(新市販DVDより;リリー・クラウスのピアノ・リサイタルK.397、455、331)
12-8-2、リリー・クラウスの二つのピアノリサイタルから、幻想曲ニ短調K.397&グルックの10の変奏曲ト長調K.455(1960)およびピアノソナタイ長調K.331(1961)、ラジオ・カナダの白黒TVの映像記録より、スタジオ・ライブ、

−リリー・クラウスは、モーツァルトの協奏曲やピアノ・ソナタなどのLPやCDで有名な演奏家であるが、私は彼女の録音は数枚のLPとCDしか知らず、まして映像としては初めて見る貴重なものであった。この演奏は戦後15年経って、50歳代の彼女の演奏する姿を、放送スタジオからの演奏で紹介するものであった。映像の画質も古く音も貧しい上に、演奏スタイルがやや古く、気まま過ぎてもう少し丁寧な演奏が欲しかった−

(新市販DVDより;リリー・クラウスのピアノ・リサイタルK.397、455、331)
12-8-2、リリー・クラウスの二つのピアノリサイタルから、幻想曲ニ短調K.397&グルックの10の変奏曲ト長調K.455(1960)およびピアノソナタイ長調K.331(1961)、ラジオ・カナダの白黒TVの映像記録より、スタジオ・ライブ、
(2012年03月01日、銀座山野楽器店にて、Radio-Canada TELEVISION 4359)

       8月号の第二曲目は、ラジオ・カナダによるリリー・クラウス(1906〜1986)の二つのテレビジョン番組のコンサートをVAI(Video Artists International Inc.)がDVDに編集発売したものである。第一のコンサートは、1960年1月25日放送のものであり、モーツァルトの幻想曲K.397とグルックの主題による変奏曲K.455、バルトークのルーマニア民族舞曲、シューベルトの即興曲作品90-2、の4曲であった。第二のコンサートは、1961年1月31日放送のものであり、バッハの半音階的幻想曲とフーガニ短調BWV903、モーツァルトのピアノ・ソナタイ長調K.331、バルトークのバラード;アンダンテ、であった。今回は、これらの二組の演奏曲目から、モーツァルトの3曲を抜き出して、ご紹介するものである。



                リリー・クラウスは、ハンガリー出身でアメリカで亡くなったピアニストであり、第2次世界大戦の戦禍に巻き込まれ、日本軍と関わりがあったピアニストとして知られており、その経緯は多胡吉郎著「リリー、モーツァルトを弾いて下さい」(2006)の著作で名高い。彼女の演奏は、モーツァルトの協奏曲やソナタなどのLPやCDで知られているが、彼女の映像としては初めて見る貴重なものである。この演奏は戦後15年経って、50歳代の彼女の演奏する姿を、コンサートではなく放送スタジオからの演奏で紹介するものであった。白黒の初期の映像であるため、音声が悪くカメラワークは単調であり、ライブでアナウンサーの仏語の曲目紹介がうるさく感じられ、スキップする必要があった。

         この映像の最初の曲は、幻想曲ニ短調K.397(385g)である。この曲には、自筆譜や筆写譜などはなく、作曲の経緯を示す伝記的資料も残されていない。分かっていることは、ブライトコップフ社が試みた最初の全集の一環として、1806年に初めて姿を現し、その形が今日まで踏襲されていることのようだ。従って、97小節までで中断しており、誰が10小節の補作をしたかも含めて、推測されることが多い作品である。



    曲は大まかに全体が三部に別れており、自由な性格を持っており、最初のアンダンテでは、分散和音の連続する即興的な感じの序奏で始まる。リリー・クラウスは、落ち着いたテンポでゆっくりともの寂しく静かに弾き始めて、幻想的な高まりを見せて静かに終止するが、直ぐにアダージョに入り淋しげな甘美な旋律が始まった。綿々とアダージョが続いてから、趣を変えて新しい寂しげなエピソードが登場し、カデンツア風なプレストを経過して、高まりを見せていた。クラウスのピアノには気儘な動きがあり、一音一音が完ぺきではないが心に秘めたものがある。再びアダージョの主題が再現されるが、即興的な変化を見せながら幻想風に物静かに収束していた。次いでアレグレットの部分に入り、軽やかな明るいロンド風の主題が爽やかに始まり、ゆっくりと盛り上がりながら頂点に達する。最後の10小節は譜面通りの姿で弾いており、意外性はなくもの静かに終わったが、クラウスは淡々として一気に弾いており、あっさりと弾かれた幻想曲であった。

     現在ならもっと丁寧に粒ぞろいのピアノの響きを豊かに聴かせて欲しいという注文を出したくなるように聞こえたが、当時はこれで十分に通用していたと思われるので、やや期待外れの演奏であった。



           この映像の第二曲目は、グルックのオペラ「メッカの巡礼」のアリエッタ「われら愚かな民の思うは」による10の変奏曲ト長調K.455である。この曲は、1783年3月23日にヨーゼフ二世の臨席を得て行われた有名なアカデミーの音楽会で、この演奏会を訪問してくれたグルックに敬意を表し即興された作品といわれ、二つの自筆の譜面が残されているという。これは即興用の未完のものと、譜面を完成させて自筆作品目録に記載されたものを意味している。

             この変奏曲のテーマは、左手がオクターブで弾かれる重厚なグルックらしい旋律からなるアリエッタで、クラウスはアレグレットの主題を重々しく力を込めて弾いていた。初めの繰り返しは丁寧に行い、最後の繰り返しは省略していた。第一変奏は右手が16分音符で弾かれる速いテンポの変奏で、第二変奏は左手が16分音符で弾かれる力強い変奏であり、クラウスは淡々として軽快に弾きこなしていた。第三変奏は右手が三連符で弾かれ右手のトリルに特徴がある変奏であり、第四変奏は左手がオクターブで力強く弾かれ、右手は16分音符の自由な早い変奏で、クラウスは譜面通りにしっかりと弾いていた。第五変奏はただ一つの短調のゆっくりとした変奏であり、クラウスはここでは丁寧に、繰り返し部分も含めて変化を加えずに忠実に弾いていた。第六変奏では、右手のトリルで始まり、それが左手に移ってからまた右手のトリルに戻るトリルの変奏であり、第七変奏は主題をもじった気ままな軽い変奏であり、クラウスは軽やかに自在に弾いていた。



   続く第八変奏あたりからとても充実した曲想になっており、ウイーン時代の作品であることを気付かせた。第八変奏は両手の交差を見せつける力強い重々しい変奏で、繰り返し後も力強く進行し、最後には短いカデンツアを持っていた。続く第九変奏は、アダージョの左手のオクターブに対し右手が自由な楽想で展開されるゆっくりした長大な変奏であった。最後の第十変奏はアレグロのフィナーレで、速いテンポで何度も手の形を変えて主題を反復した後に、長いカデンツアで技巧を示しつつ、最後に初めの主題が丁寧に回想されて全体が結ばれていた。リリー・クラウスは、譜面に忠実に力強く弾いており、時には勢い余って破綻しそうなところもあったが、正面から取り組んでおり、充実した変奏曲に仕上げていた。

         リリー・クラウスの第三曲目は、ピアノソナタイ長調K.331「トルコ行進曲つき」である。この曲は変奏曲−メヌエット−ロンド(トルコ風)という変わった構成となっており、ソナタ形式のないピアノソナタはこの曲だけである。用紙の研究が進み、ウイーン時代の1783年頃と作曲年代が考えられるようになってから、フォルテピアノのための作品であり、1784年に前後の3曲と一緒に出版されたという事情から、三部作の真中の曲として前後の曲に対し、大きな変化を求めて作られた作品と考えられている。







        第一楽章の変奏曲の主題提示は、八分の六拍子のゆっくりしたリズムを持った実に優美な主題である。前半8小節、後半10小節の二部分から作られ、それぞれに繰り返し記号が付いているが、クラウスは両方とも繰り返しを行わず、余り思い入れなく速めのテンポで素朴にサラリと弾いていた。第一変奏は、右手の16分音符の動きが美しい変奏であるが、クラウスは主題提示と同様に繰り返しを行わず(以下同様)サラリと早めのテンポで先へ進んでいた。第二変奏では左手の三連符の伴奏の上に右手のトリルの動きがよく目立つ美しい変奏であるが、クラウスはサラリと弾いており、三連符の流れが美しかった。続く第三変奏は、趣を変えてイ短調の変奏となり、16分音符のうねるような高音が美しく、途中から加わるオクターブが力強く華やかに楽しく聞こえていた。
        第四変奏は再びイ長調に戻り、右手の16分音符の伴奏をはさんで、左手が高音部と低音部を交互に交差させて弾いていた。ここでもクラウスは速めのテンポであっさりと弾いていた。続く第五変奏はテンポがアダージョとなり、右手の細やかな32分音符の動きが美しいが、クラウスは後半テンポを動かして、気儘に流しているように聞こえた。最後の第六変奏では、テンポががらりとアレグロに変わり、流れるような力強いフィナーレとなって、実に軽快に踊るような感じで結ばれていた。
クラウスは幾分速めのテンポで、全体を思い入れ少なくサラリとあっさり弾いており、繰り返しもなく気儘な感じのさばさばした演奏振りであった。



            第二楽章は、スコアを見るとおやと思わせる珍しいメヌエット楽章であるが、クラウスはメヌエット及びトリオの繰り返し記号を全て省略して、速めのテンポであっさりと弾いていた。メヌエット主題は踊るように弾かれそして流れるような16分音符のピアノの美しさがキラキラして実に素晴らしい。続く中間部のトリオも淡々としているが、左右の手が交錯したり、ユニゾンの激しい強奏の部分があったりして変化が多く、見ていてとても楽しかった。
            第三楽章のトルコ行進曲は、速めのテンポで明るく伸びやかに弾かれていた。この曲は、いつ聴いても楽しい気分にしてくれるが、しかし映像を見ていると、誰でも知っている曲だけに演奏者にとっては、特別に、緊張が強いられるのであろう。この映像では前半部分は、クラウスの鍵盤上の両手の指の動きをカメラが追っており、途中からクラウスの真剣な表情が写され、集中力を高めながら弾いている姿が映し出されていた。どんな大家であってもこの曲は、試されるような気持ちで張りつめたような緊張が必要な曲であると感じさせられた。クラウスは他の楽章と同様に、繰り返し記号は一切無視して、一気にこの早い楽章を駆け抜けるように弾いていたが、爽やかな感じのトルコ行進曲であった。


             リリー・クラウスの映像を初めて見たが、この人は大戦前に学んだ古いタイプのピアニストであり、モーツァルトにしてもシューベルトにしても余り感情を込めずにいわゆるザッハリッヒカイトに、楽譜に忠実に弾くタイプと拝見した。映像は白黒でカメラワークに限界があり貧しいピアノの音なので、DVDとしては期待外れであったが、最近、クラシカ・ジャパンの「20世紀の巨匠たち」という番組で収録したSPやLP初期の懐かしい演奏家たちの映像が多くなっており、これも映像記録の楽しみの一つになっている。なお。念のため、内田光子とシュタイナーのものをスコアを見ながら比較して聴いてみたが、最近の二人は繰り返しを全て丁寧に行っているほか、音のコントロールに細心の注意を払って弾いており、クラウスは好きな曲を気儘に弾いているような印象を受けた。







      なお、この映像には、ボーナス映像として、リリー・クラウスと音楽評論家のマイケル・スタインバークという人とのシューベルトの「グラーツ幻想曲」に関する対談が収録されていた。そこでは、クラウスがシューベルトの「こういうところが好き」などとピアノを前にしてサラリと弾く姿があったりして、英語であったので少しは分かり面白かった。そして対談の後に、やはり同じスタジオで、このシューベルトの作品、幻想曲ハ長調D.605a「グラーツ幻想曲」の全曲が演奏されていた。この映像は1969年の新しいもので、カラーで約30分ほど演奏を含めて収録されており、私はこの曲が大好きなので、一言、追加することにした。リリー・クラウスについてもっと知りたい方には、彼女のシューベルトの知見について、生の言葉による貴重な解説が残されている。私は彼女がシューベルトについて、関心が高かったことを初めて知ったが、そういえばシューベルトのピアノソナタ全集などは、戦後のピアニストしか弾いていないことを改めて知らされた。




(以上)(2012/08/14)


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