(最新の市販BDから;シュロット・ネトレプコ・ヘンゲルブロックの「ドン・ジョヴァンニ」)
14-11-3、トーマス・ヘンゲルブロック指揮、フイリップ・ヒンメルマン演出のバルタザール・ノイマンEn.&Chorによるオペラ「ドン・ジョヴァンニ」K.527、
2013/05/17、音楽祭ホール、バーデンバーデン、

−この映像はヘンゲルブロックによる音楽面での新しさが序曲を始めとして随処で息づいており、新鮮なピリオド奏法の解釈が取り入れられているばかりでなく、タイトルロールの若いシュロットとドンナ・アンナのネトレプコが、歌と演技とスタイルの全ての面で素晴らしい活躍をしており、非常に新鮮な印象を受けた。演出面でも、広い舞台を活用して超モダンで簡素な戸外の舞台を作り上げていたが、矢張り豪華な貴族の館内の場面が要求される両フィナーレでは、貧弱さを隠せなかったが、それらを忘れさせるドン・ジョヴァンニの新しい動きや、地獄落ちの新場面の創設などの工夫がなされて、新鮮味でカバーしていた。初演時の原点に立ち返った「プラハ版」を新しく採用するなどの試みも含めて、ここで提案された新しい読み替えの手法や新しい解釈が、どう大方に評価されるか興味深いものがある。今回の映像は、ヤーコプスの映像(2006)とともに、原作の弱点を補う次のステップのための新しい試みがなされたという点で、評価したいと考えられる −

(最新の市販BDから;シュロット・ネトレプコ・ヘンゲルブロックの「ドン・ジョヴァンニ」)
14-11-3、トーマス・ヘンゲルブロック指揮、フイリップ・ヒンメルマン演出のバルタザール・ノイマンEn.&Chorによるオペラ「ドン・ジョヴァンニ」K.527、
2013/05/17、音楽祭ホール、バーデンバーデン、
(配役) ドン・ジョヴァンニ;Erwin Schrottドンナ・アンナ;Anna Netrebkoレポレロ;Luca Pisaroni、エルヴィーラ;Malena Ernman、オッターヴィオ;Charles Castronovo、騎士長;Mario Luperi、ツエルリーナ;Katija Dragojevic、マゼット、Jonathan Lemalu、
(2014/10/11、市販BD購入、ソニークラシカルBD-88430-40119)

       この第三曲目のオペラのBDデイスクは、去る10月11日に買ったばかりのものであり、一見して話題を呼びそうな「ドン・ジョヴァンニ」のライブ公演であると気がついたので、予定を変更して先にアップロードしようと考えたものである。この映像はバーデンバーデンの祝祭劇場で公演されたライブ映像であるが、舞台は広々とした野外で劇が繰り広げられ、シュロットがモダンな格好で生きの良いドン・ジョヴァンニを演じ、ヘンゲルブロックの古楽器オーケストラの響きが実に新鮮であった。この唐突とも思えるモダンな舞台は、恐らく賛否が分かれるところであるが、この伸び伸びした新しい舞台を見ていると、ドイツの聴衆たちは、もはや伝統的な演出の舞台は過去のもので、新しい舞台しか見たくないと要求しているようにも思われてくる。この演出は兎も角、ヘンゲルブロックの音楽の運びや響きが実に良く、歌手たちの動きがとても良いので、その秘密はどこにあるのか探ってみたいと考えながら映像を見ていた。


        指揮者ヘンゲルブロックがにこやかに登場し、周囲をしっかりと見渡してから序曲が威勢良く始まった。ゆっくりしたテンポ、古楽器オーケストラ特有の澄んだ響きで重々しく序奏部が進行してから、一転してモルト・アレグロの弦が颯爽と走り出し、躍動するようなリズム感覚と早いテンポでオーケストラが進み出した。ヘンゲルブロックの音作りは、弦もテインパニーも生き生きとしており、木管もキラキラと輝くように響き、素晴らしいスピード感覚を持っており、オーケストラピットが狭くて暗いので、コントラバスが何台かは確認できなかったが、この序曲は非常に力強く魅力的に響いていた。


       序曲の最後で幕が開き、舞台は何と大きな木が左手に一本、中央に四角い舞台が位置する野外劇。舞台には、椅子が二・三個、乱雑に置かれていた。ゆっくりした癖のあるテンポの序奏とともにカート付きのバックを引いたメガネのレポレロが舞台の縁に腰をかけ、第一曲をぶつぶつとふて腐れて歌い出していた。現代の青年風の服装のレポレロが歌いながらキョロキョロと様子を伺っていると、音楽のテンポが変わって、顔を隠さぬシュロットのドン・ジョヴァンニが舞台に登場し、追いかけてきたピンクのドレスのドンナ・アンナのネトレプコが大声を上げて、早速、激しい取っ組み合いのケンカになっていた。二人のケンカの二重唱から、レポレロも加わった三重唱となり、力に勝るシュロットがネトレプコを組み敷いた時に、父親風の男が登場し、娘を離せと叫んでいた。今度は父親とドン・ジョヴァンニの果たし合いとなり、二人は取っ組み合ってレポレロが手渡したナイフで、父親は首の動脈を切られて倒れ込む。あっと言う間に勝負が付いて、父親は舞台の前の穴に引き摺り込まれてしまった。写真を撮るレポレロの姿。実に動きの速いスピード感覚のある現代風な早い出だしであった。


        二人が立ち去ると、ドンナ・アンナが父のところに駆けつけ、遅れてオッターヴィオが追い付いてきたが、血だらけの父の姿を見てドンナ・アンナは気を失ってしまう。しかし、オッターヴィオに励まされ、気を取り戻してから父の死を確認していたが、彼女は父の血に賭けて、オッターヴィオに父の復讐を誓わせる二重唱は、力強く声が良く伸びて迫力があり、ネトレプコは気丈夫な娘を演じていた。召使いなどの姿がない現代風の野外劇として扱われ、若い二人の 現代風の衣裳はよく似合っていた。


       暗闇を逃げ出しているうちにレポレロがドン・ジョヴァンニのやり方を責めて男二人は激しく言い争うが、レチタテーボのフォルテピアノの伴奏がよく響いて自由で面白い。ドン・ジョヴァンニが女の臭いを嗅ぎ付けると、壁の向こうから若い赤いドレスのエルヴィーラが一人で登場し、捨てられた怨みを激しく歌うが、後半には装飾音符を付けて堂々と歌っていた。ドン・ジョヴァンニが近寄るが、探していた相手が自分と分かり、さあ大変。抱きつかれてその剣幕に押されて、ドン・ジョヴァンニは後をレポレロに任せて逃げ出してしまった。そこでレポレロの「カタログの歌」が始まるが、これがピサローニにしてはドスの効いたなかなかの大人の名調子。ゆっくりと表情豊かに歌って大変な拍手を浴びていた。また、レポレロが示すカタログは写真付きのアルバムで立派なもの。驚いたエルヴィーラは、アルバムに見入ってしまい、驚いたショックで温和しくなってしまい、最後には立ちすくんでいたようだった。



      場面が変わって若い小柄なツエルリーナがお祭りのように歌い出し、大勢のいろいろな服装の若者たちが登場すると、マゼットもツエルリーナを探しながら踊りに参加していた。そこへ男二人が登場して、結婚のお祝いだと知り、ドン・ジョヴァンニが、早速、ツエルリーナに目を付け、旦那のマゼットを引き離そうとするが、マゼットも承知しない。そこでドン・ジョヴァンニが大声でマゼットを脅すと、彼は怖れをなしたのか第六番のアリアを歌いながら、ツエルリーナに悪態をつきながら渋々と引き下がっていた。
     「やっと、二人になれた」とドン・ジョヴァンニが語りだし、気の多いツエルリーナが口説かれて、有名な二重唱となってしまった。そして、歌っているうちにツエルリーナが思わず「行こう」と近寄ってしまい、テンポが変わって二人がその気になって抱き合ってしまった所へ、エルヴィーラが顔を出して一騒動。そして、彼女はツエルリーナを前にしてドン・ジョヴァンニを嘘つきと攻撃する激しいアリアを歌って妨害し、女二人は立ち去ってしまった。





  一人になったドン・ジョヴァンニが「今日はついていない」とぼやいていると、そこへドンナ・アンナとオッターヴィオが近づいて来て、「手を貸して欲しいと」と頼まれていた。そこへ、再びエルヴィーラが現れて、「この人を信じてはいけません」と四重唱が始まって、それから長い四重唱になっていたが、この演出では、ドン・ジョヴァンニがドンナ・アンナと知った仲なので、意味のなさない四重唱に思われた。ドン・ジョヴァンニは筋書き通りにエルヴィーラをなだめたいとして、最後にドンナ・アンナに「アミーチ・アデイーオ」と一言挨拶して立ち去っていた。





     この言葉と立ち去る様子から、ドンナ・アンナは、彼が自分に言い寄ってきた犯人だとここで改めて気がついた。彼女は半狂乱になってオッターヴィオに成り行きをレチタテイーボで告白し、「彼が父を殺した犯人だ」と説明して、怨みの激しいアリアを歌っていたが、ネトレプコが迫真に満ちた演技でアリアを歌いこなして、会場から大変な拍手を浴びていた。ここで、通常のごちゃ混ぜ版では、ウイーン版で作曲したオッターヴィオの追加曲(10a、K.540a)が歌われるのであるが、ここではプラハ版に徹するためか省略されていた。ドン・ジョヴァンニとレポレロが登場して、フォルテピアノの軽い伴奏で男二人のレチタテイーボが続いていたが、レポレロの話でご機嫌になったドン・ジョヴァンニが「シャンペンのアリア」を歌い出し、これが有頂天の名調子で歌われたため、連続して万雷の拍手が続いていた。

         場面が変わって、軽快なフォルテピアノの伴奏で、ツエルリーナとマゼットが口争いをしていたが、やがてツエルリーナがマゼットのご機嫌を取るため、「ぶってよマゼット」と低姿勢で甘えた歌が早いテンポで歌われて、二人が遂にはいちゃつく姿を見せて仲直りしてこれも大拍手であった。









      ツエルリーナが隠れようとして始まる第一幕のフィナーレは、マゼットとツエルリーナのいさかいからレチタテイーボと二重唱のアリアによって、第一幕のフィナーレが早いテンポで威勢良く始まっていた。木の傍らに隠れていたツエルリーナが簡単にドン・ジョヴァンニに見つけ出されてしまい、キスをしているところにあらかじめ警戒していたマゼットが姿を現して、何とか事なきを得た。一方で、音楽が変わり三人の黒づくめの衣裳のマスクの人が登場していたが、この演出ではマスクをしていないので、以下のフィナーレでは筋書きとは矛盾していた。しかし、メヌエットの音楽と共にレポレロとドン・ジョヴァンニに入場を許され、三人は「正義の神よ」と美しい三重唱で、早いテンポで祈るように歌っていた。そして飲めよ踊れよの大騒ぎの場面が始まり、大勢の人々が集まっていたが、ツエルリーナがはしゃぐ姿が目に付き、やがて三人の黒装束の人を迎えた五重唱でリブレット通り「自由万歳」が歌われてフィナーレは次第に佳境に入っていた。



       続いて音楽はゆっくりしたテンポのメヌエットとなり、戸外のせいか何となく踊りづらそうな雰囲気があって、一組か二組でメヌエットの踊りが始まっていたが、舞台にはオーケストラの人も現れて次第に華やかになり、ドン・ジョヴァンニとツエルリーナ、レポレロといやがるマゼットなどが、音楽に合わせて三つの舞曲を踊り始めていた。やがて大勢が動き出して佳境に入ると見ていたが、やがて奥の方からツエルリーナの「助けて」の叫び声が聞こえて来て舞台は一転した。ドン・ジョヴァンニが若い男を犯人扱いにしレポレロがカメラマンとして登場していたが、黒装束の人や全員にドン・ジョヴァンニが他人に罪を被せるごまかしを行ったと見破られ責められて、挙げ句の果てにドン・オッターヴィオにピストルを突きつけられ、ドン・ジョヴァンニは降参せざるを得ない状況であった。
       しかし、音楽が早いテンポに変わると、エルヴィーラがオッターヴィオからピストルを取り上げて、狂ったようにドン・ジョヴァンニに迫ったため、ドン・ジョヴァンニはエルヴィーラに撃たれまいと必死でピストルを取り返して彼女を倒してしまい、ピストルを振り回したので、抵抗するものが居なくなり、通常の舞台とは異なって、ドン・ジョヴァンニは勝ち誇ったように悪びれずに堂々と舞台を引き上げて、第一幕が賑やかに終了していた。フィナーレの描き方が、かなり変更されていた。



         第二幕が始まると、レポレロが「殺されるところだった」と立ち去ろうとして二人のいさかいの二重唱が始まるが、ドン・ジョヴァンニが金貨四枚を弾むとレポレロが金を受け取って、レチタテイーボの後にはエルヴィーラの従女を口説くため、衣装を取り替えることにまで同意させられていた。エルヴィーラが窓から身を乗り出して歌い出したので、二人の変装姿の三重唱が始まり、甘い言葉に弱いエルヴィーラが信じて二階から降りてきて、変装姿のレポレロと意気投合。しかし、ドン・ジョヴァンニの大声で、二人は逃げ出してしまった。



      やっと一人になったドン・ジョヴァンニは、二階を見上げてマンドリンの伴奏で、カンツォネッタを歌い出すと、空から布が垂れてきて、何と裸姿のサーカスの女優のような若い美女が布伝いに降りてきて、気持ちよく歌うドン・ジョヴァンニとキスをし始めて、盛んに拍手を浴びていた。どうやらこの作戦は成功したように見えていたが、そこへ薄暗い闇の中からドン・ジョヴァンニを探して、ピストルを手にしたマゼット一行が現れて騒ぎ出したので、女性は逃げてしまっていた。戸外の飾り気のない貧相な舞台が続いていたが、この思いがけない豪華な美女登場の演出で、客席は大喜びであった。



      レポレロ姿のドン・ジョヴァンニは、第17番のアリアを歌いながら、ドン・ジョヴァンニが逃げた方向を示して、大勢の追い手を追い払ってから、マゼットを一人にして懲らしめのため、足蹴にして叩きのめしてしまった。マゼットの悲鳴を聞いて駆け付けて来たツエルリーナが、立ち去るドン・ジョヴァンニと出遭って、ここで二人がキスをしてしまうところが他の演出と異なっていたが、ツエルリーナは痛がるマゼットを慰め、「薬屋のアリア」を歌って、何も知らないマゼットの機嫌を直してしまっていた。



       一方、エルヴィーラとレポレロが暗闇の中を手をつないでウロウロして二人の二重唱が始まるが、そこへ喪服のオッターヴィオとドンナ・アンナとが現れて二人で二重唱を始めていた。レポレロが逃げだそうとして、そこに現れたツエルリーナとマゼットに捕まってしまい、怪しいドン・ジョヴァンニの格好のレポレロが責められ、一同が許せないとなったので、エルヴィーラが私の夫だと告白してしまった。しかし、帽子を取って捉まえてみれば、平謝りに謝るばかりのレポレロだったので、驚くのはエルヴィーラだけでなく、一同皆、呆れ果てたおかしな六重唱が続いていた。マゼットが殺してしまおうと責めるので、レポレロは服を脱いで旦那の所為なのですと第20番のアリアで、一人一人にすっかり白状して謝る早口のアリアを歌い、皆の隙を見て脱兎のごとく逃げ出していた。



         ここでオッターヴィオがドンナ・アンナに父親殺しの犯人はドン・ジョヴァンニに間違いがないので、当局に告訴してから、復讐したいと述べて、残されたツエルリーナやエルヴィーラに対し、私の留守の間に彼女を慰めてくれと、第21番のアリアを歌い出した。このアリアは彼の最初のアリアになり、堂々と歌われて拍手を浴びていた。続いて通常歌われるエルヴィーラの追加アリアは省略されて、場面は墓場の場面となっていた。ドン・ジョヴァンニは、木の上に登って「良い月夜だ」と独り言でご機嫌であったが、舞台には墓場らしく女性の立像が2つ3つ増えたように見えていた。
      レポレロが駆けつけて来て、メガネをかけてやっとよく見えるようになり、ドン・ジョヴァンニとレポレロがここまで来た顛末を話し合って、レポレロの女のことで、ドン・ジョヴァンニが高笑いをしていると、「お前の笑いも今夜限りだ」と言う厳粛な声が聞こえ、二人は幽霊かと驚く。声は舞台の前の穴から聞こえてくるようであり、二人はこわごわの二重唱でレポレロが恐る恐る招きの言葉を掛けると、騎士長は頷いたという。驚いたドン・ジョヴァンニは、自分でデイナーに来るかと声を掛けると「行こう」という返事が戻ってきた。仰天した二人は怖くなって、食事の準備のため逃げ出すように退場していた。



この墓場に喪服姿のドンナ・アンナとオッターヴィオが現れ、ドンナ・アンナは厳粛な墓場の様子に亡くなった父の姿を思い出してしまった。このような場所でもオッターヴィオは、彼女に結婚を迫り、ドンナ・アンナに「つれない」と責めるので、彼女は「それどころではないのです」とオッターヴィオに対し第23番のアリアを真剣に必死で歌っており、彼女の歌が最高であったので、大変な拍手であった。背景の墓場の舞台と必死の喪服姿のネトレプコの姿が心を捕らえ、素晴らしいアリアになっていた。



        フィナーレになって音楽は勇ましく始まっていたが、舞台は戸外の墓場の続きで寒々としたところ、レポレロが食事の準備を始めていた。コサ・ラーラの音楽が鳴り、ドン・ジョヴァンニが正面に立って豪勢にやろうと歌い出すが、楽師も料理人も居ない。レポレロがスーパーで買ってきたような袋を空けて、ドン・ジョヴァンニに食事を手渡していたが、サルテイの音楽に変わり、ワインはマルテイーニ酒だと歌っていたが、どうやら口だけの食事であった。フィガロの音楽が始まり、レポレロがドン・ジョヴァンニに口笛を吹けと困らせているうちに、いきなりエルヴィーラが駆け付けて来て、懸命に膝をついて「生活を改めて」と懇請する。しかし、ドン・ジョヴァンニはワインの瓶を片手に笑って取り合わないが、しつこいので彼女にワインを懸けたりして馬鹿にし始めた。オーケストラが早いテンポで劇的になり、エルヴィーラが逃げ出して壁の裏から叫び声を上げると、レポレロも後を追って確かめてから、戻ってきて正面を見ながら大声で悲鳴をあげていた。


    ここで大音響とともに辺りは真っ暗になり、騎士長の声が大きく響きわたり、ドン・ジョヴァンニと呼び掛けて、序曲の冒頭の音楽が激しく始まっていた。しかし、騎士長の姿は見えず、声だけが響いていたが、薄暗い舞台をよく見ると何人かの女性の石像の姿があり、少しずつドン・ジョヴァンニの方向ににじり寄っているように見えていた。ドン・ジョヴァンニはワインのボトルを手にして、上から響きわたる騎士長の声に応えていた。騎士長の声が「今度は私の所に来るか」と響きわたると、レポレロが止めるのも聞かずに「行こう」と返事をし、約束の印に手を出せと言われて、手を彼方に差し伸べると、ドン・ジョヴァンニは急に震え上がり苦痛で苦しみだした。騎士長の声が、改心せよと迫ると、ドン・ジョヴァンニは苦しみながらもイヤだと答えていたが、よく見ると二人の女性の石像が直ぐ傍まで近付いて来ていた。騎士長は時間がないと言って、最後まで改心を迫っていたが、ドン・ジョヴァンニは、最後まで強情にいやだと言い張り、そのうちに苦しそうに藻掻き続けていた。二人の女性の石像が苦しむ男を支えるように手を貸すと、やがて大音響と共にドン・ジョヴァンニは大声を上げながら舞台の地下深くに引きずり込まれてしまい、テインパニーが不気味な大きな音を響かせていた。騎士長の石像の姿が見えない替わりに、迫害を受けた女性たちが亡霊の姿でドン・ジョヴァンニに復讐する様子が暗示されていた。このような復讐する女性の石像と一緒に地獄落ちする場面は今回が初めてであり、激しい音楽のお陰で充分に類推がつく新しい演出が行われていた。



          レポレロが一人暗闇の中で倒れていると、六重唱が勢いよく始まって戸外の舞台に皆が集まってきたが、レポレロが何も良く分からないままに、旦那が遠いところへ行ってしまった説明をしていた。一息ついてオッターヴィオとドンナ・アンナが二重唱で一年間喪に服してからと歌っており、エルヴィーラも尼寺に行って再出発しようと明るく歌い、レポレロは改まって良い旦那を見つけようと歌っていた。そして終わりに早いテンポの六重唱が軽快に続いて「悪人の末路はこの通り」と歌って幕となっていた。


        凄い拍手が続いて、舞台では大変なカーテンコールが続いていた。恐らく今回の舞台における若い歌手陣の見事な歌唱力やスピード感溢れる動きの良さなどで良い舞台を見たことに対する歓迎の声と拍手であったと思われる。幕が開くと主役の8人が横一列になって挨拶を繰り返していた。続いて二組に分かれた色とりどりの服装の合唱団たち、舞台で演奏していたオーケストラ団員たち、派手な身なりのエルヴィーラの従女、などが舞台に姿を見せていた。続いて主役の一人一人が顔を出していたが,騎士長、マゼット、オッターヴィオに続いて、ツエルリーナ、エルヴィーラ、レポレロのピサローナ、ドンナ・アンナのネトレプコ、ドン・ジョヴァンニのシュロットの順に顔を見せていた。最後にヘンゲンブロックが迎えられて、オーケストラ団員が起立して挨拶をし、舞台では9人が横一列になって挨拶を繰り返していた。



        1999年にスタートしたとされるこのバーデン・バーデン音楽祭の会場となる祝祭劇場は、ヨーロッパ最大のホール(2600席)と言われ、舞台から見るとボックスシートはなく、二階・三階にまで客席が広がって壮観に見え、巨大ながら音響は良いと言われている。モーツァルトの映像で話題になることが多くなっているが、 最近ではルネ・ヤーコプスのドン・ジョヴァンニ(2006)が斬新な舞台、若い歌手陣の登用、ピリオド演奏、ウイーン版の採用などで話題(9-2-3)を呼んでいた。
今回のトーマス・ヘンゲルブロックのドン・ジョヴァンニ(2013)も、バーデン・バーデンの祝祭劇場における映像であり、スピード感覚に優れたピリオド奏法の魅力に溢れており、新鮮味に満ちた舞台、人気と実力のある歌手陣の登用、プラハ初演版の採用など、ヤーコプスの映像に迫る新しい魅力溢れる見所の多い映像となっていた。以下にこの映像を見て感じたその特徴や魅力について,一言まとめておきたいと思う。



        指揮者トーマス・ヘンゲルブロックと演出者フイリップ・ヒンメルマンによる舞台は、レポレロがデジカメで写真を撮りカタログを作成しているように、まさに時代は現代であり、舞台は最初から最後まで一本の木がある野外の舞台で演じられ、場所はスペインである必要のない現代のどこにでもある風景となっていた。四角い枠で囲まれた舞台には、椅子が二・三個あり、墓場の場面以降には女性の石像が何体か配置されるだけという極端に簡素な舞台装置しかないのが特徴であり、後ろが壁や幕になっていて、登場人物たちはそこから舞台に自由に出入りしていた。

         現代人にはマスクで顔を隠すことは余り似合わないが、そのせいかドン・ジョヴァンニとドンナ・アンナの最初の場面は、マスクなしで二人は既知であったように見えており、従って第9番の四重唱、第10番のドンナ・アンナのアリア周辺(第11場〜第13場)でリブレットとの矛盾が生ずるが、無視されていた。また、第一幕のフィナーレで、三人のマスクの人が三人の黒装束の人になって、正体がばれている筈であるが、第20場〜第21場のリブレットではマスクの人と呼ばれており、無視されていた。細部の細かな矛盾よりも、見てくれの方が重要だという考え方の相違によるものか。余りにも舞台装置が貧弱であるための観客へのサービスか、窓辺にチラリと姿を見せるだけの筈の紅一点のエルヴィーラの従女が、ドン・ジョヴァンニの歌に惹かれて天井から綱で登場し、まるでサーカスの女性並みの肉体美の芸を披露していたのは初めて見る驚きの光景であった。

        2つのフィナーレにおいても劇的な変更があり驚かされた。第一幕の末尾では、その場面で指摘したとおり、オッターヴィオにピストルを突きつけられ一旦は降参したドン・ジョヴァンニが、エルヴィーラからピストルを取り上げて、最後には勝ち誇ったように堂々と退場して第一幕を終えていた。また第二幕の地獄落ちの場面において、騎士長の石像が声だけであり、二人の女性の石像に復讐されて奈落に沈むドン・ジョヴァンニの姿も初めて見る驚く光景であった。これらの類い希な発想に驚嘆するとともに、原作にも無理があることを改めて思い知らされて、読み替えの極限にまで発想を広げたものと思われた。その善し悪しはもっと考える必要があるが、その発想の凄さは、原作にもある矛盾を突くような新鮮さがあり、単なるありふれた読み替え劇とは異なるような凄みが感じられた。

                 この映像のリブレットは、初めて見る「プラハ版」と言う初演時の版を用いているのも新しい特徴であった。通常の「ごちゃ混ぜ版」からオッターヴィオのアリア(No10a)およびエルヴィーラのアリア(No21b)が除かれており、確かにこれら2つのアリアは魅力的ではあるが、ストリーにはそれほど影響を与えないので、削除することにより劇の進行をより重視して、甘さをなくし厳しさを増加させる上での試みと評価したい。重要な出番をカットされる二人の歌手を、充分に納得させる説得力が勝ったものと思われる。

        この舞台の成功には、音楽の素晴らしさにあるが、中でも主役の若いエルビン・シュロットの歌と演技とスタイルの全てを備えた活躍と、アンナ・ネトレプコの迫真に迫る歌と演技の成功にあった。若い騎士とリブレットに書かれているドン・ジョヴァンニの姿は、1972年ウルグアイ生まれのシュロットには充分に当てはまり、これまでのフィガロ役よりも一層似合っていた。この映像ではエルヴィーラの徹底した虐め役でもあり、女性に復讐を誓わせる悪役の役割を上手く演じていた。また、映像ではバレンボイム・スカラ座の映像(2013)に続くネトレプコのドンナ・アンナは、何をやらせても上手い彼女に実に良く合った役と感心させられ、この二人の活躍が基本となっていた。

    音楽面での新しさも序曲を始めとして随処に、新鮮なピリオド奏法の解釈が取り入れられており、これが定着するかどうかは別として、やはりキラキラと輝くような新鮮な印象を受けた。私にはヘンゲルブロックの長年の指導を得て、バルタザール・ノイマンのアンサンブルと合唱団が、大編成のように見えたが、しっかりした確実な演奏をしていたのも注目された。演出面でも、広い舞台を活用して簡素な戸外の舞台を作り上げていたが、矢張り豪華な貴族の館内の場面が要求される両フィナーレでは、貧弱さを隠せなかった。しかし、それらを忘れさせるドン・ジョヴァンニの新しい動きや、地獄落ちの新場面の創設などの工夫がなされて、新鮮味でカバーしていた。「プラハ版」を新しく採用するなどの試みも含めて、ここで提案された新しい読み替えの手法や新しい解釈が行われていたが、どう大方の評価がなされるか興味深いものがある。私はこれまで沢山の読み替えのドン・ジョヴァンニを見てきたが、今回の映像は、ヤーコプスの映像とともに次のステップのための新しい試みがなされたという点で、評価したいと考えている。

        このオペラの主要歌手陣の紹介は、このDVDでは経歴などの解説が省略されていたので、紹介できず残念であった。しかし、主役の二人に次いで活躍していたのはレポレロのピサローニであり、彼はヤーコプスの「フィガロの結婚」のフィガロ役(2004)で成功してから、ユロウスキーのグラインドボーン(2010)でもレポレロを歌っており、今回も一人でおどけ役に徹するなどとても活躍しており、モーツァルトのブッファには欠かせない歌手に成長したものと評価したい。

  このオペラのBDのデイスクは、ソニー・クラシカルの製品でありながら、輸入盤で日本語の字幕がなかったので、とても残念であった。オペラの細かな動作の判断には、特に新しい演出ではリブレットを替えているかどうかの判断が必要であり、やはり新演出のオペラ字幕には日本語が欠かせないと思った。私は久しぶりで新しいブルーレイ・デイスク盤を求めたが、画像は1080iのハイビジョン規格であり、音声はDTS-HDが定着したようで、充分に素晴らしい5.1CHのサウンドを楽しむことが出来た。

(以上)(2014/12/19)


目次5にもどる 目次4にもどる
目次3にもどる 目次2にもどる
目次1にもどる 私の新ホームページへ


名称未設定