(懐かしいS-VHSを見る;ガーデイナー指揮パリ・シャトレ座の「後宮」K.384)
11-11-3、ジョン・エリオット・ガーデイナー指揮、イングリッシュ・バロック・ソリイストおよびモンテヴェルデイ合唱団」パスカル演出による「後宮」K.384、1991年、パリ・シャトレ座、

−ガーデイナーの古楽器のオーケストラの音が最初の序曲から最後の合唱まで生き生きとして聞こえ、第5曲の合唱の前に前奏として三種の小太鼓の耳慣れない音が入ったりしたが、第11曲や第17曲の木管のオブリガートが美しく、最後の合唱でもピリオド風のトルコ音楽の響きが耳についていた。映像は終始暗い画面であり、演出が簡素にして必要最小限の舞台であり、むしろ意識した見えない舞台を作り上げていた。リブレット通りの省略のない生真面目な舞台であったが、何となく真面目すぎて笑いがなく、堅すぎる動きで終始し、音楽は良いが舞台が活性化せず、もっと明るく楽しい「後宮」であっても良いと思われた。−

(懐かしいS-VHSを見る;ガーデイナー指揮パリ・シャトレ座の「後宮」K.384)
11-11-3、ジョン・エリオット・ガーデイナー指揮、イングリッシュ・バロック・ソリイストおよびモンテヴェルデイ合唱団」パスカル演出による「後宮」K.384、1991年、パリ・シャトレ座、フランス、
(配役)コンスタンツエ;ルーバ・オルゴナソーヴァ、ブロンテ;シンシア・シーデン、ベルモンテ;コーネリアス・ホープマン、ペドリオ;−、オスミン;−;セリム;−ほか、
(1988年8月13日、NHKBS102CHの放送をS-VHSテープ三倍速にて収録) 

        11月号の第三曲目は、懐かしいS-VHSテープからガーデイナー指揮のパリ・シャトレ座からの「後宮」(1991)をお届けしたい。他の「フィガロ」や「コシ」などと同様にイングリッシュ・バロック・ソリイストおよびモンテヴェルデイ合唱団を用い、このHPではお馴染みのルーバ・オルゴナソーヴァがコンスタンツエを歌っていた。この映像は1991年に収録されているので、ガーデイナーの最も若い時の映像である。また、オルゴナソーヴァはこのHP2度目のコンスタンツエ役であり、彼女はモーツアルト週間でもコンサート・アリアを歌っていた。この映像のアップにより、15種類の手持ちのオペラ「後宮」の全てのアップロードが完了すると喜んでいたが、最近になって、マッケラスとアーノンクールの2種類の「後宮」を入手できたので、まだ作業が続くことになる。

 このガーデイナーの映像は、レーザーデイスクであると考えていたが、私のデータベースの記載ミスで1998年8月13日放送のNHKBS102CHのものをS-VHSテープに三倍速で収録したものであった。映像は全て収録していたが、原画で6人の配役の全員がどうしたのか紹介されておらず、残念であった。後日、それを調べるためにインターネットを駆使したが、残念ながら、輸入盤のDVDは存在しなった。



   映像は指揮者ガーデイナーが拍手とともにオケ・ピットに登場して直ちに始まるが、序曲は冒頭から丁寧に写されており、ピッコロやシンバルの古楽器風の音が良く響いていたし、この映像で見るガーデイナーの姿が、これまでで一番若いように思われた。序曲は古楽器風に歯切れ良く軽やかに調子良く進行してから、やや太めのバーバリー姿のベルモンテが一人で舞台の前に登場して帽子を取り「コンスタンツエ」と呼びかけて、「ここでやっとあなたに会えるのか」と祈るように歌っていた。



  幕が開き奥からオスミンが現れて「真面目な娘だったら沢山キスしてやろう」と機嫌良くラララと歌いながら出てきたが、ベルモンテの高飛車な質問に腹を立てたか、何回か声を掛けられてもラララと歌って無視。ベルモンテが怒って二重唱となり、ペドリオのことを聞くとオスミンも本気で怒りだし、ケンカの二重唱となっていた。画面は暗くてよく見えず、二人ともやや一本調子で笑いのない生真面目な始まりであった。




   続いて優男風のペドリオが顔を出すと、オスミンは「お前のようなニヤケ男は大嫌いだ」と歌い出し、手荒く扱いながら騙されないぞと歌っており、最後にはテンポを変えて「泥棒、碌でなし、居候、」などと喚いて毒ついていた。オスミンが立ち去るとそこへベルモンテが現れて、二人は再会し抱き合って喜んでいた。分かれた3人は無事であり、セリム大守に奴隷として引き取られ元気であると話す。コンスタンツエの名が出ると、ベルモンテは「何と厚く胸が高鳴るのだろう」と歌い出し、オーケストラのスタッカートが胸の高鳴りを示すように伴奏して「僕の心は愛にときめいている」と不安げに高まる気持ちを歌っていた。






         太守の帰還ということで三人の兵士が大・中・小の太鼓で、行進曲の前に聴き慣れぬ行進曲風の短い前奏があったが、これは新しく発見された曲を追加したものであろうか。前にチューリヒ劇場の映像で聞いたことがあった。合唱団が衛兵や侍女たちに扮装して登場し賑やかに合唱が始まった。中間で四重唱になって偉大なパシャを讃えながら歌ってから合唱が繰り返されていたが、中央に太守セリムとコンスタンツエの姿が見えて、厚い地味な衣裳で悲嘆に暮れるコンスタンツエが一人で舞台に登場してきた。画面が暗くてコンスタンツエの表情がよく見えないが、始めはアダージョで「私は恋をして幸せだった」と歌っていたが、後半はコロラチュアを交えて「束の間の幸せだった」という嘆きのアリアで大拍手を浴びていた。







         コンスタンツエを見守っていた太守が彼女に「明日は良い返事を」と言って「あの姿や態度が私の心を惹き付けるのだ」とぼやいているところへ、ペドリオの口利きで、ベルモンテがイタリアの建築家として紹介され、太守に後宮への出入りを許されていた。二人は飛び上がって大喜びしていたが、納得しないオスミンが出てきて、三人による面白い三重唱が始まった。オーケストラ伴奏がきびきびして心地よく、二人に一人の対決でノロマのオスミンが二人にかわされて、宮殿への侵入を許してしまい、第一幕のフィナーレが終了していた。




         幕が開くとブロンテがオスミンと言い争いの後でリート「すみれ」に似た歯切れの良いアリアを歌い出した。「優しさとお世辞があれば」と伸びのある声でコケットリーなアリアとなっていた。大声と命令は駄目だとブロンテが歌ってから、オスミンが「ここはトルコで、お前は奴隷だ」と言いだし、「ペドリオを諦めろ」と命令するが、拒絶するブロンテとの激しい二重唱になった。鈍いオスミンとの口争いに負けていない小柄な可愛いいブロンテとの二人の二重唱は面白く見応えがあった。




          次いでコンスタンツエが一人で登場し、悲しみのレチタテイーボの後に「哀しみが私の運命になった」と苦悩のアリアを歌っていると、セリムが現れて決心がついたかとと言う問に「尊敬しても愛することは出来ない」と答え「さもなければ死を」と彼女が答えた。セリムは荒々しい声で「死ではなく苦しみだ」の言葉に、オーケストラの華麗なオブリガートにしては長い前奏に続いて、コンスタンツエは「ありとあらゆる責め苦があろうとも」と激しく抵抗するアリアが始まった。ガーデイナーはオーケストラ伴奏を緩急織り交ぜて工夫しなが伴奏しており、ここではオルゴナソーヴァの伸びのある声に見事なコロラチュアが重なり、死をも辞さぬ勢いで歌って大変な拍手を浴びていた。セリムはどうしてこんなに勇気があるのか、激しく抵抗するのか、何か策略はないかと自問自答しながら考え込んでいた。




  場面が変わって、ペドリオがブロンテに声を掛け、「ベルモンテが来た」と言うと彼女は躍り上がって喜び、「直ぐにコンスタンツエに伝えよう」とフルート協奏曲K.314のフィナーレのロンド主題に似た軽快なアリアを歌い出した。でも彼女はオスミンをどうすると尋ねると、ペドリオは眠り薬の小瓶を見せて、ブロンテを安心させていた。そして「やるなら今だ」と大小の酒瓶を持ち出して、「いざ戦いだ」と歌いながら、そして「怖くないぞ」と自分を励ましながら、瓶に眠り薬を注いでいた。


  そこへ騒がしいぞとオスミンが様子を見に来て、ペドリオがご機嫌で酒を飲んでいるのを発見。ペドリオの勧めに乗って、いつの間にかキプロス・ワインでのバッカス万歳のアリアに発展していた。そしてオスミンが酔っぱらって仕舞う楽しい二重唱になっていた。酔っ払ってしまった重いオスミンを背中に担いでペドリオが退場し、客席から大笑いの拍手を浴びていた。


         ベルモンテが現れてアイネクライネの第二楽章の冒頭に似た前奏が始まって、コンスタンツエにやっと会える喜びを歌い出した。「再会の喜びに涙が溢れる」と長いアリア歌っていると、勢いのある前奏とともにコンスタンツエが「ああベルモンテ、私の命」と駆け寄ってきて、二人は抱き合って喜びを噛みしめながら、フィナーレの再会の四重唱を歌い始めていた。


           そこへブロンテとペドリオも駆けつけて四人の喜びの合唱が続いていた。しかし、4人の歌や表情や衣裳が良く、歓喜あふれる劇的な姿を見せていた。中間部でテンポが変わり男二人の女たちの貞操を疑う歌が続いたが、ブロンテの激しい平手打ちで全ての疑いが晴れ、平謝りの四重唱に変わってから、最後に再び再会の喜びが歌われ、愛の万歳となってこの幕を終了していた。



    木管の美しいオブリガートが始まって、脱出をもくろむベルモンテが舞台に腰を下ろして歌いながら「私は愛の強さを信じている」とコンスタンツエへの愛を歌い、愛こそこの危険を救ってくれると願うように歌っていた。このアリアは、長大な技巧的なアリアでコロラチューラの技巧を要求しており、ベルモンテは舞台に座ってガーデイナーと向き合いながらオーケストラを相手にしっかりと歌っていた。凄い拍手に続いてペドリオのギター伴奏のセレナーデが続き、見ている方は速く逃げなくてはとイライラしてしまう。




          長いハシゴを下りて始めにコンスタンツエが降りてきて一組は逃げ出したが、案の定、ブロンテが梯子を降りたところで、目を覚ましたオスミンに見つかって大声を上げてしまった。衛兵に囲まれて結局は四人とも掴まってしまい、勝ち誇ったように吠えるオスミンのアリアでは、十分な低音を効かせて歌われ、凄い拍手を浴びていた。




          オスミンの満足げな高笑いでセリムがどうしたかと顔を出した。ベルモンテの父がセリムの仇敵であることが分かって、セリムは「憎き敵の息子を捕らえることが出来た」と喜び、「あの男がしたようにしてやる」とののしりながら立ち去った。何という運命か。残されたコンスタンツエとベルモンテは、絶体絶命の死を覚悟した二人の二重唱が歌われた。絶望的な表情の弦の前奏で始まり「僕のために君が死んでいく」と二人がかばい合う二重唱は感動的で最高の場面を作っていたが、逮捕されていたのに二人は自由な姿で歌っていた。






        再び現れたセリムは、死の覚悟を決めた二人に対し、厳しい表情で罪を申し渡すかと思ったら、「二人で自由に帰れ」という。セリムの意外な寛大な赦しに、全員が驚くが、「帰って父親に伝えるのだ」と言い「悪徳を悪徳で償うよりも、善行で償う方が、わしにとって遙かに大きな満足だとな」。ブロンテとペドリオの二人も許されて、四人は深く感動し、明るい表情で感謝の気持ちをヴォードヴィールで一人づつ丁寧に歌っていた。




        最後にブロンテが歌って一言オスミンに別れを告げると、我慢をしていたオスミンが爆発し、これまで何回も口癖のように歌っていた「お前らは、首切りに、首吊りに、串刺しだ」と大声を上げ、セリムに「心を尽くしても応えぬものは、追い返すしかない」とたしなめられていた。この場面は、歌わない主役セリムの存在感が、全体を支配していた。最後にトルコ風の伴奏により衛兵や侍女たちの大合唱があって、セリムの穏やかな表情のクローズアップが続き、「太守に栄光あれ」の合唱で終幕となっていた。




          全体を通じてガーデイナーの古楽器のオーケストラの音が序曲から生き生きとして聞こえ、第5曲の合唱の前に前奏として三種の小太鼓の耳慣れない音が入ったり、第11曲のコンスタンツエのアリアや第17曲のベルモンテのアリアの前では、木管のオブリガートが美しく前奏していた。最後の合唱でもピリオド風のトルコ音楽の響きが耳につき、このオペラは最初から最後までガーデイナーの勢いのある指揮が一貫して聞こえていた。しかし、映像は終始暗い画面であり、演出が簡素にして必要最小限の舞台であったので、むしろ意識した見えない舞台を作り上げていたのかもしれない。写真でご覧の通り、写真写りが悪く、撮影には閉口した。






  この舞台ではリブレット通りの省略のない生真面目な舞台であったが、何となく真面目すぎて笑いがなく、堅すぎる動きで終始し、これはベルモンテとコンスタンツエの両演技者の性格的な問題であろうと思われた。音楽は良いが舞台が活性化せず、もっと明るく楽しい「後宮」であっても良いと思われた。歌手たちのクローズアップが少ない映像でもあり、矢張り、古さを感じさせる映像であった。これはレーザーデイスクでなく、S-VHS三倍速でのBS収録が影響していたかもしれない。

   コンスタンツエのオルゴナソーヴァは、ザルツブルグのモーツアルト週間でコンサートアリアを聞いたことがあり、映像でも記録されている。声は良いのであるが、ずんぐりした地味なソプラノで、オペラよりも演奏会で生真面目に歌うタイプと考えていたが、この映像でも演技が少なく動きのない地味なコンスタンツエであった。一方のベルモンテも似たタイプであり、ガーデイナーは演技よりも声主体で、選んだように思われた。また、この映像では、三人しか歌手陣のフルネームが紹介されなかったが、オスミンはハウプトマンで、なかなかの存在感を示していた。彼はこのHPでは、バーンスタインの「レクイエム」でバスを歌っていた。名の分かる三人目のブロンテ役のシーデンとペドリオとは、それぞれ似合ったキャステイングであり、二人は明るく演技していたのがこのオペラの救いでもあった。画面の暗さと舞台の飾り気の無さと地味な主役たちのせいか、他の映像と較べると、何となく寂しい「後宮」の印象であった。

          (以上)(2011/11/25)


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