(最新HDDソフト紹介:プレヴィンの第1番K.16と第41番K.551の交響曲)
13-1-1、アンドレ・プレヴィン指揮NHK交響楽団による交響曲第1番変ホ長調K.16および交響曲第41番ハ長調「ジュピター」K.551、第1735回N響定期公演、2012年9月26日、サントリー・ホール、

−プレヴィンも老境になって、実にゆっくりしたテンポでバランスの良いモーツァルトを聴かせるようになり、この第一番の気品のある豊かな演奏を聴いて、かってのベームの演奏もそうであったと思いだした。ジュピター交響曲も荒々しさのない落ち着いたテンポの演奏であり、穏やかに深みを感じさせる淡々とした破綻のない演奏で、随所に響くアンサンブルの良い響きが極上でとても魅力的であった−

(最新HDDソフト紹介:プレヴィンの第1番K.16と第41番K.551の交響曲)
13-1-1、アンドレ・プレヴィン指揮NHK交響楽団による交響曲第1番変ホ長調K.16および交響曲第41番ハ長調「ジュピター」K.551、第1735回N響定期公演、2012年9月26日、サントリー・ホール、
(2012/10/28「ららら♪クラシック」および2012/11/18N響スペシャルの放送をHDD-2に録画)

      2013年の新年の第一曲目は、毎年秋に来日してNHK交響楽団を振ってくれるアンドレ・プレヴィンが、今回はN響の名誉客演指揮者として交響曲の第1番と第41番「ジュピター」の2曲を第1735回定期で取り上げて既に収録済みで、いずれアップしようという積もりであった。ところが、この2曲をNHKが「ららら♪クラシック」と言う番組で取り上げて、彼へのインタビユーを行ったり、N響の第二ヴァイオリン首席奏者永峰高志氏を招いてプレヴィンの印象を語らせたりする楽しい番組になっていた。
     プレヴィンのこれまでの収録曲は、クリックしていただけばお分かりの通り、多くの曲を映像に残しているが、この2曲は不思議にこれまで取り上げていなかったので、2013年のトップを飾ろうとかねて考えていた。交響曲第1番変ホ長調K.16は、これで全6組の映像が収集されているので、これで全体の総括を行って、完成と言うことになろう。

このコンサートに先立ってレハーサル中のプレヴィンにあらかじめインタビユーがなされていた。彼はこのプログラムについて、信じられないような完成度を持った「ジュピター」と称される最後の作品と8歳の時に旅先のロンドンで書いた第1番の新鮮な驚きとを、同時に伝えたかったと語っていた。彼は第1番について、普通の子供では知らないような移調楽器や複合リズムが含まれていると言い、また41番のフィナーレについては、モーツァルトは余り考えもせずに書いているが、この最終楽章はオーケストラのためのフーガの最高傑作であると言っていた。

    一方の「ららら♪クラシック」の「巨匠プレヴィンのモーツァルトを聴く」では、「エレガントで優しく幸せなモーツァルトをタップリと」という謳い文句であった。プレヴィンの指揮振りをコンサートマスターの堀正文さんは「さじ加減が絶妙」と言い、ビオラ次席小野富士さんは「天上の音楽が上から降って来るよう」と語り、テインパニーの植松透さんは「本当に幸せな気分になる」と感想を述べていたが、その秘密をもっと探るために、第2ヴァイオリン首席の永峰高志さんに番組に登場してもらいプレヴィンの秘密の話を聞いていた。





        永峰さんはプレヴィンのモーツァルトを一口で言うと「おしゃれで素敵なモーツァルト」だという。演奏しているととても幸せな気分になるが、その鍵を握るのが第二ヴァイオリンであるという。写真には今回の「ジュピター」交響曲のオーケストラがグループごとに示されているが、第二ヴァイオリンは中央に配置されて、どのグループの音も良く聞こえ、ヴィオラとともにメロデイを引き立てる伴奏の役割を担っているという。(これは41番の演奏時のもので、第一Vnが8人、第二Vnが8人、ヴィオラが6人、チェロが4人、コントラバスが3人、管楽器が9人、テインパニーが1人の全40人の布陣であった。)バレーボールにたとえると、第一ヴァイオリンはスパイクを決める役で、打ちやすいいトスを上げるのが第二ヴァイオリンの役割だと言う。サッカーならアシスト役で、ゲーム支配のコントロール役を担っている。ご本人の演奏の力の配分は、考えるのが40%で、周りを聴くのが40%で、あとの20%の力で演奏すると語っていた。







        番組はここで交響曲第一番変ホ長調の演奏の映像に移ったが、プレヴィンは太り過ぎと老齢化のためか今回は係の人に手を引かれて登場し、指揮台の上の椅子にやっと着席し、譜面を見ながら丁寧に指揮をしていた。コントラバスが2本で総勢30人くらいの小編成での演奏であった。
        第一楽章はユニゾンで力強く第一主題が開始され、軽快なテンポで進行するが、何と穏やかな暖かみのある柔らかな演奏であろうか。プレヴィンのかたちばかりの指揮で、全員が肩に力を込めず、実にゆったりとした落ち着いたテンポで進行し、第一主題の弦の和音とバスの静かに弾むような響がとても心地よい。おどけたような明るい第二主題も軽妙で実に和やかに提示部を終えていた。プレヴィンは提示部を丁寧に繰り返してから二部形式の後半に入っていたが、前半とは多少趣を変えながら進行し、全員が楽しみながら演奏している様子が良く分かり、この曲の格調の高さを示す爽やかな演奏であった。プレヴィンは後半の繰り返しを省略していた。





         第二楽章は、実にゆっくりしたテンポで、ヴァイオリンとヴィオラの三連符のリズムをきざむ中で、バスが短調のメランコリックな旋律を奏でる面白い楽章。オーボエとホルンがそれに合わせるようにジュピター音形の和音を奏でるが、プレヴィンは、弦のリズミックな調子を取りながら、全体としては和音を中心に悠然と落ち着いて進行させていた。プレヴィンは前半部の繰り返しも後半の繰り返しも省略して進めていたが、全体のテンポが遅いので、それも気がつかないほどの悠然とした演奏であった。ホルンが今ひとつ冴えないのが残念であった。

         フィナーレに入ると、弦の踊るような小刻みな主題が飛び出し、繰り返されて、あたかもロンド主題のようにプレストで駆けめぐる。そして次から次へと新しい楽想が現れて目まぐるしく変化しながら展開されていく。そして最後のに再びロンド主題が現れて一気に曲が閉じられていた。とても短い曲なのに、悠然と進んできた曲全体を締めくくるかのような勢いのフィナーレであった。

         8歳のモーツアルトの軽妙な小宇宙を思わせる気品のある豊かな響の交響曲第1番であり、プレヴィンが「ジュピター」交響曲と対比させるために丁寧に指揮をした素晴らしい演奏になっていた。







曲が終わってからの皆の感想は、シンプルだけれども幸せな感じのする曲であった。永峰氏は言う。幸せなモーツァルトのキーワードは「自由」であり、各人が自発的に思ったとおり演奏することで、仲間と一体になってやっていることが肌に感じられ、それが演奏をしていて幸せを感ずる瞬間であるという。素晴らしい指揮者の手にかかると、自由にやりながら、高みに連れて行ってくれる感じがするという。
ジュピター交響曲のレハーサル中に、プレヴィンは、突然、指揮を止め「今は、危険な状態にある」と言い出した。何度もいろいろな指揮者とこの曲を弾いているN響に対し、「モーツァルトは温和しく弾かねばと思い込んでいるようだが、それは間違いだ。これは音楽なんだ。モーツァルトを尊敬しすぎるとうまくいかない。モーツァルトの名に縛られずに、作品を大切に、もっと自由にやって欲しい。」と言っていた。プレヴィンは、オーケストラが優れていると、楽団員の自発性に演奏を任せるタイプの指揮者だと日頃語っていた。プレヴィンの考えすぎずもっと自由にという一言が効いて、N響は硬さが取れたように、生き生きと演奏し始めた。


        永峰氏は指揮者に「モーツァルトを尊敬しすぎるな」などと言われたことは初めてであり、「これは指揮者のマジックだ」と語っていた。素晴らしい指揮者と演奏をすると、自然に楽団員が同じ方向を向くようになってくる。そして自由になりながら、仲間と一緒なことが肌に感じてきて、それが演奏の幸せを感ずる時だと言う。プレヴィンとモーツァルトを演奏すると、N響の皆さんが幸せを感ずるという意味は、プレヴィンが全員が一体となって極上のアンサンブルを作り出す方向に導いてくれることのようであり、それが結果的に素晴らしい響のモーツァルトの演奏になってくるらしい。



続いてコンサートの二曲目の交響曲第41番ハ長調「ジュピター」K.551 が始まった。それはゆったりとしたテンポで特徴ある始まりの三つの和音を重ね、指揮者もオーケストラ全員も、肩に力が入らない穏やかで柔らかな第一主題が進行していた。コントラバスが3本の中規模の構成で、フルートやオーボエが重なるように主題を膨らませ実に優雅に進行し知田。落ち着いた優雅な第二主題が弦で入り、フェルマータの後のフルオーケストラによる大爆発もごく自然であり、その後のピッチカートに導かれる軽快な副主題が生き生きとして快活に進み、再び自然体で冒頭の主題が再現されていた。プレヴィンの指揮振りは両手を小刻みに振り、先導する楽器の方に軽く手を挙げて導き、両手で強弱の変化をこまめに付けた指揮振りであった。展開部では先の軽快な副主題がピッチカートともに様々な形で繰り返し展開され、さらに冒頭の主題が複雑に展開されていたが、オーケストラは実に生き生きとしており、一気に再現部へと進んでいた。全体をよく見ると、指揮者の仕草が全く小ぶりであるにも拘わらず、オーケストラが良く心得ているように見え、指揮者と全員が一体になって演奏している姿が窺えた。



      第二楽章では静かに弦で第一主題が始まるが、フォルテとピアノが美しく交錯し、軽妙で滑らかなアンダンテ・カンタービレであり、続く管と弦の対話の副主題も美しい。そして第二主題になって堂々と進む厚いオーケストラの流れが滲み出て、管と弦の絶妙な対話が続けられていた。プレヴィンはそのまま展開部に移行して、ここでも管と弦の活躍が目立っていたが、再現部では心に響く弦の力強いうねりが繰り返され、単純でないこの楽章の凄さが感じられた。
       メヌエット楽章は、フルオーケストラで始まる壮大な楽章。プレヴィンはゆっくりしたテンポでじっくりとオーケストラを進めて明るいいメヌエットになっていた。トリオは弦と管の対話による穏やかな響を見せており続くメヌエット主題をさらに大きくしているように思われた。

 

フィナーレはド・レ・ファ・ミの四つの音から作られるモルト・アレグロの堂々たるフーガ主題に始まり、この主題を追って威勢の良い主題が次々と提示され繰り返されていき、次第に元気良く壮大に進められていた。プレヴィンは、両手を広げて丁寧にリズムを取りながらオーケストラを盛り上げるようにこのフィナーレを力を込めて指揮をしていたが、オーケストラの方もこれに応えるように颯爽として堂々たる響きを見せていた。展開部では冒頭主題によるフーガ的展開が、繰り返し繰り返し丁寧に行われその都度壮大さを増しており、再現部に入っても、この壮大なフィナーレ主題が展開部の続きのように対位法による展開がなされていた。特に最後のコーダでは、4つのフーガの主題だけで各声部が構築される複雑な多声的なフーガであり、オーケストラ全体が次第に力強く盛り上がりを見せて、高揚しながら高らかに終結していた。         指揮を終えたプレヴィンは、緊張から一転して解放されて、眼鏡を掛け替えて微笑みを見せながらにこやかな表情で、拍手の中で全員を起立させ、指揮台にゆっくりと起ち上がり、杖をついて挨拶を繰り返していた。係員に手を引かれて杖をついて退場する姿は、相当に不自由なようで、一年前より体調がすぐれない様子のように思われた。

プレヴィンとN響による二つの交響曲を聴いて、非常に心温まる安らぎを得たような気分になった。先程来のプレヴィンのマジックのような話を聞いて、プレヴィンの一言や一振りで、皆が生き返ったように伸び伸びと演奏し始める時は、恐らく弾きながら幸せを感じているときであり、お互いの発する音を聞きながらアンサンブルの良さを確かめながら弾いているのであろうと思った。その瞬間は指揮者も聴衆も一体となって豊かな演奏を味わっているのであろうと考えてみた。ジュピター交響曲の各楽章には、弦楽器と管楽器が和やかに対話したり、追っかけ合ったりアンサンブルの極意を表すような美しい場面が随所に見られるが、指揮者と演奏者たちの共通の一体感ほど演奏にとって重要なものはないと思われた。

プレヴィンも老境になって、実にゆっくりしたテンポでバランスの良いモーツァルトを聴かせるようになり、この第一番の気品のある豊かな演奏を聴いてかってのベームの演奏もそうであったと思いだした。ジュピター交響曲も荒々しさのない落ち着いたテンポの演奏であり、穏やかに深みを感じさせる淡々とした破綻のない演奏で、随所に響くアンサンブルの良い響きが極上でとても魅力的であった。

(以上)(2013/01/09)


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