(懐かしいS-VHSを見る;コープマン交響曲連続演奏会、第三集、5曲)
11-12-4、トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック・オーケストラ、 (曲目)交響曲変ロ長調(第24番)K.182(173dA)、ト長調(第27番)K.199(161b)、ハ長調(第9番)K.73、イ長調(第21番)K.134、ニ長調(第38番)K.504「プラハ」、
 第三回連続演奏会1991年5月27日、東京芸術劇場、日本公演、NHK、

− コープマンのモーツァルト交響曲連続演奏会も3回目となり、コープマンとバロック・オーケストラの演奏スタイルが良く分かってきたが、今回のプラハ交響曲では、前回のリンツ交響曲と同様に、弦がややひ弱にに感じ、反対に一連の初期のシンフォニーでは、古楽器の持ち味を生かした溌剌とした演奏が楽しめた−

(懐かしいS-VHSを見る;コープマン交響曲連続演奏会、第三集、5曲)
11-12-4、トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック・オーケストラ、 (曲目)交響曲変ロ長調(第24番)K.182(173dA)、ト長調(第27番)K.199(161b)、ハ長調(第9番)K.73、イ長調(第21番)K.134、ニ長調(第38番)K.504「プラハ」、 第三回連続演奏会1991年5月27日、東京芸術劇場、日本公演、NHK、
(1993年02月14日、NHKによる放送をS-VHSテープに3倍速で収録)

        12月号の第四曲目は、懐かしいS-VHSテープからコープマンの交響曲シリーズの第三集であり、交響曲第38番ニ長調「プラハ」K.504ほか4曲をご紹介する。このHPではト長調(第27番)K.199(161b)、ハ長調(第9番)K.73、イ長調(第21番)K.134、の3曲のシンフォニーが初出の曲のようであり、貴重な演奏である。このシリーズは、第9集で完結し、それぞれ、揃って2本のS-VHSテープに収録されているが、そのうち第4集と第5集が、真に残念であるが収録漏れで欠落しているので、次回以降は第6集、7集、8集、9集と続くことを、予めお断りしておかなければならない。第三集は第二集の1週間後に収録されているが、一見して他と区別するには、第一ヴァイオリンの紺色のドレスの女性と第二ヴァイオリンの緑色のドレスの女性が隣り合っていることで、第三集を識別して頂きたい。

ここでは演奏曲の順に紹介していくことになるが、第三集の第一曲目は交響曲変ロ長調(第24番)K.182(173dA)なのであるが、新全集のスコアではK番号がK.182(166c)とされていた。慌ててザスローの本で確認すると、166c=173dAとされており、有名な交響曲ト短調K.183(173dB)の1曲前に作曲された曲であることには間違いはない。
この曲は1773年にザルツブルグで作曲されたイタリア序曲風の短いシンフォニーで、メヌエットを除いた三楽章の構成である。オーボエ2、ホルン2、弦5部の構成で、第一楽章の提示部の反復がないソナタ形式となっており、第2楽章のアンダンテではオーボエがフルートに持ち替えられる様になっている。




コープマンが颯爽と入場をして挨拶をしてから、直ぐに第一楽章が元気よく始まったが、第一主題は三和音で下降するユニゾンで開始されるアレグロ・スピリトーゾの速いテンポの主題で途中からシンコペーションのリズムで軽快に推移していた。短い休止で明快に区切られた第二主題は温和しい主題で弦楽器のみで提示されて行くが、提示部の繰り返しがなく、再び元気よく最初の主題が再現されて明るくスピーデイに一気にこの楽章を終えていた。こういう元気の良いファンファーレ的なアレグロ楽章は、ブッフォ的な軽快な素材が組み合わされており、とても古楽器の演奏には向いていると感心しながら聴いていた。

         続く第二楽章は、フルートと弦とピッチカートで美しく始まるお得意のアンダンテイーノ・グラツイオーソの楽章であり、形式的にはフランス風のロンドであろうか。フルートと弦の合奏でゆったりとセレナード風に進行し、A-B-A-B-Aと型通り進んでいたが、Bの部分は弦が先行しフルートが答える変奏形であり、Bの後半の最後に現れる2フルートと2ホルンの合奏が実に印象的だった。フィナーレはアレグロのロンド主題が三度繰り返される8分の3拍子のジーク舞曲で、第一楽章と同じように、強いユニゾンの走りと弱い部分との対立が目立つ曲で、ホルンとオーボエが良く響き狩の音楽を思わせる。

         10分足らずで駆け抜けるように終了する序曲風の軽快な曲であったが、コープマンの演奏は軽快で楽しいものであった。当時もコンサートの始まりなどで演奏された曲なのであろうか。モーツアルトは約10年後の1783年1月4日の手紙で、父親にこの曲をト短調K.183(第25番)、イ長調K.201(第29番)およびセレナードニ長調K.204のシンフォニー版を、「出来るだけ早く送ってくれ」と頼んでいる。恐らく、モーツアルト自身も気に入っており、再利用したいと考えたに違いない。




続く第二曲目は交響曲ト長調(第27番)K.199(161b)であるが、新全集のスコアではK番号がK.199(162a)とされていたので、これも慌ててザスローの本で確認すると、162a=161bとされていた。1773年から74年にかけて作曲された一連の9曲(K162〜K202)の作曲順について、学者間で異論があるようである。この曲は1773年4月にザルツブルグで作曲された3楽章のシンフォニーであるが、各楽章とも繰り返しのあるしっかりしたソナタ形式で書かれており、メヌエットを除いた三楽章の構成である。編成も小さいが、フルート2、ホルン2、弦5部の構成であるのが珍しい。

この曲の第一楽章はアレグロで、伸びやかな3拍子の第一主題の後にシンプルな旋律をヴァイオリンが奏する第二主題が現れ、明るいイタリア風の旋律美に富んでおり、溌剌とした生命力を感じさせていた。提示部の丁寧な繰り返しの後、展開部は新しい主題によっているが、展開部と言うより新しい主題の中間部的な短いもので、曲は直ちに再現部に入っていたが、コープマンは末尾の繰り返しを省略していた。



第二楽章はアンダンテ・グラツイオーソであり、ヴィオラとバスのピッチカート伴奏で、ヴァイオリンの重奏で8小節の主題が提示され、続いてフルートの重奏とホルンが加わって優美に繰り返されてから、同じ編成による短い第二主題が続き、親しみやすいセレナーデとなっていた。提示部の繰り返しが行われた後、展開部はピッチカート伴奏で弦のみによる新しい主題で作られていたが、再び再現部で美しいセレナーデが繰り返されていた。フィナーレは8分の3拍子のジーグ風のプレストで軽やかな舞曲風に聞こえるが、第一主題は「ド、ファ、シ、ド」の4音モチーブを用いた二声の対位法的な構造であり、進行するにつれて二重フーガのように弦が重なっていた。ザスロウは「音楽の冗談」K.522のフィナーレで、この種の擬似的対位法を使っていると指摘しているが、聞き流してしまう普通の舞曲の中に、このような対位法的な手法が同居しているのは、スコアを見なければ気がつかないであろう。

            この曲は第一曲目の変ロ長調(第24番)K.182(173dA)と較べると、同じ三楽章形式でありながら、全ての楽章がソナタ形式で書かれており、第一曲目が軽快そのもののイタリア風序曲に対し、この曲はザルツブルグ風の形式を重んじた楽想になっているように思われた。同じ時期に書かれた似たような軽い曲であるが、細かく見ると、それぞれ、異なった特徴があるように感じられた。



続く第三曲目は交響曲ハ長調(第9番)K.73であるが、新全集のスコアではK番号がK.73(75a)とされていたので、これも慌ててザスローの本で確認すると、75a=73とされていた。前2曲よりも大分古い1769年ザルツブルグの作と考えられており、イタリア旅行以前のもののようである。曲の構成も4楽章編成であり、編成も2オーボエ(二楽章のみフルート)2ホルンの他に、トランペットとテインパニーが加わった堂々たるシンフォニーであった。

第一楽章はアレグロで、第一主題の総奏で始まる2小節の動的なモチーブとピアノで弦が受け止めるような2小節の応答が、強弱のコントラストを持って対立しながら繰り返して進行し、同じトレモロを持つ弦の第二主題に引き継がれていく。しかし、提示部の繰り返しがないので、展開部のオーボエの重奏による新しい主題は、三部形式の中間部の形かもしれないが、雰囲気を変えてから再現部へと突入していった。弦楽器の細かい刻みを持ったファンファーレ風の楽想は、楽章全体に流れており、コープマンは全身で指揮をしながら、軽快に進めていた。
第二楽章はアンダンテで、2フルートと弦5部だけの楽章となり、歌謡的な第一主題が2フルートと弦のユニゾンで始まるが、単一主題的に提示部を推移していた。繰り返しがあり、形式的には三つの部分に分かれるソナタ形式であるが、セレナード風の趣で、楽章全体が推移していた。




第三楽章はメヌエットであり、再びオーボエやトランペットなどを含んでユニゾンで開始され、堂々と3拍子で進行していた。コープマンは、一音一音を明確に刻むように指揮をしていたが、トランペットやテインパニーはむしろ抑え気味に聞こえていた。中間部のトリオでは、がらりと変わって弦五部の合奏による滑らかな旋律と響きとなり、対照の妙を明確にしていた。フィナーレはモルト・アレグロで、フランスの古いロンド形式のよるものとされ、ユニゾンで勢いよく現れる軽快なロンド主題が、3つの副主題をはさんでA-B-A-C-A-D-Aと4回顔を出すスタイルの楽章であった。コープマンは踊るように全身でこの楽章を指揮して、この楽章を陽気で気楽に演奏しており、その楽天的な指揮振りは見ていて楽しく、第四主題の短調の部分でも明るく演奏されていた。

この曲は、前2曲よりも数年早く作られた作品であろうが、第二・第三楽章は何となく幼稚な部分があるものの、両端楽章は実に颯爽としており、その違いが殆ど感じられないのが、モーツァルトの特徴なのであろう。

続く第四曲目は交響曲イ長調(第21番)K.134であり、1771年12月に第二回イタリア旅行から帰ってきて、1772年11月に第三回めのイタリア旅行に出発する約10ヶ月の間にザルツブルグで書きためた9曲の交響曲の中の1曲である。 この曲は4楽章の構成であり、編成は2フルート、2ホルンの縮小された編成である。サン・フォアが「驚くほど想像力が豊かで詩的な曲」と褒め称えている通り、この曲は全て簡潔な主題により軽快で明るく、いかにも16歳の少年らしい健やかな魅力を湛え、内容的にはむしろデイヴェルテイメントに近いとされる。




第一楽章は3拍子のアレグロで、ソナタ形式で書かれており、冒頭から第一ヴァイオリンが奏でる第一主題は、上昇する三和音モチーブで構成され、これを反復しながら発展し、スタッカートで軽快に進行する第二主題が続いて堂々と提示部を終了していた。コープマンはこの颯爽とした提示部を明るく繰り返して丁寧に演奏していた。展開部は冒頭のモチーブが各声部で繰り返し繰り返し提示されて、展開部の重みを持たせており、その関係からか再現部ではまず第二主題が再現されており、第一主題は独立したコーダの前に短縮された形で弱奏で現れるのに止まっていた。楽想は伸び伸びと進行しており、楽章全体を締めくくる力強いコーダで堂々と収束し、素晴らしいアレグロ楽章になっていた。
第二楽章はゆっくりしたアンダンテ楽章。第一ヴァイオリンがオペラアリアの様な優雅な旋律を聴かせるセレナード風の中間楽章であった。格調高い緩やかな歌謡主題が第一ヴァイオリンで開始され、第二ヴァイオリンが時折、スタッカートを交える細かな音形伴奏で、フルートが相づちを打つように優雅に進行するセレナードとなっていた。第二主題は第二ヴァイオリンのせせらぎが第一ヴァイオリンに移行し発展するもので、それが後半のフルートの重奏にまで及んでいた。この美しい提示部が繰り返されてから入る展開部は、フルートのトリルの応酬で始まり荘重な弦の細かな響きを聴かせる20小節の堂々たるもので、気分を一新してから再現部は型通りに進行していた。最後に前楽章と同様に、楽章を閉じる短いコーダがついており、新しい工夫が凝らされた余り例のない楽章であった。




第三楽章のメヌエットは、トリルと三連符で飾られた印象的な主題を持つメヌエットであり、フルートがヴァイオリンと重なって良く聞こえ、ホルンが厚いリズムを刻んでいた。トリオは前半がフルートの序奏が弦を引き立てており、後半は木管のリズムと第一・第二ヴァイオリンのピッチカートの応酬がある珍しい構成であり、旋律よりも音色や和声の変化が面白い曲となっていた。コープマンはこのリズミックなメヌエットを身体を振って現しながら軽妙に指揮をしていた。
フィナーレはアレグロで、ブーレ舞曲風の軽快で親しみやすいソナタ形式による終曲。第一主題も第二主題も弦楽合奏で提示される類型的な主題で軽快に進み、繰り返しが行われていたが、展開部の始めに全休止があり、一転して力強い展開部が置かれていた。コープマンはこれを意識するかのように明確にシンフォニックに演奏しており、再現部に突入していた。両主題とも型通りに再現されていたが、楽章の末尾に独立したコーダが置かれ、最後はしっかりと結ばれていた。

この曲はこのHP初出であり、そのため丁寧にスコアと見比べながら聴いていたが、新しい試みや予期しない温床や和声に変化があり、9曲ある一連のザルツブルグ・シンフォニーの中では、恐らく一二を争う充実した曲であると考えられる。冒頭に書いたサン・フォアが褒め称えた言葉が当たっていると、実感しながら聴いていた。コープマンの演奏も颯爽として軽やかな響きをしており、これがこの曲に良く合致しているように聞こえていた。




休憩をはさんで、コープマンが元気よく登場してきたが、この日の最後の曲目は交響曲ニ長調(第38番)K.504「プラハ」であった。編成はこれまででもっと大きく、クラリネットだけがないフルサイズの管楽器に対してコントラバスが1本で、管に対し弦が少ない編成であった。プラーハ交響曲の第一楽章は、ゆっくりとしたリズムで進む序奏部で重々しく開始されるが、コープマンの両腕の振り下ろしでテインパニーが明確にリズムを刻みユニゾンで力強く始まった。そして行進曲風な上昇音形によってリズミックに進行し、次第に緊張と高まりを増しながら頂点に到達していた。テインパニーが良く響き歯切れの良いリズムの古楽器風の音色の序奏から一転して、アレグロの第一主題がシンコペーションで第一ヴァイオリンにより颯爽と走り出した。合間に木管が合奏してオーボエが明るくさえずりを見せ、ヴァイオリンによる鋭い動機が繰り返されて全体が躍動するように軽快に進んでいた。やがて小さい孤を何度も描くようなブッフォ的な軽やかな第二主題が提示されて、ホルンやオーボエとの対話を深めつつ発展し、終わりにはトウッテイとなって素晴らしい主題提示部を示していた。コープマンはここで始めから繰り返しを行い明るく颯爽と進めていたが、よく見ると第二主題の弦の合奏をきめ細かく指示したり、テインパニーが響き過ぎないように押さえたり、全体を気配りしながらそのまま展開部へと突き進んでいた。ここでは第一主題の主要動機が次々と現れて、対位法的な展開や変化を繰り返しつつ進行し、複雑で長大な充実した展開部となっていた。再現部でも型通りでなくかなりの変化が見られ、第一・第二主題の後にも活発な展開部で現れた第一主題の動機が出て盛り上がりを見せて終息した。
           コープマンは、ピリオド奏法の指揮者ではあるが、アーノンクールのように全ての繰り返しを行わず、最後の繰り返しを省略した伝統的な奏法に近い手法をとっていたが、これは自然に聞こえていたが、矢張り木管に比して弦楽器の音が薄く、やや迫力のない薄い響きに聞こえていた。恐らくこの違いがホグウッドの演奏との違いになっていると思われた。




          第二楽章はアンダンテ楽章であり、ゆっくりしたテンポで弦楽器により第一主題が美しく静かに歌い出されるが、直ぐ続いてやや激しいスタッカート動機が始まって繊細でありながらやや激しい経過部を経て進んでいた。そしてこれを和らげるように第二主題が弦により提示されが、続いてオーボエやフルートでも相づちを打つように歌い出し、穏やかに美しく進行していた。ここでコープマンは提示部を繰り返していたが、木管にはかなり自由に歌わせるようにしていた。展開部では第一主題のスタッカートの動機がカノン風に複雑に展開されていたが、これが実に力強く印象的であった。再現部はいわば型通りに進行していたように見えたが、このアンダンテ楽章は弦楽器と木管楽器との入れ替えが複雑で、スコアを見ながらメロデイラインを追うのが大変なほど入り組んで出来ていた。コープマンは落ち着いて、この美しいアンダンテを堂々と進め、穏やかに終息させていた。




フィナーレでは、冒頭の主題が「フィガロ」の第二幕の中頃のスザンナとケルビーノの二重唱「早く、早く」の旋律にとても良く似ており、ロンド主題のような形で舞台同様に素早く小刻みに進行していた。弦の主題提示に対してオーボエ・フルート・ファゴットの木管三重奏が引き継いでこれに応える形で軽快に進行し、コープマンは踊り上がるような仕草で軽快に指揮をしていた。続く第二主題は、弦の軽やかな提示に対し管が応える対話が何回も続き、特にフルートが目覚ましい活躍をしていた。ここでコープマンは主題提示部の繰り返しを行っており、繰り返しでは木管に対してかなり自由に吹かせるようにしていた。展開部はかなり充実した長いもので、第一主題の冒頭部分が弦と管により交互に提示され、繰り返しを何回も重ねる力強いものであったが、コープマンはしつこいくらいに力を入れて強い繰り返しを行っていた。再現部は型通りに一気に進められていたが、このフィナーレの軽快な進行の最後に力強い終わり方で曲は結ばれていた。大変な拍手が湧き起こり、お客さんは非常に満足したものと思われ、コープマンは何回も舞台に現れて、観客の拍手に答えていた。

コープマンのモーツァルト交響曲連続演奏会も3回目となり、コープマンとアムステルダム・バロック・オーケストラの演奏スタイルが良く分かってきたので、気のついたことをメモしておこう。
第一はソナタ形式の繰り返しの問題であるが、ソナタ形式をA-B:||C-A-B:||で表すと、コープマンは前半の反復は行い、末尾の反復は行わないいわば標準型であった。古いベームや最近のプレヴィンもこのタイプに属する。因みに、2つの反復を全く行わない指揮者もあり、ビーチャムやワルターなど古い指揮者に多い。またピリオド奏法の指揮者では、2つの繰り返しを行う人が増えており、アーノンクールやプロムシュテッドなどがそうである。

第二にコープマンのオーケストラはコントラバス1本であり、第一ヴァイオリン4人、第二ヴァイオリン3人、ヴィオラ2人、チェロ2人の12人の弦楽器でいわば最小の編成となっている。木管は指定がなくても、常時、ファゴットが追加されていた。ホグウッドのオーケストラのオーケストラは弦が約2倍の規模であり、ホグウッドの全集と比較すると、弦の響きに大きな違いがあることが分かる。ホグウッドの全集でも、重量級のモダン楽器のオーケストラと較べると、音の厚みや広がりに違いが大きく、ハフナー以降の交響曲では、ホグウッドの全集でも物足りなく感ずる。第二集のリンツ交響曲、第三集のプラハ交響曲を聴いて感じたことであるが、コープマンの編成では、私にはむしろパリ交響曲以前のシンフォニーの方が、小編成の良さを発揮するように思われる。
第三にCDを聴いていると、注意力が散漫になりがちで、繰り返しの問題や弦の響きの厚みの問題には気がつかないことが多いが、映像を注意深く見ることによって、これらの違いが分かってくるように思われる。トランペットやテインパニーの存在、オーボエやフルートの持ち替えなど、CDでは意識しなければ分からないことが、映像では良く気がつくことになる。

(以上)(2011/12/20)


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