(最新購入のDVD映画;「ナンネル・モーツァルト−哀しみの旅路−」)
12-1-1、映画「ナンネル・モーツァルト−哀しみの旅路」脚本・監督;ルネ・フェレ、音楽;マリー=ジャンヌ・セレロ、演奏;フランス放送フイル管弦楽団メンバー、

−ヴォルフィと同様に、楽想が湧き出てくるナンネルであったが、才能に恵まれながらも、残念ながら、それを認めない頑固な父親によって作曲家の道を閉ざされ、見放されて、時代の波に押し流されてしまう不幸な一人の若い女性の姿を描いた映画であった。西方大旅行とルイ15世一族の二つの史実を巧みに重ね合わせて、生まれてきた作者の夢想が、ナンネルの思わぬ初恋とその挫折の物語となり、天才児ヴォルフガングの姉でありクラヴィーアに卓越したナンネルが、何故作曲家になれなかったかという当時の時代の掟にも触れようとした問題作であると率直に感じた。−


(最新購入のDVD映画;「ナンネル・モーツァルト−哀しみの旅路−」)
12-1-1、映画「ナンネル・モーツァルト−哀しみの旅路」脚本・監督;ルネ・フェレ、音楽;マリー=ジャンヌ・セレロ、演奏;フランス放送フイル管弦楽団メンバー、
(配役)ナンネル;、マリー・フェレ、レオポルド;マルク・パルペ、アンナ=マリア;デルフィーヌ・シュイヨー、ヴォルフガング;ダヴィド・モロー、王太子;クロヴィス・フワン、イザベル;サロメ・ステヴナン、2010年,フランス、
(2011年11月25日、銀座ヤマハ店にて購入、アルバトロス株式会社、ALBSD-1454)

       2012年の最初のソフトは、最近入手した映画「ナンネル・モーツァルト−哀しみの旅路−」をお届けしたい。この映画は2010年にフランスで制作され、2011年5月に日本で初めて上演された。この時に映画館で見た概要は、昨年の5月号に簡単に感想を述べているが、今回はDVDを繰り返し見て、もう少し詳細に見届けたいと思っている。



大天才ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトには4歳年上の姉マリア・アンナ・モーツアルト、愛称ナンネルがいた。弟と同じく天賦の才能に恵まれた彼女だが、弟がその驚くべき才能を開花されるにつれ、次第に彼の陰に追いやられていく。女性が作曲家になることなど許されない時代。押さえきれない音楽への情熱に苦しみ、許されない愛に目覚めた彼女の運命はどうなるか。時代の波に押し流された彼女が、どんな道をたどるのか。物語はヴォルフガング11歳、ナンネルが14歳の時の「西方への大旅行」の途上、ルイ15世が君臨するヴェルサイユ宮殿で、姉弟は演奏する機会に恵まれた。それがナンネルの運命を思いもかけぬ波乱に満ちたものへと導いていく。




      映画は18世紀中頃、ザルツブルクを旅立ったモーツァルト一家の長い演奏旅行が続けられ、一行はパリに近づいていた。そのとき、ヴォルフガング(ダヴィッド・モロー)はまだわずか11歳。彼のヴァイオリン演奏と、4歳年上の姉ナンネル(マリー・フェレ)の伴奏は各地で絶賛され、ブリュッセルではカール・オイゲン公の御前演奏の機会に恵まれた。しかし、報奨金代わりに懐中時計や煙草入れといった豪華な装飾品が贈られたところで、それらは馬車の旅の足棚にしかならず、一家の生活は困窮を極めていた。      パリのヴェルサイユ宮殿に向かう一家を乗せた馬車の車輪が、雪深き冬の森の中で壊れたのは、そんなときだ。立ち往生の暇つぶしに、ヴォルフガングのヴァイオリンを弾いたナンネルは、父レオポルド(マルク・バルベ)から厳しく叱責される。「女はヴァイオリンに触るな!」。そんな父を不審気に見つめるヴォルフガング。姉弟は幼く無邪気な情愛の絆で結ばれていた。

       何とか近くの村の女子修道院に身を寄せた翌朝、いつものようにヴォルフガングとナンネルが演奏の練習を始めると、その音色を聞きつけたのか、3人の少女がどこからともなく姿を現わした。彼女たちはルイ15世の娘たちで、枢機卿の命令によって修道院の隣家に軟禁されていたのだった。中でも、両親の顔さえ知らずに幽閉された13歳の末娘ルイーズ(リザ・フェレ)は音楽的才能にあふれたナンネルに魅了され、彼女を“ナナ”と呼び、同じ年恰好の親しみやすさか、ふたりはたちまち意気投合し、永遠の友情を誓うのだった。ルイーズは言う「あなたのような一家に生まれたかった」。そしてルイーズは、姉弟がヴェルサイユ宮で演奏することを知るや、ナンネルに届けて欲しいと一通の手紙を託す。それは彼女が憧れる音楽教師の息子ユーグ宛ての恋文であった。ルイーズはナンネルに尋ねる。「愛の経験は?」「どうかしら?よく分からない」。


教会に詰めかけた聴衆の前で、ナンネルはヴォルフガングの弾くパイプオルガンの演奏に合わせて、美しいソプラノでミサ曲を唄う。そんなナンネルを羨望の眼差しで見つめるルイーズ。ひとたび一家が旅立てば、ふたりは二度と再会することは叶わないかもしれない。


        折しも、ナンネルに初潮が訪れた。不安におののく娘に、母はこう勇気づける。「“運命の男性”に出会うのよ。心から愛する人に」数日後、パリに到着した一家は、宿泊所として用意された貴族の屋敷の豪奢な調度品に目を丸くし、仲良く無邪気にはしゃぐ。宮廷での演奏会の後、ナンネルはルイーズからの手紙をユーグに渡すよう告げられる。ユーグは王太子ルイ・フェルディナン(クロヅイス・フワン)と一緒だ。出産で命を落とした妃の喪に服し、女性を傍に近寄らせない王太子のため、ナンネルは男装に変装しなければならなかった。


ユーグが席を外した後、王太子はナンネルにルイーズの近況を尋ねる。兄妹は面識がなかったのだ。やがて話題は音楽へと移り、王太子に命じられるまま、ナンネルはヴァイオリンを弾き、注文されたアレグリのミゼレーレの高音部をソプラノで歌う。「クリスタルのように清らかで美しく、魂からの嘆きの歌声」。そう感嘆する王太子は、続ける。「作曲を頼めるか?あなたの曲を書くのだ」。王太子はナンネルを少年だと信じ込んでいるのだ。そして、自らの内気を恥じる王太子は、ナンネルにこう告げる。「人間は謎だ。でも、あなたには好意を覚える」思いがけない王太子の言葉に、ナンネルの胸は高鳴りった。


        その日からナンネルは作曲に勤しみ、夜もなかなか寝付けない。思い切って、父に「弟の作曲の勉強に同席させて。私の頭に音が聞こえるの。でも上手く書けない。作曲のルールを知らないから。私にも教えて」と頼み込むが、「作曲にはハーモニーと対位法を知らねば駄目だ。女性にはそれが難しすぎる」とにべもない。ヴォルフガングが5歳のときに書いた曲は、実は自分が作曲したものだとのナンネルの必死の告白に耳を疑う父は、しかし彼女の願いを頑として退けるのだった。重病に罹ったヴォルフガングが生死の境を彷徨う間も、ナンネルは作曲を続けていた。その頃、宮殿では王太子がナンネルから受け収った楽譜で演奏をしていた。「素晴らしい創造性だ。美しく純粋そのもの」。王太了から賛辞の手紙を受け収ったナンネルは、思わずルイーズへの手紙にこう綴る。「あなたのお兄様はなんて美しい方。すべてが完璧」。



        ナンネルは王太子に身分違いの恋をしたのだ。しかし、王太子は彼女のことを女性だとはまだ気付いていない。思い余って真実を告白するナンネルに、王太子は悪戯っぽく囁く。「“偽りの時”をもう少し楽しもう」。王太子もナンネルのことを心憎からず思っていることは間違いない。



そして、ついにヴェルサイユ宮でのサロン演奏会。ドレス姿で伴奏をするナンネルに、熱い視線を送る王太子。演奏会は大成功。娘と王太子との関係を知る由もないナンネルの母アンナ・マリア(デルフィーヌ・シュイヨー)は、至上の歓びを噛みしめる。「あなたたちの才能を誇りに思うわ」。しかし、レオポルドは娘の演奏が決して褒められた出来ではなかったことを見抜いていた。そして、一家のヴェルサイユ宮からの出発が決まった。次の目的地はロンドンだ。しかし、ドーバー海峡を目前に、ナンネルは家族と訣別して、独りパリヘ戻る決意をする。そして、王太子の庇護の下、作曲家となる夢を実現すべく情熱を燃やすが、女性が作曲家になることは許されない時代、ナンネルの歩む道のりは決して容易なものではなかった……。


ナンネルが密かに作曲をしていることを母が夫に告げたが、彼は「禁じたはずだ」と冷ややかだった。「思いが強いのよ」と母が言うと「甘やかすな」と一言。ドーバー海峡の絶壁を散策した夜に、ナンネルは母に迫る。「私はもう大人よ。パリで良家の娘に音楽を教える。私がいなくてもヴォルフィはお客を呼べる。パパと話して。明日、パリ行きの馬車があるの。」


ナンネルがロンドンに発つと書いた手紙の返事が王太子から来た。「まさかパリに戻ってくるとは」とあり、そこには「ヴァイオリンとオーケストラのためのメヌエットを出来るだけ早く頼む。」そして「完成したら取りに行かせるから、そのときに会おう。最高の腕を持つことを証明してくれ。忠実なる友。ルイより。」それから、ナンネルの厳しい日課が始まる。お嬢さんにクラヴィーアを教え、ヴァイオリンのレッスンをしながら作曲を行った。その合間に音楽学校に行くが、生徒たちは「ここは美術学校だ。女性は禁止だが、モデルなら別だ。」とからかわれた。しかし、熱心な彼女は、男装して先生の講義を聞き「作曲は霊感だ。内なる情熱を持たない作曲家は駄目だ」という話はまるで自分のことのように思えた。苦労の末に完成された作品は王太子に届けられた。




        王太子は、後日、男装したナンネルを呼び出し、ご苦労様と言ってナンネルをもてなし、小声の男女の二人だけの話から、大声の男同士の話になった。ドアを開けると室内楽団が揃っており、早速、軽やかな室内楽風のアダージョが始まっていた。とても繊細で透明感溢れる曲が響き出し、ナンネルも独奏ヴァイオリンとして加わって、素晴らしい音楽の一瞬が続いていた。これは感動的なナンネルと王太子の再会であり、美しい演奏のシーンでもあった。




しかし、家に戻ると一通の手紙が届けられていた。王太子からだった。「父上が決断をなさった。15歳の王女との再婚の命令だ。婚礼は直ぐで、私は不幸だ。教会の妹を訪ねてくれ。」とあった。父王の命令は絶対だ。何と悲しい運命なのだろうか。教会で会ったルイーゼは何と尼さんの姿だった。「こんな姿で驚かないで。私は永遠に“ボロ雑巾”のままよ。」と言いだした。「可愛そうなナナ。兄から「どうか忘れてくれ」と言われている。「兄の思いは真剣。あなたは兄を忘れ、私は神に祈ることで、二人で兄に平安を与えましょう。」 ナンネルはルイーゼのユーグのことを問い質す。「彼は母の違う兄だったの。これも父王の仕業よ。私は父王を愛しているので、神の道を選んだの。」立場の違う二人の少女は鉄格子を間に固く手を握り合い、お互いの不幸を慰め合って、涙の中で別れを告げた。
ナンネルが家に帰ると、母からの手紙が届いていた。一家がパリの北まで来ており、父が重いリューマチと闘っているとあった。心も体も疲れ切っていたナンネルは直ぐに両親のところに駆けつけた。深夜の雨の中にずぶ濡れで到着し、彼女は母と会ってから倒れてしまい、お医者の世話になるほどであった。それほど王太子の手紙のショックは、無垢な彼女を傷つけたのであった。再び馬車でパリへ戻ってきたが、早速、王太子の侍女イザベラが、男装で宮殿に来るようにと迎えに来た。男装のナンネルに王太子は父王から何でも押しつけられると説明し、母王と王妃だが二人には心から尊敬しているが、もう一人の母王のポンパドウール夫人には嫌味を述べていたが、ナンネルにはどこまで話が理解できたろうか。






王太子は「私があなたに夢中なのは王妃には秘密だ。最後の愛の時をあなたと愉しみたい。王太子妃も一緒に死の遊びをしたい。王妃のために初めて会ったときの少年を演じてくれ。」とナンネルに頼んだ。王妃が現れると、王妃にムッシュー・コーファーだと紹介し、二人が横たわってから、即興で歌とクラヴィーアを弾いてくれと頼み、二人は愛を語り出した。しかし、ナンネルの音楽が美しすぎて、二人はそれに気を取られ、王妃はその気になれず、席を外してしまった。王太子は小声でナンネルにキスを求め、深いキスをしてから静かにお別れだと語った。そして外の人に聞かせるように「堕落と姦淫の罪を犯させようとするのか!」と大声を上げ、男装の男の子を犯人呼ばわりしていた。王妃も従者も直ちに駆けつけたが、男の子は消えろと言われて外に逃げ出して行った。



ナンネルがルイーズにどんな手紙をしたのかは分からない。しかし、ルイーズは再びナンネルに鉄格子を挟んで会い「手紙を読んであなたの困惑振りが分かります」と語り、諦めてくれとナンネルを慰めた。そしてお別れに「神は私たちを女として育てたが、もし男として生まれていたら、私たちの運命は変わっていたはず。あなたは音楽で、私は政治で、世を支配したかも。」と語り、これが二人の永遠の別れとなった。



パリの最後の夜、初恋が終わったことを薄々知った母親に、ナンネルは私は歌と演奏しか知らないけれど、これからはお料理の仕方も教えてくれと頼んでいた。夕食後、三人が散歩に出た後、一人残ったナンネルは、思い出の楽譜を全て、一枚一枚、暖炉の火で燃やしていた。

        ザルツブルグへの帰路の旅が始まり、レオポルドは馬車の中でヴォルフィにウイーンで認められるには、オペラをやらねば駄目だと自分に言い聞かせるように夢を語り、ヴォルフィにオペラを書け、作曲家になるんだと力強く求めていた。
ナンネルはこれ以降は二度と作曲をせず、全ての夢や創作欲を捨て、父の下で日々を過ごした。32歳の時父の計らいで、50を過ぎた5人の子供のいる男爵と結婚をして家庭を持ち、長寿の末生涯を終えたと画面に記されて、静かに映画は終了した。


ヴォルフィと同様に、楽想が湧き出てくるナンネルは、才能に恵まれながらも、残念ながら、それを認めない頑固な父親によって作曲家の道を閉ざされ、見放されて、時代の波に押し流されてしまう不幸な一人の若い女性の姿を描いた映画であった。女性として一番大事な時期に旅を重ね、旅先で身分違いの相手と初恋をして挫折をし、その思いが心の足かせになって、時代に逆らってまで自分の道を進もうとしなかった、ある意味で非常に母親似の女性を描いた映画でもあった。映画を見終わって、二つの史実を巧みに利用して関心を高め、天才児ヴォルフガングの姉でありクラヴィーアに卓越したナンネルが、何故作曲家になれなかったかという当時の時代の掟にも触れようとした問題作であると率直に感じた。

映画館で購入した解説パンフには、とても良く書けた物語のシノップスがあり、本文の概要の約半分は、音楽上重要なことを少し付け加えて、ソックリ使わせて頂いた。後半は何回も映画を見て、セリフを記録しながら自分で作文をしたが、文章が下手なことはお許しいただきたい。このパンフに作者のルネ・フェレ監督のメッセージが載っていたので、この映画を理解するために必要なことを纏めておきたい。

第一に二つの史実、すなわちモーツアルトの3年にわたる西方大旅行のパリ訪問と、ルイ15世一族が君臨するヴェルサイユ宮殿側の史実とが巧みに組み合わされていた。最初のパリ訪問が雪道なのはとか、ナンネルがどうしてフランス語がペラペラなのかとかいう下衆な細かい詮索はしない。また、作者は当然にエーファー・リーガーの「ナンネルル・モーツアルト」「18世紀における一人の女性芸術家の生涯」(1990)などの著作を理解していたに違いない。能力に恵まれながら、年齢的に旅から離脱せざるを得ず、自らの人生を父と弟の思い出で生涯を過ごしたナンネルと同じように、自分を犠牲にしたカミーユ・クローデルやアデル・ユゴーなどの忘れられた女性たちに思いをはせてこの映画を作ったという作者の言葉があった。しかし、最近、女流として有名になってきたファニー・メンデルスゾーンは知っていたが、カミーユやアデルの生涯は、私は学のないせいか、残念ながら知らなかった。

第二に史実を克明に勉強して、男やもめの17歳の王太子ルイ・フェルナンドが、一家の訪問演奏でナンネルに逢っていることから作者の夢想が始まり、二人が出逢って彼女の音楽の才能が開花する過程を見せる場面を作りたいと考えて、仲良しになったルイーズを使うことで、このストーリーが誕生したとされている。通り一遍で映画館で見た時には、偶然が重なる物語であると思っていたが、何回も見直して初めて作者の夢想の素晴らしさや苦労に気がついた。
第三に、この映画は、作者であり映画監督のフェレ一族の手によるチームワークの良い出演者たちで出来ており、息子のジュリアンは第一助監督であり、奥さんのファビネンスは編集を担当。長女のマリー(15歳)を10代のナンネル役、次女のリザは修道院に閉じ込められたルイーズであった。モーツアルト一家の雰囲気や、映画全編を流れる家族的な印象を出すには、理想的な配役であったようだ。

第四に、ナンネルの作曲を自作した女流作曲家マリー=ジャンヌ・セレロが、女性らしいバロック風の曲の作曲に成功して実に音楽的な効果をあげていたほか、ナンネルの演奏のコーチとしても活躍したようである。私は自宅では、5.1CHの映画を見るときは、劇場以上の効果を発揮するヘッドフォンを利用しているが、音楽の演奏とその録音が実に繊細で、チェンバロの音の美しさ、室内オーケストラのアンサンブルの良さ、ヴォルフィのヴァイオリンに答える鳥の鳴き声など素晴らしい音を楽しませてもらった。
終わりに、ナンネルの楽譜帳のヴォルフィの作曲は、ナンネルの自作だったとか、パリの音楽学校が女性には閉ざされていたとか、指摘されてあり得る話と驚かされる場面があり、ヴァイオリンもオルガンも男しか許されず、作曲をして楽長職につけるのは男だけといったまだ明確にされていない時代の掟にも触れられており、18世紀における女性音楽家についての関心がこの映画によって高められたと思われる。

(以上)(2012/01/04)


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