(懐かしいLDより;アーノンクール・ポネルの「ポントの王ミトリダーテ」)
13-12-3、ニコラウス・アーノンクール指揮、ジャン=ピエール・ポネル演出による歌劇「ポントの王ミトリダーテ」K.87(74a)、ウイーン・コンツエントウス・ムジクス、
テアトロ・オリンピコ、ヴェチェンツア、1986、3月、イタリア、

−ポネルの演出を改めて見て、古い劇作品をローマ時代を彷彿とさせる古い奥行きのある劇場を使って、王族の正装スタイルで当時の劇作品を豪華なものに見せて他の演出を寄せ付けないレベルの高さを見せつけていたが、やはり最後のエンデイングをことさら単純に簡素化して、過去に指摘したと同じエンデイングのもの足り無さを、改めて今回も感じさせた。しかし、この映像の第二幕のフィナーレになるアスパージャとシファーレの二重唱の美しさ、二人のカデンツアの素晴らしさには、これが14歳の少年の作だけに、何度聴いても驚かされる。−

(懐かしいLDより;アーノンクール・ポネルの「ポントの王ミトリダーテ」)
13-12-3、ニコラウス・アーノンクール指揮、ジャン=ピエール・ポネル演出による歌劇「ポントの王ミトリダーテ」K.87(74a)、ウイーン・コンツエントウス・ムジクス、
テアトロ・オリンピコ、ヴェチェンツア、1986、3月、イタリア、
(配役)ミトリダーテ;イエスタ・ウインベルイ、アスパジア;イヴォンヌ・ケニー、シファーレ;アン・マレイ、ファルナーチェ;アンネ・イエヴァン、イズメーネ;ジョーン・ロジャース、マルツイオ;ピーター・ストラーカ、アルバーテ;マッシミリアーノ・ロンカート、
(1992/09/30、ポリドールK.K.のLD、POLL-1041/2)

                12月号の第3曲目は、とても懐かしいLDより、ニコラウス・アーノンクール指揮、ジャン=ピエール・ポネル演出による歌劇「ポントの王ミトリダーテ」K.87(74a)を取り上げてみた。この映像は、アーノンクールの手兵のコンツエントウス・ムジクスによるもので、ポネルがイタリアのヴェチェンツアにある最古の屋内劇場とされるテアトロ・オリンピコ劇場で、1986年3月に映像化したものである。この曲は本格的なオペラ・セリアに属するので、当時の古いオペラ・セリア向きのオリンピコ劇場で集録すれば効果があるであろうと考えられた由緒ある映像である。「ミトリダーテ」については、コヴェントガーデンの「ミトリダーテ」(1991)が出たときに、ヴィック演出ダニエル指揮のもの(2-11-2)として、既に入手していた3種類の映像の総括を行ってしまっていた。従って、このアーノンクール・ポネルやグシュルバウアー・リヨンの映像については、M22 のミンコフスキーの映像のように、細かに筋を追った写真付きの映像として紹介されていなかった。そのため、ここでは、この作品の原点に返ってこれらの映像を見直し、改めてポネルの演出の意図を考察したいと考えたものである。



                レーザーデイスクが始まると、直ちにアーノンクールとウイーン・コンツエントウス・ムジクスによる軽快な序曲が始まっており、映像では著名なオリンピコ劇場の絵画を背景に少年モーツァルトの絵や自筆譜が写されたりしていた。この序曲は、アレグロ/アンダンテ・グラチオーソ/プレストから成るシンフォニアの形式による三楽章の小さな交響曲であって、第二楽章に入ると映像では、ヴェネチィアの港の絵画を背景としてこのオペラのあらすじが紹介されていた。そして速いテンポのプレストに入ると、当時の戦争の絵が写されてから、出演者の紹介が行われていた。
    紹介されたあらすじでは、ポント王国の王ミトリダーテは、婚約中のアスパージャを二人の息子シファーレ(次男)とファルナーチェ(長男)に頼んでローマとの戦いに出た。王が戦死したという誤報が伝わって、ファルナーチェがアスパージャに愛を迫るところから、物語が始まっており、序曲が終わると場面はニンフェア市の広場であり、正装をしたアスパージャが第1曲のアリアで、「私の魂を脅かす運命から」解放させてくれとコロラチューラで歌い、自分に言い寄るファルナーチェから守って欲しいとシーファレに頼んでいた。このアリアはコロラチュアが多いダ・カーポ・アリアで、カデンツアまで歌われていた。アスパージャは動きがなく静止状態で歌っていた。



アスパージャが好きなシーファレは、この依頼を嬉しく思い、第2曲のアリア「僕の心は静かに耐える」を歌うが、そこに現れたファルナーチェを見ると、二人の恋敵の兄弟は剣を抜いた喧嘩になってしまい、間にアスパージャが入って大騒ぎとなっていた。そこに子供姿の総督アルバーテが来て、ミトリダーテ王が生きて戻ってきたという。さあ大変。アスパージャは父の婚約者だけに、三人が三様のあわて方となり、複雑な人間模様が映し出されていた。アルバーテはレチタテイーボだけで、第3曲のアリアは省略されていた。

 

              場は王宮の中、シーファレを愛するアスパージャは、帰還したミトリダーテ王に対する許婚の約束を思うと胸が病み、第4曲のアリア「心は悲しみに震えています」を歌う。このアリアは、ト短調で激しく歌われるアレグロ・アジタートの不安に満ちたアリアで「もうここにはいられない」と歌う素晴らしいアリアであった。ファルナーチェは、父の帰還を前にして、アスパージャを巡る互いの秘密は隠そうと弟に持ちかけて、二人は約束していた。ファルナーチェは、父に対し反骨的であったが、シーファレは父に従い兄にも尽くす良い弟でありたいと願っていた。ここで、二人の兄弟が歌う第5曲のアリアと第6曲のアリアは省略されていた。



ここで威勢のいいテインパニーとともに第7曲の行進曲がゆっくりと進行し、港には船団が着いてミトリダーテがファルナーチェの許嫁のイズメーナとともに帰還した。そして第8曲のカヴァータ「勝利の月桂冠を飾ることは出来なかったが、恥さらしの帰還ではない」と堂々と歌い上げて、国王の威厳を示していた。カヴァータとされていたが、内容は堂々たる国王のアリアであった。そこへアスパージャと二人の兄弟が駆けつけて親子が対面していたが、父は何故この地を離れたかと怒っていた。ファルナーチェは、父君の不幸な戦死の誤報のためと答えていた。ミトリダーテは過ちは改めて、連れてきた「イズメーネを妻にするが良い」と命令を下した。イズメーネがファルナーチェを気にして、「あの方に恋心を燃やしてきたが、この心配は何か」と不安げに第9番のアリアを歌っていたが、ファルナーチェはイズメーナにも冷ややかに見えた。しかし、ミトリダーテ王が最も心配していたのは、婚約者のアスパージャだったからである。 ミトリダーテは、早速、不在の間の二人の息子の行動をアルバーチェに尋ねると、彼は、正直に、ファルナーチェが父を裏切ってしつこくアスパージャに言い寄ったことと、シファーレは父に忠実であったことを報告した。ここでそれを信じ込んだミトリダーテは、単純に、伴奏付きレチタテイーボで「これでほっと出来るぞ」と一息入れ、彼は昔からローマの賛美者であったと思い出し、第10番のアリア「叛逆した忘恩の息子よ」とファルナーチェに対する怒りを爆発させていた。ここで第一幕は終わりとなり、レーザーデイスクも第一面は終わっていた。



              第二幕が始まると、ファルナーチェの許婚であるイズメーネとファルナーチェが登場し、イズメーネがこの男の冷たい態度に疑いを募らせていると、ファルナーチェはイズメーネに自分の愛は消え失せていることを告げ、口争いになって、イズメーネはこの屈辱を父王に話すと告げた。ファルナーチェが、第11番のアリア「行って私の過ちを明かせ」と憎々しげに歌っていた。ミトリダーテが現れ、イズメーネに自分も同じ気持ちだと同情し、ファルナーチェとアスパージャが通じ合っているとそこに居合わせたシーファレに告げていた。



              驚いたシファーレがアスパージャと二人きりになって、本当に兄を愛しているのかと問うと、彼女は自分が愛しているのは、シーファレであると告白する。しかし、二人は互いに愛し合っていても、自分たちの義務と本分を守って愛を諦め、分かれなければならないと決意する。そしてシファーレは有名な別れの第13番のアリア「愛しい人よ、君から遠く離れて」を歌う。このアリアは、自分も彼女を愛していたが故に、告白されたことを苦しみ、二人は別れて合わないようにしようという決意の悲しい歌で、ホルンのオブリガートが哀調を帯びて美しく響き、ホルン伴奏のカアデンツアも見事で、彼は静かに立ち去った。一方、アスパージャも義務と愛のはざまで激しく気持ちが揺れて、苦しみながら第14番のアリア「ひどい苦しみの中で」を歌い、アンダンテと激しいアレグロが繰り返される悲しみのアリアであった。



               舞台ではミトリダーテは二人の息子を前にして作戦会議を行いローマ侵攻を提案するが、ファルナーチェが無謀と反対しローマとの和平を求めた。そこで、ファルナーチェへの使者として来ていたローマの護民官マルツイオを追い返し、ミトリダーテは、ファルナーチェを逮捕してしまう。そこで、ミトリダーテはイズメーネに、悪い男を薦めた私を許してくれと謝っていたが、イズメーネは第15番のアリアでミトリダーテの心情を察して「背徳の息子のため、困惑を察します」と歌って、王を慰めていた。一方のファルナーチェは、続く第16番のアリア「私は罪人です。過ちを認めましょう」と歌って自分の罪を認め、お返しにアスパージャの愛を得たのはシファーレであると暴露して、投獄された。



ミトリダーテはここでアスパージャを騙して、自分は年なので結婚はしない。息子のどちらかを選べ」と試してみた。アスパージャはミトリダーテに忠誠を誓っていたが、問いつめられて遂にシファーレへの愛を告白したため、ミトリダーテは大いに怒り、第17番のアリア「もう哀れみなど持たぬぞ」と歌い、三人を宮殿に呼び出して、皆殺しにすると復讐を誓っていた。 ここでシファーレがアスパージャに父に謝って結婚するように勧めるが、彼女は伴奏付きレチタテイーボであんな残酷な人とは結婚できないと激しく拒み、結局、二人はともに死のうと覚悟を決めた。そこで美しい前奏が始まり、第18曲の二人の愛の二重唱「もし私が生きるべきではないなら」がシファーレのソロで始まり、アスパージャのソロが綿々と続いて、二人のソプラノの二重唱となり、最後のカデンツアも二人で劇的に歌われていた。ライブではないので拍手と歓声はなかったが、感動に満ちた美しい場面で悲しみの中で第二幕が終了していた。



                 第三幕が始まると、最初のイズメーネの第19番のアリアは省略され、ミトリダーテはアスパージャにシファーレも同罪だと告げ、「この毒杯を空けろ」と勧めていたところに、アルバーテが現れ、ローマ軍が来襲して味方は敗走中だと告げた。ミトリダーテはアスパージャを前にして急いで出陣をきめ、第20番のアリア「私は最後の運命に立ち向かって行こう」と歌い出し、過酷な運命との対決を覚悟するが、この歌は厳しい声を要求する激しいアリアであった。この最中に、王はアスパージャに対して、自分よりも先に死ぬことになろうと、死を宣告して、毒杯を手渡す。アスパージャは恐れおののきつつ、第21番の伴奏付きのレチタテイーボとアリア「思った通りになってしまった」を歌い「死が平安をもたらす」と毒杯を飲もうした。しかし、そこへシファーレが現れて毒杯を奪って飲ませない。そして第22番のアリア「情け容赦ない運命が過酷に」と歌って、自分の出陣を決意し父への忠誠を必死に示そうとした。



そこへ、拘束されているファルナーチェのところに、支援を約束するローマの使者マルツイオが登場し、約束を果たしにきたという。第23番の彼のアリアは省略されていたが、そこで父上は?と迷うファルナーチェ。再びマルツイオの声が聞こえてくると、ファルナーチェは悔悟の念で一杯になり、「僕は矢張り裏切れない」と何もかも捨ててローマ軍と改めて戦う決心をした。そして第24番のアリア「もう目の前のヴェールが取り去られた」を歌って、生まれ変わっていた。



               場面が変わって、戦場に出陣したミトリダーテはローマ軍に襲われ重傷を負って、ミトリダーテが倒れていた。そこへシファーレとアスパージャが駆けつけて介抱していると、ミトリダーテは、シファーレとアスパージャを言葉少なに許したように見え、ここで死んでいくが、闘いに負けたのでなく、自らの手で勝利者として死ぬのだと言っていた。そして駆けつけたイズメーネからファルナーチェが改心したと告げられると、ファルナーチェを喜んで許し、お前に私の愛情を譲ると満足げに目をつぶり、ミトリダーテは死んでいった。場面は舞台中央に戻って、4人の男女とアルバーテにより第25曲の五重唱「カンピドーリオなどに負けるものか」を歌って、団結してローマへの支配への抵抗をしようと誓い合って終幕となっていた。この演出では、ミトリダーテは長男のファルナーチェだけに手を取り言葉をかけて許したように見えたが、アスパージャに抱かれて、シーファレを前にして幸せそうに息を引き取ったので、言葉が少ないが、残された全員の人々を許したと思われ、5人による団結の五重唱が全員の斉唱でまとまりを見せながら終わったように思われた。

    この演出においては、ファルナーチェだけの許しに重点が置かれ、オリジナルの脚本にはある共に戦ったシファーレを許し、シファーレとアスパージャに王位を譲る場面がなく、ファルナーチェが改心をしてローマ軍の船に火を付けて勝利したと報告される場面なども割愛されていた。しかし、これらのカットは全てレチタテイーボで進行するので、付加することが可能なように思われるのであるが、オリジナルを大幅にカットし、エンデイングの部分を思い切ってカットしていた。三人を殺して復讐すると喚いていたミトリダーテが、倒れて傷ついてから急に良い人になる単純な演出には、以下にポネルの演出とは言え、簡単について行けない面がある。原作の舞台進行の不出来があるのは承知しているので、その不出来をカバーして、最後の五重唱を盛り上がったものにする工夫が必要ではないかと思われた。

ポネルの演出を改めて見て、古い劇作品をローマ時代を彷彿とさせる古い奥行きのある劇場を使って、王族の正装スタイルで当時の劇作品を豪華なものに見せて他の演出を寄せ付けないレベルの高さを見せつけていたが、やはり最後のエンデイングをことさら単純に簡素化して、過去に指摘したと同じエンデイングのもの足り無さを、改めて今回も感じさせた。しかし、この映像の第二幕のフィナーレになるアスパージャとシファーレの二重唱の美しさ、二人のカデンツアの素晴らしさには、これが14歳の少年の作だけに、何度聴いても驚かされる。

(以上)(2013/12/19)



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