(古いLDの録画から;3つのクラリネット・ファゴット・オーボエ協奏曲)
14-10-2、クラリネット協奏曲イ長調K.622、Cl:M. アリニョン、ファゴット協奏曲変ロ長調K.191、Fg:J-C.モンタク、オーボエ協奏曲ハ長調K.314、Ob:Y.ポーセル、ジョルジュ・プレートル指揮パリ・オペラ座管弦楽団、
1988年収録、Mozart Treasures、Amadeo 、

−この三曲の魅力ある管楽の協奏曲を、続けて何回も一挙に聴いていると、私にはこのレーザーデイスクの3曲は、パリ音楽院仕込みの親分であるプレートルとその仲間たちが、荘重なクラリネット協奏曲を第一楽章とし、不思議な魅力を持つファゴット協奏曲を第二楽章とし、オーボエ協奏曲の華やかで軽快な第二・第三楽章をフィナーレとする壮大で素敵な管楽デイヴェルテイメントを楽しんだように聞こえていた。恐らく、パリ・オペラ座のオーケストラの仲間たちが、粋人プレートルを中心に、自分たちによる、仲間たちだけのために楽しい演奏をし、その息の合った記録がこのLDなのであろうと思われる−

(古いLDの録画から;3つのクラリネット・ファゴット・オーボエ協奏曲)
14-10-2、クラリネット協奏曲イ長調K.622、Cl:M. アリニョン、ファゴット協奏曲変ロ長調K.191、Fg:J-C.モンタク、オーボエ協奏曲ハ長調K.314、Ob:Y.ポーセル、ジョルジュ・プレートル指揮パリ・オペラ座管弦楽団、
Mozart Treasures、Amadeo 、
(1994/05/22、アマデオLD、Mozart Treasuresの1枚をS-VHS130.5に収録)

     10月分の第2曲目の協奏曲部門では、古いアマデオのLDを音源とする最後のテープ・コピーとして、プレートル指揮パリ・オペラ座管弦楽団による3曲の木管協奏曲、すなわちクラリネット協奏曲イ長調K.622、演奏者M.アリニョン、ファゴット協奏曲変ロ長調K.191、演奏者J-C.モンタク、およびオーボエ協奏曲ハ長調K.314、演奏者Y.ポーセルで、三曲続けてご紹介することにしたい。演奏者を調べると、プレートルとアリニョンは、パリ音楽院出身であったが、ファゴットのモンタクとオーボエのポーセルは、残念ながら、管楽器ソリスト2004には掲載されていなかったので、恐らく、このパリ・オペラ座管弦楽団の首席たちであろうと思われる。そう考えると、このLDは、プレートルを親分とする、仲間たちの内輪の楽しい演奏会であろうと思われる。



      アマデオの映像は、豪勢な宮殿風の一室でジョルジュ・プレートル(1924〜)の指揮で、いきなり第1曲目のクラリネット協奏曲イ長調K.622の第一楽章がオーケストラで始まった。舞台をよく見るとコントラバスが3台の中規模なオーケストラであり、客席が写されず拍手が無いところから、コンサートライブではなく映像撮影のための演奏のように見えていた。ひなびた感じの美しい第一主題が速いテンポの弦楽器で現れて、繰り返すように軽快なテンポで進行していたが、やがて長い穏やかな第一主題から派生するモチーブが軽快に明るく進み出し、第二主題が現れないままオーケストラが高まりを見せてオーケストラによる第一提示部が終了していた。



      ソリスト、アリニョンの独奏クラリネットがいきなり第一主題を厳かに奏で始め、オーケストラの伴奏でクラリネットが新しいパッセージを披露しながら軽快に進行してから、トウッテイのあとにクラリネットが短いエピソード的な主題を提示していた。やがて荘重な第一主題とは対照的な息の長い華やかな第二主題が初めて独奏クラリネットで登場してくるが、そこでのクラリネットの変化の激しい音色とくすんだ響きが印象的であり、アリニョンの確かな技巧により滑らかに美しい音色が続いて、フェルマータで一段落していた。そして第一主題をもとにして独奏クラリネットとオーケストラがお互いに対話を重ねるようにして盛り上がりながら曲が進み、素晴らしい勢いで提示部を終了していた。
展開部では、常にクラリネットが主導しながらまるで変奏曲のように主題が展開される長大なものであり、中でも独奏楽器による早い走句の上昇音階と下降音階や、低音から高音への飛躍などが見事にミックスして流れ出すクラリネットの技巧には、この楽器の魅力を充分に伝えていた。再現部では 型通りに終始していたが、フェルマータ以降のクラリネットの変化の激しい技巧が明示されて、カデンツアのないコンチェルトであるが、その必要性を感じさせなかった。この曲の流れ出るようなしみじみとした味わいや楽想の豊かさは、最晩年の澄みきった特有の響きを感じさせており、このプレートルとアリニョンの演奏も、しみじみとした味わいを暗示しているように思われた。




      第二楽章は、アダージョで、独奏クラリネットが弦の三拍子の伴奏に乗ってゆっくりと美しいメロデイを歌い出すが、このクラリネットのくすんだ寂しげな音色としみじみとした低音の響きは実に味わい深いものがあった。合奏で繰り返してから再びお返しの美しい旋律でクラリネットのソロが始まり、オーケストラが続いていたが、プレートルは笑みを浮かべながら無心に指揮をしており、この第一部はクラリネットの美しい音色が心に滲みるように響いていた。続いて中間部に入ると、新しい明るい主題が独奏クラリネットで現れ、ここでは技巧的なパッセージが続き、低音から高音に繋がるクラリネットの自在な音色をアリニョンは巧みに演奏しており、変化に富む音色が終始安定しており、とても魅力的であった。終わりのフェルマータのあとにカデンツア風の短いソロが一息あってから、再び冒頭の寂しげな主題が非常に静かに再現されていたが、この後半のアダージョは、アリニョンが巧みに装飾をつけながら吹いており、実に味わい深い心に浸みる静寂の歌のように聞こえていた。
この澄み切った透明な感じの第二楽章は、よく晩年のモーツァルトの心境を現したものとたとえられることが多いが、プレートルの祈るような表情といい、クラリネットのしみじみとした響きといい、演奏者たちが無心で弾いている姿といい、この澄み切った世界を描いているような気がした。



       フィナーレはロンド形式で、A-B-A-C-A-B-Aの形で早いテンポで進む颯爽としたアレグロであった。早いスタッカートが目立つロンド主題がクラリネットのソロで飛び出して軽快に開始され、オーケストラに渡されるが直ぐにアリニョンのクラリネットが早いパッセージを繰り返し、オーケストラとの変化に富んだ掛け合いが美しい。第一のエピソードはクラリネットにより華やかに提示され、ここでも独奏楽器が縦横に音階を駆け巡ってからロンド主題に戻っていた。続く第二のエピソードも、独奏クラリネットにより提示され、早いパッセージが繰り返され、独奏とオーケストラが親密な呼びかけをして、クラリネットが技巧を示しながら自由奔放に駆け巡っていた。再度ロンド主題が顔を出してから、第一のエピソードが姿を見せ、続いて第三のエピソードか、クラリネットが勢いのある分散和音形で上昇したり下降したりして新鮮味を加えて、ロンド主題で締めくくられていた。アリニョンの技巧は、高音から低音まで広い音域を自由にこなしており、どんなパッセージであっても、安心して見ておれる確かなもののように思われた。







このクラリネット協奏曲は、名手アントン・シュタードラーのために書かれた作品であるが、アリニョンのクラリネット演奏で聴いてみると、各楽章ともに、パリ音楽院仕込みの明るいクラリネットの音色を生かし、高音から低音に至るまで広い音域を実に流ちょうに吹いていることに驚かされた。プレートルもパリ音楽院出身であり、パリオペラ座のオーケストラと共に、フランス風の明るい屈託のないクラリネット協奏曲であった。このLDには、ファゴットとオーボエの協奏曲も含まれており、いずれもプレートルの指揮でパリ音楽院仕込みのフランス風の演奏を楽しめると思われる。



第2曲目は、ファゴット協奏曲変ロ長調K.191であり、前曲と同様の宮殿で独奏者だけが入れ替わった形で、プレートルの指揮で、明るく伸びやかな第一主題が第一ヴァイオリンで提示されて第一楽章が始まった。続いて第二主題も第一ヴァイオリンで現れ華やかなコーダになり、オーケストラによる第一提示部が終了していた。続いて独奏ファゴットが伸びやかに第一主題を歌い出していたが、トウッテイの後、直ぐに独奏ファゴットによるパッセージが始まり、最低音から最高音に推移したり、レガートからスタッカートへと変化したり、ファゴットらしい技巧を見せながら進行していた。そして、ソリストのモンタクがおもむろに第二主題を提示して充分に歌ってから、再びオーケストラを従えながら早いパッセージに入り、ソリストとして充分な安定した技巧を見せて提示部を終了していた。
非常に短い展開部では、新しい主題でファゴットのソロが活躍しながら弦楽器と応酬し合って進行していた。フェルマータの後に始まる再現部では、トウッテイと独奏ファゴットとが交互に現れながら再現されていた。終わりのカデンツアでは、ソリストのモンタクの自作と思われる第一主題を中心に変奏した形のカデンツアで、いろいろな技巧を示すものが演奏されていた。この曲は、数少ないファゴットの技巧を示す協奏曲として知られているが、ソリストのモンタクは、しっかりとした技巧を身につけており、低音から高音への変化や早いパッセージなどでも終始安定しており、曲を楽しみながら安心して聞くことが出来た。



第二楽章は、冒頭が「フィガロ」の伯爵夫人のアリアを思わせる優雅なアンダンテ・マ・アダージョであり、オーケストラの前奏に始まって、弦の軽やかな伴奏にのったファゴットのほのぼのとした音色が実に楽しく聞こえていた。続く第二主題では、軽やかなパッセージを奏する独奏ファゴットに美しい二本のオーボエの助奏が彩りを添えており、後半のファゴットとオーケストラが対話する瞑想的な響きが素晴らしく、これもとても印象的であった。展開部のないソナタ形式のせいか、全体がゆったりと自然に再現されていき、ソロとトウッテイとが交互に繰り返されて行き、あの美しい第二主題も現れてしっとりとした雰囲気の楽章であった。ここでもカデンツアがあり、ソリストのモンタクは、この楽章の雰囲気を壊さないように短く優しく仕上げていた。



   フィナーレでは軽やかにオーケストラで始まる舞曲的なメヌエット主題による「ロンド」テンポ・デイ・メヌエットとされており、このメヌエットのロンドテーマがA-B-A-C-A-B-A-B-Aと5回も繰り返し顔を出し、その都度ファゴットのソロが変奏曲のように次から次ぎに変化して登場する。最初にオーケストラがロンド主題を奏でると、ファゴットのソロBが現れ、ソリストのモンタクは、軽快にソロをこなしていた。再びロンド主題がトウッテイで現れると引き続きファゴットのソロが第二のエピソードを提示していた。続いてトウッテイのロンド主題のあと、ソロBが変奏して顔を出していたが終わりにごく短いカデンツアの後、自らソロで初めてロンド主題を弾きだし、この楽章をひときわ華やかなものに仕上げ、最後はトウッテイで堂々と豊かに結ばれていた。
この映像は、クラリネット協奏曲同様に、観衆の拍手が無くそのまま次の曲に移行してしまうため、折角の好演もその余韻が残らず、残念であった。直ぐに、次の曲であるオーボエ協奏曲ハ長調K.314-2の字幕と演奏者などが画面に表示されていたが、曲が始まってみると、何と第二楽章のアダージョ・ノン・トロッポから開始されていた。



指揮者のプレートルは、第二楽章では指揮棒を持たず、両手で指揮をするようであるが、オーケストラでゆっくりと第一主題が優雅に流れ出すと、それを受けてオーボエが1オクターブ高く主題を提示し、オーケストラを従えて美しく展開していた。第二主題は第一ヴァイオリンに独奏オーボエが掛け合って、実に優雅な響きをもたらし、ソリストのポーセルは、ここぞとばかりに繰り返すように第一ヴァイオリンと交互に歌い合っていた。独奏オーボエによる短い中間部を過ぎてから、再びトウッテイで再現部に移行していたが、ここでは直ちに第二主題から入り趣を変えていた。ここでも短いカデンツアが用意されており、終わりは冒頭の主題により荘重にして優雅に締めくくられていた。



   フィナーレ楽章は、これぞモーツアルトと言えそうな飛び切り明るいロンド主題が独奏オーボエで高らかに提示された。トウッテイで反復されると、オーボエとホルンに先導されて、独奏オーボエが新しい主題を一つまた一つと提示して軽快に流れていた。まさにソリストのポーセルの独壇場とも言えそうな華やかさを持って快調に疾走していた。この冒頭主題は、オペラ「後宮」のブロンテのアリアに転用されている有名曲。この楽章は主題の提示法から言えば、ロンド形式と言うよりは、展開部が短縮された中間部の形を取るソナタ形式であり、再現部では、ロンド主題である第一主題と第二主題が続いて、結びの前のカデンツアの前・後にも再帰され、実に軽快に明るく締めくくられていた。



ここで本来なら、大変な拍手で演奏を終了し、コンサートを終了することになるのであろうが、この映像では残念ながら、ここで終了していた。しかし、この三曲を続けて何回も一挙に聴いていると、ソリストたちもどうやらパリ・オペラ座の優秀なオーケストラの仲間たちであり、私にはこのレーザーデイスクの3曲は、パリ音楽院仕込みの親分であるプレートルが、荘重なクラリネット協奏曲を第一楽章とし、不思議な魅力を持つファゴット協奏曲を第二楽章とし、オーボエ協奏曲の華やかで軽快な第二・第三楽章をフィナーレとする仲間たちだけの素敵な管楽デイヴェルテイメントの壮大な演奏を楽しんでいたように思えてきた。なぜ、オーボエ協奏曲の第一楽章が省かれたかは分からないが、恐らく正規のコンサートであれば、当然演奏されなければならないが、いわば身内だけの楽しみのためなので、敢えてソリストのオーボエさんに理解してもらったのではないかと考えてみた。

フランスには管楽好きな人々が大勢おられ、演奏者も非常に多いと聞いている。その人たちのために、このデイスクは、粋人のプレートルがやりたいことをやったというLDではないかと想像を逞しくしてみた。このことは写真を撮っている最中に、クラリネット協奏曲にはファゴットのソリストが参加しており、ファゴット協奏曲の時には、オーボエのソリストが演奏していたので、全くの仲間たちの演奏と確信したものである。モーツアルトの管楽の協奏曲は、それだけ多彩であり、さまざまな魅力に富んだものが多いことに気がつくが、そのことをプレートルが自らその楽しみ方を示してくれたレーザーデイスクであろうと考えられる。

(以上)(2014/10/16)


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