(懐かしいLDの珍しい宗教曲;ヴェスペレ「証聖者の盛儀 荘厳晩課」K.339)
11-3-4、フェルデイナント・ライトナー指揮バンベルグ交響楽団・合唱団によるヴェスペレ「証聖者の盛儀 荘厳晩課」ハ長調K.339、1985、年バート・キッシンゲン、西ドイツ、

−この曲は、深く聞けば聞くほど、地味ではあるが素晴らしい曲が集まっていると思った。全六曲のうち合唱だけの曲は第4曲のラウダテ・プエリだけであり、バーバラ・ボニーがソロで活躍する曲は、第5曲のラウダテ・ドミニムだけが特別に有名であるが、第1曲を除く4曲にそれぞれソプラノのソリストとしての出番があり、まるでソプラノのソリストのためのミサ曲のような造りであった。まだ29歳の若きバーバラ・ボニーの、明るく清澄なリリック・ソプラノの美しい声を味わうことが出来る−

(懐かしいLDの珍しい宗教曲;ヴェスペレ「証聖者の盛儀 荘厳晩課」K.339、)
11-3-4、フェルデイナント・ライトナー指揮バンベルグ交響楽団・合唱団によるヴェスペレ「証聖者の盛儀 荘厳晩課」ハ長調K.339、1985、年バート・キッシンゲン、西ドイツ、
(歌手)S;バーバラ・ボニー、A;サラ・ウオーカー、T;アルド・バルデイン、B;アンドレアス・シュミット、
(東芝EMI、レーザー・デイスク、TOLW-3619)

   この映像は、ドイツ指揮界の長老フェルデイナント・ライトナー(1912〜1996)が、1985年、西南ドイツ、フランケンの古都バンベルクから西北に約65キロほどの保養地バート・キッシンゲンのレーゲンテンバウエス・グロッサー・ザールでZDFのTV放送用に行われた演奏である。ライトナーはN響の客演指揮者としてたびたび来日していたが、この演奏は彼が73歳の時の演奏であり、このバンベルク交響楽団は彼が創設直後から育ててきたオーケストラであった。



   このヴェスペレ「証聖者の盛儀 荘厳晩課」K.339は、このHP初出であり、カトリックの聖務日課において日没時に行われる祈り「晩課」であり、ルネサンス以来、ミサと並び典礼音楽の重要な一翼と言われる。モーツアルトには6章構成のヴェスペレが2曲K.321とK.339の二つがあり、そのテキストは旧約聖書の5つの詩編に新約聖書のルカ伝からの「マニフィカト」を加えた計6編からなり、その各章の結尾には栄誦「グローリア・パトリ」が付加されているという。タイトルの聖職者の意味は、時代によって異なるが今日では、全ての男性聖人に与えられる称号であるという。
   この曲はモーツアルトにとって、ザルツブルグ時代の最後の教会作品に当たり、前作のK.321よりも充実していると言われ、またウイーン時代にスヴィーテン男爵に見せるためにK.321とともにザルツブルグから取り寄せたという自信作でもあった。

   指揮者ライトナーはこの宗教上の儀式のために作曲された一種の機会音楽とされるこのカソリックの教会音楽を熟知している。そしてこの楽団と専属の合唱団とを長年にわたり掌握する大ヴェテランであって、若い独唱者たちを揃えた貴重な演奏であり、これまでのところ全曲演奏の映像としては唯一のものである。なお、曲の構成を見ると、オーボエもフルートもホルンもなく、テインパニーと2トランペットのほかアルト・テノール・バス各声部を重複させるための3本のトロンボーンのみという管楽器とヴィオラを除いた弦楽器という構成を取っている。



1、デイクシット(主は言われる);アレグロ・ヴィヴァーチェ、ハ長調、3/4拍子、
   LDの映像では、ホールを背景にした画面上に演奏者などを紹介する字幕が写されてから、オーケストラと合唱団が整列した舞台の映像が映し出されていたが、突然にライトナーの一振りで合唱とオーケストラのトウッテイの強奏で第一曲目がデイクシットの言葉で力強く開始された。続いてヴァイオリンのスタッカートの舞い上がるような軽快な伴奏に続いて堂々たる四部合唱がアレグロ・ヴィヴァーチェで開始され、主の言葉が高らかに宣せらるように合唱は祈りの響きを力強く聞かせていた。開曲に相応しく堂々たる壮麗な合唱が続いてから、ソプラノ・アルト・男声合唱と移行する第二主題的な合唱に変わって暫く進行していた。フェルマータの後、最初の合唱に似た部分が再び現れて盛り上がりを見せてから、ソロの四重唱でグローリア・パトリの栄誦が入っていたが、直ぐにトウッテイの合唱となり、やがてアーメンの合唱となり力強く結ばれていた。残念ながら字幕が出ないので、歌っている意味が分からないまま第一曲が終了していた。

2、コンフィテボール( 誉め讃えよう);アレグロ、ホ短調、4/4拍子、
   続く第2曲は、前曲と同様にアレグロで全声部が同時に力強くコンフィテボールと発声されて歌い出されていた。そして女声合唱に続いて男声合唱が応えるように歌われ、繰り返され、各声部の動かし方が、一層、変化に富み、大合唱らしく荘厳な響きを見せていた。やがてバーバラ・ボニーの歌うソプラノソロが朗々と歌い出し、続いてバスが、アルトとテナーが参加して四重唱になり、再びソプラノソロに戻ってから全合唱が続き、これらが繰り返されるように続けられていた。この曲では締めくくりのグローリア・パトリの栄誦は合唱が歌っていたが、そのままアーメンの合唱に入り、堂々とアーメンで結ばれていた。



3、ベアトウス・ヴィル(幸いな人);アレグロ・ヴィヴァーチェ、ト長調、3/4拍子、
   続く第3曲は、オーケストラの短い序奏の後、ベアトウス・ヴィルと明るいアレグロ・ヴィヴァーチェの大合唱が始まり、ヴァイオリンの上昇するスタッカートに乗って女声合唱と男声合唱が交互に続く合唱が一頻り続いていた。やがてヴァイオリンの愛らしいフレーズに続いてソプラノ独唱が歌い出し、続いて四重唱が追いかけ、合唱で堂々と締めくくりを見せた。このソプラノ独唱・四重奏・合唱のパターンが、それぞれ微妙に変化させながら4回繰り返されて、素晴らしい効果を上げていたが、締めくくりのグローリア・パトリの栄誦は独唱ソプラノが歌い出し、四重唱・合唱と引き継いでから、アーメンの合唱に入り、そのまま明るくアーメンの斉唱で結ばれていた。

4、ラウダテ・プエリ(しもべら、讃えよ);ニ短調、2/2拍子、
   この詩編では、先行した三つの楽章とは全く趣が変わり、冒頭からバスに始まりテナーに続く厳格なニ短調の男声合唱で始まり、続いてアルトからソプラノの女声合唱が加わって二重フーガ風に進行し、暫く一貫した対位法的な合唱が荘重に続いていた。続いては女声合唱から男声合唱へと移行するフーガ風な合唱が続き、まるでレクイエムの一部にも似た荘重で重々しく力強い合唱が続いていた。やがて締めくくりのグローリア・パトリの栄誦にはアルトとバスの合唱で静かに入っていたが、ここではトランペトやテインパニーは沈黙し、あたかも無伴奏の合唱曲のように進行して、最後はアーメンの合唱で静かに終結していた。



5、ラウダテ・ドミニム(主を誉め讃えよ);アンダンテ、ヘ長調、6/8拍子、
   この楽章ではメッザ・ヴォーチェで静かに第一ヴァイオリンとファゴットがラウダテ・ドミニムの旋律を前奏で歌い出してから、厳かにソプラノのソロがでラウダテ・ドミニムの旋律を歌い出した。バーバラ・ボニーはここでは譜面を見ずに朗々と天上的に美しい主を讃える歌を若々しいリリックな声でご披露して、堂々と存在感を示しており、第一ヴァイオリンとファゴットが静かにオブリガートの役割を果たしていた。やがて締めくくりのグローリア・パトリの栄誦は、この美しい旋律で合唱団で歌われて反復されていき、最後のアーメンでは、ソプラノのソロが一段と高い声を張り上げて合唱団の上を歌ってから、合唱団がアーメンで静かにこの楽章を結んでいた。このラウダテ・ドミニムだけが単独で、ソプラノが歌うことが多く、後日にチェックしてアップしてみたいと考えている。

6、マニフィカート(あがめまつる);アダージョ、ハ長調、4/4拍子、
   冒頭にバロック風の特徴ある付点リズムを強調したアダージョの序唱が開始されてから、おもむろにソプラノのソロが明るくアレグロの主題を提示して口火を切り、合唱が堂々とこれを引き継ぎ発展させていた。美しい弦の導入により、四重奏が新たな主題を提示して、合唱がこれを展開してから、再びソプラノのソロと合唱が現れ充実した響きを見せていた。やがて締めくくりのグローリア・パトリの栄誦は、四重唱で歌われ、合唱団が引き継いでからアーメンの斉唱が始まり、静かに終結していた。このヴェスペレの荘厳な響きを飾る堂々とした素晴らしいマグニフィカトであった。



   この曲を映像でじっくり確かめながら聞いたのは初めてであろうか。深く聞けば聞くほど、地味ではあるが素晴らしい曲が集まっていると思った。全六曲のうち合唱だけの曲は第4曲のラウダテ・プエリだけであり、バーバラ・ボニーがソロで活躍する曲は、第5曲のラウダテ・ドミニムだけが特別に有名であるが、第1曲を除く4曲にそれぞれソプラノのソリストとしての出番があった。これはCDで音だけ聞いていると、聞き落としてしまうかも知れないが、まるでソプラノのソリストのためのミサ曲のような造りであった。



   バーバラ・ボニー(1956〜)はアメリカのニュージャーシー生まれのソプラノで、アメリカで学んだ後1977年にザルツブルグのモーツアルテウム音楽院に留学し声楽を学んでいた。1979年以降にダルムシュタットの劇場にデビユーし、ケルビーノやブロントヒエンを歌ってきたとされる。1984年からミュンヘンでクライバー指揮の「薔薇の騎士」のゾフィー役で大成功し、サヴァリッシュの「魔笛」のパミーナなどで絶賛を浴び、このLDの独唱者に選ばれたとされる。この映像は1985年の録画であるので、当時はまだ29歳であり、明るく清澄なリリック・ソプラノの幾分固さの残る美しい声と正統派のテクニックを持ち、このでもラウダテ・ドミニムでも印象的な名唱を聞かせていた。
   このHPでは、1991年のガーデイナーの指揮でハ短調ミサ曲K.427とレクイエムK.626(8-5-2)を歌い、アーノンクールとチューリヒOP劇場で1988年に「魔笛」のパミーナ(CD)、2003年に「テイト帝」でセルヴィリア(7-11-3)を歌っている。

   このレーザーデイスクは、フェラインの旅行仲間からLDプレイヤーが故障したからと言うことで分けていただいたものの一枚である。LDの初期の頃のものであり、この曲1曲のみで約30分しか収録されていないのは勿体ないと思われた。

(以上)(2011/03/20)


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