(最新収録の放送;エッシェンバッハのピアノ協奏曲ライブ、K.414&K.488)
11-6-1、クリストフ・エッシェンバッハとパリ管弦楽団の弾き振りによるピアノ協奏曲第12番イ長調K.414、および第23番イ長調K.488、2010/2/20、70歳誕生ステージ、パリ、

−この映像はピアニストであり最近は指揮者として著名なクリストフ・エッシェンバッハが、手慣れた手兵のパリ管弦楽団を相手にピアノ協奏曲K.414およびK.488を弾き振りしたものであり、このHPでは初登場であった。しかしエッシェンバッハは、さすが老練なヴェテランで、良い曲を取り上げたばかりでなく、彼のピアノにも指揮にも余裕がある自在なもので、特に、第23番K.488は、パリ管弦楽団の木管楽器がとても良く響き、弾き振りの見本のような素晴らしい70歳の誕生コンサートであった−

(最新収録の放送;エッシェンバッハのピアノ協奏曲ライブ、K.414&K.488
11-6-1、クリストフ・エッシェンバッハとパリ管弦楽団の弾き振りによるピアノ協奏曲第12番イ長調K.414、および第23番イ長調K.488、2010/2/20、70歳誕生ステージ、パリ、
(2011年3月20日、NHKBS103クラシック倶楽部の放送をBD-038に収録)

   6月分の第一曲目は、NHKの最新収録の放送からの2曲のピアノ協奏曲の弾き振りであり、ピアノ協奏曲第12番イ長調K.414、および第23番イ長調K.488である。最近は指揮者として活動することが多いエッシェンバッハが、2010年2月20日のパリ管弦楽団を率いたコンサートにおいて、その日が彼の70歳誕生ステージであったせいか、コンサートの前半にモーツアルトの2曲の協奏曲を弾き振りしていた。後半には得意としているマーラーの交響曲第一番ニ長調「巨人」を指揮したコンサートであったが、今回ここではモーツアルトの2曲の協奏曲だけを取り上げたものである。エッシェンバッハは、このホームページは初登場であるが、私はCDで購入した最初のピアノソナタ全集が彼の演奏(1967〜70)であり、当時は髪の毛が未だふさふさした美青年であった。この中にピアノソナタとしてハ長調K.46eおよびヘ長調K.46dという珍しい2曲が含まれていたのが印象的で、当時は研究者としても捉えられていた。    今回のコンサートでは、エッシェンバッハはさすが老練なヴェテランで、実に良い曲を取り上げたと感心する組み合わせであり、彼のピアノにも指揮にも余裕がある自在なもので、特に、第23番K.488は、パリ管弦楽団の木管楽器がとても良く響いて、素晴らしさを感じさせた。


   コンサート第一曲のピアノ協奏曲第12番イ長調K.414(385p)は、オーケストラが総勢30人位か、スタインウエイを中央にして円形に囲むように広がり、コントラバスは3台であった。エッシェンバッハが登場して椅子に座って両腕を振り上げて、第一楽章のオーケストラ提示部が始まった。親しみやすい穏やかな第一主題が弦五部で始まり、第一ヴァイオリンが軽快に歌い、弦の繊細なリズムが快い。やがてピッチカートの伴奏で第二主題が第一ヴァイオリンにより優雅に提示され、続いて二部のヴァイオリンにより明るくカノン風に進行して盛り上がりを見せ、歯切れ良い和音で管弦楽の提示部が終了した。
    エッシェンバッハの独奏ピアノは第一主題を優雅に弾きだし繰り返して進んでから、この主題を模倣する新しい副主題が独奏ピアノで登場して美しいパッセージが連続し、これが実に優雅なサロン風。エッシェンバッハはさすが指揮者であり、指揮にもピアノにも十分なゆとりを持って、見事にパッセージをこなしていた。やがてピッチカートによる弦五部の導入で可愛げな第二主題が導かれ、独奏ピアノが元気よく引き継いで颯爽と進みだし、変奏が加えられ、華やかなパッセージが繰り広げられて、技巧を提示しながら進行して、提示部の盛り上がりを見せていた。     展開部では独奏ピアノが新しい主題を力強く提示し、独奏ピアノの独壇場になって技巧的にも盛り上がりを見せ、短いが変化のある展開部であった。 再現部ではほぼピアノ提示部と同様の経過をたどっていたが、第二主題が前半より拡大展開されて大きな盛り上がりを見せていた。最後のカデンツアでは新全集にあるBの長い方のカデンツアで結んでいた。エッシェンバッハは、表情豊かに時には笑みを見せ、コンサートマスターと顔を見合わせながらピアノに向かっており、見ている方も安心して没入することが出来た。


    続く第二楽章では、エッシェンバッハの指揮とピアノに、心憎いばかりの思いを込めた瞑想的な楽章になっていた。恐らくモーツアルトが敬愛したクリスチアン・バッハの死に寄せて、彼のシンフォニーから引用されたとされるアンダンテの宗教的な8小節の主題が、エッシェンバッハの指揮で静かにソット・ヴォーチェで弦5部でゆっくりと提示され、そのままフルオーケストラで初めの主題が美しく示され、簡素な結尾フレーズで序奏部が結ばれていた。続いてエッシェンバッハによる独奏ピアノが更に思いを込めてつぶやくようにバッハの主題を回想してから、新しい珠玉のようなフレーズが独奏ピアノで現れて、淡々と呟くように語りかけていくさまは実に美しく、エッシェンバッハの独自の世界を思わせた。続いて主題をオーケストラに渡してから、カデンツアに似たアインガングが華やかにソロで弾かれた後に、再び独奏ピアノによりバッハの主題で靜に第二部が始まった。続く初めの主題も独奏ピアノで綿々と提示され、一頻り独奏ピアノの瞑想の世界が続けられてから、これらを回想するような短いカデンツアが丁寧に弾かれて、バッハの死を悼むような敬虔な楽章を静かに終えていた。アインガングは新全集に示された短いAを、またカデンツアはこれも短いAを弾いていた。



   フィナーレはアレグレットの軽快に踊るような弦五部のロンド主題で開始され、続けて二つ目の主題も明るくオーケストラで提示されていた。この楽章は典型的なロンド形式であろう。続いて満を持したエッシェンバッハの独奏ピアノが第一のエピソードで明るく登場するが、付点リズムを持った動機が実に軽快そのものであり、ピアノとオーケストラが交互に楽しく飛び出して転げ回る楽しい楽章になっていた。再びロンド主題がピアノで現れてから、第二のエピソードが独奏ピアノで登場して軽快さを増しながら素晴らしい効果を上げつつカデンツアに入っていた。ここでは新全集のカデンツアBの長いものが弾かれていた。しかしコーダに入ってからも、付点リズムの主題が顔を出し、独奏ピアノがカデンツア風にアダージョになってファンタステイックな表情を見せるなどモーツアルトらしい気まぐれ的な変化を見せてから簡潔に終息していた。
   三つの楽章を通じて、エッシェンバッハは、指揮にも独奏ピアノにも、いかにも爽やかな演奏ぶりをみせ、時には笑顔を見せるなど豊かな表情を見せ、まさに弾き振りのお手本のような楽しげな演奏であった。




    続く第二曲目のピアノ協奏曲イ長調K.488では、第一楽章は長い堂々たるオーケストラの提示部を持つので、エッシェンバッハはピアノの前ににこやかに座って両腕の一振りでオーケストラが弦で美しい第一主題を開始した。クラリネットやフルートやファゴットが美しい響きを確かめるように主題を繰り返してから、特徴のあるリズミックな経過部に移行した。続く第二主題も弦楽器で静かに始まり、管楽器も加わりながらひとしきり歌って第一提示部を終えていたが、ここまでは全くエッシェンバッハの穏やかなペースで進んでいた。やがてエッシェンバッハの独奏ピアノが静かに登場し、丁寧に第一主題を弾きだし、続いて変奏するように繰り返してから、ピアノがオーケストラを従えて転がるように進んでいた。続いて、静かに独奏ピアノが第二主題を提示し始めたが、良く響くピアノが美しく、これにオーケストラが加わりピアノの心地よいパッセージを中心にヴァイオリンとピアノの掛け合いの部分が調子よく進んでいた。
   展開部は新しい気持ちの良い新しい主題で弦で始まるが、直ぐにピアノと木管が交互に登場して競り合いが続いた後に、目まぐるしい早いピアノのパッセージが現れてピアノが目覚ましく活躍し始めた。ここではクラリネットやフルートが響いたり、弦楽器がしっかりピアノをサポートしたりして、素晴らしいアンサンブルで軽快に進行していた。これはまさにエッシェンバッハの弾き振りのペースで、自分で指揮をするオーケストラに合わせたり、ピアノがオーケストラを引っ張ったり、自在にアンサンブルを操るように進められていた。再現部もピアノを中心に良いテンポで心地よく型通り演奏されていたが、後半には展開部での新しい主題もピアノで再現されて上手く組み合わされていた。カデンツアは譜面にある備え付けのものが弾かれていたが、幻想的にイメージ良く弾かれ、ピアニストとしての存在感を示していた。





    第二楽章のアダージョでは、エッシェンバッハがモノローグでシチリアーノのリズムに乗って、ゆっくりと美しい主題をメランコリックに弾き始めた。そして、この主題に応えるかのように第二ヴァイオリンの分散和音をベースに、第一ヴァイオリンとクラリネットがそしてフルートが新しい旋律を歌い出していた。再び独奏ピアノが始めの主題を丁寧に変奏しながら酔ったように進み出し、メランコリックなシチリアーノの美しい世界が繰り広げられ、綿々と続けられていた。
   中間部では突然にファゴットの分散和音に乗ってフルートとクラリネットがテンポを変えて合奏しながら新しい主題提示をするが、ピアノと木管との掛け合いが美しく始まり、暫くの間、ゆったりと酔ったように進んでいたが、なんと素晴らしい部分なのだろうか。再びピアノが冒頭のシチリアーノの主題を再現し変奏しながら進行するうちに、もう一度、ピアノと弦と木管の見事なアンサンブルが登場し、最終部でのピッチカートの伴奏でピアノがゆっくりと歌い上げて、エッシェンバッハのピアノとオーケストラとの一体感をまざまざと感じさせる弾き振りの妙が示されていた。



 このフィナーレのエッシェンバッハは何と楽しげで軽やかなのだろうか。明るく輝くようなアレグロでお馴染みのロンド主題が独奏ピアノで軽快に飛び出し、自らの指揮でオーケストラに引き継がれていくが、進むに連れて新しい楽想が独奏ピアノによって次から次へと飛び出してきて、その都度、独奏ピアノの華麗なパッセージが繰り広げられ木管との対話を繰り返しながら疾走していた。やがて思い出したように冒頭のロンド主題が独奏ピアノでオーケストラで再現されていた。しかし今度は、 独奏ピアノの一撃とともに直ちに新しい主題がピアノで現れて木管と相づちを打ちながらピアノが転げ回り、続いてクラリネットが新しい主題を提示して独奏ピアノが引き継いで軽快なパッセージが続いていた。後半には独奏ピアノによるコーダ風の主題が現れピッチカートの伴奏の上をピアノが軽快に走り回り、最後には再びロンド主題が登場してから華やかにこの楽章が閉じられていた。エッシェンバッハの華麗なパッセージと柔軟な指揮とが目立った素晴らしい楽章であった。



   大変な拍手でエッシェンバッハは観客から迎えられ、挨拶を繰り返すうちに楽団員からも指揮とピアノを讃えた歓迎の仕草が伝えられているうちに、女性職員から花束の贈呈を受けて、エッシェンバッハは満面の笑顔でこれらに応えていた。そのうちにオーケストラによりごく自然体で「ハッピー・バースデイ」の音楽が流れ出し、コンサート・ホールは嵐のような拍手と歓声で包まれていた。思いがけぬ素晴らしい自然体のセレモニーで気がついて大喜びをした観衆が多かったものと思われる。70歳という節目の誕生日であったので、ご本人にとっても記憶に残る誕生日であったと思われる。

   エッシェンバッハは、有名な割にはこのHPに初登場なので、ここで簡単に紹介ておこう。1940年ポーランド生まれであるが幼少時に孤児となり、1946年にドイツの篤志家エッシェンバッハ家に養子として引き取られ、養母から音楽教育を受けた。ケルンとハンブルグの音楽大学で学び、1961年にピアニストとしてデビュー。翌年にミュンヘン国際音楽コンクールで1位なしの2位に入賞。さらに1965年にクララ・ハスキル・コンクールで優勝してから国際的な演奏活動が始まった。彼の演奏は、清澄な中に豊かなロマンテイックな詩情をたたえたもので、とりわけモーツアルト以降のドイツ・オーストリア系の作品に独特の味わいを聴かせる。彼はまた1970年代初めから指揮者としても活動を初め高い評価を受け、チューリッヒ・トーン・ハレ管、ヒューストン響、北ドイツ放響などの音楽監督を歴任したのち、フィラデルフィア管とフランスのパリ管の音楽監督を兼任する活躍ぶりであり、今では指揮者としての名声の方が高いとされる。

 それにしてもエッシェンバッハには、手慣れたパリ管の指揮をしながら最もお得意の2曲の協奏曲を弾けるという最高の機会を得て、実に爽やかな素晴らしい弾き振りのコンサートであった。おまけに70歳という節目の誕生日の祝福を楽団員たちから受けて、ご本人も満足できる舞台であったに違いない。実際ゆとりのある指揮ぶりといい、木目の細かなタッチの弾きぶりといい、曲を知り抜いて思うがままに表現できるピアニストとしての力量といい、いわゆる弾き振りのベストに近い演奏であったといえよう。

 今回の作業は、思わぬ「胆嚢摘出」という大病の後、病院で考えたシナリオ通りに新しく購入したWin7搭載の新パソコンにより作成した最初のホームページへのアップであった。WinXPからの2段階のアップグレードであったので、データ類の更新が大変であったが、お陰さまで日本語入力の一太郎もデジカメの写真を取り込むキャノンのズーム・プラウザもWin7に直ぐに馴染み、これまでよりも遙かに動きが良くなって今後が楽しみになっている。しかしフリーソフトの「縮小専用」の移設に手間取ったり、メールソフトもOutlook Express からOutlook2010へのデータの引き継に、面倒な思いをした上にその操作の変わりように驚き、やはり一刻も早く慣れる必要があると考えている。

(以上)(2011/06/12)


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