(懐かしいS-VHSから;J.キムラ・パーカーのピアノ協奏曲第23番K.488ほか)
13-4-2、ジョン・キムラ・パーカーのピアノとゲオルゲ・アレクサンダー・アルブレヒト指揮のN響によるピアノ協奏曲第23番イ長調K.488、1991年9月、NHKホール、フイリップ・アントルモン指揮、NHK交響楽団によるフリーメーソンのための小カンタータ「我らが喜びを高らかに告げよ」K.623、1991/09/02、サントリーホール、オーレール・ニコレによるフルート四重奏曲第4番イ長調K.298、91/10/17、東京芸術劇場、

−ここでは故サヴァリッシュさんの元気な姿を「コシ」の序曲でしのんで頂いたほか、ジョン・キムラ・パーカーの端正で肌理の細かな音を大切にするピアノ協奏曲第23番をご紹介した。また、本HPで初めてのフリーメソン・小カンタータK.623をN響と東混の合唱で紹介したほか、ニコレのフルート四重奏曲イ長調K.298を加えることが出来た −

(懐かしいS-VHSから;J.キムラ・パーカーのピアノ協奏曲第23番K.488ほか)
13-4-2、ジョン・キムラ・パーカーのピアノとゲオルゲ・アレクサンダー・アルブレヒト指揮のN響によるピアノ協奏曲第23番イ長調K.488、1991年9月、NHKホール、フイリップ・アントルモン指揮、NHK交響楽団によるフリーメーソンのための小カンタータ「我らが喜びを高らかに告げよ」K.623、1991/09/02、サントリーホール、オーレール・ニコレによるフルート四重奏曲第4番イ長調K.298、91/10/17、東京芸術劇場、
(1992年3月19日、NHK教育TVのN響アワーをS-VHS-063テープに3倍速で収録、および同テープに収録されていた2曲をアップロード)

    4月分の第二曲目のジョン・キムラ・パーカーのピアノとゲオルゲ・アレクサンダー・アルブレヒト指揮のN響によるピアノ協奏曲第23番イ長調K.488は、1991年9月に収録されたものであるが、この映像はN響アワーでこの曲だけ取り出された映像であった。このN響アワーは、1991年のモーツァルトイヤーの時期は、4月から海老沢敏先生と森みどりさんのお二人のトークで進められており、先生は「モーツァルト、ちょっと耳寄りの話」と題して、モーツアルトの新しいイメージを曲と曲の間でお話しする方式になっていた。今回のN響アワーは92年3月19日に最終回として放送され、この1時間の番組のトークの間に、以下の1〜3曲が紹介されていた。



1、オペラ「コシ・ファン・トウッテ」序曲、ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮、NHK交響楽団、1989年5月21日、サントリー・ホール、
2、ピアノ協奏曲第23番イ長調K.488、ジョン・キムラ・パーカーのピアノとゲオルゲ・アレクサンダー・アルブレヒト指揮、NHK交響楽団、1992年2月7日、NHKホール、
3、フリーメーソンのための小カンタータ「我らが喜びを高らかに告げよ」K.623、フイリップ・アントルモン指揮、NHK交響楽団と東京混声合唱団、1991年9月2日、サントリーホール、
4、フルート四重奏曲第4番イ長調K.298、オーレール・ニコレによるフルート、1991年10月17日、東京芸術劇場、

         なお、この番組を収録したS-VHSテープの別のN響アワーには、91年10月におけるオーレール・ニコレによるフルート四重奏曲第4番イ長調K.298が含まれていたので、盛り沢山となったが同時にアップロードするものである。関連のない曲が4曲同時にアップされるが、指揮者故サヴァリッシュさんの数少ない映像があったり、小カンタータK.623は、CDも数少ない極めて貴重な映像であったりするので、お許し頂きたいと思う。



         最初のサヴァリッシュさんの「コシ・ファン・トウッテ」序曲は、N響アワーの番組において、この短い序曲だけが単独で切り離して紹介された映像であるが、このHPではサヴァリッシュさんの映像が少ないので、この序曲1曲だけ、お元気な姿の写真とともに取り上げようと考えたものである。序曲は短いアンダンテの序奏の後、軽やかで軽妙なプレストで疾走する序曲となるが、この冒頭のわずかな序奏にこのオペラの主題が隠されていることに特徴があり、どうやらこの序奏にサヴァリッシュさんは、他の演奏と異なる味付けを試みているようだった。



         この演奏では、序奏の冒頭はオーケストラのトウッテイによる力強い主和音で始まり、直ぐにオーボエの悲しげなソロで一頻り歌われ、続いて属和音でもう一度繰り返されるが、サヴァリッシュの演奏ではこの序奏のオーボエのソロを思い切ってゆっくり歌わせていた。この悲しげな部分に続いて、オペラの第二幕の終わりで、賭に勝ったアルフォンゾが二人の若者たちとともに「コシ・ファン・トウッテ(女はこうしたもの)」と叫ばざるを得ない弱奏の弦と力強い総奏の部分が、これから展開される喜劇を十分に暗示しており、ここを強調しようとしたところにサヴァリッシュの意図があったと思われる。



          プレストに入ると、第一ヴァイオリンが弱奏で軽快に飛び出し、トウッテイが受けてリズミックに進み、オーボエが弱奏で回転するような音形を歌い出すと、フルートやファゴットにも受け継がれて、繰り返されて急速に進んでいた。続いてヴァイオリンが回転する音形を変奏して進み出すと、トウッテイがこれを受けて行進曲風のリズムが加わり、本格的に進行し始めた。これからは、ファゴットに始まり、オーボエが受け継ぎ、フルートが繋いでいく形で、お互いに追いかけるようにテンポ良く進みだし、クラリネットも加わった木管群の追いつ追われつの掛け合いが続いていき、サヴァリッシュのきめ細かな進め方で、実に軽やかで楽しい序曲となっていた。しかし、最後のコーダでは、もう一度序奏の「コシ・ファン・トウッテ」のモチーブが反復されて、序曲は華やかに結ばれていた。
    N響の指揮をとるサヴァリッシュさんは67歳であり、円熟した姿で実に軽快に棒を振っておられた。この姿は十分記憶に残っていたが、1991年のモーツァルトイヤー以前の映像は、意外に少ないと感じざるを得なかった。こうして、落ち穂拾いのように彼の演奏記録を探していくと、まだもっと見つかるかも知れない。



          続く第二曲目の映像は、ピアノ協奏曲第23番イ長調K.488であり、ピアノはカナダ生まれのジョン・キムラ・パーカーのピアノとゲオルゲ・アレクサンダー・アルブレヒト指揮によるN響定期の1992年2月のNHKホールの演奏であった。         お二人ともこのHPでは初めての方々であるが、ジョン・キムラは、日本人を母に持つカナダのピアニストであり、当年33歳。ジュリアード音楽院在学中から頭角を現し、84年リーズ国際音楽コンクールで優勝して世界中から注目を浴び、以来、アメリカ・イギリス・カナダを中心に活躍中であると言う。一方の指揮者のゲオルゲ・アルブレヒト(1935〜)は、ブレーメン生まれのドイツのオペラ指揮者。ミュンヘンとオランダで、アイヒホルン、ケンペンから教えを受けた。故郷のブレーメン歌劇場を振り出しに、1965年からニーダーザクセン州立歌劇場の音楽総監督を務め、ドイツ各地で指揮をするほか、ウイーン国立歌劇場でワグナーを上演したりしていた。
           今回のN響の布陣をみると、この曲の前後に何を演奏したか定かでないが、コントラバスが6台のこの曲にしては重量級のように見え、徳永次男氏がコンサートマスターであり、木管楽器群には懐かしい顔ぶれが揃っていた。



映像ではピアニストのキムラがピアノに向かって腰をかけて指揮者に合図をしたところから始まっており、オーケストラが弦で美しい第一楽章の第一主題を開始した。続いてクラリネットやフルートやファゴットが美しい響きを確かめるようにこの主題を反復してから、リズミックな経過部に移行して明るく進行していた。続く第二主題も弦楽器で静かに始まり、管楽器も加わりながらひとしきり歌って第一提示部を終えていたが、ここまでは全くアルブレヒトの穏やかな快いテンポで進んでいた。
          キムラのピアノが単独で第一主題が始まり、多少自由な形で変奏しながら反復され、オーケストラに一旦渡してから、独奏ピアノが改めてオーケストラとともに転がるように進みだした。キムラの独奏ピアノは明確できめが細かく、自分のペースで粒ぞろいのパッセージを聴かせていた。やがて静かに独奏ピアノが単独で第二主題を提示し始めたが、これにオーケストラが加わりピアノの心地よいパッセージを中心にしてフルートやクラリネットが響いたり、弦楽器がしっかりピアノをサポートしたりして、素晴らしいアンサンブルで軽快に進行した。キムラは初めてのピアニストであるが、非常に几帳面に丁寧にパッセージをこなしており、オーケストラとのアンサンブルも良く無難に進めていた。
           展開部では新しい気持ちの良い主題で弦で始まるが、直ぐにピアノと木管が交互に登場して競り合いが続いた後に、目まぐるしい早いピアノのパッセージが現れてピアノが目覚ましく活躍していた。キムラの弾き方は、ここでも丁寧に弾きこなしており、良く揃った速いパッセージが持ち味のように見えていた。再現部でもピアノを中心に良いテンポで心地よく演奏されており、後半に展開部での新しい主題も上手く組み合わされていた。カデンツアは新全集にある譜面のものが弾かれていたが、キムラは全く無難にこなし、落ち着いて見事な技巧の冴えを示していた。




              第二楽章はアダージョの三部分形式でできており、まずキムラの独奏ピアノが、八分の六拍子のシチリアーノのリズムに乗って、モノローグでゆっくりと美しいメランコリックな主題を祈るように一音一音丁寧に弾き始めた。そして、この主題に応えるかのように第二ヴァイオリンの分散和音をベースに、第一ヴァイオリンとクラリネットがそしてフルートが新しい旋律を歌い出していた。再びキムラの独奏ピアノが始めの主題を丁寧に変奏しながら歌い上げていたが、このメランコリックなシチリアーノのピアノの響きは実に美しく、キムラはうっとりとした表情でこの聴かせどころを弾いていた。
              中間部に入ると、ファゴットの分散和音に乗ってフルートとクラリネットがテンポを変えて合奏しながら新しい主題提示をするが、直ぐにキムラの独奏ピアノが引き継いでから、ピアノと木管との掛け合いが繰り返し何回も美しく続き、指揮者のアルブレヒトもキムラもお互いにキチンと確かめるようにゆったりと弾き進んでいた。
              再び独奏ピアノが冒頭のシチリアーノが再現し、変奏しながらゆっくりと進行してから、オーケストラがひとしきりこの主題を歌った後に、もう一度、ピアノと弦と木管の見事なアンサンブルが登場していたが、さらに最終場面ではピッチカートの伴奏で、独奏ピアノがゆっくりと歌い上げる場面は実に美しく、キムラのピアノとオーケストラとのアンサンブルの美しさをまざまざと見せつけていた。




              フィナーレは、独奏ピアノが明るく輝くようなアレグロで軽快に飛び出し、このロンド主題がオーケストラに引き継がれていくので、この楽章は一見すると単純なロンド形式のように感ずるが、このロンド主題がこれから3回ほど現れる間に、進むに連れて新しい楽想が独奏ピアノとともに次から次へと飛び出してくる華やかで長大な楽章であった。最初に現れる第一の副主題はキムラの独奏ピアノで全体を引っ張るように華やかに登場し、彼の得意とする華やかなパッセージで軽快に進む。続いて第二の副主題がフルートで現れて、直ぐに独奏ピアノに引き継がれ、さらに変奏されて目まぐるしいスピードで疾走していた。独奏ピアノによるパッセージが続いてから、最後にコーダ風の第三の副主題がピアノで現れて木管で反復されていくうちに、ロンド主題が独奏ピアノで現れてオーケストラで再現されていた。
               しかし独奏ピアノの一撃とともに新たな展開が始まり、直ちに第四の副主題がピアノで現れて木管と相づちを打ちながらピアノが転げ回り、続いてクラリネットが新しい第五の副主題を提示して独奏ピアノが引き継いでいた。ここでロンド主題が現れても良さそうなのであるが、独奏ピアノがそれらしきフレーズを匂わせてから新たな展開が始まり、第一の副主題がピアノで現れ木管と応答して直ぐに木管の第二の副主題に入り、これが独奏ピアノに引き継がれフルオーケストラに発展して盛り上がってから最後のロンド主題が登場した。最初と同じように独奏ピアノで始まりオーケストラで繰り返されていたが、最後にコーダ風の第三の副主題が現れて長大なフィナーレが終結していた。



             この楽章は、冒頭から勢いがあり、キムラの独奏ピアノが絶えずリードして技巧的なパッセージで繋げていく変則的なロンド形式であったが、さすがキムラのスピード感のあるパッセージは生き生きとして、オーケストラとの相性も良く、一気呵成にこのロンド楽章を仕上げていた。素晴らしい拍手が湧き起こり、N響の楽員も弦を叩いて、心温まる颯爽とした演奏に心からの拍手が送られていた。
この曲全体としてジョン・キムラのピアノは、第一楽章では肌理の細かな音を大切にするピアニストの印象を受けていたが、シチリアーノ楽章の煌めくようなピアノとオーケストラとのアンサンブルの良さ、速いロンド楽章では繊細なスピード感あるパッセージが目立っており、まだ若いのに多面的に優れた面を持つ今後が期待されるピアニストであるとの印象を得た。



                  続く第三曲目は、フリーメーソンのための小カンタータ「我らが喜びを高らかに告げよ」K.623であり、この曲はこのHP初出であるばかりでなく、今回ピアノ協奏曲を聴くためにテープを回して、偶然に発見した珍しい曲である。ピアニストであったフイリップ・アントルモンが1991年9月2日にサントリーホールでNHK交響楽団と東京混声合唱団を指揮したものである。
この小カンタータK.623は、モーツァルトが晩年の1791年11月15日にこの曲を完成したと、あの自筆作品目録に自分で最後に記入した作品となっている。思えば、この自筆作品目録がピアノ協奏曲変ホ長調K.449を第一曲として1784年2月9日から記載され、恐らく1800年を超えるまで余白が残されていたのであるが、このカンタータが最後の記載になり、これを自分で指揮して初演までを行ったが、その二日後には病床に倒れ、わざか20日後の12月5日に亡くなってしまった。



このカンタータは、当時ウイーンに新築されたフリーメーソン会堂の落成を祝って作曲されたものであり、作詞者は同志の会員のシカネーダーであった。モーツァルトはフリーメーソンのためにカンタータを3曲、K.429(1785)、K.471(1785)を書いているが、この曲が最も編成が大きく、最も重みと内容のある作品となっており、合唱、テチタテイーボ、テノール独唱のアリア、二重唱(テノール、バス)など4曲から構成されている。なお、ソリストのテノールは饗場知昭氏、バスは高橋啓三氏であった。


       第一曲はアレグロの合唱曲であり、輝かしいオーケストラの前奏で始まり、祝祭的で荘厳な男声の三部合唱(テノール2、バス)で「我らが喜びを高らかに告げよ。盟友の心の一つ一つを受けよ。」と厳かに歌われてから、三人のソリストたちが三部で「金の鎖と真の心の結びつきを通して、今日この場所を神殿として献堂する」と高らかに歌って、新築なった献堂の祝いを歌い上げていた。その後テノールのレチタテーボで、ここまでに至った経緯と感謝の気持ちを述べていた。

       第二曲はテノールのアリアで「神の全能は静けさのうちにあって、人々に祝福をほどこす」とアンダンテで朗々と歌われ、感動に満ちた盛り上がりを見せていた。ここでもアリアの後にテノールの短いレチタテイーボがあり「盟友たちよ、至福に身を浸そう」と呼びかけていたが、最後はバスとの二重唱となり、「友愛で結んだきずなを、固く結んで行こう」と高らかに歌われていた。
               第三曲はアンダンテのテノールとバスの二重唱であり、はじめにテノールが「我らの壁よ、末永く我らの勤めを見守りなさい。それが永遠に続くことを祈って」と歌っていたが、続いてバスが「我らは愛の全ての重さとともに、全ての重荷を負おう。その時初めて威厳を持って、東方からの真の光を受けるのだ」とソロで歌い、最後には二人は二重唱で「徳に合わせることができるならば、ああその時こそ、我らの希望を飾る願いは、完全に満たされるのだ。」と重々しく歌って結んでいた。また、第四曲は第一曲とほぼ同じのアレグロの合唱曲であり、同じ曲をシンメトリーに調和させて、華麗で崇高な儀式を締めくくるに相応しく仕上げていた。
 

              モーツァルトはあの未完の「レクイエム」ニ短調K.626を創作中に、この曲に着手し、完成させ、献堂式典に参列して指揮をして皆と喜びを分かち合ってから、死の床についた。そのため「レクイエム」は自分のために書いたと言われていたが、この曲はレクイエムとは対照的に、明るいお祝いのための祝典のための曲である。過日に、西川尚生慶大教授が最近の学説として、アバド指揮の新しい「レクイエム」K.626(12-12-3)の解説の中で述べていたのであるが、晩年のモーツァルトはオペラ作曲家から「教会音楽家を目指して再起をかけた希望の曲」であったことが曲の中に示されていると述べていたことを思い出す。この最後のカンタータを聴いて、明るい希望に満ちており、死を予見した曲ではなく、この曲も宗教曲の一種として、この最近の学説と矛盾しない希望の曲であることに気がついたので、ご報告しておきたいと思う。



  第四曲目は、同じテープに含まれていた他のN響アワーの映像からであるが、モーツァルトのフルート四重奏曲第4番イ長調K.298が、オーレール・ニコレによるフルートの映像でお届けする。この演奏は、1991年10月17日、東京芸術劇場で収録されているが、他のメンバーもソリスト並みのメンバーであり、ヴァイオリンがジャン・ジャック・カントロフ、ヴィオラがウラデイミール・メンデルスゾーン、チェロが藤原真理というそれぞれ絵になる豪華メンバーであった。
この四重奏曲はケッヒエル第6版まではパリで作曲された作品として若い番号がK.298与えられていたが、自筆楽譜の書体が明らかにウイーン時代であること、第三楽章の主題には、1786年9月1日にウイーンで初演されたパイジェッロのオペラ「勇敢なる競演」の一節から取られていることから、新全集では作曲は1787年の秋から冬にかけてと考えられている。4曲中この曲だけがウイーン時代の円熟期に書かれたとされているが、各楽章の基本となる主題がいずれも当時親しまれていた既存の旋律を借用して作曲されている。この様な娯楽的スタイルの四重奏曲の作り方は、当時ウイーンでも流行していたと言われ、とても親しみやすいので歓迎されたと思われるが、一方の作曲者にとっては、人気取りの曲以上のものではないと思われる。


         第一楽章は、ホフマイスターのリート「自然に寄す」からとられたフルートで伸びやかに歌い出される16小節の親しみやすい明るい主題とそれに基づく4つの変奏曲である。第1変奏ではフルートのソロを中心としたものであり、以下、第2変奏ではヴァイオリンが、第3変奏ではヴィオラが主体となって変奏し、第4変奏ではフルートが原主題を再現し、チェロが活躍して対等な関係を作るほか、コーダの役割が与えられて最後を締めくくっている。短調やアダージョの変奏もなく、フルート声部も易しく書かれた簡素なとても親しみやすい変奏曲となっていた。フルートのニコレはさすが名人芸であり、協演のモーツァルト・トリオも実力があり、ゆとりのある豊かな演奏をしていた。


          第二楽章は、かわいらしい典雅なメヌエットで、主題はフランスの古いロンド「バステイアンは長靴をはいている」に基づいているという。メヌエットもトリオも16小節で書かれており、メヌエットもトリオもフルートのソロが流麗に主題を奏でていた。
           また、第三楽章は、1786年9月にウイーンで初演されたパイジェッロのオペラ「勇敢なる競演」のアリア「優しい人はどこに」の旋律を主題としたフランス風のロンド楽章である。スコアには、モーツァルトは戯れに「RONDIEAOUX」と標題を書き、その下に「Allegretto grazioso]と速度記号を書いてから、ふざけて「しかし、余りプレストに過ぎず、さりとて余りアダージョ過ぎず。そうそう、そんな風に、思い切り気取って、表情豊かに」と書き込んでいた。この楽章では、この主題をフルートで始めて何回か楽器を変えたり自由に変奏したりして繰り返し、軽妙なロンドになっていた。ニコレは実に軽やかに主題を吹き、ヴァイオリンやヴィオラも入れ替わって主題を奏して、明るく楽しげに終了していた。

ニコレのフルートは、映像で見る限りトラヴェルソであろうか、音がとても柔らかく、モーツァルト・トリオもそれぞれがソリスト並の腕達者なので、フルートと弦楽器の美しいアンサンブルを楽しめる映像になっていた。

  (以上)(2013/04/10)


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