(最新のNHKのHDD録画およびライブ観劇記録から;新国立劇場の「コシ」)
13-11-3、2013年新国立劇場によるイヴ・アベル指揮、東京フイルハーモニー交響楽団、ダミアーノ・ミキエレット演出の「コシ・ファン・トウッテ」、
2013/6/12観劇、6/15ライブ収録、新国立劇場(プレミエ2011/5/29)

−このオペラをライブで見たときには、二階席で遠目であり、キャンプ場という異色の場面の演出だったせいか、音楽は素晴らしいのであるが、舞台の様子を見たり歌手の動きを追うのが精一杯でゆとりがなく、残念ながらオペラを見て楽しんだという豊かな気分にはなれないまま不完全燃焼で終わってしまっていた。しかし、この劇を自宅の映像で改めて見たときには、まず序曲から音楽の鮮明さやテンポ感の良さ、歌手たちの真剣で熱心な姿や歌にまず惹き付けられ、演出の画面の美しさ、照明の見事さに驚かされ、回転する舞台で場面が実に上手く楽しく進行するので、個人的には好き嫌いはあっても、キャンプ場への読み替えは、認めざるを得ないと思えるほどであった−

(最新のNHKのHDD録画およびライブ観劇記録から;新国立劇場の「コシ」)
13-11-3、2013年新国立劇場によるイヴ・アベル指揮、東京フイルハーモニー交響楽団、ダミアーノ・ミキエレット演出の「コシ・ファン・トウッテ」、2013/6/12観劇、6/15ライブ収録、新国立劇場(プレミエ2011/5/29)

(配役)(配役)フィオルデリージ;ミア・パーション、ドラベラ;ジェファニー・ホロウエイ、デスピーナ;天羽明恵、フェランド;パオロ・ファナーレ、グリエルモ;ドミニク・ケーニンガー、アルフォンゾ;マウリツイオ・ムラーノ、
(2013/10/20、NHKプレミアム・スイアターの放送をHD2にHDD録画)

   11月号の第3曲目は、HDDに収録して2週間足らずの最新のNHKのハイビジョン5.1CHの素晴らしい映像であり、完璧に録画できた上に、6月に新国立劇場で見たオペラであるので、一刻も早く、ここにご報告したいと考えていたものである。
  映像では、回転舞台で美しく演出された舞台が上手に切り替わり、森の中のピクニックの風景が美しく写され、さらにクローズアップで素早い動作とか一瞬の表情などがきめ細かく写されており、歌手たちの演技力に驚かされた。私は2階席の中央で見ていたのであるが、この席はオペラの全体像を眺めるに適した席であり、やはり離れた2階席では理解できなかったことが、ハイビジョンのクローズアップ画面では鮮明に克明に写されており、やはり現代の新しい変わった演出のオペラでは、ライブと映像の両方を見なければ、演出者の細かな意図などは理解できないのではないかと思うようになってきている。



    このオペラでは、18世紀の海の見えるナポリから、現代の森林におおわれたキャンプ場に設定されており、登場人物は現代の我々に身近なキャンプ場に遊びに来た若者たちとなっていた。アルフォンゾはキャンプ場のオーナー風であり、デスピーナはそこの従業員で、どうやらこの二人は仲の良い間柄のように見受けられた。映像では、出演者の紹介が続いてから、拍手が湧き起こりオーケストラピットが写された。指揮者のイヴ・アベルが写し出され、早速、序曲が開始された。テインパニーがよく響き、オーボエが朗々と美しく歌い出していたが、東京フイルはこのHPでは初出かも知れない。序曲の間中はオーケストラが写され、後半にはオペラのあらすじが紹介されていたが、序曲の方は全く安心して曲に浸ることが出来、この音楽コンビは十分な力を持ち合わせていると見た。序曲が終わってオーケストラの前奏が始まると、幕が開き、場所はアッと驚くキャンプ場が広がっており、キャンピング・アルフォンゾの小屋が目の前にあった。



     二人の青年が薪を割りながら、恋人たちのことを語り合っていたが、そこへアルフォンゾが登場し三重唱になっていた。突然、若いフェランドとグリエルモが、もの凄い剣幕でアルフォンゾに「決闘だ」と食って掛かっていた。どうやら彼等の恋人たちの悪口を言ったらしく、斧を手にした怒り狂った三重唱になっていた。しかし、アルフォンゾは二人を煙に巻くように「女の貞節なんて不死鳥伝説と同じ」と歌い出すが、彼等は「自分の恋人こそ不死鳥だ」と言い張るので、アルフォンゾは「証拠はあるか」と開き直り、激しい三重唱になっていた。そして頃合いを見て「賭けようか」と切り出すと、二人は顔を見合わせて大賛成。早速、それぞれが賭けに勝ったつもりで元気よくセレナードを歌い始め、缶ビールで乾杯をして、三人は思い思いに約束を固めていた。舞台は回転しながら場面を変え、今度は広いお庭のような場所が現れていた。



         そこへ黄色のシャツのフィオルデリージと赤色のシャツのドラベラが、歌いながら登場し、雑誌を手にしながら彼女たちの理想の恋人たちへの思いを語って幸せそうな二重唱になっていた。そして途中でテンポが変わり、二人は愛の神様に「もし心変わりしたら罰してください」と祈っていた。そこへアルフォンゾが「ひどい運命だ」と語りながら現れ、歌いながら恋人たちに急に戦場への召集がかかったと告げた。驚く女二人に責められると、そこへお出かけスタイルのグリエルモとフェランドが車の中から荷物を持って現れた。「胸にナイフを突き立ててから行って」と泣き崩れる女二人を見て喜ぶ男二人の四重唱に、皮肉な顔つきのアルフォンゾも加わって、映像では素晴らしい五重唱になっていた。「行かないで」と女二人にせがまれて、男二人は声を揃えて「泣かないでくれ」と頼んでいたが、顔はどうだと得意顔であった。



              アルフォンゾが合図をすると、太鼓の音が響いてきて「軍隊万歳」の合唱が始まり、てんでんバラバラな格好をした合唱団が賑やかに登場して「さあ、出発だ」と景気を付けていた。そして「毎日手紙を書いてね」と二組の恋人たちのピッチカート伴奏の別れの四重奏が始まり、それにアルフォンゾの皮肉な歌声が加わった五重唱に発展して、お別れの美しいアデユーの場面を演出していた。そして、再び「軍隊万歳」の合唱が始まって、男二人は元気に車に乗って威勢良く出発して行ってしまった。余りにも突然のあっという間の別れに、女二人は呆然とするばかりであった。



   場面が回転して隣のキャンプ場となり、残された三人は手を振って見送り、無事であるようにと祈り「風よ、穏やかに」と美しい伴奏に乗って三重唱を歌っていた。この「コシ」の音楽の美しさはここでも喩えようのないものがあったが、一人残ったアルフォンゾは「わしも役者だな」と独り言で悦に入っていた。そこへキャンプ場の売店の管理をしているグリーンの服装のデスピーナが、チョコレートを作りながらペロリと味わっていると、別れた姉妹が血相を変えて飛び込んできた。ドラベラが「お下がり、一人にして」と叫びながら半狂乱のアリアを激しく歌い出し、お姉さんのフィオルデリージも同じように悲しんでいるので、デスピーナもビックリ。




   そこでデスピーナが良く話を聞くと、恋人たちが軍隊で、突然、出征しただけの話。「そんなことは」と平気な顔で、兵隊たちに貞節を求めても無理だから、留守の間に仕返しに「女達も浮気でもした方が得よ」と、元気のよい励ましのアリアを歌い出した。姉妹二人は呆れて隣のバンガローに逃げてしまったが、デスピーナが元気よく「男たちのすることは」と歌っていたので、周囲にいたキャンパーたちが驚いて近寄ってきて、彼女の歌に聞き惚れて一緒に踊り出していた。 これを見ていたアルフォンゾが、一工夫して、気のいいデスピーナをお金で買収し、姉妹にぞっこんの若い外国人の金持ちがいるのだがと持ちかけた。彼女が「ハンサムなの」と興味を示したので、そこへ、早速、サングラスの遊び人の外国人キャンパーに変装した男二人が登場し、まずデスピーナに面会して四人の面白い四重唱が始まった。賄賂が効いたせいか、変装が効いたせいか、デスピーナが全く姉妹の恋人たちとは気付かなかったので、男三人は「これなら大丈夫」と大喜びしていた。





     そこへ「何という騒ぎです」と姉妹がバンガローから現れたのでさあ大変。しかし、姉妹たちもデスピーナに追い出せと命令しても、変装には気付かなかったので、早速、男二人はアモーレと姉妹に近づいて、珍妙な六重唱になっていた。姉妹はしつこい男達にカンカンになっていたが、あまりの不始末に、アルフォンゾがこの二人は無二の親友だったと、改めて姉妹に紹介して見せたが収まらず、遂にフィオルデリージが怒ってバンガローの上から「岩のように」と高らかに歌い出して、厳しく男二人を退けていた。そして、「敷地から出ていって」と姉妹は怒るばかり。





    しかし、グリエルモもこれにひるまずに更に「愛しい瞳よ」とアリアを歌い出してドラベラやフィオルデリージに迫ったので、姉妹はとうとうバンガローから逃げ出してしまっていた。それを見て男二人は大笑いの喜びを歌い出し、アルフォンゾは口惜しがって早口の三重唱となり、グリエルモはもう賭けに勝ったような喜びよう。一方のフェランドは、「愛のそよ風が」とウラウラの愛のアリアを歌い出し、ドラベラへの愛で心が満ち足りていると歌っていたが、美声を張り上げて見事に歌い上げていた。これを見てアルフォンゾは賭けに勝てるか心配になり、デスピーナに相談すると、彼女は「私に任せてくれ」と自信ありげであった。





            フィナーレに入って姉妹が「たった一時で運命が変わってしまった」と二重唱で嘆いていると、突然、男二人が毒薬を手にして飛び込んできて自殺すると言いだした。姉妹が驚いて様子を見ていると、これは砒素だと言って薬を飲み干し、二人は倒れてしまった。さあ大変。アルフォンゾが叶わぬ恋の結末だと説明し、死が近いので少し憐れみをと言われて、姉妹は気がつきデスピーナを呼んでいた。デスピーナは「二人を助けなきゃ」と言い、姉妹に介抱を要求し、自分は医者を呼びに行った。その間に姉妹は熱を測ったり、脈を取ったりして介抱すると、男二人は馴れてきたなと心配そう。





   そこへすっかり救護のお医者さんに化けたデスピーナが登場し、様子を訊いてからメスメル博士の磁気療法の器械を持ち出した。スイッチを入れると何と男二人は痙攣して動きだし、横になって暴れ出したが、どうやら助かった様子。そして「ここはどこなんだ」と起き上がってキョロキョロしていた。しかし、気が付いたら、まだ毒が効いているせいか、「ヴィーナスはどこだ」と言ってお互いの手を取ったり、抱き合ったりし始めた。そして驚いて口を失っている姉妹に対し、つけあがってキスを求め始めたので、姉妹はカンカン。お終いに男どもは力ずくでもとキスを求めだして二組は争いになり、姉妹はしつこい男どもを蹴飛ばしたり、はね除けたり、必死に抵抗し、騒々しい争いの中でプレストにテンポが早まった所で、大騒ぎの中で二人が逃げ出して、終幕となっていた。この場面はふざけすぎで音楽がなければ、興ざめする場面が続いていた。





          第二幕が始まって、幕が開くとそこは池の畔の岩の上。デスピーナが何と二人の姉妹を相手に調子よく恋愛学をレクチャーしていた。一人の男だけを信じないで、「チャンスがあればもっと恋を楽しむべきよ」とデスピーナ。あなた達も女でしょうと言いながら「女が15歳にもなれば」と元気にアリアを歌い出した。新兵を募集したらとか、上手に嘘をつくのよと教え、絶対安全な方法は私の所に来ていると言えばよいなどと、後半ではカデンツアのように声を張り上げて歌っていた。姉妹は池におりて涼みながら「あの外国人たちをどう思う」などと話し出し、ドラベラが「私は黒髪がいい。気が利きそうだから」と歌い出すと、フィオルデリージも「じゃあ、私は金髪の方に」と答えて実に浮き浮きした素晴らしい二重唱になっていた。そして次第に退屈しのぎに気晴らしをしてみようかという雰囲気になっていた。しかし、池にはあの二人の外国人の男どもが上半身裸で盗み聞きしており、リブレットにはない、ちぐはぐな感じの演出に思われた。



           そこへアルフォンゾがお嬢さん方、外へどうぞと誘いに来た。どうやらキャンプ場の催しか、暗闇のキャンプ場の中で木管合奏の美しいセレナードが始まっていた。続いてキャンプ・ファイヤーが明かりを作り、キャンパーたちの持つ懐中電灯の光の中で、フェランドとグリエルモの美しい二重唱が遠くから聞こえて来た。そして、キャンプ・ファイヤーを囲みながら、若いアベックのキャンパーたちによる合唱が美しくこだまし、キャンプ場のアベックたちの楽しい夜の到来を告げていた。
    しかし、そこへ来た外国人の男二人は、場の雰囲気は出来ているのに、姉妹を前にして固くなっているのか、姉妹への誘いの声が出ない。それを見てアルフォンゾはいらいらして歌いながら「お手をどうぞ」とばかりに男二人にお手本を示し、一方のデスピーナも、お嬢さん方への接し方を教え、姉妹には過去のことは忘れなさいと大きな声で諭していた。やがてキャンプ・ファイヤーを前にした男女4人の会話がフィオルデリージの「よいお日和ね」からぎこちなく始まり出して、お互いの様子を確かめてから、フィオルデリージがフェランドの手を取って、「散歩に出かけましょう」と誘って歩き出した。フィオルデリージを心から愛するグリエルモが驚いて追おうとしたが、ドラベラが声を掛けてきて、死にそうだと独り言。デスピーナの教えが効いたか、ここで初めて男女の関係の入れ替わりが始まった。



    グリエルモはその気になっているドラベラに気がつき、チャンスが訪れたとばかりに優しい声を掛け、贈り物を差し上げたいと、ペンダントを差し出して口説き始め「ハートを差し上げます」と歌い出すと、ドラベラもそれに答えて熱い二重唱になっていた。すっかり相手を信用しているドラベラは、グリエルモのペースに乗せられて、ハートのようにドキドキと響く音楽にも魅せられて、グリエルモからの贈り物を受け取ってしまったばかりか、最後には首にかけていたフェランドのペンダントを新しいものに交換させられてしまっていた。



      一方のフィオルデリージは、蛇だ、トカゲだと言って逃げてきたが、フェランドが熱心に甘い声でささやき追いかけるので「私を困らせないでと」と頼んでいた。ここでフェランドは愛を求めるアリア第24番を歌わずに省略して立ち去ってしまったが、フィオルデリージはフェランドを愛し始めており、彼女の心は千々に乱れ始めていた。そのためフィオルデリージは「愛しい人よ、お許し下さい」とフェランドに心を許し始めた自分を許してと、二つのホルンのオブリガートによるロンドを歌い出した。そして後半では急速なテンポとなって、傾きかけた心を消し去るように毅然として歌っていた。それを影で見ていたグリエルモが、姿を現してフィオルデリージにそっと毛布を肩にかけてあげるシーンがあったが、どうも過剰な演出のように思われた。このロンドはフィオルデリージの今回の最高のアリアの様に思われ、素晴らしい拍手を浴びていた。グリエルモは彼女は貞淑だと安心して喜んでいたが、フェランドに「僕のドラベラは」と聞かれ、交換したペンダントを見せるとフェランドは半狂乱になり、愛の復讐だと大声を上げて泣き叫んでいた。



      そこでグリエルモはタンテイア・タンテイアと「女どもはよく浮気をする」とアリアを歌い出したが、ドラベラのことを怒り、心変わりを嘆いていた。一方のフェランドは、どうしてよいか分からないと悩み、苦しんでいたが、彼の本当の心はドラベラで一杯であり、「裏切られ、踏みにじられても、僕はまだ彼女を愛している」と悲しげにカヴァテイーナを歌っていたが、このアリアも実に素晴らしかった。キャンプ場の売店では、ドラベラが新しいペンダントをデスピーナに見せて自慢していると、フィオルデリージが入ってきて「私、新しい人も愛しているの」と告白すると、ドラベラは喜んで「恋は盗人、可愛い蛇よ」と歌い出し、「別れた人たちが帰ってきたら気の毒ね、私たちは女なのよ」と高らかに歌ってこのアリアを陽気に歌い納め、心を迷わすためらいなんか忘れてしまえ、と自分を励ましていた。



    ひとり残ったフィオルデリージは、皆が私をそそのかすと言い、グリエルモの軍服を取り寄せ、それを着て軍服姿で戦場に行こうと考え「もう少しの辛抱で、グリエルモに会える」と歌い出した。陰で見ていたフェランドは、「そんなことをしたら僕は死んでしまう」と二人の二重唱となり、手を貸すから僕をいっそ殺してくれと歌い、あなたの心か僕の死かとフィオルデリージを責め続けた。するとさすがのフィオルデリージも「ひどい人ね、あなたの勝ちよ」と陥落し、オーボエの悲しげな伴奏とともに二人は激しく抱き合ってしまった。それを見ていたグリエルモは「何たることか」と顔を背けて泣き出しそうであった。アルフォンゾは「自分が間違ったと思え」と男二人を諭しながら、二人に「結婚するんだ」と命令し、二人を従えてアリアを歌い始め、最後に「コ・シ・ファン・トッテ」と歌い、皆は続けて大声で合唱していた。そこへデスピーナが「お嬢さん方は結婚式だと言ってますよ」と知らせに来て、男三人も了解してその準備が始まった。



           フィナーレに入って軽快な音楽とともに「テーブルはそこ」などとデスピーナが合唱団にテキパキと命令して結婚式の準備が整った。そこで「二人の新郎に祝福を」と合唱が始まり、僂離疋譽垢肪綢悗┐織侫オルデリージと赤のワンピースのドラベラとの二組のカップルが揃って登場して整列し、まず4人はデスピーナのお陰だと歌い、そして杯を合わせようと歌っていた。続いてフィオルデリージがしみじみとお祝いの気持ちを歌い出すと、フェランドも続けて歌い、ピッチカートの音が響き出すとドラベラも歌い出し、グリエルモが一人だけブツブツと毒づいていた。そこへ公証人に化けたデスピーナが登場し、ポラロイドカメラを持って写真を撮りながら結婚証明書を作成して読み上げ、4人が署名をしていた。すると、突然、音楽が変わり「軍隊万歳」のあの不吉な太鼓の音と合唱が聞こえてきた。驚いたアルフォンゾが様子を見に行くと、何と兵隊たちが戻ってきたという。さあ大変。早く逃げてと新郎たちを追い払い、姉妹は慌ててキャンピングスタイルになった時に、軍服姿の男二人が登場したが、女二人の表情がおかしい。



    隠れていた公証人のデスピーナが見つかり、結婚証明書用の結婚式の写真が見つかって、裏切られたとなって「血が流れるぞ」と大騒ぎ。男二人はピストルを突きつけたので、姉妹は「悪いのは私です。死に価します」と平謝りとなって、「この人が悪いのよ」とアルフォンゾに叫んでいた。そこで軍服姿の男二人が帽子と軍服を脱いで外国人スタイルになって、ドラベラにペンダントを返したので、女二人はここで初めてアルフォンゾが全て騙していたことに気が付いた。アルフォンゾは「確かに私のせいだが」と歌い出し、二人の恋人たちはこれで前より利口になったと言い、4人は元の鞘に戻るかと思っていたが、グリエルモもフェランドも女二人の不実を知って面白くない。と言って新しい恋人にも馴染めそうにもなかった。音楽のテンポが変わって、劇はここで元の鞘に収まる大団円になるはずであったが、この映像ではこの4人は映像のクローズアップで見る限り、途中の恋愛劇が余りにも真剣だったせいか、この場ではまだ頭が混乱状態でバラバラであり、当初の筋書きのようなハッピーな姿にはなりそうもないままに終わっていた。恐らく4人の関係が修復するには時間がかかり、アルフォンゾも賭に勝ったことを喜んだ風には見えなかったので、男同士の仲も直ぐには戻らないように思われた。

            正直に言って、随分沢山の「コシ」を見てきたつもりであるが、ライブで見たときには、二階席で遠目であったせいか、キャンプ場という異色の場面の演出だったせいか、音楽は素晴らしいのであるが、舞台の様子を見たりストーリーを追うのが精一杯でゆとりがなく、残念ながらオペラを見て楽しんだという豊かな気分にはなれないまま終わってしまっていた。さらに男二人が何をするにも激しすぎて劇について行けない面が多く、例えば、毒を飲んだ後のしつこさの場面と言い、グリエルモがフィオルデリージを隠れて観察する姿と言い、しつこすぎて嫌味に感ずるほどであった。また、変わった演出にも拘わらず、6人の歌手たちがよくやっているのに、遠目ではそれが余り理解できず、ライブでは期待に反したコシであると感じざるを得なかった。

            しかしながら、この劇を映像で改めて見たときには、まず序曲から音楽の鮮明さやテンポ感の良さ、歌手たちの真剣で熱心な姿や歌にまず惹き付けられ、演出の画面の美しさ、照明の見事さに驚かされ、回転する舞台で場面が実に上手く楽しく進行するので、キャンプ場への読み替えは、決して悪くはないと思えるほどであった。まるで中央の真ん前に座って見ている気分であり、ライブで一度通して見た先入観が、実に良く働いて抵抗なく、頭に吸収されたからであろうと思わた。そのせいか第一幕では、フィナーレの現実離れした激し過ぎるドタバタ劇の行き過ぎや、第二幕の異色なセレナーデの部分の物足りなさや、池の中の4人の出逢いのリブレットにはない不自然さなどが気になり、フィナーレの結婚式の場面の寂しさなどに工夫が足りないように感じたものの、何とか、このキャンプ場の異色の変な「コシ」を認めざるを得ないと感じていた。

  最後の男女4人がバラバラで、リブレット通りのハッピーエンドにならなかったのは、逆に言えば、劇中の恋愛劇がそれだけ生真面目で深刻だったせいであり、その分、裏切られたショックが大きかったことを表している。この歌手たちの必死の頑張りが、この舞台を盛り上げたことは、クローズアップ画面では特に強く感じさせ、個人的には好き嫌いはあっても、この演出は入念に仕組まれた、考え抜かれた演出であると感じざるを得なかった。キャンピング・アルフォンゾは、P.セラーズのニューヨークの「バア・デスピーナ」にとても良く似たストーリーを進める上での面白い着想で、この思い切ったキャンプ場の現代の「コシ」は、この古い傑作舞台の影響を強く受け、さらに超えようと仕組んだものと思われた。

    音楽面でも懸念された東京フイルは、テインパニーが良く弾み、肝心な場面でのホルンやオーボエがキチンと響いており、指揮者の心地よいリズム感やテンポ感に乗せられ、5.1CHの効果もあって、十分に音楽に浸ることが出来た。歌手陣では、やはりミア・パーションが抜群であり、このHPでは3度目になる熟達した声が良く伸びるフィオルデリージを立派に演じてくれたが、欲を言えば、貧弱なキャンピングスタイルでないもっと優雅な衣裳で歌ったところを見たいと思った。
           アルフォンゾのムラーノは、さすがヴェテランの味を見せる歌と演技で若い5人を引っ張っていたように思う。(彼は昨年の2012ロヴェレート音楽祭のレセプションでドン・ジョヴァンニのアリアを歌っていた。)また、日本人ただ一人のデスピーナの天羽も良く溶け込んで異色デスピーナを演じており、立派な役割を果たしていた。声が美しいかったのはフェランドのファナーレであり、ドラベラを思って歌うアリアや最後のフィオルデリージとの二重唱などは強く印象に残っている。

           今回、ライブと映像で受けた印象の違いについて触れてきたが、これまでこれを強く感じたのは、外国のオペラ劇場で日本語字幕のないオペラのことが多かった。今回はライブで日本語字幕があったのに大きく印象が異なったのは、今回の演出の事前の勉強不足で全く予備知識がなかったことと、やはり予想を超えた現代風の演出のせいであろうと思われる。また、映像の方も、最近では、画面が緻密である上にクローズアップの技術がレベルアップしているせいで、ライブでは見えない歌手の表情や動きが、過去のテープやLDなどと大きく異なってきたせいでもある。このようなことが生ずると、オペラはもっと良い席で見る必要を痛感するとともに、演出が細かく複雑化して来ているので、ライブと映像の両方を見ないと、演出者の細かな意図や配慮に気がつかなくなるのではないかと心配になってきた。最後に、新国立の舞台は、今回のように完全にグローバル化して、諸外国と引けを取らぬ水準に達しているが、人手がかかるオーケストラや合唱団は、十分に満足水準に達しているので、今回のように国産でいいという感触を得た。

(以上)(2013/11/24)


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