(新旧2つのピアノ協奏曲;プレスラーとヘブラーの協奏曲K.595&K.453)
14-12-2、パーヴォ・ヤルヴィ指揮パリ管弦楽団とメナヘム・プレスラーのピアノによる  ピアノ協奏曲変ロ長調K.595、2012/10/17、サル・プレイエル(パリ)、およびワルベルク指揮NHK交響楽団とイングリード・ヘブラーのピアノによるピアノ協奏曲第17番ト長調K.453、
1998/06/25、NHKホール、

−ヴェテラン・ピアニストのプレスラーの第27番K.595に引き続き、ヘブラーの第17番K.543を聴いたのであるが、両曲ともテインパニーを含まない、ピアノと木管が大活躍する協奏曲であり、第一楽章のアレグロは軽快そのものであり、アンダンテでは幻想風な雰囲気があったり、フィナーレが親しみやすく出来ていたりして、この二人のピアニストにはピッタリの似た曲同志のように思われた。プレスラーの粒立つような音の輪郭が明確なピアノは印象的であり、またヘブラーのきめ細かく丁寧にパッセージを弾き刻む風格ある姿は絵になっているように思われた−


(新旧2つのピアノ協奏曲;プレスラーとヘブラーの協奏曲K.595&K.453)
14-12-2、パーヴォ・ヤルヴィ指揮パリ管弦楽団とメナヘム・プレスラーのピアノによる  ピアノ協奏曲変ロ長調K.595、2012/10/17、サル・プレイエル(パリ)、およびワルベルク指揮NHK交響楽団とイングリード・ヘブラーのピアノによるピアノ協奏曲第17番ト長調K.453、
1998/06/25、NHKホール、
(2014/07/20、CJの放送をHDD3に集録、および1998/06/25、NHKBS2N響定期をS-VHS254.1に収録)

       12月号の第二曲目は、パーヴォ・ヤルヴィ指揮とパリ管弦楽団の定期公演のコンサートからで、ボザール・トリオでピアノを担当していたリーダーのメナヘム・プレスラーのピアノによるピアノ協奏曲変ロ長調K.595である。プレスラーが室内楽でなくコンサート・ピアニストとして演奏するのはこの映像が最初であり、この演奏を見て彼がフランスではさすがに人気のある老齢なピアニストであると気がついた。彼は最後の美しいピアノ協奏曲を実に丹精に弾いており、オーケストラとのアンサンブルをとても大切にしているピアニストであると思われる。
        もう一方の協奏曲は、ハインツ・ワルベルク指揮NHK交響楽団による第1357回の定期公演(1998/6/24)からであり、イングリード・ヘブラーのピアノによるピアノ協奏曲第17番ト長調K.543で、NHKホールで収録されている。1926年生まれのヘブラーは1966年に初来日し、今回はN響とは6回目のコンサートであるという。この演奏も実にゆっくりとしたテンポで始まり、ヘブラーが一音一音丁寧に弾いて粒ぞろいのピアノの響きを聴くことが出来、アップロードを楽しみにしていた演奏であった。



        最初のコンサートは、最近のクラシカ・ジャパンにおけるコンサート・シリーズでヤルヴィ&パリ管という番組が連続しているが、このコンサートはどうやらパリ管の定期公演シリーズであり、今回の標題は「メナハム・プレスラーのモーツァルト」と題されていた。このコンサートの第一曲目はハイドンの交響曲第84番であり、続く第2曲目がメインのプレスラーによるピアノ協奏曲第27番変ロ長調K.595であった。ハイドンの交響曲が終了すると、暫くしてヤルヴィとプレスラーが揃って登場し、着席して顔を見合わせてから、ヤルヴィが第一楽章のアレグロを開始した。



      第一主題は、ゆっくりと歌うようにオーケストラで始まるが、パリ管の弦楽器がキラキラと輝くように鳴っており、澄んだ清楚な第一主題に続き弦とフルートとが対話するように続く第二主題も美しく響いていた。続いてチッチッチと弦が鳴る副主題などが次から次へと流れるように現れて、ヤルヴィは、この長いオーケストラによる美しい提示部をきめ細かく丁寧に指揮をしていた。 やがてプレスラーの独奏ピアノが第一主題を変奏しながら登場してオーケストラと対話するように進行するが、プレスラーのピアノの音は小さいが、弾かれるパッセージは粒だつように揃っており、音の輪郭が明確に聞こえていた。ピアノは呟くようにパッセージを連ねていき、新たな甘美な副主題が現れ、次第に独奏ピアノがオーケストラと対話しながら走り出し、第二主題に続いてチッチッチとピアノが響く副主題が登場し、独奏ピアノの自由なパッセージとなって盛り上がり、展開部へと突入していた。



         展開部では冒頭の第一主題をプレスラーのピアノが弾き始め、オーケストラが答えると、再び独奏ピアノが弾き始め、これにフルートやオーボエが競い合うように答え始めて、ピアノの自由なパッセージを繰り広げる中で弦や管のアンサンブルの良い響きが美しく印象的であった。再現部ではオーケストラで第一主題を奏でてから独奏ピアノが途中から参加し、第二主題、副主題と定式通り、オーケストラを従えながら独壇場のようにパッセージを重ねていた。カデンツアは新全集に掲載されたモーツアルトのものを用いていた。終わってみれば、終始、プレスラーの独奏ピアノが中心で進行しており、ヤルヴィは、オーケストラを従わせる役割に廻っているように思われた。この楽章が終わると、プレスラーは満足げに辺りを見渡して、笑顔を見せていた。



            第二楽章は、ラルゲットのA-B-A’の単純な三部形式であるが、プレスラーがさりげなく弾き出す独奏ピアノの静かな音が素晴らしく、続いてオーケストラがくり返したあとに弾くピアノがもの寂しく響き、淡々と弾く透明感溢れる独奏ピアノが一人舞台になって美しく進行していた。中間部のリズミカルな主題もピアノが弾むように弾かれ、その流麗なピアノの響きが美しく、良く聴くと音の粒だちや間の取り方にもプレスラー流のものがあり、オーケストラの動きと良く調和して、悲しげで極上のピアノの世界を繰り広げていた。この人は長年室内楽でピアノを鍛え、音量も小さく、譜面を見ながら実直に弾くタイプのようであるが、特にこの曲には彼の行き方が合っているように思われた。



           フィナーレは、アレグロと記されたお馴染みのロンド風の愛らしい主題が独奏ピアノで開始されるが、どうやらロンド形式に似た変則的な展開部を有するソナタ形式と考えるべきか。この「春への憧れ」と歌われた華やいだ軽快なロンド風の主題を、プレスラーは淀みなく、オーケストラと一体になって、軽やかなテンポで淡々と弾き進んでいた。続いてプレスラーは新しい主題を2つほど提示しながら軽快に進行し、アルペッジョ風なパッセージの後にフェルマータで一呼吸してから、再び冒頭の明るいロンド主題が独奏ピアノで再開されていた。しかし、ここでも最後に再び独奏ピアノがアルペッジョ風なパッセージの後にフェルマータで一呼吸し、短いアインガングでとなっていた。その後、再びロンド主題が再開されて、これからは提示部の順序に従って主題が順次再現されていたが、カデンツアの前でもアルペッジョ風なパッセージが現れていた。プレスラーは新全集の自作のカデンツアを弾いていたが、これは40小節もある長い回想風のものであった。プレスラーは、この楽章も常に独奏ピアノが一歩リードする形でこの澄みきった透明な曲調を見事に再現していたが、とても物静かな後味の良い期待以上の演奏であった。





       プレスラーの協奏曲の初めての演奏を聴いて、さすが老練な実力者だと感心していたが、素晴らしい拍手に迎えられて、プレスラーはとても満足そうな嬉しそうな笑顔で応えていた。しかし、場馴れしている大観衆の拍手がアンコールを要求するように、拍子を打つような揃った拍手に変わったので、プレスラーは諦めてピアノに向かっていた。アンコール曲は「月の光」であったが、呟くようにさりげなく弾くプレスラーのスタイルがとても良く、素晴らしい味わいのある演奏で、観衆は大喜びであり、大声援の中で映像は終止していた。今回のフランス流のパリ管の定期演奏の映像は、通常のコンサートの映像と異なって、映像はハイビジョン型なのであるが、演奏者の表情をクローズアップする撮り方が多く、全体の画面が暗いので思うような良い写真が撮れなかった。ここにお詫びしておきたいと思う。




            続くもう一方の協奏曲は、ハインツ・ワルベルク指揮NHK交響楽団による第1357回の定期公演(1998/6/24)からであり、イングリード・ヘブラーのピアノによるピアノ協奏曲第17番ト長調K.453で、NHKホールで収録されている。ヘブラーと言えば、彼女は私にとっては協奏曲にせよソナタにせよ聴き始めた頃の先生のような存在であり、今回でN響とは6回目だそうであるが、フェラインの仲間とNHKホールで彼女の協奏曲を一度期待を持って聴いているが、あの大きなホールの後部の座席であったので、遠くで豆粒のようにしか見えないピアニストが、やっと聞こえる程度の音量で弾いており、LPで聴いて来た彼女の微妙なニュアンスを持ったピアノの音は聞こえずに、ガッカリしたことを思い出す。それに引き替えこのビデオでは、ほぼ同じ頃のライブ演奏なので、彼女の表情や手の動きなども克明に写し出しており、ピアノの音も充分な音量で、LPと遜色ないニュアンスに富むピアノが良く響いていた。現在とは16年前の映像であり、彼女は72歳の時の演奏でまだまだお元気であり、特にこの第17番は、オーケストラとのアンサンブルが重要な曲なので、期待を持ってアップロードを向かえていた。特に、前回彼女の演奏をアップした協奏曲第27番変ロ長調(8-12-2)の写真がとても良く収録されているので、負けないようにしたいと考えていた。

     この曲の第一楽章はアレグロのソナタ形式であるが、第二・第三楽章は、とても自由な雰囲気を持った変奏曲形式であり、フルートやオーボエやファゴットなどの木管楽器が特に活躍し、ピアノとの対話が特に美しい曲として知られている。前曲の第27番と同様に、テインパニーやトランペットを伴わないいわば内面的な協奏曲であり、特にピアノと木管楽器や弦楽器との対話や内面のアンサンブルが重視される曲と考えられるので、ヘブラーの肌理が細かなピアノの繊細な響きに合った演奏が聴けるものと楽しみであった。



       第一楽章は、弦楽器による行進曲風のアレグロの第一主題で流麗に始まるが、直ぐにフルートやオーボエの合奏の相づちが続き、さらに木管合奏の美しいフレーズが続いてフルオーケストラの第一主題となっていた。続いてフルートとファゴットの前奏が見事な橋渡しとなって第二主題が始まり、木管がここでも絶妙な応答を見せてオーケストラの提示部の結尾となっていた。やがてヘブラーの独奏ピアノが第一主題を変奏しながら美しく提示していくが、彼女のピアノのパッセージは木目が細かく軽やかに聞こえ、とても快く響いていた。続く第二主題もピアノが提示していくが、オーボエやフルートとピアノの対話が実に美しく、これが繰り返し繰り返し現れて提示部を形づくっていた。
         展開部ではピアノがさざ波のようにアルペッジョを奏でてピアノが中心になって木管が伴奏しながら展開を重ね、続いて独奏ピアノが新しいモチーブを美しく提示してから再現部へと突入していたが、この展開部における幻想的なピアノの響きは、ヘブラーの細やかなピアノの感性が滲み出ていたように思われた。再現部は独奏ピアノばかりでなく木管がさらに活躍して進行していたが、終わりのカデンツアは譜面通りのモーツアルトのものであった。ヘブラーはさすが安心して聴けるピアニストであり、細部のニュアンスを大切にしながら見事なパッセージを見せて、モーツアルト弾きという評判を揺るぎないものにしていた。


              第二楽章はわずか5小節の序奏のような短い第一主題が弦楽器で提示され、フェルマータの後に続いて突然に、オーボエとフルートが競うように主題を歌い出し、ファゴットも加わって幻想的な雰囲気を醸し出す。これが変奏主題となって、続く3つの自由な変奏曲が続いてからカデンツアとなってアンダンテ楽章が結ばれていた。第一変奏はヘブラーの独奏ピアノによる小刻みな遅めの変奏で、ピアノが終始リードしてお得意のリズミカルなパッセージを繰り返しながら後半はピアノと木管とオーケストラの三つ巴で進行していた。第二変奏はオーボエとフルートとファゴットが主題を変奏してから、ピアノソロが引き継いで、それからピアノの進行に合わせて木管が相づちを繰り返していた。第三変奏は独奏ピアノによる小刻みな遅めの変奏で始まり、ピアノとオーケストラによる変奏で進行し、木管と独奏ピアノが交互に自由に登場して幻想的な雰囲気を高めながら進行して最後には清澄な世界に戻るもので、続いてカデンツアにはいってから静かに結ばれていた。協奏曲のアンダンテ楽章としては、独自の風変わりな幻想風の趣を持った不思議な楽章であった。


      フィナーレは変奏曲であり、パパゲーノのアリアを思わせる鳥の囀るような軽快な主題がオーケストラで始まり、繰り返されて変奏曲の主題提示が始めに行われた。第一変奏は、満を持していたかのようにヘブラーの独奏ピアノが軽やかに変奏し始めて前半を終え、後半は独奏ピアノにオーケストラが伴奏して明るく閉じていた。第二変奏は旋律がフルートで始まりピアノは三連符の早いパッセージで追いかけ、交互に進む変奏であった。第三変奏では、オーボエとフルートの活躍が目ざましく、さらにファゴットも加わってモーツアルトが飼っていたムクドリの鳴き声を模倣しているような音形が聞こえていた。ここでは速いテンポのピアノとオーケストラや木管が複雑に絡み合って明るく華やかに推移していた。



         音色ががらりと変わる短調の第四変奏では、独奏ピアノと木管が絡み合う幻想風な曲調となっていた。続く第五変奏は一転して行進曲調となるが、ピアノの堂々とした主題旋律が鮮やかであった。終曲はフィナーレと楽譜に書きこまれたプレストであり、実に賑やかにオーケストラが躍動的に主題の楽想が盛り上り、ピアノも早いテンポで華やかに追従する充実したフィナーレであった。ヘブラーのピアノはいつも落ち着いて、きめ細かく明るく弾かれており、オーケストラや木管とのアンサンブルも自然に良く融け合って聞こえ、ヴェテラン・ピアニストにはピッタリの曲であり、明るく威勢良く結ばれていた。



      終わると素晴らしい拍手が湧き起こり、ヘブラーとワルベルクはウイーン同士のお付き合いからか互いに手を結びながら観客の大拍手に答えていたが、何回か呼び出されて休憩に入っていた。ヴェテラン・ピアニストの第27番に引き続きヘブラーの第17番を聴いたのであるが、両曲ともテインパニーを含まない、木管が大活躍する協奏曲であり、アンダンテでは幻想風な雰囲気があったり、フィナーレが親しみやすく出来ていたりしてこの二人のピアニストにはピッタリの似た曲同志のように思われた。ヘブラーの古い映像を改めて見て、彼女は年齢とともに落ち着きにも風格が出てきたように思われ、きめ細かく丁寧にパッセージを弾き刻む姿は絵になっているように思われ、これはライブでは得られない映像の有り難さであるとしみじみ感じていた。

(以上)(2014/12/10)


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