(最新購入のBD;2011リセウ歌劇場のボルトンの最新オペラ「後宮」K.384)
12-6-2、アイヴォー・ボルトン指揮、クリスロフ・ロイ演出による歌劇「後宮からの逃走」K.384、
2010年4月、リセウ大劇場SO&CHO、リセウ歌劇場、輸入盤、

−この映像は最新のBDデイスクの2010年4月の最新の録音でもあり、内容も斬新で、初めてづくしのような映像であった。トルコでの出入国管理官と出入りする4人の外国人との現代の対立劇に読み替えられたものであり、それによって舞台は思い切って簡素化・抽象化されていた。舞台の登場人物は主役の6人だけであり、彼らの恋愛関係や人間関係をクローズアップして、一歩深く描こうと試みたものであるが、結果的に逃走劇とは異なるものになっていた−

(最新購入のBD;2011リセウ歌劇場のボルトンの最新オペラ「後宮」K.384)
12-6-2、アイヴォー・ボルトン指揮、クリスロフ・ロイ演出による歌劇「後宮からの逃走」K.384、
2010年4月、リセウ大劇場SO&CHO、リセウ歌劇場、輸入盤、
(配役)ベルモンテ;クリストフ・シュトレール、ペドリオ;マノルベルト・エルンスト、コンスタンツエ;デイアナ・ダムロウ、ブロンテ;オリガ・ベレッチャコ、オスミン;フランツ=ヨゼフ・ゼーリヒ、太守セリム;クリストフ・クヴェスト、 (2012年5月11日;新宿タワーレコードにてBD購入、Unitel Classica )
             6月号の第二曲は、最新の市販BDから、5月号のレコード芸術の海外盤レビユーで紹介されたボールトン指揮リセウOP劇場の「後宮」(2010)を、新宿のタワーレコードで見つけたので、早速、購入してきた。クリフトス・ロイ演出の現代風の「後宮」であり、リセウ歌劇場はこのHPでは初めてである。スペインのバルセロナの歌劇場で1847年に開場で、一度火災に遭っているが、実に美しい古さが売りの劇場であり、驚かされた。日本語字幕はないが、ダムロウがコンスタンツエを歌っており、画面が美しいライブである。余りに簡素な抽象化された舞台で驚くが、ボールトンの指揮は余りトルコ風を強調せずにゆっくりしたテンポで進んでいた。彼の「後宮」は二度目であり、前回は06年のザルツブルグ音楽祭のM22のDVD(11-12-3)で演奏は良かったが、演出が馬鹿げていて論外であったので、今回はどうなるか、楽しみにしていた。

    馬蹄形の古めいた素晴らしい客席を持つ劇場全体が写されて、出演者や制作者たちが字幕で紹介されていたが、拍手とともに指揮者が登場し序曲が始まった。ボールトンの指揮振りは遅めのアレグロで進行するが、トルコ風のシンバルやピッコロはむしろ控えめで、落ち着いた演奏。やがてアンダンテに変わってオーボエがベルモンテのアリアを先取りして美しく響き、丁寧な演奏に聞こえていた。

                緩から急に再び戻り、序曲の終了と共にベルモンテが右の舞台袖の通路から現れ、そこで荷物を置いてやっと着いたとばかりに歌い出した。舞台ではオスミンらしき大男が机の上に足を投げ出して居眠りをしている風景。客席のベルモンテは、旅人風のバーバリにネクタイを締めた現代の姿で、「これでやっとコンスタンツエに会える」という喜びの声を上げて高らかにアリアを歌っていた。


                舞台では、一見、トルコの「出入国審査官」風のオスミンが机に座って「可愛い娘を見つけたものには、千のキッスで」と鼻歌を歌っていたが、ベルモンテが「ここはセリムの宮殿か」と尋ねても、うさん臭そうに返事もせずに、辺りを見渡しながらラララと歌い続けて無視していた。そこでセリムの屋敷であることを確かめてから、大声でペドリオのことを聞こうとすると、大男のオスミンも怒りだして「お前も奴も気に入らぬ。自分で探せ」と歌い出した。そこでペドリオのことで二人がやり合う喧嘩の二重唱に発展してしまい、オスミンは荷物を外に投げ出して帰れとばかりに脅すので、ベルモンテはその見幕に圧倒されて追い出されてしまった。



                          続いて一人になったオスミンがペドリオの悪口を言っていると、ペドリオが現れて話しかけ機嫌を取ろうとした。するとオスミンは急にいきり立ってペドリオに向かって「女どもを狙うお前達が大嫌いなんだ」と声を荒立てて歌い、ペドリオを痛い目に遭わせていたが、一息おいてから終わりにアレグロになって、「お前達は首切り・首吊り・串刺しだ」と歌って引き上げて行った。
            一人残されたペドリオが部屋の片隅に座り込み文句を言っていると、そこへベルモンテが再び現れて、二人は劇的に再会をした。コンスタンツエやブロンテが無事で元気でいることを知り、一部始終を語り合い、珍しく二人の長いダイアログが続けられていた。コンスタンツエが太守のお気に入りと聞いてベルモンテが色をなすシーンがあったが、警戒が厳しいので急ぐなと言い、太守に建築士と紹介しようなどと相談をしていた。そしてベルモンテはコンスタンツエに会いたい一心で、不安を示しながらも勢いよく「コンスタンツエ」と呼びかけるようにアリアを歌い出したが、その胸の高鳴りを現すようなスタッカートやピッチカートの伴奏があり、ベルモンテの声がとても良く伸びて最高のアリアとなり凄い拍手があった。



             続いて遠くでトルコ風の行進曲(第5a)が響き出し、太守セリムが軍服姿で舞台に登場して来たが、続いて合唱団による賑やかな太守を讃える合唱(第5b)が始まった。合唱団は二階の舞台の両側の客席に陣取って、舞台を見下ろしながら合唱し、中間部の四重唱もこの客席で歌われていた。セリムが舞台中央でガウンに着替えたところに、コンスタンツエが急いで登場し、二人は久しぶりなのか、互いに抱き合っていたのが気になった。



              太守はコンスタンツエを優しく抱き留めて、「いつまでも悲しそうだね」と口説きだしていた。ここでは太守は「お前に対するわしの優しい愛情を、受け入れて欲しいのだ。わしは命ずることも出来るが、お前自らのお前の心を得たいのだ」と優しく口説いていたが、コンスタンツエは「私を憎んでくれ」と答え、セリムの優しさや寛大さに甘えており、彼女がセリムのしつこさを、多少、許しているように見えていた。



               続いてコンスタンツエは、太守の寛大さに感謝しながら「私は恋をしていて幸せでした」と答えるように歌い出した。ソプラノのデイアナ・ダムロウはトルコ衣裳が良く似合い、声も良く伸びて朗々とコロラチュラの技巧を混ぜてアリアを歌っていた。アレグロに入って、歌では「彼との別離が恐ろしい運命となっている」と歌って別れに苦悩する本心を強く歌っていた。コンスタンツエはセリムに「私を殺して」と言ってセリムを怒らしてしまい、「私の傷口を癒やすために、時間をくれ」と頼んでいたが、怒ったセリムが「明日までだ」と声を荒げていた。しかし、このコンスタンツエの健気な姿が太守の心を一層惹き付けていた。太守は坊主頭であるが有名な俳優か、貫禄が身についており、したたかなセリムの役を演じていた。



               太守が考え込んでいるところへペドリオがベルモンテと共に登場した。太守のお気に入りのペドリオが恐る恐るベルモンテをイタリアの建築家と紹介して、セリムから「明日会おう」と出入りを許された。ペドリオはやったとばかりに喜んでいたが、ベルモンテは、太守とコンスタンツエが一緒のところを見てしまったとショックを受けていた。「辛抱強く我慢せよ」とペドリオに厳しく諌められ、二人で奥に入ろうとすると、オスミンが待ち構えており、「帰れ」とまくし立てて邪魔をして、一対二のケンカの面白い三重唱になっていた。オスミンは口を尖らして激しく争い、賑やかな三重唱であったが、二人がかりなので二人組が優勢で、最後には、二人組は幕をかいくぐって奥に入り込むことに成功し、オスミンは草臥れて舞台の上で倒れて第一幕は終了した。
            第一幕全体を通じてボールトンの指揮は、ゆっくりとしてしっかりと進み、歌手陣は落ち着いて朗々として歌っていた。こんな簡素な抽象化された舞台は初めてであり、小道具は机と椅子だけのさっぱりした飾り気のない舞台には驚いた。通常はかなり省略されるダイアログは、ここではかなりリブレットに近く丁寧に語られていたので、日本語字幕がないのが非常に残念であった。



                休憩の後、第二幕が始まったが、この劇場では珍しく幕は下がるので、非常に近代的。ブロンテが出てきて、部屋を整理しながら独り言でダイアログを呟いていたが、これはリブレット通り。トルコは気に入らないと言いながら、オスミンを前にして、西欧の女性を口説くには「優しさとお世辞が大切よ」と歌い出し、図に乗って甘えてくるオスミンを適当にあしらっていた。



               彼女は大柄で声が良く伸び、現代風の若いイギリス女。オスミンを怖がっていない。歌い終わるとオスミンは「ここはトルコで、お前は奴隷だ」と威張りだし、「俺を愛せ」と命令する二重唱を歌い出した。これに反発するブロンテとのアレグロで「ペドリオに近づくな」と歌う二重唱になっていたが、三拍子のアンダンテになってオスミンが「イギリスの男はだらしない」と歌っているうちに、再びアレグロになり、ブロンテはテンポがのろい大男を手玉にとって軽く追い払ってしまい 大拍手を浴びていた。



           オスミンが去ったそこへコンスタンツエが悲しげな様子で姿を現し、美しい前奏の下で「あの日から全てが変わってしまった」と寂しい気持ちをレチタテイーボで歌ってから、「悲しみが私の運命になった」と切々とアリアを歌い出した。ダムロウは、この悲しみに満ちた暗い嘆きのアリアを、実に哀愁に満ちた姿で切々と歌っており、彼女の豊かな表情は素晴らしいと思った。ブロンテも一緒に聴いており、その後、ブロンテとの長い対話があり、途中でセリムが現れて、続けてコンスタンツエに「まだ決心が付かぬか」と催促する長いダイアログはリブレット通り進行していた。コンスタンツエは最後に「私は貴方を尊敬していますが、愛することは出来ません!」と答え、大声を出すセリムに対し「死にたい」と答えた。すると、セリムは「死んではならぬ、拷問だ」と声を荒立て彼女を罵倒し、腹を立てて席を立ってしまった。



               そこで前奏がゆっくりと始まり木管と弦のオブリガートが流れていたが、コンスタンツエは「どんな苦難があろうとも」と決然としたアリアを歌い出した。ダムロウのアリアは、さすがに決然と激しく歌われ、高音域のコロラチュアが要求される木管などとのコンチェルタントな部分も、低い声の部分もさすがに素晴らしい出来であり、当代一のリリコ・スピント振りを発揮していた。しかし、途中から怒りを静めたセリムに対し、「お願いです。強制しないで」とすがるように歌い、彼女の方から抱きついてキスをしたりしてセリムを驚かした。そして火の付いているローソクを素手で消すなど半狂乱の必死の形相となりセリムに救われていた。コンスタンツエは、追い詰められた女性の複雑な表情を見せてセリムを驚かせ、このダムロウの体当たり的演技には、大拍手と歓声で大変であった。残されたセリムは「夢のようだ」と驚き、彼女のこの激しい勇気はどこから来るのだろうと、頻りに不思議がっていた。



              ここで残っていたブロンテが一人でコンスタンツエが見せたセリムへの複雑な態度を考え込んでいると、そこへペドリオが忍び込んできた。「大ニュースだ!」と思わせ振りに言いキスを盗むと、ブロンテが怒って「ニュースって何よ」と開き直ると、「ベルモンテが助けに来た」と聞いた。彼女は躍り上がって喜んで、「何という喜び」とフルート協奏曲の終楽章に似たアリアを歌い出してペドリオを激励した。「真夜中に逃げる準備を」と言われて思わず「オスミンは?」と彼女が心配すると、ペドリオは眠り薬の入った瓶を見せて安心させていた。そこへ何と心配そうな顔をしたベルモンテが顔を出したのはリブレットにない新演出。彼は無言でコンスタンツエの変わり様を心配し、ブロンテの喜びが控えめなのに気付き、ペドリオを勇気づけようとしていた。



               続いてペドリオが「勇気を出して、闘おう、元気よく」と歌い出していたが、「怖くないぞ」と自分を奮い立たせるようにカラ元気で歌っていたので、ベルモンテが机の上のワインを抜いて勇気づけ二人で頑張ろうと乾杯をしていた。そしてペドリオは歌い終わると眠り薬を持ち出して、ワインに薬を注ぎ、何とか準備が完了した。



                ペドリオが一人になってワインを試しながら舌なめづりしていると、そこへオスミンが登場して、ペドリオが一人で飲み始めたワインがあるのを横目で見ながら、警戒しつつアラーの神にお祈りをしていた。しかし、美味しそうなお酒を見て、ペドリオに試飲させてから、自分にもよこせとばかりに少しずつ飲み始めた。しかし何も心配するようなことがなく、オスミンは次第に「娘っこに乾杯だ」となり、段々元気になってお終いには「バッカス万歳」の元気な二重唱に発展していった。そして二人は兄弟となっていたが、薬のせいかオスミンが急に酔っぱらってしまって、床の上に倒れそうになってしまった。そこへベルモンテとブロンテが様子を見に来ていたが、オスミンが急に起ち上がり、ブロンテを見て「女神だ」と思ったのか、近づいてから、突然、ばったりと倒れてしまった。ペドリオは、頃合いだとばかりに、オスミンをベルモンテと二人で担ぎ上げ、部屋の外に連れ出して「おやすみ」と叫んでいた。



                ブロンテが部屋を片付けている間に、ベルモンテとペドリオが「真夜中までまだ3時間もある」と相談していると、そこへ何とコンスタンツエも突然に顔を出したので、ベルモンテは驚いて彼女と突然の再会をしたが、ここでは二人はどうしたのか顔を見合わせるだけであった。ベルモンテはコンスタンツエを心配しそうに眺めるだけであり、コンスタンツエは「こんなに苦しい思いを過ごしていた後で、急にあなたを抱ける?」とばかりに沈み込んで言葉がなかった。アイネクライネの第2楽章のロマンスに似た美しい弦の伴奏が始まり、ベルモンテは、拍子抜けして唖然としながら、やっと第15番のアリアを「喜びの涙が流れるとき」と歌い出したが、複雑な彼女の心境を直ぐには掴みかねていた。しかし「コンスタンツエよ、お前をこの胸に抱きしめたい」と歌っているうちに、コンスタンツエもやっと落ち着きを取り戻してきた。このコンスタンツエの態度を見て、ブロンテもペドリオも心配そうにしており、ブロンテがなだめながら付き添っていた。



           別れ別れだった四人が顔を合わせ、ベルモンテが「船を用意している」と話しかけ、続いて「寝静まったら迎えに行くよ」の声で、コンスタンツエはやっと吹っ切れたように「ああ、ベルモンテ」と再会の喜びを伝えていた。第15番の美しいベルモンテのアリアの前後の一連のダイアログは、殆ど省略されるのが通常であったが、リブレット通りに進行させると、解釈によってはこういう演出もありうると言う見本のような展開に、すっかり驚かされた。しかし、これでコンスタンツエは、かなり深刻に太守セリムの呪縛に罹っていたように見え、やっとこれで太守から逃れて昔の恋人のベルモンテのところに戻って来たように思われた。



                改めて再会を喜び合い、二人は遠慮しながら抱き合っているうちに、コンスタンツエも少しづつ元気になり、「おおベルモンテ、私の命」と歌い出し、4人の再会の四重唱が始まったが、これは長大でドラマテイックな愛の賛歌のフィナーレであった。始めにコンスタンツエとベルモンテの喜びの二重唱に始まって、歌は歓喜の絶頂となり、続いてこの地を抜け出して、解放の希望が見えてきたという喜びの四重唱となっていた。中間部ではテンポが変わって男二人が女二人の太守との関係やオスミンとの関係を疑って嫉妬の四重唱となっていたが、この演出では、デルモンテが「セリムを愛しているのか」とコンスタンツエにはっきりと聞いていたが、やはりリブレットにはこの言葉が明記されていた。



               「何て悲しいことを聞くの」とコンスタンツエが怒り、ブロンテがペドリオを平手打ちして、女たちを怒らせていたが、その怒りようを見て男たちは急に彼女らを信用し、最後には男たちの疑いが晴れたと、男二人が女二人に平謝りになっていた。疑いが晴れてやがて再び明るい愛の四重唱に発展してから、ここでやっと四人の息がピッタリ合って、ブロンテの高音が高く響く、素晴らしい四重唱の第二幕のフィナーレとなっていた。

休憩後の第三幕の始まりは、右の写真のように全く新しい演出であった。この劇に参加する6人の登場人物は全員舞台におり、左に逃げ支度のベルモンテとペドリオ、机にはセリムが座り、オスミンが寝ており、右の女二人は椅子に座って順番を待っている様子だった。ベルモンテがペドリオと脱出する計画を相談しており、ペドリオが外の様子を見守ってきたいと言う会話から、ベルモンテが第17番のアリアを「おお愛よ、私は愛の強さを頼りにしている」と歌い出していた。
                 このアリアは管楽のオブリガートを伴い、技巧的で声域も広く、「どんな困難でも愛の力で解決できる」と力強く歌われていた。アリアを歌っているうちに、登場人物たちが次第に動き出し机の周りに集まって来たが、何とコンスタンツエと対立する二人の男が、またブロンテと対立する二人の男が、6人で顔を付き合わせていた。このアリアは抽象的な内容のアリアなので、次の場面のつなぎとして演出者が利用していたようだった。


                   そこへペドリオが戻ってきて「皆寝込んでいます」「丁度真夜中だ」と報告してから、見張りをベルモンテに依頼して、ピッチカートによるマンドリン伴奏でおどけた合図のセレナードを歌い、女達を誘い出そうとしていた。歌は「ムーア人の国に可愛い娘が虜になった」と言う長いものであった。歌い終わると、舞台は、突然、真っ暗闇となり、恋人たちが逃げ出すような音と懐中電灯の光が見え、ベルモンテがコンスタンツエを呼ぶ声や、ブロンテの大きな悲鳴などが聞こえてきた。暫くして、もの凄い大きな音が聞こえて来て、オスミンがブロンテを呼ぶ声が聞こえてきて、全員が逮捕されたような物音がしていた。明るくなってから舞台をよく見ると、オスミンの出国管理官が4人の外国人旅行者を相手にして大声で文句を言っており、どうやらベルモンテが差し出したワイロも受け取らず、大きな声で笑い出していた。
             ここでオスミンが大喜びして4人の旅行者を前にして「勝ちどきのアリア」を歌い出したが、オスミンは一人一人をこづき回し、日頃の鬱憤を解消しながら歌って、役目を果たした喜びに満ちた劇的なアリアとなっていた。「俺はこの日が来るのを待っていた」と歌うオスミンの姿は、この日のオスミンの最高の晴れ姿のように見えた。そして一人一人に意地悪をしながら目隠しをしていると、セリムが駆けつけてコンスタンツエを思わず抱きしめていた。



              オスミンから自分を酔わして脱走しようとした4人を捕らえた経緯を聞いたセリムは、コンスタンツエに「返事を遅らしていたのはこのことだったのか」と理解したようだった。コンスタンツエは「この人が私の愛する人です」とセリムに紹介し、そして健気にも「私を死なせてください」と頼んでいたが、でも「私の代わりにこの人を許して」とセリムに乞うていた。一方では、ベルモンテが「私は裕福なスペインの貴族なので、身代金で四人の命を助けて欲しい」と頼んでいた。そのうちに、セリムはベルモンテが自分の仇敵のロスタードスの息子と知って彼の怒りは一挙に増幅した。お前の父はわしの全てを奪ってきた。「お前の父親と同じことをしてやる」と絶叫していた。それを聞いてベルモンテとコンスタンツエは、絶体絶命とばかりに死を覚悟した。



                四人が目隠しをされて、ベルモンテとコンスタンツエにより歌われた「何という運命か」と嘆いて歌う絶望の二重唱は、オーケストラの絶妙な悲痛の響きと相まって真に迫り、最高の二重唱になっていた。二人は目が見えないままに、セリムの前で苦しみながら、始めにベルモンテが「僕のせいでコンスタンツエが死んでしまう」と歌い出し、コンスタンツエは「一緒に死ねるのは喜びです」と答えていた。ベルモンテがそれを聞いて「天使のような心だ」と感激し、そして終わりには、「喜んで共に死にましょう」という二重唱となり、素晴らしい愛の喜びを歌う感動的なアリアであった。



              セリムは二人のアリアを聞いてから、二人に「判決を受ける準備は出来たか」と尋ねた。死の覚悟を決めたベルモンテは開き直って「父があなたに行った以上に、好きなだけ復讐をするがいい」と答えていた。するとセリムは意外にも、二人の態度を見て、「自由になれ」と言った。そして驚いてセリムの顔を見上げると、今度は「コンスタンツエを連れて、二人とも故郷に帰れ」と言い出した。直ぐには信じられないほど意外な寛容な言葉を聞き、驚く二人。「悪に対して悪で報いるよりも、善行で報いる方が遙かに私の心の満足は大きい」とセリムは語り、父親に「セリムに逮捕されていたが、息子と知って釈放された」とことの次第を伝えよと念を押していた。コンスタンツエには、「私の愛を退けたことを忘れるな」と語っていた。セリムの突然の高遠な心情は、皆を驚かせたが、太守の寛容な赦しの精神は、驚くほどであった。



                ペドリオとブロンテも一緒に許されて、四人で代わる代わるに歌い出す感謝の気持ちのヴォードヴィルが明るく歌われた。始めにベルモンテが感謝の気持ちを歌って合唱団が引き継いだ後、コンスタンツエが続き、ペドリオ、ブロンテと続いていたが、ブロンテのけだもの発言にオスミンが反応して一暴れして得意の「お前達は首切り・首吊り・串刺しだ」と喚きながら歌っていた。オスミンを怒らせたが、セリムは「お前の目を守ってやったのだぞ」と言い、セリムの本当に心情か「努力しても手に入らぬものは、捨て置くしかないのだ」と呟いていた。



                最後に舞台にいる六人を前にして、賑やかなトルコ風の「太守セリム万歳」の合唱が始まったが、これは舞台に一番近い両側の二階席で数人の合唱団が歌うもので、太守の徳を讃える合唱が続き、オーケストラピットと舞台が写されて閉幕となっていた。絶望の死の世界から一転して、解放の感動から感謝へとの急展開で、舞台では意外な結末による感銘からか、素晴らしい拍手と歓声が湧き起こり、カーテンコールが何回も繰り返されて終わりとなっていた。



   この映像は最新のBDデイスクとして購入したものであるが、録音年月も2011年であり、やはり最も新しく内容も斬新で、初めてづくしのような感じがした。それは伝統的なトルコの後宮脱出劇から枠組みを変え、衣裳からトルコでの入出国管理官と出入りするベルモンテ、出国したい3人の囚われ人との現代の対立劇に読み替えたためである。それによって舞台は思い切って簡素化・抽象化が可能になっており、舞台の登場人物は主役の6人だけで、小道具類は机と椅子だけであった。そして管理官や親分のセリムと囚われ人の女二人との恋愛関係や、自由に行動したいベルモンテやペドリオとの男同士の人間関係を題材にして、表情や動作をクローズアップで一歩深く捉えようとする手法が取られていた。

 結果的に最後まで舞台にいたのは主役6人で逃走はなく、全員でセリムの寛容さを讃えて歌って終わったのであるから、劇の内容は逃走劇とは異なっていた。従って、いわばどうでも良く、このオペラの音楽がこのストリーで十分に意味を持って歌われたかどうかが重要であろうが、指揮者ボールトンの音楽は、トルコを強調した刺激的な面は少なく、ゆったりした落ち着いたテンポで歌手の感情の高まりを十分に考えて歌わせており、暖かみもあって満足できるものであった。



  このオペラには歌を歌わない主役セリムが存在するが、今回のこのオペラにはこのセリムとコンスタンツエの恋愛感情の関係が微妙であり、コンスタンツエがセリムと別れ難いほど密接な関係になっていたようであり、演出者はリブレットをここまで解釈できると提案しているものと思われる。このセリムの演技者は著名な俳優のクヴェストであるが悩める知性派の主人公を見事に演じきっていた。また、コンスタンツエのダムロウも、歌ばかりでなく、演技も実に表情豊かであり、良く分からない複雑な女心を描いていたと思われる。

                オスミンとブロンテの関係もそうであり、最後の場面ではブロンテがオスミンにすがりついていたような態度を示していた。しかしこれは付け足しで、オスミンは実に堂々としており、歌も演技にも十分に役割を果たしており、劇の進行役的な存在感を示していた。ブロンテにはいつもよりもコンスタンツエを付き添って支える役も加わっていたようであるが、男二人を上手にさばく魅力ある存在であった。この演出でベルモンテが第二幕の四重唱とその前のアリアで、素直に飛び付いてこないコンスタンツエに心配をし、また第三幕冒頭のアリアでも難しい演技を割り振られていたが、まずまずの歌と演技を示していた。ペドリオには特に新しい要求はなかったように思ったが、オスミンともブロンテともまずまずの出来であったと思う。

最後にこの演出で驚いたのは、真っ暗闇の脱出劇であり、奇抜なアイデアで見事に間延びのする稚拙な「ハシゴ劇や衛兵による逮捕劇」を省略できたことは、この簡易な演出には欠かせないと思われ、その知的な処理は特筆に値する。
コンスタンツエがセリムに惹かれ過ぎた演出は、先のネーデルランドOP(12-5-2)で一度見ているので、今回が2度目であるが、今回の演出の方が一段と斬新的であり、見る側を驚かせた。私は新規の演出をしなければならない演出者の気持ちは分かるが、新しいものが深い感動を与えるかというと、そうならない場合が多いことを指摘しておきたい。今回はまだ良く理解できていない部分もあるが、新しさには各所で驚かされたので、その新鮮さに対し努力賞ものかな?という評価をしておきたい。

(以上)(2012/06/26)


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