(最新DVD紹介:ブリュッヘンの「ハフナー」交響曲K.385など)
12-10-1、フランス・ブリュッヘン指揮スイス・イタリア放送交響楽団による交響曲ニ長調K.385「ハフナー」(1991)SSR/RSIルガーノ、およびイゴール・マルケヴィッチ指揮パリ放送管弦楽団による交響曲第38番「プラハ」K.504(1967)、

−ブリュッヘンはリコーダー奏者としての長い体験から、統率力ある古楽器奏法をモダン・オーケストラにも適用して、独自の曲作りを行っていた。一方のマルケヴィチは作曲者としての長い経験から、曲を構造的に知的に捉えて、独自の格調の高い交響曲演奏を試みていた。世紀の変わった現代では、やや古風に感じてしまうが、いずれも整った演奏で、二人の風格ある演奏が記録されていたと思う。−

(最新DVD紹介:ブリュッヘンの「ハフナー」交響曲K.385など)
12-10-1、フランス・ブリュッヘン指揮スイス・イタリア放送交響楽団による交響曲ニ長調K.385「ハフナー」(1991)SSR/RSIルガーノ、およびイゴール・マルケヴィッチ指揮パリ放送管弦楽団による交響曲第38番「プラハ」K.504(1967)、BR> (1911/12/12新宿タワーレコード、Great Concertos、10DVDSet、RTSI/SWISS-TV、および2011年06月16日、CS736CHにてBD30.6として収録)

           10月号のソフト紹介の第一曲目の交響曲については、先月から偉大なマエストロたちによる名演奏をお送りしているが、10月号では、初めにフランス・ブリュッヘンの指揮による交響曲第35番ニ長調「ハフナー」を取り上げる。また第二曲目の交響曲は、イーゴル・マルケヴィッチの指揮する交響曲第38番ニ長調「プラーハ」となっている。それぞれ、別々のコンサートから、モーツァルトの交響曲だけを取り出しており、両者の関係は全くない。しかし、いずれも名をはせた老練の指揮者であり、映像で演奏が残されていること自体が珍しいのであろうが、両演奏ともなるほどと思わせる風格に富む演奏で感心させられた。
   初めのフランス・ブリュッヘン(1934〜)は、オランダで活躍する現代におけるリコーダーの名手とされていたが、1981年に18世紀オーケストラを創設したのは有名な話である。古楽器奏法においてはアーテイキュレーションもテンポも独自のルールがあってそれを実践するには大変であるとされていたが、ブリュッヘンは自ら先頭に立って活動を広げてきた。エイジ・オブ・エンライトメント管弦楽団やアムステルダム・コンセルトヘボウ管などにも客演して、指揮者として著名な存在となっている。

             今回の演奏は、スイス・イタリア語放送管弦楽団がスイスのルガーノにあるSSR/RSLというホールで一連の10DVDからなるGreat ConcertosというDVDシリーズの一枚として含まれていたもので、L.A.Lebrunという作曲家のオーボエ協奏曲第一番ニ長調と交響曲第35番ニ長調「ハフナー」K.385が演奏されており、1991年の収録となっていた。この曲は交響曲としてウイーンで改作されたときに、フルートとクラリネットが加えられたと言われるが、このコンサートではコントラバスを3台とし、トランペッットやテインパニーを加えた完全な二管編成として演奏されており、オーケストラは総人員が40人くらいの中規模なオーケストラの編成であった。


          「ハフナー」交響曲の第一楽章は、フルオーケストラで鋭い2オクターブの跳躍する激しい動機で始まるが、ブリュッヘンは、ユニゾンで鋭くアクセントづけられた跳躍を行い、テインパニーを強調し、続いて始まる行進曲調のモチーブのリズムを明確に刻みながら開始していた。これは古楽器風な音色に特徴づけられた出だしであり、実に厳しく力強いファンファーレで始まっていた。この冒頭の第一主題は、行進曲調に軽快に進むアレグロ・コン・スピリットで進行していた。続いて冒頭部分の跳躍が繰り返されるが、行進曲のリズムに乗って第一主題が変化に富んだ姿を見せて、その対旋律が次から次へと調子よく現れていた。特にファゴットによる伴奏でヴァイオリン二部がカノン風に絡み合って進行したりしていたが、明快な第二主題の形が現れないままに激しく上昇と下降を繰り返しながら、勢いよく盛り上がり提示部を終了していた。
          展開部では短調のイメージになり冒頭主題がカノン風に展開されて行き、後半にはヴァイオリン二部が互いに模倣しながら次第に下降していくと突然に再現部となった。ここでは、あの激しい冒頭主題が立ち上がっていたが、ブリュッヘンは実に激しい充実したオーケストレーションを聴かせていた。再現部は型通りに進んでいたが、ブリュッヘンはオーケストラを十分に響かせて、古楽器奏法的な強弱、緩急の変化にも見事なものがあり、短いが力強いこの第一楽章の輪郭を明確に描いていた。



              第二楽章は繰り返し記号のあるソナタ形式で、ウイーン風の明るいアンダンテ。恐らく当初のセレナードのままのフルート、クラリネット、テインパニ、トランペットを欠いたオーボエ、ファゴットホルンだけの編成であった。第二ヴァイオリンがスタッカートで刻む16分音符の分散和音を伴奏に、第一ヴァイオリンが、非常にゆっくりしたテンポで優美に進める第一主題が美しく、続くオーボエやファゴットとの対話も実に和やかであった。第一ヴァイオリンがチッチッチとさざめくような第二主題もゆっくりと進み、穏やかなアンダンテを醸し出す。ブリュッヘンはこの提示部を指示通りに丁寧に繰り返していたが、ここではヴァイオリンも木管も自由に溢れていた。短い展開部では雰囲気を変えぬように弦楽器と管楽器の推移的な合奏に続いて、再現部は再び優雅な第一ヴァイオリンの旋律が続き、明るく優美なアンダンテ楽章であった。



                           第三楽章はフルオーケストラのウイーン風の典雅な趣のあるメヌエットであり、テインパニーやトランペットが加わって、ぶ厚い厚みのある音で堂々と行進するように進行していた。ブリュッヘンは速めのテンポで、テインパニーを響かせ、勢いのある上昇する分散和音が美しく豊かな響きを見せ、しっかりしたリズムを取っていた。トリオでは弦楽器の優雅な合奏にオーボエやファゴットが加わって滑らかに優雅に進行し、対照的な響きを見せていた。耳当たりの良い壮麗で堂々とした存在感のある素晴らしいメヌエットであった。
         フィナーレのロンド主題は、「後宮」の第19番のオスミンの「勝どきのアリア」に似た弦のユニゾンで始まるプレスト楽章であり、小気味よいテンポで急速に進行してから、激しくフルオーケストラの和音が展開されていく。この嵐のような激しさと力強さとを持った急速な展開は、後期のシンフォニーのフィナーレの特徴であり、ブリュッヘンは、急緩・強弱に柔軟に対応しており、交響曲としての充実ぶりを十分に発揮していた。続く副主題も軽快に推移する似たような忙しい主題であって、颯爽と進行してABABACABAの形で進み、中間の副主題Cも前の副主題Bの展開されたようなもので勢いよく再び冒頭のロンド主題に駆け戻り、力強いコーダで結ばれていた。

  このHPではブリュッヘンの演奏は、レクイエムK.626(8-11-2)あるいはグラン・パルテイータK.360(8-4-2)などがあるが、いずれも古楽器演奏であった。いずれも、ブリュッヘンの統率力の高い指揮振りが目立つ、意欲的な演奏であった。今回の「ハフナー」交響曲は、モダン楽器のオーケストラであったが、やはりブリュッヘンが古楽器奏法で存在感を示した指揮振りであり、冒頭から緊張感の高い激しい演奏が行われていた。今回のスイス・イタリア語放送管弦楽団は、このHPでも指揮者を変えて、しばしば登場しており、いずれも質の高い演奏を示していた。

第二曲目の指揮者イーゴル・マルケヴィチ(1912〜1983)は、ウクライナ出身で、パリのエコール・ノルマル音楽院でコルトーとN.ブーランジェ(作曲)を学び、H.シェルヘンに指揮法を学んだ。17歳の時デイアギレフから初めて作曲の依頼を受けた天才で、翌年アムステルダムで指揮者としてデビューしたが、1939年頃まで殆ど作曲に専念した。戦時中はイタリアで反ファシズム運動に身を投じ、フィレンツ五月音楽祭の再開に寄与した。この頃からストックホルム響、ラムルー管、の音楽監督に就任し、ハバナ交響楽団、モントリオール交響楽団、を指揮し、スペイン放送響の首席指揮者、モンテ・カルロ歌劇場の音楽監督、ローマのサンタ・チェチーリア管の指揮者などを務めていた。彼は作曲家としての耳を持ち、作品の分析能力に優れ、リズムの処理が得意で、それが最高に発揮されたのが「春の祭典」であったと言われる。
今回の「プラーハ」交響曲K.504の演奏は、1967年のパリ放送管弦楽団を指揮しているが、彼の特徴が発揮されたものと解説されていた。



              「プラーハ」交響曲の第一楽章は、長い序奏で始まるが、マルケヴィチは、非常にゆっくりとしたテンで一音づつ丁寧に弦と管を響かせ、一つの頂点に達してから、テインパニーを響かせながらそのリズムに乗って堂々と行進曲風にリズミックに進行し、力強く高まりを見せていた。マルケヴィチは55歳で、姿勢良く直立してしっかりと両手を動かす指揮振りであったが、豊かな響きの伝統的なリズム感が溢れる序奏部であった。マルケヴィチは、続いて第一ヴァイオリンのシンコペーションでアレグロの第一主題を颯爽と進めるが、管のフォルテで主題の後半が引き継がれ、それから全ての楽器が参加して、形を変え楽器を変えながら対位法的に展開され力強く進行していった。やがて弦楽器で何回も孤を描くように弾かれる軽やかな第二主題が提示され、それに木管群やピッチカートも加わって素晴らしい提示部の後半を示していた。マルケヴィチは、ここで繰り返しを省略し直ちに展開部へと進み、長い展開部では第一主題の前半と後半の主題断片が次ぎつぎに対位法的な変化をしながら繰り返され、力強い充実した展開部に発展させて再現部に突入していた。ここでは第一主題、第二主題と型通りに進めて一気に速いテンポで盛り上がり、ここでも展開部からの繰り返しは省略してこの楽章を終了させていた。



   第二楽章アンダンテでは、弦楽器がゆっくりしたテンポで第一主題を穏やかに歌い出し、木管が同じ旋律を弦に応えるように奏でて行き、美しい動機が重なってやや激しい経過部を経て進んでいた。マルケヴィチは第一主題を良く歌わせており、やがて第二主題が弦により提示されるが、より穏やかで軽やかな歌で、オーボエやフルートでも繰り返されて穏やかに美しく進行し提示部を終えていた。マルケヴィチはそのまま展開部に入り、ここでは第一主題のスタッカートの動機がカノン風に複雑に激しさを増して展開されるが、これが実に印象的で素晴らしい効果をあげていた。再現部では第一主題と第二主題が型通りに再現していたが、最後は展開部のスタッカート動機のコーダで結ばれており、充実したアンダンテ楽章となっていた。




           フィナーレでは、冒頭の主題Aが「フィガロ」の第二幕の中頃のスザンナとケルビーノの二重唱「早く、早く」の旋律にとても良く似ており、マルケヴィチはロンド主題のような形で舞台同様に素早く小刻みに進行していた。続く第二主題Bは、弦の提示に対し管が応える対話が続き、特にフルートが目覚ましい活躍をしていた。大雑把に言うと全体がABA:||:CABA:||の形をしており、Cを展開部とするとソナタ形式であり、ワルターなど古い指揮者は中央と最後の繰り返しを省略してロンド形式として演奏していた。マルケヴィチは、前半の繰り返しは行っていたが、最後の繰り返しを省略してやはりソナタ形式としてキチンと演奏をしていた。いずれにせよこのフィナーレは、終始軽快なテンポで進行し、後半の最後に力強い終わり方をして曲は結ばれていた。大変な拍手が湧き起こっていたが、マルケヴィチは両手を広げてにこやかに応えようとしたまま、画面はそれで途切れてしい、余韻のない終わり方で残念であった。



このクラシカ・ジャパンの巨匠シリーズでは、続いて1968年のブザンソン音楽祭の録音でワグナーの「トリスタンとイゾルデ」より前奏曲と「愛の死」が演奏されていた。これらの演奏を通じて、マルケヴィチは、作曲家だけあって曲を構造的に捉えて、余り感情を込めずに理性的に知的な指揮をする人のように見受けられた。私の記憶では、「戴冠ミサ曲」K.317はマルケヴィチのLP初期の時代の録音で初めて聴いているが、それ以降モーツァルトの演奏は余り聴いておらず、むしろ「春の祭典」などで彼の活躍振りを耳にしていた。白黒のやや頼りない映像であるが、おでこの広い顔だけは記憶にあり、このような断片的な記憶を思い出させる珍しい映像であると思った。

ブリュッヘンはリコーダー奏者としての長い体験から、統率力ある古楽器奏法をモダン・オーケストラにも適用して、独自の曲作りを行っていた。一方のマルケヴィチは作曲者としての長い経験から、曲を構造的に知的に捉えて、独自の格調の高い交響曲演奏を試みていた。世紀の変わった現代では、やや古風に感じてしまうが、いずれも整った演奏で、二人の風格ある演奏が記録されていたと思う。

(以上)(2012/10/13)


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