(懐かしいS-VHSを見る;コープマン交響曲連続演奏会、第二集、5曲)
11-11-4、トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック・オーケストラ、連続演奏会第二回、1991年5月20日、東京芸術劇場、日本公演、NHK。
(曲目)交響曲ニ長調(第7番)K.45、変ロ長調(第5番)K.22、ニ長調K.97(73m)、ハ長調K.96(111b)、ハ長調(第36番)K.425「リンツ」、

−コープマンの初期シンフォニーのピリオド演奏は、テンポは颯爽としており、古楽器が特有の新鮮な響きが持ち味を発揮していたが、ウイーン時代の後期の交響曲では、小編成のオーケストラのせいか響きが薄く、もっと厚みのある豊かな響きが欲しいと思った−

(懐かしいS-VHSを見る;コープマン交響曲連続演奏会、第二集、5曲)
11-11-4、トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック・オーケストラ、 (曲目)交響曲ニ長調(第7番)K.45、変ロ長調(第5番)K.22、ニ長調K.97(73m)、ハ長調K.96(111b)、ハ長調(第36番)K.425「リンツ」、1991年日本公演、NHK、
(1993年02月14日、NHKによる放送をS-VHSテープに3倍速で収録) 

    このトン・コープマン指揮のアムステルダム・バロック・オーケストラによるモーツァルト交響曲連続演奏会の第二集全6曲は、第一集に続き1991年5月20日東京芸術劇場で、NHKによりハイビジョン収録された。この団体は、モーツァルト時代の楽器と編成で18世紀の音色と様式を再現しており、当時としては指揮者トン・コープマンによるピリオド奏法が珍しく、この全曲演奏は、国際的にも注目され、高く評価されている。今回の第二集には、標記の5曲がこの順番に演奏されており、これらのうち交響曲ハ長調K.96(111b)が、このHPでは初出となっている。このコープマンの一連の演奏は、東京芸術劇場ホールで収録されたものであり、彼は指揮台なし指揮棒なしのピリオド奏法の指揮ぶりであり、楽器編成はベースが1本の最小限の弦の編成に2本のオーボエとホルンとファゴットが加わり、総勢でおよそ25人くらいの標準構成であった。今回の演奏は第二回目であるが、他の演奏との区別は、私は第一ヴァイオリンの女性の青いスカートと第二ヴァイオリンの赤いスカートの色で、瞬間的に判断しているが、第一回の19日と同じ服装であった。



      第二集として演奏された曲目と曲順は、以下の通りであるが、最初に続けて演奏された2曲は、このホームページでは既にアップ済みであったので、省略したい。

1、シンフォニーニ長調(第7番)K.45(8-12-1)、
2、シンフォニー変ロ長調(第5番)K.22(8-12-1)、


      これら2曲は、91年5月20日に演奏された交響曲ニ長調第7番K.45、および交響曲第5番変ロ長調K.22(8-12-1)である。この映像記録は、NHKではアナログハイビジョンで収録していたが、ときどき、放送時間の埋め草としてこの交響曲シリーズの一部をハイビジョンで放送しており、これら2曲は(8-12-1)に報告したように、08年06月09日のNHKBS102の放送を、BRデイスクに録画して、後日にまとめてアップしたものである。
 私はこの交響曲シリーズをデジタルで全曲を収録したくて、今日までNHKのハイビジョンの再放送を10年ほども長い間待っていたが、膨大な記録のせいか、残念ながらほんの埋め草程度しか再放送されず、過去のS-VHSテープの三倍速のアナログでアップせざるを得なくなった。デジタルでは写真でお分かりの通りハイビジョン記録が明確に残されるが、以下のアナログの記録では、写真の画像が滲み、ピンぼけの不明瞭なものにならざるを得ない。なお、このコープマンのデジタルでアップした交響曲は、ト短調第25番K.183(173dB)(8-12-1)ト短調第40番K.550(6-6-3)およびハ長調第41番K.551「ジュピター」(6-6-3)の各曲であり、S-VHSとは映像の美しさや音像の輝きなどが異なっていた。


3、シンフォニーニ長調K.97(73m)、

 1770年にイタリア旅行において作曲されたとする5曲のシンフォニーの中の2番目の曲であり、4月にローマで作曲されたとされる。かってパート譜の筆写譜が残されていたとされるが今は失われてしまった。2トランペットとテインパニーが含まれており、4楽章の構成となっているが、メヌエット楽章は後から追加されたという説もある。 第一楽章はアレグロでソナタ形式、第二楽章はアンダンテでソナタ形式、第三楽章はメヌエットで複合三部形式、フィナーレはプレストでソナタ形式で書かれている。



     第一楽章は典型的イタリア風序曲で繰り返しのないソナタ形式であり、1、2、3、という上昇リズムで第一主題が始まる威勢の良い単純なアレグロで始まった。それを自由に展開させていく経過部はトランペット、ホルンやテインパニーが加わって生き生きとした高まりをみせ、コープマンはこれを颯爽と進めていた。第二主題は弦楽器だけで軽快に始まってから装飾されていきフルオーケストラで拡大されてから展開部にそのまま移行する。ここでは、新しい歌うような主題が登場して変化を加え繰り返されてから、再び冒頭主題の再現部に突入して、素晴らしい勢いで威勢良く進行していた。

  第二楽章はわずか36小節で書かれた完璧なソナタ形式で弦楽器だけで書かれており、繰り返しは2カ所あるが、展開部再演部の繰り返しは、コープマンは省略していた。弦楽器でジャン・ジャラ・ジャンというリズムの主題で始まるアンダンテ楽章で、この主題は第一楽章の第二主題に通じ、続くスタッカートの主題は、第一楽章の第一主題の後半のモチーブに関連しており、ハイドンから学んだ動機の関連性が指摘されている。8小節の冒頭主題による展開部のあとの再現部は、提示部とほぼソックリな構成になっていた。ジャン・ジャラ・ジャンの動機による一貫した弦だけによる歌謡楽章は、コープマンの演奏ではいささか単調に聞こえていたかもしれないが、ホグウッドのCDでは弦楽合奏の質がもっと高いせいか、素晴らしい楽章になっていた。スコアで他楽章との関連性を考えながらチェックしていたが、珠玉のような36小節であると思った。


  第三楽章はテインパニーやトランペットによる華やかで勇壮な感じのするファンファーレで始まるメヌエット楽章。弦楽器のみのシンプルなトリオは、強弱のめりはりによってアクセントが付けられただけのメヌエットと対照的なトリオであった。     フィナーレは3/8拍子の急速なプレスト。ここでも付点リズムの第二主題に特徴があるが、全体を2度繰り返して一気に終る。ザスローは、この主題がベートーヴェンの第7交響曲の第一楽章にあるパッセージを彷彿とさせると、その類似性を指摘しているが、主題の形やリズムなどがなるほどと思わせるが、単なる偶然の一致としか考えられないようである。

4、シンフォニーハ長調K.96(111b)、

      1771年の第2回イタリア旅行の際にミラノで書かれた2曲の中の1曲とされ、前曲同様にかってブライトコップフ社に手書きのパート譜があったとされるが、今は失われている。2トランペットとテインパニーが含まれており、4楽章の構成となっている。第一楽章はアレグロでソナタ形式、第二楽章はアンダンテでソナタ形式、第三楽章はメヌエット、第四楽章はモルト・アレグロでソナタ形式で書かれている。


  第一楽章は、反復と展開部のないソナタ形式。イタリア風の雰囲気を持った颯爽としたリズムを追って進む軽快なアレグロ楽章で、最初の4小節のモチーブを反復しながら発展し、続く第二主題も第一主題の後半のモチーブの変奏のように聞こえる。展開部はなく、再現部でも二つの主題は短縮されて簡潔になるが、コープマンの進め方は全体のスピード感や急激な音の変化がとても小気味よく響いて、壮快な印象を残していた。
 第二楽章は、トランペットとテインパニーが省かれた、異例のハ短調の6/8拍子の重苦しいシチリアーノのアンダンテ楽章。譜面では冒頭からpとfの弱・強の拍記号が交互に付されており、繰り返しを伴ったソナタ形式であるが、よく見ると後半は展開部がなく、いきなり冒頭主題が再現されていた。この楽章を通じて、ハ短調の哀愁が伴い、シチリアーノのリズムで一貫した異様に聞こえる余り例のない風変わりな楽章であると言えよう。このシチリアーノの主題は、ザスローによりセレナータ「羊飼いの王様」K.208 の最初のアリアの器楽部分とソックリであるとの指摘があり、彼はさらに、この曲がこのセレナータの作曲時期(1775)と重なるのではないかと提言している。



  第三楽章のメヌエットは、ここでも基本主題は強・弱の対立で構成され、トランペットやテインパニーでアクセントが付けられて堂々と進行するメヌエットであった。トリオでは対照的にランペットやテインパニーを省いて音色を押さえて、レントラー風の独特のリズムをもたらしていた。コープマンは、全身でリズムを取りながら、この楽章を明るく進行させていた。
フィナーレはアレグロ・モルトの軽快なリズミカルな楽章であり、颯爽として明るく勢いがあり一気苛性に終わる短い終曲となっている。良く聴くとその勢いの良い主題が、第一楽章冒頭の主題と類似性があり、この曲でもはっきりと循環主題的な効果を狙ったものと考えられる。コープマンはこの楽章を伸び伸びと歯切れ良くリズミカルに進めており、シンフォニー全体を明るくまとめ上げていた。

        イタリア序曲風の軽快なシンフォニーを二つ続けて聴いたが、両曲ともメヌエット楽章が挟まれて、形式上、いわゆる序曲と異なっており、両曲とも時期は異なるがイタリアで作曲されているため、メヌエットは後日に追加さえたものと思われる。今回のアップロードに当たって、ホッグウッドのCDと比較しながら聴いていたが、ホグウッドの録音の方が、音に厚みがあり、透明感もあって、これはオーケストラの規模と演奏の質が高いものと思われた。


       5、シンフォニーハ長調(第36番)K.425「リンツ」、

      モーツアルトが1783年にコンスタンツエを連れてザルツブルグに里帰りしてウイーンへの帰路、リンツに3週間ほど滞在したときに、世話になったリンツのトウン伯爵のために演奏会を行うことになり、手持ちの交響曲がないため急遽この地で数日の間に作曲したとされる。ザルツブルグ滞在中は殆ど作曲をしていなかったモーツアルトが、溢れるばかりの楽想をこの曲のために一挙に焚きつけたものとされており、流れ出る楽想を次から次へと譜面に書き付けたような淀みのない明るい伸び伸びとした旋律美に溢れた交響曲である。この曲は第35番のハフナー交響曲に次いでウイーン時代の2作目であり、ゆるやかな序奏部を持つ最初の交響曲である。序奏と言えば、このリンツでもう1曲の交響曲第37番とされた曲が残されているが、これはミヒャエル・ハイドンの3楽章の交響曲で、冒頭の序奏がモーツアルトの手によるものとされている。
      舞台上の楽器編成を見ると、コントラバスが1台、2トランペット、テインパニーの構成で変わらず、わずか弦楽器が数人増加した30人くらいの編成であった。



      第一楽章は冒頭の序奏が、付点リズムを持った荘重なアダージョでユニゾンで堂々と開始されるが、コープマンはゆっくりしたテンポで進め、続いてヴァイオリンが美しい旋律を奏でて木管が明るく引き継いでから、その後もゆったりとした歩みで進行し、重い響きで序奏が収束する。一転して、軽快なアレグロ・スピリトーソの第一主題が明るく晴れやかに開始され、続いて現れる行進曲風のリズムにのってぐいぐいと軽快に高まりを見せながら進行していた。コープマンは、この主題を軽快そのものに伸びやかに進めていたが、テインパニーの響きや時には弦楽器の鋭さが強調されていた。続いて優雅な第二主題がオーボエと弦楽器により走り出すが、この後は溢れるばかりの旋律美で次々と流れるように進行していた。コープマンはこの提示部を丁寧に繰り返していたが、繰り返しでは木管などが装飾を加えて変化を付けていた。展開部では新しい主題が弦楽器で登場しオーボエなどにより交互に現れながら堂々と進んで充実した音を響かせており、40小節にも及ぶ長いものであった。再現部ではやや型どおりに初めのアレグロが再現されていたが、コーダで展開部の主題が再現されるなどザルツブルグ時代のシンフォニーよりも充実した構成になっていた。



      第二楽章では、優美で荘重感を持った第一主題が厳かにゆっくりと登場し豊かな気持ちにさせてくれるアンダンテであった。コープマンにしてはゆったりした優雅な指揮ぶりが古楽器特有の弦の響きとなって現れて、美しく進行していた。続いてテインパニーに導かれるように第二主題でも弦楽器主体で厳かに進行し、アンダンテ楽章で耳に入るトランペットやテインパニーの響きが珍しく、全体に音の厚みが加わっていた。展開部では低弦とファゴットで繰り返し現れる上昇旋律が深く響き、極めて充実した印象をもたらしていた。再現部は型通り進行していたが、提示部に較べて自由な表現が見え隠れしていた。 

       第三楽章は、明るく堂々とした感じの舞曲的性格のメヌエットであり、繰り返された後にその後半に現れるモーツァルトらしい明るい旋律が、厳かに響きわたっていた。コープマンは体を大きく振ってリズムを取りながら指揮をしており、その姿には勢いに満ちていた。トリオでは金管とテインパニーが沈黙して、ややくすんだオーボエのソロが印象的であり、後半では弦に支えられてオーボエとファゴットの二重唱となり、明るく木管が導いていく優雅なもので、堂々としたメヌエットとの対比が鮮明な素晴らしい楽章であった。
      フィナーレは整然とした快活なプレストでソナタ形式を取り、第一主題、第二主題と次々と新しい主題が出て急速に進み、目まぐるしく変化しながら一気に進行する明るい楽章であった。コープマンの腕の振り方で軽快に躍動するように進み、このスピード感はバロック・オーケストラの面々とピッタリと息の合った疾走ぶりであった。提示部の終わりでは繰り返して演奏され、長い展開部も推移主題が使われて急速に進行し、再現部に入っても、その勢いは止まらず、終結部ではトランペットとテインパニーによる総奏のフォルテッシモで輝かしく終結していた。このオーケストラ全体が一体となって躍動していくエネルギッシュなスピード感は、初期のシンフォニーには見られなかったものであり、映像を見ていると、指揮者を中心にしてオーケストラ全員が一体となって躍動感溢れる音楽を作り上げていく様は壮観であり、実に見応えがあった。



     初期のシンフォニーから続けて聴いてくると、さすがに最後のウイーン時代のリンツ交響曲では、序奏部の取り入れ、展開部の充実ぶり、弦と木管の対話の増大など随所に曲の充実ぶりが良く分かり、面白く聴いてきた。しかし、コープマンは曲の構成が大きくなっても、初期の時代と同じ人数で演奏しており、恐らくこのリンツ交響曲は、私がこれまで聴いたこの曲の中では、最少人数で演奏しているものと思われる。そのせいか後で確認のために聴いているホグウッドの録音よりも、同じ古楽器演奏でもややひ弱に聞こえるのはやむを得ないと思われる。

 ベームとウイーンフイルによる演奏などの伝統的な演奏を聞き慣れているので、初期のシンフォニーでは新鮮に聞こえたピリオド演奏が、ウイーン時代の交響曲では、耳を刺激するスピード感や新鮮さよりも、全体の響きの厚さに物足りなさを感じてしまい、全体として満足できない傾向を改めて感じた。

(以上)(2011/11/04)


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