかに進行し、結びは同じテンポでソリスト達の厳かな四重唱で美しく穏やかに収束していた。
フィナーレではオーケストラの伴奏でドーナ・ノービスがアレグロの合唱で高らかに歌われ、ドーナの大合唱で壮大に盛り上がって、この大ミサ曲は終結した。







  この曲はザルツブルグで書かれたミサ曲と異なって、楽器編成も大きく、規模も壮大で12歳の少年の作としては信じ難い大曲のミサ・ソレムニスとなっており、続けて聴いたシューベルトの晩年のミサ曲D.950と遜色のない、聴けば聴くほど凄い作品であることが分かる。ケッヒエルはK139の番号を与えていたが、新全集では4年も遡って、K.49aという番号を与えている。アバドのこの新しい演奏は、ソリスト達やシェーンベルグ合唱団の手慣れた熟達ぶりもあって、先にアップしたウイーン少年合唱団の演奏よりも遙かに充実した響きを聴かせており、彼の恐らく最後のミサ曲として充分に満足させられた。



  この演奏は、指揮者クラウディオ・アバド(Claudio Abbado 1933/6/26〜2014/1/20)の死後に入手した貴重な最後のミサ曲集となったが、彼のこの大らかで安心して浸れる着実なテンポ感は、この曲の演奏にも満ち溢れていた。この彼のユニークさが、われわれモーツァルト好きをことのほか喜ばせてきたに違いない。思えば全ての彼の演奏にこれが漲っており、モーツァルトばかりでなく、彼のバッハや、ベートーヴェンや、ロッシーニや、ブラームスなどの各曲にもそれが及んでいたと思われる。モーツァルトの彼の映像は、既にリストアップされているが、バッハのこのモーツァルト・オーケストラと演奏したブランデンブルグ協奏曲(2007)、ベルリンフイルとのベートーヴェンの交響曲全集、若きアバドのロッシーニのオペラ「セヴィリアの理髪師」(1972)などは、彼の貴重な財産として大切に扱われているに違いない。

  彼の追悼の念をさらに高めるのは、私がアバドを知ったのはウイーンフイルを振ったグルダとの一連のピアノ協奏曲第20番ニ短調ほかのグラモフォンのLP(1974)や、思えばこの「孤児院」ミサ曲のLP(1975)などであった。私は1977年頃に入手しており、当時は間違いなく彼はベームやカラヤンの後を継ぐ、凄い指揮者が登場して来たものと感動して期待を高めていたものであった。この指揮者の恐らく最後に近いミサ曲演奏が、この「孤児院」ミサ曲になろうとは、ひとしお感慨深いものがある。ここに謹んでご冥福をお祈りするものである。

(以上)(2014/05/04)


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