(懐かしいLD紹介:アバド・ベルリンフイルの交響曲第29番K.201と第35番K.385)
13-2-1、アバド指揮ベルリンフイルによる交響曲第29番イ長調K.201および交響曲第35番ニ長調「ハフナー」K.385、その他、1991年5月1日、スメタナ・ホール、プラーハ、 およびアバド指揮2011ルツエルン音楽祭管弦楽団による交響曲第35番ニ長調「ハフナー」K.385、 ルッエルン文化会館センター、2011/8/18,19、スイス、

−二つの交響曲はともにベルリンフイルらしいしっかりとした豊かな響きを聴かせ、アバドの落ち着いたきめ細かな指揮振りにより素晴らしい演奏になっていた。特にイ長調の第29番の交響曲は演奏例が少ないので、このアバドの素晴らしい演奏は、特に貴重なものであると思われた。一方の20年後のルッエルン音楽祭のハフナー交響曲は、非常に大規模な壮大な演奏であったが、臨時編成でもあり、音楽祭用の演奏と捉えるべきであろう。しかし、二つのハフナーを聞き比べて、明らかに最近のアバドの指揮振りの変化が見られている−

(懐かしいLD紹介:アバド・ベルリンフイルの交響曲第29番K.201と第35番K.385)
13-2-1、アバド指揮ベルリンフイルによる交響曲第29番イ長調K.201および交響曲第35番ニ長調「ハフナー」K.385、その他、1991年5月1日、スメタナ・ホール、プラーハ、 およびアバド指揮2011ルツエルン音楽祭管弦楽団による交響曲第35番ニ長調「ハフナー」K.385、 ルッエルン文化会館センター、2011/8/18,19、スイス、
(2012/10/28、ベルリンフイルのヨーロッパコン、SONY、SRLM-2014、および2012/07/22、NHKBS103特選オケライブをHDD-94.1に収録)

       2月号の第一曲は、柳さんから頂いたLDから、アバド(1933〜)の指揮で1991年プラハでのベルリンフイルのヨーロッパ・コンサートの映像を紹介する。始めに「ドン・ジョバンニ」序曲が演奏され、続いてあのソプラノのシェリル・スチューダーがドンナ・アンナのアリアを歌い、続いて交響曲第29番イ長調K.201が演奏されて一休み。休憩後に再びスチューダーがコンサート・アリアK.505をカニーノのピアノ伴奏で歌って、フィナーレとして交響曲第35番ニ長調「ハフナー」K.385が演奏される盛り沢山のコンサートであった。しかし、 序曲とドンナ・アンナのアリアおよびコンサート・アリアの3曲については、ソプラノのアリア選集(6-1-3)として、既に別途にアップロード済みであった。従って、ここでは残された二つの交響曲をお届けするものである。

        アバドの指揮する交響曲は、不思議なことにこのHPでは初めてであり、この2曲には期待していた。91年の頃はアバドがベルリンフイルの芸術監督に就任したばかりの57歳であり、最も元気が良かった頃の演奏で、この二つの交響曲第29番イ長調K.201および交響曲第35番ニ長調「ハフナー」K.385は、とても良い選曲であると感じていた。ところが、入手曲のデータベースを調べているうちに、アバドが2011年ルッエルン音楽祭でハフナー交響曲を演奏したものを収録していることが分かった。何と彼の78歳の時の演奏で、最初の演奏とは約20年の違いがある。そのため、この両者をスコアを見ながら比較して聴いてみると面白いのではないかと考えるに至った。ハフナー交響曲の全曲アップの完成が近づいているが、2度も録音してくれたアバドに対するお礼の積もりで、当初の構想に追加して、アップしてみたいと考えた。



   2月号の第1曲は、交響曲イ長調(第29番)K.201(186a)であるが、この曲は第三回目のイタリア旅行からザルツブルグに帰った1773年3月から74年にかけて作曲した9曲の交響曲の1曲であり、編成は小さいが次第にイタリアのシンフォニアの様式から離れてウイーン的ドイツ的な新しいスタイルを目指すようになってきて、4楽章の構成となっており、楽器編成はオーボエ2、ホルン2と弦5部の編成となっている。

                   第一楽章は二つの繰り返しと末尾に独立した長いコーダを持つソナタ形式であり、アレグロ・モデラートの軽快な楽章である。第一ヴァイオリンが清楚な主題を靜かに始めると、他の弦楽器がこれを入念に支え、次第に力を加え大きな波となってフォルテに達すると、管楽器も加わって主題が力強く反復されていた。この特徴ある軽やかな出だしが印象的で、繰り返される上昇旋律が実に軽快で快い。続いて弦だけによる第二主題は対照的に穏やかな曲調で、第一ヴァイオリンが優雅な旋律を奏で出しひとしきり進行した後に、第一ヴァイオリンが新しい第三主題を提示し始めて小さな盛り上がりを見せて提示部を結んでいた。アバドはベースが2本の小ぶりな編成で演奏しており、指揮振りは楽想に沿って軽快そのもので、一気に第一・第二主題を経過して提示部を終えていたが、再び冒頭に戻って快調に繰り返しを行っていた。
          展開部では第一主題のオクターヴ動機の変形がフーガ風に各声部で取り上げあれ、シンコペーションのリズムに乗って威勢良く展開されていた。再現部では多少引き伸ばされてはいるが、型通りに第三主題まで再現され、反復記号の外の長いコーダでは第一主題の一部がフーガ風に扱われて結ばれていた。




          第二楽章はアンダンテであり、第一楽章と同様に、途中に二つの繰り返しと珍しく末尾に独立したコーダが置かれたソナタ形式であった。第一ヴァイオリンが優雅な第一主題を提示し始め、第二ヴァイオリンがこの主題を引き継ぐと第一ヴァイオリンがオブリガート旋律に回り息を呑むように美しい。続けて第二主題を第一ヴァイオリンが優美な主題を弾きだしてひとしきり進んでから、オーボエとホルンが加わって総仕上げしてから、第三の主題が第一ヴァイオリンで登場し、オーボエに引き継がれて三連符のコデッタに入り提示部が収束していた。アバドはここで丁寧に繰り返しを行って、再び美しいアンダンテを繰り返してから、展開部に入り、ここでは新たに登場した三連符のコデッタが執拗に繰り返されて展開部の重みをつけてから再現部に移行していた。ここでは第一主題の後半が拡大されていたり、第二主題がホルンで反復されたり、第三主題も加わって賑やかに進行し、最後には独立したコーダで堂々と結ばれていた。



           第三楽章はメヌエットで、付点音符が多いリズミックな行進曲調のメヌエット。弦楽器中心で進行するが結びが管楽器のファンファールとなっていた。トリオは対照的にしなやかに流れる優美なものであった。トリオの後に、再び、メヌエットが開始され、最後に管楽器で結ばれていたが、この終わり方は珍しく風変わりなメヌエットという印象が残った。
            フィナーレはアレグロ・コン・スピーリトであり、前の二つの楽章と同様に、途中に二つの繰り返しと末尾に独立したコーダを持つソナタ形式であった。オクターヴの跳躍からなる威勢の良い第一主題は典型的な古典交響曲の軽快なフィナーレであり、第一楽章の第一主題と関係がありそう。軽やかな経過部の後に登場する第二主題は旋律的で、第二ヴァイオリンで提示され、第一ヴァイオリンが飾りをつけていたが、その後は互いに協力し合ってコデッタとなり提示部を終えていた。アバドはここでも最初の提示部の繰り返しは丁寧に行って、展開部に入っていたが、ここの主題は第一主題の動機で執拗に反復されていた。再現部は全く型通りであったが、アバドはこの軽快なフィナーレをリズミカルに疾走して一気にこの軽快な交響曲を収束させていた。

   このイ長調の軽快な交響曲は、ベームも好んで演奏しており、第一楽章の冒頭を聴くと直ぐに思い出す軽快な曲で大好きな曲の一つになっている。今回のアバドの演奏は、プラハのスメタナ・ホールという由緒ある古い劇場であり、私も訪れたことがあるので懐かしさを感じながら聴いていた。これまでベーム、コープマン、アバドの順にアップしてきたが、今回のこの演奏のテンポ感が、一番、快く感じ、自分には合ったお気に入りであり、良くまとまった素晴らしい演奏であると感じている。



  アバドとベルリンフイルの第2曲目は、交響曲第35番ニ長調「ハフナー」K.385であった。この曲は、ご存じの通りウイーンでセレナードとして作曲して父親に送付しから、改めて交響曲としてウイーンで改作されたものであり、その時にフルートとクラリネットが加えられたと言われる。アバドはこのコンサートでは、前曲同様にコントラバスを2本とし、トランペッットやテインパニーを加えた完全な二管編成として演奏されており、オーケストラは総人員が40〜50人くらいの中規模なオーケストラの編成であった。

          「ハフナー」交響曲の第一楽章は、フルオーケストラで鋭い2オクターブの跳躍する激しい動機で始まるが、アバドは、ユニゾンで堂々と力強く跳躍を行い、続いて始まる行進曲調のモチーブのリズムを明確に刻みながら開始していた。これはベルリンフイルらしい厚みのある音色に特徴づけられた出だしであり、実に悠々とした力強いファンファーレとなっていた。この冒頭の第一主題は、行進曲調に軽快に進むアレグロ・コン・スピリットで進行しており、続いて冒頭部分の跳躍が繰り返されて、行進曲のリズムに乗って第一主題が変化に富んだ姿を見せて、その対旋律が次から次へと調子よく現れていた。特にファゴットによる伴奏でヴァイオリン二部がカノン風に絡み合って進行したりしていたが、明快な第二主題の形が現れないままに激しく上昇と下降を繰り返しながら、勢いよく盛り上がり提示部を終了していた。
          展開部では短調のイメージになり冒頭主題がカノン風に展開されて行き、後半にはヴァイオリン二部が互いに模倣しながら次第に下降していくと突然に再現部となった。ここでは、あの激しい冒頭主題が立ち上がっていたが、アバドは実に充実したオーケストレーションを聴かせていた。再現部は型通りに進んでいたが、アバドはベルリンフイルを十分に響かせて、悠々とダイナミミックに進行させ、短いが力強いこの第一楽章の全体像を明確に描いていた。



           第二楽章は繰り返し記号のあるソナタ形式で、ウイーン風の明るいアンダンテ。恐らく当初のセレナードのままのオーボエ、ファゴット、ホルンだけの編成であった。第二ヴァイオリンがスタッカートで刻む16分音符の分散和音を伴奏に、第一ヴァイオリンが、非常にゆっくりしたテンポで優美に進める第一主題が美しく、続くオーボエやファゴットとの対話も実に和やかであった。第一ヴァイオリンがチッチッチとさざめくような第二主題もゆっくりと進み、穏やかなアンダンテとなっていた。アバドは、この提示部を指示通りに丁寧に繰り返して、素晴らしいアンダンテ楽章を豊かに美しく築き上げていた。短い展開部では雰囲気を変えぬように弦楽器と管楽器の推移的な合奏に終始し、続く再現部は再び優雅な第一ヴァイオリンの旋律が続き、明るく優美なアンダンテ楽章となっていた。



           第三楽章はフルオーケストラのウイーン風の典雅な趣のあるメヌエットであり、テインパニーやトランペットが加わって、ぶ厚い厚みのある音で堂々と行進するように進行していた。アバドは落ち着いたテンポで、テインパニーを響かせ、勢いのある上昇する分散和音が美しく豊かな響きを見せ、しっかりしたリズムを取っていた。トリオでは弦楽器の優雅な合奏にオーボエやファゴットが加わって滑らかに優雅に進行し、対照的な響きを見せていた。耳当たりの良い壮麗で堂々とした存在感のある素晴らしいメヌエットであった。
         フィナーレのロンド主題は、「後宮」の第19番のオスミンの「勝どきのアリア」に似た弦のユニゾンで始まるプレスト楽章であり、小気味よいテンポで急速に進行してから、激しくフルオーケストラの和音が展開されていく。この嵐のような激しさと力強さとを持った急速な展開は、後期のシンフォニーのフィナーレの特徴であり、アバドは、力強く壮麗にオーケストラを響かせており、交響曲としての充実ぶりを十分に発揮していた。続く副主題も軽快に推移する似たような忙しい主題であって、颯爽と進行して標準的なロンド形式の形で進んでいた。中間に位置する副主題も前の副主題に似たリズミックに進行するもので、勢いよく再び冒頭のロンド主題に駆け戻り、力強いコーダで結ばれていた。

  アバドとベルリンフイルによるこの二つの交響曲は、その前後にソプラノのスチューダーによるコンサート・アリアが入り、華やかなサービスの豊かなコンサートであった。両交響曲ともに、ベルリンフイルらしいしっかりとした豊かな響きを聴かせ、アバドの落ち着いたきめ細かな指揮振りにより素晴らしい演奏になっていた。ハフナー交響曲は演奏頻度が多く、優れた演奏がいろいろあり、この演奏も優れたもの一つと思われるが、特にイ長調の第29番の交響曲は演奏が少ないので、このアバドの素晴らしい演奏は、特に貴重なものであると思われた。


  続いてもう一曲のアバドがルツエルン音楽祭の臨時編成オーケストラを指揮していたハフナー交響曲K.385を見つけ出したので、今回、ここで取り上げたいと思う。ルツエルン音楽祭は戦前の1938年にナチスの台頭を嫌ったアーテイストたちによって始められたという音楽祭であったが、戦後長い間中断していた。しかし、クラウデイオ・アバドが、1990年から2002年までベルリンフイルの芸術監督を務めた後、2003年よりこの音楽祭を呼びかけて再開してから、毎年夏にこの音楽祭が続けられている。歴史をたどると、ワーグナーが1866年にこの近郊に居を構えてから、20世紀になってトスカニーニやR.シュトラウスがこの町で活躍を始め、彼らが地元の音楽家、文化人に働きかけて夏の音楽祭創設に尽力したという。

    2011年のこの音楽祭では、音楽祭のために特別に編成されたオーケストラをアバドが指揮して、ルツエルン文化会議センターのコンサートホールで、ハフナー交響曲ニ長調K.385とブルックナーの交響曲第5番の2曲が演奏されていた。アバドは先のベルリンフイルの演奏とは約20年後の78歳の演奏であり、コンサート前半のハフナー交響曲は、コントラバスが4本で弦楽器がもの凄く多い大規模な二管編成のオーケストラで演奏されていた。世界中から名手たちが集まって臨時編成された祝祭オーケストラらしく、楽団員の力量は抜群であり、自主的に演奏しがちなプレイヤーを指揮者アバドがいかに統率していくかが見物のオーケストラ演奏が期待されていた。


    この映像を最初に見て、非常に大規模な壮大なハフナー交響曲の演奏であると直感した。この交響曲の第一楽章は、生き生きとした弦の躍動で高らかに始まり、軽快なテンポで堂々と進行して行くが、あの2オクターブの激しい動機が躍動し、前回よりも速めのテンポで、行進曲のリズムに乗って堂々と力強く進行するさまは素晴らしく、モーツアルトが後期の交響曲で初めて見せた激しい充実したオーケストレーションのように思えた。この音楽祭用の臨時オーケストラは、4本のベースでぶ厚い低域を支え、二管編成にしては弦楽器の数が多すぎるような布陣であったが、堂々たるゆとりのある音が部屋中に広がりとても心地よい。しかし、どれだけレハーサルの時間が取れたのだろうか、細かく聞くともの凄く速いテンポの箇所や、装飾音などで弦楽器が多少不揃いになるところが見かけられた。この曲の展開部では、穏やかな曲調でカノン風の弦の厚みのある進行が印象的であったが、続いて堂々と再現部においてもあの弦の躍動があり、素晴らしい勢いでアレグロ・コン・スピリットの楽章が収束していた。


   アンダンテ楽章では、アバドは前回のベルリンフイルの演奏と異なって、非常に速いテンポで進み出した。この楽章は、二つの繰り返しを持つソナタ形式で書かれており、これまでは第一主題も第二主題もゆっくりしたテンポで穏やかなアンダンテで推移するのが一般的であったが、アバドは明らかに演奏スタイルを変え、古楽器演奏のようにテンポを速め、提示部の繰り返しは前回同様に繰り返して演奏していたが、最後の繰り返しも今回は行って、展開部が二度演奏されるというスタイルで演奏されていた。恐らくこれだけの大規模なオーケストラでこういう演奏を聴くことは初めてであったろうが、彼が古楽器演奏の良さを取り入れようとしている現れの一つであろうと考えてみた。



          第三楽章はフルオーケストラのウイーン風の典雅な力強いメヌエットであり、ぶ厚い厚みのある音で堂々と行進するように進行していた。トリオでは、弦楽器の優雅な合奏にオーボエやファゴットが加わって対照的にゆったりと進められており、ほのぼのとした豊かな演奏に聞こえた。フィナーレでは、「後宮」のオスミンのアリアに似たあのロンド主題が、弦のユニゾンで疾走し、小気味よいテンポで急速に進行し激しく展開されていた。このような嵐のような複雑さと激しさを持った急速な展開は、後期のシンフォニーのフィナーレの特徴であり、にわか編成のオーケストラには難しいことと思われるが、アバドはこの弦の多い大編成のオーケストラを緩・急、強・弱の変化を柔軟に使い分けながら、交響曲として充実した響きを見せていた。

          ブラボーの歓声と拍手が続き、このコンサートの始まりの第一曲としては、十分に満足できるオーケストラであったが、このコンサートは、次が本命のブルックナーの交響曲第5番であったので、このハフナー交響曲は、楽員たちにとっては、本命前の小手試しのような積もりで演奏していたかも知れない。
私は最近のアバドは古楽器演奏の良さを取り入れて来ていることを感じてきたが、このような大規模なモダン楽器によるオーケストラに於いても、積極的に ピリオド奏法の良さを取り入れていることを確かめることが出来た。特に、20年前のベルリンフイルとは、第二楽章が全く一変しているのには驚かされたが、私個人の印象では、第二楽章は従来通り、ゆっくりと豊かに演奏してくれた方が好ましいと考えている。今回の臨時編成的なオーケストラでは、いくら腕達者なソリスト級の奏者が揃っていても、例えば小澤征爾と斉藤記念オーケストラのように長年指揮者と一体になって馴染んでいなければ、なかなか成功することは難しいと思われる。この音楽祭のオーケストラは、アバドの指揮で今後も続くようなので、もっと期待して聞き続けて行きたいと思っている。

(以上)(2013/02/12)


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