(最新のDVDから;久保田巧のK.301とヴィルデ・クラングのK.377)
14-2-2、久保田巧によるヴァイオリン・ソナタト長調K.301、ピアノ、村田千佳、南アルプス市桃源文化会館ホール、2013/04/06、およびヴィルデ・フラングによるヴァイオリン・ソナタ、ヘ長調K.377(374e)、
ピアノ、リフィッツ、白寿ホール、2012/05/12、

−最初の親しみやすい可愛げな曲は、久保田の明るいヴァイオリンと村田の軽やかなピアノとが良く合って実にスムーズに楽しげに弾かれており、安心してモーツァルトの世界に浸れる短い二楽章であった。一方のクラングの演奏ではヴァイオリンはとても美しく鮮明であるが、ピアノに比して音量がないせいもあって、リフィッツのピアノの方が軽やかに良く動くので、聴感上はピアノの方が優位に立った演奏であった−


(最新のDVDから;久保田巧のK.301とヴィルデ・クラングのK.377)
14-2-2、久保田巧によるヴァイオリン・ソナタト長調K.301、ピアノ、村田千佳、南アルプス市桃源文化会館ホール、2013/04/06、およびヴィルデ・フラングによるヴァイオリン・ソナタ、ヘ長調K.377(374e)、
ピアノ、リフィッツ、白寿ホール、2012/05/12、
(2013/06/18及び2013/04/15、NHKクラシック倶楽部よりHD2に収録)

   2月号の第2曲目は、このHP初めての二人のヴァイオリニストによる2つのヴァイオリン・ソナタであり、いずれも昨年(2013)のNHKクラシック倶楽部で収録したリサイタルからのもので、第1曲は久保田巧のヴァイオリン・ソナタト長調K.301、第2曲目は、ヴィルデ・フラングのヴァイオリン・ソナタヘ長調K.377(374e)である。
   最初の久保田巧の演奏は、南アルプス市の桃源文化会館という素晴らしいフランス製のオルガンが備え付けの立派なホールでのリサイタルであった。アルプス市は、山梨県の甲府市より南側の富士川沿いの新しい都市のようであり、全く土地勘のないところであるが、人口40万のわが柏市に較べて、こういう地方都市にも素晴らしい文化施設が整備されていることを羨ましく思った。このリサイタルのプログラムは、前半がモーツァルト、後半がリヒアルト・シュトラウスのヴァイオリン・ソナタよいう珍しい組合せであり、前半を一聴した限りでは、とてもソフトな音を奏でるヴァイオリンと村田千佳によるやや硬質なメリハリあるピアノとの組合せのソナタに聞こえていた。美形同士の華やかで明るい演奏が楽しみであっが、ヴァイオリンの久保田巧はサイトウキネンや水戸室内楽団の常連であり、見覚えがあったので、これからも映像を見る機会が多いと楽しみにしている。



    ヴァイオリン・ソナタト長調(第25番)K.301(293a)は、マンハイムソナタ「作品1」とされた第一曲目の曲で、彼の最初の本格的なヴァイオリン・ソナタと位置付けされている。冒頭から耳慣れた主題が飛び出す軽快な曲で、明るい楽しげないかにもモーツァルトらしい繊細な曲である。
    第一楽章は優しいヴァイオリンのソロで示される美しい息の長い伸びやかな主題で始まり、直ぐにピアノでも軽やかに反復された。続いて楽しげな経過句のあとに、可愛いらしい第二主題が踊るようなピアノで開始され、直ぐにヴァイオリンとの二重奏になり、続いてヴァイオリンの伴奏でピアノが美しいパッセージを繰り広げる。ここではまだ、ヴァイオリンの序奏付きソナタの感じがする。ここでより豊かな感覚で提示部が繰り返されていたが、久保田のヴァイオリンは弾むように楽しげで生き生きとしており、村田のピアノは軽快そのものに進行し、二人の息はピッタリと合っていた。展開部では、久保田のヴァイオリンと村田のピアノとが力強さを増しながら対話風に進行し、絶えず二人は変化を見せながら一体となって弾き進んで再現部に突入していた。冒頭の静かな主題がピアノで始まると、久保田は優しい音色を精一杯響かせ、村田のピアノはこれに合わせたり絶えず調和を取りながら仲良く弾いているように見え、明るさを保ちながら淡々とした美 しい楽章に終始していた。再現部の繰り返しは省略されていた。



   第二楽章は、中間部にメランコリックなシチリアーノ風のリズムをもった主題が流れるABAの三部形式のアレグロ楽章か。始めにピアノで3拍子の親しみやすい可愛いげな主題が軽快に飛び出して来て、ヴァイオリンが直ぐにこの主題を繰り返し、ひとしきり変形されて明るく進みだす。二人は提示部の全ての繰り返しを丁寧に弾いていた。やがて中間部のヴァイオリンがうねうねとメランコリックな主題を奏で、再び変形されて繰り返される。ここではピアノは伴奏に徹しヴァイオリンが主体的に静かに弾いていた。再び始めの軽やかなアレグロの主題に戻るが、ここではこの主題が明るく回帰されてくるので、ロンド主題のように楽しく聞こえていた。






   この親しみやすい和やかな可愛げな最初の曲は、久保田の明るいヴァイオリンと村田の軽やかなピアノとが良く合って実にスムーズに楽しげに弾かれており、安心してモーツァルトの世界に浸れる短い二楽章であった。まるで春を思わせる明るい可愛げな曲であり、屈託のない春のさえずりといった曲調を良く現していた。お二人はこの曲を小手調べとして、本番はこれからのリヒアルト・シュトラウスのヴァイオリン・ソナタ変ホ長調作品18のようであった。私はこれまで、この曲を聴いたことがなかったが、お二人はウイーンでそれぞれ学んだようなので、シュトラウス節が自然に身について、しっかりと演奏をしていた。






   演奏が終わると二人は拍手の中をにこやかに登場して来て、アンコールに答えてくれた。初めにクライスラーの「愛の喜び」であり、ウインナワルツ風の三拍子が自然なウイーンで学んだ方々には相応しい曲とお見受けした。美しい演奏であったが、私には少しテンポが速すぎた。二曲目のアンコールもクライスラーで、「シンコペーション」という曲。初めて聴く曲でさっぱりと弾かれて、素晴らしい和やかな雰囲気の中でコンサートは終了していた。


    第二曲目となるヴィルデ・フラングのヴァイオリン・ソナタヘ長調K.377(374e)は、同じくNHKのクラシック倶楽部により2013/04/15に放送されたてHD2に留守録で収録したもので、2012/05/12に白寿ホールにおける彼女のリサイタルとして演奏されたものである。彼女は1986年ノルウエー生まれの若いヴァイオリニストであり、早くから才能を現して活躍してきた。07年にムターと共演し、08年にムターの招きでカメラータ・アカデミカ・ザルツブルグのアメリカ・ツアーに参加している。
ムターとは11歳のオーデションで出合って以来の師と語る彼女は、私にとって発想の源であり、自分のスタイルを貫き、直感や感性を信ずるようにと勇気づけてくれる師と語り、ヴァイオリンは私の「仕事」ではなく体の一部のようなものと語っていた。今回のヴァイオリン・ソナタの演奏は、溌剌とした瑞々しいモーツァルトを聴かせており、ピアノ伴奏のミハイル・リフィッツも、もの凄く達者なピアニストで、若いコンビなのに立派な演奏を聴かせてくれていた。










この若い初めてのヴァイオリニストのフラングが第一曲目に選んだ曲は、ヴァイオリン・ソナタ(第33番)ヘ長調K.377(374c)であり、この曲は私がヴァイオリン・ソナタで最初に好きになった曲である。そのため、この若き才能溢れる彼女が、どうしてモーツァルトの名曲揃いのソナタの中からこの曲を選んだのか聞いてみたいところである。この曲はアウエルハンマー・ソナタの第三曲で、第一楽章はソナタ形式であるが、第二楽章が変奏曲であり、フィナーレにメヌエットが来る変則的ソナタであり、連作の中で変化を求めた曲であろうと考えられている。



 第一楽章では、ヴァイオリンのトレモロを伴奏にして威勢の良いピアノがスタッカートの第一主題を軽快に提示していくが、続いて追いかけるようにヴァイオリンがこの主題を優雅に弾き出してヴァイオリンのペースとなっていた。長い経過部を経て、第二主題も一気にヴァイオリンが軽やかにスタッカートで提示していく。フラングのヴァイオリンはきめ細かく弾かれていたがピアノに較べて音量が弱く、一方のリフィッツのピアノは華やかな彩りをみせ、勢いのある明るい三連符の分散和音がとても魅力的であった。提示部の繰り返しが改まったように勢いを増して弾かれており、展開部では転調されて冒頭と同様に始まって威勢良くこの主題が繰り返されていた。再現部では、第一主題はピアノで始まり、ヴァイオリンの繰り返しはなく、第二主題に入るとピアノがオクターブの和音を重ねて賑やかに推移して一気に収束していた。スピード感が溢れるアレグロ楽章であった。

 第二楽章のアンダンテ楽章は変奏曲となっており、主題の提示はまず面白いリズムを持つピアノのソロで提示されるが、それ以降はヴァイオリンが主題を弾き、ピアノは伴奏に廻ったり合奏したりして提示されていた。第一変奏はリフィッツのピアノが、また第二変奏ではフラングのヴァイオリンが主体的であったが、第三変奏ではヴァイオリンがメロデイラインを弾きピアノは32分音符の速い軽やかなテンポで鍵盤上を駆けめぐっていた。第四変奏のヴァイオリンとピアノが同じ音階を交互に掛け合うように力強く弾き合う変奏は特徴があったが、第五変奏のヴァイオリンが主題の変奏をしピアノが伴奏する穏やかな16分音符の分散和音による美しい変奏も特徴があった。シチリアーナのリズムで合奏しながら盛り上がる最後の第六変奏は堂々とした造りであり、楽章の終わりを告げる優雅でヴァイオリンの技巧を示す華麗な変奏になっていた。この変奏曲楽章は、どちらかと言えばピアノの技巧が発揮されており、矢張りピアノ優位の変奏曲のように感じられた。

  第三楽章は明るいメヌエット楽章で終わる珍しい楽章。テンポ・デイ・メヌエットの前半はピアノで始まる踊りの音楽であるが、後半はピアノの下降する早い分散和音に乗ってヴァイオリンがトリルの付いた上昇音形を弾くものでとても風変わりで美しい。ピアノ主体の穏やかなトリオのあとにメヌエットが再び繰り返されるが、メヌエットは前半の部分だけであった。



 この曲は初期のソナタとは異なって、ヴァイオリンとピアノが絡みあって対等に近づいたソナタであるとされていたが、この演奏ではヴァイオリンはとても美しく鮮明であるがピアノに比して音量がないせいもあって、リフィッツのピアノの方が軽やかに良く動くので、譜面上は対等になってきても聴感上はピアノの方が両手で弾く分だけ賑やかで、優位に立っていると思われた。
  続くプロコフィエフの第2番のソナタでは、ヴァイオリンは全く対等に聞こえていたので、気になって、私の耳に残っているグルミオーとワルター・クリーンのCDで確かめてみたが、このスタジオ録音ではヴァイオリンとピアノが対等に近く聞こえていた。先日のフェライン例会のプーレさんのK.304とK.379では、ややピアノ優位に聞こえていたが、ヴァイオリンの音が低いとは感じなかった。ライブで聴くとスタジオ録音とは多少異なるのかも知れないが、恐らくフォルテピアノであったならバランス良く聞こえるのかなと考えてもみた。モダンピアノの伴奏でヴァイオリン・ソナタを聞くと、このようなことが起こるのかも知れない。

(以上)(2014/02/13)


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