(小澤純一さんからお借りしたDVDの77年ハイテインクの「ドン・ジョヴァンニ」)
14-10-3、ハイテインク指揮ロンドンフイルのピーター・ホール演出、1977年グラインドボーン歌劇場における「ドン・ジョヴァンニ」、
1977年グラインドボーン音楽祭、

−このグラインドボーンのピーター・ホールの演出は、小劇場のこのオペラの見本のような演出であり、画面全体の暗さを基調とした簡素な舞台であるが、衣裳は時代を反映した上品で豪華なもので、貴族たちと庶民たちを区別した格調の高い伝統的なスタイルであった。ハイテインクの指揮は、緩急のテンポを柔軟に使い分け、歌手たちと一体になって生きの良い安定した指揮振りを見せており、役柄に良くあった若い歌手たちが揃って良い演技と歌を聴かせており、古いなりに優れた映像であった−

(小澤純一さんからお借りしたDVDの77年ハイテインクの「ドン・ジョヴァンニ」)
14-10-3、ハイテインク指揮ロンドンフイルのピーター・ホール演出、1977年グラインドボーン歌劇場における「ドン・ジョヴァンニ」、
1977年グラインドボーン音楽祭、
(配役)ドン・ジョヴァンニ;ベンジャミン・ラクソン、レポレロ;スタッフォード・デイーン、ドンナ・アンナ;ホリアナ・ブラニステアヌ、ドンナ・エルヴィーラ;ラシェル・ヤカール、ツエルリーナ;エリザベス・ゲール、マゼット;ジョン・ラウンズレイ、騎士長;ピエール・タウ、
(2014/9/20、フェラインの小澤さんよりDVDを借用したもの)

       この77年グラインドボーンの「ドン・ジョヴァンニ」の映像は、フェラインの第339回例会(2014年7月5日)において、講師の伊藤 綾先生が「オペラにおける音楽語法」の例として、「ドン・ジョヴァンニ」の序曲や第2幕第15場(弦7の和音による不気味さの強調)や第2幕のドンナ・エルヴィーラのアリア(半音階下降の細かな揺れ動く音符が、胸騒ぎを音楽で現している)を取り上げておられたが、この映像は小生にとって初めて見るものであった。このことを話したかどうかは覚えていないのであるが、後日、フェライン会員の小沢さんが、ご自分でお持ちのこの時のDVDを貸して下さった。一見した感じでは、最も古いグラインドボーンの記録で、ピーター・ホール演出の格調の高い伝統的なものであり、記録に残しておけば参考になるものと判断し、今回の10月号の予定を変更して直ぐにアップロードすることにした。その理由は、このDVDのコピー制限が厳しくて、残念ながら自分ではコピーが出来ないため、このご報告を完了してからお返ししようと考えたからである。



         この映像は、1977年の音楽祭でのライブ収録とうたわれており、実演の舞台が、成功であったと記録されているので、当時としては売り出し中の元気の良いハイテインクの指揮であるが、安心して見て居れる映像であると考えていた。
         映像は燃え上がり揺れ動く火焔の中にドン・ジョヴァンニの顔の絵が写る印象的な動画で序曲がゆっくりとしたテンポで始まり、動画を背景に登場人物たちが紹介されていたが、序曲の前奏部が終わり早いテンポの第一主題が軽快に現れ出すと、ハイテインクの指揮する姿とオーケストラの演奏する姿が写し出され、序曲が終わるまでそれが続いていた。



           第一曲の序奏が始まると、舞台が現れて、画面は真っ暗な建物の前。レポレロらしき男が傘を持ってウロウロし、ぼやきの歌を歌っていると、突然、女が一人飛び出してきて、窓から飛び降りてきたマスク姿の男ともつれ合いになり、二人は力ずくで争っていた。どうやら逃げるドン・ジョヴァンニと追いかけるドンナ・アンナの二人が二重唱で激しくもみ合い、見ているレポレロが加わって三重唱になっていた。そこへ騒ぎを聞きつけて父親風の男が駆けつけて「娘を離せ」と怒鳴りながら剣を抜いていた。逃げるかと言われて果たし合いになったが、力の差は歴然としていて、あっと言う間に勝負は付いてしまい、三重唱の末に息を引き取ったので、二人はさあ大変とばかりに、こそこそと逃げ出してしまっていた。



         そこへ、ドンナ・アンナがオッターヴィオを連れて駆けつけるが、倒れていた父の手を取り、息を引き取っている姿を見つけたドンナ・アンナは「私も死ぬ」と言って気を失ってしまう。しかし、気がつくとオッターヴィオとの二重唱が始まり、気丈なドンナ・アンナはオッターヴィオに向かって、この血に賭けても父の復讐をと恋人に誓わせていた。ドンナ・アンナは、終始、厳しい表情で恋人を見つめ、甘いマスクと声のオッターヴィオを凌いでおり、彼女がオッターヴィオに二重唱を歌いながら父親の仇討ちを約束させて、気の強さを示しており、大変な拍手となっていた。



         場面は少し明るい路上で、ドン・ジョヴァンニとレポレロは互いに言い争いをしていたが、ドン・ジョヴァンニは、突然、「女の匂いがする」と言い出して立ち止まった。良く見るとそこへモダンな姿の日傘をさした貴婦人が一人で登場し、「あのひどい男はどこかしら」と探しながら歌い出し、「見つけたら酷い目に遭わせてやる」と物騒なことを激しく歌っていた。そこへ様子を見ていたドン・ジョヴァンニがシニョーレと近づくと、何と彼女は自分を追ってきたドンナ・エルヴィーラであった。彼女は男が探していたドン・ジョヴァンニだと知ると、長年の怨みをここぞとばかり早口で訴えて手に負えない。信用のないドン・ジョヴァンニは、レポレロに全て話してやれと言い残して逃げ出してしまった。



           逃げた男を追って大騒ぎするエルヴィーラにレポレロは、一冊の手帳を見せ、貴女だけではないと説明しながら、「カタログの歌」を歌い出した。さすがのエルヴィーラも始めは手帳を見ながら驚いていたが、スペインでは1003人のところでは、信じられないと呆れるばかりで、後半のテンポを緩めたレポレロの詳しい話に呆れ果てて、最後には裏切られたとばかりに復讐を誓っていた。このレポレロのアリアは堂々として落ち着いて歌われて、存在感のあるアリアであった。



           同じ広場の一角に、大勢の若者たちが登場し、日傘をさした派手な姿のツエルリーナが歌い出し、続いてこれも似合わぬ傘を手にした野暮男風の髭面のマゼットがこれに答えて、二人で手を組み合ってお祭り騒ぎをしていた。そこへドン・ジョヴァンニとレポレロが登場し、早速、ツエルリーナに目をつけたドン・ジョヴァンニは、挨拶もそこそこに、皆を私の屋敷に案内してご馳走をとレポレロに命じ、私はツエルリーナと二人で後から行くと言い出した。命令調で不満顔のマゼットが、サーベルでドン・ジョヴァンニに力づくで脅されて、渋々と「分かりました」と歌い出したが、ツエルリーナには「お前を淑女にしてくれるぞ」と大声で精一杯の皮肉を歌って姿を消していた。



       ドン・ジョヴァンニは「やっと二人になれた」と語り合い、早速、「君には私のような貴族がふさわしい」と口説きだし、その美しい唇、白い指などと誉めながら、直ぐ近くの私の家で結婚しようと誘って本気にさせた。そして甘い声でドン・ジョヴァンニが「手と手を取り合いながら」と歌い出し、二重唱が始まった。ツエルリーナは最初は心配そうだったが、「人生を変えよう」などと言われ、「行こう」と言われて断れず、次第に反抗できなくなって最後には「行きましょう」と歌って誘われるままに歩き出した。そこへ、突然、エルヴィーラが登場し「お待ちなさい」と言って二人に声を掛けた。そしてツエルリーナに諭すように「彼の口も目も偽りよ」と歌い出し、「お逃げなさい」と歌いながら彼女を連れ出してしまった。



        ドン・ジョヴァンニが「今日はついていない」とこぼしている所へ、喪服姿がよく似合うドンナ・アンナとオッターヴィオが現れ、ご相談したいことがあると彼女が近づいてきた。ドン・ジョヴァンニが、ばれたかと心配していると、意外にも手を貸して欲しいという。安心したドン・ジョヴァンニが「どうぞ何でも力になりましょう」とドンナ・アンナの手を取って答えていると、そこに再びエルヴィーラが現れた。そしてエルヴィーラはドンナ・アンナを見ながら「この人を信じないで」と歌い出し、四重唱が始まった。エルヴィーラが「この悪人は裏切り者です」と言えば、ドン・ジョヴァンニは「彼女は頭がおかしい」と言い返していたが、それを見ていた二人には、エルヴィーラが貴婦人然としているので、不思議そうに様子を見ていた。エルヴィーラが黙らないので「二人だけになりたい」とドン・ジョヴァンニが、ドンナ・アンナに「アミーチ・アデイオ」と挨拶して立ち去った。



       その時、ドン・ジョヴァンニが立ち去るのを待って、彼女は突然に「死にそうよ」と叫びだし、「あの男よ」とオッターヴィオに事情を説明し始めた。ドンナ・アンナの語りは激しく、オーケストラが伴奏するレチタテイーボ・アッコンパニアートに転じて、彼女が襲われた状況を語り出し、激しく抵抗していると父が助けに来てくれたと説明して「これで分かったでしょう」と続けて激しくアリアを歌い出した。このアリアは彼女の復讐のアリアであり、オッターヴィオに父の仇を取ってくれと願うアリアであり、本日の彼女の最高のアリアが歌われていた。
    オッターヴィオは、あの騎士が「信じられない」という面持ちであったが、ドンナ・アンナの激しい様子に「彼女が安らげば、私も安らぐ」と、ここで慣例通りかこのウイーン追加曲(第10番a)を歌い始めていた。静かな口調で歌いだしたが、最後には「彼女の喜びは、わが喜び」と、自分に言い聞かせるように堂々と歌われて、これも最高のアリアとなっていた。



       続いて場面が変わって、ドン・ジョヴァンニが、レポレロの首尾を褒めちぎってブラボーを連発して上機嫌になって早口で歌う有名な「シャンペンのアリア」が歌われて、その元気の良さに唖然とする位の勢いがあった。一方、ツエルリーナが機嫌を損じたマゼットのご機嫌を取ろうとして歌う「ぶってよマゼット」の色っぽいアリアがあり、これも有名な曲でツエルリーナの仕草もとても可愛いので、首尾良くマゼットがご機嫌になっていた。この2曲はストリー上はあってもなくても良いが、兎に角、人気曲なので欠かせない存在となっていた。



    場所はドン・ジョヴァンニのお屋敷になり、マゼットの「隠れていよう」の歌で第一幕のフィナーレが始まった。奥行きの広い部屋に楽師団も入場し、ドン・ジョヴァンニが始めに挨拶をしてパーテイが始まっていたが、隠れていたツエルリーナが直ぐドン・ジョヴァンニに捕まってしまい、危ないところだったが、隠れていたマゼットが監視しており、姿を現したので事なきを得た。続いてそこへ三人の仮面の人が登場してきたが、共通の敵であるドン・ジョヴァンニを見張ろうとしていたエルヴィーラとドンナ・アンナとオッターヴィオであった。直ぐにレポレロが三人を見つけ出し、ドン・ジョヴァンニに報告して入場が許された。そこでメヌエットの音楽が始まり、舞踏会へどうぞと言うことになった。しかし、敵地に乗り込んで不安そうな三人は、ここで「正義の神よ、守り給え」と歌い出し、神に祈りながらお互いに勇気づけていた。この三人による三重唱は、場違いなほど美しい清らかな三重唱であり、揃ってゆっくりとしみじみと歌われていた。





     踊りの広場では軽快に音楽が流れ出し、ドン・ジョヴァンニとレポレロは、コーヒーだ、チョコだ、シャーベットだと忙しく、マゼットは浮気なツエルリーナを怒って監視していた。そこへ三人の仮面の人が登場すると場面は急に改まり、ドン・ジョヴァンニは自由に振る舞ってくださいと挨拶して自由万歳の解放宣言をし、広場は盛り上がって音楽が始まった。楽士たちがさらに左右のバルコニーにも集まっており、マスクの人も一緒になって上品なメヌエットを踊り出したが、ドン・ジョヴァンニはツエルリーナを狙っていた。レポレロはマゼットを連れ出すと、音楽が二拍子のコントルダンスが加わり、大勢の人が踊り出すと三拍子の早いドイツ舞曲も始まっていた。ドン・ジョヴァンニは上手くツエルリーナを連れ出すと、踊りの場面は次第に佳境に入りかけていたが、やがて遠くからツエルリーナの「助けて」の悲鳴が聞こえて大騒ぎとなり、皆が集まってきた。そこへドン・ジョヴァンニが刀を抜いて嫌がるレポレロに突きつけて、「無礼な男はこいつだ」と誤魔化そうとした。しかし、三人のマスクの人がこの様子を良く見張っており、ドン・ジョヴァンニにピストルを突きつけて、マスクを外しながらお芝居は止めよと見破ったので、ドン・ジョヴァンニは手出しが出来なくなってしまっていた。

        そこへ突然、雷鳴が鳴り響き、開いた窓から嵐が吹き込んできて、音楽も早いテンポに変わって、どうやら嵐が来たか、シャンデリアがぐるぐる回り出し、部屋中が大混乱になっていた。皆は嵐の様子を見守っていたが、ドン・ジョヴァンニとレポレロの二人は、ブッファ一流の解散劇か、頭がおかしくなり訳が分からなくなってしまったか、負け惜しみを言いながらふて腐れて、大混乱とお笑いの中で第一幕が終了していた。






    第二幕が始まると、場所はエルヴィーラの家のバルコニーの下か、いきなり殺されそうになったレポレロとドン・ジョヴァンニとが争う二重唱で始まった。今度ばかりはレポレロの抵抗はもの凄く、「私は行かせて貰います」の一点張りの二重唱であった。そこでドン・ジョヴァンニは作戦を変え、気前よく金貨4枚を取り出したので、レポレロは急に機嫌が良くなった。そしてドン・ジョヴァンニは、エルヴィーラの召使いを口説くため、貴族の服装では都合が悪いと、強引にレポレロの服装と交換してしまった。エルヴィーラがバルコニーに現れて歌い出したので、ドン・ジョヴァンニが改心した素振りの歌を歌い、信じてくれなければ自殺をすると三重唱になっていた。信じやすいエルヴィーラが自殺すると言われ迷いながら騙されて降りてくと、帽子とガウンでドン・ジョヴァンニに化けたレポレロが、調子よくエルヴィーラのお相手をしたので二人は抱き合ってしまった。そして頃合いを見て大声を出すと、二人は驚いて逃げ出してしまっていた。これらの場面は非常に暗く、残念ながら写真が鮮明に撮れなかったが、画面ではカメラの重ね録りなどの工夫が行われていた。








         邪魔者がいなくなったので、ドン・ジョヴァンニは、早速、マンドリンの伴奏で「愛しい人よ」とカンツオネッタを歌い出した。暗闇の中のバルコニーの下で、調子良く歌っており、二番を歌っているときにバルコニーにお目当ての女性の姿が見えていた。しかし、運悪く「人声がするぞ」という声が聞こえて、ドン・ジョヴァンニを探そうとしているマゼット一行が駆けつけて、誰かがいると騒ぎ出したので、折角のドン・ジョヴァンニの作戦は失敗に終わった。
     ドン・ジョヴァンニは、マゼット一行の様子を探りレポレロに成り済まし、第17番のアリアを歌いながらマゼット以外を二班に分けて言葉巧みに追い払ってしまった。そして、一人になったマゼットの武器を調べ、ドン・ジョヴァンニを殺すと言って聞かないマゼットの隙をついて叩きのめして、懲らしめてから遠くへ逃げ去ってしまった。マゼットが、痛い痛いと悲鳴を上げていると、ツエルリーナが駆けつけてきてマゼットの様子を調べ、たいした傷ではないと言って「薬屋のアリア」を歌って、マゼットの機嫌を直してしまった。そして、暗闇の中で二人は抱き合ってしまい、びっこをひきながら退散していた。



    ドン・ジョヴァンニに大声で脅されて逃げ出して来たレポレロとエルヴィーラが、暗闇でよく分からないが、そこはドンナ・アンナのお屋敷か、紛れ込んできて出口を探してウロウロしながら二重唱を歌い出していた。そこでは、直ぐ傍でドンナ・アンナとオッターヴィオが父の死の悲しみの二重唱を歌い出していたが、その声を聞きつけてマゼットとツエルリーナも駆けつけて、皆が鉢合わせになり、何とドン・ジョヴァンニの身なりをしていた怪しいレポレロが捕まってしまった。ドン・ジョヴァンニを捕まえたと思った4人はレポレロを「許さない」としたので、驚いたエルヴィーラが「私の主人です」と謝って六重唱が始まったが、それでもレポレロは許されない。そこでレポレロは主人の帽子と衣裳を脱いで顔を現すと、一同は驚きの六重唱となって、やがてテンポが変わってレポレロが皆に平謝りする長い六重唱が続いていた。そしてレポレロは、ツエルリーナからも、エルヴィーラからも、オッターヴィオからも責められたので「どうかお慈悲を」とアリアを歌い出し、一人ひとりに主人の命令でこうなったと謝ってから、隙を見て脱兎のごとく逃げ出してしまっていた。



    ドン・ジョヴァンニが父親殺しの犯人であると確信したドン・オッターヴィオは、私が当局に訴えますと歌い出し、「その間に私の恋人を慰めてやって」と残ったエルヴィーラ、ツエルリーナとマゼットに頼み、声を張り上げ剣を抜いて復讐をすると誓うアリアを堂々と歌っていた。続いて一人残されたエルヴィーラも、ドン・ジョヴァンニは大きな罪を犯したので、天罰が下り、死の淵が見えるようだとオーケストラ伴奏付きのレチタテイーボを歌っていたが、アリアになって、「彼は私を不幸にしたが、裏切られても彼の身を案じてしまう」という優しい心をしっかりと歌っていた。ウイーン版ではオッターヴィオのアリアは削除され、エルヴィーラのアリアは第21番bとして追加されるのであるが、ここでは良いアリアなので両方とも歌われており、「ごちゃ混ぜ版」が次第に定着している姿を見せていた。



    場面が変わって月夜の暗い墓場らしき広場で、ドン・ジョヴァンニが悠々と上機嫌でいると、レポレロが塀の外から「殺されるところだった」と駆けつけてきた。ドン・ジョヴァンニが、レポレロを女のことでからかいながら高笑いしていると「その高笑いも今夜限りだ」と言う不思議な声が高らかに響いてきた。その声が騎士長の姿をした馬に乗った騎像から聞こえてくると分かって、がドン・ジョヴァンニはレポレロに刀づくで命令する二重唱となった。しかし、レポレロは、騎士長を夕食に招待しようと尋ねたところ、騎士長が頷いたと、驚いて腰を抜かしていた。不思議に思ったドン・ジョヴァンニが自ら「来るか」と尋ねると、再び「行こう」という声が聞こえてきた。驚いた二人は、怖くなって慌てて準備のためと言って、逃げ出してしまっていた。



       一方、騎士長の祭壇で相変わらずドンナ・アンナが泣き崩れていると、オッターヴィオが駆けつけて、珍しく強い口調でドンナ・アンナに「つれない人だ」と言い出した。驚いた彼女は「私だって辛いのよ」とレチタテイーボを歌い出し、更にオーケストラ伴奏付きのアッコンパニアートになって「私の信念を揺るがせないで」と歌い出した。このアリアはゆっくりと朗々と歌われ、後半には「だから言わないでね。愛しい人」になって、アレグロのコロラチューラが連続する技巧的なロンドが歌われていた。ドンナ・アンナの最後の出番を飾る素晴らしいアリアであった。



       威勢のよい序奏の開始とともに第二幕のフィナーレが始まると、テーブルと椅子が運ばれて食卓の用意が出来、木管グループの楽団員が両サイドの出窓に立ち並び、マルテイーニの「コサ・ラーラ」の音楽が始まった。料理が運ばれてきて、ドン・ジョヴァンニが上機嫌で食事を始めていたが、レポレロはその大食漢ぶりに驚いていた。続いてサルテイの「リテイガンテイ」の曲が奏されて、マルツイミーノ酒が注がれ、ドン・ジョヴァンニは上機嫌。レポレロの盗み食いを見て見ぬ振りをしていた。続いてフィガロの「もう飛ぶまいぞ」が始まると、ドン・ジョヴァンニはますますご機嫌になり、音楽に合わせて「レポレロ」と呼び掛けてから、口笛を吹けとからかっていた。



        そこへエルヴィーラが飛び込んできて、ドン・ジョヴァンニの傍に来て膝をつき、最後のお願いに来たという。ドン・ジョヴァンニは驚くが、「生活を改めろ」という真面目な話なのでとても酒席では相手に出来ず、むしろ「女性に乾杯」「ワインに乾杯」とからかっていた。いたたまれなくなって逃げ出したエルヴィーラが入口で大きな悲鳴を上げ、それを見に行ったレポレロも「白い人間が」と言って、恐ろしそうに震え声でダンダンダンと叫ぶだけであった。ドアをノックする音が聞こえ、レポレロが腰を抜かしたので、ドン・ジョヴァンニが自ら立ち上がってドアに向かおうとすると、もの凄い大きなオーケストラの和音が二つ響いた。良く見ると、石像が白煙の中から登場して序曲の音楽が鳴り響いて「来たぞ」と言い、震え声のレポレロの声と合わせて三重唱が始まっていた。



          ドン・ジョヴァンニも負けずに食事を用意しようとすると、石像は重大な話があると言い、「今度はお前の番だ。私の晩餐に来るか」と呼び掛けた。臆病だと思われたくないドン・ジョヴァンニは、さえぎるレポレロを振り切って、空威張りの様子で「行こう」と返事をしていた。そして、約束の印として握手をした途端に、「何と冷たい手だ」と震え上がり、苦しみだした。石像は手を握りしめて、「悔い改めよ」と叫び、ドン・ジョヴァンニは「いやだ」と言う。何回か拒絶を繰り返すうちに、石像は時間がないと言って手を離すとドン・ジョヴァンニは苦しみもがいて倒れ込むと、地下から火焔とともに這い出てきた黒装束の男たちに捕まって、大暴れしながらやがて「ああー」という絶叫と共に、立ち上る火焔の中で、地下に沈んでしまっていた。



    嵐が去ってまだ煙が漂っている舞台で、明るい音楽が軽快に始まり、五人が駆けつけてきたが、レポレロが一人、そこに取り残されていた。しかし、みんなはレポレロにドン・ジョヴァンニはどこへ行ったかと尋ねるが、彼はさっぱり要領を得ない。やがて合唱は六重唱となり、皆の明るい声が響きわたって、ドン・ジョヴァンニが天罰でいなくなったことが知らされた。オッターヴィオがこれ以上悩ませないでというと、ドンナ・アンナは1年待ってくれとのつれない返事。エルヴィーラ、マゼットとツエルリーナ、レポレロは、それぞれの道を歩もうと決意をしていた。最後に早いテンポに変わって、明るい六人による合唱が続き、平和が戻ったことを祝福する音楽となって賑やかに終幕を向かえていた。盛んな拍手をによって舞台は終わっていたが、画面は再び火焔が写される映像となり、出演者などの字幕とともに映像は終了していた。



        この映像では、全体としてアリアの後の拍手などはカットされていたが、ライブである説明のためか、最後にカーテンコールの様子と舞台から客席の観客の様子が写されていた。縮小された写真ではよく見えないかも知れないが、指揮者のハイテインクを中心に、左からマゼット、ツエルリーナ、オッターヴィオ、ドンナ・アンナが並び、指揮者の右はドン・ジョヴァンニ、レポレロ、エルヴィーラ、騎士長の順に並んでいた。
       この映像は1977年のものであり、フルトヴェングラー(1954)やフリッチャイ(1961)に次いで古い映像であり、どうやらプラハ版とウイーン版の良いとこ取りをした「ごちゃ混ぜ版」が定着した時代ではないかと思われる。グラインドボーンのピーター・ホールの演出は、小劇場のこのオペラの見本のような演出であり、画面全体の暗さを基調とした簡素な舞台であるが、衣裳は時代を反映した上品で豪華なもので、貴族たちと庶民たちを区別した格調の高い伝統的なスタイルであった。

        ハイテインクの指揮振りは、序曲から冒頭のスローなテンポと、序奏直後の早いテンポを柔軟に使い分けており、歌手たちと一体になって生きの良い安定した指揮振りを見せていた。ドン・ジョヴァンニを含めて、エルヴィーラ以外はグローバルな歌手ではなさそうであるが、グラインドボーンでいつも感ずる役柄に良くあった歌手たちが揃っており、良い演技と歌を聴かせていた。現代の舞台と較べると歌手たちの動きが少なく、直立して歌っていたが、反面、歌手たちは落ち着いてしっかり歌っていた。そのせいか、このオペラではハイテインクの進め方の良さもあって、歌手たちとオーケストラの一体感などで素晴らしいものがあり、序曲が始まった時点から最後まで、じっくりと不安なく音楽が楽しめ、十分に映像に浸ることが出来た。

        今回の生き生きした舞台の成功は、この劇場の熱狂ぶりからこのグラインドボーン歌劇場が、身の丈丁度の大きさで、聴衆にとっては身近に声を掛けられる手頃な広さであったに違いない。また、台本に忠実な分かり易い演出や衣裳、舞台の暗さを使って観衆の想像力に訴えた舞台の造りも成功の要因で、このピーター・ホール演出は、クラシックで地味な舞台構成ではあるが、細かな配慮が隅々まで行き届いており、ごてごてしない簡素な舞台の中でいろいろな工夫がみられた。また古い映像の割にはクローズアップが多かったが、二重唱・三重唱などの暗い画面でカメラの重ね録りの工夫が行われ、非常に良い効果を上げていた。

        今回のグラインドボーンのドン・ジョヴァンニの映像で、この歌劇場のこのオペラは、1977年、1995年(クライスバーグ)、2011年(ユロウスキー)と3種類の映像を見てきた。およそ20年ごとに収集されてきたが、77年のものは他の見本となるような伝統的な演出、95年のものは古楽器による新演出のはしりのような簡素な舞台、2011年のものは古楽器で新演出でありながら上品な見所があるもので、いずれも特徴がある存在感を持った舞台であったと思う。私は今回のような古い伝統的な演出の良さや評価が基本となって初めて、新しいモダンな舞台の評価が可能になると考えている。私は2011年のユロウスキー指揮の映像がピリオド奏法によるアンサンブルの良い上品な舞台でこれまで推薦をしてきたが、やはり今回のような古い伝統的な舞台の成功があって、新しいモダンな舞台が輝くものと、この歌劇場の息の長い伝統の良さを改めて感ずることが出来た。

(以上)(2014/10/20)


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