(最新購入のDVD;2008ネーデルランドOPの「後宮」K.384)
12-5-2、コンスタンティノス・カリーディス指揮、ヨハン・シモンズ演出による歌劇「後宮からの逃走」K.384、2008年、ネーデルランド室内管弦楽団・合唱団、ネーデルランド・オペラ、アムステルダム音楽劇場、輸入盤、

−この映像のシモンズ演出は、コンスタンツエが太守セリムの欲望にどこまで耐えうるかの人間性を追求した異色の演出となっており、その手法はリブレットの解釈がどこまで許せるかを考えた真面目なアプローチであった。カリーデイスの音楽も新鮮で、ややマンネリ化している伝統的な「後宮」に一石を投ずるものと思われた−

(最新購入のDVD;2008ネーデルランドOPの「後宮」K.384)
12-5-2、コンスタンティノス・カリーディス指揮、ヨハン・シモンズ演出による歌劇「後宮からの逃走」K.384、
2008年、ネーデルランド室内管弦楽団・合唱団、ネーデルランド・オペラ、アムステルダム音楽劇場、輸入盤、
(配役)ベルモンテ;エドガラス・モントヴィダス、ペドリオ;マイケル・スモールウッド、コンスタンツエ;ローラ・エイキン、ブロンテ;モイカ・エルトマン、オスミン;クルト・リドゥル、太守セリム;スティーヴン・ヴァン・ワーテルミューレン、
(2011年12月12日;新宿タワーレコードにてDVD購入、OPUS ARTE OA1003D)

           5月分の12-5-2については、このHP初めてのネーデルランドオペラの「後宮」を予定しているが、アムステルダム・オペラ劇場の収録であり、2008年の新しい輸入DVDである。この劇場には09年の海老沢先生の「モーツァルト紀行」で現代風の「コシ」を見たことがあり、開けっぴろげな超現代風の「コシ」に驚いた記憶がある。 この劇場でダ・ポンテ三部作のDVDが割安で発売されていたが、テレビ方式が異なることと、新演出が怖くて、購入しなかったことを覚えている。今回の新演出の舞台はコンスタンツエとセリムが好き合っているところにベルモンテが現れたという設定になっている人間劇のようであり、日本語字幕がないので、登場人物間の微妙なやりとりが分からず、想像力をたくましくする必要があり、演出家の真の意図が一見しただけでは読み取れなかった。私は演出家の変な小細工が大嫌いなのであるが、評価に苦労しそうな映像なので、じっくり詳しく見てみたいと考えている。



 円形状の素晴らしい客席を持つ劇場全体が写されて、それに制作者たちが字幕で紹介されていたが、拍手とともに指揮者が登場し序曲が始まった。お馴染みのトルコ風の音楽が早いアレグロで進行するが、シンバルやピッコロなどの音が鋭く良く響き賑やかであった。序曲は明るく活きがよいアレグロから、やがてアンダンテに変わりオーボエがベルモンテのアリアを先取りして美しく歌っていた。緩から急に再び戻り、序曲の終了と共にベルモンテが左の舞台袖から現れ、やっと着いたとばかりに歌い出した。旅人風のバーバリにネクタイを締めた現代の姿の若いベルモンテが幕の前で「これでコンスタンツエに会える」という喜びの声を上げてアリアが高らかに続いていた。若々しいモントヴィダスの高く良く通る声が瑞々しく響き、素晴らしいオペラの開演を期待させていた。



           そこへオスミンが幕前に椅子を持ち出して座り込み「可愛い娘を見つけたものには、千のキッスで」と鼻歌を歌ってご機嫌であったが、ベルモンテが「ここはセリムの宮殿か」と聞いても返事をせずにラララと歌い続けて無視していた。そこで「おい、親爺、僕の声が聞こえぬか」と再び呼びかけ、セリムの屋敷であることを確かめ、ペドリオのことを聞こうとすると、大男のオスミンも怒りだして「お前も奴も気に入らぬ。自分で探せ」と歌い出した。そこでペドリオのことで二人がやり合う喧嘩の二重唱に発展してしまい、オスミンは刀を振り回して脅すので、ベルモンテはその見幕に圧倒されて最後には追い出されてしまった。
            続いて一人になったオスミンがペドリオの悪口を言っていると、ペドリオが現れて話しかけ機嫌を取ろうとした。するとオスミンは急にいきり立ってペドリオに向かって「女どもを狙うお前達が大嫌いなんだ」と声を荒立てて歌い、ペドリオを痛い目に遭わせていたが、一息おいてから終わりにアレグロになって、「お前達は首切り・首吊り・串刺しだ」と歌って宮殿の中に入ってしまった。



            一人残されたペドリオが門の前に座り込み文句を言っていると、そこへベルモンテが再び現れて、二人は劇的に再会をした。コンスタンツエやブロンテが無事で元気でいることを知り、一部始終を語り合い、珍しく二人の長い会話がリブレット通り続けられていた。コンスタンツエが太守のお気に入りと聞いて色をなすシーンがあったが、太守に建築士と紹介しようなどと相談をしていた。そしてベルモンテはコンスタンツエに会いたい一心で、不安を示しながらも勢いよく歌い出すが、その胸の高鳴りを現すようなスタッカートやピッチカートの伴奏があり、ベルモンテの声がとても良く伸びて最高のアリアとなり凄い拍手があった。



             続いて威勢の良いトルコ風の行進曲(第5a)が始まり、舞台が宮殿に変わっていたが、舞台の上からの音楽隊による行進曲が珍しかった。続いて舞台では大勢の仲間とともに合唱団による賑やかな太守を讃える合唱(第5b)がはじまった。中間に盛装した男女二人の四重唱が始まると、セリムが中央に登場し、愛想を振りまいてから、再び合唱が堂々と続けられ賑やかに終了していた。



           舞台脇でコンスタンツエとブロンテがふざけているところへ太守が顔を出し、太守がコンスタンツエを優しく口説きだしていた。ここでは太守が「わしは納得ずくで求愛をしたい。拷問も出来るが、お前の心が欲しい」と口説いていたが、この軽薄そうな太守の気持ちを、コンスタンツエが認めており、多少のしつこさを彼女が許しているように見えていた。
           コンスタンツエは、太守の寛大さに感謝しながらも、「私は恋をしていて幸せでした」と歌い出した。ソプラノのローラ・エイキンは衣裳がよく似合って色気もあり、声も良く伸びて朗々とコロラチュラの技巧を混ぜてアリアを歌っていた。アレグロに入って、セリムには身体に触れるところまでは許しているように見えたが、歌では「とても応じられない」とリブレット通り苦悩する本心を強く歌っていた。しかし、この二人の姿をベルモンテが覗き見をしていたところが他の映像とは異なっていた。また上記の右側の写真がこのビデオの表紙の写真となっていたが、これが演出者の描こうとする二人の微妙な関係を象徴するものであった。



           コンスタンツエはセリムに「傷口を癒やすために、時間をくれ」と言っていたが、その健気な姿が太守の心を一層惹き付けており、太守は明日にでも返事をと答えていた。そこへペドリオがベルモンテと共に登場した。お気に入りのペドリオが、ベルモンテをイタリアの建築家と紹介して「明日会おう」と太守に出入りを許された。ペドリオは驚喜していたがベルモンテは、太守とコンスタンツエが一緒のところを見たとショックを受けていた。ペドリオに強く我慢せよとたしなまれ、二人で宮殿に入ろうとすると、オスミンが現れて「帰れ」とまくし立てて邪魔をして、一対二の面白いケンカの三重唱になっていた。オスミンは鞭を振り回して激しく争い、賑やかな三重唱であったが、二人がかりなので二人組が優勢で、最後には、オスミンの手をかいくぐって宮殿に入ることに成功し、オスミンは草臥れて舞台の上で大の字になって倒れていた。

            第一幕全体を通じてカリーデイスの指揮は、テンポが早めでキビキビとして軽快に進み、歌手陣はマイペースで落ち着いて朗々として歌い、繰り返しでは装飾をつけて自由に歌っていた。また、会話部分は通常はかなり省略されるが、ここではかなりリブレット通り丁寧に語られており、演出者の都合の良いように見直されているようであった。日本語字幕がないのが非常に残念であった。



    倒れているオスミンの前にブロンテが登場し、舞台をソファーのある一室に変えたあとで、ブロンテがオスミンを前にして、西欧の女性を口説くには「優しさとお世辞が大切よ」と歌い出し、図に乗って甘えてくるオスミンを適当にあしらっていた。彼女は声が良く伸び、繰り返しでは装飾をつけて自由に歌っていた。歌い終わるとオスミンは「ここはトルコで、お前は奴隷だ」と威張りだし、「俺を愛せ」と命令する二重唱を歌い出した。これに反発するブロンテとのアレグロで「ペドリオに近づくな」と歌う二重唱になっていたが、三拍子のアンダンテになってオスミンが「イギリスの男はだらしない」と歌っているうちに、再びアレグロになりブロンテはテンポがのろい大男を手玉にとって、スカートのバンドを鞭にして、オスミンを軽く追い払ってしまい大拍手を浴びていた。



          そこへコンスタンツエが悲しげな様子で姿を現し、美しい前奏の下で「あの日から全てが変わってしまった」と寂しい気持ちをレチタテイーボで歌ってから、「悲しみが私の運命になった」と切々とアリアを歌い出した。この悲しみに満ちた暗い嘆きのアリアは、実に哀愁に満ちた姿で表情豊かに歌っており、素晴らしいと思った。ブロンテも一緒に聴いており、その後のブロンテとの長い対話や、途中でセリムが現れて、コンスタンツエにまだ決心が付かぬかと催促する長いダイアログはリブレット通り進行していた。そして最後に「私は尊敬していますが、愛することは出来ません」と答え、大声を出すセリムに対し「死にたい」と答えた。すると、セリムは「死んではならぬ、拷問だ」と声を荒立て彼女を罵倒し、腹を立てて席を立ってしまった。
            そこで木管と弦のオブリガートをもつ長い前奏が始まっていたが、途中の二小節の「アド・リビトウム」だけをアーノンクールと同様にゆっくりと演奏し、特徴を見せていた。そしてコンスタンツエは「どんな苦難があろうとも」と決然としたアリアを歌い出したが、彼女のアリアでもこのアドリブの二小節は特別ゆっくりと演奏されていた。このアリアは高音域のコロラチュアが要求される木管などとのコンチェルタントなアリアで、決然と激しく歌われ、低い声はさすが辛そうであったが、素晴らしい出来であった。しかし、途中から現れたセリムに対し、アドリブのところでは「お願いです。強制しないで」とすがるように歌い、執拗に抱きついてくるセリムに対し、上記写真右のように必死の形相で、刃物のようなガラスの破片を手にして立ち向かっていたので、大拍手と歓声で大変であり、ここでDVDの一面は終わりとなっていた。



  ここで休憩のあと、ブロンテが部屋で一人でくつろぎ、モノローグで「あのお二人は一緒になったのかしら」と思ったり、「いや彼女は昔の彼を思って苦しんでいる」と考えたり自分のことのように心配していると、そこへペドリオが忍び込んできた。「大ニュースだ!ベルモンテが助けに来た」と聞いて、彼女は躍り上がって喜んで、「何という喜び」とフルート協奏曲の終楽章に似たアリアを歌い出してペドリオを激励した。「真夜中に逃げる準備を」と言われて思わず「オスミンは?」と彼女が心配すると、ペドリオは眠り薬の入った瓶を見せて安心させていた。しかし、画面をよく見ると、この二人の会話は、いつも監視しているような黒人の召使いに立ち聞きされていた。



   ペドリオは、一人になると大小のキプロス酒と眠り薬を持ち出して「闘おう、元気よく」とペドリオは歌い出し、「怖くないぞ」と自分を奮い立たせるようにカラ元気で歌っていた。そこへオスミンが登場して、薬を入れてワインの準備が出来たペドリオが一人で酒を飲みはじめているのを見て、初めは警戒しており、アラーの神を心配していた。しかし、美味しそうなお酒を見て、そして大きなボトルを見つけて、ペドリオに試飲させてから、安心して少しづつ飲み始め、やがて「娘っこに乾杯だ」となり次第に「バッカス万歳」の元気な二重唱に発展していった。そしてオスミンが酔っぱらってしまって二人は兄弟となり、次第に倒れそうになってきたので、ペドリオは頃合いを見て上手くオスミンを寝床に連れて、「おやすみ」になっていた。



          そこへベルモンテが登場し、コンスタンツエを心配していたが、彼女もブロンテから聞いて、彼を探しながら現れて二人は劇的な再会をした。しかし、彼女は「こんなに苦しい思いを過ごしていた後で、急にあなたを抱ける?」と沈み込んでしまった。ベルモンテは、拍子抜けして唖然としていたが、複雑な彼女の心境を直ぐには掴みかねていた。アイネクライネの第2楽章のロマンスに似た美しい弦の伴奏が始まり、やっと彼女に声を掛けたベルモンテが「喜びの涙が流れるとき」とアリアを歌い出し、「コンスタンツエよ、お前をこの胸に抱きしめたい」と歌っているうちに、コンスタンツエもやっと落ち着きを取り戻してきたが、しかしまだ、コンスタンツエは納まらず、外へ出てしまったが、ブロンテがなだめに付き添っていた。



           しかし、ベルモンテが大声で「寝静まったら迎えに行くよ」の声で、再び戻ってきたコンスタンツエは振り切れたように「ああ、ベルモンテ」と再会の喜びを伝ええていた。第15番の美しいベルモンテのアリアの前後の一連のダイアログは、殆ど省略されるのが通常であったが、リブレット通りに進行させると、解釈によってはこういう演出もありうると言う見本のような展開に、すっかり驚かされた。しかし、これでコンスタンツエは、太守セリムの呪縛から逃れて、昔のベルモンテの恋人に戻ったように思われた。



  再び再会を喜び会い、二人は改めて抱き合っているうちにコンスタンツエも次第に元気になり、長いキスの後に「おおベルモンテ、私の命」と歌い出し、4人の再会の四重唱が始まったが、これは長大でドラマテイックな愛の賛歌のフィナーレであった。



           始めにコンスタンツエとベルモンテの喜びの二重唱に始まって、歌は歓喜の絶頂となり、続いて宮殿を抜け出して、解放の希望が見えてきたという喜びの四重唱となっていた。中間部ではテンポが変わって男二人が女二人の太守との関係やオスミンとの関係を疑って嫉妬の四重唱となっていたが、この演出では、デルモンテが「セリムを愛しているのか」とコンスタンツエにはっきりと聞いていた。




  「何て悲しいことを聞くの」と彼女が怒って、座布団を彼に投げつけていたが、このセリフはリブレット通りであった。しかし最後には男たちの疑いが晴れて、男二人が女二人に許しを乞い、やがて再び明るい愛の四重唱に発展し、ここでやっと四人の息がピッタリ合って、ブロンテの高音が高く響く、素晴らしい四重唱の第二幕のフィナーレとなっていた。



           オスミンが眠気まなこで起き出してきて、舞台の上で倒れ込み、再び熟睡を始めたので、みな一安心で大笑い。ベルモンテとペドリオが潜んでおり、ペドリオが様子を見に行っている間に、ベルモンテが「ああ、コンスタンツエ」と呼びかけるように「私は愛の強さを頼りにしている」と歌うアリアが始まった。このアリアは管楽のオブリガートを伴い、技巧的で声域も広く、「どんな困難でも愛の力で解決できる」と力強く歌われていた。そこへペドリオが戻ってきて「皆寝込んでいます」と報告してから、見張りをベルモンテに依頼して、ピッチカートによるマンドリン伴奏でおどけた合図のセレナードで女達を誘い出そうとして歌っていた。歌は「ムーア人の国に可愛い娘が虜になった」と言う長いもので、眠っているオスミンを前にして歌っており、その間に時間がどんどんと過ぎていった。



      コンスタンツエがやっと遠くの方でベルモンテに声を掛けてきたので、彼は大声で答えようとして、オスミンが起きると一騒動。ベルモンテが探しに出かけてから、続いてブロンテの声が聞こえたところで、どうしたことか二階から仕切りの垂れ幕が、落下してきて大きな音を立てた。恐らく大事に気がついた、唖の黒人の召使いの仕業であろう。驚いてオスミンが起き上がると、宮殿では二組の恋人たちが顔を隠して逃げようとしているのが見えた。これはハシゴを使わない「逃走」の新演出のようだった。怪しいと気がついたオスミンが、大きな声で衛兵たちを呼んだので、さあ大変。始めに逃げ遅れてウロウロしていたブロンテとペドリオがオスミンに掴まってしまい、オスミンにどやされていた。続いて先に逃げ出したコンスタンツエとベルモンテも警戒していた衛兵の手により囲まれて捕まってしまい、二人は衛兵たちに連れられて、結局は四人ともオスミンの前に引き出されてしまった。ここでオスミンが大喜びして歌う「勝ちどきのアリア」は、オスミンの日頃の鬱憤を解消し、役目を果たした喜びに満ちた劇的なアリアであった。「俺はこの日が来るのを待っていた」と歌うオスミンの姿は、この日のオスミンの最高の出番であった。




          そこへ騒ぎを聞きつけセリムが現れ、コンスタンツエを見てビックリするが、思わず彼女を抱きしめていたのが、通常の舞台とは異なっていた。オスミンは、昨日来た建築士とペドリオが、コンスタンツエとブロンテを連れて逃亡しようとしたと、手短かに説明した。彼女は健気にも「私の代わりにこの人を許して」とセリムに乞うていたが、一方では、ベルモンテが「私は裕福なスペインの貴族なので、身代金で四人の命を助けてくれ」と頼んでいた。そのうちに、セリムはベルモンテが自分の仇敵のロスタードスの息子と知って彼の怒りは増幅し、「お前の父親と同じことをしてやる」と絶叫してオスミンを連れて立ち去った。ベルモンテとコンスタンツエは、絶体絶命とばかりに死を覚悟した。



          唖の召使いに身柄を監視されながら、この二人により歌われた「何という運命か」と嘆いて歌う絶望の二重唱は、オーケストラの絶妙な悲痛の響きと相まって真に迫り、最高の二重唱になっていた。始めにベルモンテが「僕のせいでコンスタンツエが死んでしまう」と歌い出し、コンスタンツエは「一緒に死ねるのは喜びです」と答えていた。ベルモンテがそれを聞いて「天使のような心だ」と感激し、そして終わりには、「喜んで死にましょう」という二重唱となり、素晴らしい愛の喜びを歌う感動的なアリアであった。そしてその二人の姿をセリムは遠くから眺めていた。



      そして再び現れたセリムは、二人に「判決を受ける準備は出来たか」と尋ねた。死の覚悟を決めたデルモンテは「父があなたに行ったように、好きなだけ復讐をするがいい」と開き直って答えていた。するとセリムは意外にも、ナイン(違う)、ナイン、ナイン、と狂ったように繰り返し、落ち着いてから「自由になれ」と言った。「コンスタンツエを連れて、二人とも故郷に帰れ」と言い出した。直ぐには信じられないほど意外な寛容な言葉を聞き、驚く二人。「悪に対して悪で報いるよりも、善行で報いる方が遙かに私の心の満足は大きい」とセリムは語り、父親に「セリムに逮捕されていたが、息子と知って釈放された」とことの次第を伝えよと念を押していた。コンスタンツエには、「私の愛を退けたことを忘れるな」と語っていた。セリムの突然の皆には理解できぬ高遠な心情は、皆を驚かせたが、太守の寛容な赦しの精神は、部下や召使いたちにとっても有り難いことであったろう。







       ペドリオとブロンテも一緒に許されて、オスミンを困らせ、怒らせたが、セリムは「お前の目を守ってやったのだぞ」と言い、「努力しても手に入らぬものは、捨て置くしかないのだ」と呟いていた。そして四人で代わる代わるに歌い出す感謝の気持ちのヴォードヴィルが明るく歌われた。始めにベルモンテが感謝の気持ちを歌って合唱団が引き継いだ後、コンスタンツエが続き、ペドリオ、ブロンテと続いていたが、ブロンテのけだもの発言にオスミンが反応して一暴れして得意の「お前達は首切り・首吊り・串刺しだ」と喚きながら歌っていた。



      最後にセリムを前にして賑やかなトルコ風の「太守セリム万歳」の合唱が始まり、四人がたち去ってから太守の徳を讃える合唱が続き幕となっていた。絶望の世界から一転して感謝への急展開で、舞台では意外な結末への感動から、素晴らしい拍手と歓声でカーテンコールが繰り返し続いていた。


         この映像を最初に見たときは、執拗で女好きで軽薄そうな太守セリムが気に入らず、コンスタンツエが太守に陥落したような素振りが見え、再会の場面で何が起こったか、正直に言って演出者ヨハン・シモンズの意図が良く理解できなかった。2回目に見たときは、ダイアログを重視してよく見るようにした結果、伝統的な演出のセリムと一線を画すコンスタンツエに対して、リブレットにあるやや冗長なダイアログにおいて、コンスタンツエと言う女性が、どこまでセリムに妥協できるかの限界を見つけようとしているのではないかという疑問に到達した。実際、コンスタンツエを演ずる女性によっては、ベルモンテの到着が遅ければ、太守セリムの誘惑や執拗さに負けてしまう場合もあり得る話であり、この映像のコンスタンツエは、身体に触れるところまでは許しており、純血を保つにはもう一歩のところまで来ていたに違いないと思われる。



          このように考えると、シモンズ演出は、実にリブレットを良く呼んでおり、通常は省略してしまうセリフを丁寧に吟味して、許されるものを最大限に活用してコンスタンツエの態度を描いたように思われる。さすがに、第15番のベルモンテのアリアの前の、二人の再会のダイアログの場面では、セリフは兎も角、素直に再会を喜べない態度は、新しい創作になっていたが、第15番のアリアで一呼吸置き、ブロンテにも励まされた結果、やっとベルモンテの恋人に戻るコンスタンツエが、描かれていた。私はこのようなリブレットの行間を読むような解釈があっても良いと思うし、アリアにもダイアログにも省略が多い伝統的な舞台よりも、このオペラのように省略のないリブレットに忠実な新しい解釈は、大いに試みて欲しいと思う。

          舞台は現代風であるが、トルコ風に描かれて読み替えは衣裳だけの話になり、こういうコンスタンツエもありうると言う「後宮からの逃走劇」を描いてみせたものである。音楽面もカリーデイスの指揮はモダン楽器でありながらピリオド奏法風の極めて若々しい響きをもっていたし、アリアにおいても繰り返しの後半では、歌手たちにかなり自由に歌わせていた。特に、前奏つきの第11番のコンスタンツエのアリアで気がついたのであるが、中間部の「アド・リビトウム」とされた2小節を、アーノンクールと同様に通常の2倍くらい遅く演奏させていたが、トルコ風楽器の鋭さ・激しさなどもアーノンクールに似ていると思わせた。

          歌手陣ではクルト・リドゥルが、このHPでは3度目くらいのオスミン役であり、今回のように生真面目な笑いの少ない演出では、彼の存在感が実に重要であり、安心して見ていられる原動力となっていた。コンスタンツエのローラ・エイキンは、演出者の要求をどう受け止めたか分からないが、歌も演技も精一杯の力を発揮したものと思われる。ベルモンテもまずまずの出来であり、声が良くスタイルも良いので、タミーノなどの声がかかるものと思われる。

          この映像のシモンズ演出は、コンスタンツエが太守セリムの欲望をどこまで耐えうるかの人間性を追求した異色の演出となっており、その手法はリブレットの解釈がどこまで許せるかを考えた真面目なアプローチであった。カリーデイスの音楽も新鮮で、ややマンネリ化している伝統的な「後宮」に一石を投ずるものと思われる。

(以上)(2012/05/09)


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