(新しいBDデイスクより;二つの室内楽、弦楽五重奏曲K.516と四重奏曲K.465)
13-10-2、アマデウス弦楽四重奏団による弦楽五重奏曲第3番ト短調K.516、1966年、ロンドン、20世紀の巨匠たちより、クラシカ・ジャパン、及び アルカント弦楽四重奏団による弦楽四重奏曲ヘ長調K.465「不協和音」、第1〜第3楽章、2006年7月22日、王子ホール、

−私はLP時代にアマデウス四重奏団によりモーツァルトの弦楽四重奏曲を全曲収集しているが、映像は初めてであり、しかも五重奏曲の演奏も初めてであった。この五重奏曲においても、四重奏曲同様に第一ヴァイオリン中心に進められていたが、映像が殆ど残されていないのは残念である。一方、アルカント四重奏団は、2002年創設の新しい団体で初めて登場した団体であるが、難しい曲を好演していたのに、メヌエット楽章で中断され、余韻も拍手もないまま終わってしまったのが残念であった−


(新しいBDデイスクより;二つの室内楽、弦楽五重奏曲K.516と四重奏曲K.465)
13-10-2、アマデウス弦楽四重奏団による弦楽五重奏曲第3番ト短調K.516、1966年、ロンドン、20世紀の巨匠たちより、クラシカ・ジャパン、及び アルカント弦楽四重奏団による弦楽四重奏曲ヘ長調K.465「不協和音」、第1〜第3楽章、2006年7月22日、王子ホール、
(2010/12/23、クラシカ・ジャパンの放送をBD-22.5に収録、及び2009/06/07、NHKクラシック倶楽部よりBD-15.3に収録、)

10月分の二つの室内楽の第一曲目は、アマデウス弦楽四重奏団による弦楽五重奏曲第3番ト短調K.516であり、ソースは、クラシカ・ジャパンの「20世紀の巨匠たちより」で1966年、ロンドンでの収録で、当然のことながら古い白黒の映像であった。一方の第二曲目は、 アルカント弦楽四重奏団による弦楽四重奏曲ヘ長調K.465「不協和音」であり、NHKのクラシック倶楽部の放送による2006年7月22日、王子ホールにおける日本公演の記録である。NHKの勝手な放送時間の都合で第1〜第3楽章迄が収録されていた。アルカント・カルテットは第一線で活躍する4人のソリストたちが、2002年に結成した新しい楽団で、イタリア語で弓を意味するアルコと歌を意味するカントを組み合わせてグループ名としている。ソースはNHKのクラッシック倶楽部による来日公演の報道であった。



第一曲目のアマデウス四重奏団は、ウイーン生まれのノーバート・ブレイニン(第一V)とピーター・シドロフ(Vla)、ミュンヘン生まれでウイーンに移り住んだジークムント・ニッセル(第二V)の三人は、1938年春にウイーンを離れてイギリスに移住したが、そこでマーテイン・ロヴェット(Ce)に出遭って1947年にこの楽団を設立した。モーツァルトを得意とし、彼への愛からアマデウス四重奏団と命名され、名声は直ぐに国境を越え、戦後を代表する弦楽四重奏団の一つとなった。団員の一人の死で40年の活動の幕を閉じたが、この放送番組では、彼らの代表的な記録の一部を紹介するものであった。この記録は1966年にロンドンでセシル・アロノヴィッツ(Vla)を加えて五重奏曲を演奏したものであり、この曲はモーツァルトの内面が良く現れた1曲として知られている。



           第一楽章の第一主題は、早いテンポの第一ヴァイオリンで始まって、第一ヴィオラにより反復されていくが、この冒頭の時計の秒針を刻むような二声の伴奏音形の上で、第一ヴァイオリンによる忙しない第一主題が、この曲のもの哀しさを作り上げ、第一ヴィオラがこれを引き継いで全体の暗いイメージを作り上げていた。白黒の映像で頼りないが、五人は第一ヴァイオリンを中心にしっかりしたアンサンブルを築いていた。続いて同じリズムの中で第一ヴァイオリンによって第二主題が明るく提示され発展していたが、やがていつの間にか始めのもの悲しい暗さに戻っていた。
展開部でも秒針のようなリズムの中で第二主題を中心に展開されていくが、不安定な雰囲気のまま再現部へと移行していた。再現部ではほぼ提示部と同様に開始されていたが、形式は型通りでも変化を付けてより複雑に再現されていた。譜面では再現部の末尾に繰り返し記号があり、再び展開部に戻るようになっていたが、アマデウス四重奏団はこれを省略して、二つのフェルマータによる区切れの後、第一主題によるコーダで静かに結ばれていた。この楽章は後期のやるせない気持ちを表したような曲であり、暗い彼岸の世界にでも覗こうと考えて作曲したのだろうか。





第二楽章はアレグレットのメヌエット楽章。気分を変えようとして持ってきたメヌエットなのであろうが、ここでも第一ヴァイオリンが前の楽章を引き継ぐような不安な陰りを持つ主題で始まり、フォルテの合奏で勢いづくメヌエットであったが、繰り返されても余り威勢は上がらずに、やはり暗い厳粛な感じがするメヌエットとなっていた。トリオでも暗さはその延長線上にあったが、穏やかさが加えられなだらかに推移しており、後半の第一ヴァイオリンを中心とするカノン風に仕上げられた優美な世界が息抜きのように感じさせた。再びメヌエットに戻って、暗さがさらに増したような気分であった。
           第三楽章はアダージョ・マ・ノン・トロッポの表示のアダージョ楽章で、構成はどうやら展開部を省略したソナタ形式か。冒頭のむかし懐かしい「今日の良き日は大君の」のメロデイの合奏で始まる第一主題はその後も続き、先行する二つの楽章による憂いの世界からの解放のように響いていた。しかし続いて現れる第二主題の哀しげな刻むようなリズムにより、再び暗さが元に戻ってしまうような気がした。それでも後半になって現れる第一ヴァイオリンと第一ヴィオラとの繊細な対話のような語りが救いの道を開くような気がした。再び「今日の良き日は」のメロデイが繰り返されて曲は再現部に移行していたが、アマデウス四重奏団は第一ヴァイオリンを中心にここでも合奏の妙を楽しむように進行していた。



               フィナーレは意表をつくアダージョの序奏で始まるが、八分音符の和音の内声部の上にチェロのピッチカートで始まり、第一ヴァイオリンが悲痛なエレジーを歌い出す素晴らしい楽想で覆われ再び憂愁な陰りをもたらすが、一転してアレグロで始まる明るいロンド主題が登場して、全体がやっと明るさを取り戻していた。全体は基本的にはA-B-A-C-A-B-Aの形を取るロンド形式であった。第一ヴァイオリンが先導する第一エピソードも、ロンド主題の後に登場する第二エピソードもそれぞれ晴れやかな主題であり、対位法的な楽句が優美な姿で現れていた。アマデウス四重奏団は、この楽章では第一ヴァイオリンに引っ張られて軽快に進めており、このロンド楽章のお陰でこの大きな五重奏曲を明るく締めくくっていた。

            私はLP時代にアマデウス四重奏団によりモーツァルトの弦楽四重奏曲を全曲収集しているが、映像は初めてであり、しかも五重奏曲の演奏も初めてであった。このLPレコードは1974〜76年頃の録音であるが、このLPのカバーの4人の写真は、1966年のこの映像よりも若く見えるので、若い頃の写真を利用したことになろう。この弦楽五重奏曲ト短調K.516は、前作のハ長調K.515の約1ヶ月後に完成されており、両作品とも晩年の作品らしく4つの楽章の持つ緊張から解決への内面的なドラマが全体の統一感を作り出していた。改めて難しい曲を書いたなと言う印象が残った。







10月分の第二曲目のアルカント・カルテットは、第一線で活躍する4人のソリストが2002年に結成した若い団体で、アルカントの呼称はイタリア語で弓を意味するアルコと、歌を意味するカントを合わせてアルカントと言うグループ名にしたという。メンバーは、第一ヴァイオリンはダニエル・ゼベク、第二ヴァイオリンはアンテイエ・ワイトハース、ヴィオラはタビア・ツインマーマン、そしてチェロがジャン・ギアン・ケラスであり、両端の第一ヴァイオリンとチェロが男性で、中央の二人が女性の四重奏団であった。名前をチェックしていると、ヴィオラのタビア・ツインマーマンがソリストとして有名な方で、このHPにおいても、例えばヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲のソリスト(7-12-2)として活躍しておられた。今回の映像はNHKのクラシック倶楽部からの映像であり、二つの弦楽四重奏曲が収録されていたが、この番組の放送時間が55分のため、今回のモーツァルトの弦楽四重奏曲ハ長調K.465「不協和音」の1楽章がカットされていた。因みに他の一曲はラヴェルの弦楽四重奏曲であった。



             この曲はハイドンに捧げられた6曲の最後の曲とされ、標題のとおり冒頭に「不協和音」が続く序奏を持つことで有名な曲である。この序奏は、アダージョでチェロから順にヴィオラと和音を構成していき、第一ヴァイオリンが入って不協和音の連続となっていく不思議な形で始まる。誰しもがこの曲の冒頭に神経を集中させて聴かざるを得ない面白い構成の曲であり、改めて聞き直してもやはり、初めて聴いたときとほぼ同様に、その異様な響きに驚かされる。しかし、良く聴き直すと序奏の直後に始まるハ長調の颯爽としたアレグロを明るく明解に聞かせるための巧妙な伏線であることが分かる。
            と気がついたところで、22小節の長い序奏が終わり、第一楽章の明るい第一主題が、第一ヴァイオリンにより軽やかに始まり、第二ヴァイオリンとヴィオラがリズミックにこれを支えていた。この主題は各声部にも力強く繰り返されていき、やがて第一ヴァイオリンが力強いフォルテの和音とともに16分音符による素速い印象的な下降フレーズが奏される。そして三連符のリズムによる軽やかな活気のある第二主題が第一ヴァイオリンに現れ、次第に加速され高潮してゆく。このアルカント四重奏団によるこの序奏から提示部への動きは実に軽快であり、鮮やかな響きで進行し、第一ヴァイオリンを中心に見事なアンサンブルを見せ、ハイビジョンの美しい映像とクリアな音響のお陰もあって、久しぶりで聴いた弦楽四重奏曲の快適さを改めて知らされた。この四重奏団は、この提示部の繰り返しを丁寧に行っていた。
展開部では第一主題の前半部を集中的に扱っており、伴奏の八分音符のリズムと主題の組合せが各声部によりさまざまな形で展開されていた。再現部では、第一主題に続いて素早い下降フレーズ、第二主題とほぼ提示部と同様に型通り進んでいたが、再現部の末尾の繰り返しは省略されて、その後に第一主題による長いコーダがあり、この四重奏団は丁寧に演奏したあと静かに終始していた。


             第二楽章はアンダンテ・カンタービレと指示された緩徐楽章で、その構成は展開部を欠いたソナタ形式のようであった。第一ヴァイオリンを中心に歌い出す第一主題は重厚な和声を持つ力強い合奏であり、続いて直ぐに第一ヴァイオリンとチェロが小さなモチーブを歌い交わす美しい推移主題が暫く続く。それからチェロの低域の伴奏で、フーガのように始まる第二主題には詩があり、穏やかに夢のように推移していた。再び推移主題が顔を出した後に、再現部が始まり、第一主題が変形されて現れ、続いて歌われる推移主題も変形されており、最後の第二主題もチェロの低域の伴奏が変形されて再現されていた。この楽章の最後はコーダで結ばれていたが、これは推移主題が第二ヴァイオリンで現れ、各声部がさまざまな形で伴奏する実に言葉では言い表せない美しいもので、静かにこの楽章を閉じていた。



              続く第三楽章はメヌエット。第一ヴァイオリンの飛び出しによる早めのテンポを持つ荒々しい落ち着きのない主題で始まるが、ピアノとフォルテの交替があったり、休息や激しい和音が現れたりして、まるでスケルツオのように聞こえていた。トリオでは第一ヴァイオリンの旋律が他の声部の機械的な伴奏のリズムに乗って情熱的に歌い、メヌエットに対してばかりでなく、他の楽章に対しても面白いコントラストを作り出していた。再びメヌエットに戻って、この四重奏団は力強くこの楽章を終えていたが、残念ながら、NHKの放送番組では、無残にもここで打ち切られてしまい、余韻も拍手も残らないまま中断してしまっていた。

              やはり弦楽四重奏曲は、明るい颯爽としたアレグロのフィナーレで納めなければ四重奏曲を聴いたような気分にならないであろう。その意味でNHKに文句を言うとすれば、メヌエット楽章を省略して、フィナーレを生かして欲しかった。そうすれば曲の終了の余韻が残されるとともに、観衆の拍手も収録されて、一曲が終了した気分になるであろう。演奏をしたアルカント・カルテットは、初めて聴いた団体であったが、この余り馴染んでいない難しい一曲を聴いただけでは性格が良く分からなかった。私には第一ヴァイオリンのが音量が低く過ぎて、性格的に弱いような感じを受け、もっと全体をぐいぐい引っ張っていくような馬力が欲しいと思った。そうしなければ、この曲のようにハッキリしないタイプの曲の場合には、曲全体の性格付けが出来ないように思われた。NHKによる中断もあって、しかも重要なフィナーレを聴き損じて、いい加減な評価しか出来なかったが、ハイビジョンによる画像と音声の美しさが楽しめた映像であった。

(以上)(2013/10/17)


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