(懐かしいS-VHSテープより;リヒテルのピアノ協奏曲第1番、第5番、第18番)
11-7-4、スヴヤトスラフ・リヒテルのピアノとルドルフ・ヴァルシャイ指揮、新星日本交響楽団によるピアノ協奏曲第1番ヘ長調K.37、第5番ニ長調K.175および第18番変ロ長調K.456、1994年3月3日、サントリー・ホール、

−この映像は、今は亡きピアノの巨匠リヒテルのピアノ協奏曲の非常に珍しい日本公演のテレビ用のライブ映像である。リヒテルはピアノの打鍵が鋭く重厚な響きをもつピアニストとして知られているが、第5番ニ長調K.175および第18番変ロ長調K.456は実にじっくりと弾かれており、彼のピアノの特徴が随所に現れていて、それをこの映像で確かめることができる−

(懐かしいS-VHSテープより;リヒテルのピアノ協奏曲第1番、第5番、第18番)
11-7-4、スヴヤトスラフ・リヒテルのピアノとルドルフ・ヴァルシャイ指揮、新星日本交響楽団によるピアノ協奏曲第1番ヘ長調K.37、第5番ニ長調K.175および第18番変ロ長調K.456、1994年3月3日、サントリー・ホール、
(1994年5月8日、NHK教育テレビ、芸術劇場の放送をS-VHSテープに収録、)

     7月号の第4曲目は、巨匠リヒテル(1915〜97)が来日公演で珍しくピアノ協奏曲を3曲も弾いてくれた貴重な映像であり、早くからアップしたいものであったが、やっと今回その機会が訪れた。曲目は、ピアノ協奏曲第1番ヘ長調K.37、第5番ニ長調K.175および第18番変ロ長調K.456という出番の少ない3曲であり、ルドルフ・ヴァルシャイ指揮、新星日本交響楽団による1994年のサントリー・ホールにおけるライブである。
リヒテルにはピアノソナタの名映像として、 1989年のBBCによるライブ公演記録(9-11-1)が残されており、譜面を見ながら譜面に忠実な演奏を心掛けたように見え、淡々とした緊張感あふれる演奏振りには風格すら感じさせるものがあった。余り良く弾かれない3曲を選んで演奏したと言うことも共通して面白く、巨匠リヒテルがわれわれに伝えたいことがあるのではないかと、注意深く演奏を見る必要があるものと思われる。

    最初のピアノ協奏曲第1番ヘ長調K.37は、1767年4月から7月までの間に、当時11歳のモーツアルトによってザルツブルグで他の3曲とともに完成された。楽譜の大半はレオポルドの手によって書かれており、表題は「クラヴィチェンバロのための協奏曲」とされ長らくオリジナルな作品と思われてきたが、サン・フォアとヴィゼワの研究により、パリで活躍していたドイツ系作曲家のクラヴィーア・ソナタを協奏曲に編曲したものと判明している。この第1番ヘ長調K.37については、第一楽章はH.F.ラウバッハの作品1-5の第一楽章、第二楽章は不明とされており、第三楽章はL.ホーナウアーの作品2-3の第一楽章である。楽器編成は、弦4部のほかにオーボエ2、ホルン2のシンフォニーと同一の最も標準的な編成となっている。



     リヒテルが堂々と入場し、丁寧に四方を向いて挨拶をして着席し、メガネをかけてから直ぐにスコアを確認して準備が終わり指揮者に合図を送った。第一楽章はオーケストラの総奏でアレグロの第一主題が威勢良く始まていたが、コントラバスが4台もおり、この曲の規模にしては大きすぎる編成か。曲はやがてリヒテルの独奏ピアノによって力強くこの主題がゆっくりと反復されてから、そのまま明るい第二主題らしきものもピアノで提示されていた。リヒテルのピアノは、一音一音の打鍵に力がこもり、明確に弾かれているのが良く分かる。やがてオーケストラが総奏で冒頭主題を繰り返して行くが、独奏ピアノも明確な和音でしっかりと主題を展開し、続いて第二主題も力強く提示されていた。曲の構成は良く分からないが、もう一度オーケストラが冒頭主題を提示し、ピアノが第一・第二主題を再現してから最後は再びオーケストラで収束していた。力強いピアノが目立ったしっかりした曲であった。



第二楽章はアンダンテでオーケストラで始まる下降旋律の第一主題が奏されたあとリヒテルの独奏ピアノがこれを反復していき、経過部を経てさらにピアノのソロで装飾音の多い第二主題も提示されていた。フェルマータのあと独奏ピアノが自由に軽やかに動き回ってから、独奏ピアノが再び第一・第二主題を反復して、短いカデンツアを経て終結していた。さりげなく終始した第二楽章に対し、フィナーレ楽章はとてもリズミックで活気がある華やかな終曲で、初めてソナタ形式の曲が登場していた。オーケストラで威勢よく第一主題が始まり一頻り輝きを見せてから、リヒテルの独奏ピアノが明るくこの主題を繰り返していくが、この主題はなかなか楽しく軽快に進行していた。やがてこの主題の変奏が第二主題のように美しく聞こえて発展しオーケストラにより力強く主題提示部が終了するが、ここで提示部全体が丁寧に反復されていた。長い展開部では冒頭の第一主題がオーケストラと独奏ピアノによって繰り返し展開されてから、再現部へと突入していた。ここでは型通り再現され、この楽章の最後には、短いカデンツアが用意されており、この楽章全体を回想するように弾かれていた。



 老巨匠リヒテルが、この誰も取り上げようとしない曲をあえて第一曲に持ってきたのはどう言う意図があったのか良く分からないが、この曲を入念に聴いたのは初めてであった。そのピアノの音色の鋭さや重い響きが目立っており、このような単純な曲に対しても、リヒテルは実に真面目にスコアを見ながら丁寧に弾いていた。79歳の老巨匠が胸を張ってピアに向かう溌剌とした姿勢の良さには胸を打たれるばかりであった。フィナーレの演奏が生き生きと弾むように弾かれていたので、恐らく、この曲が手慣らしの練習用に手頃であったのではないかと思われる。

     続く第二曲目はピアノ協奏曲第5番ニ長調K.175であるが、二人のトランペット奏者とテインパニー奏者が入場し、続いてリヒテルがメガネを片手に持ちながら入場し、座りながらメガネをかけてピアノに向かっていた。第一楽章は、弦楽器中心に威勢良く軽快なテンポで開始されたが、時々加わるテインパニーが調子を刻んでおり、弦の歯切れ良さの特徴が良く出ていた。経過部を挟んで第二主題も弦楽器で歯切れ良く軽やかに登場し、盛り上がってからオーケストラによる主題提示部が終了していた。続いてリヒテルの独奏ピアノが第一主題を弾き始めたが、リヒテルは一音一音刻むように弾いており、これがリヒテル特有の打鍵の響きの深さをもたらしているように思えた。続いて独奏ピアノは16分音符の早いパッセージを転げ回るように弾き始め、オーケストラを従えて実に軽快に進行し、そのまま第二主題に突入していた。そしてここでも独奏ピアノの華麗なパッセージに続いて、ソロピアノとオーケストラとの賑やかな対話が続いてから、オーケストラが次第に盛り上がって堂々と主題提示部の締めを行っていた。



独奏ピアノによる長いトリルで始まる展開部では、独奏ピアノが大活躍していたが、経過的なパッセージには第一主題の断片が顔を出して賑やかに進行していた。再現部では、オーケストラの総奏で堂々と第一主題が始まるが、直ぐに独奏ピアノが主導権を取ってオーケストラを従えて進行し、直ぐに16分音符の華麗なパッセージに入って綿々と進行し、第二主題もそのまま独奏ピアノにより引き継がれ、最後にオーケストラに渡してからカデンツアに入っていた。リヒテルは、新全集に示された20小節のカデンツアを丁寧に弾いて、オーケストラに堂々と結ばせていた。

     第二楽章では、オーケストラが歌うようにアンダンテの第一主題を提示し、ホルンが相づちを打つように応えながら主題が進行してから、独奏ピアノが変奏を加えながらピアノが主題を繰り返していた。続いて第二主題がオーケストラで現れるが、直ぐに独奏ピアノが変奏しながら主題を繰り返していくが、この部分の独奏ピアノのパッセージが実に美しく、リヒテルもさすがに歌うように丁寧に弾いていた。展開部とは言えない10小節の短い独奏ピアノの挿入部を経てから再現部に入るが、ここでは始めから独奏ピアノが第一主題も第二主題も提示して、十分に歌いながら進行していた。カデンツアはわずか10小節の短い新全集記載のものであったが、リヒテルは確かめるように丁寧に演奏していた。





    フィナーレでは元気の良い弦楽器が活きの良い第一主題を提示し、軽快なアレグロで流れ出し、続いて独奏ピアノによるソロ主題が負けじとばかり軽快なテンポでカノン風に変形して進んでいた。この明るさと軽快さは非常に快く、リヒテルも軽やかに飛ばしていた。続く第二主題も独奏ピアノで負けじとばかりに軽快に提示され素晴らしいフィナーレとなっていた。展開部では冒頭主題が独奏ピアノにより繰り返し反復されていたが、左手が右手を超えて弾かれる技巧的なパッセージがあり、リヒテルも負けじとばかり弾いている姿は微笑ましかった。再現部ではここでも独奏ピアノ主導に二つの主題が進められていたが、フィナーレではカデンツアは新全集で明示していないせいかトリルだけで終わり残念ながら省略されていた。



    この第5番ニ長調K.175は、演奏会で取り上げられることが少ない曲であるが、このリヒテルのじっくりと弾かれた素晴らしいライブ映像を見て、数は少ないが満足すべき良い演奏がこれで三つ揃うことになった。この曲のデータベースでは、これまでは91年のモーツアルトイヤーの際に発売された「モーツアルト・オンツアー」と題したプレヴィン編纂のLDのピアノ協奏曲シリーズに含まれていたフレイジャーのピアノのもの(6-3-2)だけであったが、これに古楽器演奏の代表と位置づけられるレヴィンとホグウッドの私が現地で見たザルツブルグの懐かしい演奏(6-12-3)に加えて、このリヒテルの日本公演の演奏が加わることになった。これでこの曲K.175の三つの映像のアップロードが終わり、データベースとしては完成したことになるが、この曲については3映像しかなく、最近の新しい演奏が見当たらないので、完了とせずに今後に期待を残したいと思う。

     第三曲目は、ピアノ協奏曲変ロ長調(第18番)K.456「パラデイス」であるが、この曲は1784年に書かれた6曲のピアノ協奏曲の第5番目に当たる盲目のピアニストパラデイスのために書かれた曲とされている。この曲の構成は、第一楽章は行進曲風の主題によりソナタ形式で書かれており、第二楽章は「フィガロ」のバルバリーナのアリアに似た主題による変奏曲形式で書かれ、フィナーレ楽章は軽快なロンド主題を持つロンド形式で書かれている。



   この曲の第一楽章は、アレグロ・ヴィヴァーチェの弦楽合奏で堂々と始まるお馴染みの行進曲風のリズム動機を持つ第一主題で始まるが、直ちに管楽合奏に渡されてリズムを刻んでからフルオーケストラとなって流れるように進行していた。続いて2本のオーボエが歌い出しフルートが相づちを打つように始まる第二主題が木管中心に進行し、繰り返されて賑やかに力強く発展していた。木管の合奏が際立って活躍してから、やがて第一ヴァイオリンによるお馴染みの結尾主題が現れてトウッテイの提示部を締めくくっていた。
    独奏ピアノがいきなり第一主題の行進曲をソロで元気よく弾き始めて、第二の主題提示部が始まるが、続いてオーケストラを従えて独奏ピアノによる行進曲風の走句が軽快に鍵盤上を走り出し、威勢良く次から次へ速いパッセージが続いていた。リヒテルは上体を余り動かさずに落ち着いて、譜面を凝視しながらこの早いパッセージを見事にこなしていたが、余り見かけない風景であった。続いてオーボエで始まる第二主題でオーケストラが主役になりかけても、独奏ピアノが直ちに引き継いで、ソロで主題を変奏しながら早いパッセージを繰り広げ、提示部の後半を盛り上げていた。     展開部では独奏ピアノが新しい主題を提示しながら力強いパッセージを重ねて行くが、これが先の軽快な結尾主題の音形のリズムであり、この動機を木管が示しながら独奏ピアノが威勢の良い奏句を重ねるように進行していた。再現部はオーケストラで行進曲風に始まるが、直ぐに独奏ピアノが長いトリルを響かせながら登場してきて主役になり、以降は第二提示部とほぼ同様な独奏ピアノ主体のペースで第二主題へと進んでいた。カデンツアは、新全集に載せられた35小節の長いものをそのまま弾いていた。



    第二楽章はピアノ協奏曲では非常に珍しいト短調の変奏曲形式であり、「フィガロの結婚」の第4幕冒頭のバルバリーナのカヴァテイーナのソックリさんの主題による五つの変奏曲である。彼女がピンを探しながら「ピンを無くして困ったわ」と泣きながら歌うアリアであり、ここでは第一ヴァイオリンが溜息をつくような切ない音でゆっくりと始まって、主題がオーケストラで丁寧に繰り返されてから、後半には弦楽器に管楽器が加わって美しい主題を提示し、繰り返されて主題提示部は終わっていた。第一変奏は独奏ピアノのソロによる音形変奏であり、早いテンポでスタッカートの切れの良いピアノが終始転げ回る素晴らしい前半と、二つのフォルテの特徴ある分散和音に挟まれて愛らしいアリアが歌われる後半の部分に分かれていた。第二変奏は前半が管楽器だけがメロデイ部を受け持って主題提示されており、後半は弦楽器が主題を提示し独奏ピアノが32分音符の早いテンポの変奏を受け持つもので、そのあと全体がもう一度繰り返されていたが、ここからはスコアでは繰り返し記号を使わずにそのまま書かれていた。
    第三変奏はフルオーケストラによるリズミックな元気の良い主題提示がなされてから、独奏ピアノがソロでそれを受けてリズミックに力強く変奏するもので、後半にはさらに変化を加えながら、フルオーケストラに続きピアノソロがそれを模倣しながら明るく前半を繰り返すように力強く演奏されていた。第四変奏はト長調で明るく木管だけで主題の変奏がなされた後、弦とピアノがそれをそのまま模倣する前半に対し、後半も変化を加えながら木管合奏の後に、弦とピアノによる明るい模倣の変奏が続いていた。第五変奏は再びト短調に戻り、弦楽器が行う主題伴奏の上に、独奏ピアノが装飾を付けながら32分音符の早いパッセージで刻まれる力強い変奏で、途中からコーダになってから美しい主題の余韻を残すように、管楽器群と独奏ピアノと弦楽器が順番に幻想的な響きを醸し出し、その変化に驚きつつリヒテルの呟くようなピアノで楽章全体が静かに終結していた。このアンダンテ楽章では、他の演奏と比較をすると、オーケストラから実にゆっくりと演奏されており、リヒテルのピアノのには十分なゆとりがあって、丁寧に弾かれるピアノの音色や響きが変奏によりその都度変化を見せて、素晴らしく感動的であった。



    リヒテルの独奏ピアノが軽快に飛び出してくるのは、この典型的なロンド主題のフィナーレが初めてであったが、独奏ピアノはこの9小節のロンド主題だけで終わり、続いてフルオーケストラがピアノからこのロンド主題を引き継いで颯爽と走り出し一頻り盛り上がっていた。続いて独奏ピアノが第一クープレの主題を明るく弾きだし、独奏ピアノに管楽器が相槌を打つように進んでから、暫くして別の新しい旋律がピアノソロで現れて繰り返されてから、今度は管楽器がこれを引き継いで元気よく進み出し、最後には独奏ピアノが早いパッセージで颯爽と仕上げをしてフェルマータになっていたが、リヒテルはアインガングを省略して一息ついていた。
    再び冒頭のロンド主題が明るく独奏ピアノで開始され、型通りにオーケストラで賑やかに再現されてから、今度は第二クープレが独奏ピアノで華々しく開始されていた。これはまさにピアノソロの素晴らしい独壇場の世界であり、軽快に勢いよく区切り良く進められているうちにいつの間にか第一クープレの二つの旋律が顔を出して、フルオーケストラで盛り上がってからカデンツアとなっていた。カデンツアは新全集に記載のものをリヒテルはそのまま弾いていたが、技巧を凝らした早いテンポの力強い回想風のものであった。カデンツアの後も独奏ピアノが冒頭のロンド主題を提示して、オーケストラと独奏ピアノが交互に歌いながら、速いテンポでコーダに入っていたが、よく考えるとモーツアルトに良くある変則的な気まぐれなロンド形式のアレグロ・ヴィヴァーチェのフィナーレであった。



     リヒテルの第18番変ロ長調K.456は、リヒテルがゆっくりしたテンポでしっかりと弾き上げた心温まる名演奏であった。このリヒテルの演奏の特徴には、まずスコアを見て演奏していることが挙げられ、彼は暗譜をしないことで余分な神経を使わずに、暗い照明とともに集中力を高める手段としているようである。リヒテルは指を立てて力を入れて弾いておりこれが打鍵の深さとなって、厚くて響きの深い音を作り出しているようであり、映像で見てCDで感ずる重厚な音を生み出す秘訣が分かるような気がしている。この演奏では、第二楽章の変奏曲が実に入念に弾かれて素晴らしい音の響きが得られていたように思った。
    ここ数回、ピアニストによる弾き振りの演奏を続けて見てきたが、この曲については先にスコダの弾き振りを見てきた(11-4-1)。スコダは指揮者としては実績がなく、この弾き振りはテンポが動いて落ち着かず余り感心できなかった。しかし今回のリヒテルの演奏は、指揮者のヴァルシャイがロシア人でもあるせいか実に息が合っており、常にリヒテルの安心できるペースで演奏されていた。私はオーケストラを指揮者に委ねることは名演奏を生み出す条件のように思っている。

(以上)(2011/07/23)


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