(最新収録のDVD;アバドの「レクイエム」とK.42とK.339から二つのアリア)
11-7-1、クラウデイオ・アバドとベルリンフイルによる「レクイエム」と二つのアリア、「聖墓の音楽」K.42より〜この胸を眺めて、および「ベスペレ」K.339より〜ラウダーテ・ドミヌム、1999年7月16日、カラヤン・メモリアル・コンサート、ザルツブル大聖堂、

− この映像はアバドの全体から滲み出てくる中庸を得たテンポが良く、この暖かみのある指揮ぶりには、安心して音楽に浸ることが出来る。それに加えてベルリンフイルが素晴らしく、また、スエーデン放送合唱団が少人数でありながら迫力があり、透明感のある合唱やアンサンブルの良さなどに加えて、ソリストたちの顔ぶれが最高で、まさにカラヤンお気に入りの面々が揃って実力を発揮していた−

(最新収録のDVD;アバドの「レクイエム」とK.42とK.339から二つのアリア)
11-7-1、クラウデイオ・アバドとベルリンフイルによる「レクイエム」と二つのアリア、「聖墓の音楽」K.42より〜この胸を眺めて、および「ベスペレ」K.339より〜ラウダーテ・ドミヌム、1999年7月16日、カラヤン・メモリアル・コンサート、ザルツブル大聖堂、
(演奏者)二つのアリア;S:ラヘル・ハルニッシュ、レクイエム;S:カリタ・マッテイラ、A:サラ・ミンガルト、T:ミハエル・シャーデ、B:プリン・ターフェル、
(合唱団)スエーデン放送合唱団
(2011年3月4日、銀座山野楽器店にて購入、ARTHAUSーDVD100037) 

    最初のアバドの「レクイエム」は、カラヤンの没後10周年を記念したコンサートであり、アバドがベルリンフイルを率いてザルツブルグの大聖堂で1999年7月16日にライブで収録されている。曲目は、初めに「聖墓の音楽」K.42より〜この胸を眺めて、および「ベスペレ」K.339より〜ラウダーテ・ドミヌムの二つのソプラノのためのアリアが歌われてから、「レクイエム」が演奏されていた。その幕間に、喪服姿のカラヤン夫人と成人した二人のお嬢さんが瞬間的に写されており、メモリアルな映像であることを印象づけていた。私は何回も通ったこのザルツブルグの大聖堂で、通常のミサ曲を演奏する以外のコンサートは初めてであり、ドームの下の4つのパイプオルガンと、オーケストラ、合唱団、ソリストの配置がどうなるか、がかねて気になっていたが、この映像を見て解決した。マッテイラ、シャーデ、ターフェルは、カラヤン健在時から、ザルツブルグ音楽祭で歌っていた歌手陣であり、ベルリンフイルもカラヤンの名は懐かしい筈で、記念すべき忘れられぬ重厚な「レクイエム」となっていた。



    DVDでは初めに懐かしいザルツブルグの大聖堂の内部の全体が写されて、客席の奥のドームの下側にオーケストラが、その奥に遠来のスエーデン放送合唱団の姿が写されていた。やがてアバドと赤い礼服の背の高いソプラノ歌手ラヘル・ハルニッシュが入場して席に着き、本日の第一曲「聖墓の音楽K.42(35a)」から第2曲の天使の歌うアリア「この胸を眺めて〜私に聞いて下さい」のオーケストラの美しい前奏がアンダンテでゆっくりと始まった。前奏のメロデイを繰り返すようにソプラノのソロが始まり、天使の優しい思いを告げるかのように美しく歌われてから、新しいソプラノの技巧的な主題が歌われて、再び初めに戻るが、二つのヴァイオリンのため息のような動きも素晴らしく、とても11歳の時の作品とは思えない珍しい曲で、このコンサートは始まっていた。



    第二曲目は、「ベスペレ」K.339より第5曲目のラウダテ・ドミニム(主を誉め讃えよ)であり、まず、第一ヴァイオリンとファゴットが静かにラウダテ・ドミニムの旋律を前奏で歌い出してから、ソプラノのソロが厳かにこの旋律を歌い出した。若いハルニッシュが、朗々と天上的に美しい主を讃える歌をリリックな声でご披露しており、第一ヴァイオリンとファゴットが静かにオブリガートの役割を果たしていた。この美しい叙情的なアリアが心を込めて歌われた後に、締めくくりの栄誦が、この美しい旋律で合唱団で歌われて反復されていき、最後のアーメンでは、ソプラノのソロが一段と高い声を張り上げて合唱団の上を歌ってから、合唱団がアーメンで静かにこの曲を結んでいた。



「レクイエム」に入る前座のような形で、これら2曲のアリアが、若いソプラノにより歌われて、会場は雰囲気が盛り上がっていたが、ここで一旦、指揮者とソプラノが退席していた。この僅かな待ち時間の一瞬に喪服姿のカラヤン夫人と成人した二人のお嬢さんが写されていたが、没後10周年の意義を象徴する場面であった。
     上を見上げると大聖堂のドームが見え、視線を下げると中央の色彩豊かな祭壇があり、この祭壇を背景にして合唱団が奥の二列に並び、オーケストラが手前に舞台とは異なって雑然と並んでおり、合唱団との間の通路に4人のソリストの座席があった。 スエーデン放送合唱団は日本にも単独に来日して「レクイエム」(9-2-2)を歌っており、男女半々の30人ぐらいのその実力には定評のある合唱団であった。一方のベルリンフイルは、コントラバス4本で総勢60人くらいの標準規模のように見えた。



     ソリスト4人とアバドが入場し、ソリストたちが着席して用意が整ってから、アバドの棒が動いて、バスクラリネットの音がゆっくりしたテンポで響きだし、弦の悲痛な響きに先導されて厳かに「イントロイトス」が始まり、合唱団がバスから順に合唱が混然と始まって、深く弦の引きつるような伴奏に乗って進行し始めた。やがてエト・ルクス・ペで全員の斉唱となり、一瞬、和やかな音調となってホッとする。やがてマッテイラのソプラノのソロがレクイエムの開始を告げるように朗々と歌われてから、再び厳粛な合唱が堂々と進んでいた。そして後半部に入って二つのレクイエム主題による二重フーガとなり、アバドは口ずさむように指揮をして、悠然とした響きで堂々と進行し、開曲の最後を堂々と豊かに盛り上げていた。終わりに小休止のあと最後のフレーズをテンポを落として丁寧に終息していた。



    「キリエ」では、キリエで始まる男声合唱に続いてクリステで始まる女声合唱が追いかけるように始まり、テンポは幾分早まって、冒頭から壮大な二重フーガの形で早めに進行していた。キリエとクリステの二つの主題によるこの二重フーガは、大合唱にもかかわらずそれぞれの声部の重なり合いが明瞭であり、後半のキリエの大合唱でも堂々として壮大に歌われて、合唱団の水準の高さを感じさせていた。アバドは、ここでも、終わりにフェルマータのあとの最後のキリエ・エリースンをアダージョで、テンポを落として重々しく終結していた。
   続いて「セクエンツイア」に入って、第一曲目はいきなりテインパニーがけしかけるように響き、弦が鋭くうねるように鳴り響いて、「デイエス・イレ」と叫ぶように歌う激しい勢いの大合唱で始まり、女声と男声が交互に激しくぶつかるようにリズミックに進行していた。アバドも大声で叫ぶように「怒りの日」をむき出しに全身で激しい指揮振りを見せていた。後半のバスと上三声が掛け合いながら交互に反復しつつ進む合唱の迫力は見事なものがあった。



 第二曲の「トウーバ・ミルム」では、一転してトロンボーンの柔らかな明るい音色のソロが厳かに響いてから、バスのターフェルがじっくりとトロンボーンを伴奏に朗々と歌い出し、一瞬、救われたような感覚になる。次いでテノールのシャーデも声を張り上げながら明るく力強く歌い始め、アルトの順に続いていた。最後にソプラノのマッテイラが金髪をなびかせて高らかに締めくくるように歌いだし、後半はソリストたちによる豊かな四重唱になって静かに終息していた。この曲はいつ聴いても、激しいレクイエムの中では、心を落ち着かせてくれるオアシスのような素晴らしい曲であると思った。



   第三曲の「レックス・トレメンデ」では、激しい弦楽器とトロンボーンの付点音符の前奏の後に、「レックス」の大合唱が続き、先の「デイエス・イレ」の再現のように激しく響くが、ここではもっとリズムの激しさが特徴であった。アバドはここでも歌うように激しく指揮をしており、合唱が力強く進行するが、最後には音調を急変させて、ソプラノの合唱で「お許し下さい」とばかりに、悲痛な声で祈るように歌われて、最後には徐々にテンポを落としながら消えるように終結していた。



   第四曲は、四重唱で歌われる「リコールダーレ」。チェロとバスクラリネットによるしめやかな感じの前奏に続いて、アルトとバス、ソプラノとテノールとが順に厳かにゆっくりと歌い出す平穏な曲。しかし中間部からテンポがやや速まって4人がそれぞれ歌い出して非常に豊かな響きの深みのある四重唱となっていた。激情の溢れるレクイエムの中にあって一服の清涼感のある厳かな雰囲気を醸し出していた。



   第五曲の「コンフターテイス」では、ジャラン・ジャンジャン/ジャラン・ジャンジャンという全オーケストラの荒々しい伴奏で激しい男声合唱が雄叫びを上げるように歌い出してから、一転して救いを求めて悲鳴のように聞こえるソットヴォーチェの女声合唱が対照的に歌われ、そして始めから繰り返されて聴くものを呆然とさせ、男性声部と女性声部の対照の妙に驚かさせる。その間に、間をおかず4声が一緒になって「死に際の苦しみを救ってくれ」と悲痛な叫びを上げ、激しく胸に迫るものがあった。



    そして切れ目なしに続いて第六曲の「ラクリモサ」がヴァイオリンの切々たる音で静かに始まる。アバドはテンポを落とし、冷静に淡々と一音づつ進め、合唱が少しずつクレッシェンドで次第に高まりを見せ、8小節を超えてさらに高まりを見せながら、終盤にバスクラリネットとトロンボーンが厳かに響いて、大合唱により最後の燃焼に達していた。終わりのアーメンの合唱が実に厳かに結ばれ、起伏の大きかったセクエンツイア全体が締めくくられていた。ここで一息を入れて小休止のあと、続くオッフェルトリウムが始まっていたが、私のレクイエムへの集中の限界はここまでで、休息せざるを得なかった。



    映像は続いてオッフェルトリウム、サンクトウス、ベネデイクトス、アニュス・デイと続き、最後に冒頭に歌われたソプラノのソロが繰り返され、キリエのフーガに戻って、穏やかに全曲を終結していた。拍手がなしにコンサートは終わり、教会の鐘の音が微かに響いて、集まった人々は静かに解散していた。重々しくも穏やかなカラヤン追悼10周年に相応しいアバドの素晴らしいコンサートであった。

     帝王と呼ばれたカラヤンの亡き後は、やはりクラウデイオ・アバドなので あろうか。アバドは2002年までベルリンフイルの首席指揮者兼芸術監督を務めていたので、カラヤンが34年間にわたり指揮者として君臨したベルリンフイルを引き連れて、ごく自然体で追悼10周年に参加したのは当然と言えよう。没後10年の間に、バーンスタイン(1990)、クーベリック(1996)、ショルテイ(1997)などの大物が次々に亡くなって、矢張りアバドが選ばれたことは、当然のことと思われた。そしてアバドは、ザルツブルグの大聖堂で、見事にベルリンフイルを率いて期待通りの追悼コンサートを行ってくれた。

このアバドの「レクイエム」の映像は、矢張り、彼の全体から滲み出てくる中庸を得たテンポが良く、この暖かみのある指揮ぶりには、安心して音楽に浸ることが出来る。それに加えてベルリンフイルが素晴らしく、動きの速い弦と言い、トロンボーンやバスクラリネットの渋い音色など見事な響きを聞かせてくれた。また、スエーデン放送合唱団が少人数でありながら迫力があり、透明感のある合唱やアンサンブルの良さなどが当代随一であった。それに加えてソリストたちの顔ぶれが最高で、まさにカラヤンお気に入りの面々が揃って実力を発揮していた。指揮者、オーケストラ、合唱団、ソリストたちと、これだけの実力ある顔ぶれが揃った「レクイエム」は、余り例がなく、期待通りに人々の思いに応えた堂々たる「エクイエムを」を聞かせてくれたと思う。

2010年4月にデーヴィス指揮のドレスデン・シュターツOPの「レクイエム」の新しいDVDを入手して、全13組の映像の「レクイエム」のアップロードを完了し、「レクイエム」全体の総括を行ったばかりであるが、2011年7月現在では、次の通り、3組の新しい「レクイエム」の演奏と古いDVD録画が加わっている。いずれも記録に残すべき貴重な演奏が揃ったものと思われるので、早い機会にアップしておきたいと考えている。

1)2010/05/03、 コルボとローザンヌ合唱団、ラ・フォル・ジュルネ東京公演・ライブ、(10-8-1)でアップ済み。
2)1999/7/16、アバドとベルリンフイル・スエーデン放送合唱団、ザルツブルグ大聖堂、
3)1981/11/1(万聖節)、アーノンクールとCMW、ウイーン楽友協会ホール、

(以上)(2011/07/03)


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