(最新BDストックの紹介:小澤征爾の「ハフナー」交響曲K.385など)
12-12-1、小沢征爾指揮水戸室内管弦楽団による交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」(2012)、水戸芸術館、およびローター・ツアグロゼク指揮NHK交響楽団の交響曲第41番ハ長調「ジュピター」(2006)、
サントリー・ホール、

−小沢の「ハフナー」は、緻密な指揮振りであるが、全体としてみれば勢いのあるテンポの良い瑞々しい演奏であり、緩急・強弱の急所を押さえた素晴らしいもので、ウイーンフイルを指揮してから、最近は特に円熟味を感じるようになった。一方のツアグロゼクの「ジュピター」は会心の演奏か、第一楽章の雄大さに始まり、フィナーレの幽玄な素晴らしいポリフォニーの世界など聴かせどころに溢れ、また西村朗のモーツァルトへの思いを込めた語りなどがあって、「永遠の名曲」中の代表曲のような気にさせられた−

(最新BDストックの紹介:小澤征爾の「ハフナー」交響曲K.385など)
12-12-1、小沢征爾指揮水戸室内管弦楽団による交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」(2012)、水戸芸術館、およびローター・ツアグロゼク指揮NHK交響楽団の交響曲第41番ハ長調「ジュピター」(2006)、
サントリー・ホール、
(2012/6/17、NHK「ららら♪クラシック」をBD-50に録画および2011/7/3、N響アワーをBD-40に録画)

        このところ最近の交響曲については、偉大なマエストロたちの名演奏が続いているが、今月号は第一に現在病気療養中の小澤征爾の最後の最新録音である「ハフナー」交響曲K.385をお届けする。また第2曲目には、大分以前になるが、N響アワーの番組の「永遠の名曲シリーズ」で取り上げられた「ジュピター」交響曲K.551を、ツアグロゼク指揮のN響の演奏でご紹介したい。
  小澤征爾の「ハフナー」は、6月17日(日)に放送された水戸芸術館の水戸室内管弦楽団を振ったコンサートとレハーサルを「ららら♪クラシック」が取り上げたもので、ゲストに当日チェロを弾いた宮田大(N響チェロ奏者25歳)が招かれて、指揮者小澤征爾を語る趣向であった。この演奏は2012年1月19日のコンサートからであり、これ以降小沢は病気静養中のため指揮活動の中止を発表した貴重なコンサート記録であった。この日の曲目は「ハフナー」交響曲K.385と宮田大のチェロでハイドンのチェロ協奏曲第1番が演奏されていた。このコンサートは、最近、BDやDVDで市販されているので、早くアップしたいと考えていた。

   ゲストの宮田大はソリストとしてばかりでなく、このハフナー交響曲の演奏にもオーケストラの一員としてチェロを弾いており、小沢の曲作りにも参加していた。彼は09年ロストロポーヴィッチ国際チェロ・コンクールで優勝してN響入りしており、二人が尊敬する師匠の斉藤秀雄の使用していたチェロを譲り受けて演奏するという、類い希な若き天才チェロ奏者と目されていた。彼は小沢さんと一緒にシンフォニーを演奏する機会がないからレハーサルから参加したと語り、小沢の持つオーラ・雰囲気・視線などを直接感じてきたと語り、指揮中は病気とは思えない熱中振りであったという。
    水戸室内楽団には、小沢と若い頃から一緒だった仲間が多数いるせいか、レハーサルは話し合いで進めており、小沢もそのせいかマイペースで笑いが絶えなかった。リーダーとして各パーツごとに室内楽的に練習する風景も見られ、各パーツのアンサンブルを重視する練習振りであった。どうやら練習ではベースとなる部分に音合わせの重点を置き、本番では自由に演奏させるというやり方のようだった。当日はコントラバス2本で二管編成の中規模なオーケストラの構成であった。


   この交響曲の第一楽章は繰り返し記号のないソナタ形式であり、冒頭の第一主題は、ユニゾンで鋭くアクセントづけられた二オクターブの跳躍する部分と、続いて行進曲調のリズムからなる部分で出来ており、実に華やかに力強いファンファーレで始まり、その勢いで行進曲調に軽快に進むアレグロ・コン・スピリットで進行する。小沢のファンファーレの指揮振りは力強くきめ細かく、いろいろな楽器が混ざり合って爆発するように一度に聞こえてくる。続いて冒頭部分の跳躍が繰り返されるが、行進曲のリズムに乗って第一主題が変化に富んだ姿を見せて、その対旋律が次から次へと調子よく現れていた。その中でヴァイオリン二部がカノン風に絡み合って進行する旋律が、第二主題のように聞こえていたが、明確な形が現れないままに激しく上昇と下降を繰り返しながら、勢いよく盛り上がり提示部を終了していた。





          展開部では短調のイメージになり冒頭主題がカノン風に展開され最後にヴァイオリン二部が互いに模倣しながら次第に下降していくと突然に再現部となり、あの冒頭主題が立ち上がっていた。この主題は、モーツァルトが交響曲で初めて見せた激しい充実したオーケストレーションではなかろうか。小沢は全身で全体を鼓舞するようにオーケストラの中に踏み込んで指揮をしていたが、室内楽団であってもオーケストラは力強く、各楽器の強弱、緩急の変化は見事なものがあり、最高の楽章に仕上げていた。終わると、小沢はへたり込むように椅子に座って休息していたが、その姿が痛々しく印象的であった。しかし、思い起こすかのように起ち上がり、第二楽章が始まった。





              この緩徐楽章は、繰り返し記号のあるソナタ形式で、恐らく当初のセレナードのままのオーケストレーションに戻って、オーボエ、ファゴット、ホルンと弦五部の編成であった。第二ヴァイオリンがスタッカートで刻む16分音符の分散和音を伴奏に、第一ヴァイオリンが、非常にゆっくりしたテンポで優美に歌い出す第一主題が美しく、続く弦とオーボエやファゴットとの対話も実に和やかであった。第一ヴァイオリンがチッチッチとさざめくような第二主題もゆっくりと進み、穏やかなアンダンテを醸し出す。小沢はこの提示部をスコア通りに繰り返していたが、繰り返しではヴァイオリンや特に木管が自由に溢れていた。短い展開部では雰囲気を変えぬように弦楽器と管楽器の推移的な合奏に続いて、再現部では再び優雅な第一ヴァイオリンの旋律が続き、優美なアンダンテ楽章が続いていたが、最後の繰り返しは省略していた。ここでも小沢は、直ぐにいすに座り込んで休憩していたが、その姿には心配であった。
         第三楽章はフルオーケストラの堂々たる力強いメヌエットであり、テインパニーやトランペットが加わって、ぶ厚い厚みのある音で堂々と行進するように進行していた。小沢のテンポはゆっくりとして最高であり、勢いのある上昇する分散和音が元気が良く、豊かな響きを見せるメヌエットであった。トリオでは弦楽器の優雅な合奏にオーボエやファゴットが加わって滑らかに優雅に進行し、対照的な響きを見せていた。小沢の存在感を見せたメヌエットであり、耳当たりの良い壮麗で堂々とした豊かな素晴らしいメヌエットであった。





         フィナーレの冒頭の軽快なロンド主題は、「後宮」の第19番のオスミンの「勝どきのアリア」に似た弦のユニゾンで始まるプレストで、小気味よいテンポで急速に進行してから、激しくフルオーケストラの和音が展開されていく。颯爽と進行してABABACAの形で進み、この嵐のような激しさと力強さとを持った急速な展開は、後期のシンフォニーのフィナーレの特徴であり、小沢の進め方も激しさも歌うような華麗さも持ち合わせて実に柔軟に対応しており、交響曲としての充実ぶりを十分に見せつけた響きであった。譜面をよく見ると、ロンド主題と思われたものはソナタ形式の第一主題とも考えられ、続く華やかなファンファーレ風の主題は第二主題であって、最後の副主題Cの部分を展開部と見なすと、全体はソナタ形式とも受け取れる楽章であった。最後には勢いよく再び冒頭のロンド主題に駆け戻り、力強いコーダで結ばれていたが、小沢は最後は草臥れたような姿で椅子に座り込んでいた。

   小沢の演奏は、緻密な指揮振りであるが、全体としてみれば勢いのある瑞々しい演奏であり、急所を押さえた素晴らしい「ハフナー」交響曲であり、若い頃と異なって、実に良いテンポで味のあるモーツァルトを聴かせていた。オーケストラ席で演奏していた宮田は、指揮をする小沢のオーラと眼力は迫力に満ち、全てを小沢に捧げているような感じで弾いていたと語り、身体は衰えているものの、指揮への熱気は少しも衰えていないように見えた。指揮を休んでいても、彼はスイス国際アカデミーや国内でも、若い人たちへのセミナーに参加し、小沢塾での指導に情熱を注いでいるという紹介があった。世界の小沢として誰しもが期待をしているので、一時も早く体力を回復して、また指揮の方で活躍して欲しいと思う。バーンスタインが、ウイーンフイルとモーツァルトを振ってから、彼らの解釈を身につけるようになって自然にもっと良い演奏が出来る様になったと語っていたことを思い出す。思えばあのショルテイもそうであったが、小沢も最近は円熟味を感じるようになったのは、そのせいかもしれない。




   第二曲目は、2011年7月3日のN響アワーの「永遠の名曲シリーズ」で取り上げられた交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」であるが、この番組は作曲家の西村朗とアナウンサーの黒崎めぐみによって進行され、このシリーズとしては第4回目で初めてモーツァルトが取り上げられたものであった。彼らの選んだ永遠の名曲とは、彼らの定義によると、作曲家の代表作であるとともに、音楽史上不朽の名作と見なされる曲で、第一回にはベートーヴェンの第七交響曲、ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番、チャイコフスキーの悲愴交響曲などが選ばれていた。西村はモーツァルトの作品は、永遠の名曲だらけであると冗談に語っていたが、この曲の永遠の名曲たるポイントをまとめると、第一には「完ぺきな構成美」にあると言い、それは彼の端正な美しい自筆譜を見れば明らかで、手直しの後もなく神の手が書き下ろしたかのように書かれているという。作曲家の目で見れば、このことは全てが頭の中で構築されてから書かれたかのように書かれており、特別な天才だけがなし得るとても人間業とは思えないと言う。第二には、この曲は2か月間に第39番、第40番、第41番と3曲の交響曲の連作が完成されており、これら三曲がそれぞれ個性的で構成の異なる優れた作品になっていて、中でもこの「ジュピター」がギリシャ建築や彫刻の造形美を思わせるように形態と内容が一致しており、まさにザロモンが名付けた神の名に相応しいというお話があった。



   この交響曲の第一楽章は、フルオーケストラによる堂々たる三つの和音で開始されるが、指揮者のツアグロゼクの指揮振りは、両手を挙げて丁寧にリズムを取る人であり、オーケストラの配置はいつものN響と異なり、左手に5台のコントラバスを並べ中央にテインパニーを置くスタイルであった。重厚な第一主題が現れてリズムをきざむように堂々と主題が進行してからフェルマータのあと、フルートとオーボエが二重唱で主題を変形しながら軽快に繰り返され、躍動するように進行して、「ジュピター」を感じさせるリズミックな堂々たる経過部が続いていた。そして第一ヴァイオリンによる優雅な第二主題が提示されて趣を変えながら進行していたが、休止の後にフォルテの大音響とともにファンファーレによる素晴らしい盛り上がりを見せてから再び休止し、ピッチカートに導かれて軽快に進行する副主題が流れ出し、最後をまとめるように収めて提示部を明るく終息していた。ツアグロゼクはここで冒頭からの繰り返しを行っていたが、オーケストラの響きは厚いピラミッド型の響きを持ったオーソドックスなものであり、壮大な威厳に満ちた響きを持っていた。
       展開部では前半が先の軽快な副主題が様々な形で展開され、後半では冒頭の主題が弦と木管とが交互に主題を変形しながら展開されていたが、ここでもツアグロゼクの指揮振りは堂々としており、分厚い音の響きが非常に激しく聞こえていた。再現部ではほぼ型通りに第一主題・第二主題と再現されていたが、一呼吸をおいた小休止の後の大爆発では、提示部よりも一段と激しく再現されており、後半が盛り上がる「ジュピター」らしさを現しているように思われた。終始オーソドックスな指揮振りにはとても好感が持てた。



    第二楽章は厳かな感じの美しい主題が第一ヴァイオリンで静かに提示され淡々と進むアンダンテ・カンタービレで始まるが、ツアグロゼクは弦の流れがぶ厚い重厚な響きを促すように丁寧に指揮をしており、悠然とゆっくり進んでから、続く副主題では木管群も良くこれに応えるように音を響かせていた。続いて第二主題も重々しく弦がこだましてうねるように進行するが、木管も負けじとこれに参加しフルートもファゴットも存在感を示すように歌っていた。ここでも全体の繰り返しを行った後、展開部では第一主題の後半の副主題が展開の対象となり、弦がこだまするように繰り返し展開されていた。再現部では第一主題の冒頭が第一ヴァイオリンで呈示された後、突然に低弦が32部音符のうねるような流れを示し、これが第一ヴァイオリンに移行してから、第一・第二ヴァイオリンが、続いてヴィオラと低弦が唸りだし、交互にうねるように変奏されていた。続く第二主題も第一ヴァイオリンから木管も加わって提示部と異なる変奏を見せていたが、ツアグロゼクはこの再現部の弦の豊麗な32分音符の流れとフルート・オーボエ・ファゴットなどとの対話の部分を、うねるように力強く指揮をして、この楽章の豊かさを特徴づけていた。まるで一連の夢を見ているような美しい珠玉の楽章であった。
          続く第三楽章では、実に壮大な響きを持ったメヌエットの極地とも言える素晴らしい楽章。ツアグロゼクは通常のテンポでメヌエット主題をリズミックに進め、木管が一頻り歌い出しホルンやトランペットが鳴り響いて、壮麗なメヌエットの世界が繰り広げられていた。トリオでも同じような通常テンポで、フルートの出だしのあとにオーボエと弦が合奏する面白い場面が繰り返され、そのあとに第一ヴァイオリンと木管や金管全体が和音を合奏しながら流して趣を変えてから、再びリズミックなメヌエット主題に戻っていた。譜面にしてわずか6枚の短い曲であるが、実に充実したメヌエットであった。




           フィナーレはド・レ・ファ・ミの四つの音から作られるモルト・アレグロの堂々たるフーガ主題に始まり、この主題を追って威勢の良い主題が提示され繰り返されていき、次第に元気良く高められて壮大なドラマを造り上げていくところにこの「ジュピター」交響曲の「永遠の名曲」たる所以があるようだ。作曲家の西村朗は、ピアノに向かって、冒頭のフーガ主題を弾いて見せ、続いて3つの主題をピアノで弾いてくれ、この4つの主題により、フーガが形成されていくことを説明した。そして、この楽章は第一主題が譜面1、第二主題が譜面2というようにソナタ形式の形を取りながら、ここに述べた4つの主題がフーガの形式をとりながら複雑に進行して、全体を作り上げていると説明していた。そして再現部の最後に現れるコーダで、この4つの主題だけで構築される複雑な多声的なフーガで高らかに終結していく姿を聞き取って欲しいと、丁寧に説明をしていた。
          ツアグロゼクは、このフィナーレを両手を広げて丁寧にリズムを取りながらオーケストラを盛り上げるように力を込めて指揮をしていたが、オーケストラの方もこれに応えるように颯爽として堂々たる響きを見せていた。展開部では冒頭主題によるフーガ的展開が、繰り返し繰り返し丁寧に行われその都度壮大さを増しており、再現部に入っても、この壮大なフィナーレ主題が展開部の続きのように対位法による展開がなされ、特に最後のコーダでは、オーケストラ全体が力強く盛り上がりを見せて、高揚しながら高らかに終結していた。指揮を終えたツアグロゼクは、緊張から一転して解放されて微笑みを見せながらにこやかな表情で、拍手の中で指揮台を降りていた。



     この演奏は、ツアグロゼクの会心の演奏か、第一楽章の雄大さ、アンダンテ楽章の緻密さ、メヌエットの壮麗な響き、そしてフィナーレの幽玄な素晴らしいポリフォニーの世界など聴かせどころに溢れ、また西村朗のモーツァルトへの思いを込めた語りなどがあって、「永遠の名曲」中の代表曲のような気にさせられた。
     この番組では終わりに、アシュケナージ指揮の「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を流していたが、この演奏は(5-3-3)として収録済みであり、この曲も短いがやはり「永遠の名曲」のひとつであると言いたげな番組であった。

(以上)(2012/12/10)


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