(最新のDVD記録から;ジャン・ピエール・ランパルの芸術;K.314&K.313)
13-9-1、ジャン・ピエール・ランパルによるフルート協奏曲第2番ニ長調K.314およびフルート協奏曲第1番ト長調K.313、アレクサンダー・ブロット指揮マックギル室内管弦楽団、1966年2月24日放送、ラジオ・カナダ、

−今回のランパルの演奏は、実にスピード感に満ちており、生き生きとして軽快そのものの印象であり、映像で見ると独奏フルートとオーケストラの掛け合いが良く分かり、アンサンブルを重視した演奏であると思われた。この映像は、本来、ランパルの華やかな自信に満ちた名人芸を楽しむべき最盛期の映像なのであるが、残念ながら白黒の古い画質や音質のため、写っているという記録的な意味しか持たないのは残念であった−

(最新のDVD記録から;ジャン・ピエール・ランパルの芸術;K.314&K.313)
13-9-1、ジャン・ピエール・ランパルによるフルート協奏曲第2番ニ長調K.314およびフルート協奏曲第1番ト長調K.313、
アレクサンダー・ブロット指揮マックギル室内管弦楽団、1966年2月24日放送、ラジオ・カナダ、
(2013/06/28銀座山野楽器店で新規入手DVD、Radio-Canada、VAI-DVD4227)

     9月号の第1曲目は、最近亡くなったフランスのフルートの巨匠「ジャン・ピエール・ランパルの芸術」と題して発売された最新のDVDであり、フルート協奏曲の第一番・第二番の演奏である。そのほかの収録曲には、バッハ、クープラン、ハイドン、ドビッシー、ボッケリーニなどの協奏曲が網羅された、ラジオ・カナダによる放送の映像記録であり、白黒ばかりの古い1956〜1966年にかけての映像であった。私のランパル(1922〜2013)の印象と言えば、ラスキーノと組んだフルートとハープの協奏曲のLPと、ピノックのチェンバロと組んだCD初期に録音されたソニーのバッハのフルート・ソナタ全集に感動した記憶があり、ランパルと言えば、モーツァルトの各曲よりもこれらのLPやCDを思い出してしまう。今回のモーツァルトの協奏曲は、手持ちではランパルの三度目の録音のようであるが、追悼記念として改めてこれらの曲を聴いてみたいと思う。



    映像は放送局の狭いスタジオ内であろうか、ステージ上の20人位の室内オーケストラを囲んで、大勢の観衆を前にして、ソリストのランパルが足早に登場してフルートのソロを演奏する形で、曲の紹介などはフランス語でアナウンサーにより行われる放送そのもの画面であった。
           最初に演奏されたのはフルート協奏曲第2番ニ長調K.314であるが、この曲のオリジナルは、オーボエ協奏曲ハ長調K.314であり、モーツァルトが間に合わせのためこれを編曲したものだという。新全集では、この曲がオーボエ版とともにフルート版が従来通りK.314として掲載されていたので、スコアを見ながら聴いてみた。同一K番号で2曲あることになるので、このHPでは、検索上、この曲をオーボエ協奏曲K.314と区別して、K.314-2として扱っている。

            この曲の第一楽章は協奏風のソナタ形式で書かれており、アレグロ・アペルトと指示されているように、明るくはつらつとした楽章である。軽快なお馴染みの第一主題がヴァイオリンとオーボエで提示されてから、続いて装飾音符のついた第二主題が弦楽器で歌うように調子よく軽やかに提示されてから、明快な分かりやすい終止主題が繰り返されて、簡潔にオーケストラによる提示部を終えていた。



             ここでランパルの独奏フルートが登場するが、オーケストラが第一主題を奏でている間に、独奏フルートが導入主題とともに高い二音を4小節に渡って吹き鳴らし存在感を示してから、直ちに独奏フルートが主題を引き継いで、16分音符の早いパッセージに入ってから、独奏フルートが導入主題を提示し、技巧的な早いパッセージで歌い出したり変奏したりして何度も反復していた。続いてゆっくりした第二主題がランパルの独奏フルートにより提示されるが、ランパルは、この装飾のある主題を歌うように明るく提示しており、ひとしきり技巧的な素晴らしいパッセージを示してから、特徴のある独特な終止主題を経て展開部に突入していた。展開部では独奏フルートが先の導入主題を何回も繰り返すようにして進行し、やがて早いパッセージを繰り返す短いものであった。再現部は独奏フルート主体で、変奏された第一主題が暫く続いてから第二主題が再現されて、型通りに進行していた。カデンツアは冒頭の導入主題をもじった高度な技巧を要するもので、ランパル独自の自由な創作によるものと思われた。

          第二楽章はアダージョ・マ・ノン・トロッポの弦楽器のユニゾンの荘重な導入主題で開始されるが、直ぐにランパルの独奏フルートが明るく輝くような第一主題を提示しながら歌い継いでいく。続いて第一ヴァイオリンと独奏フルートとがかけ合うような美しい第二主題が始まるが、いつの間にか独奏フルートが主体になって美しいパッセージを繰り広げる穏やかなアダージョとなっていた。ランパルの独奏フルートは、輝くように装飾をしたり変奏をしたりゆっくりと進めながら、巧みに技巧の冴えを明確に示していた。短い10小節ほどの中間部を経て再現部に入り、冒頭のアダージョの主題で始まるが、いきなり変奏された第二主題が主体になって進み、珍しく再現部では第一主題は省略されていた。ここでもカデンツアを用意されておりランパルはタップリと技巧を示してから、最後には冒頭の叙情的な主題で静かに結ばれていた。



           フィナーレはRONDEAUと書き込まれたアレグロ楽章であるが、主題の提示の仕方から言えば、モーツァルトに良くある変則的なソナタ形式。曲はご存じの独奏フルートがいきなり飛び出す軽快なロンド主題で明るく始まり、トウッテイで力強く反復されていた。この主題は曲の進行とともに何回か顔を出すが、モーツァルトはこの主題をオペラ「後宮」の12番のブロンテのアリア「何と言う喜び」に巧みに転用しており、明るいモーツァルトの代名詞とも言える曲。続いてオーボエとホルンに導かれて独奏フルートが新しい経過的な主題を提示てから、ヴァイオリンが第二主題を提示して、独奏フルートがこれを引き継ぎ、ひとしきり歌ってからそのままコーダを経て主題提示部が終わっていた。
                    続いて中間部では、独奏フルートが第一主題の変形とも言えるパッセージを続けてから、再びオーボエとホルンに導かれて独奏フルートが経過的な主題を提示し、独奏フルートがそのまま華やかなパッセージを続け、フェルマータで一呼吸し再現部に突入していた。再現部では、独奏フルートが冒頭主題を明るく提示し、トウッテイで繰り返してから直ちに独奏フルートが第二主題を提示し、そのまま明るく目まぐるしく変化したパッセージを重ねてフェルマータに入りカデンツアになっていた。ランパルはここでも早いカデンツアを豊かな技巧を見せながらこなしてから、もう一度独奏フルートで明るく第一主題をこなしてからコーダで結ばれて終結していた。

             このランパルの演奏は、自信に満ちた表情で各楽章で出てくる長い技巧的なパッセージを無難にこなしており、テンポ感も良く、明るく伸び伸びした演奏であった。しかし、実に古い録音なので、映像も判然とせず、また音声も貧しくて、映像としての魅力はなく、ランパルの技巧や存在を示す記録的な意義に止まるものと思われた。この曲は、最近はオーボエ協奏曲として演奏される方が多くなったが、私には、オーボエ協奏曲として聴くよりも、昔ながらの懐かしいフルート協奏曲の第2番として聴く方が楽しく聞こえていた。新全集以来、こういう古い演奏でしかフルート協奏曲第2番を聴けなくなってきたことは、私には残念な気がする。

               第二曲目のフルート協奏曲の第一番ト長調K.313(285c)は、マンハイム滞在中に書かれたオリジナルの作品であり、広く親しまれている作品である。曲の全体構成は、第一楽章はアレグロ・マエストーソ、ト長調、四分の四拍子で、協奏風ソナタ形式である。第二楽章はアダージョ・マ・ノン・トロッポ、ニ長調、四分の四拍子、ソナタ形式で書かれ、第三楽章はロンド、テンポ・デイ・メヌエット、ト長調、四分の三拍子でロンド形式で書かれている。第二楽章だけが2オーボエから2フルートに置き換えられる。フルートの音域が完全に駆使されており、旋律も伸びやかでフルートを生かした親しみやすいものである。



              指揮者とソリストが入場して直ちに第一楽章がオーケストラで始まり、アレグロ・マエストーソの堂々たる第一主題がトウッテイでフォルテで明るく開始され、ピアノで反復され経過部をたどっていた。続いて弦によりピアノで第二主題が提示され、短いコーダでオーケストラによる最初の提示部を終えていた。ここで独奏フルートが待ちかまえたように登場して明るく第一主題を提示し、オーケストラと華やかに対話してから、独奏フルートが踊るような新しいエピソードを提示してフルートが華やかに速いパッセージを繰り返しながら進行していた。このランパルの独奏フルートはスピード感に溢れ、軽やかで明るく、さすがと思わせる熟達した技巧の冴えを示していた。やがて独奏フルートと弦で落ち着いた短い第二主題が提示され、オーケストラに渡されたあと独奏フルートが華やかにパッセージを繰り広げて展開部へと突入していた。
              展開部ではトウッテイで第一主題の冒頭部が執拗に繰り返されてから、独奏フルートがコーダの早いパッセージを繰り返して、ランパルの独奏フルートが技巧を誇示しながら独奏体制となっていた。再現部では第一主題が最初はオーケストラで示されるが直ぐに独奏フルートが置き換わり装飾を加えながら進行し、ここでも提示部と異なって独奏フルートのペースで終始していた。カデンツアはスピード感に満ちた装飾のタップリ着いた長大なもので、恐らくランパルの創作による高度な技巧を要するものであった。



               第二楽章はアダージョ・マ・ノン・トロッポとされており、弦楽器とホルンによるユニゾンの重厚な和音でゆっくりと第一主題が始まるが、いつの間にかヴァイオリンの他に二つのフルートが加わって美しい主題を提示していた。ホルンによる導入音形に誘われて独奏フルートがお馴染みの第一主題をここぞとばかりに歌い出し、弦と低弦のピッチカートが厳かに伴奏してランパルがひとしきり美しく歌ってから、独奏フルートがゆっくりと第二主題を提示する。独奏フルートとピッチカートがついた第一ヴァイオリンの掛け合いが続き、素晴らしいアダージョが続いていた。10小節の短い展開部が独奏フルート中心に現れて気分を変えてから、再び独奏フルートにより再現部の第一主題が歌われて、ほぼ型通りに推移し再現されていた。ここでも技巧を発揮した長いカデンツアが用意されていた。カデンツアの後でも、独奏フルートが顔を出し、再び第一主題を歌いながら曲を閉じるのが珍しかった。

            フィナーレのRONDOは、テンポ・ディ・メヌエットの軽快なお馴染みのロンド主題が独奏フルートによりピアノで飛び出してきて、これをトウッテイがフォルテで反復して始まった。経過部は弦楽器で進行し続いて独奏フルートに引き継がれて速い技巧的なパッセージが続く。譜面で追うとA-B-A-C-A-B-Aのロンド形式で進んでいた。第一の副主題が第一ヴァイオリンとピッチカートで提示され、これが独奏フルートとトウッテイとの掛け合いで進み、独奏フルートの華やかなパッセージが繰り広げられていた。再びロンド主題が独奏フルートで現れてから、いかにもモーツァルトらしい第二の副主題がソロと弦楽器で現れて、独奏フルートが華やかな技巧を示しながら、アレグロの軽快なロンド主題に戻っていた。実に明るく目まぐるしく変化していく多彩なロンド楽章であり、ランパルはいつも堂々としてスピード感を持ってこの早い楽章をこなしていた。



             このランパルの演奏は、実にスピード感に満ちており、生き生きとして軽快そのものであり、映像で見ると独奏フルートとオーケストラの掛け合いが面白く、彼はヴィルトゥオーソの人だと思っていたが、アンサンブルを重視した演奏でもあると思われた。第二番でも述べたが、この映像は、本来、ランパルの華やかな自信に満ちた名人芸を楽しむべき最盛期の映像なのであるが、残念ながら白黒の古い画質や音質のため、写っているだけの記録的な意味しか持たないのは、残念であった。映像で見る限り、ハンガリーの名手、ベーラ・ドラホスによる新しいフルート協奏曲全集(10-7-1)がおすすめできるDVDであると思われる。

      そのほかの収録曲には、バッハのフルート・ソナタBWV1020 のほか、ハイドンおよびボッケリーニのフルート協奏曲が珍しく、また、フランスのクープランの組曲やドビッシーのフルート独奏曲などが含まれていた。これらは初めて聴く、ランパルが得意にしている極めて珍しい曲であり、その意味でもフルート好きの方々には貴重な映像であろうと思われる。

(以上)(2013/09/06)



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