(二つの協奏交響曲;古いVHSテープよりヴァイオリンとヴィオラ協K.364(320d)
14-10-1、プロムシュテット指揮NHK交響楽団によるヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲K.320、今井信子と堀米ゆず子および1998宮崎国際室内楽音楽祭よりヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲K.364(320d)、スターンと川崎雅夫、

−最初の演奏は、ブロムシュテットの伸び伸びとした重厚なN響の伴奏に支えられて、気の合ったソリスト二人が安心してそれぞれの楽器に集中した演奏であり、このような女性二人の息の合った会心の演奏に出遭うと、この曲は生き生きとして、まさに大オーケストラでなければ味わえぬ交響曲的な響きを持った協奏交響曲であった。続くスターンと川崎雅夫と徳永・宮崎国際室内楽団の演奏は、スターンが各楽章を通じて最初の一振りで指揮をして、一緒に合奏しながらスターンのペースで進めていく演奏であり、さすが巨匠の演奏や指導力はひと味違うと感じさせた。スターンのヴァイオリンの音色が柔らかくテンポも穏やかで、川崎のヴィオラもそれに合わせたスタイルで、オーケストラもそれと一体になったアンサンブルの豊かな演奏であって、全体としては堂々としてまとまりある室内楽的な演奏であった−

(二つの協奏交響曲;古いVHSテープよりヴァイオリンとヴィオラ協K.364(320d)
14-10-1、プロムシュテット指揮NHK交響楽団によるヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲K.320、今井信子と堀米ゆず子および1998宮崎国際室内楽音楽祭よりヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲K.364(320d)、スターンと川崎雅夫、

(19981003、VHS-261.1および19980719、VHS-252.4より)


      このHPの交響曲の部門においては、ハフナー交響曲以降の6大交響曲のアップ完成の見通しがほぼついて、次はどうするか考えていたところ、ヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲K.364(320d)の未アップが6演奏ほどあり、交響曲第29番K.201の未アップが4演奏ほどあることに気がついた。そのため、10月分のソフト紹介の交響曲部門は、変則的に、二つのヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲K.364を取り上げることとして、今井信子とスターンによる代表的な二つの演奏をまず取り上げてみた。



      最初のヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲K.364(320d)は、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮NHK交響楽団によるN響定期第1361回によるもので、1998年10月3日にNHKホールで開催され、独奏者が今井信子(Vla)と堀米やす子(Vn)であり、BS11CHによるBモードによる生中継をS-VHSに収録したものであった。この日のプログラムにおいては、後半はブルックナーの交響曲第5番ニ短調が予定されており、オケ席は空席が多く、第一曲目のN響の布陣は、コントラバス3台を左奥に配置し、中央に2つのホルンとオーボエが着席していた。
       ソリストの二人は、桐朋学園大学の先輩と後輩の関係で、Vnの堀米さんは 80年のエリーザベト王妃国際コンクールで優勝、Vlaの今井さんは68年ジュネーブ国際コンクールで最高位を受賞しており、ともに超難関のコンクールを経て、国際舞台に登場している。堀米さんはベルギーに、今井さんはオランダにお住まいで、ソロや室内楽の活動のほか、現代の作品の紹介にも力を入れていると言われる。





       三人が足早に入場し、中央左に赤いドレスの堀米が、右に黒っぽい姿の今井が並び、指揮の長身のブロムシュテッドは指揮台なしで中央に立ち、ヴァイオリンとヴィオラのための協奏的交響曲変ホ長調K.364の第一楽章が、ユニゾンで荘重な雰囲気で始まった。アレグロ・マエストーソソの指示通りに、オーケストラは全合奏の前半と第一ヴァイオリンの明るいスタッカートが目立つ堂々とした力強い第一主題を提示し、経過部を歯切れ良く進んで盛上がりを見せてからから、やがて、ホルンとオーボエによる軽快な第二主題が弦楽器のピッチカートに支えられながら伸びやかに提示されていた。このオーケストラによる主題提示部は、クレッシェンドを重ねて次第に頂点に達するが、随所に現れるシンコペーションの響きには緊張感を伴い、ブロムシュテッドの指揮振りは、実にゆったりとして雄大にN響を響かせており、二人の息の合ったソロに期待を抱かせていた。
       続いて独奏ヴァイオリンとヴィオラがオクターブで合奏しながら、輝くように見事なトリルとアインガングを奏して第二提示部が開始されると、オーケストラが第一主題の冒頭部を提示し、独奏ヴァイオリンが直ちに第三の主題を提示すると、独奏ヴィオラがこれを引き継ぐように模倣していた。ここでは、二人はまず模倣の手法で交互に競い合い、新しい第四の主題でも同様にVnが先行してVlaが模倣していたが、その後は重奏をしたり、交互に演奏したり、合奏をしたりといろいろ変化を見せながら進行し、やがてトウッテイのコーダに入り、第二提示部を雄大に締めくくっていた。



         展開部では独奏ヴァイオリンが新しい主題を提示しヴィオラが繰り返した後、両楽器が速いパッセージで活発に応酬し合って技巧的な展開を行っていた。再現部では冒頭の第一主題で始まり、第三の主題がヴィオラで提示されてからヴァイオリンに受けつがれ、第四の主題に次いで第二の主題の順に再現され、提示部とは異なる独自の構成で主題が再現されていた。最後のカデンツアは新全集のスコアに示された通りであったが、ヴァイオリンとヴィオラが互いに競い合ったり合奏したりする美しいもので、最後のアダージョの部分では二人の呼吸がピッタリ合った見事な演奏であった。
       掘米と今井は、それぞれ対等で弾き合ったり、オクターブ離れて弾いたり、重奏したり、模倣し合ったりして賑やかに進行し、この曲の持ち味を充分に示しながら、豊かな楽想と女性らしい優しい息づかいでこの曲を締めくくっていた。



   第二楽章はゆっくりしたアンダンテ楽章で、オーケストラのもの憂げな静かな第一主題で始まり、深い憂いに閉ざされたような雰囲気の中で、独奏ヴァイオリンが溜息をつくように変奏しながらソロで主題を提示し、やがて独奏ヴィオラもすすり泣くように変奏を始めソロで主題を提示していた。続いて短い第二主題になると独奏ヴァイオリン弾き出し、独奏ヴィオラがそれを追い掛ける掛け合いとなり、二人は互いに顔を見合わせながら競い合っているように見えた。やがて間にトウッテイも入って進行し、対話のようなカノン風の追い掛け合いが続いてから、トウッテイとなって提示部が終わり一休みとなった。展開部はなく再び冒頭の第一主題が今度は独奏ヴァイオリンで変奏しながら再現され、独奏ヴィオラも変奏して続き、交替から合奏になり、第二主題に入ってからは追い掛け合って対話しながら進んで、提示部の単なる繰り返しではないいろいろな変化のある再現部となっており、堀米も今井もうっとりとした表情で弾いていた。カデンツアでは、スコア通りに弾いていたが、両楽器が重音で重なるように進んでから美しく応答し合うこの曲ならではの繊細な美しいものであった。今井のヴィオラはヴァイオリンに対等以上に弾いており、堀米のヴァイオリンも負けずにいつも懸命な様子が窺われ、二人の息の合った姿が印象的で絵になっていた。この曲の第二楽章の憂いに溢れる表情豊かな美しさには格別のものがあり、二つの楽器が溜息をつくような音形で綿々と進行する姿には、聴くたびに感動させられることが多い。



     このフィナーレは一変して快活に躍動するプレストの終楽章であり、A-B-A-B-Aのロンド形式であるが、Aの部分がロンド主題で始まるオーケストラのパーツとソロが活躍するパーツに別れていた。いきなり、オーケストラでロンド主題が飛び出して明るく軽快に進行するが、オーボエが明るく響きホルンが繰り返す木管の活躍があって、最後にホルンが素敵なファンファーレを行ってオーケストラの部分が終結していた。続いて独奏ヴァイオリンが第二の主題を提示してから独奏ヴィオラに引き継ぎ、二人が交互にひとしきり弾き合ってから、独奏ヴァイオリンによるBの部分が始まった。ここではヴァイオリンとヴィオラが新しい第三の主題を互いに追いかけるように交互に目まぐるしく進行し、最後には二人の重奏のような形で収束し、素晴らしい効果をあげていた。
            再びロンド主題が両楽器で登場してから、今度は直ぐに第二主題が独奏ヴィオラで提示され、独奏ヴァイオリンが引き継いでから、ヴィオラが第一の主題に次いで第三の主題を提示し、独奏ヴァイオリンと交互に追い掛け合いながら素晴らしい展開を見せていた。最後にロンド主題が両楽器で登場してから新たな展開を見せているうちに、あのホルンのファンファーレが聞こえてきて独奏ヴィオラが、続いて独奏ヴァイオリンがそれぞれクレッシエンドしてそれぞれの頂点に達してからコーダで結ばれ終結していた。素晴らしく軽快なプレストであり、一気呵成に頂点にまで登りつめた厚みのある終楽章であった。



           演奏が終わると、凄い拍手が湧き起こり、ソリスト二人は互いに笑顔を見せながら、指揮者やコンマスと握手をしてご挨拶をして一旦は引き上げたが、拍手は鳴り止まず、オケ席でも弦を叩いて声援したので、二人は二度・三度と登場していた。最後に指揮者も交えて三人で挨拶を繰り返し、やっと拍手の嵐が収束して休憩に入っていた。この曲は三つの楽章を通じて、モーツァルトの湧き出るような楽想の連続という感じの曲であり、豊富な美しいメロデイがあふれ出し、ヴァイオリンとヴィオラが独奏したり重奏したり、追い掛け合ったり対話を楽しんだりして変化に富んでいた。女性二人の息の合った会心の演奏に出遭うと、CDでは気がつかない映像の有り難さがしみじみと分かった。この演奏は、ブロムシュッテットの伸び伸びとした重厚なN響の伴奏に支えられて、気の合ったソリスト二人が安心してそれぞれの楽器に集中した演奏であり、まさに交響曲的な協奏交響曲であって、大オーケストラ出なければ味わえぬ響きを持っていた。この曲には、かねて名演奏が揃っているが、この演奏もその中のトップクラスの重要な一つと思われた。



     続く二つ目の協奏交響曲は、アイザック・スターンの指揮とヴァイオリンおよび川崎雅夫のヴィオラによる協奏交響曲変ホ長調K.364である。この演奏は、1998年第3回宮崎国際室内楽音楽祭と銘打ったコンサートからの放送であり、ソースはNHKの芸術劇場という放送番組であった。この音楽祭は、まだお元気だったスターンと徳永二男により創設された室内楽音楽祭であり、オーケストラはコントラバス1本の小規模な室内楽団であったが、最初の曲、武満徹「ノスタルジア」では、徳永さんが指揮を取り豊島泰嗣のヴァイオリンと、有名人が参加した気鋭の室内楽団で演奏されており、弦楽で20人くらいの構成であった。中央に4つの椅子が空いており、曲が終わると2ホルンと2オーボエが着席し、スターンと川崎のソリスト二人が入場してきた。彼らはオーケストラと向かい合い、スターンの合図で演奏開始すると同時に二人は客席の方に向き直って、古楽器奏者のように最初のトウッテイには、演奏に加わっているように見えた。しかし、演奏が順調に流れ出すと、スターンは演奏をやめ二人はソリストに戻ったように見えていた。





      第一楽章は、アレグロ・マエストーソの言葉通りに堂々とした力強い第一主題が提示され第一ヴァイオリンのスタッカートが快く響き、歯切れよく経過部を過ぎていたが、やがてホルンとオーボエによるのどかな第二主題がゆったりとしてよく響く弦楽器のピッチカートに支えられながら爽やかに提示され、大らかな気分になってから次第にクレッシェンドを重ねて頂点に達して第一提示部を終えていた。しかし、そこでのトリルとシンコペーションの響きは重々しく実にゆったりとした広がりを持って聞こえていた。続いて独奏ヴァイオリンとヴィオラがオクターブで見事な輝くようなアインガングを奏して第二提示部が開始されると、オーケストラが第一主題の冒頭部を提示し、スターンがソロで明るく登場し、続いてヴィオラの川崎もソロで呟くように登場して、二人は息が合ったように合奏していた。そして独奏ヴァイオリンが第三の主題を提示すると独奏ヴィオラがこれを引き継ぐよう模倣しており、続いてスターンが次のパッセージを提示すると、川崎がそれを美味く模倣すると言うように進んでいた。さらに独奏ヴァイオリンが第四の主題を歌い出すと、それを模倣する独奏ヴィオラをさえぎるようにスターンが次のパッセージを展開し、ヴィオラもそれに続いていたが、それに独奏ヴァイオリンが重なるようにして二人は合奏を始めていた。そして途中から交互に追いかけ合ったり、合奏したりして互いに絡み合いながら進行し、コーダに入ってオーケストラが力強く進行し第二提示部を盛り上げていた。





      展開部では独奏ヴァイオリンが新しい主題を提示しヴィオラが繰り返した後、両楽器が速いパッセージで活発に追いかけ合いが始まり、後半にはピッチカート伴奏で追いかけ合いと模倣のし合いが始まって技巧的な展開を行っていた。再現部では冒頭の第一主題で始まり、アインガングではヴィオラから始まっていたが、第三の主題では当然のようにヴィオラからヴァイオリンに受けつがれ、第四の主題に次いで第二の主題の順に再現され、この曲独自の構成で二つの独奏楽器は提示部と対等に主題が再現されていた。最後のカデンツアは新全集のスコアに示された通りであったが、ヴァイオリンとヴィオラが互いに競い合ったり合奏したりする美しいもので、二人の呼吸がピッタリ合った見事な演奏であったが、最後のアダージョの部分ではひときわ入念に合奏がなされていた。







             第二楽章では、スターンはオーケストラと向き合って、一呼吸おいてからオーケストラと一緒に物憂げな静かな第一主題を弾き出したが、途中から客席の方を向いて、独奏ヴァイオリンで主題を変奏しながらうっとりした表情で第一主題を弾き出した。やがて独奏ヴィオラもすすり泣くように弾き出し変奏しながら繰り返していた。続いて短い第二主題になって独奏ヴァイオリンが弾き出すと、独奏ヴィオラがこれを追い掛けるように弾き始め、二人は互いに顔を見合わせながら競い合っているように進んでいた。スターンと川崎はお互いに細心の注意を払いながら、優しい音色を合わせながらゆっくりと進んでいた。やがてオーケストラが間を取ってから、両楽器は半小節遅れのカノン風に進んでしばらく合奏となり、続いてホルン伴奏でヴァイオリンのフレーズを今度はヴィオラが一小節遅れでカノン風に追いかけるように進んでトリルで合奏してから、トウッテイとなって提示部が終わっていた。



どうやら展開部はなく、再び冒頭の第一主題が今度は独奏ヴァイオリンにより変奏しながら再現され、独奏ヴィオラも変奏しながら続き、やがて合奏になって変化を見せていた。美しい第二主題に入ってからは、追い掛け合ったり、模倣のし合いを繰り返し対話しながら進んで、提示部の単なる繰り返しではないいろいろな変化のある再現部となっていた。カデンツアでは、スコア通りに第一ヴァイオリンから始まり、ヴィオラがカノン風に続き、両楽器が重音で重なるように進む繊細な美しいものであった。ヴィオラの川崎はヴァイオリンに負けないようにいつも懸命な様子が窺われたが、ヴァイオリンのスターンは常にゆとりがあり、柔らかく滑らかな音色で常に先行しており、スターンの円熟さが目についた。この演奏では、この楽章の憂いに溢れる表情豊かな美しさには格別のものがあり、二つの楽器が実に落ち着いて綿々と進行する姿には深く感動させられた。



         第三楽章はA-B-A-B-Aのロンド形式であるが、Aの部分がロンド主題で始まるオーケストラのパーツとソロが活躍するパーツに別れて長大であり、快活に躍動するプレストのロンド主題が三度現れてフィナーレを構成していた。スターンはここでも最初の一振りを指揮をするように開始していたが、彼は続けてオーケストラのロンド主題を一緒に弾き出していた。繰り返された後オーボエとホルンが響き出して軽快に進行するが、二人のソリストはここでもオーケストラに加わって活発に進行してから、ホルンが明るく響きオーボエが繰り返す素敵なファンファーレが鳴り響きオーケストラの部分が終結していた。そこで独奏ヴァイオリンが登場し、新しい第二の主題を提示してから独奏ヴィオラがこれを引き継いで進んでいた。続いてトウッテイのあとに独奏ヴァイオリンが新たな主題を弾き出し、二人が交互にひとしきり弾き合ってから、独奏ヴァイオリンによるBの部分が始まった。ここではヴァイオリンとヴィオラが新しい第三の主題を互いに追いかけるように交互に目まぐるしく進行し、最後には二人の重奏のような形で収束していた。
      再びロンド主題が両楽器で登場してから、今度は主役が入れ替わって独奏ヴィオラが直ぐに第二の主題を提示して行き、独奏ヴァイオリンが引き継いでから、ヴィオラが第一の主題に次いで第三の主題を提示し、独奏ヴァイオリンと交互に追い掛け合いながら素晴らしい展開を見せていた。最後にロンド主題が両楽器で登場してから新たな展開を見せているうちに、あの印象的なホルンのファンファーレが聞こえてきて独奏ヴィオラが、続いて独奏ヴァイオリンがそれぞれクレッシエンドしてそれぞれの頂点に達してからコーダで結ばれ終結していた。素晴らしく軽快なプレストであり、一気呵成に頂点にまで登りつめた厚みのある終楽章であった。



           演奏が終わると、凄い拍手が湧き起こり、ソリスト二人は満面の笑みで互いに握手をし、コンサートマスターとも挨拶を交わしていたが、そのうちにオーケストラ全員が立ち上がって、観客の拍手に応えていた。ここでソリスト二人は退場していたが、拍手は続いていたものの映像はこれで終了となっていた。この曲は三つの楽章を通じて、モーツァルトの湧き出るような楽想の連続という感じの曲であり、豊富な美しいメロデイがあふれ出し、ヴァイオリンとヴィオラが独奏したり重奏したり、追い掛け合ったり対話を楽しんだりして変化に富んでおり、優しいスターンと几帳面な川崎の先生と生徒を思わせる睦まじい演奏に見えていた。この曲には、かねて名演奏が揃っているが、この演奏もその中の特色ある一つと思われた。

      この曲の演奏記録を見ると、スターンには日本で二つの映像が残されているが、私は今回のスターンの心温まる穏やかな演奏しか記憶になく、最初に取り上げたのであるが、スターンが各楽章を通じて最初の一振りで指揮をするように入り、とても人柄があふれ出るようにスターンのペースで進めていく演奏はこれが初めてであり、さすが巨匠の演奏や指導力はひと味違うと感じさせた。スターンのヴァイオリンの音色が柔らかくテンポも穏やかで、川崎のヴィオラもそれに合わせたスタイルで、オーケストラもそれと一体になったアンサンブルの豊かな演奏であって、全体としては堂々としてまとまりある演奏であった。オーケストラの面々も、ソリストの一員として活躍している顔ぶれも多く、地方の演奏会としてはとてもレベルの高いコンサートと思われ、舞台裏の徳永さんや、加藤さんなどは音楽祭を継続するため大変であったと思われる。
       今回はこれら二つの協奏交響曲を同時に取り上げたが、演奏のスタイルが異なる二つの特色ある演奏をご紹介できて嬉しく思っている。譜面と首っ引きで演奏をチェックしていたが、この曲は実に丁寧に作曲されており、カデンツアなどは実に込め細かく手が入っているのに気がつき、改めて驚かされた。

(以上)(2014/10/10)


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