(最新収録のDVD;ケルテスの1964年ザルツ音楽祭の「魔笛」K.620)
11-9-2、イストヴァン・ケルテス指揮、オットー・シェンク演出、ウイーンフイルによる「魔笛」K.620、1964年ザルツブルグ音楽祭ライブ、

−このケルテスの「魔笛」は、1964年のザルツブルグ音楽祭における映像であり、カラーなし、ステレオなし、日本語字幕なしの映像で余りお勧め出来ないが、この映像の演出は大舞台を活用したオットー・シェンクによる本格的な伝統的な重厚な演出である。また、出演者は、タミーノのクメントとパミーナのローレンガーを得て、美声と気品に満ちた二人の活躍には非常に見どころがあり、またパパゲーノのワルター・ベリーも、ザラストロのクレッペル、夜の女王のロベルタ・ピータースもそれぞれ大役をこなしていた。それに加えて、ケルテスの自信に満ちた堂々とした指揮ぶりによって、水準の高い「魔笛」となっており、当時からザルツブルグ音楽祭の実力を見せつけるDVDであった−

(最新収録のDVD;ケルテスの1964年ザルツ音楽祭の「魔笛」K.620)
11-9-2、イストヴァン・ケルテス指揮、オットー・シェンク演出、ウイーンフイルによる「魔笛」K.620、1964年ザルツブルグ音楽祭ライブ、
(配役)パミーナ;ピラー・ローレンガー、タミーノ;バルデマー・クメント、ザラストロ;ワルター・クレッペル、夜の女王;ロベルタ・ピータース、パパゲーノ;ワルター・ベリー、パパゲーナ;レナータ・ホルム、弁者;パウル・シェッフラーほか、
(2011年07月16日、銀座山野楽器店にて購入、VAI-ORF-DVD-4520)

     このイストヴァン・ケルテス(1929〜1973)の「魔笛」は、1964年のザルツブルグ音楽祭における映像であり、カラーなし、ステレオなし、日本語字幕なしの映像であるが、その昔輸入盤でLPとして出たときに素晴らしい「魔笛」として話題を呼んだ演奏の映像である。この映像は、ザルツブルグの祝祭大劇場でのライブであり、演出は大舞台を活用したオットー・シェンクによるドイツ本流とも言える伝統的な重厚な演出である。また、出演者は、タミーノのクメントとパミーナのローレンガーを得て、美声と気品に満ちた二人の活躍には非常に見どころがあった。またパパゲーノのワルター・ベリーも存在感を見せており、ザラストロのクレッペル、夜の女王のロベルタ・ピータースもそれぞれ大役をこなしていた。それに加えて、ケルテスの自信に満ちた堂々とした指揮ぶりによって、水準の高い「魔笛」となっており、ベーム・カラヤンの時代以前の当時から、ザルツブルグ音楽祭では、素晴らしい舞台を上演する実力があったことを見せつけるDVDであった。もう一つ付け加えると、この年にクレンペラーの「魔笛」のLPで、夜の女王でデビューを果たしたルチア・ポップが三人の童子の第一ソプラノを少年に扮して歌っており、映像ならではの珍しい姿を見て確認することが出来る。



     このシリーズのDVDは、ザルツブルグ音楽祭の映像を象徴するザルツブルグの風景と音楽で始まるが、この1964年の「魔笛」では、冒頭に音楽は第二幕初めの行進曲で映像では出演者が字幕で紹介されていた。そして祝祭劇場の満員の客席をグルリと写し出しながらケルテスが入場して序曲が始まった。三和音は非常にゆっくりとしており、弦のアレグロになってもテンポは遅いが明快。 音質は初期のLPの頃より悪い状態で低い音が響かない。再び展開部冒頭の三和音になって軽快な弦のアレグロが顔を出し、序曲が明るく終了していた。導入曲とともに雷鳴が鳴り響き、タミーノが大蛇に追われながら登場し、直ぐに倒れて気絶してしまう。そこへ三人の槍を持った侍女たちが登場し、蛇を退治してしまい、勝利宣言をしてからタミーノに近ずいた。珍しそうに眺めてから、三重唱で女らしい言い争いを始めたが、皆同じ思いなので諦めて、一緒に女王様に報告に行った。



タミーノが気がついて立ち上がると大蛇が死んでおり、遠くから軽快な序奏とともに、鳥刺しパパゲーノが自分で笛を吹いて、陽気に歌いながら登場してきた。タミーノが話しかけると、いろいろな話から、パパゲーノは大蛇を倒したのはこの俺だと嘘をついてしまった。駆けつけた三人の侍女にパパゲーノは罰を受け、タミーノには女王の娘パミーナの「絵姿」が手渡された。その「絵姿」を見て、タミーノは「何て美しい姿」と明るくアリアを歌い出した。「これが恋というものか」と朗々と歌って、大変な拍手を浴びていた。三人の侍女からパミーナが浚われたことを知り、タミーノは何としても彼女を助け出そうと決心をした。



         そこへ大きな雷鳴とともに岩山が裂け、暗闇の中から夜の女王が高いところから姿を現し、「愛しい息子よ」と語りかけ、「娘は浚われてしまった」と朗々と歌い出し、速いテンポのコロラチューラのアリアになって「おまえこそ娘の救い手だ」と技巧のさえを見せていた。素晴らしい声であった。口がきけないパパゲーノが「ム、ム、ム、」と悲鳴を上げて五重唱が始まり、三人の侍女に助けられ、彼女たちは女王様の贈り物として、王子には「魔法の笛」を、パパゲーノには「銀の鈴」が贈られて、娘を助けに行くことになった。この演出では三人の童子たちの姿は見せなかったが、彼らの道案内でザラストロの国へと出発しすることになり、別れを告げた。



    場面が変わって城内では、パミーナがモノスタトスに捕まって三人の奴隷たちが大騒ぎして、モノスタトスとパミーナの三重唱が始まっていた。そこへパパゲーノが顔を出し倒れているパミーナを見つけて近寄るが、モノスタトスに鉢合わせして、お互いに「悪魔だ!」と驚いて逃げ去った。しかし、パパゲーノはパミーナに近づいて事情を話し、直ぐに仲良くなって、二人は男と女の愛の賛歌とも言える美しい二重唱を歌い出した。歌う二人の表情が豊かで素晴らしい二重唱となって、大拍手となっていた。



       フィナーレに入って、空中から三人の童子たちに案内され、男らしくと忠告されて、タミーノがザラストロの宮殿の前庭に到着した。タミーノはパミーナを助けようと決意を固め、宮殿に入ろうとして「下がれ!」と脅されたがひるまず、男らしく出てきた弁者と押し問答。ザラストロは聖人であり、お前は女に騙されていると言われ、タミーノは途方に暮れていた。思わず「パミーナは?」と口に出すと、見えない声が聞こえてきて、「パミーナは生きている」という返事が聞こえてきた。




      一人残されたタミーノは感動して、感謝のつもりで「魔法の笛」を吹くと、動物たちが楽しげに沢山出てきた。喜んでもっと吹いているうちに、パパゲーノの笛が応えてきた。ここでタミーノは勇気100倍になり、パパゲーノたちを見つけようとして入れ替わってしまい、そこに現れたパパゲーノとパミーナが反対にモノスタトス一行に捕まってしまった。そこでパパゲーノが手にした「銀の鈴」を鳴らしてみると、グロッケンシュピールが美しく響き出し、ラ、ラ、ラ、の美しい音楽に一行は踊り出して勝手にどこかへ行ってしまっていた。




       助かったと思っていたところに、「ザラストロ万歳」の大合唱が始まり、ザラストロが登場してきた。パミーナは急にしっかりした王女の口調で、正直に真実を語るとザラストロは良く事情を理解していたが、パミーナに自由を与えることは出来ないと釘を刺していた。そこへモノスタトスがタミーノを連れて登場し、タミーノとパミーナが初めて顔を合わせていた。しかし、モノスタトスは処罰され、タミーノとパパゲーノは試練を受けることになってそれぞれ宮殿に導かれ、「ザラストロ万歳」の大合唱とともに、ここで第一幕は終了となっていた。幕が下りても拍手が鳴り止まず、出演者たちは何回か呼び出され、万雷の拍手を浴びていた。




       第二幕は厳かな行進曲の前奏で開始され、幕が開くと舞台では大勢の僧侶たちが入場を始めていた。ザラストロはタミーノが試練を受けたいと望んでいることを皆に告げ、三つの和音が響いてから、「イシスとオシリスの神に、彼らに叡智の心を与えたまえ」とゆっくりと歌い出した。ザラストロの敬虔な落ち着いた調べは感動的であり、僧侶たちの男性合唱団による合唱の祈りの声も加わって、いかにも「魔笛」らしい荘厳な宗教的な行事のように見えた。








       一方、雷鳴により脅されて、暗闇の中のタミーノとパパゲーノが、大騒ぎしていると、二人の僧侶が登場し、タミーノには試練を受けることを確認し、パパゲーノは自分に似た若いパパゲーナに会えることを楽しみに試練に加わった。そして僧侶たちは「沈黙と女の企みに気をつけろ」と二重唱で教えていた。早速、暗闇の中から三人の侍女が現れて、頻りに女王の名を出して二人を誘う五重唱が始まっていたが、パパゲーノはタミーノに怒られながら、何とか頑張り通したので、三人は諦めて消え去った。




       場面が変わって、暗闇の中でモノスタトスが登場し、月明かりの中で寝込んでいるパミーナを発見した。そして「惚れれば楽しいさ」と早口のアリアを歌い出していたが、いたずらをしようとして折から現れた夜の女王に見つかって、「お下がり!」と一喝されてしまった。気のついたパミーナに女王はナイフを手渡し、「ザラストロに復讐しなければ、お前は私の娘でない」とコロラチューラで歌っていたが、声はリンとしてハイエンドも良く伸び、娘に厳しく命令をして、立ち去っていった。




       一人呆然とナイフを持って立ちすくんでいたパミーナは、モノスタトスに脅されていたが、そこに現れたザラストロに一喝されて逃げ去った。母親の罪を許してやって欲しいと訴えるパミーナに、ザラストロは慰めるように「この聖なる殿堂には、復讐を思う人はいない」と歌い出した。パミーナを慰めるように、ザラストロはこの美しいアリアを朗々と歌い、大拍手を浴びていた。








    再び暗闇の中で僧侶たちに「ここに残れ」と命令されたタミーノとパパゲーノは、暗くて静かすぎて退屈してしまう。パパゲーノがここには「水もない」とこぼしていると、黒装束の婆さんが現れて水を差し出す。パパゲーノが退屈しのぎにからかっていると、18歳と2分の若い婆さんの恋人は、このパパゲーノであると分かって、さあ大変。しかし、暗闇と雷鳴のお陰でこの場は救われた。そこへ三人の童子が空から現れて、「ザラストロの国にようこそ」と歌い出し、「魔法の笛」と「銀の鈴」を手渡して、沈黙を守るように注意していた。タミーノが思わず笛を吹くと、それを聞きつけてパミーナが現れ話しかけてきた。しかし、男二人は注意されたばかりであり、小さくなっていると、パミーナは悲しげに「ああ、確かにもう終わりなのね」と歌い出し、「無視されるのは死ぬほどつらい」と恨めしそうに歌っていた。パパゲーノも今回は立派だった。




      三つの和音が鳴り響きザラストロが登場し、僧侶たちが集まって、僧侶たちの合唱が始まっていた。合唱は、「イシスとオシリスの神よ、何という喜び」と祈っていたが、しかし良く聞いていると、「若者は我らの務めに捧げるであろう」と歌っていた。ザラストロが「王子よ、冷静であった」と語り、パミーナを呼んで別れの三重唱が始まっていた。別れがつらいと歌う二人に、何事も神々の意思だと歌うザラストロのそれぞれの心を歌う見事な三重唱が素晴らしい効果を上げていた。




      一方、パパゲーノはワインにありついてご機嫌であったが、思いついたように「銀の鈴」を振るとグロッケンシュピールが明るく鳴り出し、「パパゲーノは若い娘が欲しいな」とお客さんを喜ばす愛嬌のある有名なアリアを歌い出した。パパゲーノは調子に乗って歌いながら踊っていると、そこへ「私だよ、お兄さん」と例の婆さんが現れ、一緒に踊り出した。しつこく握手を求めるので手を出すと、あら不思議や、婆さんが着ているものを脱ぐと何と若いパパゲーナが現れた。パパゲーナと名を呼んで追いかけようとしたが、僧侶に遮られもう一息のところで逃げられてしまった。






       フィナーレに入って、三人の童子たちが初めて歩いて登場し、「朝の訪れを告げる太陽が輝く」と明るく歌い出していた。珍しく少年合唱団でなく、若い三人のソプラノが少年に扮していたが、第一の童子がルチア・ポップであった。彼らは様子がおかしいパミーナを見つけて近づくと、彼女は母からの短剣を持ち、悲しみの余り自殺しそうな様子でふらふらしていた。三人の童子は、彼女にタミーノに会わせてあげるとご機嫌を取り、隙を見てナイフを取り上げて、一緒にタミーノを探しに出発した。




       場面が変わって、暗闇の中に岩山がそびえ、二人の衛兵がこの岩山を守っていた。タミーノが駆けつけて、勇敢に進もうとしていると、衛兵たちは「この道を来たるもの、火、水、大気、そして大地で清められる」とコラール旋律で歌っていた。パミーナの声が遠くから聞こえてきた。二人は会話が許され、二人は「私のタミーノ」と互いに劇的な再会をしてから、ピッチカートの伴奏に乗って、二人の愛と魔笛の力で試練の道を克服しようと相談した。




       パミーナがこの笛は父が柏の木で彫ったものと説明をし、私が愛の力で導くから、タミーノは笛を吹いてくれと頼んでいた。二人は初めに右側の「火の洞窟」を、パミーナが導きタミーノが笛を吹きながら、何とかクリアした。二人は元気で戻ると、続いて左側の「水の洞窟」に入り、笛の音とともに元気に戻って抱き合っていると、二人は大合唱で勝利を祝福され、神殿へと長い階段を進んでいた。







      一方、場面が変わって、パパゲーノが暗闇の中を駆け回って、一目見たパパゲーナを探しいたが、どうしても捕まらない。遂に草臥れて、諦めて首吊りでもしようかと思って、1、2、3、と数えてから首を吊ろうとしても、誰も助けてくれない。諦めて思い切って首を吊ろうとしたときに、三人の童子が空から現れて、「銀の鈴」を鳴らせという。すっかり忘れていたとばかりに、パパゲーノが勢い込んで鈴を鳴らすと、可愛いいパパゲーナが姿を見せ、二人は劇的な「ぱ、ぱ、ぱ、」の二重唱となり、嬉しい嬉しい再会となって、力強く抱き合っていた。実に微笑ましい場面であり、観客の笑いを誘っていた。



    暗闇の中で夜の女王の一行がモノスタトスの案内で、ザラストロに復讐しようと神殿の地下に忍び込んで来たが、それを警戒し待ち構えていた一行による雷鳴や稲妻による一撃で地下深く沈められていた。ザラストロは「太陽の光」の勝利宣言を行い、集まった一同による勝利の祝福の大合唱が始まっていた。広場の中央には、若き王子のタミーノとパミーナが揃って登場しており、よく見るとザラストロが若い王子と王女に声をかけて祝福しているように見えた。そして舞台を賑わしてきた僧侶たちや群衆が全員集合で、大勢が見守る中で、若い王子と王女の誕生を祝って、賑やかな大団円となっていた。幕が下りてからも、出演者たちのカーテンコールが何回も繰り返されており、祝祭劇場の何時もながらの観衆の熱狂ぶりが写されていた。

       このケルテスの映像は、このHP初出の彼の35歳の時の映像であり、それだけで貴重な映像であるばかりでなく、彼の若さを示した瑞々しい端麗な「魔笛」を見ることが出来る。彼が43歳で演奏旅行中にテル・アヴィヴの海岸を遊泳中に高波に呑まれて他界したニュースは、今でも私の記憶に残っている。彼はニキシュに始まり、ライナー、フリッチャイ、オーマンデイ、ショルテイと続くハンガリー指揮界の栄光を担うホープとされていた。この映像の64年当時、ウイーンフイルを振っていたのは、70歳のベーム、63歳のクリップス、57歳のカラヤンなどであったので、35歳のケルテスはいかに若いときからこれらのオーケストラの信任を得ていたかが理解できよう。



この映像で驚くべきことは、このHPで一番古い映像の「魔笛」であり、約50年前の映像でありながら、ザルツブルグ音楽祭のオペラの水準が現在と変わらぬくらい優れており、聴衆を沸かせる素晴らしい舞台が見られたことである。それは演出も音楽も歌手陣の声も良くバランスした総合的に優れたものであると感じさせた。
この舞台は名演出家オットー・シェンクによるもので、この方は「魔笛」の演出の元祖と言われるくらい多数の舞台を作ってきた方であり、祝祭劇場という上下・左右に機械仕掛けのある動く舞台を活用して、リブレットに忠実なメルヘン的でもあり、フリーメーソンを思わせる瞑想的な面もバランスした立派な伝統的な舞台の基本を作り上げていた。

この映像で特筆すべきは、全編を流れる音楽が良く、どの場面も気に入ったテンポで良く流れており、とても耳ざわりが良く、安心して舞台に浸ることが出来た。これは評判の良かったケルテスの指揮だから出来たことであり、自分よりもかなり年上のウイーンフイルの楽団員を手足のように動かす術を心得ていたからであろうと思われる。

また、美声と気品のあるタミーノのクメントとパミーナのローレンガーのコンビが素晴らしく、このオペラの中心人物として見応えがあった。歌では問題はないが映像で欲を言えば、パミーナにもう少し若さがあり動きが良ければという感じがした。ワルター・ベリーのパパゲーノも芸達者で動きが良く、安心して見ていれたし、ザラストロのクレッペルも声が良く、実に堂々として貫禄を見せていた。また、夜の女王のピータースが声量があり切れ味鋭く、素晴らしいと思った。
この映像で面白かったのは、夜の女王でLPデビユーを果たし、このHPでもパミーナを演じているルチア・ポップが、三人の童子の男装をして第一ソプラノで活躍していたことであろう。ウイーンでは今ではこの役は、ウイーン少年合唱団の専属のようであるが、珍しいと思うと同時に24歳のポップの姿を見ることが出来た。彼女はこの年でクレンペラーに抜擢されて夜の女王を歌っているが、恐らくこの映像のピータースの歌い方を猛勉強していたに違いないと思われる。

(以上)(2011/09/17)


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