(91年モーツァルトイヤーのヴェーグの「モーツァルト讃」コンサート)
14-11-1、シャンドル・ヴェーグ指揮ザルツブルグ音楽祭モーツァルト・アンサンブル、 1)アダージョとフーガハ短調K.456、2)アンダンテハ長調K.315、3)フルートとハープのための協奏曲ハ長調K.299、Fl;ヴォルフガング・シュルツ、Hp;マリア・グラーフ、4)交響曲第29番イ長調K.201、
1991/08/25、アカデミカ講堂、ザルツブルグ音楽祭、

−この「モーツァルト讃」と名付けられたコンサートは、一見、バラバラな曲の集まりのように思えたが、アダージョとフーガにおける弦楽合奏の深いうねるような味わいは、ヴェーグのこの曲への執念のような重い響きを感じさせた。フルートとハープのための協奏曲は、シュルツとグラーフの腕も良く、フランス風のアンサンブルの良いサロン音楽に仕上げられ、香りの高い上品で見栄えのする協奏曲になっていた。最後のイ長調の軽快な交響曲は、両端楽章の颯爽とした軽妙なアレグロが実に快適であり、このコンサートを仕上げるのに相応しい明るさと力強さを持っていた。−

(91年モーツァルトイヤーのヴェーグの「モーツァルト讃」コンサート)
14-11-1、シャンドル・ヴェーグ指揮ザルツブルグ音楽祭モーツァルト・アンサンブル、 1)アダージョとフーガハ短調K.456、2)アンダンテハ長調K.315、3)フルートとハープのための協奏曲ハ長調K.299、Fl;ヴォルフガング・シュルツ、Hp;マリア・グラーフ、4)交響曲第29番イ長調K.201、
1991/08/25、アカデミカ講堂、ザルツブルグ音楽祭、
(2000/11/08、クラシカジャパンよりS-VHS-358に収録)

      11月号の第一曲目は、1991年のモーツァルトイヤーのザルツブルグ音楽祭において、今は亡きシャンドル・ヴェーグがこの音楽祭におけるモーツァルト・アンサンブルを率いて行われた「モーツァルト讃」というコンサートを収録したものである。このオーケストラは、顔なじみの方々がおられるので、モーツアルテウムOとかカメラータ・アカデミカのヴェーグと顔なじみのメンバーが、音楽祭用に臨時編成されたものであろう。このコンサートを見つけ出したのは、交響曲第29番イ長調K.201の映像の未アップ分がまだ5種類も残されており、その中からこの珠玉のようなコンサートを見つけ出したものである。曲目は4曲のモーツァルトを讃えるに相応しいと思われるヴェーグの選曲らしい曲を集めており、1)アダージョとフーガハ短調K.456、2)アンダンテハ長調K.315、3)フルートとハープのための協奏曲ハ長調K.299、Fl;ヴォルフガング・シュルツ、Hp;マリア・グラーフ、4)交響曲第29番イ長調K.201、の順に演奏されていた。ヴェーグとザルツブルグの仲間たちによる今は聴かれない豊かなアンサンブルを楽しみたいと期待していた。



        コンサートの第一曲目は、アダージョとフーガハ短調K.456であり、オーケストラが舞台に集まっているところに、シャンドル・ヴェーグ(1912〜1997)がお元気そうな姿で登場して、直ちにハ短調の付点音符のついた重苦しい音形を引き摺るように進める荘重なアダージョが開始された。オーケストラをよく見ると、コントラバスが2台の中規模な弦楽合奏であり、ヴェーグは冒頭の主題を何回か繰り返しながら進めていたが、表情はメガネなしで厳しいものがあり、椅子に座って上半身で両腕を伸ばして指揮をしていた。曲は大きく二部に大別されており、改めて短調で再現する箇所が第二部の始まりのようであり、終始、重苦しく悲痛な暗い感覚のアダージョが最後まで続いて静かに収束していた。



        一方のフーガでは、馴染み易いフーガ主題が重々しくバス・チェロの低弦で提示されてから、ヴィオラ・第二・第一ヴァイオリンの順で4声のフーガで展開されていくものであり、前半ではフーガ主題が完全な形で全声部に渡って何回も鳴らされていた。恐らく、反行形、部分動機、対位声部の動機などが多種多様な形で組み合わされて現れ、複雑さを増すとともに、まるで繰り返し訪れる波のように力強くうねりながら弦楽合奏の響きが押し寄せていた。この部分のチェロやコントラバスの迫力は他には聴かれない激しさを持っており、ヴェーグは体全体でオーケストラを揺するように動かしていた。後半ではさらに同じ主題を上下に転回した新しい主題でフーガが第二展開されており、ここでチェロやコントラバスがうねるような力強い響きを見せて激しく盛り上がりを見せていた。
ヴェーグのこの曲の演奏は、彼のセレナーデ集(10CD)でも取り上げており、弦楽合奏の深いうねるような味わいは、この曲と最後の交響曲だけ、暗譜でメガネなしで自在に指揮をする姿を見ていると、彼のこの曲への執念のような重い響きを感じさせた。ヴェーグの演奏は、とても暖かみのある演奏で、テンポ感もアンサンブルもよく全てを心得たように指揮をしており、コンサートの冒頭の曲としては、重苦しい悲壮な感じを受けた。この曲は2台のピアノ用にも書かれているが、矢張り弦楽合奏で聴いた方が迫力があって面白いと思った。



     続いてフルートのためのアンダンテハ長調K.315(285e)が、当時、ウイーンフイルの首席であったヴォルフガング・シュルツにより演奏された。この曲はハ長調で書かれた協奏曲の第二楽章用の落ち着いたアンダンテであり、独奏フルートが良く活躍する明るい曲で、ソナタ形式で書かれている。曲は弦のピッチカートの二小節の和音に続いて、シュルツの独奏フルートがいきなり優雅なセレナード風の第一主題を提示するが、シュルツはゆっくりと丁寧に歌うように吹いていた。再び二小節のピッチカートに先導されて第二主題も独奏フルートで美しく提示されオーケストラに渡され提示部を終えていた。シュルツのフルートが再び二小節のピッチカートに続いて、短い展開部で独奏フルートが一息つくように歌い出だした後に、再び二小節のピッチカートに導入されて再現部が始まり、第一主題・第二主題がゆっくりと再現されて、シュルツの技巧が目立っていた。短いカデンツアも用意され、ひときわ明るくシュルツがソロを響かせてから静かに終息していた。シュルツは若々しく見えていたが、ウイーンフイルを退団した後にまもなくして亡くなられており、惜しい方を失ったものと思われる。



         続くコンサートの第三曲目は、フルートとハープのための協奏曲ハ長調K.299(297c)であり、フルートは引き続きシュルツであり、ハーピストはマリア・グラーフ女史の二人が登場し、ヴェーグの指揮で第一楽章がフルートもハープも入った全員の合奏で開始された後、オーケストラのトウッテイにより堂々と第一主題が賑やかに始まった。メロデイラインがオーボエから弦へと渡され、管が相づちを打つなど華やかな経過部を経てから、ホルンにより先導された第二主題が弦楽器によりピッチカートの伴奏で軽やかに登場していた。この主題は、ホルン、オーボエ、ヴァイオリン、ヴィオラなどに出番が配分されて進んでおり、華やいだコーダを経てオーケストラによる提示部が終わっていた。ヴェーグのテンポはゆっくりとした穏やかな指揮振りであり、このオーケストラ内部のアンサンブルが良い掛け合いが、実に華やかに聞こえていた。




    やがて独奏フルートとハープが合奏で登場して、フルートが主旋律をハープが分散和音を弾きながら二つの独奏楽器が第一主題を弾き始めるが、フルートが絶えず明るくリードし、これをハープが追いかけるような控えめな姿で進んでいた。続いてフルートがハープの伴奏で新しい技巧的な美しい副次的主題を奏して発展させた後に、ピッチカートの伴奏を伴いながら美しい落ち着いた第二主題が二つのソロ楽器の合奏で始まった。この主題を奏するシュルツのフルートとグラーフのハープの音色の違いが明瞭で、これを際立たせるように走句が連なって、これにオーケストラも参加して、独奏と合奏が入り乱れる素晴らしいパッセージが続いて盛り上がりを見せながら主題提示部を終えていた。
   展開部では新しい主題がフルートとハープの順に力強く提示され、二つの楽器が互いに激しく絡み合って、フルートのトリルが鋭く響く力強い展開がなされてから、再現部へと移行していた。再現部でもフルートのメロデイラインにハープのアルペッジョが絡むように推移しており、終わりのカデンツアでは、ハープの分散和音に乗ってフルートが技巧を尽くしており、同時にハープにも見せ場があって、二つの特徴ある楽器を際立たせるオリジナルのものであった。
この楽章全体を通じて、映像ではシュルツのフルートが、終始、余力を持って装飾をつけながら自在に動き回るに対し、グラーフのハープがいつもそのスピードに遅れがちとなりやや緩慢な動きをしていたように見えたが、これは、指で弾くという楽器の性格上やむを得ないものと思われた。





    アンダンテイーノの第二楽章は、弦楽器だけの合奏で、ゆっくりと美しい第一主題が提示されていくが、直ちに独奏楽器のフルートとハープの合奏により艶やかに繰り返されていくが、途中からのシュルツのフルートに対するグラーフのハープの分散和音が取りわけ美しい。続いてフルートにより第二主題が提示されていくが、その後半のオーケストラに続いてフルートとハープの三つ巴となった優美な姿が示され、漂うように展開されていくさまが実に素晴らしく、この曲にしかない2つの楽器の優雅な響きが鮮やかに示され、艶やかな味わいが得られていた。この楽章の再現部では、独奏フルートにもハープにも繰り返しのソロには新たに装飾音を付けられて余裕のある進行を見せていた。最後に二つのソロ楽器による短いカデンツアが置かれ、ここでも両楽器の技巧が明示されていたが、初めて聴く新しいカデンツアのように聞こえた。カデンツアが終わると、二つのソロ楽器により第一主題が再び演奏されてから消えるように美しく閉じられていた。





   このフィナーレのロンド楽章は、ヴェーグの軽やかな指揮による弦楽合奏で始まった。この明るいフランス風の軽快なロンド主題が、弦楽器から管楽器へと渡され、オーケストラのトウッテイで伸びやかなアレグロで進行して一応の転結を見せた後に、ハープが珍しくソロでこのロンド主題を変奏しながら提示した。続いて独奏フルートがこれを追従して見事なデユオを見せながら素晴らしい展開を見せ、フルートの活躍で締めくくりを見せていた。やがて第一のエピソードがフルートで軽やかに登場すると、ハープと管がこれを受けて繰り返し、ピッチカートが加わって盛り上がってから、再びロンド主題が今度は二つのソロ楽器で登場していた。そして伸びやかな感じの第二のエピソードがフルートで表れ、さらにハープにより展開されいろいろな主題が見え隠れして盛り上がってからカデンツアとなっていた。カデンツアはフルートがロンド主題の一部を歌いハープが賑やかに伴奏する美しいもので素晴らしい二重奏を経て、再び軽快なロンド主題に戻って、颯爽とフランス風の軽快な楽章が終結していた。
   このフルートとハープという面白い独奏楽器の組合せの上に、オーボエとホルンを加えたオーケストラの豊かな響きの中で、フランス風のアンサンブルの良いサロン音楽に仕上げられたこの曲は、ウイーンフイルのリンツ生まれのシュルツとミュンヘン生まれのベルリンフイル育ちの紅一点のグラーフの名コンビにより味付けされ、ヴェーグとザルツブルグの仲間たちによる協演で、実に香りの高い上品で見栄えのする協奏曲に仕立てられていた。超満員のホールの観衆の拍手が鳴り止まず、二人のソリストたちは何回も舞台に足を運んでいた。




   このコンサートの最後の曲は、交響曲イ長調(第29番)K.201(186a)であるが、この曲は第三回目のイタリア旅行からザルツブルグに帰った1773年3月から74年にかけて作曲した9曲の交響曲の1曲である。9曲のうち第25番の小ト短調K.183が最も有名であるが、この曲はそれに次いで録音数が多く、映像ではベーム、ヴェーグ、アバドなどが、またCDではスイトナー、クレンペラー、ノリントンなどの著名な指揮者が取り上げている。それは、恐らく第一楽章のアレグロの親しみやすさと、フィナーレの軽快さなどによるものと思われる。編成は小さいが次第にイタリアのシンフォニアの様式から離れてウイーン的ドイツ的な新しいスタイルを目指すようになってきた4楽章の構成となっており、楽器編成はオーボエ2、ホルン2と弦5部の編成となっていた。



    第一楽章は二つの繰り返しと末尾に独立した長いコーダを持つソナタ形式であり、アレグロ・モデラートの軽快な楽章である。ヴェーグはゆっくりしたテンポで第一ヴァイオリンが歌う清楚な主題を靜かに始めると、他の弦楽器がこれを入念に支え、次第に力が加わって大きな波となって頂点に達すると、管楽器も加わって主題が力強く反復されていた。この特徴あるシンコペーションの軽やかな出だしが実に軽快で快く、繰り返される上昇旋律が続いて、実に印象的であった。弦だけによる第二主題は対照的に穏やかな曲調で、第一ヴァイオリンが優雅な旋律を奏で出しひとしきり進行した後に、第一ヴァイオリンが新しい第三主題を提示し始めて小さな盛り上がりを見せて提示部を結んでいた。ヴェーグは前曲と同様にコントラバスが2本の小ぶりな編成で演奏しており、指揮振りは楽想に沿って軽快そのもので、一気に第一・第二主題を経過して提示部を終えていた。ヴェーグは、再び冒頭に戻って快調に繰り返しを行っていたが、軽快さは一層高まりを見せていた。
     展開部では第一主題のオクターヴ動機の変形がフーガ風に各声部で取り上げあれ、シンコペーションのリズムに乗って威勢良く展開されていた。再現部では多少引き伸ばされてはいるが、第一・第二主題とほぼ型通りに第三主題まで再現され、反復記号の外の長いコーダでは第一主題の一部がフーガ風に扱われて結ばれていた。



    第二楽章はアンダンテであり、第一ヴァイオリンが優雅な第一主題を提示し始め、第二ヴァイオリンがこの主題を引き継ぐと第一ヴァイオリンがオブリガート旋律に回り管楽器も加わって息を呑むように美しい。続けて第二主題を第一ヴァイオリンが優美な主題を弾きだしてひとしきり進んでから、オーボエとホルンが加わって総仕上げし、続いて第三の主題も第一ヴァイオリンで登場し、オーボエに引き継がれてコーダに入り提示部が収束していた。ヴェーグはここで丁寧に繰り返しを行って、再び美しいアンダンテを繰り返して優美な主題を高らかに歌っていた。展開部では新たに登場した三連符の主題が執拗に繰り返されて展開部の重みをつけてから再現部に移行していた。ここでは第一主題の後半が拡大されていたり、第二主題がホルンで反復されたり、第三主題も加わって賑やかに進行し、最後には独立したコーダで堂々と結ばれていた。
    第三楽章はメヌエットで、付点音符が多いリズミックな行進曲調のメヌエット。弦楽器中心で進行するが結びが管楽器のファンファーレとなっていた。トリオは対照的にしなやかに流れる優美なものであった。トリオの後に、再び、メヌエットが開始され、最後に管楽器で明るく結ばれていたが、風変わりなメヌエットという印象が残った。



  フィナーレはアレグロ・コン・スピーリトであり、前の二つの楽章と同様に、途中に二つの繰り返しと末尾に独立したコーダを持つソナタ形式であった。オクターヴの跳躍からなる威勢の良い第一主題は典型的なウイーンスタイルの古典交響曲の軽快なフィナーレであり、第一楽章の第一主題の軽快さに似て明るく進行していた。軽やかな経過部の後に続いて登場する第二主題は、旋律的で第二ヴァイオリンで提示され、第一ヴァイオリンが飾りをつけていたが、その後は互いに協力し合ってコーダとなり提示部を終えていた。ヴェーグはここでも最初の提示部の繰り返しは丁寧に行って、展開部に入っていたが、ここの主題は第一主題の動機で執拗に反復されていた。再現部は全く型通りであったが、ヴェーグはこの軽快なフィナーレをリズミカルに疾走して一気にこの軽快な交響曲を収束させていた。



    この「モーツァルト讃」と名付けられたコンサートは、一見、バラバラな曲の集まりのように思えたが、最後のイ長調の軽快な交響曲は、このコンサートを仕上げるのに相応しい明るさと力強さを持っていた。ベームもアバドも好んで演奏しており、第一楽章の冒頭を聴くと直ぐに思い出す軽快なシンコペーションを持った曲との印象が強く、颯爽としたアレグロで進行する大好きな曲の一つになっている。今回のヴェーグの演奏は、とても暖かみのある演奏で、テンポ感もアンサンブルもよく全てを心得たようにメガネなしで両手で自由に指揮をしており、その演奏振りからヴェーグの秘中の大事な曲のように感じさせた。真に残念ながら、映像が暗く、VHSで収録したせいか画質も音声も古めいており、写真の写りも極めて悪いが、お許し頂きたいと思う。

(以上)(2014/11/03)


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