(懐かしいS-VHSを見る;コープマンの交響曲連続演奏会、第八集、5曲)
12-3-1、トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック・オーケストラ、
(曲目)1、交響曲ト長調K.Anh.221(45a)「旧ランバッハ」、2、変ロ長調K.Anh.214(45b)、3、ニ長調(第8番)K.48、4、ニ長調K.81(73l)、5、ハ長調(第34番)K.338、 第八回連続演奏会、1991年11月9日、東京芸術劇場大ホール、日本公演、NHK、

−今回のコンサートは、最初の4曲がK番号で二桁の初期のシンフォニーで、このHPではいずれも初出の唯一の演奏なので、非常に貴重な記録であった。モーツァルトの若作りのシンフォニーをこうして古楽器によるアンサンブルの良い演奏で聴いていると実に快いものであるが、繰り返し聞いてその印象を作文することは、いささか苦痛を伴った。今回はテインパニーとトランペットを含む曲が2曲含まれ、比較して聴くことができたが、このコープマンの演奏では、この2楽器が非常に響きすぎて不自然なくらいに聞こえていた。これは好みの問題であろうが、楽器間のアンサンブルを大事にするピリオド奏法において、何か工夫が必要でないかと思われた。−

(懐かしいS-VHSを見る;コープマンの交響曲連続演奏会、第八集、5曲)
12-3-1、トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック・オーケストラ、
(曲目)1、交響曲ト長調K.Anh.221(45a)「旧ランバッハ」、2、変ロ長調K.Anh.214(45b)、3、ニ長調(第8番)K.48、4、ニ長調K.81(73l)、5、ハ長調(第34番)K.338、

 第八回連続演奏会、1991年11月9日、東京芸術劇場大ホール、日本公演、NHK、
(1993年02月14日、NHKによる放送をS-VHSテープに3倍速で収録)

3月号の第一曲目には、既に馴染んできた懐かしいS-VHSから、トン・コープマンとアムステルダム・バロック・オーケストラによる交響曲連続演奏会の第八集目をお届けする。今回は1991年の11月9日に東京芸術劇場大ホールで行われたコンサートであり、以下に示す5曲が含まれている。
(曲目)1、交響曲ト長調K.Anh.221(45a)「旧ランバッハ」、2、変ロ長調K.Anh.214(45b)、3、ニ長調(第8番)K.48、4、ニ長調K.81(73l)、5、ハ長調(第34番)K.338、
  これらのうち、最後の交響曲第34番K.338を除く4曲は、このHPでは初出の唯一の演奏なので、非常に貴重な記録となる。なお、 第34番K.338については、コープマンが既にザルツブルグのモーツァルテウム管弦楽団を振った2001年のモーツアルト週間の映像(3-9-1)があり、珍しく同一曲で2度目の演奏となっていた。

第八集の第一曲目は、交響曲ト長調K.Anh.221(45a)「旧ランバッハ」であり、ケッヒェルが「疑わしい作品」として分類した出版社の主題目録上の数小節が記載された10曲の交響曲の1曲であった。ところが1923年にランバッハの修道院でモーツァルトの交響曲の筆写譜が発見され、フィッシャーの研究により、これがケッヒェルによってK.Anh.221の番号を与えられた曲と一致し、「作曲者寄贈、1769年1月」と記されていたため、モーツァルトの作品と断定され、アインシュタインがケッヒェル第三版で45aの番号を与えたものであった。この修道院には、父レオポルドの交響曲も寄贈されており、その後、この両者を比較検討したアンナ・アーベルトが、1964年にこれら2曲は、作曲者名が写譜家により誤って記されていると言う大胆な説を発表した。その説がその後受け入れられて、ケッヒェルの第6版ではこのK.45aは「旧ランバッハ」と呼ばれ偽作とされ、レオポルド作のものが「新ランバッハ」として注目されてきた。これは、当時のモーツァルト研究の新しい輝かしい成果の一つであると見なされて来た。しかし、1980年末にこのK.45aの別の筆写譜がミュンヘンで発見され、それがオリジナルのパート譜とされ、「ヴォルフガンゴ・モーツァルト作曲/於ハーグ1766年」と明記されていた。その結果、現在では、この問題は一件落着し、この曲K.45aは真作として新全集で取り上げられている。



この曲はロンドン・ハーグで作曲された他の曲と同様に急緩急の3楽章構成であり、三楽章とも中間と末尾に繰り返し記号があるソナタ形式で書かれていた。第一楽章はアレグロ・マエストーソで冒頭の第一主題がバス・パートに現われるが、これがうねるように弾む付点リズムとトリルに特徴がある主題であり、経過部を経てからこの主題が第一ヴァイオリンで第二主題の形で明るく現れて、勢いよく進行していた。主題が再び低弦に渡されてから第一ヴァイオリンによる終結句が輝くように現れて提示部を終えていた。コープマンはここで冒頭に戻って丁寧に繰り返しを行っていたが、展開部ではこのバス・パートの主題が執拗に現れてから二本のオーボエによる重奏の明るいフレーズが二度繰り返し現れて、再現部に移行していた。ここでは第二主題から再現されていき、バス・パートによる第一主題が再現されぬまま進行して、第一ヴァイオリンによる終結句により明るく結ばれていた。この楽章の主題構成は変則的なソナタ形式であり、特に冒頭のバス・パートで第一主題が現れることは極めて珍しい。アーベルト女史が少年モーツァルトの作でなく、父親の作と見なしたのも、やむを得ないことと思われる。


第二楽章はホルンと弦楽合奏によるアンダンテで、低弦のピッチカートの伴奏で第一ヴァイオリンが美しい第一主題を提示していくスタイル。歌謡的な可愛い主題が進行してから、そのままのスタイルで装飾の多い第二主題が歌うように繰り返されて、後半は弦楽合奏と2本のホルンの重奏による対話で結ばれていた。展開部では転調された第一主題で始まるが、やがて転調と変奏による展開がひとしきり続いてから、低弦のピッチカートの伴奏で第一ヴァイオリンにより美しい第一主題が再現されていた。続いて第二主題も再現されていたが、どうしてか結びのホルンの重奏は、残念ながら省かれて再現されていた。
フィナーレは軽やかで明るい3拍子のリズミックなプレスト。 第一主題が踊るようなリズムに乗って軽快に進行し、繰り返されてから第一・第二ヴァイオリンの重奏による第二主題へとリズミックに進行してオーボエやホルンも加わった全奏で力強く提示部を終えていた。コープマンは身体全体で踊るように指揮をしており、提示部の繰り返しを行ってから、新しい主題による展開部に移行するが、リズミックな勢いはそのままで再現部に入っていた。再現部はほぼ提示部と同様に型通りに進行して、二小節ごとのまとまりが強いジーグ風舞曲が力強く終結していた。

 この曲を改めてスコアを見ながらじっくり聞いて、私は海老沢先生の「モーツアルト研究ノート(1973)」に「ランバッハ交響曲の問題」の論文があったことを思いだして、読み直してみた。アーベルト女史はフィッシャーの発表した様式的研究に飽き足らず、やはりスコアの細部を検討しており、第一楽章のバス・パートによる主題提示や、第二楽章のホルンの独奏的処理が少年モーツァルトにはないことが判断の有力な根拠とされたことなどが書かれてあった。海老沢先生がこの研究ノートの前書きで、「研究が進めば進むほど、本書の存在意義は薄れていく」と書かれ、それが宿命であると書かれていたが、まさにこうしたことが現実に実証された一つの良い例が、この交響曲の問題であろうと思われた。



第二曲目は、交響曲変ロ長調K.Anh.214(45b) であり、前曲と同様にケッヒェルが「疑わしい作品」として分類した出版社の主題目録上の数小節が記載された10交響曲の1曲であった。この曲は、ケッヒェル第三版の編者アインシュタインがベルリンの図書館で、この曲のパート譜を発見している。表紙には「ザルツブルグのコンサートマスター、騎士アマデオ・ヴォルフガンゴ・モーツァルト」と記されており、彼は検討の結果、第三版において「1768年はじめ頃の作品」として45bという番号を与えたものである。この作品は、メヌエット楽章を持つことを除けば、K.16や前作のK.45aなどの初期交響曲と類似点が多いとされている。


第一楽章は、繰り返し記号を持たず展開部のないソナタ形式の3/4拍子のアレグロであった。ヴィオラとバスの早い連続音の伴奏に乗って強弱の強いコントラストを持った第一主題が精力的に始まり、やがて現れる静的な第二主題が対立するが、この主題のバスにはドレファミの「ジュピター音形」のモチーブが現れて、弦のシンコペーションによる推進力ある音楽に発展していた。再び冒頭の第一主題が再現し、繰り返してから第二主題も型通りに再現して推進力を高めていたが、終わりに冒頭主題が顔を出して結ばれていた。コープマンは、精力的に全身でオーケストラを奮い立たせるように、余り特徴のない曲を進めていた。

第二楽章は中間と末尾に繰り返し記号を持ち展開部を持ったソナタ形式のアンダンテ楽章であり、ホルンが省かれ2オーボエと弦楽合奏の編成であった。第一ヴァイオリンが第一主題をゆっくりと提示してからオーボエと弦楽合奏しながら進行し、第二主題も第一ヴァイオリンが提示してからオーボエと弦楽合奏しながら進んで提示部を終了していた。展開部は第一主題を転調した短いもので、直ぐに再現部に入ってから第一主題、第二主題の順に型通りに再現されていた。
メヌエット楽章では、ホルンもオーボエも加わって、主部は全合奏で元気よくリズムを刻んでおり、トリオでは弦楽合奏で愛らしいワルツを思わせるような流れの良さが続いていた。フィナーレは中間と末尾に繰り返し記号を持った短い展開部を持ったソナタ形式のアレグロ楽章であり、2ホルンと2オーボエと弦楽合奏の編成であった。第一主題の開始から弦三部の一様に刻まれる八分音符のリズムに乗って第一ヴァイオリンが颯爽と威勢良く第一主題が提示されて行き、第二主題では第一・第二ヴァイオリンが揃って16分音符のリズム刻み、後半はシンコペーションになって推進力を増しながら一気に提示部を駆け抜けていた。展開部では第一主題を転調したような形式で進行し後半に変化を見せてから再現部に入っていた。この楽章全体を通ずる推進力が再現部にも現れてほぼ型通りに、第一・第二主題と明るい気分で駆け抜けるように疾走していた。



K.45aと45bの二つの交響曲を聴いて、前者が1766年ハーグで、後者が1968年初頭以前のウイーンでの作とされている。私の耳には前者の方が新しい作品のように思えるが、このような比較は全くナンセンスなのであろう。
このコンサートの第三曲目は、交響曲ニ長調(第8番)K.48であり、1768年12月13日ウイーンの日付を持つているので、この3曲はほぼ同じ時期に書かれたものと考えられている。しかし、この曲が作曲されるまでには、モーツァルトはウイーンで、オペラ「ラ・フィンタ・センプリーチェ」K.51(46a)を完成させ、続いて「バステイアンとバステイエンヌ」K.50(46b)を作曲し、さらに孤児院ミサ曲K.139(47a)を作曲したことが予想されており、既に当時一流の作曲者の地位を確保したとも言える活躍をしている。また、このウイーンからの帰路に1969年1月14日に例のランバッハ修道院に立ち寄って、父子ともに一曲づつ交響曲を寄進しており、その曲が面白いことにK.45aであったことが確かめられており、この三曲はこうした縁で繋がっていると言えよう。

この曲はメヌエットを含む4楽章構成で、メヌエットを除く三つの楽章は、中間と末尾に繰り返し記号を持ったソナタ形式で書かれていた。また、2トランペットとテインパニーを含んだ構成となっており、上記2曲とは構成も楽器編成も大規模になっている。この曲の第一楽章は威勢の良いアレグロ楽章で、冒頭から現れる第一主題が2オクターブを超える音域を持ち、強弱の激しい対立を見せながら、下降してから一気に駆け上がるシンフォニックな試みが行われていた。続く第二主題もホルンの強奏に弦の応答とオーボエの相槌が絡み合って勢いよく進み、充実した響きの提示部であった。コープマンは提示部を繰り返していたが、トランペットやテインパニーを部分的に響かせながら勢いよく進めているように見えた。続いて第一主題の冒頭を転調した展開部が威勢良くひとしきり続いてから、再現部では第一主題がメインとなり後半では第一・第二ヴァイオリンによる16分音符の疾走により、一気に終結していた。



第二楽章は弦楽合奏だけのアンダンテ楽章。素朴で親しみやすそうな民謡風の第一主題が静かに流れ出し、休止を挟んでから次の主題が高みに上がって徐々に流れ下るような穏やかな旋律が続く短い提示部であった。コープマンは味わい深そうに提示部を丁寧にゆっくりと繰り返していた。転調された第一主題の形ばかりの展開部を経て、再現部が型通りに続いていたが、弦楽器のみの落ち着いた響きを持った素朴な味わい深い楽章であった。続いてテインパニーとトランペットが加わるとこうも変わるかと思わせる賑やかなメヌエット楽章に入り、威勢良く歯切れ良く3拍子が続く力強い進行をしていた。一方のトリオでは、テインパニーとトランペットが外れて弦楽器中心に粛々と進む対照的な穏やかな響きを見せてから、再び力強いメヌエットが再現していた。
フィナーレは8/12拍子というモルト・アレグロの急速なタランテラのリズムか、一撃・二撃と総奏で続いたあと弦が流れるように続く第一主題が繰り返されてから、弦主体の速いテンポの第二主題が流れるように続き、提示部の終わりには威勢の良い総奏で8打の和音で歯切れ良く締められていた。型通り提示部が繰り返されたあと、展開部の冒頭で一撃から四撃まで総奏の和音が続き、第一主題も第二主題も変奏された形で再現され勢いに乗って羽目を外したように弦が疾走し、終わりは提示部同様に威勢良く8打の和音で結ばれていた。コープマンは珍しく最後の繰り返しを行い、速いテンポで威勢良く一気苛性にこのフィナーレ楽章を締めていた。



続いてこのコンサートの第四曲目は、交響曲ニ長調K.81(73l)であり、1770年の第一回イタリア旅行中に作曲されたとされる5曲中の1曲であり、ローマで最初に作曲された曲と考えられている。この曲には筆者不明の手稿譜に、騎士モーツァルトの名前とともに「1770年4月25日」と日付が明記されていたようであるが、一方では1775年に出たブライトコップス社のカタログでは父レオポルドの作品とされており、真偽のほどが分からない作品とされているようである。
この曲は、三楽章制で2オーボエ、2ホルン、弦5部の小規模な楽器編成に戻っている。第一楽章はユニゾンで上昇していく軽快なアレグロで第一主題が始まるが、直ぐに鳥が鳴くようなトリルのフレーズが繰り返されながら威勢良く進行していた。一休止後に第一ヴァイオリンによる軽快な第二主題が飛び出し明るいオーボエの響きと重なって実に軽やかに進行してから、新しい結びの歯切れの良い動機が続いて提示部を終えていた。ここで提示部の繰り返しはなく、二つのオーボエと第一・第二ヴァイオリンの重奏による短い展開部を経て、再びユニゾンによる颯爽とした軽快なアレグロが再現されていた。コープマンは実に軽快にこの曲を進めていたが、この溌剌とした爽やかなスピード感は、まさに少年モーツァルトの作であろうと実感させられるものがあった。



第二楽章は弦楽合奏で淡々と始まるアンダンテであるが、第一主題の中で第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンが一拍ごとに対話を交わすフレーズが印象的であり、続く第二主題では二つのオーボエと第一・第二ヴァイオリンが主題を交互に対話しながら進行するのが珍しかった。中間部に譜面では繰り返し記号があったが、コープマンは繰り返しをせずに転調された第一主題が再現されており、そのまま第二主題が続いてオーボエの合奏と弦の合奏の対話が静かに続いていた。
             フィナーレは活発な6/8拍子のアレグロ・モルトの楽章で、ユニゾンで始まる軽快な第一主題と小刻みにスタッカートが続く第二主題との性格的な相反性や高音と低音の掛け合いなどが際だった軽快なフィナーレであった。提示部で繰り返されてから第二主題が転調されて提示され、再現部ではそのまま、スタッカートが続く第二主題だけが再現されて一気に駆け上がるように収束していたが、コープマンは珍しく末尾の繰り返しを休みなしに行って、陽気に速いペースでフィナーレ楽章を締めていた。

モーツァルトの若作りのシンフォニーをこうして古楽器によるアンサンブルの良い演奏で聴いていると実に快いものであるが、このコンサートのようにさすがに4曲も連続すると、いささか疲れてくる。これらの曲は、限られた機会に一二曲まれに演奏されるだけで、こうして繰り返し何度も聴かれるようには作曲されていないので、やむを得ないのであろう。今回もホグウッドの演奏と比較するような形で聴いてきたが、ホグウッドは繰り返し記号を、スコア通りに丁寧に演奏しており、メヌエットなども全ての繰り返しが行われていた。一方のコープマンは、生演奏であるからかやや不規則であり、中間の繰り返しはほぼ行われていたが、アンダンテ楽章では省くことがあり、末尾の繰り返しはおおむね省略していたが、時にはフィナーレが物足りないようなときには繰り返しを入れたり、生演奏ならではの自由度を待たせているように思われた。



           このコンサートの最後の曲は、交響曲ハ長調(第34番)K.338であり、ザルツブルグ時代の最後のシンフォニーであった。3楽章形式の全てがソナタ形式で作曲されており、コープマンはいつものとおり、1本のコントラバスを軸にテインパニーとトランペットを加えたこのオーケストラでは最大の重厚な編成であった。なお、コープマンのこの曲には、2001年のザルツブルグのモーツァルト週間で、モーツァルテウム管弦楽団を振った演奏記録(3-9-1)があり、私好みザルツブルグらしい楽しいコンサートになっていて、コンサートのフィナーレとしてこの曲の充実した演奏を聴かせてくれた。

            第一楽章は反復部のないソナタ形式であえり、総奏のユニゾンで始まりトリルを持つ軽やかな主題が弦楽器で走り出し、フォルテとピアノが交互する生き生きとしたアレグロ・ヴィヴァーチェであった。コープマンはいつものように、体でリズムを取りながら楽しげな表情でこの行進曲風のアレグロを快調に進めていた。やがて弦が歌い出す第二主題へと移行していくが、優美な半音階風に下降する弦とファゴットの対話で始まり後半に逆付点の付いたこの主題にオーボエが共鳴するように彩りを添えて弦のトレモロからクレッシェンドで盛り上がり勢いよく提示部を終えていた。展開部では新しい重苦しいテーマによりユニゾンで始まり、途中から内声の弦の三連符の伴奏に第一ヴァイオリンが高音のトリルで進行したり、管と弦が対話を重ねたりして自由に推移していた。この曲の再現部はとても充実しており、第一主題の前半が展開的に示され、第二主題も繰り返し繰り返し展開されて示され、最後には第一主題を回想するように大きなコーダで結ばれていた。コープマンは全体的に緊迫感を保ちながら壮大に盛り上げて見事にこの軽快な楽章を終結させていた。



            第二楽章は弦楽器とファゴットだけの物静かなアンダンテであり、ヴァイオリン二声が交互に奏でる愛らしい二重奏の第一主題に始まり、繰り返されてから、続いて第二ヴァイオリンの分散和音の伴奏に乗って、第一ヴァイオリンがスタッカートで第二主題が大らかに伸び伸びと展開されていた。コープマンはゆったりとしたテンポで陰影をつけながら歌うように進め、リズミックな第二主題でも明るさを保ちながら優美に歌わせていた。展開部は省略されて第一主題・第二主題と型通り再現されていたが、実にほのぼのとする心暖まる美しい楽章であった。
            対照的にユニゾンで力強く始まる急速なフィナーレでは、軽快な6/8拍子のリズムが快いアレグロ・ヴィヴァーチェであり、この第一主題の明るさとスピードがこの楽章全体を支配していた。第二主題も同じリズムで進行し、特徴あるオーボエの響きに加速されるように進むのが極めて印象的であった。コープマンは提示部の繰り返しを行い、この急速に進むフィナーレを楽しげに進めていた。展開部ではオーボエがリードする新しい主題で目新しさを感じさせ、再現部では型通り両主題が再現されて、終わりは急速に盛り上がりを見せて締めくくられていた。大変な拍手でコープマンは何回も呼び出されていたが、やはり初期のシンフォニーとはこの曲はオーケストラの迫力が異なり、ザルツブルグ時代の最後の曲を、観客は大いに楽しんだように見えていた。

今回のコンサートで、テインパニーとトランペットを含む曲が2曲含まれていたが、このコープマンの演奏では、この2楽器が非常に響きすぎて不自然なくらいに聞こえていた。これは好みの問題であろうが、楽器間のアンサンブルを大事にするピリオド奏法において、何か工夫が必要でないかと思われた。このコンサートも次回は最終回の第九回を迎えることになる。全曲を録画していた積もりであったが、どうやら残念ながら、この連続演奏会の第4集と第5集が未収録のようであり、どの曲が未収録に終わったか次回には明らかにしておきたいと考えている。

(以上)(2012/03/21)


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