(最新購入のDVD;2004年3月マッケラスのトルコ・トプカビ宮殿の「後宮」)
12-3-2、チャールズ・マッケラス指揮とイライジャ・モシンスキー演出による歌劇「後宮からの逃走」K.384のハイライトとドキュメンタリー、「モーツァルト・イン・トルコ」、2004年3月、トプカピ宮殿、イースタンプール、トルコ、

−この映像は、ハイライト版で、沢山のアリアがカットされたり短縮されたのは残念であったが、舞台ではなくトルコの現地で撮影した映画であったので、画面は写真で見るようにライブとは異なる迫力があり、物語も理解しやすかった。この映像では、セリムの言動が重視されていたが、現代のイスラム社会において、このオペラのような「寛容」の精神が重要なことを改めて訴えていたようにも思われた−

(最新購入のDVD;2004年3月マッケラスのトルコ・トプカビ宮殿の「後宮」)
12-3-2、チャールズ・マッケラス指揮とイライジャ・モシンスキー演出による歌劇「後宮からの逃走」K.384のハイライトとドキュメンタリー、「モーツァルト・イン・トルコ」、2004年3月、トプカピ宮殿、イースタンプール、トルコ、
(配役)ベルモンテ;ポール・グロウブス、ペドリッオ;リントン・アトキンソン、コンスタンツエ;イェルダ・コダーイ、ブロンテ;デジレ・ランカトーレ、オスミン;ピーター・ローズ、太守セリム;オリヴァー・トビアス、
(2011年10月29日、新宿タワーレコード、BBC、TDKコア、OPUS ARTE-OA0829D)

       3月号の第二曲目は、最新購入のDVDとして、昨年亡くなったチャールズ・マッケラスと著名な演出家イライジャ・モシンスキーによるフィルム「モーツァルト・イン・トルコ」と題されたDVDである。歌劇「後宮からの逃走」のハイライトをトルコのイースタンプールで現地収録したものに、オペラの進行に合わせて現地の取材内容を加えてドキュメンタリー風に綴ったもので、トルコのハレムとして名高いイースタンプールのトプカビ宮殿を利用して2004年3月に現地収録したものである。



   映像が始まると、冒頭に普段着のマッケラスが、ベルモンテのグロウブスとコンスタンツエのイェルダ・コダーイを相手に、ピアノ伴奏で20番の劇的な二重唱のリハーサルを行っていた。続いて海峡を通過する沢山の船が写され、山の上にはトルコの宮殿が写されて、トルコの軍楽隊とその行進の場面が写されていた。甲高いトルコ風の響きを強調するスコテイッシュ室内楽団の演奏は余り好みに合わないが、映像ではトルコでの収録を誇示するかのように、序曲から高らかに聞こえていた。画面ではトルコ軍隊の特徴ある楽器などが紹介されており、一度見れば良いので早く音楽をと思っていたが、さすがこのDVDは出来が良い。メインメニューをよく見ると、88分の全体を見るプログラムと、64分の音楽のハイライトを見る番組に分かれていた。そして前者がミック・チャーキ映画監督が担当し、後者はモシンスキーが担当しナレータも兼務していた。



         ハイライトでは、序曲を始めアリアの省略が多く、一見した限りでは、第3、5a、7、9、10、13、15、17番の9曲がカットされていたが、現地風景やダイアログによる映画方式でオペラの筋書きはおおむね理解できるようになっていた。これにハーレムの様子などのトルコならではの映像がドキュメンタリー的に付加されて、この時代の異国トルコを偲ばせる全体を上手くまとめ上げた映像であった。歌手陣ではタミーノ役で名高いポール・グロウブスが、ミンコフスキー盤に次いでベルモンテ役であった(8-4-3)ほかは、このHP 初出の歌手陣であった。舞台とはひと味違うが、「後宮」の知られざる背景を物語るDVDであったと言えよう。





        音楽ハイライトをクリックすると、画面は、早速、トルコ人の帽子と服装をしたベルモンテが宮殿に向かう人が多い広場で第一曲目のアリアが始まっていた。よく見るとスタジオ録音の音楽にグロウブスはクチパクで「やっとこれでコンスタンツエに会える」と歌っていた。厳めしい街中の宮殿の入り口に来るとアリアは中断し、第二曲目に入ると宮殿内の廊下でオスミンが第二曲目をゆっくりと歌い出していた。だがオスミンをよく見ると、剃りたての坊主頭に立派なガウンを着て従者を連れており、さしずめ宮殿の守衛長と言った姿。これまで見てきた門番のオスミンとは、ひと味違っていた。入り口で多数の客を相手にスタンプを押すオスミンは忙しく、遠くから「ここはセリムの宮殿か」と聞くベルモンテの相手をしておれない。ラ、ラ、ラと歌い続けるオスミンに無視され、音楽が変わって、ベルモンテは失礼だと怒りだしてクチを尖らして呼び掛け、二人は喧嘩腰となった。そしてペドリオのことを聞こうとしてペドリオの名を出すと、大男のオスミンも怒りだし、やがて二人がやり合う激しい喧嘩の二重唱に発展していた。






   宮殿の傍で荷物を運ぶペドリオを見かけたベルモンテが声を掛け、二人は意外にも早く再会し、ダイアログでコンスタンツエやブロンテがセリムの屋敷で無事で元気でいることを知り、一部始終を語り合った。場面が変わって、逃げる下準備のためか、宮殿の様子を写生しながら、べルモンテはコンスタンツエに会いたい一心で、不安を示しながらも勢いよく「コンスタンツエ!」と歌い出した。彼のその胸の高鳴りを現すようなピッチカートの伴奏があり、グロウブスの声も一段と伸びて、格調の高い素晴らしいアリアとなっていた。











        場面が変わり威勢の良い行進曲が始まり、セリムとコンスタンツエが馬車に乗って登場した。合唱団による賑やかな太守を讃える合唱が続いていた。太守が人払いをし、コンスタンツエを優しく慰めており、よく見ると彼は熱心にコンスタンツエに求愛をしていた。コンスタンツエは、太守の寛大さに感謝しながらも、「私は恋をしていて幸せでした」と歌い出すばかり。若いコダーイの姿が可憐で、声も良く伸びてコロラチュラの技巧を混ぜて、苦悩の本心を強く歌っていた。セリムには「身も心も捧げた人がおり、応じられない」と答えていたが、その健気な姿が太守の心を一層強く惹き付けているように見えた。



        そこへペドリオがベルモンテと共に登場し、太守のお気に入りのペドリオの紹介で、ベルモンテをイタリアの建築家と紹介して太守に出入りを許された。場面が変わって、オスミンが可愛いブロンテをものにしたくてからかうが、相手にしないブロンテは「乙女の心を得るためには」とリート「すみれ」に似たアリアを歌い出して、お茶のサービスをしていた。ブロンテのランカトーレは、コケットリーな仕草でオスミンに仕返しをして自由を主張していたが、オスミンは「ここはトルコだ。俺を愛せ」とぼやいていた。



         セリムがコンスタンツエに合って、まだ決心が付かぬかと催促をしたので、コンスタンツエは必死になって「尊敬しても愛せない。だから死んだ方がまし」と答えていた。そこでセリムは怒った振りをして、「死ではない。拷問だ」と脅して見ると、コンスタンツエが「どんな苦難があろうとも」と決然としたアリアを歌い出した。このアリアは高音域のコロラチュアが要求される木管とのコンチェルタントなアリアで、同時にソプラノでは難しい低い声も要求されるのでコダーイは辛そうであったが、なかなかの出来であった。残念ながらここで、第10番のアリアと第11番のコンチェルタントなアリアの前奏が削除されていた。



       ブロンテがペドリオからベルモンテが助けに来ていることを聞いて躍り上がって喜んで、「何という喜び」とフルート協奏曲の終楽章に似たアリアを歌い出してペドリオを激励した。ブロンテにオスミンをどうするのと聞かれて、ここに眠り薬があると答えて安心させた。
       そしてペドリオは大小のキプロス酒と眠り薬を持ち出してお酒に薬を注いで準備をしながら、酒のお毒味をしていると、そこへオスミンが様子を見に登場して来た。オスミンは始めは何となく警戒していたが、お酒を見てペドリオの誘いに乗って飲み始め、遂に大瓶のワインをせしめて「バッカス万歳」の元気な二重唱となった。そしてオスミンが酔っぱらって眠くなり出したので、宮殿の中でやっと自由な行動が出来る様になった。



      そこへコンスタンツエが駆けつけて、始めに「ベルモンテ、私の命」と歌い出し二人は思わず抱き合ってしまい、続く4人の再会の四重唱は長大でドラマテイックな愛の賛歌のフィナーレとなっていた。まずベルモンテとコンスタンツエの愛の二重唱に始まり、再会の歓喜の絶頂が歌われ、ブロンテとペドリオも加わって解放の希望が見えてきたという四重唱になっていた。



       中間部ではテンポが変わって男二人が太守との関係やオスミンとの関係を疑う嫉妬の四重唱となり、ペドリオがブロンテに凄い平手打ちを食った。最後には疑いが晴れて男二人が平謝りで許しを乞い、やがてブロンテの高い声がひときわ目立つ明るい愛の四重唱となって丸く収まり、長い四重唱はやっとここに終結した。



      ペドリオがハシゴを運んで逃げる準備を始めていたが、そこへベルモンテが駆けつけた。脱出は夜の12時の約束で、ペドリオが寝静まっているので計画通り脱出しようと言い、マンドリンを手にして女たちを誘うセレナーデを歌っていたが、時間がどんどん経っていく。やっと二人が顔を出し、荷物を二階から投げ下ろしていたが、その音で犬が吠えだし衛兵たちを起こしてしまった。コンスタンツエとブロンテがやっとハシゴを伝って下り、4人で逃げ出したが、お屋敷の中は袋のネズミ同然で、目覚めたオスミンに掴まってしまった。



     ここでオスミンが大喜びして歌う「勝ちどきのアリア」は、オスミンの鬱憤を解消し、役目を果たした喜びに満ちた、この日のオスミンの最高の劇的なアリアとなっていた。騒ぎを聞きつけセリムが現れ、コンスタンツエを見てビックリするが、彼女は健気にも「私の代わりにこの人を許して」とセリムに乞うていた。



        さらにベルモンテがセリムの仇敵のロスタードスの息子と知ってセリムの怒りは増幅し、「彼がわしにしたと同じように、お前にもやってやる」と叫ばれて、二人は絶体絶命とばかり死を覚悟した。



      この二人の「何という運命か」と歌うレチタティーヴォと二重唱は、オーケストラの絶妙な悲痛の響きと相まって真に迫り、ベルモンテが「僕のせいでコンスタンツエが死んでしまう」と歌い出した。コンスタンツエは「一緒に死ねるのは喜びです」と答えて、二人の優しい心をお互いに讃え合う劇的な二重唱に発展して感動を呼び、そして終わりには、「二人で喜んで死にましょう」という喜びの二重唱となり、素晴らしいアリアとなっていた。この二人の感動的な深い愛の言葉を、セリムが陰で聞いていた。



      そして再び現れたセリムは、死の覚悟を決めた二人が「父の遺恨を晴らしてくれ」と開き直った泰然とした態度を見て、意外にも「二人とも、故郷に帰れ」という。直ぐには信じられないほど寛容な言葉を聞いて絶句する二人。セリムは「悪に対し悪で報いるよりも、善行で報いる方が、遙かに心の満足は大きい!」と言い、帰って必ず「父親に伝えよ」と命じていた。



       このセリムの驚くべき高遠な心情は、驚きの余り、周囲の取り巻きからは拍手が出るほど皆に感動を与えた。寛容な赦しの精神を讃える当時のオペラの流行に習ったのであろうか。或いは、イスラムの世界をがキリスト教徒を許すという現代にも通じて欲しい寛容の精神をここで声を大にしたかったのであろうか。      この劇的なセリムの赦しを得て、四人で代わる代わるに歌い出す感謝の気持ちのヴォードヴィルが明るく始まった。初めにベルモンテが感謝の気持ちを述べ、合唱で続いた後、コンスタンツエが続き、ペドリオ、ブロンテが順に歌っていたが、ブロンテが歌い終わると、終わりにオスミンが宮殿の屋根から皆を見渡しながら「お前達は首切り・首吊りだ、地獄に落ちろ」と口癖になっている歌を歌って、憤懣を爆発させて悔しがっていた。



      最後に、賑やかなトルコ風の「セリム万歳」の太守の徳を讃える歌唱が始まり、四人が立ち去って賑やかな終幕となっていたが、終わりに残されたパシャ・セリムが、立ったまま考え深げに自分の決定を思案している様子が印象に残った。モーツァルトの全てのオペラに共通するこの寛容の精神は、その時代から広く多くの国で認識されていたことを改めてこの映像で言わしめているようだった。

この「後宮」はハイライツ版で、沢山のアリアが省略されたのは残念であったが、舞台ではなくトルコの現地で撮影した映画であったので、画面は写真で見るように迫力があった。このオペラはストーリーが単純なので、省略があっても良く分かり、音楽的にも、単純なダ・カーポアリアの一部を省略しても十分に楽しめた。この映像では、セリムの言動が重視されていたが、これは次のような時代背景を意識したものであろうと勘ぐってみた。



このオペラは、ここトルコにとって、或いはアラブの世界にとって、「寛容」の心があることを改めて世界に問いかけるように見えた。最近のイランの原子力開発がますます、イスラム社会の評判を悪くしているが、この時期において、キリスト教徒から受けた迫害に対し、「寛容」の精神を持ってキリスト教徒を釈放する太守セリムの心の広さを改めて認識し直そうということであろうか。モーツアルトの時代のオスマン・トルコには、オペラになるほど「寛容」の心があり、これを一つの例や売り物にして、西欧に近いトルコが、もっと現代社会で頑張って欲しいという英国民のメッセージが、BBC放送のドキュメンタリ映画を作り出したものと考えてみた。



マッケラスの音楽は、トルコ趣味のテインパニや小太鼓を良く響かせており、レハーサルはロンドンで行って、スタジオで収録したもので、安心して楽しめるものであった。これは彼の最後の録音になるのだろうか。この音楽にクチパクで、現地でカメラを回して映像を収録しており、良いところ取りをしているのでクローズアップも良く、背景も素晴らしく迫力があった。歌手陣はグロウブス以外はこのHPでは初出の方ばかりであったが、皆無難に歌いこなしており、女性二人は合格点であったし、オスミンはなかなかの役者のように見えた。セリムも他の映像より出番が多く、実にしっかりしており名優であろうと思われた。

       この映像には、珍しいトルコの風俗的な様子が写されており、神秘的な宮殿内のハーレムの姿が写されていたので、その一部を参考までに掲載してみた。

(以上)(2012/03/07)


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