(最新のHDDから;サイモン・ラトルとベルリンフイルの三大交響曲)
14-1-1、サイモン・ラトルとベルリンフイルの後期三大シンフォニー;交響曲第39番変ホ長調K.543、交響曲第40番ト短調K.550、交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」、2013年8月28日、ルツエルン・カルチャー&コンヴェンションセンター・ホール、2013ルッツエルン音楽祭より、
 

−後期の三大交響曲を一つのコンサートでまとめて演奏する試みが、久しぶりで行われ、ラトルのきびきびとしたピリオド奏法的な指揮振りが良く目立ち、新鮮な印象を受けた。三曲をまとめて聴くと、それぞれが独立した名作だけに、充実感があり、39番では早めのテンポで軽快に進めており、ベルリンフイルの響きも壮麗で豊かな感じがする後味の良い素晴らしい演奏であると思った。40番では冒頭の爽やかな速いテンポの壮麗さが一貫して全体に及び、明るく疾走するト短調の雰囲気であった。最後の41番は、最初から堂々として力で押すタイプの仕上がりを見せ、さすが伝統あるベルリンフイルの響きであると思わせる壮大なフィナーレを持った、総仕上げのジュピター交響曲になっていた。ラトルのこれからのこの分野での活躍が非常に期待される−


(最新のHDDから;サイモン・ラトルとベルリンフイルの三大交響曲)
14-1-1、サイモン・ラトルとベルリンフイルの後期三大シンフォニー;交響曲第39番変ホ長調K.543、交響曲第40番ト短調K.550、交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」、
2013年8月28日ルツエルン・カルチャー&コンヴェンションセンター・ホール2013ルッツエルン音楽祭より、
、 (2013/12/15、CS736CH、HDD-2により三倍モードにより録画)

   2014年1月号の第1曲目は、後期三大シンフォニーである交響曲第39番変ホ長調K.543、交響曲第40番ト短調K.550および交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」を、サー・サイモン・ラトルとベルリンフイルが2013年8月28日ルツエルン・カルチャー&コンヴェンションセンター・ホールで演奏した最新放送を、ここにお届けしたい。ラトルというと、ピリオド演奏系の指揮者であり、古典派は得意な筈であるが、彼のモーツァルトは極めて珍しく、このHPに初登場したのは、05年のジルベスター・コンサートであり、ラトルは実にきびきびした華やかなオール・モーツァルト・コンサート(6-2-1)を演じていた。このコンサートは、「フィガロの結婚」の序曲に始まり、アックスのピアノで「ジュノム」協奏曲、続いて「プラーハ」交響曲という有名曲が続き、このオペラの第4幕が演奏会形式で行われ、ペルドーノで終わるという楽しいものであった。(脱線したついでに、ここで歌っていたのはラトルお気に入りの若手歌手陣であったが、後で知ったのであるが、この時の異色のケルビーノのコジェナーが彼の奥さんであった。) 彼のモーツァルトの第2曲目は、昨年、NHKで集録したラトル指揮カーセン演出の最新の2013バーデン・バーデン復活祭公演の「魔笛」(13-6-3)であった。今回の後期三大交響曲のコンサートは、彼らしく意表を突いたオール・モーツアルトであり、恐らくシーズン開幕に向けて周到に用意されたものとして期待したいと思う。



   モーツァルトの三大交響曲によるコンサートについては、このHPでは、アーノンクール・ヨーロッパ室内管(1-4-2)およびウイーンフイルとの来日公演(7-3-1)の二回、ホグウッドの来日公演(1-7-1)、さらにスイートナーとN響との来日公演(10-6-1)などがあるが、いずれもライブ公演であるのが特徴であり、それぞれ持ち味を発揮した優れた演奏という印象がある。ライブ公演は、一楽章ごとに刻みながら録るスタジオ録音と異なって、演奏に流れがあり、当初からの意図を完結しようとする勢いがあるので、印象が異なる筈であろう。また、古楽器演奏の大家が揃って演奏しているのも面白く、作曲の経緯や演奏史の研究が進むにつれてこのような公演が多くなったのは明らかで、サイモン・ラトルが取り上げたというニュースを知らされたとき、思わず「やったな」と感じたものである。確かに、変ホ長調交響曲が完成したのは1788年6月26日であり、ジュピター交響曲が完成したのは8月10日であって、この僅か2ヶ月ほどの間にどういう変化があったのか、変ホ長調・ト短調・ハ長調という調性が異なり、楽器編成も異なり、それぞれ特異性を持った三つの交響曲が誕生している。しかし、性格が異なる三つの交響曲は、主題の動機、全体の構成法、和声法、個々の技法などでは驚くほどの類似性があり、それぞれの作品に多様性と統一性を与えているのは多くの人が認めているところである。三つの交響曲を、同時に演奏したいという指揮者の意図は、この問題に対するそれぞれの理解や解釈を、演奏で示そうという試みに違いないと思われる。今回のラトルの演奏は、2013年8月28日にルッツエルン音楽祭における演奏会であり、ベルリンフイルとしては、2013/14シーズンの開幕を告げる意欲的なコンサートであった。音楽祭でお馴染みになったコンヴェンション・ホールの広い舞台には、コントラバスが3台をベースに構成された二管編成の中規模なオーケストラが横長に配置され、アバドがよく演奏するルッツエルン祝祭管弦楽団とは規模においてかなり縮小されていた。

   今回のコンサートの第一曲目は、交響曲第39番変ホ長調K.543となるが、さらりと全体を聴いた限りでは、序奏部の扱いは速めのテンポでテインパニーがよく響き、下降する弦が早めの典型的なピリオド奏法であり、ソナタ形式の各主題も速めのテンポですいすいと伸びやかに進められていた。ソナタ形式での繰り返しは丁寧に行なわれ、提示部でも、また、第4楽章の最後の再現部でも繰り返されて古楽器スタイルを通していたが、さすがモダン楽器のベルリンフイルは、弦の爽やかさにも、また、重量感のある力強さにもそれが溢れており、フルートやクラリネットもよく響き、伝統的な重厚な感覚の豊かな充実した響きをも兼ね備えた立派な中庸を得た演奏に聞こえていた。



       第一楽章はテインパニーが響く壮大なアダージョの序奏で始まるが、ラトルは堂々たる付点リズムを持った大和音とさらりとした下降音階を伴った弦の流れとで序奏を開始した。そして付点リズムの和音を強調しつつもその間を埋める32分音符の下降する弦は、それほど早くなく静かに進行させる独自の古楽器奏法で序奏部を進めており、早めにテインパニーがリズムを刻み、フルートと弦とが対話しながら次第に盛り上がりを見せつつ進行し、終わりは堂々たる大和音の連続で穏やかに明るく序奏が結ばれていた。
   堂々たる序奏に続くアレグロでは3拍子の第一主題が、早めの弦楽器で軽快に提示され木管も加わって勢いよく進んでから、「英雄」交響曲を思わせる力強いファンファーレが堂々と開始され、ラトルは序奏に見られた和音と下降音階との整然とした動きを再現するかのように勢いよく進行させ、小気味よい響きはエネルギーに満ちていた。やがて結尾主題に続いて現れる第二主題も第一ヴァイオリンにより歌うように提示され、木管との優美な対話が一きわ冴えて、ピッチカートを伴った厚い響きも豊かに進んで盛り上がりを見せていた。ラトルはここで主題提示部を繰り返して、再び颯爽としたアレグロに戻って、ひとしきり高揚してから充実した響きを見せ、展開部へと一気に突入していた。展開部では結尾主題が何回も執拗に繰り返され力強く展開されて再現部へと移行していた。ラトルは再現部においても、終始、軽快さと堂々とした力強さを持って型通り進んでいたが、この曲のダイナミックな迫力を強調させた緩急自在な力強い演奏を見せてしっかりとこの楽章を収束していた。



   第二楽章では、アンダンテのゆっくりした楽章であり弦楽合奏の美しいメロデイでゆったりと始まる。曲は二部分型式か、三つの主題から構成されており、譜面を見ると提示部の前段に繰り返しが二つあり第一の主題を構成しているが、ラトルは二つの繰り返しを丁寧に演奏していた。続いて木管の導入に導かれて弦4部が第二の主題を波を打つように力強く提示していき、管と低弦との見事な対話がひとしきり繰り返されて頂点に達してから、ファゴット、クラリネット、フルートが互いに重なり合って第三の主題を提示して、前半の第一部を形成していた。第二部では第一の主題が第一部同様に弦楽合奏で始まるが、直ぐに管楽器の合奏が加わり、次第に弦楽器群と管楽器群が交互に波を打つように進行し始めた。第二の主題も変形されて弦楽器群と管楽器群が交互に力強く進行し、終わりに第三の主題が管楽器群により互いに重なるようにカノン風に現れて素晴らしい合奏を行って頂点に達していた。そして最後に第一の主題に戻って静かに歌われてからこの楽章は終息していた。ラトルは、柔軟に動かす手振りと豊かな顔の表情でこの美しい楽章をこなしていたが、弦と管との互いに歌っては返す波のようなアンサンブルが素晴らしくうっとりさせられる見事なアンダンテ楽章であった。



   続くメヌエット楽章では、ラトルは早すぎるようなテンポで颯爽と厚みのあるメヌエットを進行させていた。このメヌエット部分の壮麗さと対照的にトリオでは二つのクラリネットの美しいデユオにフルートが加わって素晴らしい響きを聴かせていたが、繰り返しの後、再びメヌエット部分が新たに再現されていた。しかし、ジェフェリー・テイトのようにここでのメヌエット部の繰り返しは行われていなかった。
   フィナーレはアレグロの早い出だしの第一主題で軽快に始まり、これまでの楽章と一転しフルオーケストラで明るく躍動するように進行していた。ラトルはこの速い動きも体を余り動かさず手を軽く動かすだけで進めており、始めの主題から派生した第二主題を、同じテンポで軽快に進め、フルートとファゴットの美しい対話を経て盛り上がりを見せて提示部を終えていたが、直ちに繰り返されて、勢いを増しながら再び、見事な疾走するアレグロを再現させていた。続く展開部では冒頭主題の旋律を繰り返し展開していたが、高弦と低弦とが追いかけ合い鋭く対立しながら波を打つように繰り返し進行していた。再現部では早い出だしに戻って、始めの通り疾走するテンポで軽快に型どおり進めていたが、ラトルは再び展開部に戻り、力強く繰り返しを行っていた。ここでは最初のアレグロが勢いよく再現され、全体が疾風のように一気に駆け抜けるように演奏され、充実した響きを見せながらこの楽章を見事に完成させていた。

   全楽章を通して聴いてラトルの演奏は、早めのテンポで軽快に進めており、ベルリンフイルの響きも壮麗で豊かな感じがする後味の良い素晴らしい演奏であると思った。比較の意味で聴いたワルターやクーベリックのような大袈裟な素振りはなくすっきりしており、モダン楽器による伝統的な響きに古楽器演奏の軽快さと強弱の変化の激しさを加えたような二つの奏法の中間を目指しているような演奏に聞こえており、ホグウッドやアーノンクールとも異なる独自の充実したしっかりした良い演奏をしていると思った。

   第2曲目は交響曲第40番ト短調K.550であるが、全体を一聴した限りでは、冒頭の爽やかな速いテンポの壮麗さに驚いているうちに、第二楽章も早めに推移し、第三楽章もフイナーレも速いテンポで一気に進み、素晴らしい勢いで進む疾走するト短調と言った印象を受けていた。テンポの速さで驚いた演奏には、ベルリンフイルのオーボエ奏者で指揮者でもあったシェレンベルガーとN響の06年の演奏(8-5-1)があり、驚くほど早いテンポの繊細で軽やかな演奏だったので良く記憶している。今回のラトルの演奏は、それほどでないにしても、明るく疾走するト短調の雰囲気は共通であったが、クラリネットが入った第二版を採用していたことが大きく異なっていた。



    第一楽章はモルト・アレグロで波を打つような弦楽合奏の第一主題がやや早めのテンポで軽快に始まる。やがて、管楽器と弦との応答があってから再び第一主題が明るく繰り返されるが、今度は管楽器も加わって力強く進行していた。一休止の後に第二主題が始まるが、クラリネットとファゴットが明るさを増すように活躍をし始め、弦と交互に競い合い、さらに合体して勢いを増し、次第に高揚して提示部の高みに到達していた。ラトルはここで再び冒頭に戻り、全体を明るく流麗に進行させていた。展開部では、第一主題の冒頭の導入主題が繰り返し入念に展開され、さらに同じ主題がうねるように対位法的に同じテンポで展開され次第に力を増しながら進み、この主題だけで長い展開部が形成されていた。再現部に入り再び冒頭主題が流れるように再現されていたが、長い展開部の勢いが残されているかのように、経過部を中心にかなり拡大されながら進行していた。ラトルの自由に体を動かして両腕の振りと顔の表情で指揮をする姿が印象的で、この楽章は全く淀みなく進行し、明るく疾走するオーケストラの流麗な動きが全体にみなぎっていた。



   第二楽章のアンダンテでは、やはり幾分早めのテンポで始められ、美しい弦楽合奏の第一主題が珍しくホルンの伴奏で始まっていたが、主題の後半に現れる32分音符の休止を挟んだ3度動機のフレーズが実に美しい。そしてこの動機が推移部を支配しており、弦から管へ、管から弦へ、クラリネットを中心に上昇したり下降したりして、うねるように繰り返されて美しく進んいた。やがて、第二主題に入って美しい弦楽合奏が開始されても、管楽器が加わってくるとこの特徴あるフレーズが、余韻のように響いていた。ラトルは再び冒頭に戻って繰り返しを行い、丁寧にこの独特な装飾効果を楽しんでいるように見えたが、展開部に移行してもこのフレーズが合奏で力強く弦から管へ、管から弦へと移行して、上昇したり下降したりしながら展開されていた。これらの弦と管の合奏のアンサンブルの美しさは、再現部に入っても、実に快く印象的に響いており、ラトルは実に丁寧に、時にはおどけるような表情を見せながら、繊細できめの細かな美しさを浮き彫りにしようとしているように見えた。
第三楽章のメヌエットでは、実に速いテンポで出だしの三小節のフレーズがカノン風に何回も繰り返されて進行し、ラトルは次第に力強く三拍子を刻んで躍動感が溢れるようにぐいぐいと進めていた。対照的にトリオでは、ほぼ同じテンポで弦楽合奏で始まり、木管三重奏が現れて美しさを強めていたが、繰り返しの後は木管の三重唱の後にホルンの二重奏が響きだし、終わりには見事な管楽四重奏で打ち上げるなど弦と管のアンサンブルの対照の妙が光っていた。



   フイナーレ楽章では、ソナタ形式のアレグロ・アッサイで始まる第一主題がスピード感を持って軽快に進められており、まさに疾走するアレグロとなって、流れるような見事な弦楽合奏を繰り返していた。やがて穏やかな第二主題が弦楽合奏で始まって淀みなく進行するが、中間でクラリネットが明るく歌い出して第二版の特徴を浮き彫りにさせていた。ラトルはここでも提示部を繰り返して、スピード感を高めていたが、展開部に突入しても、冒頭の疾走する主題が弦でも管でも執拗に繰り返し展開されており、ホルンのファンファーレが鮮やかであった。再現部に入っても全体としては軽やかさが確保されており、爽やかな疾走感でこの楽章を盛り上げつつ穏やかに終結していた。

    全楽章を通して聴いてラトルの演奏は、速めのテンポに戸惑いつつも、爽やかさに満ちており、中規模のオーケストラが幸いしてか、弾むような軽やかな疾走感が全体を通じ支配していた。前後の二つの交響曲が、テインパニーやトランペットなどを持つ重量級であるのに対し、この両曲に挟まれたト短調交響曲では、ラトルは意識的に軽やかさや明るさを持った疾走感の溢れる淡々とした演奏に徹したのかも知れない。



    続く第三曲目は交響曲第41番ハ長調「ジュピター」であり、これまで続けて通して聴いて来た限りでは、最初から堂々として、力で押すタイプの仕上がりを見せたジュピターで、さすが伝統あるベルリンフイルの響きであると思わせる壮大なフィナーレとしての総仕上げの交響曲となっていた。

    第一楽章は、フルオーケストラによる堂々たる三つの和音で開始されるが、ラトルの出だしのオーケストラの響きは、低い音から高い音まで厚みのある響きを持ったオーソドックスな始まりであり、アレグロ・ヴィヴァーチェの第一主題は実に力強く進行していた。フェルマータのあと、フルートとオーボエが二重奏で主題を変形しながら軽快に繰り返され、躍動するように進行し、これが「ジュピター」であると感じさせる堂々たる経過部が続いていた。続いて第一ヴァイオリンが第二主題を軽快に提示して、繰り返しなが進んでから小休止の後、突如として大音響とともに激しくオーケストラが爆発するが、ラトルは悠然として先へ先へと進めていた。そしてピッチカートに導かれて軽快に楽しく流れる副主題が流れ出し、全体を収めるように終息していたが、ラトルは再び冒頭から、厚みのある音で「ジュピター」らしさを示そうとばかりに繰り返しを行っていた。

    展開部では前半が先の軽快な副主題が様々な形で展開され、後半では冒頭の主題が弦と木管が交互に主題を変形しながら繰り返し展開され、分厚い音の響きが非常に頼もしく聞こえていた。続く再現部では、ほぼ型通りに第一主題・第二主題と再現されていたが、一呼吸をおいた小休止の後の大爆発では、提示部よりも堂々と激しく再現されており、ラトルは後半が盛り上がる「ジュピター」らしさを、ここで発揮しようとしているかのように思われた。

   第二楽章では、厳かな感じの美しい主題が第一ヴァイオリンで静かに提示され淡々と進むが、オーケストラの流れが厚くて重厚な響きのアンダンテ・カンタービレとなっており、木管群も弦楽器に応えるように対等に音を響かせていた。続く第二主題も重々しく弦がうねるように進行するが、木管も負けじとこれに参加しフルートもファゴットも存在感を示すように歌っていた。ラトルは珍しく提示部の繰り返しを省略し、展開部では第一主題の後半の副主題が展開の対象となり、弦がこだまするように繰り返し展開されていた。再現部では第一主題の冒頭が第一ヴァイオリンで呈示された後、突然に低弦が32分音符のうねるような流れを示し、これが第一ヴァイオリンに移行してから、第一・第二ヴァイオリンが、続いてヴィオラと低弦が唸りだし、交互にうねるように変奏されていた。続く第二主題も第一ヴァイオリンから木管も加わって提示部と異なる変奏を見せていたが、楽想の豊かさが見事に反映された例として印象深かった。ラトルは、この再現部の弦の豊麗な32分音符の流れとフルート・オーボエ・ファゴットなどとの対話の部分を、第二の展開部のように重厚に進めていたが、スコアを追いながらこのジュピター交響曲ならではの凄さを感ずることが出来た。



   一方の第三楽章のメヌエットでは、ラトルは比較的早めのテンポでメヌエット主題をリズミックに颯爽と進め、木管が一頻り歌い出しホルンやトランペットが鳴り響く場面もあって、ここでも壮麗なメヌエットの世界が繰り広げられていた。トリオでも同じような早いテンポで、フルートの出だしのあとにオーボエと弦が合奏するユーモラスな場面が繰り返された。そのあとに第一ヴァイオリンと木管や金管全体が和音を合奏しながら流して趣を変えてから、再びリズミックなメヌエット主題に戻っていた。



   フィナーレはド・レ・ファ・ミの四つの音から作られるモルト・アレグロの堂々たるフーガ主題に始まり、続く威勢の良い主題が繰り返されていくごとに、次第に元気良く高められていき、壮大なドラマが造り上げられていた。ラトルはこのフィナーレではテンポを一層早め、全身を使ってこのオーケストラを盛り上げるように力を込めて指揮をしており、オーケストラもこれに応えるように堂々たる響きを聴かせていた。展開部では冒頭主題によるフーガ的展開が、丁寧に、繰り返し繰り返し行われ、壮大さを次第に高めていた。再現部では、この壮大なフィナーレの主題がオーケストラ全体の圧倒的な力で盛り上がりを見せて、高揚しながら高らかに終結していた。そこではブラボーのかけ声とともに、もの凄い拍手が湧き起こり、コンヴェンション・ホールは拍手の渦で湧き上がるような様子であった。ラトルは何回も呼び出され、その都度客席に向かって挨拶を繰り返していた。これはラトルの人気の高さを印象づけるとともに、熱演の余韻が残るようなコンサートであったことを如実に示していた。

    全楽章を通して聴いてラトルの演奏は、早めのテンポ感で引き締まった壮麗で豊かな感じが溢れた「ジュピター」であり、ベルリンフイルがしっかりとラトルを支えた素晴らしい演奏であると思った。
    後期の三大交響曲を一つのコンサートでまとめて演奏する試みが、久しぶりで行われ、ラトルのきびきびとしたピリオド奏法的な指揮振りが良く目立ち、新鮮な印象を受けたコンサートであった。三曲をまとめて聴くと、それぞれが独立した名作だけに、充実感があり、モーツァルト好きを喜ばせるコンサートになっていた。後期の三大交響曲の演奏には、最近ではプレヴィン・N響の第38番・第39番・第40番の演奏(10-1-1)があったが、この時のフィナーレのト短調交響曲の演奏がプレヴィンらしくゆっくりしたテンポで優雅に歌わせるフィナーレ交響曲として印象的であり、私は大好きであった。これは今回のラトルのト短調の演奏とは全く対照的にスタンスが大違いであったが、矢張り三曲の取り上げ方、まとめ方の違いにより、同じ曲でも演奏のスタンスが大きく影響されるものと思われた。

   最近のラトルは、クラシカ・ジャパンの放送において、これからの時代を牽引するマエストロ5の一人に位置づけられ、最近の活躍が著しいが、2013年バーデンバーデンにおける復活祭公演でベルリンフイルを指揮して「魔笛」を演奏しており、そのDVDが新春の2014年レコード芸術1月号で特選盤になったりして、一段と注目されている。アーノンクールやプレヴィンなどのモーツァルトを得意にしている指揮者の高齢化が著しいので、ラトルのこの方面の今後の活躍が期待されている。

(以上)(2014/01/07)


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