(懐かしいS-VHSから;ハイテインクのベルリンフイルのモーツァルト生中継)
13-7-2、A:ベルナルト・ハイテインク指揮ベルリンフイル管弦楽団の交響曲第39番変ホ長調K.543、マリア・ジョアン・ピリシュとのピアノ協奏曲第9番変ホ長調K.271、
1999/02/08ライブ、ベルリンフイル定期、フイルハーモニア・ホール、
B:クラウデイオ・アバドとウイーンフイルによる二つのアリア、ソプラノ;カリタ・マッテイラ、「聖墓の音楽」K.42より〜「この胸を眺めて」、および「ベスペレ」K.339より〜「ラウダーテ・ドミヌム」、1981年8月、ウイーン楽友協会ホール、

−今回はハイテンクとベルリンフイルの定期公演を生きの良い生中継でお届けする予定であったが、思わぬ録画ミスが生じてしまった。ハイテインクの交響曲第39番変ホ長調は良い出来の立派な映像であったが、ピリスのピアノ協奏曲第9番K.291は、第二楽章の提示部後半で、残念ながら中断し、放棄せざるを得なかった。その代わりに、新しいDVDによるアバドとマッテイラの宗教曲からのアリアを2曲アップして、埋め合わせているが、お許し頂きたい−



(懐かしいS-VHSから;ハイテインクのベルリンフイルのモーツァルト生中継)
13-7-2、A:ベルナルト・ハイテインク指揮ベルリンフイル管弦楽団の交響曲第39番変ホ長調K.543、マリア・ジョアン・ピリシュとのピアノ協奏曲第9番変ホ長調K.271、
1999/02/08ライブ、ベルリンフイル定期、フイルハーモニア・ホール、
B:クラウデイオ・アバドとウイーンフイルによる二つのアリア、ソプラノ;カリタ・マッテイラ、「聖墓の音楽」K.42より〜「この胸を眺めて」、および「ベスペレ」K.339より〜「ラウダーテ・ドミヌム」、1981年8月、ウイーン楽友協会ホール、
(1999年2月、NHKBS11よりS-VHS-3287.5に収録、および2013/06/28銀座山野楽器店で新規入手DVD、Unitel Classica 00440073 4442より)

            7月号の第二のソフトは、ハイテンク指揮ベルリンフイルのNHKのBS放送によるライブ中継で、交響曲第39番と第41番「ジュピター」とピリスのピアノ協奏曲第9番K.291の素晴らしいコンサートのつもりであった。しかし、7月号の予定を作成するためにこのソフトを視聴中に、このピアノ協奏曲「ジュノム」の第二楽章の半ばで、突然、で中断され、後半のジュピター交響曲は他のソフトになって消されてしまっていることを発見した。もっと前に気がついてなければならない自分の大変なミスであった。他のソフトに切り替える時間的な余裕がないままに進んでしまったが、今回改めてこのソフトを聞き直し、ハイテインクの交響曲第39番と中断したピリスのピアノ協奏曲は、カットするには余りにも惜しい、ベルリンフイルのフイルハーモニア・ホールでの定期公演であったので、中断するまでを何時ものように、アップしておきたいと思う。






             この穴埋めをどうするかは、時間をかけて検討してみた。新たに収録されていた曲は、今は亡きシノーポリのドレスデン国立歌劇場の創立450周年記念を祝する大コンサートであり、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団および合唱団による壮大なもので、第一部が、ゲストにゲオルギューとアラーニャを迎えて、ヴェルデイ・プッチーニのオペラハイライト的な大ガラ・コンサートで、有名なアリアや序曲や合唱曲など全15曲が演奏されるものであった。また、第二部では、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団による大コンサートで、ヴィヴァルデイの協奏曲に始まり、ウエーバーとワグナーの序曲、最後はR.シュトラウスのアルプス交響曲という大掛かりなコンサートであった。このために失われた曲は、ハイテインクの「ジュピター」のほか、クレーメルとバーンスタインの名演集であり、ヴィヴァルデイの「四季」、ブラームスのヴァイオリン協奏曲、ベルリオーズの「イタリアのハロルド」などであった。私はドレスデンのシノーポリに、モーツァルトのアリアや序曲が含まれていたら、続けてアップしたいと考えていたが、残念ながら、当てが外れてしまった。

      そのため、代案として今回7月号で紹介したばかりのアバドの新DVDより、クラウデイオ・アバドとウイーンフイルによる二つのアリア、「聖墓の音楽」K.42より〜「この胸を眺めて」、および「ベスペレ」K.339より〜「ラウダーテ・ドミヌム」をカリタ・マッテイラのソプラノで、ご紹介することにした。 この2曲は、かってアバドの指揮で、ザルツブル大聖堂で1999年7月16日行ったカラヤン・メモリアル・コンサートの「レクイエム」(11-7-1)で、新人ソプラノのラヘル・ハルニッシュが歌っていた二つのアリアを、今回、アバドお気に入りのソプラノ・マッテイラにより、改めてアップロードしたいと考えた。どうか、お許し頂きたいと思う。









            さて、お待ちかねのハイテインクとベルリンフイルの第一曲目の交響曲第39番変ホ長調K.543となるが、ハイテインクは、コントラバス4本の中規模のオーケストラで、フイルハーモニア・ホールの舞台はまだ、写真の通り十分に余裕があった。この曲の 第一楽章はアダージョの落ち着いた序奏で始まるが、ハイテインクはやや早めにテインパニーを響かせて壮大な和音と付点リズムを持った和音でゆっくりと序奏を開始した。付点リズムの間を埋める32分音符の下降する弦は、急がずに静かに進行させる進め方であり、フルートが高らかに歌い出してゆっくりと下降する弦と合奏して、伝統的な序奏部の響きで一安心した。序奏はしっかりとリズムを刻みつつ、穏やかにゆっくりと堂々たる盛り上がりを見せながら進行し、終結させていたが、さすがベルリンフイルの響きは荘厳で大規模なばかりでなく和音の音色にも精彩ががあり、ハイテインクを助けているように見えた。

 

           一転して続くアレグロでは、3拍子の第一主題が、弦楽器で軽快に提示され勢いよく進んでから、「英雄」を思わせる力強いファンファーレが堂々とトウッテイで輝かしく開始され、この弦楽合奏は序奏部との対比が実に明解であった。結尾主題に続いて現れる第二主題も第一ヴァイオリンにより歌うように提示され、木管との優美な対話がひときわ冴えて、ピッチカートを伴った厚い響きも優雅に進んでいた。ハイテインクはここで主題提示部を繰り返して、再び丁寧に冒頭のアレグロから繰り返していたが、ベルリンフイルの響きは雄大であり、管と弦との対話も優美であり、素晴らしい勢いに満ちていた。
           展開部では結尾主題が執拗に繰り返され力強く展開されて再現部へと移行していた。再現部は型通りに第一主題・第二主題と進行していたが、ハイテインクは悠々とゆとりを持ってしっかりと指揮をしており、第一主題では堂々としたダイナミックな迫力を協調したり、第二主題では優雅さを優先させたような穏やかな指揮振りを見せて、一気に収束していた。久しぶりで聴く、ベルリンフイルの力強い雄大な響きであった。



           第二楽章は、アンダンテ・コン・モートのゆっくりした楽章。 譜面を見ると提示部の前段に繰り返しが二つあり、どういう形式なのかこれまで良く理解ができていなかった。しかし、今回はハイテインクが二つ目の繰り返しをキチンと省略せずに繰り返して演奏していたので、ここまでをロンド主題のAと考えると、主要な主題は三つあるのでABACABACAのやや変則的なロンド形式と考えたり、中間部で折り返す二部分形式と考えたりすれば良いことが分かった。最初のAは、冒頭では弦楽器のみで演奏されていたが、これ以降のロンド主題Aは弦楽器群と管楽器群が交互にフレーズを合同して演奏されていた。また、Bは短調圏であり主題の動機を反復したり転調したりする部分であり、聴いていると波を打つように聞こえたりうねるように響いたりする複雑な部分であった。一方、Cの部分はファゴットとクラリネットとフルートがカノン風に主題を重ね合わせて美しく展開する部分であり、短いが印象的な部分であった。ハイテインクはお馴染みの美しいロンド主題をじっくりと歌わせており、この主題の間に息抜きのようにBやCを美しく展開させて、最後にはふたたびAに戻って、このアンダンテを美しく収束させていた。



            続くメヌエット楽章は、ご存じの有名なメヌエット。ハイテンクは早めにテンポを取り、この壮麗で力強いメヌエットを堂々と進行させて、厚みのある音を響かせていた。これと対照的にトリオでは二つのクラリネットの美しいデユオにフルートが絶妙の応答を聴かせて、実に豊かな美しい響きを聴かせていた。中間部では、第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンが二重唱を行って変化を付けてから、クラリネットに渡しており、実にのどかで変化に富む豊かな響きが印象的であった。



            フィナーレの第一主題の軽快な早い出だしは、これまでの楽章と一転しフルオーケストラで明るく躍動するように進行しており、ハイテインクはこの速い動きにも悠然と手を軽く動かすだけで全体を動かしていた。第二主題は始めの主題から派生したもので、同じテンポで軽快に進むうちにフルートとファゴットの美しい対話があり印象的であった。ここでハイテインクは提示部の繰り返しは丁寧に行っていた。展開部では冒頭主題の旋律を繰り返し展開していたが、高弦と低弦とが追いかけ合い鋭く対立しながら波を打つように進行し印象的であった。再現部では提示部以上に疾走するアレグロになっていたが、やや型どおりであり、ハイテインクはここで最後の繰り返しを省略せずに、物足りなさを解消するように繰り返しを行い、駆け抜けるように一気にこの楽章を仕上げていたが、ベルリンフイルの響きは強烈で厚みがあり、十分に充足感を感じさせながら速いテンポでこの楽章を収束していた。

         素晴らしいオーケストラの仕上がりに観客は盛大な拍手を送っており、ハイテインクは丁寧に返礼していたが、オーケストラの団員たちからもエールが送られて、ハイテインクは、ベルリンフイルの楽員のメンバーたちからも信頼されている指揮者であることが目に見えるようであった。変ホ長調交響曲は、最近の古楽器演奏では序奏の演奏から好き嫌いが明白になる演奏が多くなってきたが、ハイテインクはやはり序奏部では伝統的な指揮法を取っていた。しかしその他の部分では、古楽器奏法並みに速いテンポを取り、ソナタ形式の二つの繰り返しでは、第一楽章では前半のみを繰り返す方法を取っていたが、第四楽章では、後半の繰り返しもピリオド奏法並みに行っていた。オーケストラは中規模のものとし、強弱・緩急は強めに行い、まるでモダン楽器でピリオド奏法を行うような指揮者のような印象を受けた。この意味で、今回、彼の「ジュピター」交響曲を聴けなかったことは残念であった。ベルリンフイルの拠点で、オールモーツァルトのコンサートの定期を持つことは、モーツァルトに自信のある指揮者しか考えられないので、今後の機会に注目するようにしたいと思う。


     演奏が終わって、フィルハーモニア・ホールでは、楽員の入れ替えや舞台の整備などが行われていたが、舞台を見ているとその前面で、床がステージの奈落に沈み、暫くしてピアノが床ごとエレベータで上昇してきて、所定の高さにストップしていた。会場から思わず拍手が起こっていたが、まさに、これから始まる協奏曲のピアノの入場という何時ものこのホール独自の儀式のように見えた。オーケストラは、コントラバスが3台に減り、テインパニーやトランペットなどが姿を消して、2ホルン、2オーボエになっていた。



        続く第二曲目は、ピアノ協奏曲第9番変ホ長調K.271「ジュノム」であり、ピリスとハイテインクがゆっくりと入場して挨拶をしていたが、ピリスは飾り気のない姿に見えた。この曲では、いきなり第一楽章がオーケストラのトウッテイで始まると、直ぐに独奏ピアノが短く反応し、これを二度繰り返してから、続く主題が軽快にオーケストラで始まっていた。この冒頭のソロピアノの顔出しはこの曲独自のもので、極めて珍しく、新鮮に聞こえており、経過部も明るく推移していた。続いてすこし暗い感じの第二主題もオーケストラで現れて提示部を終えてから、長いトリルを響かせながら独奏ピアノが登場してきた。そして直ちに独奏ピアノが第一主題を力強く弾きだし、華やかに16分音符のパッセージを弾き出した。ピリスのピアノは実に元気よく、伸び伸びと軽やかに弾かれていた。続く第二主題も独奏ピアノが弾むように提示してピリスのペースとなってぐいぐいと勢いよく進みだしていた。この曲は、スコアを見ながら聞くと、どうやら、ピアノの独奏部とオーケストラの対話部分との役割分担が、非常に明確なように聞こえ、気のせいかピリスの軽快なピアノパーツの役割が、極めて高いように感じさせていた。



          続く展開部では、最初と同じ始まりでオーケストラとピアノが登場してから、冒頭の同じ旋律がピアノで執拗に形を変えて展開され、ピリスのピアノが丁寧に元気よく繰り返されて再現部に移行していた。ここでもピアノの独奏部とオーケストラの対話部分がすこぶる明快で、素晴らしいピアノとオーケストラの掛け合いが続いていた。お終いのカデンツアは新全集の二つのカデンツアのうち、Bの長い方を使っていた。



            第二楽章は、ハ短調のヴァイオリンの合奏で始まるもの憂い感じのアンダンテイーノの序奏でゆっくりと開始されてから、続いて独奏ピアノが第一主題をゆっくりと開始し、いつも装飾やトリルをつけながら綿々と続いていた。そしてヴァイオリンに始まり独奏ピアノが応える第二主題が登場し、そのままピリスの独奏ピアノが綿々とオーケスオラと対話しながら輝くようなピアノで進行する美しい曲となっていた。しかし、ここで無残にも提示部の後半を残したまま、突然、中断した。



         私は、幸い、 この曲のピリスとガーデイナーによる演奏を、一度、過去に紹介済み(5-2-1)であった。これは、97年モーツアルト週間におけるザルツブルグ祝祭大劇場での演奏で、04年12月3日クラシカジャパンの放送を、D-VHSのLS-3モードでデジタル録画したものであり、私はこの演奏では「ピリスの余裕のある落ち着いた雰囲気と輪郭のはっきりした硬質なピアノが際立っていた」と記している。今回は、場所も指揮者もオーケストラも異なるものであるが、彼女のピアノの感触はほぼ同じような印象を得ており、女流ピアニストの第一人者としての存在を示すものであったと言えよう。




       続くクラウデイオ・アバドとウイーンフイルによる宗教曲集は、ウイーンの楽友協会ホールにおいて、第一曲がモーツァルトの宗教曲集、第二曲目がシューベルトのミサ曲変ホ長調、D.950の二曲を収録したDVDであった。その第一曲目のモーツァルトの宗教曲集は、ウイーン国立歌劇場合唱団により、最初にキリエニ短調K.341(368a)、続く二つのアリアでは、カリタ・マッテイラのソプラノで第二曲が「聖墓の音楽」K.42より〜「この胸を眺めて」、続けて第三曲が「ベスペレ」K.339より〜「ラウダーテ・ドミヌム」、が続けて歌われたものであった。画面の楽友協会ホールの舞台では、オーケストラと奥には合唱団が既に整列しており、指揮者アバドとソリストのマッテイラの二人が入場してきて、アバドの一振りで第一曲が始まっていた。
最初のキリエニ短調は、キリエだけが独立して作曲されたものであるが、宗教曲集の題一曲目としては、実に奥行きが深い落ち着いた曲であり、宗教曲の始まりにはとても相応しい曲であった。しかし、私はモーツァルトイヤーの06年07月21日に クラシカジャパンCS736が単独でこの曲をの放送したものを、D-VHSのLS-3モードでデジタル録画しており、「キリエニ短調K.341」(7-5-3)として、アップ済みであったので、今回、ここでは省略したい。



          キリエの余韻が残っている中で、第二曲の「聖墓の音楽K.42(35a)」から2曲目に相当する天使の歌うアリア「この胸を眺めて〜私に聞いて下さい」のオーケストラの美しい前奏がアンダンテでゆっくりと始まった。この前奏の美しいメロデイを繰り返すようにソプラノのマッテイラのソロが始まり、天使の優しい思いを告げるかのように美しく歌われてから、続けて新しいソプラノの技巧的な主題が歌われて、再び初めに戻っていた。マッテイラの歌声は凛としており、伴奏をする二つのヴァイオリンのため息のような動きも素晴らしく、とても11歳の時の作品とは思えない珍しい曲で、アバドの選曲も、これで二回目なのであるが、なかなか優れたものであると思った。





            続く第三曲目のアリアは、「ベスペレ」K.339より第5曲目のラウダテ・ドミニム(主を誉め讃えよ)であり、まず、第一ヴァイオリンとファゴットが静かにラウダテ・ドミニムの旋律を前奏で歌い出してから、ソプラノのソロが厳かにこの旋律を歌い出した。ソリストのマッテイラは、この余りにも有名な天上的に美しい主を讃える歌を清澄な声で朗々と歌い出しており、第一ヴァイオリンとファゴットが静かにオブリガートの役割を果たしていた。この美しい叙情的なアリアが心を込めて歌われた後に、締めくくりの栄誦が、この美しい旋律で合唱団で歌われて反復されていき、最後のアーメンでは、ソプラノのソロが一段と高い声を張り上げて合唱団の上を歌ってから、合唱団がアーメンで静かにこの曲を結んでいた。

このDVDは、シューベルトのミサ曲変ホ長調、D.950がメインのコンサートであったが、ソプラノのマッテイラはここでも看板のソリストとして活躍していた。このモーツァルトの二つのアリアは、アバドとしては、二回目の映像となっているが、彼はこの曲がよほど好きなのであろう。そしてキリエニ短調と合わせて聴くと、曲の良さがそのまま映像とともにじかに伝わってきており、素晴らしいコンセプトのコンサートであると、改めてアバドを見直している。

(以上)(2013/07/17)


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