(懐かしいS-VHSテープ;ショルテイのコヴェントガーデンの「後宮」K.384)
11-8-3、ゲオルグ・ショルテイ指揮、モシンスキー演出による1987年コヴェントガーデン歌劇場の「後宮」K.384、1987年12月、ロンドン、

−このコヴェントガーデンにおけるモシンスキー演出は、二階建ての宮殿の建物と庭木のある庭園だけで全三幕の全ての場面を扱っていたが、簡素でありながら十分に説明力のある立派な演出であった。この落ち着いた舞台を背景にして、ショルテイの音楽がテンポ良く生き生きと流れて、その安定感は抜群であった。デア・ヴァルトとインガ・ニールセンが役にピッタリであり、クルト・モルのオスミンに十分な存在感があって、登場した歌手陣の出来映えも揃って動きが良く、素晴らしい「後宮」であった −

(懐かしいS-VHSテープより;ショルテイのコヴェントガーデンの「後宮」K.384)
11-8-3、ゲオルグ・ショルテイ指揮、モシンスキー演出による1987年コヴェントガーデン歌劇場の「後宮」K.384、1987年12月、ロンドン、
(配役)コンスタンツエ;インガ・ニールセン、ブロンテ;リリアン・ワトソン、ベルモンテ;フォン・デア・ヴァルト、ペドリオ;ラルス・マルグッセ、オスミン;クルト・モル、セリム・パシャ;オリヴァー・トビアス、ほか、
(1994年5月20日、NHK教育TV芸術劇場よりS-VHSテープに3倍速で収録)

      8月号の第三曲目は、ゲオルグ・ショルテイ(1912〜1997)が、1987年にコヴェントガーデン王立歌劇場で指揮をした「後宮」のライブ映像のロイヤル・オペラ公演記録である。ショルテイのウイーン国立歌劇場との有名歌手を集めた1985年の「後宮」のCDについては、かってCDの決定版とされていた記憶があるが、この映像はそれから2年後のものであり、期待をしていた。配役をチェックしていると、 何とベルモンテ役のデオン・フォン・デア・ヴァルトがこのHPでは、一度、登場(1-8-3)しており、同時に、今月の第二曲における「魔笛」のタミーノを歌っていた。偶然とはいえ、ランダムに選定した2曲のオペラにおいて、主役が共通することは、かってなかったことで驚いている。どちらのベルモンテが良いのか、彼はタミーノとベルモンテのどちらが良いのか、今回はもう少し視野を広げて、このデア・ヴァルトをじっくり聞いてみたいと思った。





      映像は古いS-VHSテープであるが、タイトルとともに懐かしい王立歌劇場の紋章と緞帳が写され、オーケストラピットにショルテイの姿が現れた。まだ75歳でお元気そうな姿であり、早速、序曲が開始されていた。トルコ風のシンバル、テインパニー、太鼓の音などが賑やかで軽快に進み、ショルテイらしい序曲の響きと感じさせていた。やがてアンダンテの部分でフルートなど木管が美しく、ショルテイの動きが少なくなったので写真を撮った。再び冒頭のプレストになり、幕が開いて舞台は広い宮殿前の広場か、序曲がそのまま、第一曲ベルモンテのアンダンテのアリアの序奏になっていた。



      格好の良い長身のデア・ヴァルトが「ここであなたに会えるのか」とゆっくりと歌い出し、ここまでの苦しみを切々と歌い、会える喜びと成し遂げようとする期待に燃えて歌っていた。だがどうやって入ろうかと入り口を探していると、オスミンが登場して庭木を手入れしながら「真剣に好いてくれる恋人を見つけたい」とラ・ラ・ラの鼻歌を歌っていた。そこでベルモンテが「ここはセリムの屋敷か」と尋ねても無視され、三度目にやっと「俺は忙しい」という返事。「セリムの召使いか」と横柄な問いにますます腹を立て、「ペドリオに会いたい」には「首の骨をへし折ってやりたい」と歌い出し、勝手に探せという返事。二人はけんか腰になり、二重唱の後半はプレストになってベルモンテが怒って退場した。



       オスミンがやれやれと思っているとそこへペドリオが口笛を吹きながら登場。オスミンはペドリオが仲間だと知り、「泥棒、ろくでなし、居候、」とののしり、「どこの馬の骨か分からん奴らだ」とペドリオに向かって歌い出していた。散々悪口を歌った後に最後には、一呼吸置いて「首吊りだ、火あぶりだ、地獄に落ちろ」などと捨て台詞のように歌い、分かったかと言って立ち去った。ペドリオは呆然として、オスミンの悪態をついているところへベルモンテが登場し、二人は劇的に再会した。海賊に浚われて大変だったが、われわれ三人は運良く改宗者のパシャ・セリムに奴隷として買われたのだと語り、皆元気ですの答えにベルモンテは一安心。コンスタンツエはとの問いに、今はセリムの思われ人になっているとの答えに新たな心配。しかし、ベルモンテはこれで「コンスタンツエ、あなたにまた会える」とレチタテーボを歌い出し、アリアでは「わが胸は高まるばかり」と会える喜びを高らかに歌っていたが、オーケストラのスタッカートが心臓の鼓動を描写しているように聞こえていた。



そこで太守の帰還となり、トルコ風の管楽と打楽器を使った伴奏で合唱が始まり、太守を讃える歓呼の歌となっていたが、中間には4人で歌う四重唱もあり、太守とコンスタンツエが連れだって登場してきた。セリムは直ぐに人払いをし、コンスタンツエと二人きりになり、元気のないコンスタンツエを慰め、「なぜ悲しむのか、私はそなたの心が欲しい」と強く彼女に迫っていた。コンスタンツエは、セリムの寛大さに感謝しながら、応じられない理由を「私は恋をして幸せだった」と歌い出し、「私の心の全てを彼に捧げてしまった」と歌って説明するが、生き別れの深い悲しみが分かってくれず、途方に暮れるばかりであった。彼女の容姿と演技はピッタリであり、コロラチューラの歌も合格で、心からの悲しみと苦悩を見せていたが、この彼女の姿が、セリムを益々惹き付けていた。



    セリムが一人になったところに、ペドリオがベルモンテを連れて登場し、セリムにイタリアで学んだ建築士と言う肩書きで紹介するとセリムのOKが出た。二人が飛び上がって喜んでいるところへオスミンが登場し、俺は騙されないぞとばかりに「さあ、温和しく立ち去れ」と歌い始め、1対2の押し問答の三重唱が始まった。この賑やかな三重唱は第一幕のフィナーレを飾るものであったが、どうやら最後には二人は宮殿に潜り込むことに成功し、この演出ではここで中断せず、続けて第二幕に入り、ブロンテが登場していた。



ブロンテはコーヒーセットを手にして、まずオスミンを座らせ、コーヒーを渡しながら、西洋の女を口説くのは「優しさとお世辞が」とアリアを歌いながらコケテイッシュに言い聞かせていた。しかし、オスミンには馬の耳に念仏。「ここはトルコだぞ」と一喝し、「忠告してやる」と命令調で元気よく歌い出し、ブロンテも応戦して激しい二重唱となっていたが、オスミンは結局は言い負かされて怒って退場した。



          そこへ入れ替わるようにコンスタンツエが庭に現れ、あの日から運命が変わり、私は一変したとレチタテイーボを歌ってから、「悲しみが私の運命になった」と切々とアリアを歌い出した。ブロンテは自分にはペドリオがいるからまだ良いとコンスタンツエを慰めるが、セリムが現れたので退場した。



セリムは私の気持ちを考えてくれたかと催促すると、彼女はそれは命令ですかと開き直り、「あなたを尊敬するが、愛することは出来ない」と死を覚悟していると答えた。セリムは「死ではない。拷問だ」と大声を上げると、力ずくで強引に長いキスをしていた。この間にオーケストラが長い前奏を激しく響かせ、やがてコンスタンツエは「ありとあらゆる責め苦があろうとも」私はこれに甘んずると激しくアリアを歌い出し、高音域のコロラチューラとオーケストラの木管が重なって壮絶なアリアとなり、最後には「神が導いてくれ、死が私を助けてくれる」と歌って倒れ込んでしまった。セリムはこの勇気はどこから来るのかと信じられない様子で、もしかするとわしから逃げ出すつもりかも知れぬと呟いていた。



ペドリオが登場しブロンテを見つけて、ベルモンテが来たと報告し、今夜脱出するという。ここで軽快な音楽が始まり喜んだブロンテが「私の胸は喜びで一杯」と明るく歌い出した。これはフルート協奏曲K.314の第三楽章の冒頭主題を借りたもの。ブロンテが躍り上がって喜び歌うアリアで、早速、コンスタンツエに知らせようとしたが、利口な彼女はオスミンをどうするの?と質問。ペドリオは眠り薬の小瓶を示し、早速、準備に取りかかりながら、勇気を鼓舞するように「いざ戦いだ、いざ争いだ」とアリアを歌って難敵と戦う自分を励ましながら、準備を整えていた。そしてキプロス・ワインのお毒味をしているところにオスミンが現れた。オスミンは、初めは我慢していたが、見張りを追い払い、ペドリオの上手な誘いに乗ってつい下見をし、それが何回も重なって、やがて「バッカス、万歳」のペドリオとの賑やかな二重唱になっていた。二人は歌いながらそして踊りながら飲んでいるうちに、次第に酔っ払い始め、音楽が終わる頃にはオスミンはダウンしてしまっていた。ペドリオはブロンテのアリアを口ずさむと、オスミンは起ち上がり、階段の下まで歩き出す愉快な演出があった。



そこへベルモンテが登場し、遂にコンスタンツエに会えるとうれしさの余り「喜びの涙が流れるとき」と喜びのアリアを歌い出し、コンスタンツエは何処と呼びかけていた。そこへコンスタンツエが二階から駆けつけて、「ああ、ベルモンテ、私の命」と歌い始め、二重唱になって、二人は感激の余り抱き合ってしまっていた。そこへブロンテもペドリオも駆けつけて、4人の喜びの4重唱に発展していた。この四重奏は第二幕のフィナーレでもあり、アレグロの再会の喜びからアンダンテに入って、ベルモンテがセリムとコンスタンツエの間を疑い、ペドリオがオスミンとブロンテの間を疑って、「町の噂では」と言いだして女二人の怒りを買い、コンスタンツエを嘆かせ、ブロンテはペドリオを平手打ちにしていた。アレグロ・アッサイになって、男二人が平謝りになって許しを請うたので、女たちは二人を許し、ブロンテの高い声が良く響く四重唱となり、再び愛の賛歌になって一件落着し、長かった第一・第二幕は終了して休憩に入っていた。



  舞台は再び宮殿の前庭で、ベルモンテが逃げる準備をしてから「愛よ、私はお前の強さを頼りにしている」と祈りにも似たアリアをゆっくりと歌い出した。このアリアは後半が技巧的なコロラチューラと木管のオブリガートがついた難曲であり、デア・ヴァルトはしっかりと歌っていた。そこへペドリオが現れてこれから計画に着手すると告げて、ピッチカート伴奏のセレナードを歌い出し、二階にハシゴを掛けて、女二人の到着を待っていた。コンスタンツエが窓からおりてきて、待ちかねたベルモンテが荷物を受け取り先に出発した。オスミンが家来に起こされて、ハシゴから降りてきたペドリオと鉢合わせして捕まってしまった。二階のブロンテはそれに気づいて慌てて降りてきたが間に合わず、宮殿は騒然としており、逃げ出した4人は家来たちに全員捕まって、オスミンの前に引き出された。オスミンは長い間この時を待っていたと激怒に震えながら「勝ち誇ってやる」と早口の激烈なアリアを歌い出した。このオスミンの激しい剣幕にはなすすべがなく、万事休すであった。





      騒ぎを聞きつけてセリムが登場し、オスミンが得意げにキリスト教徒の奴隷どもが裏切りましたと報告した。セリムがコンスタンツエに、待ってくれと言ったのはこのことだったのか、と裏切りを毒づいていた。しかしベルモンテが自分を破滅させた仇敵の息子であることを聞いて、「今こそ仕返しの時が来た」と言い出した。それを聞いたベルモンテとコンスタンツエは「何という運命だろうか」と絶対絶命の運命に驚き、二人は開き直って死を覚悟した劇的な二重唱を歌い出した。ベルモンテは「私のためにお前は死ぬ」と歌い始め、コンスタンツエは「喜んで死を迎えましょう」と答え、「二人で一緒に死ねるのはなんたる幸せ」と絶望と深い愛の喜びの二重唱になっていた。この潔い二人の態度と愛の深さには、セリムの心にも響くものがあったに違いない。



      セリムが再び現れて「覚悟は出来たか」と尋ねてから、「お前たちは思い違いをしている。自由の身になりスペインに帰れ」と言って皆を驚かした。そして「父親に言うが良い。悪徳に対して悪徳で報いるよりも、善行で報いる方が、私にとって遙かに満足だと。」このセリムの言葉に一同は驚き、声がない様子であったが、ベルモンテが感極まったように「ご恩は一生忘れません」と叫べば、コンスタンツエも「太守さま、お許しを」とすがりついて感謝の意を見せていた。ペドリオとブロンテも許されて、4人がそれぞれに、太守の善行に感謝を捧げるヴォードヴィルが始まった。



始めにベルモンテが感謝の念を捧げますと歌い、オスミンも加わった5人が恩義を忘れるものがいたら軽蔑してやろうと復唱し、続いてコンスタンツエ、ペドリオ、ブロンテが続けていたが、最後にブロンテの復唱のところでオスミンが爆発し、半狂乱になって悔しさを歌っていた。そして四人はセリムに感謝しながら、出発した。



最後に舞台を見守っていた全員による「太守セリム、万歳」の大合唱が始まり、「いつまでも栄えあれ」のトルコ風の賑やかな合唱により、太守の徳を讃えながらの大団円となって終幕となっていた。
大変な拍手が湧き起こり、舞台では華やかにカーテンコールが行われていたが、ショルテイも元気で登場しており、相変わらずの元気な姿を見せていた。観衆の拍手はオスミンが最も多く、次いでコンスタンツエ、ベルモンテの順に多かった。



このコヴェントガーデンにおけるモシンスキー演出は、右側に二階建ての宮殿の建物と幾つかの入り口があり、左側には緑の植物がある庭園になっていた。この簡素な舞台で、第一幕から第三幕までの全ての場面を扱っていたが、十分に説明力のある立派な舞台であり、演出であると思った。この落ち着いた舞台を背景にして、ショルテイの音楽がテンポ良く生き生きと流れており、その出来や安定感は抜群であり、十分な存在感があったし、登場した歌手陣の出来映えも、揃って動きが良く素晴らしかった。

ベルモンテのデア・ヴァルトは、このHPではゲンネンヴァイン指揮の92年ルードヴィッヒスブルグ城音楽祭の「後宮」(1992)に次いで2度目の登場であったが、今回の「後宮」の彼の出来映えが良く、他の歌手陣も揃っており、ショルテイの音楽に非常に安定感があるので、今回のこの映像に軍配を上げたいと思う。また、同じ理由で、今回同時にアップしたゲンネンヴァイン指揮の「魔笛」のタミーノよりも、ショルテイの「後宮」のベルモンテの方が存在感があったと言えよう。

また、コンスタンツエのインガ・ニールセンも若さと素人らしさが新鮮で、清潔なコンスタンツエを演じ、三つのアリアを何とか歌いこなしており、ベルモンテとの最後の必死の二重唱もまずまずと思わせた。オスミンのクルト・モルは、ザラストロと同様に大柄な彼の決め付けの当たり役で、十分な存在感があり、この舞台を安心して見て居れる土台になっていた。また、ブロンテもペドリオも動きが良く演技が上手な人を得ており、セリムも常に堂々として存在感があった。

以上の通りこのショルテイ・モシンスキーの「後宮」(1987)は、実に安心して落ち着いて見て居れるロイヤルオペラらしく上品な整った舞台であると感じた。

(以上)(2011/08/26)


目次5にもどる 目次4にもどる
目次3にもどる 目次2にもどる
目次1にもどる 私の新ホームページへ


名称未設定