(新しいBDデイスクより;三つのヴァイオリン・ソナタの演奏会記録)
13-8-3、
A、諏訪内晶子のヴァイオリンとココラ・アンゲリッシュによるヴァイオリン・ソナタ変ロ長調K.454、
2008年4月10日サントリ−ホール、
B、クルト・グントナーのヴァイオリンと藤原由紀乃のピアノによるヴァイオリン・ソナタイ長調K.526、2006年6月2日、トッパン・ホール、
C、セルゲイ・ハチャトリアンとルミネ・ハチャトリアン姉弟によるヴァイオリン・ソナタ変ロ長調K.378、2006年4月20日、王子ホール、

−諏訪内晶子のソナタK.454は、恐らく完璧な出来でさすがと思わせたが、第2楽章が割愛されたのは極めて遺憾であった。グントナーと藤原亜紀乃は、曲の選び方にもよるが、技術的な限界が見え、もっと楽しく豊かに演奏して欲しかった。ハチャトリアン姉弟のK.378は、若さや小さなミスが目立っていたが、この曲の持つ弾むような春の明るさでは、どの演奏にも引けを取らぬ好感の持てる演奏であった−

(新しいBDデイスクより;三つのヴァイオリン・ソナタの演奏会記録)
13-8-3、
A、諏訪内晶子のヴァイオリンとココラ・アンゲリッシュのピアノのデユオ・リサイタル、ヴァイオリン・ソナタ変ロ長調K.454、
2008年4月10日サントリ−ホール、
B、クルト・グントナーのヴァイオリンと藤原由紀乃のピアノのデユオ・リサイタル、ヴァイオリン・ソナタイ長調K.526、2006年6月2日、トッパン・ホール、
C、セルゲイ・ハチャトリアンのヴァイオリン・リサイタル、ピアノ;ルミネ・ハチャトリアン、ヴァイオリン・ソナタ変ロ長調K.378、2006年4月20日、王子ホール、
(A.2008/06/23、BSクラシック倶楽部放送をBD03.41に収録、B.2008/2/18、BSクラシック倶楽部放送をBD12.3に収録、C.2010/02/12、クラシック倶楽部放送をBD24.6に収録)

八月分の第三曲は、 いずれも最新のブルーレイ・デイスクに収録して以来アップする機会に恵まれなかったもので、今回は以下の三人の演奏によるヴァイオリン・ソナタの三曲である。いずれも、NHKのクラシック倶楽部でのコンサートで、第一曲として演奏され収録されたものであって、BDへの収録順になっている。ヴァイオリン・ソナタについては、このような紹介の仕方が、もう一度、予定できるものと考えている。


第一曲目は諏訪内晶子のヴァイオリンとココラ・アンゲリッシュのピアノのデユオ・リサイタルから、ヴァイオリン・ソナタ変ロ長調K.454であった。諏訪内さんがチャイコフスキー・国際コンクールで最年少ながら優勝したのは1990年のことであるから一昔まえのことになるが、今回、その円熟した姿を見せたのは、ドビッシーとブラームスの第3番のヴァイオリン・ソナタを演目とするサントリー・ホールのリサイタルであった。放送はNHKのクラシック倶楽部であり、収録時間が55分と限られているため、気になっていたが、実際に録画で確認すると、第一曲目のモーツァルトに限って、第二楽章が省略されていた。誠に残念であったが、お許し頂きたいと思う。
           第1曲目の変ロ長調K.454は、1784年4月21日のウイーンでの日付があり、残された譜面のヴァイオリンとピアノのインクの色が違っていることで有名なソナタである。これは、大急ぎで作曲された曲でピアノパートを書くヒマがなかった例とされ、マントヴァ出身の優れた女流ヴァイオリン奏者ストリナザッキとの協演は、ピアノパートは殆ど間に合わず、即興的な状態で初見で演奏されたという逸話が残っている。



           この曲の第一楽章はラルゴの序奏に始まるが、諏訪内のヴァイオリンとニコラ・アンゲリッシュのピアノとの力強い主和音の堂々たる合奏に続いて、諏訪内のヴァイオリンの明るい明解な音色とピアノの繊細なパッセージが程よく調和して、後期のソナタの二つの楽器の個性を際立たせた対等に近い関係と協奏的な広がりを感じさせていた。やがてアレグロの素早いヴァイオリンにより提示される爽やかな第一主題はピアノにより引き継がれ互いに交錯しながら進んでいたが、諏訪内のヴァイオリンがクリアーで、これを軽快に支えるピアノがぴったりと合って気持ちが良い。続く軽やかな第二主題に入って二つの楽器がかけ合いながら、美しい提示部を形成していた。ソナタ形式のこの楽章は、演奏では提示部が繰り返されていたが、二つの楽器はゆとりがあって伸びやかに全体が繰り返されて実に快い。短い展開部では二つの楽器は新しい主題で簡潔に趣を変えてから、再現部へと突入していた。ヴァイオリン・ソナタは、このHPでは久しぶりで登場していたが、澄んだヴァイオリンの音色と、転がるように弾むピアノの音色が良く解け合って、改めてこのソナタの新鮮な美しさを感じさせていた。



           この演奏では第二楽章が割愛されて、いきなり第三楽章が始まっていたが、このフィナーレはアレグレットの優雅なロンド形式か。ガボット風の軽やかな可愛らしいロンド主題が諏訪内のヴァイオリンで現れて、軽快に進行するうちにピアノでも繰り返されていた。そしてヴァイオリンとピアノとが絡み合って進行してから、最初のエピソードがピアノの先導でヴァイオリンにより開始されていた。続いてヴァイオリンとピアノでトリルとスタッカートで装飾された主題も現れてひとしきり進行してから、冒頭の可愛らしいロンド主題がピアノで回帰していた。第二のエピソードはピアノのおどけた伴奏でヴァイオリンが朗々と提示するもの。諏訪内のヴァイオリンが主人公のような存在感を示しながら進行して再びヴァイオリンによるロンド主題に戻っていた。続いて再び最初のエピソードが顔を出してひとしきり歌われてから、ロンド主題が最後に顔を出し、堂々たるコーダで結ばれていたが、269小節にも及ぶ長大なフィナーレとなっていた。

            この曲は、有能なヴァイオリニストとの協演を目途に作曲されているので、従属的な地位にあったヴァイオリンが、これまでの作品よりも意識的に重視されていることを感じさせ、ヴァイオリンが主導権を持って主題を提示することが多かったように思う。第二楽章が省略されたことは残念であったが、この曲の諏訪内晶子のヴァイオリンは完璧な出来であり、ふくよかな触りを持った美しい音色でさすがと思わせた。ピアニストについては紹介がなされなかったので、ここでは触れられないが、諏訪内と絶えず一体感があり、弾むような明るい音色がとても好ましく印象に強く残っている。



  8月号の第二曲目は、クルト・グントナーのヴァイオリンと藤原由紀乃のピアノによる2006年6月2日に開かれたトッパン・ホールでのデユオ・リサイタルであり、今回アップするヴァイオリン・ソナタイ長調K.526とベートーヴェンのクロイツエル・ソナタイ長調作品47 が演奏されていた。このメインのクロイツエル・ソナタを得意にしているヴァイオリニストのクルト・グントナーは、1939年ミュンヘン生まれで、ヘンリク・シェリングに師事し、バイエルン国立歌劇場管弦楽団やミュンヘン・フイルなどのコンサートマスターとして活躍してから、1976年ミュンヘン音大の教授を務め、2005年より武蔵野音大の客員教授として後進の指導に当たってきた。一方、ピアニストの藤原由紀乃は、東京生まれで4歳よりピアノを学び、名教師アンナ・シュタードラーに師事してミュンヘンで学び、1986年ロン・テイボー国際コンクールで第一位になり、ミュンヘン音大大学院を終了して、現在国内を中心に活躍している。お二人はミュンヘン音大の師弟の関係にあるようだ。

   今回のソナタイ長調K.526は、自筆作品目録で1787年8月24日の記載があり、アイネ・クライネK.525の8月10日、オペラ「ドン・ジョヴァンニ」K.527の10月28日、プラハ、の間に挟まっていること以外に何も知られていない。このソナタK.526イ長調の楽章構成は、第一楽章がモルト・アレグロ、イ長調、3/8拍子のソナタ形式、第二楽章がアンダンテ、ニ長調、4/4拍子のソナタ形式、第三楽章がプレスト、イ長調、2/2拍子、ロンド形式となっている。ヴァイオリンとピアノの早い掛け合いによる両楽器が対等な動きを見せる第一楽章、装飾音の豊かな緩徐楽章、第一楽章同様に速いテンポで推移する大規模なロンド楽章をフィナーレ持っており、後期の風格と気品を兼ね備えた優雅なヴァイオリン・ソナタである。





            この曲の第一楽章の第一主題はヴァイオリンとピアノの合奏で実に軽快な3/8拍子のアレグロであるが、ヴァイオリンが弾みをつけて上昇すると、ピアノも続いて上昇し、互いに繰り返して進行する威勢の良い主題で、続く経過部も両楽器が互いに歌い合いながら進行していた。やがてピアノが先導し、弱音のヴァイオリンが歌い出す牧歌的な軽やかな第二主題の音形が印象的で、この主題が藤原由紀乃のピアノで入れ替わって現れて、この楽章一番の素晴らしい部分が現れて、盛り上がりを見せて提示部を終えていた。この提示部は、グントナーの弾くごくき真面目なヴァイオリンに対し、藤原の弾く明るく軽やかに弾むピアノが対照的であり、目まぐるしいアレグロの速い動きの楽章であった。
            提示部で繰り返されると、二つの楽器の馴染みが遙かに良くなり、勢いよく提示部が終了すると、展開部では、提示部で聴いた主題の一部が入れ替わり立ち替わりヴァイオリンとピアノに顔を出していた。再現部は、譜面で見る限りいわば型通りの再現部の形式であるが、演奏の方は、次第に調子が乗ってきており、兎に角、速いテンポで急速に進行するので、提示部より遙かに落ち着いて聴くことが出来た。



            第二楽章は冒頭のユニゾンのピアノの8分音符の規則正しい分散和音に乗ってヴァイオリンによる第一主題が一小節おきに現れ、実に穏やかなアンダンテの楽章。続いてこの主題は役割が交換され、ヴァイオリンの分散和音でピアノが旋律を受け持って反復されており、完全な対等な造り。美しいピアノが目立つ経過部を経て、第二主題はピアノ伴奏でヴァイオリンにより軽やかな主題が提示されてから、ここでもピアノで示されていくが、ピアノの方がやや装飾が多くなっているものの、やはり両楽器がほぼ対等な位置づけで提示部を終えていた。グントナーと藤原は、提示部の繰り返しを省略して短い展開部に入っていたが、これは気分を変える程度の短いもので、二人は直ちに再現部に入っていた。ここでも生真面目なグントナーに対し藤原のピアノは明るさが鮮明で、前楽章を通じて、実に平穏な感じの静かな響きの第二楽章であった。



             フィナーレは譜面で簡単に追えないほど、早いピアノの急速なロンド主題が飛び出すが、この主題を構成する8分音符のパッセージは、無窮動のスタイルで、脈を打つように躍動しながら進行し、アーベル(1723〜1787)の訃報を知ったモーツァルトが、彼から得た無窮動のリズムがこのロンド主題に取り入れたと言われている。譜面が進むにつれこの楽章は複雑な変化の多いロンド形式となっており、a-b-aの三部形式で始まったフィナーレは、進むにつれ、A-B-A'-C-A"-B'-A'という大きなロンド形式であることが分かる。速いテンポで進む第一のエピソードBも、第二のエピソードCも長大でピアノとヴァイオリンとで交互に提示され急速に反復されていく変化の激しいパッセージに満ちていた。この楽章はやはり、この早いピアノ動きに全体が支配され、絶えずヴァイオリンを従えているように聞こえていた。しかし、楽章を通じてロンド主題や二つのエピソードの旋律は余り表情に乏しく、やや機械的な動きに終始したような印象で、全体としては、余り面白さを感じなかった。グントナーにも藤原のピアノにも、急速なパッセージには、正確さでの技術的な限界が見え、もっと緩やかに楽しく演奏することが必要であると思った。



            8月号の第3曲目のヴァイオリン・ソナタは、ヴァイオリンのセルゲイ・ハチャトリアンとお姉さんのルミネ・ハチャトリアンのピアノによるヴァイオリン・リサイタルであり、2006年4月20日、王子ホールで開催され、ヴァイオリン・ソナタ 変ロ長調K.378が演奏されていた。見るからに若々しいヴァイオリンのセルゲイ・ハチャトリアンは1985年アルメニア生まれの21歳であり、ピアノのお姉さんのルミネと写真で見るとおり、顔立ちばかりか顔の表情や体の動作なども良く似ている姉弟のいかにも映像向きの魅力溢れるコンビであった。

ベートーヴェンにはスプリングソナタという標題の実に明るい春を思わせる輝かしい曲があるが、モーツァルトのソナタの中ではこの曲が、スプリングソナタのような明るさと華やかさを持った爽快な曲であると思う。私の耳にはいつこの曲を聴いても、スプリングソナタのように聞こえる。変ロ長調のこのソナタK.378の楽章構成は、明るく華やかなアレグロのソナタ形式、アンダンテイーノの三部形式、明るいアレグロのロンド形式の標準的な三楽章構成の曲である。



             若い姉弟のコンビが登場し、姉がピアノに座って振り返るように弟に合図して、早速、第一楽章のアレグロ・モデラートの第一主題がピアノで華やかに明るく始まった。途中からはピアノが舞い上がるように輝いて主題を終えていたが、続いてヴァイオリンがこの主題を繰り返すように再現し、同様に舞い上がってから、しばし転がるようなピアノと追従するようなヴァイオリンの経過部が続いていた。姉の弾むようなピアノの音色と弟の優しいオブリガートは、まさに春を思わせる輝かしい明るい主題に聞こえた。続く第二主題は、ピアノで始まり次いでオクターブ高くヴァイオリンで歌われる地味であるが美しく、経過部を経て、再び伸びやかな第一主題が始まり、全体が繰り返されていた。弟のヴァイオリンも朗々と明るく響き、姉の軽やかな弾むピアノが、まるで春のような気分にさせられる。展開部は全く新しい主題がピアノとヴァイオリンで繰り返されて気分を新たにしてから、再現部では再び、ピアノが主導する第一主題により華やかに推移し、ヴァイオリンもピアノに従って姉弟の音色のバランスがとても良く、明るく一気に駆け抜ける第一楽章であった。



            第二楽章のアンダンテイーノでは、ピアノとヴァイオリンによる甘い主題が提示され、まるで春の夢を静かにまどろんでいるかのように響く楽章。ここでは主役はピアノで、左手の三連符の分散和音に乗ってソット・ヴォーチェで情緒豊かに歌うピアノが美しく、ヴァイオリンはピアノに合わせて静かにオブリガートに徹しているように聞こえた。この主題が繰り返され、さらに発展して繰り返されてから、中間部では、刻むようなピアノの伴奏に乗ってヴァイオリンが新しい牧歌的な主題を提示し、繰り返してヴァイオリンがひとしきり歌ってから、フェルマータで一息して第三部に移行していた。ここでは、ヴァイオリンが主役となってピアノを従えながら初めて冒頭の美しい旋律を歌い出しここでも存在感を示してから、再びフェルマータに入り、終わりには、再び独奏ピアノが始めのゆったりした夢のような部分を歌い出し発展してから、最後になって、力強い和音が繰り返されるコーダでこの楽章が結ばれていた。



             フィナーレはRONDEAU形式と記されており、弾むような明るい3/8拍子のロンド主題で始まって、A-B-A-C-Aの形で軽快に進んでいたが、協奏曲のロンド・フィナーレに良くあるように、この後アレグロで4/4拍子の新たなエピソードが現れてからフェルマータで一息つき、最初に戻って3/8拍子のアレグロのロンド主題に戻る気まぐれな形を取っていた。このロンド主題は、独奏ピアノが提示してからヴァイオリンで反復されてキチンと提示されてから、経過的なBのエピソードが現れて、再びAのロンド主題に回帰していた。全体が繰り返されてから、Cの新しいエピソードが明るく軽快に提示され、冒頭のAのロンド主題に戻ってからクレッシェンドの後フェルマータとなり、これまでと全くトーンを変えた4/4拍子の新たなエピソードがアレグロで現れた。これまでやや一本調子で進んでいたフィナーレが、新しいテンポの異なるエピソードにより趣が異なり、フェルマータで休息した後、気分を一新して、再び冒頭のロンド主題が再現していた。この躍動感のある生き生きとしたロンド主題は、繰り返しを含めると、都合6回も現れ、最後は協奏曲のように長いコーダで結ばれていた。

           この曲は大好きな曲なので、手元の色々なヴァイオリニストの演奏と比較してみたが、この演奏は勢いがある反面、小さなミスや若さが目立ち、最初にアップしたムターの堂々とした正統的な演奏とは異なるが、スプリングソナタを思わせる弾むような明るさでは、どの演奏にも引けをとらぬ好感が持てるものであった。この二人のコンビは、恐らく初来日の新人コンビであろうが、この曲の後には、ピアソラ作曲の「タンゴの歴史から」から「カフェ1930」という曲が弾かれていた。恐らくはアンコール曲として弾いたのであろうが、彼らの力量を評価できる曲ではなく、残念であった。

    三曲のヴァイオリン・ソナタを、全く別々の演奏家たちにより、個別的に聞いたのであるが、ムターのソナタ全集やギル・シャハムのソナタ集全6曲などをアップした時とは異なった、演奏の多様さや個性などに気がついて、とても楽しい思いをした。
        諏訪内晶子のソナタK.454は、恐らく完璧な出来でさすがと思わせたが、第2楽章が割愛されたのは極めて遺憾であった。グントナーと藤原亜紀乃は、曲の選び方にもよるが、技術的な限界が見え、もっと楽しく豊かに演奏して欲しかった。ハチャトリアン姉弟のK.378は、若さや小さなミスが目立っていたが、この曲の持つ弾むような春の明るさでは、どの演奏にも引けを取らぬ好感の持てる演奏であった。

(以上)(2013/08/22)



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