(最新収録のDVD;アーノンクールとバルトリの演奏会用アリアとプラハ交響曲)
11-8-1、チェチーリア・バルトリの演奏会用アリアK.217、K.583、K.577、K.579、およびK.528、とアーノンクールとWCMによる「プラハ」交響曲ニ長調K.504、2001年7月13日、シュテイリアルテ音楽祭、グラーツ、(ソプラノ)チェチーリア・バルトリ、

−このDVDは、バルトリのコンサート・アリアと言い、アーノンクールのシンフォニーと言い、実に見ごたえのある素晴らしいコンサートの映像であった。バルトリのアリアは、字幕がなくとも彼女の顔の表情だけで意味が受け取れる豊かな表現と歌唱力で100戦錬磨の歌姫の片鱗をみせていた。またアーノンクールのプラハ・シンフォニーは、20年前のCDとは明らかに異なった円熟味を見せていた−

(最新収録のDVD;アーノンクールとバルトリの演奏会用アリアとプラハ交響曲)
11-8-1、チェチーリア・バルトリの演奏会用アリアK.217、K.583、K.577、K.579、およびK.528、とアーノンクールとWCMによる「プラハ」交響曲ニ長調K.504、2001年7月13日、シュテイリアルテ音楽祭、グラーツ、(ソプラノ)チェチーリア・バルトリ、
(2011年3月4日、銀座山野楽器店にて購入、OpusArteーDVD OA0869D)

    8月号の第一曲は、ニコラウス・アーノンクール(1929〜)の出身地グラーツのシュテファニエン・ザールで演奏されたコンサート記録であり、5曲のチェチーリア・バルトリによるコンサート・アリアが歌われたほか、最後にプラーハ交響曲ニ長調K.504が演奏されていた。ご当地のアーノンクールは、すこぶるご機嫌で、バルトリと対談をしたり、リハーサル風景が写されたり、音響的な配慮がなされた公演のためか撮影ノートが残されたり、サービス満点のDVDであった。私は2003年にグラーツを訪れ、このホールでコンサートを聴き、オペラ劇場でオペラを見ており、カール・ベームのお墓にもお参りしたことを懐かしく思い出す。
バルトリの5曲の演奏会用アリアのうちK.528のレチタテーボ「さらば、愛しい人よ」とアリア「止まれ、わが愛しい人よ」だけが未アップの曲であり、5曲とも素晴らしい曲が揃っているので、お気に入りのDVDになっている。このうちK.579のアリエッタ「喜びに胸はときめき」は、バルトリがピアノ伴奏で歌ったものをアップ(10-5-4)しており、2度目の登場で、今回はアーノンクールによるリハーサルでもこの曲が取り上げられ、大変面白い映像になっていた。



      始めのコンサートアリアでは、ソプラノのためのコンサ−ト・アリア「あなたは誠実な心の持ち主」K.217から始まった。バルトリとアーノンクールが入場し、オーケストラが静かにアンダンテイーノ・グラチオーソのメヌエット風の伴奏を開始し、バルトリがゆっくりとこのお馴染みのメロデイを歌い出した。この曲は、この静かな部分と、アレグロの華やかな技巧を駆使する部分とが、ロンド風に3度変奏されて繰り返される型式の曲になっている。始めの部分は、主役の娘ドリーナが、余り好きでもない求婚者をからかうように軽くあしらって「本当のことを言って」と求婚者に迫る部分であり、バルトリは実に表情豊かに、ゆっくり話しかけるように軽い調子で歌っていた。
     続いてアレグロになると、娘ドリーナが「あなたは忠実を守るとは思えない、きっと私を騙すのよ、信用はできないの」と手厳しく求婚者に告げる部分であり、バルトリは一転して、早いテンポで歌い出し激しくコロラチュアの技法を見せながら華やかに歌っていたが、彼女らしく顔の表情も実に豊かに、時にはゼスチャーも交えて、速いテンポのアリアをこなしていた。これらの二つの主題は次第に感情が込み上がるように、長さも形も変奏されて、豊かな表情で2度繰り返して歌われており、バルトリは字幕がなくとも歌っている意味が表情で分かるように、まさに文字通りの独演会の様子であった。第一曲目からして、いろいろな舞台をこなしてきた100戦錬磨の歌姫の片鱗を見せていた。



    コンサートアリアの第二曲目は、ソプラノのためのアリア「私は行く、だがどこへ?」K.583であり、この曲は、ソレールのオペラ「情け深い無骨者」の第二幕第5場の挿入曲として作曲されたアリアである。曲は力強い前奏の後にアレグロで「私は行く、だがどこへ?」といきなり絶望的な表情で力強く歌われてから、早口に「私の悲しみに同情がなかったら」と自分の苦しみを悲しげに訴えていた。バルトリはここでも豊かな表情で悲しげに憂いを込めて歌っていた。後半には、クラリネットとオーケストラの序奏でアンダンテ・ソステヌートに変わり、悲しみに満ちた沈痛さをもって「私から迷いを取り去って下さい」と歌う部分であり、バルトリは表情も歌声も悲しみと憂いに溢れたような仕草で、祈るように歌っていた。クラリネットの伴奏も美しく、繰り返しながら祈りを込めて美しく歌っており、オーケストラで静かに終了していた。約80小節の短い曲であったが、苦悩に満ちて祈りを込めるように歌われた美しいアリアであった。



      続く第三曲目のレチタテイーボとロンド「わがあこがれの愛しい人よ」K.577は、「フィガロの結婚」第4幕のフィナーレの直前に歌われるお馴染みのスザンナの第28番のレチタテイーボとアリア「とうとうその時が来た...恋人よ早くここへ」を作り直したアリアであり、テキストもオーケストラの前奏もレチタテイーヴォの部分はオペラと同じであるが、アリアの部分が新しくロンドとして技巧的に作り変えられたものであった。この曲は1789年8月のフィガロの再演時に、スザンナ役が後に「コシ」のフィオルデリージを歌うことになるF.デル・ベーネ夫人になったため、恐らく歌い手の声と力量に合わせた技巧的な曲に変更したものとされている。伴奏にもホルンやファゴットが活躍し、バセットホルンが伴奏するなど、ウイーン後期の本格的なアリアとしての工夫が凝らされている。
バルトリは特徴あるレチタテイーボの早めのテンポのオーケストラ伴奏に乗って、美しくあの「フィガロ」のレチタテイーボをゆっくりと表情豊かに歌ってから、ロンドに入ってラルゲットの部分を軽やかに歌い出した。この曲には2本のバセットホルンによる伴奏がついており、時にはホルンが存在感を示しており、バルトリは優しく考えるように「かっての約束と誓いを忘れないで」と愛する人に語りかけるように歌い、後半の「あーあ」で歌われるカデンツアのような部分も無難に歌い、第一ヴァイオリンのピッチカートの伴奏でこのラルゲットの部分を優しく閉めていた。ロンドの後半のアレグロに入ると、速いテンポのコロラチューラのパッセージが続いて、「私はもうこれ以上絶えられない」と訴えるように歌われていたが、バルトリは時には笑顔を見せながらゆとりのある表情で早いパッセージをこなしていた。大変な拍手があり、バルトリは何度もうなずきながら挨拶を繰り返していた。



     続く第四曲目は、ソプラノのためのアリエッタ「喜びに胸はときめき(Un moto di gioia mi sento)」K.579であるが、新全集では「フィガロの結婚」の第13曲aアリエッタとされており、コンサートアリアから外されて、オペラの巻に追加曲として譜面が表示されている。これはこのオペラのウイーン再演の際に、スザンナ役のデル・ベーネに依頼されて代替アリアとして作曲されたと推測されている。元の曲は第二幕でスザンナがケルビーノに変装をさせながら口ずさんだアリアだったものと考えられている。
     曲は短くて明るいアレグレット・モデラートの軽やかなオーケストラの伴奏で始まり、喜びに溢れる主旋律が出て、オーケストラ伴奏でフルートにより弾みがつくように旋律が高まっていき最初のフェルマータで一息つく。中間部ではオーケストラとソプラノが掛け合いながら進み、再び冒頭の旋律が出て変化し高まりながら次のフェルマータで一息つき、最後はオーケストラとソプラノがさえずりながらあっと言う間に軽やかに終わりとなる83小節の美しいアリアエッタになっていた。
    バルトリは満面に笑みを見せて挨拶してから、伴奏の軽快なオーケストラに続いて最初から軽やかに歌い出し、フェルマータでは十分に間を取ってから、オーケストラに声を重ねるように歌っていた。再びフェルマータで一息入れてから、最後はオーケストラと一体になって突き抜けるように歌って、一気に収束していた。余りにも一気に進んだ楽しく軽快な曲。ここでは申し合わせたように、そして全く同じような調子で、始めからオーケストラが歌い出し、バルトリもにこやかに歌い出して、全体をもう一度繰り返し、十分時間をかけて歌い継ぎ、後半は一気に歌い飛ばして楽しいアリエッタは終了していた。このDVDにはレハーサルがついているが、アーノンクールはこの曲を取り上げており、いかに軽やかに楽しげにオーケストラと声とを合わせるか、楽しみながら練習している風景が写し出されていた。




最後のコンサートアリアは、ソプラノのためのレチタテイーボ「さらば、愛しいものよ」とアリア「止まれ、わが恋人よ」K.528であり、オペラ「ドン・ジョバンニ」K.527に続く番号になっているのが注目される。この曲は1787年11月3日の日付けを持つプラーハで、ドウシェク夫人のために作曲された。このアリアには面白いドウシェク夫人のベルトラムカ荘にまつわる逸話があり、モーツアルトがアリアを早く書き上げるために、夫人に初見で間違えずに歌うことを条件にしたという話があるが、実際にこのアリアのアンダンテの後半部分には、減和音、増和音の音程で歌いにくい上に、半音下の移調で歌わせる難しい部分があるという。この曲にまつわるベルトラムカ荘のドキュメンタリー映像がプラハで作成されているので、ご覧頂きたい(6-12-2)。
曲は始めに「さらば、愛しいものよ」と始まる激しいレチタテイーボが長々と続き、「死は私を苦悩から解放するので、早く死なしてくれ。私は行く。」と苦しげに歌われて最後に「アデイオ」で終わるものであるが、バルトリはお得意の豊かな表情でその苦しみを悲壮な感じで歌っていた。曲は続いてアンダンテに入りゆっくりと「止まれ、わが愛するものよ」と優しい主題が歌われてから「アデイオ」が2回繰り返されるが、ここから難しいパッセージが続いてフェルマータで一休み。そして再び優しい主題が歌われて「アデイオ」の次に、今度はもっと難しそうなパッセージが続いていた。バルトリは始めの美しい主題を優しく歌い、難解な部分も全く意に関せず、ごく普通に歌っており、オーケストラの伴奏で、フェルマータの後も丁寧に繰り返すように豊かに歌っていた。
ここでテンポががらりと変わってアレグロになり、「神殿は何処か、祭壇は何処か、私は早く行きたい」と激しく歌われるが、バルトリも速いテンポになり必死の表情で、激しく歌い出し、一気に盛り上がってからこの苦悩のアリアを歌い終わっていた。コンサートアリアの中でも、このアリアは矢張り難解に聞こえ、譜面を見ながら何回も繰り返して聞き込まなければ、ハミングすることも難しいアリアであると感じていたが、バルトリはさすがに、このようなことを感じさせぬように、堂々と歌いこなしていた。





以上で五曲が連続して歌われると、人気のあるバルトリは何回も拍手で舞台に呼び出され、花束の贈呈を受けて嬉しそうに何回も挨拶を繰り返していた。



     コンサートの後半は、アーノンクール指揮ウイーン・コンチェルトウス・ムジクス(WCM))による第38番ニ長調「プラハ」交響曲であった。このオーケストラは、何回も来日しており、コンサート・マスターはお馴染みのエーリッヒ・ヘーバルトであり、いつもその隣にアリス・アーノンクールの姿が見える。コントラバスが向かって左奥に2本の中規模の古楽器オーケストラであった。






     プラーハ交響曲の第一楽章は、アーノンクールのゆっくりとした明快なリズムで弦楽器による切れの良い上昇気分の序奏で華やかに始まり、ユニゾンで力強く行進曲風にリズミックに堂々と進行し、次第に緊張と高まりを増しながら頂点に到達していた。ここでは、古楽器風のテインパニーが炸裂し、テンポ感は伝統的奏法と余り変わらないが、改めてピリオド奏法による鋭い音色の響きの違いを認識させる序奏部であった。続いてアレグロの第一主題がシンコペーションで第一ヴァイオリンにより始められ、木管がファンファーレ風にこれに応えてから弦楽器が颯爽と走り出し、次第に形を変え楽器を加え新しい動機が加わって形を変えながら進行するが、アーノンクールは彼一流の強弱の変化とリズムに変化をつけながら、躍動するように軽快に進めていた。やがてブッフォ的な軽やかな第二主題が提示されて、木管群が加わって素晴らしい主題提示部を示していたが、アーノンクールは、ここでピリオド演奏の特徴である繰り返しを譜面通りに忠実に行って、再び冒頭のアレグロから提示部が繰り返されていた。
     展開部では長い第一主題に含まれた主要な動機が三つほど現れて、次ぎつぎに対位法的な変化をしながら繰り返されていくもので、アーノンクールは非常にきめ細かく丁寧に主題を追いながら、この長大で充実した展開部をこなしていた。再現部はやや型どおりの形で第一・第二主題と進行していたが、第一主題の動機が第二主題の後に出て来るなどかなりの変化が行われていた。アーノンクールは再現部の終わりでも譜面通りに忠実に再現部からの繰り返しを行っていたが、この第一楽章は、他のシンフォニーよりも、構造的に複雑に出来ていたので、結果的に第一楽章は約20分を要する長大なものとなっていたが、理解しやすく決して冗長な感じは受けなかった。



     第二楽章では、弦楽器によりアンダンテの第一主題がゆっくりしたテンポで静かに歌い出されるが、直ぐにユニゾンのスタッカートの動機が続いてカノン風になって進み、美しいロマンテイックな雰囲気を持つ経過部を経て優しく進む。やがて第二主題が弦により提示されるが、続いてオーボエやフルートがこれに相づちを打つように繰り返しながら、穏やかに美しく進行していた。アーノンクールは、この美しい主題提示部を譜面通りに丁寧に繰り返していたが、このもの寂しい憂いを帯びた楽章を強く印象づけていた。
      続く短い展開部では、第一主題のスタッカートの動機がカノン風に複雑に展開されるが、これが実に印象的で素晴らしい効果をあげていた。再現部は型通りに進められてコーダで結ばれていたが、このコーダも同じ動機であり、強く印象付けられた。



     フィナーレは、メヌエット楽章が省かれて、プレストのロンド形式に近いソナタ形式で書かれているが、なぜメヌエットが省かれたかはについてはいろいろな説がある。冒頭の第一主題は、「フィガロ」の第二幕のスザンナとケルビーノの二重唱の旋律にとても良く似ており、ロンド主題のような形で舞台同様に素早く小刻みに進行する。弦の主題提示に対してフルートとオーボエとファゴットが三重奏の形でこれに対抗して応えるように軽やかに進行し、アーノンクールは、実に軽快に、踊り上がるように体を動かしながら明快に指揮をしていた。続く第二主題は、弦の提示に対し再び木管がこれに応える対話が続き、特にフルートが目覚ましい活躍をしてから経過部へと移行していた。ここでもアーノンクールは、譜面通りに几帳面に主題提示部の繰り返しを行っていた。展開部では第一主題の冒頭動機が木管で始まり、やがて弦楽器に主題が移されて、激しく力強く繰り返しながら展開がなされてから再現部へと移行していた。アーノンクールはこの楽章の末尾に示された繰り返しも忠実に行っていたが、その丁寧さには驚かされたが、これにより主題がとても馴染みやすくなり、効果があると思われた。     このフィナーレは、実に軽快に進行し、最後には力強い盛り上がりを見せて曲は結ばれたが、大変な拍手が湧き起こり、何回もステージに顔を出し、アーノンクールの人気の高さを示していた。前半のバルトリのアリアと言い、後半のシンフォニーと言い、演奏する側もサービス水準が高く、熱烈な声援を送るお客さんたちは非常に満足したものと思われた。



     アーノンクールのプラハ交響曲には、古いCDがあることを思い出して聴いてみたが、これは1981年9月収録のロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団によるモダン楽器のオーケストラによるものであり、後期の4曲が2枚のCDになっていた。これが最初に聴いた彼の交響曲シリーズであり、当時、最も鮮烈な印象を受けてものであった。しかし、現在このCDを聴いてみると、こちらの耳が慣れたせいもあって、思い切った強弱の変化やテンポの動かしには矢張り驚くものの、音の古楽器風の鋭い響きに対しては、寛容になっていた。今回の演奏は2001年7月のもので、丁度、CDより20年後の演奏であって表現は全体として穏やかなものになっていたが、オーケストラは彼の最も信頼すべき手兵のWCMであり、基本的な姿勢は変わりなく思われた。しかし後期の4曲を聴くと、このプラハ交響曲が最も伝統的な演奏に近く馴染みやすいものと感じている。矢張りアーノンクールは、いろいろなオーケストラを振り、いろいろな評価を経て、72歳の彼の演奏は、若い頃の先鋭な録音とは明らかに変わってきたと思われる。



    このDVDには、「撮影ノート」と題してバルトリを撮影するために用意されたカメラ・チームの準備を記録した制作日記が収録されていた。10台のカメラを使用し、3日前から機材を持ち込んでテストを重ねた周到な準備がなされていた。また、バルトリとのレハーサルにおいては、アリエッタ「喜びに胸はときめき」K.579を中心に、オーケストラ単独のレハーサルと、バルトリの歌とオーケストラの合わせ方の練習が続けられていた。また、アーノンクールとバルトリのモーツアルトの音楽に関する対話が収録されていたが、日本語字幕がなく残念であった。

(以上)(2011/08/04)


目次5にもどる 目次4にもどる
目次3にもどる 目次2にもどる
目次1にもどる 私の新ホームページへ


名称未設定