(懐かしいS-VHSから:若杉弘とN響の「ハフナー」「プラーハ」「ジュピター」)
13-3-1、若杉弘指揮とNHK交響楽団による交響曲第35番ニ長調「ハフナー」K.385、交響曲第38番ニ長調K.504「プラーハ」、および交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」、
1995年5月18日、第1263回N響定期公演、NHKホール、

−指揮者若杉弘は、このHPでは初出であるが、若杉の熱演で素晴らしい熱気溢れたコンサートとなっていた。三つの交響曲における彼の指揮振りは、きめの細かな面はあるものの分かりやすい身振りで、全体としてはオーソドックスな正攻法であり、安心して浸れる素晴らしいテンポで進められ、各曲とも納得できる演奏であった。特に、最後の「ジュピター」のフィナーレでは、実に入念な指揮振りでソナタ形式の世界から渾然としたポリフォニーの世界へと飛び込んだような気分にさせられていた。この面白い組み合わせの三大交響曲のコンサートは、初めて聴いた若杉弘の名コンサートであったと評価でき、同年配なのに早世したのが極めて惜しまれる−



(懐かしいS-VHSから:若杉弘とN響の「ハフナー」、「プラーハ」、「ジュピター」)
13-3-1、若杉弘指揮とNHK交響楽団による交響曲第35番ニ長調「ハフナー」K.385、交響曲第38番ニ長調K.504「プラーハ」、および交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」、
1995年5月18日、第1263回N響定期公演、NHKホール、
(1995/5/21、N響Bモード・コンサートの放送を、S-VHSの3倍速で収録)

    今月号から、まとめの段階に入ったこのHPのソフト紹介において、交響曲の中で狙いをつけていたのが、今は亡き若杉弘さんの「ハフナー交響曲」のアップにあった。この曲は彼がN響定期を振った1995年のコンサートに含まれており、この放送はNHKのBモード・ステレオのコンサート番組を収録したS-VHSテープNo163に収納されていた。映像の多い主要な交響曲の中から最も総括し易そうなものとして「ハフナー交響曲」を選んだわけであるが、この曲の私の最新のデーターベースを良く見ると、若杉さんのハフナーが最後かと思っていたら、何とカール・ベームがトロント交響楽団を振った古い白黒の映像(1965)が含まれていることを発見した。いずれこのベームの「ハフナー交響曲」も早期にアップして、「ハフナー交響曲」の総括を行いたいと考えている。

若杉さんは1935年生まれの芸大出身で、小澤征爾と同様に、若い時からヨーロッパで修行して、ケルン放送管弦楽団を指揮し、各地の歌劇場でオペラを振り、85年から都響を振っていたが、95年にN響の正指揮者に迎えられた方である。彼はN響とヘンデルの「メサイア」のモーツァルト編曲K.572などの珍しい映像(1992)を残しているが、このオール・モーツァルト・コンサートは殆ど記憶がなかった。この演奏会は1995年5月18日、N響第1263回定期公演であり、「ハフナー」「プラーハ」「ジュピター」というユニークな三大交響曲を振っていた。しかし、今回改めて聴いてみると、ドイツ流のオーソドックスな正統的な演奏であり、どの曲も実に穏やかでゆったりとした堂々たる演奏であった。私のS-VHSには、このように思いがけぬ珍しい古い放送記録が残されている。彼とは同世代なので、惜しい人を早くに失ったものと、今回改めて感じさせられた。



  広いNHKホールの舞台に団員たちが座席に着きオーボエの音合わせにより準備が開始されていたが、この日はコントラバスが6台で、クラリネットもトランペットもいる大規模で完全な二管編成であった。第一曲目は、交響曲第35番ニ長調「ハフナー」K.385であり、「プラーハ」「ジュピター」とポピュラーな名曲が続く、期待の大きいコンサートの開始であった。

             この交響曲の第一楽章は繰り返し記号のないソナタ形式であるが、若杉の冒頭の第一主題は、鋭いユニゾンの二オクターブの跳躍が実に明快で、続く行進曲調の豊かなリズムによる進行が、実に軽快に進み、最初からオーソドックスな堂々とした「ハフナー」の印象を受けた。続いて冒頭部分の跳躍が繰り返されてから、ファゴットによる行進曲のリズムに乗って第一主題が変化に富んだ姿を見せて、その対旋律が次から次へと調子よく現れていた。その中でヴァイオリン二部がカノン風に絡み合って進行する旋律が、第二主題のように聞こえていたが、明確な形が現れないままに激しく上昇と下降を繰り返しながら、勢いよく盛り上がり提示部を終了していた。
             展開部では短調のイメージになり冒頭主題がカノン風に展開され、若杉の指揮振りは意外にきめ細かく、分かりやすい身振りでゆったりと進行させていた。後半ではヴァイオリン二部が互いに模倣しながら次第に下降して木管との対話が続いていたが、突然に再現部となって、あの冒頭主題が勢いよく立ち上がっていた。この主題は再び型通りに激しく再現されていたが、若杉はその激しさを体で表すようにして各楽器の強弱、緩急の変化をつけながら指揮しており、素晴らしい勢いで一気にこの楽章は閉じられていた。







              この緩徐楽章は、繰り返し記号のあるソナタ形式であり、オーボエ、ファゴット、ホルンと弦五部の編成であるが、若杉は実にゆっくりとこの楽章を進め、繰り返しを行わずに演奏していた。第二ヴァイオリンがスタッカートで刻む16分音符の分散和音を伴奏に、第一ヴァイオリンが、非常にゆっくりしたテンポで優美に歌い出し、第一主題後半の弦とオーボエやファゴットとの対話も実に美しかった。第一ヴァイオリンがチッチッチとさざめき第二ヴァイオリンとヴィオラが歌い出す第二主題もゆっくりと進み、穏やかなアンダンテを醸し出すしていた。若杉はこの提示部を繰り返さずに直ちに展開部に入り、その雰囲気を変えぬように弦楽器と管楽器の推移的な合奏の短い展開部が続いていた。再現部では再び優雅な第一ヴァイオリンの旋律が続き、実に優美なアンダンテ楽章が続いていた。
               第三楽章のメヌエットでは、フルオーケストラで堂々と力強く進行しており、テインパニーやトランペットも加わって、ぶ厚い厚みのある音で堂々と行進するように進行していた。若杉は落ち着いたテンポでしっかりとリズムをきざみ、勢いのある上昇する分散和音が元気が良く、豊かな響きを見せるメヌエットであった。その反面、トリオでは弦楽器の優雅な合奏にオーボエやファゴットが加わって滑らかに優雅に進行し、対照的な響きを見せていた。正統派の若杉らしい豊かな音つくりのメヌエットであり、耳当たりの良い壮麗で堂々とした風格のある素晴らしいメヌエットであった。





              フィナーレの冒頭の軽快なロンド風の主題は、「後宮」の第19番のオスミンの「勝どきのアリア」に似た弦のユニゾンで始まる軽快なプレストで、小気味よいテンポで急速に進行してから、激しくフルオーケストラの和音が展開されていく。やがて軽やかな第二主題風のメロデイが颯爽と進行して再びロンド主題が現れてABABACAの形で進んでいた。この嵐のような激しさと力強さとを持った急速な展開は、後期のシンフォニーのフィナーレの特徴であり、若杉の指揮振りは激しさも歌うような華麗さも持ち合わせて実に柔軟に対応しており、交響曲のフィナーレとしての充実ぶりを十分に見せつけた響きであった。譜面をよく見ると、ロンド主題と思われたものはソナタ形式の第一主題とも考えられ、続く華やかなファンファーレ風の主題は第二主題であって、最後の副主題Cの部分を展開部と見なすと、全体はソナタ形式とも受け取れる楽章であった。最後には勢いよく再び冒頭のロンド主題に駆け戻り、最後は力強いコーダで結ばれていた。若杉の力溢れる輝かしいフィナーレの終結であった。素晴らしい観衆の拍手に堪えて若杉は何回か舞台に登場して、挨拶を繰り返したいた。

               若杉の演奏は、きめ細かな指揮振りであるが、全体としてみれば堂々としたオーソドックスな勢いのある演奏であり、実に良いテンポで味のある「ハフナー」を聴かせていた。第一楽章のエネルギッシュなアレグロ、第二楽章のゆっくりしたテンポの美しいアンダンテも魅力的であったし、第三楽章の風格ある力強いメヌエットも勢いがあり、フィナーレの急速なプレストも颯爽として素晴らしかった。このようなN響の充実したオーケストレーションを聞かされると、もう先進諸国の先輩オーケストラと変わらない演奏が得られていることに気がつき、後続する交響曲が非常に楽しみであった。







このコンサートの第二曲目は、交響曲第38番ニ長調K.504「プラーハ」であり、前曲に引き続いて演奏された。初めの第一楽章の序奏部では、若杉は最初の一撃から非常にゆっくりとしたテンポで悠然と始め、弦楽器により整然と一つの頂点に達してから、テインパニーの輝かしいリズムに乗って大胆に堂々と行進曲風にリズミックに進行し高まりを見せていた。このようなひしひしと迫る厳粛な力強い緊張感は、交響曲としては初めての試みであろうか。一呼吸置いて一転してソナタ形式の最初の主題が、第一ヴァイオリンのシンコペーションで颯爽と走り出し、フォルテの木管が主題後半を引き継いで、それから全ての楽器により歌われて、形を変え楽器を変えながら対位法的に展開され力強く進行していった。やがて弦楽器で何回も孤を描くように弾かれる軽やかな第二主題が提示され、それに木管群やピッチカートも加わって素晴らしい提示部の後半の盛り上がりを作り出していた。若杉はここで再びしっかりと冒頭のアレグロに戻って丁寧に繰り返しを行っていたが、ここでも充実したオーケストラの響きが堂々と継続され、力強く提示部をまとめていた。
          長い展開部では第一主題の前半と後半の主題断片が次ぎつぎに対位法的な変化をしながら繰り返され、若杉は力強い充実した展開部に発展させて再現部に突入していた。再現部ではかなりの変化が見られ第二主題の後にも第一主題の動機が現れるなど変化を見せながら進行し、最後はコーダで一気に結ばれていた。若杉は古い伝統的な指揮者と異なって提示部の繰り返しは行っていたが、末尾の展開部からの繰り返しは省略していた。



                第二楽章のアンダンテでは、若杉はゆっくりしたテンポで弦楽器を穏やかに歌わせながら繰り返し、直ぐにスタッカートの動機が続いてカノン風の展開になり、弦に応えるように木管が同じ旋律を奏でて行き、美しい動機が重なるように進んで経過部を作り上げていた。若杉は実に丁寧に歌わせていたが、やがて穏やかで軽やかな第二主題が弦により提示され、オーボエやフルートでも繰り返されて穏やかに美しく進行していた。若杉はこの主題提示部を丁寧に繰り返し、じっくりと全体を歌わせてから展開部に移行していた。展開部では、第一主題のスタッカートの動機がカノン風に複雑に激しさを増して展開されるが、これが実に印象的で素晴らしい効果をあげていた。再現部では第一主題、第二主題と進んでいたが、木管の重奏が目立っていた。





                 フィナーレでは、二つの繰り返しを持つソナタ形式。冒頭の第一主題が「フィガロ」の第二幕の中頃のスザンナとケルビーノの二重唱「早く、早く」の旋律にとても良く似ており、ロンド主題のような形で舞台同様に素早く小刻みに進行する。続く第二主題も軽快なテンポで進行し、弦の提示に対し管が応える対話のように進み、特にフルートが目覚ましい活躍をしていた。若杉は提示部の繰り返しを行い最後の繰り返しを省略するオーソドックスな演奏をしていたが、展開部では冒頭の主題を繰り返し展開しており、このフィナーレは、全体として、終始、第一主題の軽快なテンポで進行し、後半の最後に力強い終わり方をして曲は結ばれていた。大変な拍手が湧き起こっていたが、若杉は丁寧にこれに応えていた。拍手が鳴り止まず、三度目に出てきて木管の皆さんに挨拶をさせてから、拍手もまばらになって休憩に入っていた。

若杉の演奏は、非常に気配りの多い丁寧な指揮振りを見せていたが、全体としてみれば堂々としたオーソドックスな勢いのある演奏であり、安心して浸れる良いテンポで、緩急をわきまえた親しみの持てる「プラーハ」を聴かせていた。序奏のゆっくりした落ち着きのある大胆な進行、第一楽章のエネルギッシュなアレグロ、第二楽章のゆっくりしたテンポの美しいアンダンテも魅力的であったし、フィナーレの急速なプレストも颯爽として素晴らしかった。二つの繰り返しを持つソナタ形式では、前半の繰り返しは、丁寧に行い、後半の繰り返しは古楽器指揮者と異なって省略するスタイルを堅持していた。



休憩の後の最後の曲は、交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」であり、若杉がN響を相手にこの大曲をどう料理するかが楽しみであった。第一楽章は、フルオーケストラによる堂々たる三つの和音で開始されるが、若杉はゆっくりしたテンポで堂々と進み実に気持ちが良い。オーケストラは低い音から高い音まで厚いピラミッド型の響きであり、6台のコントラバスが右奥に二列に並び力強く弾かれており、堂々としたオーソドックスな厚みのある響きがしていた。フェルマータのあと、フルートとオーボエが二重奏で主題を変形して軽快に繰り返され、躍動するように進行し、これが「ジュピター」であると感じさせる堂々たる響きであった。続いて第一ヴァイオリンがお馴染みの第二主題を提示して行き経過部を経て小休止の後、大音響とともに激しく爆発するが、若杉は堂々と淀みなく前へ前へと進めていた。やがて、ピッチカートに導かれて軽快に楽しく流れる副主題が嵐を収めるように続いてから、提示部の繰り返しを行い、再び冒頭の主題が再現されていた。 この繰り返しを良く聴くと、指揮者の特徴が浮き彫りになるような気がしており、若杉は重厚なしっかりした響きを求めていた。
           展開部では前半が先の軽快な副主題が様々な形で展開され、後半では冒頭の主題が弦と木管とで交互に主題を変形しながら展開され、実に力強く進行していた。若杉の指揮振りは、きめ細かく取り組んでいるが、分かりやすいハッキリした身振りで、全体としては堂々とした分厚い音の響きが非常に頼もしく聞こえていた。再現部でも、劇的なコントラストを図る部分と、マーチのように躍動して進行する部分と、軽やかに楽しく流れる部分とが調和して進んでおり、構成美溢れる第一楽章を見事に形作っていた。



           第二楽章はアンダンテ・カンタービレで、厳かな感じのうねるように響く美しい主題が第一ヴァイオリンで静かに提示され淡々と進むが、オーケストラの流れが厚くて重厚な響きがし、木管群も良くこれに応えるように音を響かせていた。続く第二主題も重々しく弦がうねるように進行するが、木管も負けじとこれに参加しフルートもファゴットも存在感を示すように歌っていた。若杉はこのソナタ形式の提示部の繰り返しをせずに展開部に移行していたが、再現部では、第一主題が変形されて弦の各声部で出てくる豊麗な32分音符の流れとフルート・オーボエ・ファゴットなどとの対話の部分が長々と続き、第二主題でも素晴らしい弦と管の対話があって、この曲独自の絶妙の世界を築き上げていた。






              一方の第三楽章のメヌエットでは、若杉は通常のテンポでメヌエット主題をリズミックに颯爽と進め、後半では木管が一頻り歌い出しトランペットが鳴り響く場面もあって、ここでも壮麗な世界が繰り広げられていた。トリオでも同じような落ち着いたテンポで、フルートの出だしのあとにオーボエと弦が合奏するユーモラスな場面が繰り返された。そのあとに第一ヴァイオリンと木管全体が和音を合奏しながら流して趣を変えてから、再びリズミックなメヌエット主題に戻っていた。



フィナーレはド・レ・ファ・ミの四つの音から作られるモルト・アレグロの堂々たるフーガ主題に始まり、この主題を追って威勢の良い主題が次々と提示され繰り返されていき、次第に元気良く壮大に進められていた。若杉は両手を広げて丁寧にリズムを取りながらオーケストラを盛り上げるようにこのフィナーレを力を込めて指揮をしていたが、オーケストラの方もこれに応えるように颯爽として堂々たる響きを見せていた。展開部では冒頭主題によるフーガ的展開が、繰り返し繰り返し丁寧に行われその都度壮大さを増しており、再現部に入っても、この壮大なフィナーレ主題が展開部の続きのように対位法による展開がなされていた。特に最後のコーダでは、4つのフーガの主題だけで各声部が構築される複雑な多声的なフーガであり、オーケストラ全体が次第に力強く盛り上がりを見せて、高揚しながら高らかに終結していた。素晴らしい感動的な演奏で、歓声とともに凄い拍手が湧き起こり、場内は集中から解放されて暫くは興奮の状態で拍手が続いていた。何回か若杉は挨拶を繰り返していたが、最後にフルートとオーボエ、ファゴットとトランペットとホルンが指名されて挨拶を行って、ようやく拍手が収まっていたが、N響にしては珍しい興奮状態であった。

          まれに見る指揮者若杉弘(1935〜2009)の熱演で、素晴らしい熱気溢れたコンサートとなっていた。この「ジュピター」交響曲においても彼の指揮振りは、きめの細かな面はあるものの全体としてはオーソドックスな正攻法であり、安心して浸れる素晴らしいテンポで、後味の良い演奏であった。各楽章とも納得できる進め方であったが特にフィナーレでは、実に入念な指揮振りでソナタ形式の世界から渾然としたポリフォニーの世界へと飛び込んだような気分にさせられていた。面白い組み合わせの三大交響曲のコンサートであったが、初めて聴いた指揮者若杉弘の名コンサートであったと評価できる。

(以上)(2013/03/07)


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