(最新購入のDVD;2010グラインドボーン歌劇場の「ドン・ジョヴァンニ」)
12-2-2、ウラディミール・ユロウスキ指揮、エイジ・オブ・エンライトメント管弦楽団、ジョナサン・ケント演出、2010グラインドボーン音楽祭における「ドン・ジョヴァンニ」K.527、2010年、グラインドボーン歌劇場、

−この映像は有名歌手は主題役のフインレイだけであるが、ユロウスキの音楽造りが素晴らしく、ケント演出の「ウイーン版」による目新しい斬新な演出も生かされた、小劇場の響きの良さを生かしたピリオド奏法によるアンサンブルの良い現代的な「ドン・ジョヴァンニ」であり、グラインドボーン歌劇場の生んだ最近の傑作であろうと思われる−

(最新購入のDVD;2010グラインドボーン歌劇場の「ドン・ジョヴァンニ」)
12-2-2、ウラディミール・ユロウスキ指揮、エイジ・オブ・エンライトメント管弦楽団、ジョナサン・ケント演出、2010グラインドボーン音楽祭における「ドン・ジョヴァンニ」K.527、2010年、グラインドボーン歌劇場、
(配役)ドン・ジョヴァンニ;ジェラルド・フインレイ、騎士長;ブリンドレイ・シェラット、ドンナ・アンナ;アンナ・サムイル、ドンナ・エルヴィーラ;ケート・ロイヤル、オッターヴィオ;ウイリアム・バーデン、レポレルロ;ルカ・ピサローニ、ツエルリーナ;アンナ・ヴィロブランスキイ、マゼット;ガイド・ロコンソロ、
(2011年6月11日、銀座山野楽器店、EMI Classics イギリス輸入盤)

   2月号の第二曲目は最新購入のDVDで、2010年グラインドボーン歌劇場の「ドン・ジョヴァンニ」であり、ウラディミール・ユロウスキ指揮、エイジ・オブ・エンライトメント管弦楽団、ジョナサン・ケント演出の最新のものである。1972年生まれのモスクワ生まれのユロウスキは、ドレスデンとベルリンで学業を積み、97年よりベルリン・コーミッシェOPの首席指揮者を務め、2001年よりアンドルー・デイヴィスの後を継いでグラインドボーン音楽祭の音楽監督となった。現在、エイジ・オブ・エンライトメント管の首席指揮者でもある。この「ドン・ジョヴァンニ」K.527は、この気鋭の指揮者ユロウスキの指揮振りと、主題役のフィンレイの健在振りと、新鋭演出家ケントのモダンな現代風の読み替え振りと、珍しく「ウイーン版」による演出が、お気に入りになるかどうかで評価が分かれてくることになろう。余り広くない劇場で、ピリオド奏法によるキビキビしたアンサンブルの良い演奏を聴きながら、現代風の演出を楽しむことがこのオペラの主流になってきているので、このグラインドボーンの映像は、理想に近い環境にあるのかもしれない。


    映像はいきなりユロウスキの一振りで序曲が二つの大和音で開始された。精悍な顔つきの指揮者の顔がクローズアップされ、トランペットとテインパニーの古楽器独特の響きが聞こえ、序曲は石像の歩みに似せてゆっくりと進行していたが、やがて主部の早いテンポのアレグロに移行し、軽やかに進んでいた。画面は出演者などの紹介が丁寧に行われていたが、序曲は急速な勢いで堂々と収束していた。直ぐに速いテンポで序奏が開始され、レポレッロが何とシャツ姿で歌いながら登場し、上着を着ようとしてこれから一仕事の様子。しかし、不意に物音がして慌てて物陰に隠れて様子を見ていると、大きな物音がして建物の二階の窓口でマスクで目隠しをした男が女に追われており、男は建物の壁にぶら下がって逃げようとして、レポレッロも加わった三重唱となって激しく争っていた。


    男が壁を伝って逃げ降りてホッとする間もなく、建物の階段から黒い背広の男が上着を脱いで逃がすまいと掴みかかってきた。突き飛ばされて足蹴にされたドン・ジョヴァンニは、怒ってマスクを取り石を拾って相手に飛びかかり、突き倒して相手の頭に数度殴りかかると、相手は頭から血を出して倒れてしまった。実に偶発的な殺人であると描かれた新しい演出の試みであったが、ジョヴァンニの動きは、実に俊敏そのものであった。
    二人が逃げ出すと、そこへ声がしてドンナ・アンナとドン・オッターヴィオとが駆けつけて倒れている父親を発見した。冷たくなる父を抱き起こして、アンナは気を失ってしまった。しかし、気丈な彼女は二重唱で父の血を両手につけて、オッターヴィオにこの血に賭けて父の復讐をと迫り、復讐を誓わせていた。アンナのお屋敷は古い石造りの建物であり、この惨劇の様子を建物の壁に高く飾られていたマリア像が見下ろしていたのが印象的であった。


            回転台が動いてマリア像の下までドン・ジョヴァンニとレポレロが歩いてきて二人が口争いをしていると、ドン・ジョヴァンニが「静かに、女の匂いがする」と立ち止まった。すると建物の陰からサングラスにスカーフのドレス姿のドンナ・エルヴィーラが現れ、「あの酷い男はどこかしら」と歌い出していた。「見つけたら酷い目に遭わせてやる」と物騒なことを歌いながら、自分を捨てた男への怨みの歌を激しい口調で歌っていた。そこで、「お嬢さん」と陰から呼び掛けられて振り向くと、何と探していたドン・ジョヴァンニ。エルヴィーラは、早速、もの凄く早い口調で待ってましたとばかりに責め立てるので、ドン・ジョヴァンニは閉口し、タバコを吸ってごまかし、レポレロに事情を話してやれと言い残して退散していた。


    レポレッロは「あなただけでない」と沢山の写真を取り出しながら、伴奏に続いて「カタログの歌」を速いテンポで歌い出した。レポレッロは鞄を開いて何冊もの古びたアルバムを見せながら、イタリアでは640人、スペインでは1003人と歌い出すと生真面目そうなエルヴィーラはビックリして座り込んでしまった。スカートさえはいていればと歌うと、レポレッロの取り出す写真をしげしげと見つめて、怒りの余り数枚を取り上げて復讐を誓って立ち去っていたが、この「カタログの歌」は若いピサローニの歌が表情が豊かで素晴らしい出来であったのでお客さんは喜んで大拍手であった。   

       賑やかな音楽と共に広場には若者たちが集まって来て、ツエルリーナとマゼットの二重唱が始まり、賑やかな合唱が続き記念写真をとっていた。そこにドン・ジョヴァンニとレポレッロが登場し、早くもツエルリーナに目をつけて、マゼットたち一行を私の屋敷に連れて行ってご馳走しろとレポレッロに命じていた。花嫁は騎士が守ると言い、マゼットには後悔するぞと脅しつけると、マゼットは口を尖らせてツエルリーナに文句たらたらのアリアを歌って、嫌々ながら従っていた。



      やっと二人きりになれたとドン・ジョヴァンニは、タバコを吹かしながら、早速、ツエルリーナを口説きだし、「手に手を取り合って」の二重唱を歌いながらツエルリーナを次第にその気にさせ、最後の「アンデイアーノ」になって二人は路上で抱き合ってしまっていた。そこへエルヴィーラが現れて、ツエルリーナを驚かせ「この裏切者からお逃げなさい」と歌い出したが、ドン・ジョヴァンニを平手打ちする激しさに、様子の分からぬツエルリーナは驚いて、一緒になって逃げ出してしまった。


     今日はついていない日だとドン・ジョヴァンニがぼやいていると、ドンナ・アンナとオッターヴィオの棺を運ぶ一行に出会い、ドンナ・アンナが「手を貸して欲しい」とドン・ジョヴァンニに声を掛けて来た。「何故、泣いているのか」とドン・ジョヴァンニがドンナ・アンナの手を取っていると、そこにまたしても、エルヴィーラが顔を出し「この人を信じてはいけません」と声を掛けて、四重唱が始まった。黒の喪服のドンナ・アンナと礼服のオッターヴィオの二人は、しっかりしているエルヴィーラを気違い扱いするドン・ジョヴァンニに不審を感じながら歌っていた。形勢が悪いドン・ジョヴァンニが彼女を諫めてくると、二人に「アミーチ、アデイーオ」と声を掛けて立ち去った。


      その時、オーケストラが激しく鳴り出しドンナ・アンナが「死にそうよ」と大声を揚げていた。マリア像の下で、ドンナ・アンナはアッコンパニアートで激しくドン・ジョヴァンニに襲われた経緯をオッターヴィオに告白し始めた。そして「これで分かったでしょう」と激しくアリアを歌い出し、父の仇とばかりに復讐のアリアを激しく歌って父の棺の上で手を取り合ってオッターヴィオに復讐を誓わせていた。オッターヴィオは、あの騎士が信じられないという面持ちであったが、ドンナ・アンナを前にして「彼女が安らげば、私の心も安らぐ」と美しいウイーン版の追加アリア第10a番を歌っていた。この二人のマリア像と棺の真ん前で歌うアリアは、なかなか印象的で大拍手であった。
       ここでドン・ジョヴァンニがレポレッロの報告を聞いて、タバコを吸いながらブラボー!ブラボー!を連発して上機嫌で「さあ、パーテイだ」とレポレッロを相手に喜んで歌う「シャンペンの歌」が楽しかった。また、ツエルリーナがマゼットの機嫌を取ろうとして子羊のように甘えて歌う「ぶってよ、マゼット」の有名な甘いアリアが続き、大きな拍手の連続のうちに舞台はフィナーレへと進んでいった。





    マゼットが「早く奴が来る前に隠れていよう」と歌い出してフィナーレが始まった。ドン・ジョヴァンニの楽しくやろうという挨拶で皆が集まっている隙に、ツエルリーナが身を隠そうと隠れていると、直ぐにドン・ジョヴァンニに見つかってしまい口説かれそうになっていたが、マゼットが見張っており、ここでは皆で踊りに行こうとなっていた。そこへエルヴィーラ、ドンナ・アンナ、オッターヴィオの三人が共通の敵ドン・ジョヴァンニを懲らしめようとピエロと仮面で変装した三人が登場した。メヌエットが始まり、三人は目隠しで顔を隠して入場を乞うと、宜しければどうぞと許された。そこで三人は「神よ、お守り下さい」と見事な祈りの三重唱を歌い、神への祈りを捧げて怖い敵を相手に勇気を出そうと誓い合っていた。





      踊りが賑やかに始まり、広い舞台ではコーヒーだ、チョコレートだ、と騒いでいるうちに、音楽が変わり仮面の三人が登場し、どうぞご自由にと歓迎された。ドン・ジョヴァンニが改めて「自由万歳」と全員に号令すると乾杯がなされ、宴席は次第に佳境に入っていった。「さあ音楽だ」の声に再びメヌエットが始まり、仮面の三人の人が優雅に踊り出し、やがてドンジョヴァンニとツエルリーナ、マゼットとレポレッロの三組のペアが見えており、音楽は二拍子のコントルダンスと早い三拍子のドイツ舞曲が加わって最高潮の場面になっていた。しかし、いつの間にか姿が見えなくなっていたツエルリーナの悲鳴が遠くから聞こえてきて、場面は大騒ぎとなっていた。そこへドアが開いてドン・ジョヴァンニがレポレッロを犯人だとして演技していると、三人の仮面の人が順番に仮面を取って、まずオッターヴィオがドン・ジョヴァンニに詰め寄り、他の二人も口々に「もう騙されないぞ」と騒ぎ出した。ドン・ジョヴァンニは全員に詰め寄られて、遂には両手を挙げてマスクをして降参していた。しかし、折からの雷鳴とともに音楽が変わり、最後には、皆に詰め寄られて動きが取れずに、レポレッロと一緒に屋敷の外へと逃げ出して第一幕のフィナーレは終了していた。

 



     第二幕ではレポレッロとドン・ジョヴァンニが言い争いをしてながら二重唱になって、今度ばかりはレポレッロも殺されそうになったと本気で怒っていた。しかし、ドン・ジョヴァンニに甘声で呼ばれて、財布から紙幣を三枚ほど見せつけられると引き戻されて、仲直りをするばかりか、エルヴィーラの侍女を口説くため、洋服まで交換させられてしまっていた。二人が洋服を交換し始めると、エルヴィーラが二階の窓辺で怨みの歌を歌っており、ドン・ジョヴァンニはマスクをかけ衣裳を替えたレポレッロに演技をさせて、エルヴィーラに許してくれと歌い出し、おかしな三重唱が続いて、降りてこなければ自殺すると歌っていた。会場はレポレッロのおかしな仕草に大笑い。暗闇の中で素直なエルヴィーラは、レポレッロを改心したドン・ジョヴァンニだと思い込み、見事に騙されてしまい二人が抱き合ったところで、ドン・ジョヴァンニが大声を出したので二人は手を繋いで逃げ出してしまった。


     ドン・ジョヴァンニは、ここで初めてエルヴィーラの召使いのために、マンドリンの伴奏で思い切り遅く「愛しい人よ」とカンツオネッタを歌い出した。雪がちらついてくる月明かりの中で気持ちよく歌っていたが、効果を確かめる前に運悪く、ドン・ジョヴァンニに復讐をするマゼット一行に掴まってしまった。レポレッロの格好のドン・ジョヴァンニにすっかり騙された間抜けな一行は、ドン・ジョヴァンニの言いなりになり、「半分はこちら」とアリアの指示通りに百姓どもが追い払われ、マゼットと二人きりになった。そしてドン・ジョヴァンニはマゼットの銃とピストルを取り上げて「静かに」と油断させ、思い切りマゼットを殴る蹴ると痛めつけ、立ち去ってしまった。マゼットの悲鳴を聞きつけて、ツエルリーナが一人で駆けつけて、「たいしたことないわ」と言いながらツエルリーナは「薬屋の歌」を歌って介抱していた。ツエルリーナのヴィロフランスキーは、色気たっぷりの姿で、高い声を張り上げて、膝枕をしてドキドキする伴奏に乗って上手く優しく歌って、会場からの拍手を浴びていた。


    暗闇の道をレポレッロとエルヴィーラがうろついており、エルヴィーラが「ただ一人暗いところで」と歌い出して続く六重唱が始まった。レポレッロがエルヴィーラから逃げだそうとしていると、そこへ喪服姿のドンナ・アンナとオッターヴィオが現れ、さらに怪しい男を捕まえたとツエルリーナとマゼットが加わり、怪しい男を囲んで六重唱になった。エルヴィーラがそれは私の夫ですと謝るが、四人は駄目だと許さない。平謝りの怪しい男を取り囲んで追求し、マスクを外すと何とレポレッロが現れた。驚く皆に顔を良く見せて、旦那の命令でこうなったと告白すると、一同はただ呆然として呆れるばかり。音楽が変わりテンポが速くなって、平謝りのレポレロを責める六重唱となっていた。ここでエルヴィーラもツエルリーナもレポレッロを一斉に責め出すと、レポレッロは一人一人に言い訳をしながら、皆の隙を見て脱兎のごとく逃げ去っていた。ここで様子を見ていたオッターヴィオが騎士長を殺したのはドン・ジョヴァンニであることが分かったと告げ、私が探しに行くのでその留守の間、私の恋人を慰めてやってくれとエルヴィーラに語って出発した。



      ここで20番のレポレッロの平謝りのアリアが省略され、オッターヴィオの第21番のアリアも省略されて、場面はレポレッロをナイフで脅して捕まえたツエルリーナとレポレッロの第21a番の二重唱となり、ウイーン版で演奏されていた。気丈なツエルリーナはレポレッロにナイフを突きつけて座らせ、彼の両腕を背中で縛り上げると、レポレッロが助けてくれと歌い出し二重唱が始まっていた。ツエルリーナはストッキングを脱ぎ捨て、それでレポレッロの足を縛りだし、次いでレポレッロのズボンのバンドを外して首に巻き付け締め上げていた。そしてもう一本のストッキングを顔にかぶせて口をきけないようにして、マゼットを探しに立ち去っていた。レポレッロは必死になって縛られたまま、両足で跳んで逃げ出して、ツエルリーナがマゼットやエルヴィーラと戻ってきたときには、姿を消していた。





       一人残されたエルヴイーラがオーケストラの伴奏で、アッコンパニアートで「ドン・ジョバンニに天罰が下される」と心配する気持ちを歌い出したが、この曲は第21b番でウイーン版。続いてアリアでは「復讐したいが心配だ」と優しい矛盾する心を歌っていた。ウイーン版は極めて珍しいが、特にレポレッロとツエルリーナの二重唱は珍しく、ツエルリーナがたった一人でレポレッロを痛めつける演出は初めてであった。
       場面が変わって、明るい月夜の晩にドン・ジョヴァンニは上機嫌で墓場のような雰囲気の場所でレポレッロを探していると、足を縛られストッキングを被せられたレポレッロと再会した。「どうしたんだ」とレポレッロをからかいながら助け出し、洋服を取り替えて、体験したレポレッロの女のことで高笑いしていると「その声も今夜限りだ」と言う大きな声が響いて二人は仰天した。






         その声がどうやら騎士長の墓場の方から来ると分かって、レポレッロが墓を掘り出して騎士長の像を掘り出した。驚いた二人は二重唱で騎士長を夕食に招待するがどうかと尋ねると、レポレッロが頷いたと驚いて腰を抜かしてしまった。そのためドン・ジョヴァンニが自ら像に向かって尋ねると、「行こう」という大きな声が聞こえてきた。驚いた二人は、恐ろしくなり、夕食の支度だと言い訳をして逃げ出してしまっていた。
       一方、オッターヴィオがドンナ・アンナと一緒に登場して、どうして私を苦しめるのかと責めだしたので、彼女はまだ「喪中でしょう」と断ったので、オッターヴィオは「何てつれないんだ」と座り込んでしまった。「つれないなんて言わないで」とドンナ・アンナが激しくレチタテイーボ・アッコンパニアートで「私だって辛いのよ」と歌い出し、「私の気持ちを揺るがせないで」と歌うアリアになっていた。そして後半にはアレグレットのコロラチューラが連続する技巧的なロンドになって、ここではドンナ・アンナの優しい一面を示すアリアのように見え大きな拍手を浴びていた。

        回転台が動いてドン・ジョヴァバンニ邸内に舞台が移り、ドン・ジョヴァンニが食卓について歌っており、レポレッロが食事を用意していた。音楽が変わり「コーサ・ラーラ」の音楽が始まり、白い背広姿のドン・ジョヴァンニが上機嫌で食事を始めていた。続いて「イ・リテイガンテイ」が奏され、マルツイミーノ酒が注がれて、ドン・ジョヴァンニはワインを飲みながら旺盛な食欲を見せていた。続いてフィガロの「もう飛ぶまいぞ」が始まると、ドン・ジョヴァンニはますます上機嫌になって、音楽に合わせて「レポレッロ」と呼び掛けて盛んにからかっていた。そこへエルヴィーラが、突然、飛び込んできて、ドン・ジョヴァンニの前に座り込み、最後のお願いに来たという。ドン・ジョヴァンニはどうしたかと驚くが、エルヴィーラの必死の「生活を変えろ」という願いなのに相手にせず、始めから「女性万歳」「ワイン万歳」とからかっていた。勝手にせよと逃げ出したエルヴィーラが、奥の方から大きな悲鳴を上げ、それを見に行ったレポレッロも大声を上げて、驚きの余りタ、タ、タ、と口を動かすだけであった。


    ダンダンダンと音が聞こえてきたので、ドン・ジョヴァンニが「わしが行く」と立ち上がって机を倒すと、その下からニ短調の大きなオーケストラの響きと共に騎士長の血みどろの姿が現れて、序曲の音楽が鳴り響き、立ち上がってから「来たぞ」と大きな声で叫んでいた。そして驚くドン・ジョヴァンニと怖がるレポレッロとの三重唱となって、騎士長は重大な話があると言い、「今度は私の晩餐に来るか」と呼び掛けた。



     臆病だと思われたくないドン・ジョヴァンニは、必死となって勇気を振り絞って「行こう」と返事をし、約束の印にと握手をした途端に、「何と冷たい手だ」と震え上がり、苦しみだした。騎士長は「悔い改めよ」と叫び、ドン・ジョヴァンニは「いやだ」と叫ぶ。何回か拒絶を繰り返すうちに、騎士長は時間がないと叫ぶと、ドン・ジョヴァンニを後ろから締め上げ、大暴れするドン・ジョバンニを最後にはわしづかみにし、大合唱とフルオーケストラの響きの中で、暗闇の中で、「ああー」という絶叫と共に、ドン・ジョヴァンニは倒れ込み、騎士長は地下深く吸い込まれるようにいなくなってしまった。この様子を壁に建てられたマリア像が静かに見守っていたのが印象的であった。



       そこへ五人が駆けつけて六重唱が始まっていたが、レポレッロが一人、訳の分からぬことを口にしており、ドン・ジョヴァンニはどこへ行ったかと尋ねられ、巨人がやって来て、遠くに行ってしまったとさっぱり要領を得なかった。オッターヴィオがたまりかねて倒れていた人を抱き起こすと、それは血に染まって息絶えたドン・ジョヴァンニであった。やがて合唱は速いテンポの六重唱となり、ドン・ジョヴァンニの死体の前で、「これが悪事の結末だ」と歌っていた。レポレッロがドン・ジョヴァンニにカメラを向けてフラッシュをたくと、辺りは真っ暗闇となり、暗い幕切れの印象のまま終幕となっていた。



   通常の六重唱では嵐が去って平和な六重唱のイメージが多いが、ここではドンナ・アンナとオッターヴィオの会話などの中間部は省略され、悪人の最後はこうなるという暗いイメージのまま終結していた。私はこの方式は、ウイーン版を意識したこの映像ならではの改変がなされたものと思われ、私には地獄落ちで終結させるやり方よりも六重唱を加えたこの演出の方が、より説明力があり適切なように思われた。
  この最後の場面を背景に、カーテンコールが行われていたが、ツエルリーナ、エルヴィーラ、ドンナ・アンナの順に出てきた女性歌手陣ではドンナ・アンナに拍手が多かったし、最も拍手が多かったのはレポレッロと当然ながらドン・ジョヴァンニであった。指揮者のユロウスキも非常に観客に馴染んでいると思われ暖かい拍手が送られていたと思う。



       この映像の特徴については、冒頭に見所として触れているが、第一にユロウスキの音楽造りが素晴らしいと言うことを述べておきたい。序曲から緊張感に満ちており、古楽器演奏が新鮮に響き、緩・急のテンポ感に優れ、強・弱の響きも適切で、特に第一幕と第二幕のフィナーレには迫力があった。新しいDVDのせいか、音響も優れており、演奏の素晴らしさを後押ししていた。第二にフィンレイのドン・ジョヴァンニであるが、この人はフィガロと伯爵の両役を演じてきており、イギリスだけで活躍しているので知名度は落ちるが、歌にも演技にも見所があり、今回の主題役に期待を持っていた。一抹の心配は小柄で紳士なので、逞しさや泥臭い迫力などに欠ける面が気になっていたが、非常に敏捷で動きが速くキーンリサイドに負けない面を持っており、まずまずの出来かと思わせたが、背広姿のせいもあり貫禄不足の面は否めなかった。

       現代に近い衣裳で読み替えを行った第三のケント演出については、良く考えられた演出であることを感じさせ、回転台を使った場面の切り替えの早さや適切さもあり、狭い舞台を活用して、アンサンブルの良い音楽造りに貢献していたと言えよう。そしてマリア像の配置であるとか舞台全体のエレガンスの高いという印象が、コヴェントガーデンのザンベロ演出に似た印象を受けていた。しかし、この映像は「ウイーン版」と言うことに新鮮味を感じさせ、「ごちゃ混ぜ版」に慣れた目には第21番のオッターヴィオのアリアのカットは残念であったが、ツエルリーナとレポレッロの二重唱が珍しく新しさを感じさせた。ただしこの二重唱では女一人でナイフを持ってレポレッロに立ち向かっていたが、手伝いが居なければ不自然であるとの印象を持った。また、結びの六重唱が明るく終わらず、中間部をカットして短くし、レポレッロのフラッシュで悲劇として終了していたのは素晴らしい着想であると思った。この最後の幕切れは前例のないオリジナリテイの高いものと評価でき、「ウイーン版」にも余韻を残した終わり方があるものと、この版を選択した趣向の良さが滲み出ていた。

配役ではフインレイの主題役以外は初めての歌手ばかりであったが、全体として水準が高く、さすがグラインドボーン歌劇場であると感じさせた。女性歌手では、三人のうちドンナ・アンナに拍手が多かったようであるが、私には普段より1曲多い二重唱まで歌って存在感を増したツエルリーナのヴィロフランスキーが素晴らしいと思った。このメンバーでは拍手が最も多かったレポレッロのピサローニが抜きんでて存在感があったように思われ、将来の活躍が期待される。

このオペラの最近のモダンな新演出を見るとき、私は余り極端な演出でないことを常に期待しているが、最近のイギリスのマッケラス・ザンベロ演出(2008)や今回の映像を見るにつけ、ザルツブルグ音楽祭のハーデイング・クシェイ演出(2006)やビリー・グート演出(2008)などドイツ系の演出と比較して、遙かに上品でエレガンスであり新鮮味を感ずるのであるが、いかがなものであろうか。このイギリスの演出の素晴らしさの例は、「フィガロ」ではパッパーノ・マックヴィッカー演出(2006)や、「コシ」ではフイッシャー・ハイトナー演出(2006)でも感じており、やっと2000年代に入ってから、過去の伝統的な代表的演出に対抗できるモダンな新演出が育ってきたものと思われた。これらについては、いずれ場所を変え改めて、もっと深く考察してみたいと思う。

(以上)(2012/02/17)


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