(懐かしいLDより;エストマン指揮ドロットニングホルム宮廷歌劇場の「後宮」K.384)
11-10-3、アーノルド・エストマン指揮、ハラルド・クレメン演出による1990年ドロットニングホルム宮廷歌劇場の「後宮」K.384、1990年、宮廷歌劇場管弦楽団&合唱団、スエーデン、

−これまでのエストマンのオペラでは、テンポが早過ぎてついて行けなくなる部分が多かったが、この「後宮」では第二幕冒頭のブロンテの歌うアリアを除くと抑制的であり、逆に全体的に支配する速いテンポが、このオペラの繰り返しの多い長いアリアの冗長感を和らげていたように思った。ピリオド楽器による音の響きや狭い舞台を活用したアンサンブルの良い舞台が他では得られない特徴となっており、またトルコ風の響きも古楽器でオーケストラが小規模のせいか、余り刺激的な音にならずむしろ好ましく聞こえていた−

(懐かしいLDより;エストマン指揮ドロットニングホルム宮廷歌劇場の「後宮」K.384)
11-10-3、アーノルド・エストマン指揮、ハラルド・クレメン演出による1990年ドロットニングホルム宮廷歌劇場の「後宮」K.384、1990年、宮廷歌劇場管弦楽団&合唱団、スエーデン、
(配役)コンスタンツエ;アガ・ヴィンスカ、ブロンテ;エリザベート・ヘルストレーム、ベルモンテ;リチャード・クロフト、ペドリオ;ベングト=オーラ・モリニー、オスミン;タマーシュ・シューレ、セリム・パシャ;エメリヒ・シェッファーほか、
(1997年4月27日、PHILIPS、LD、PHILP-9030〜1、)

 このエストマンよるドロットニングホルム宮廷歌劇場は、18世紀に建造された木造の劇場で、収容人員は約300人とされ、古楽器を用い、指揮者・楽団員は18世紀の衣裳・カツラをつけて演奏するのが習慣である。このクレメン演出の「後宮からの誘拐」は、彼らが1980年から90年の間に演奏した8曲のモーツァルト・オペラの最後を飾る1990年に収録されたものであり、エストマンの意図と目的を十分理解したリハーサルから長期間出演できるこの劇場の専属歌手によっている。この劇場の特色は、「大歌手優先」の従来の大劇場では殆ど失われている肌理の細かな演出や歌唱と演技に加えて、古楽器と歌によるアンサンブル・オペラならではの魅力を楽しむことができ、これは今やこの劇場でしか得られないものになりつつある。



  見慣れたこの劇場ならではの緞帳をバックにして演奏者紹介があり、木槌の音で指揮者エストマンが着飾った姿で入場し序曲が始まった。お馴染みのトルコ風の音楽が早いテンポで始まるが、シンバルやピッコロなどの音が古楽器のせいで良く響き賑やかに始まった。表情は明るく活きがよいアレグロから、やがてアンダンテに変わりオーボエがベルモンテのアリアを先取りしていたが、エストマンのテンポはこの部分は早くなかった。緩から急に再び戻り、序曲の終了と共に幕が開き、場面は宮殿の入り口の柵の前。やっと着いたと旅人風のベルモンテが柵の前で「これでコンスタンツエに会える」という喜びの声を上げてアリアが高らかに始まったが、若々しいクロフトの高く良く通る声が瑞々しく響き、素晴らしいオペラの開演を予感させていた。



 そこへオスミンが登場し「可愛い娘を見つけたものには、千のキッスで」と鼻歌を歌いながら様子を伺い、ベルモンテが「ここはセリムの宮殿か」と聞いても返事をせずにラララと歌い続けて無視された。そこで「おい、親爺、僕の声が聞こえぬか」と再び呼びかけ、セリムの屋敷であることを確かめ、ペドリオのことを聞こうとすると、大男のオスミンも怒りだして「お前も奴も気に入らぬ。自分で探せ」と歌い出し、ペドリオのことで二人がやり合う喧嘩の二重唱に発展してしまい、ベルモンテはその見幕に圧倒されて追い出されてしまった。続いて一人になったオスミンがペドリオの悪口を言っていると、ペドリオが現れて話しかけ機嫌を取ろうとした。するとオスミンは急にいきり立ってペドリオに向かって「女どもを狙うお前達が大嫌いなんだ」と声を荒立てて歌い、ペドリオを痛い目に遭わせ、一息おいてからアレグロになって、「お前達は首切り・首吊りだ」と歌って宮殿の中に入ってしまった。



  一人残されたペドリオが門の前に座り込み文句を言っていると、そこへベルモンテが再び現れて、二人は劇的に再会をした。コンスタンツエやブロンテが無事で元気でいることを知り、一部始終を語り合って、太守に建築士と紹介しようなどと相談した。そしてベルモンテはコンスタンツエに会いたい一心で不安を示しながらも勢いよく歌い出すが、その胸の高鳴りを現すようなスタッカートやピッチカートの伴奏があり、クロフトの声がとても良く伸びて最高のアリアとなり凄い拍手があった。続いて威勢の良いトルコ風の行進曲が始まり、大勢の仲間とともにセリムとコンスタンツエが船で登場し、合唱団による賑やかな太守を讃える合唱がはじまった。中間に盛装した人々の四重唱もあって堂々と合唱が終了すると、太守がコンスタンツエを優しく慰めており、人払いをして「わしは納得ずくで求愛をしたい。拷問も出来るが、お前の心が欲しい」と口説いていた。



      コンスタンツエは、太守の寛大さに感謝しながらも、「私は恋をしていて幸せでした」と歌い出した。ソプラノの若いアガ・ヴィンスカは衣裳がよく似合って魅力的であり、声も良く伸びて朗々とコロラチュラの技巧を混ぜてアリアを歌っていたが、セリムには「とても応じられない」と苦悩する本心を強く歌って、大拍手を浴びていた。



     その健気な姿が太守の心を惹き付けていたが、そこへペドリオがベルモンテと共に登場した。お気に入りのペドリオの紹介で、ベルモンテをイタリアの建築家と紹介して「明日会おう」と太守に出入りを許された。そこで二人は驚喜して宮殿に入ろうとすると、オスミンが現れて「帰れ」とまくし立てて邪魔をして、一対二の面白いケンカの三重唱になっていた。オスミンは鞭を振り回して激しく争い、賑やかな三重唱であったが、二人がかりなので二人組が優勢で、最後には、オスミンの手をかいくぐって宮殿に入ることに成功し、リブレット通りに進行してた。第一幕全体を通じてエストマンのテンポが早めで軽快に進み、歌手陣はマイペースで落ち着いて朗々として歌っており、とても好感が持てる第一幕であった。



    小休止の後、第二幕が始まり、場所は宮殿内の豪華なソファーがある一室で、オスミンが女奴隷をあしらっていると、ブロンテが他の女たちとは違うとばかりに、オスミンに「私は奴隷ではない」と反抗してピシャリと退けて、リート「すみれ」に似たアリアを歌い出した。しかしエストマンのテンポは超特急の早さでビックリ。ブロンテのヘルストレームは、早口のテンポでコケットリーな仕草で、オスミンに「優しさとお世辞が重要」と教え、自由を主張していた。オスミンが怒って「ここはトルコで、お前は奴隷だ」と威張りだし、「俺を愛せ」と命令する二重唱を歌い出し、反発するブロンテとのアレグロで「ペドリオに近づくな」と歌う二重唱となっていた。しかし、アンダンテになってオスミンが「イギリスの男はだらしない」と歌っているうちに、ブロンテはテンポがのろい大男を手玉にとって、ハサミを片手に軽く追い払ってしまい大拍手を浴びていた。



      コンスタンツエが二階の窓辺に姿を現し、美しい前奏の下で「あの日から全てが変わってしまった」と寂しい気持ちをレチタテイーボで歌ってから、「悲しみが私の運命になった」と切々とアリアを歌い出した。この悲しみに満ちた暗い嘆きのアリアは、若いヴァンスカが実に哀愁に満ちた姿で、表情豊かに歌っており素晴らしいと思った。そこへセリムが現れ、お茶を入れたコンスタンツエにまだ決心が付かぬかと催促し、「私は尊敬しますが、愛することは出来ませんと」と答え、大声を出すセリムに対し「死にたい」と答えた。すると、セリムは「死んではならぬ、拷問だ」と声を荒立て彼女を突き倒した。そこで木管と弦のオブリガートをもつ長い前奏の後に、「どんな苦難があろうとも」と決然としたアリアをコンスタンツエが歌い出した。このアリアは高音域のコロラチュアが要求される木管とのコンチェルタントなアリアで、決然と激しく歌われ、中間部では「お願いです。強制しないで」とすがるように歌い、低い声はさすが辛そうであったが、素晴らしい出来であったので大拍手と歓声で大変であった。



      ブロンテが部屋でくつろぎバナナを食べていると、そこへ窓からペドリオが忍び込んできて、「ベルモンテが助けに来ている」と聞いて、彼女は躍り上がって喜んで、「何という喜び」とフルート協奏曲の終楽章に似たアリアを歌い出してペドリオを激励した。逃げる準備をと言われて「オスミンは?」と彼女が心配すると、ペドリオは眠り薬の入った瓶を見せて安心させていた。しかし一人になると「闘おう、元気よく」とペドリオは歌い出し、大小のキプロス酒と眠り薬を持ち出して「怖くないぞ」と歌いながらお酒に薬を注いでいた。準備が出来たところにオスミンが登場して、一人で酒を飲んでいるペドリオを見て初めは警戒しておりアラーの神を心配していたが、美味しそうなお酒を見てやがて少しずつ飲み始め、最後には「バッカス万歳」の元気な二重唱となった。そしてオスミンが酔っぱらってしまって二人は兄弟となり、次第に倒れそうになってきたので、ペドリオは頃合いを見て上手くオスミンを寝床に案内していた。



      そこへベルモンテが登場し、コンスタンツエを探していたが、彼女もブロンテから聞いて、彼を探しながら現れて二人は劇的な再会をした。彼女はうれしさの余り抱き合うと直ぐ気を失ってしまい大変であったが、ベルモンテが「喜びの涙が流れるとき」と美しい弦の伴奏でアリアを歌い出した。二人は抱き合っているうちにコンスタンツエも次第に気がついて、長いキスの後に「おおデルモンテ、私の命」と歌い出し、4人の再会の四重唱が始まったが、これは長大でドラマテイックな愛の賛歌のフィナーレであった。



      始めにコンスタンツエとベルモンテの喜びの二重唱に始まって、歌は歓喜の絶頂となり、続いて解放の希望が見えてきたという四重唱となった。中間部ではテンポが変わって男二人が太守との関係やオスミンとの関係を疑って嫉妬の四重唱となり、最後には疑いが晴れて男二人が許しを乞い、やがて明るい愛の四重唱となって長いフィナーレは終了していた。四人の息が合ってブロンテの高音が響く素晴らしい四重唱のフィナーレとなっていた。



      休憩の後、続く第三幕の幕が開くと、三日月の夜で衛兵が見張る中で犬の声が聞こえてくるので大笑い。ベルモンテとペドリオが潜んでおり、ペドリオが様子を見に行っている間に、ベルモンテの「私は愛の強さを頼りにしている」と歌うアリアが始まった。このアリアは技巧的で声域も広く、「どんな困難でも愛の力で解決できる」と力強く歌われていた。そこへペドリオが戻ってきて「皆寝込んでいます」と報告してから、見張りをベルモンテに依頼して、ピッチカートによるマンドリン伴奏でおどけたセレナードで女達を誘い出そうとして歌っていた。歌は「ムーア人の国に可愛い娘が虜になった」と言う長いもので、その間に時間がどんどんと過ぎていった。



      コンスタンツエがやっと二階から降りてきてきてベルモンテと逃げだしていたが、続いてブロンテがハシゴで降りようとしたところで、大きな声が聞こえ、ハシゴがオスミンに見つかってしまった。さあ大変。二人は二階から逃げ出したが衛兵の警戒が厳しく、囲まれて捕まってしまった。そこへベルモンテたちも衛兵に連れられて来て、結局は四人ともオスミンの前に引き出されてしまった。ここでオスミンが大喜びして歌う「勝ちどきのアリア」は、オスミンの日頃の鬱憤を解消し、役目を果たした喜びに満ちた、この日のオスミンの最高の劇的なアリアであった。


      そこへ騒ぎを聞きつけセリムが現れ、コンスタンツエを見てビックリするが、彼女は健気にも「私の代わりにこの人を許して」とセリムに乞うていた。さらにベルモンテがセリムに身代金で四人の命を助けてと頼んでいるうちに、セリムは自分の仇敵のロスタードスの息子と知って彼の怒りは増幅し、「お前の父親と同じことをしてやる」と言われて、二人は絶体絶命とばかり死を覚悟した。続いてこの二人により歌われた「何という運命か」と歌う二重唱は、オーケストラの絶妙な悲痛の響きと相まって真に迫り、最高の二重唱になっていた。始めにベルモンテが「僕のせいでコンスタンツエが死んでしまう」と歌い出し、コンスタンツエは「一緒に死ねるのは喜びです」と答えていた。ベルモンテがそれを聞いて「天使のような心だ」と感激し、そして終わりには、「喜んで死にましょう」という二重唱となり、素晴らしく感動的なアリアであった。




      そして再び現れたセリムは、死の覚悟を決めた二人の開き直った泰然とした態度を見てか、自らナイフを手にしてベルモンテに向かい意外にも彼の手縄を切って「二人とも、故郷に帰れ」と言い出した。直ぐには信じられないほど寛容な言葉を聞き、驚く二人。「悪に対して悪で報いるよりも、善行で報いる方が遙かに心の満足は大きい」とセリムは語り、「父親に伝えよ」と言われて二人は絶句した。セリムの皆には理解できぬ高遠な心情は、皆を驚かせたが、寛容な赦しの精神を讃えることが、当時のこのヨーゼフ二世から依頼されたオペラの目的であり流行であったのであろうか。



       ペドリオとブロンテも一緒に許されて、オスミンをカンカンに怒らせたが、セリムは「努力しても手に入らぬものは、捨て置くしかないのだ」と呟いていた。そして四人で代わる代わるに歌い出す感謝の気持ちのヴォードヴィルが明るく歌われた。始めにベルモンテが感謝の気持ちを歌って合唱団が引き継いだ後、コンスタンツエが続き、ペドリオ、ブロンテと続いていたが、ブロンテのけだもの発言にオスミンが反応して一暴れした後に、四人は迎えにきた船に乗り込んでいた。

      最後にセリムを前にして賑やかなトルコ風の「セリム万歳」の合唱が始まり、四人がたち去ってから太守の徳を讃える合唱が続き幕となっていた。絶望の世界から一転して感謝への急展開で、舞台では意外な結末への感動から、素晴らしい拍手と歓声でカーテンコールが繰り返し続いていた。



     これまでのエストマンのオペラは、古楽器による音の響きや狭い舞台を活用したアンサンブルの良い舞台が他では得られない特徴を持っていたが、他の演奏だとゆっくりと美しく歌われるアンダンテのアリアが、エストマンの手によるとテンポが速過ぎてついて行けなくなることが多かった。この「後宮」でも第二幕冒頭のブロンテの歌う第8番のアリア「優しさとお世辞が」がそうであったが、この曲を除くと抑制的であり、逆に全体的に支配する速いテンポがこのオペラの繰り返しの多い長いアリアの冗長感を和らげていたように思った。このオペラでは、私が好まないエストマン固有の癖が目立たなく、むしろ軽快なテンポが快く感ずることが多かったのが有り難かった。また、トルコ風の響きが多いこのオペラにおいて古楽器によりどう変化するかも気になっていたが、オーケストラが小規模のせいか余り刺激的な音にならず、むしろ好ましい音に聞こえた。

           歌手陣たちは、その殆どがこのHP初登場であり80年代後半になってデビューした若い歌手たちであるにも拘わらず、歌・演技とも見事であり、この作品に相応しい若々しい生命力を自然に表現していた。これはこの劇場独自の専属的な長期参加の歌手たちに対し、エストマンの意図と目的を十分に理解させるようリハーサルを重ねていることによるとされている。
  コンスタンツエ役のアガ・ヴィンスカはポーランド出身で、ワルシャワで夜の女王やコンスタンツエでデビューしており、この劇場では今回が初デビューとされている。歌も良く演技も魅力的なコンスタンツエを演じていた。ベルモンテのリチャード・クロフトは1984年NYメトでオーデイションに合格したアメリカ生まれの若いリリック・テノールで、この劇場では1988年の「にせの女庭師」のベルフィオーレ伯爵役であった(未アップ)とされている。このベルモンテでは、若々しい声を張り上げて難曲に挑戦していた様に見受けられ、その初々しい姿が魅力的に見えた。オスミンのタマーシュ・シューレはハンガリーのバス歌手であり、この劇場ではこの役が初舞台のようであり、なかなか力強いオスミン役をこなしているように思われた。また、ブロンテのヘルストレームおよびペドリオのモリニーはいずれもスエーデン出身であり、最近この劇場に加わった新鋭のようである。

            エストマンはこのドロットニングホルム宮廷歌劇場を使って、1981年から1991年にかけて8種類のモーツアルト・オペラの映像を収録した唯一の指揮者である。最初の頃にアップしてきた一連のオペラ・ブッファよりも前回にアップした「魔笛」(1889)や今回の「後宮」などの方が、早すぎる音作りの部分が少なく、初演時の簡素な舞台作りとピリオド奏法に似合う大舞台では得られぬアンサンブルの良い音楽に出逢うことが出来たと思われる。このエストマンの「後宮」は、18世紀の木造の小劇場の活用とピリオド楽器と奏法とがとても良くフィットしており、ブッファでは時にはついて行けない早いテンポ感がこの「後宮」には殆どなく、そのせいか、初演時に近い素朴な舞台造りとアンサンブルを重視した歌手陣たちの歌や動きを、安心して楽しむことが出来た。これらの「魔笛」と「後宮」は、エストマンの意図が生かされた推薦に値する映像であると思われる。

(以上)(2011/10/21)


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