(懐かしいS-VHSから;プレヴィンのN響定期からK.251、K.216、K.504、)
13-5-1、アンドレ・プレヴィン指揮、NHK交響楽団によるデイヴェルテイメントニ長調K.251、堀正文の独奏によるヴァイオリン協奏曲第3番ト長調K216、および交響曲第38番ニ長調K.504「プラーハ」、1999年5月25日、第1381回定期公演、NHKホール、

−このコンサートの冒頭を飾るプレヴィンのナンネル・セレナードは、終始、明るく颯爽として、ザルツブルグ時代の優雅な雰囲気に満ちた楽しい曲と言う印象をもった。また、堀の独奏ヴァイオリンによるヴァイオリン協奏曲は、ソロが一人歩きせず、ひたすらプレヴィンのオーケストラに良く合わせるといったアンサンブル重視型の真面目な演奏であった。また、最後のプラーハ交響曲は、落ち着いた暖かみのある丁寧な演奏から、弦と管のアンサンブルの良い響きが得られており、全体としてバラエテイに富んだコンサートという印象を強くした−

(懐かしいS-VHSから;プレヴィンのN響定期からK.251、K.216、K.504、)
13-5-1、アンドレ・プレヴィン指揮、NHK交響楽団によるデイヴェルテイメントニ長調K.251、堀正文の独奏によるヴァイオリン協奏曲第3番ト長調K216、および交響曲第38番ニ長調K.504「プラーハ」、1999年5月25日、第1381回定期公演、NHKホール、
(1999年5月9日、NHKのBS11の放送をS-VHSテープ304.1に収録)

5月号の第一曲は、懐かしいS-VHSテープから、アンドレ・プレヴィンのオールモーツァルトのN響定期第1381回を取り上げた。このコンサートは、デイヴェルテイメントニ長調K.251、堀正文の独奏によるヴァイオリン協奏曲第3番ト長調K216、および交響曲第38番ニ長調「プラーハ}K.504 の3曲が含まれていた。調べてみて驚いたのであるが、このデイヴェルテイメントニ長調K.251は、このHPの初出であり、 またプレヴィンの「プラーハ」は2回目の登場であった。 1999年の映像であるが、NHKホールは変わっていないが、オーケストラ・メンバーは今とはすっかり変わって、若々しい姿が見られた。なお、独奏ヴァイオリンの堀正文氏は、ソリストとしてはこのHPでは初めてであった。プレヴィンは彼の演奏曲リストをご覧頂けば分かるとおり、N響の客演指揮者として来日するたびにオールモーツァルト・コンサートを公演しており、彼のピアノ演奏や室内楽演奏などとともに、N響のメンバーたちにとっては、とても相性の良い指揮者になっているようであった。

       今回のデイヴェルテイメントニ長調K.251は、1776年7月に姉ナンネルの霊名の祝日のために作曲されたとされる。彼のデイヴェルテイメントとしては1オーボエに2ホルンの特殊な編成になっており、二つのメヌエットを持つ6楽章で構成されている。この曲はナンネルを喜ばすためか、フランス趣味で書かれていることに特徴がありそうで、例えば、第一楽章の第一ヴァイオリンの役割が、後半ではフランス風のオーボエのソロに換えられているとか、第二のメヌエットで、トリオの代わりに三つの変奏曲としていること、第5楽章がフランス語でRondeauと名付けられているほか、最終曲がフランス風な行進曲(Marcia Alla Francese)などとわざわざ断っていることなどが揚げられている。名曲として親しまれているデイヴェルテイメントニ長調K.334が、室内楽風に7重奏曲で演奏するものとオーケストラで演奏するものとがあるように、この曲も演奏の仕方に指定は無いが、今回のプレヴィンは、コントラバス3台をベースにした弦楽合奏に、2ホルンプラスオーボエで演奏しており、モーツァルトの明るい晴朗な感じが滲み出ている弦楽合奏の演奏となっている。



        第一楽章のアレグロ・モルトは、ユニゾンで始まる第一主題がスタッカートとトリルの軽快な主題で颯爽と現れ、この最初の楽想でこの楽章全体を構成するハイドン風なソナタ形式となっていた。すなわち第二主題部分には、最初の楽想が属調のイ短調で現れ、後半はオーボエが第一ヴァイオリンと対等に渡り合うなど変化を見せていた。プレヴィンは、ソナタ形式の提示部の繰り返しを、丁寧に行っていた。
  展開部は経過部の楽想による対位法的な広がりを見せて、提示部とは明らかに変化を付けて軽快に進行してから再現部に突入していたが、プレヴィンは一気に進行させており、軽快で颯爽としたナンネル・セレナードを印象づけていた。

        第二楽章は明るく晴れがましいメヌエットが調子良く始まり、プレヴィンは後半にはオーボエもホルンも良く鳴らせて存在感を見せていた。トリオでは弦だけのスタッカートの付いた優雅で軽やかな楽想で、プレヴィンはテンポを一段落として演奏しており、メヌエットと好対照であった。
  第三楽章は短いロンド形式の明るくて美しいアンダンテイーノ。第一ヴァイオリンが奏でる主旋律は実に味わい深く美しく、プレヴィンの独壇場。主題は繰り返されてA-B-A-C-A’と淡々と軽やかに進むが、最後のA’では主題はオーボエで回想され、その音色の魅力も加わってアダージョになり、最後はアレグレットのコーダとなって変化を見せながら終結していた。





   第四楽章は第二メヌエットであるが、三拍子のメヌエット主題と三つの変奏曲の形で出来ている珍しい構造。スタッカートとトリルに特徴がある軽やかな響きのメヌエット主題が流れ出し、プレヴィンは軽快に主題提示を進めていたが、第一変奏はオーボエが八分音符リズムで細かくたどる変奏であり、続けて、第二変奏は第一ヴァイオリンが三連音符で主題を飾りながら生き生きとして進むものであった。第三変奏は第一ヴァイオリンが主題を奏するのに対して第二ヴァイオリンが十六分音符でさらにきめ細かい装飾を施すもので、二つのヴァイオリンの二重奏で進めており、最後は明るい冒頭のメヌエット主題で結ばれていた。新全集では、各変奏の後に主題をダ・カーポするように指示されていたが、プレヴィンは3変奏を続けて演奏し、第3変奏が2重奏であり、違う版を使っているようであった。



   第五楽章はフランス語でロンドーと題されたアレグロ・アッサイの極めて軽快に流れる遊びに満ちた曲。冒頭から始まる活気のあるリズムのロンド主題が全体を支配しており、中間に二つのエピソードが入るロンド形式であった。第一のエピソードは、激しい弦楽合奏に続いてオーボエのソロが歌い出すもので、ロンド主題に続く第二のエピソードは、フェルマータの後で弦とオーボエが合奏をする穏やかで美しいものであった。経過部の後にアダージョでフェルマータに入り、再びアレグロ・アッサイとなって軽快なロンド主題で全体が結ばれていた。フィナーレは、フランススタイルの洒落た行進曲で、付点リズムとトリルで特徴づけられた平明な終曲であるが、この曲はディヴェルティメントの冒頭の行進曲としても演奏されたものと思われる。

        プレヴィンは、終始、この曲を自ら楽しみながらゆったりと指揮をしており、N響のメンバーも弦楽合奏を楽しみながら演奏しているように見えた。大変な拍手でこの演奏が迎えられたが、プレヴィンはオーボエ奏者を指名して、拍手に応えさせていた。このコンサートの冒頭を飾るプレヴィンのナンネル・セレナードは、終始、明るく颯爽として、ザルツブルグ時代の優雅な雰囲気に満ちた楽しい曲と言う印象を強くした。



        第二曲目は、N響の首席コンサートマスターの堀正文氏の独奏によるヴァイオリン協奏曲第3番ト長調K216 であるが、そのせいかこの日のN響のコンサートマスターはもっと若く見える篠崎史記氏であった。
  この曲の第一楽章はソナタ形式で書かれており、きびきびした第一主題がトウッテイでいきなり開始されるが、この主題はオペラ「羊飼いの王様」K.208の第3曲アミンタのアリアの転用でお馴染みの曲。プレヴィンは、良く見るとコントラバスが三台の先ほどの布陣に1オーボエとフルートを加えた中規模なオーケストラで、長い第一主題を演奏し、直ぐにオーボエとホルンが導く第二主題をとなってオーケストラによる第一提示部が簡単に終了していた。

           そこで独奏ヴァイオリンの堀が装飾音を加えながら改めて第一主題を弾き始めるが、直ぐに第三の新しい美しい主題を実に明るく晴れやかに弾き始めた。続いて独奏ヴァイオリンが早い技巧的なパッセージを示してから、オーボエとホルンの重奏で第二主題が提示されて、独奏ヴァイオリンは再び元気よく活躍しながら提示部の後半を盛り上げていた。展開部は独奏ヴァイオリンのまるで独壇場。前2作の協奏曲よりも格段に規模が大きくなり、独奏ヴァイオリンが新しい主題を出して繰り返しトウッテイ、独奏ヴァイオリン、オーボエなどで展開しておりトウッテイや独奏にも顔を出す堀の一人舞台のようであった。フェルマータの後一息ついて、再現部はプレヴィンのトウッテイに始まり、続いて独奏ヴァイオリンで第一主題の後に第三の主題が再び独奏で弾かれ、続いて第二主題が型通り出て発展してからカデンツアとなっていた。堀は、オリジナルのカデンツアで、各主題の一部を回想するように表情豊かに技巧を散りばめながら仕上げていた。



           第二楽章ではアダージョでトウッテイで4小節の主題を奏でるが、直ぐに独奏ヴァイオリンがオクターブ高く繰り返し、ピッチカートの伴奏で独奏ヴァイオリンがこの美しく透明な主題を明るく歌い、変奏を加えながら淡々と進んでいた。そしてオーボエに代わってフルートがこの楽章では使われており、フルートとホルンの重奏と独奏ヴァイオリンが交互に第二主題を提示し繰り返されていた。続く短い展開部は独奏ヴァイオリンが第一主題前半の主題を一人で弾きまくり、続けて始まる再現部は、これまた独奏ヴァイオリンが中心で再現されていた。短いカデンツアは第二主題中心のもの。最後はコーダのあと独奏ヴァイオリンが第一主題を弾きだして終わるという変わった終わり方であった。P>

         第三楽章はRONDEAUと書かれたアレグロ楽章であったが、これは前曲のデイヴェルテイメントでもお馴染みのフランス風のロンド。まずオーケストラで耳慣れたロンド主題が軽やかに提示され、続いて独奏ヴァイオリンがロンド主題を繰り返していく。堀の独奏ヴァイオリンはこのロンド主題を軽快に進め、その後は新しい主題を独奏ヴァイオリンが提示する形でA-B-A-C-A-とロンド形式の形で進んでいた。ところがロンド主題を終えてフェルマータの後、曲は一転してアンダンテとなり、独奏ヴァイオリンが弦のピッチカートに乗って軽やかに美しい新しい歌を歌い出し繰り返された。続いて曲調はアレグレットに変わって、再び独奏ヴァイオリンが民謡調の別の歌を歌い出し、更に重音奏法の新しい主題が提示されて繰り返されていた。そしてフェルマータの後、再び始めのロンド主題に戻ってこの楽章は静かに終わっていたが、モーツアルトの連作時におけるこうした思わぬ変化には何時も驚かされてしまう。

          ソリストの堀は、やはりコンサートマスターで馴染んでるせいか、立ってソリストとして弾いていても演奏スタイルは地味で実直であり、プレヴィンと一体になって、淡々として弾こうとしており、独奏ヴァイオリンが一人歩きせず、ひたすらオーケストラに良く合わせるというアンサンブル重視型の演奏であった。先にケレメンのヴァイオリンの弾き振りによる演奏を聴いているが、彼がヴァイオリンを弾く姿は絵になっており、ヴィルテイオーゾ的な演奏スタイルが良く似合っていたが、今回の堀の演奏は、それと対照的なアンサンブルを重視する演奏スタイルであった。モーツァルトは、恐らく、コンサートマスターの立場でこの曲を弾いたであろうから、今回の演奏の方が本来のスタイルかも知れない、などと余計なことを考えさせられた。





休憩後は、交響曲第38番ニ長調「プラーハ}K.504であるが、この間に多少のオーケストラの入れ替えがあり、コントラバスが4台になり、最後尾にテインパニーと2トランペットが、追加されていた。プレヴィンは、現在70歳であるが、全くかくしゃくとしたご様子で指揮台に大股で向かい、両手を広げてフォルテの序奏部が厳かな和音で開始された。プレヴィンのテンポは実にゆっくりとしており、一音一音階段を上がるように進行していたが、第一ヴァイオリンの明るいうねるような上昇旋律に乗って進み、悠然とフルオーケストラの頂点に達してから、テインパニーとトランペットの輝かしいリズムに乗って堂々と行進曲風にリズミックに進行し高まりを見せていた。このプレヴィンのゆっくりとしたテンポの序奏で、プレヴィンは軽く両手を動かす温和しい指揮振りであったが、暖かみのある伝統的な奏法で力強さを感じさせる序奏部であった。



          続いてプレヴィンの一振りで、アレグロの第一主題が第一ヴァイオリンのシンコペーションで颯爽と走り出し、管のフォルテで主題後半が引き継がれ、それから全ての楽器により歌われて、形を変え楽器を変えながら対位法的に展開され力強く進行していった。やがて弦楽器で何回も孤を描くように弾かれる軽やかな第二主題が提示され、それに木管群やピッチカートも加わって素晴らしい提示部の後半を示していたが、プレヴィンはここで再び丁寧に、冒頭のアレグロから繰り返しを行っていた。
          長い展開部では第一主題の前半と後半の主題断片が次ぎつぎに対位法的な変化をしながら繰り返され、プレヴィンは力強い充実した展開部に発展させて再現部に突入していた。ここではやや型どおりに再現されていたが、第一主題も第二主題も管楽器群による応答が一段と賑やかになっているように聞こえていた。プレヴィンは古楽器奏法の指揮者と異なって、終わりの繰り返し記号による展開部からの繰り返しは省略して第一楽章を終えていた。



           第二楽章のアンダンテでは、弦楽器がゆっくりしたテンポで第一主題を穏やかに美しく歌い出し、木管が同じ主題を弦に応えるように高く奏でていたが、美しい動機が重なってやや激しい経過部が続いていた。プレヴィンは実に良く歌わせており、やがてより穏やかで軽やかな第二主題が弦により提示されると、フルートやオーボエでも繰り返されて穏やかに美しく進行し、弦から管へ、管から弦へと応答が続いて見事な提示部を作り上げていた。プレヴィンはここでの繰り返しを省略し、そのまま展開部に入っていたが、ここでは第一主題のスタッカートの動機がカノン風に複雑に激しさを増して展開されており、これが実に印象的で素晴らしい展開部となっていた。再現部では、第一主題も第二主題も丁寧に再現されていたが、後半では管楽器がより一層の存在感を増して華やかな効果をあげていた。



          フィナーレでは、冒頭の主題Aが「フィガロ」の第二幕の中頃のスザンナとケルビーノの二重唱「早く、早く」の旋律にとても良く似ており、ロンド主題のような形で舞台同様に素早く小刻みに進行する。続く第二主題Bは、弦の提示に対し管が応える対話が続き、特にフルートが目覚ましい活躍をしていた。このフィナーレの構造は、大雑把に捉えると、全体がABA:||CABA:||の形をしており、Cを展開部と見なすとソナタ形式であり、中央と最後の繰り返しを省略するとロンド形式になってしまう。最近の古楽器指揮者は前者であり、ワルターやビーチャムなど古い指揮者はロンド形式として演奏していたが、今回のプレヴィンは前半の繰り返しを行い最後の繰り返しを省略するスタイルのオーソドックスなソナタ形式による演奏をしており、ベームやクーベリックなどと同様であった。いずれにせよこのフィナーレは、終始軽快なテンポで進行し、後半の最後に力強い終わり方をして曲は結ばれていた。

          大変な拍手で演奏が終了し、プレヴィンは花輪を受け取ったり、二度、三度と拍手と歓声に応えていたが、じつにプレヴィンの人柄が滲み出てくるようなゆったりとした後味の良いオールモーツァルト・コンサートであった。
         プレヴィンは1929年ベルリン生まれであり、丁度70歳の円熟期にあり、ピアノを弾いたり作曲をしたりと多彩な音楽活動を行っているようであるが、N響とは来日する都度、定期公演をなさり、特に評判の良いオールモーツァルト・コンサートを取り上げて下さるようである。今回のプログラムは、最初のデイヴェルテイメントニ長調K.251は6楽章の鄙びた機会音楽であり、二曲目のヴァイオリン協奏曲ト長調K.216は華やかなコンチェルトであり、フィナーレは重厚な交響曲第38番ニ長調K.504というバラエテイに富んだコンサートであった。プレヴィンの指揮振りは、どの曲を取ってもゆったりとしたテンポで、落ち着いた暖かみのある丁寧な演奏から、弦と管のアンサンブルの良い響きが得られており、モーツァルテイアンにとってはいつも期待通りの演奏をしてくれる。今回のプログラムも、期待に添った素晴らしい演奏が続いていたが、特に最初の曲は、このHPで初めての曲の映像であり、今のところこの映像しか期待できないところから、極めて貴重な演奏が残されたと思う。

          また、 最後のプラーハ交響曲は、2009年10月に来日の時に、K.504、K543、K550の三大交響曲のオールモーツァルト・コンサート(10-1-1)を行っているので、記憶に新しい。今回の演奏とは10年というタイムラグがあったが、改めて聞き直しても、プレヴィンの持つ穏やかな演奏スタイルは変わらず、手慣れたN響を通じて自然に滲み出て来るような演奏であり、ゆっくりとしたテンポでじっくりと優雅に歌わせる指揮振りの、聴くものの気持ちを穏やかにさせる演奏であった。

(以上)(2013/05/07)


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