(最新入手のBD映像:フランチェスカッテイとメニューインの協奏曲)
13-2-2、ジノ・フランチェスカッテイによるヴァイオリン協奏曲第4番ニ長調K.218、イルジー・セムコフ指揮パリ音楽院管弦楽団、1967年エクサンプロヴァンス音楽祭、およびユーデイ・メニューイン指揮とヴァイオリンによるヴァイオリン協奏曲第3番ト長調K.216、フランス国立放送室内管弦楽団、1967年フランス国立放送スタジオ、パリ、

−フランチェスカッテイは、他のCDなどと同様に、この曲においても彼独自の豊麗なヴァイオリンの音色を生かした美しい演奏をする天才肌のヴァイオリニストであると言う印象を受けた。メニューインが自ら指揮をしたりして和声やアンサンブルを大切にするヴァイオリニストであるに反し、フランチェスカッテイは、指揮者と対等に堂々と渡り合ういわばヴィルトゥオーソ的なソリストであり、ヴァイオリニストのスタンスが、第3番と第4番の演奏の違いのようになって現れていたのは面白かった。メニューインが、年齢を増すごとに演奏スタイルが変わってきて、現代のピリオド奏者たちが試みているようなことを先駆的に実行していることが、別の5枚のCDでも理解でき、それが今回の第3番のリハーサル風景にも現れているような気がした−



(最新入手のBD映像:フランチェスカッテイとメニューインの協奏曲)
13-2-2、ジノ・フランチェスカッテイによるヴァイオリン協奏曲第4番ニ長調K.218、イルジー・セムコフ指揮パリ音楽院管弦楽団、1967年エクサンプロヴァンス音楽祭、およびユーデイ・メニューイン指揮とヴァイオリンによるヴァイオリン協奏曲第3番ト長調K.216、フランス国立放送室内管弦楽団、1967年フランス国立放送スタジオ、パリ、
(2011/12/19のCJ736の放送をBD45.8に収録、および2012/03/16のCJ736の放送をBD48.51に収録)

2月号の第2曲目は、クラシカ・ジャパンの特集「20世紀の巨匠たち」から抜き出したもので、いずれも白黒の映像であるが、これら二人の著名なヴァイオリニストが絶頂期にある頃の演奏を捉えており、アップすることを楽しみにしていた。
ジノ・フランチェスカッテイ(1902〜1991)は、LP初期の時代にパガニーニとサン・サーンスのヴァイオリン協奏曲で出遭ったヴァイオリニストであり、これらは今でもCD複刻盤で楽しんでいる。彼のヴァイオリンの音色には独特のものがあり、これら2曲には実に良く合っていたが、彼のモーツァルトの協奏曲にもそれが現れていた。第4番はLPでも10インチのレコードで持っていたが、見当たらなくなった。不思議なことに彼はヴァイオリンソナタは弾いていない。今回の映像は、1967年のパリ音楽院管弦楽団との協演であり、彼が65歳の時の演奏で円熟した演奏を聴くことが出来る。また、55分の映像の中には、1961年のベートーヴェンのロマンスが2曲含まれており、残念ながらピアノ伴奏であったが、彼の最も得意な分野としていた曲であろうと思われる。

一方のユーデイ・メニューイン(1916〜1999)は、ユダヤ系ロシア人として生まれた天才ヴァイオリニストで、アメリカにわたり幼少より天才振りが広められ活躍してきた。彼のモーツァルト演奏については、私はEMIclassicsの5枚組のCD全集で、ヴァイオリン協奏曲第1番〜第7番のほかアデライデ協奏曲K.Anh.294、K.364&K.190、K.250&K.287、など珍しい曲を演奏したCDを持っている。このHPには、 彼のカラヤンとの協演でヴァイオリン協奏曲第5番イ長調K.219の映像(1-7-2)がアップ済みである。今回の映像の彼のヴァイオリン協奏曲第3番ト長調K.216は、彼のヴァイオリンと指揮によるもので、冒頭に協演したフランス国立放送室内管弦楽団とのレハーサルの様子も収録されていた。55分の映像の第1曲は、オイストラフと二人でバッハの二つのヴァイオリンのための協奏曲BWV.1043が収録されており、いずれも貴重な映像であると思われる。





メニューインの最初の第一曲目は、ヴァイオリン協奏曲の第三番ト長調K.216であるが、この映像ではいきなりレハーサルが始まっていた。画面では第一楽章の前半の途中から、オーボエが第二主題を吹き出して独奏ヴァイオリンがこれを受けてオーケストラに渡し、独奏ヴァイオリンが華やかに進み出すところを、繰り返してリハーサルが続けられていた。メニューインは一緒に弾きながら言葉少なにわずかな指示だけで進みだし、絶えず呼吸やアタックなどに注意し、音の長さや指使いなどにも神経を使っているように見えたが、展開部から再現部へと休みなく進み、第一楽章の最後まで続けられていた。このレハーサル風景は、指揮者でありソリストでもある彼の暖かい人柄を示しているように行われており、彼自身がオーケストラとのアンサンブルを楽しんでいるかのように見えた。






   この曲の第一楽章はトウッテイでいきなり第一主題が開始されるが、この主題はオペラ「羊飼いの王様」K.208の第3曲アミンタのアリアからの転用でお馴染みのものであった。メニューインはトウッテイには参加せず、右手だけで合図をするように指揮を取り、良く見るとコントラバスが二台で二つのオーボエとホルンの中規模なオーケストラ編成で長い第一主題を演奏し、直ぐにオーボエとホルンが導く第二主題となってオーケストラによる第一提示部が簡単に終わっていた。そこで独奏ヴァイオリンが勢いよく第一主題を明るく弾き始め、オーケストラがトウッテイで繰り返していたが、直ぐに独奏ヴァイオリンが第三の新しい美しい主題を、これが主役だとばかりに晴れやかに弾き始め、早い技巧的なパッセージを示してから、オーボエとホルンの重奏で第二主題が提示されて、独奏ヴァイオリンが再び元気よく活躍しながら提示部の後半を盛り上げていた。
          展開部では独奏ヴァイオリンが大活躍。メニューインが独奏で新しい主題を提示してから繰り返し、トウッテイ、独奏ヴァイオリン、オーボエなどで順番に展開されて一通り進んでいたが、メニューインの独奏ヴァイオリンの一人舞台のようであった。フェルマータの後一息ついてから、再現部はトウッテイで始まった。続いて独奏ヴァイオリンで第一主題の後に第三の主題が独奏ヴァイオリンで弾かれ、続いて第二主題が型通り出て発展してからカデンツアとなっていた。メニューインのオリジナルのカデンツアで、彼は実に手慣れた表情で、豊かな技巧を散りばめながら各主題の一部を回想するように丁寧に仕上げた長いものであった。
映像は録音スタジオのようであり、照明器具などがぶら下がった狭いスタジオで、階段状の客席があり、少ない観衆のもとで収録されているようであった。



           第二楽章ではアダージョの4小節の主題がピッチカートの伴奏を伴ってトウッテイで美しく始まるが、直ぐにメニューインの独奏ヴァイオリンがピッチカートの伴奏でこの美しく透明な主題をオクターブ高く明るく歌い、変奏を加えながら繰り返していた。オーボエに代わってフルートがこの楽章では使われており、フルートとホルンの重奏と独奏ヴァイオリンが交互に第二主題を提示し繰り返されていた。続く短い展開部では独奏ヴァイオリンにより第一主題前半のフレーズがメニューインの一人舞台で展開され、続けて始まる再現部では独奏ヴァイオリンが中心で再現されていた。短いカデンツアはメニューインのオリジナルか。最後はコーダのあと独奏ヴァイオリンが第一主題を弾きだして終わるというこの主題を噛みしめるような珍しい終わり方であった。



         第三楽章は「ロンドーRONDEAU」と書かれたアレグロ楽章であったが、中間に短い短調のアンダンテと長調のアレグレットの部分が挟まった気まぐれなロンド楽章。初めにまずオーケストラで耳慣れたロンド主題が軽やかに提示され、続いて独奏ヴァイオリンがロンド主題を新たに繰り返していく。ここでもメニューインが一人舞台で軽快に進め、その後は新しい主題を独奏ヴァイオリンが提示する形でA-B-A-C-A-とロンド形式の形で進んでいた。ところがロンド主題を終えてフェルマータの後、曲は一転してアンダンテとなり、独奏ヴァイオリンが弦のピッチカートに乗って軽やかに美しい新しい歌を歌い出し繰り返された。続いて曲調はアレグレットに変わって、再び独奏ヴァイオリンが民謡調の別の歌を歌い出し、更に重音奏法の新しい主題が提示されて繰り返され、この新しい二つのエピソードの飛び込みにはビックリさせられる。再び初めのロンド主題に戻ってこの楽章は静かに終わっていたが、モーツァルトの連作時におけるこうした思わぬ変化には何時も驚かされてしまう。

           終わってみればメニューインのヴァイオリンを弾きながら指揮を取り、トウッテイの指揮をしながら一転して独奏ヴァイオリンを弾き出すという手慣れた名人芸の一人舞台を見せつけられた感じであった。彼がヴァイオリンを弾く姿はまさに絵になっており、ヴァイオリンとオーケストラのアンサンブルを楽しみながら弾いている肩のこらない演奏スタイルがとても良く似合っていた。彼は顔の表情やちょっとした身体の仕草で指揮をする名人芸的な側面があり、また、指揮者としてのリーダシップもしっかりしており、全ての面で彼の持ち味が発揮されていたので、この映像は残された数少ない映像の一つとして非常に重要であると思われる。




2月分の第二曲目は、ジノ・フランチェスカッテイによるヴァイオリン協奏曲第四番ニ長調K.218であり、映像ではいきなり指揮者とフランチェスカッテイが写し出され、第一楽章が始まっていた。どうやら、1967年エクサンプロヴァンス音楽祭のライブで状態の良くない白黒の映像で、パリ音楽院管弦楽団の演奏であった。メニューインの演奏と異なって、こちらは生真面目そうな指揮者イルジー・セムコフが、威勢のよく軍隊的なリズムを持った第一主題のアレグロがオーケストラのトウッテイで開始され、続いて第一ヴァイオリンが弱奏で特徴ある第二主題を提示しオーボエによって繰り返されて行き、やがてオーケストラにより提示部が終息していた。
          そこでフランチェスカッテイの独奏ヴァイオリンが、満を持したように高らかに2オクターブ高く第一主題を弾き始めていた。彼のこの高音の美しさは独特な響きを持っており、丁寧に繰り返しを行ってから、新しい主題を走句のように弾き進み、目まぐるしい技巧を見せながら勢い良く走り出していた。彼の姿勢はヴィルトゥオーソ的なスタンスであり、指揮者と対等に堂々と渡り合うように見えた。やがて途中で起伏のある第二主題も、独奏ヴァイオリンで示されてから、フランチェスカッテイはオーケストラと暫く掛け合いを見せながら主題を発展させ、次第に盛り上がりながら主題提示部を終えていた。


          独奏ヴァイオリンの勢いは展開部に入っても変わらずに、コーダの音形がオーケストラを相手に激しく揺れ動きを見せていた。再現部でも軍隊風の威勢の良いリズムが現れ、主題提示の順序が異なるものの独奏ヴァイオリンの華やかな走句が続いていた。最後のカデンツアはフランチェスカッテイのオリジナルで、第二主題の音形や堂々とした軍隊調のリズムを取り入れて技巧的にまとめており、まさに余裕に満ちた風格のある弾き方をしていた。

            第二楽章ではオーケストラの前奏で、第一ヴァイオリンと木管が奏でる美しい穏やかな主題で始まってから、フランチェスカッテイが1オクターブ高く独奏ヴァイオリンで優しく繰り返してから、続けてソロが新しい穏やかで美しい副主題を弾き始めていたが、その後は独奏ヴァイオリンが終始先頭に立ちこの楽章をリードしていた。やがて和やかなムードになった後に、再びソロがヴァイオリンのスタッカートを伴奏にした踊るような軽やかなメロデイ弾き出してオーケストラと協演し第一部を美しく締めくくっていた。第二部では最初からフランチェスカッテイの独奏が、まるで一人舞台のように弾き進み、全体を明るく繰り返しており、実に美しい優美な楽章になっていた。カデンツアは冒頭主題やスタッカートの主題が回想風に現れるオリジナルな物を弾いてから、穏やかにコーダに繋がりさり気なく終わっていた。



          フィナーレは第3番と同様にフランス風のロンドーと書かれた楽章であるが、モーツァルトの気まぐれが始まったかのような形式の楽章。アンダンテ・グラツイオーソで独奏ヴァイオリンによるロンド主題で軽やかにゆっくりと始まり、オーケストラとソロとに引き継がれてフェルマータとなった。するとアレグロ・マ・ノン・トロッポの表示になり、テンポと感覚ががらりと異なって独奏ヴァイオリンがスタッカートと装飾音を持つて軽快な主題を提示して繰り返して行き、さらに独奏ヴァイオリンが新しい主題をいくつか提示して、まるでフランチェスカッテイの一人舞台となっていた。再びアンダンテ・グラツイオーソのゆっくりした先のロンド主題に戻り、フェルマータの後に先に出てきたアレグロ・マ・ノン・トロッポに変わって華やかに進行していた。しかし、途中からフェルマータの後にアンダンテ・グラツイオーソの表示になり、全く突然に、新しい別の主題が独奏ヴァイオリンにより提示され、さらにこれも新しいヴァイオリン・ソロの重奏和音のエピソードなどが現れてビックリさせた。再び当初のアンダンテ・グラツイオーソによるロンド主題が現れてホッとしたが、モーツァルトの主題の豊かさがこのような意外性を生み出す例のようであった。カデンツアの部分で短い技巧的なフレーズを高らかに弾いてから、最後に再び、アンダンテ・グラツイオーソが現れて終結していたが、さり気ない終わり方もこの曲独自のものであった。

フランチェスカッテイは、他のCDなどと同様に、この曲においても彼独自の豊麗なヴァイオリンの音色を生かした美しい演奏をする天才肌のヴァイオリニストであると言う印象を受けた。メニューインが自ら指揮をしたりして和声やアンサンブルを大切にするヴァイオリニストであるに反し、フランチェスカッテイは、指揮者とソリストの役割を明確にして、指揮者と対等に堂々と渡り合ういわばヴィルトゥオーソ的なソリストであり、ヴァイオリニストのスタンスが、第3番と第4番の演奏の違いのようになって現れていたのは面白かった。メニューインが、年齢を増すごとに演奏スタイルが変わってきて、現代のピリオド奏者たちが試みているようなことを先駆的に実行していることが、別の5枚のCDでも理解でき、それが今回の第3番のリハーサル風景にも現れているような気がした。

(以上)(2013/02/21)


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