(懐かしいS-VHSテープより;ジェルメッテイ指揮ハンペ演出の「後宮」K.384)
11-9-3、ジャンルイジ・ジェルメッテイ指揮、ミヒヤエル・ハンペ演出による1991年シュヴェツインゲン音楽祭の「後宮」K.384、1991年5月12日、シュトットガルト放送合唱団、放送交響楽団、シュヴェツインゲン音楽祭、ロココ劇場、南独放送協会、

−この18世紀スタイルのロココ劇場の狭い舞台で、ハンペ演出は宮殿の門や柵の開閉、その奥に工夫された砂浜や松などの簡素な素材で、見事にリブレットに忠実な省略曲もない創意あふれる舞台を作り上げてくれた。その質の高い舞台や衣裳で、ジェルメッテイの音楽は、実に心得たもので、トルコ的な響きも過度にならぬ抑制された響きであり、軽快そのもののテンポ感で、歌手たちにも歌いやすいものであり、特に、ベルモンテのプロホヴィッツもコンスタンツエのスエンソンも、音域の広いこのオペラのアリアをそれぞれ伸び伸びと歌いこなしていた−

(懐かしいS-VHSテープより;ジェルメッテイ指揮ハンペ演出の「後宮」K.384)
11-9-3、ジャンルイジ・ジェルメッテイ指揮、ミヒヤエル・ハンペ演出による1991年シュヴェツインゲン音楽祭の「後宮」K.384、1991年5月12日、シュトットガルト放送合唱団、放送交響楽団、シュヴェツインゲン音楽祭、ロココ劇場、南独放送協会、
(配役)コンスタンツエ;ルース・アン・スウエンソン、ブロンテ;マリン・ハルテリウス、ベルモンテ;ハンス・ペーター・プロホビッツ、ペドリオ;マンフレート・フインク、オスミン;クルト・リドル、セリム・パシャ;マテイアス・ハーバヒほか、
(1991年9月20日、NHK教育TV芸術劇場よりS-VHSテープに3倍速で収録)

  このジェルメッテイの「後宮」は、1991年のモーツァルトイヤーにおけるシュヴェツインゲン音楽祭での有名なロココ劇場における演奏であり、南独放送協会により公演されている。このグループによる一連のロココ劇場におけるオペラ作品は10組ほどレーザーデイスクで発売されているが、この映像は1991年9月20日NHK教育テレビで放送されたものであり、冒頭に離宮として有名なシュヴェツインゲンの庭園が紹介され、ここで実施されるロココ劇場を初めとする音楽祭の会場を紹介していた。実は私は2004年のシュヴェツインゲンのモーツアルトフェストに参加しており、そのときこのロココ劇場でドイツ語による「フィガロの結婚」を見てきたので、この冒頭の音楽祭の映像をとても懐かしく見ることが出来た。
       ジェルメッテイの「後宮」はミヒャエル・ハンペの演出であり、リブレットにとても忠実な伝統的なドイツ本流の落ち着いた演出であり、舞台が狭いロココ劇場に相応しい簡素化されたものであった。またコンスタンツエのスエンソンもベルモンテのプロホビッツも、最高に近い声を披露しておりとても楽しめた。また、クルト・リドルのオスミンもこの役で定評があり、新人のマリン・ハルテリウスのブロンテもこのHPでこの役二度目の登場であり、油の乗り切ったジェルメッテイの指揮ぶりとともに、演出・配役ともに抜群の「後宮」として、見る前から大きな期待が寄せられていた。


   ロココ劇場を背景にしたオペラ「後宮からの誘かい」全三幕のタイトルが出てから、早速、ジェルメッテイが登場し、周囲と握手を重ねゆっくりと会釈をして序曲が始まった。お馴染みの旋律が早いテンポでトルコ風な響きで賑やかに始まったが、やがてゆっくりしたテンポの静かなアンダンテに変わりオーボエが美しく響き出すと、画面は広い殺風景な海岸が写し出され、ベルモンテが海から異国に到着して、仲間を探しに出発しようとしている姿が写っていた。再び、序曲のプレストが始まって、映像ではオーケストラが写し出され、序曲から続いて幕が開き、ベルモンテのアリアが始まっていた。


      舞台は柵のかかった宮殿の前で、プロホビッツの良く通る「コンスタンツエに会える」という喜びの声が瑞々しく響き、素晴らしい第一曲のアリアが始まっていた。ベルモンテは、ハシゴに乗って木の手入れをして歌っているオスミンを見つけて話しかけるが、ラ、ラ、ラと歌い続けるオスミンに無視された。ベルモンテは失礼だと怒りだして「爺さん」と呼び掛け、ペドリオのことを聞こうとすると、ペドリオの名を聞いて大男のオスミンも怒りだし、やがて二人がやり合う喧嘩の二重唱に発展していた。そして、最後には、オスミンは縄を持ち出し、ベルモンテは刀を抜くケンカになっていた。続いて、オスミンがペドリオの悪口を言っていると、そこへペドリオが登場したので、オスミンはいきり立って「女どもを狙うお前達が大嫌いなんだ」と声を荒立てて歌い、挙げ句の果てに、一息入れてから、アレグロになって「お前達は首切り・首吊りだ、地獄に落ちろ」と口癖になっている歌を歌って宮殿の中に入ってしまった。

      そこに残されたペドリオと姿を現したベルモンテは意外にも早く再会し、コンスタンツエやブロンテが無事で元気でいることを知り、一部始終を語り合ってから、デルモンテはコンスタンツエに会いたい一心で不安を示しながらも勢いよく「コンスタンツエ!」と歌い出した。彼のその胸の高鳴りを現すようなピッチカートの伴奏があり、プロホビッツの声も良く伸びて、格調の高い素晴らしいアリアとなり凄い拍手があった。

     場面が変わり威勢の良い行進曲が始まり、セリムとコンスタンツエが船で登場した。合唱団による賑やかな太守を讃える合唱が続き、中間に四重唱もあって堂々と合唱が終了すると、太守が人払いをし、コンスタンツエを優しく慰めており、よく見ると彼は熱心にコンスタンツエに求愛をしていた。

      コンスタンツエは、太守の寛大さに感謝しながらも、「私は恋をしていて幸せでした」と歌い出すばかり。若いスエンソンの姿が可憐で、声も良く伸びてコロラチュラの技巧を混ぜて、苦悩の本心を強く歌っていた。セリムには「身も心も捧げた人がおり、応じられない」と答えていたが、その健気な姿が太守の心を一層強く惹き付けているように見えた。


            そこへペドリオがベルモンテと共に登場し、太守のお気に入りのペドリオの紹介で、ベルモンテをイタリアの建築家と紹介して太守に出入りを許された。そこで二人は驚喜して宮殿に入ろうとすると、オスミンが現れて邪魔をして一対二の面白いケンカの三重唱になっていた。リブレットではオスミンの手をかいくぐって二人は宮殿に入ることに成功したようだったが、この演出でも二人がかりでオスミンを懲らしめて、二人が宮殿内に逃げ込むことに成功して幕となっていた。第一幕全体を通じてジェルメッテイはテンポ良く進めており、歌手陣の動きも良く歌もまずまずの調子で落ち着いて朗々として歌っており、とても好感が持てた。



       第二幕は宮殿内の海浜で、ハンモックに揺られながら、オスミンが可愛いブロンテをものにしたくてからかうが、相手にしないブロンテは「乙女の心を得るためには」とリート「すみれ」に似たアリアを歌い出した。ブロンテのハルテリウスは、コケットリーな仕草でオスミンに仕返しをして自由を主張していた。続いてオスミンが怒って「ペドリオに近づくな」と歌い出し、「私は奴隷ではない」と反発するブロンテがオスミンをピシャリと退けて、二人のケンカのアレグロの二重唱となった。曲はアンダンテになって言い合いの二重唱が続くが、ブロンテはテンポがのろい大男を手玉にとって、再びアレグロになるとオスミンは軽く追い払われてしまい、観衆は大拍手で喜んでいた。



     コンスタンツエが海辺の浜に姿を現し、美しい前奏の下でレチタティーヴォで寂しい気持ちを歌ってから、「悲しみが私の運命になった」と切々とアリアを歌い出した。この悲しみに満ちた暗い嘆きのアリアは単独でも良く歌われるが、スエンソンのこのアリアは実に哀愁に満ちて訴えるところが多く素晴らしかった。そこへセリムが現れコンスタンツエにまだ決心が付かぬかと催促をしたので、コンスタンツエは「尊敬しても愛せない。だから死んだ方がまし」と答えていた。



       そこでセリムは感情を荒立て、「死ではない。拷問だ」と迫り、力ずくでキスをした。そこで木管と弦の四重奏による長い前奏が始まり、コンスタンツエが「どんな苦難があろうとも」と決然としたアリアを歌い出した。このアリアは高音域のコロラチュアが要求される木管とのコンチェルタントなアリアで、同時にソプラノでは難しい低い声も要求されるのでスエンソンは辛そうであったが、なかなかの出来であったので、観衆から長い拍手が続いて大変であった。



       ブロンテがペドリオからベルモンテが助けに来ていることを聞いて躍り上がって喜んで、「何という喜び」とフルート協奏曲の終楽章に似たアリアを歌い出してペドリオを激励した。ブロンテにオスミンをどうするのと聞かれて、ここに眠り薬があると答えて安心させた。


       そしてペドリオは大小のキプロス酒と眠り薬を持ち出して準備をしながら、「さあ、戦おう、元気よく」と歌い出し、「怖くないぞ」と自分に言い聞かせながらお酒に薬を注いでいた。そこへオスミンが様子を見に登場して初めは警戒していたが、お酒を見てペドリオの誘いに乗って飲み始め、遂に大瓶のワインをせしめて「バッカス万歳」の元気な二重唱となった。そしてオスミンが酔っぱらって眠くなり出してから、ペドリオが頃を見て毛布を引き摺ってオスミンを運び出し、大笑いの大拍手となった。


      ベルモンテが登場し、やっとコンスタンツエに会えると、アイネクライネの第二楽章の弦の伴奏で「喜びの涙が流れるとき」と歌い出し、彼女に呼びかけるように愛の歌を歌い、別離はつらかったと歌っていた。そこへコンスタンツエが駆けつけて、始めに「デルモンテ、私の命」と歌い出し二人は思わず抱き合ってしまい、続く4人の再会の四重唱は長大でドラマテイックな愛の賛歌のフィナーレとなっていた。


       まずベルモンテとコンスタンツエの愛の二重唱に始まり、再会の歓喜の絶頂が歌われ、ブロンテとペドリオも加わって解放の希望が見えてきたという四重唱になっていた。中間部ではテンポが変わって太守との関係やオスミンとの関係を疑う嫉妬の四重唱となり、最後には疑いが晴れて男二人が許しを乞い、やがてブロンテの高い声がひときわ目立つ明るい愛の四重唱となって丸く収まり長いフィナーレは終了し、第2幕はやっとここに終結した。




 第三幕は衛兵が宮殿内を見張っている中で、ペドリオがハシゴを運んで準備を始めていたが、そこへベルモンテが駆けつけた。脱出は夜の12時の約束で、ペドリオが見張りに出かけ、ベルモンテは興奮でどきどきしながら「私は愛の強さを頼りにしている」と愛の歌を歌い出した。このアリアは長大でコロラチューラがついた難曲であり、美しい木管のオブリガートがついていた。ペドリオが寝静まっているので計画通り脱出しようと言い、マンドリンを手にして女たちを誘うセレナーデを歌っていたが、時間がどんどん経っていく。初めにコンスタンツエが二階から降りてきてきて抱き合ってから、ベルモンテと逃げだしていたが、続いてブロンテに声を掛けた所で、オスミンの目覚めた声が聞こえてきた。




     眠気まなこのオスミンにハシゴが見つかってしまって、さあ大変。二人は二階から逃げ出そうとしたが、衛兵の警戒が厳しく、囲まれてしまい、結局は四人とも捕まってしまった。ここでオスミンが大喜びして歌う「勝ちどきのアリア」は、オスミンの鬱憤を解消し、役目を果たした喜びに満ちた、この日のオスミンの最高の劇的なアリアとなっていた。




      騒ぎを聞きつけセリムが現れ、コンスタンツエを見てビックリするが、彼女は健気にも「私の代わりにこの人を許して」とセリムに乞う。さらにベルモンテがセリムの仇敵のロスタードスの息子と知ってセリムの怒りは増幅し、「彼がわしにしたと同じように、お前にもやってやる」と叫ばれて、二人は絶体絶命とばかり死を覚悟した。





      この二人の「何という運命か」と歌う二重唱は、オーケストラの絶妙な悲痛の響きと相まって真に迫り、ベルモンテが「僕のせいでコンスタンツエが死んでしまう」と歌い出した。コンスタンツエは「一緒に死ねるのは喜びです」と答えて、二人の優しい心をお互いに讃え合う劇的な二重唱に発展して感動を呼び、そして終わりには、「二人で喜んで死にましょう」という喜びの二重唱となり、素晴らしいアリアとなっていた。


      そして再び現れたセリムは、死の覚悟を決めた二人が「父の遺恨を晴らしてくれ」と開き直った泰然とした態度を見て、意外にも「二人とも、故郷に帰れ」という。直ぐには信じられないほど寛容な言葉を聞いて絶句する二人。セリムは「悪に対し悪で報いるよりも、善行で報いる方が、遙かに心の満足は大きい!」と言い、帰って必ず「父親に伝えよ」と命じていた。


       このセリムの驚くべき高遠な心情は、驚きの余り、皆には直ぐに理解できぬ様子であったが、寛容な赦しの精神を讃える当時のオペラの流行に習ったのであろうか。ペドリオとブロンテも一緒に許されて、オスミンをカンカンに怒らせていた。


     この劇的なセリムの赦しを得て、四人で代わる代わるに歌い出す感謝の気持ちのヴォードヴィルが明るく始まった。初めにベルモンテが感謝の気持ちを述べ、合唱で続いた後、コンスタンツエが続き、ペドリオ、ブロンテが順に歌っていたが、終わりにオスミンが「お前達は首切り・首吊りだ、地獄に落ちろ」と口癖になっている歌を歌って、憤懣を爆発させて悔しがっていた。最後に、賑やかなトルコ風の「セリム万歳」の太守の徳を讃える歌唱が始まり、四人が立ち去って賑やかな終幕となっていたが、最後に一人残されたパシャ・セリムの手の平から砂がこぼれ落ちる様子がクローズアップされて幕となっていた。


 このオペラ「後宮」を上演した客席数450余りのロココ劇場は、シュヴェツインゲン音楽祭のオペラ劇場として名高いが、このシュヴェツインゲン城は18世紀に名高いマンハイム楽派を育てたプファルツ選帝侯カール・テオドール侯の夏の居住地であり、当時7歳のモーツァルト一家が1763年7月に訪問し、マンハイム楽団と演奏をした記録が手紙で残されている。この劇場は大戦で焼失し戦後再建されたものであるが、その当時を記念して描かれた少年モーツァルトが微笑む天井画が非常に有名になっており、この音楽祭を紹介するNHKの映像にその絵が写されていたので、写りは良くないが、珍しい記録としてここに掲載しておきたい。




      この18世紀スタイルの狭い舞台において、ハンペ演出は宮殿の門や柵の開閉、その奥に工夫された砂浜や松、ハシゴや船などの簡素な素材で、見事にリブレットに忠実な省略曲もない創意あふれる舞台を作り上げてくれた。これまで見た舞台で最も小道具類が少ない簡素なものでありながら、十分に語れる質の高い舞台となっていた。衣裳は伝統的なトルコ風・アラビア風のもので、これらも十分に鑑賞に耐える落ち着いた雰囲気のものであった。

 その舞台で演奏されるジェルメッテイの音楽は、実に心得たもので、トルコ的な響きも過度にならぬ抑制された響きであり、テンポ感もロッシーニの喜歌劇などで腕を鳴らした軽快そのもので、歌手たちにも歌いやすい安定感のある落ち着いたものであった。以上のような望ましい環境の中で、選ばれた歌手たちにより、伸び伸びと歌われ、明るく、時には深刻に演技された舞台として、とても好感の持てたものであった。

  ベルモンテのプロホヴィッツもコンスタンツエのスエンソンも、いずれもこのHP初出であるが、音域の広いこのオペラのアリアをそれぞれ歌いこなしており、特にコンスタンツエの第11番、ベルモンテの第17番のアリアも安心して見ておれた。また、オスミンのリドルも、またお相手のブロンテのハルテリウスも、このHPでも何回かこの役で顔を見ており、当たり役で歌も演技もまずまずで何も心配はなかった。加えて、セリムが最後の場面で非常に能弁であり、意外な結末についても彼の語りにより、説得性を持たせていたような気がした。総じて言えば、とても安心して見ていれる配役の布陣であり、このオペラの標準的な優れた映像であるといえよう。

(以上)(2011/09/23)


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