2012年フェラインの仲間と行くロベレート・モーツァルト音楽祭−ロベレート編−
−ロベレートの町並み・歓迎式典・音楽祭の風景・近郊の史跡巡りなど−写真集1−

−6年振りで訪れたロベレート音楽祭であったが、ザルツブルグのモーツアルテウムの応援もあり、ボラーニ協会長も相変わらず健在で、明るく賑やかな音楽祭が続けられていた。連日、快晴に恵まれ、訪問したロベレートや近郊の建物なども美しく保存されていた−

2012年フェラインの仲間と行くロベレート・モーツァルト音楽祭−ロベレート編−

−ロベレートの町並み・歓迎式典・音楽祭の風景・近郊の史跡巡りなど−写真集1−

  倉島 収(千葉県柏市K.449)

1、はじめに、 

   かねてフェラインで計画していたイタリア・モーツァルト協会主催のロベレート音楽祭へのツアーに参加し、このたび元気に帰国した。今回は、6年ぶりの音楽祭行事への参加とフェライン顧問の久元祐子先生の音楽祭でのリサイタルを応援するという目的も加わり、最後にヴェネツイアのフェニーチェ劇場で「リゴレット」を見たり、島巡りなどの観光などが目的の一つになっている。
    ここでは、この旅行のロベレートでの写真集と言うことで、写真を中心に、久しぶりにロベレートの音楽祭をまとめてみた。
始めに全体の旅行日程を示すと、以下の通りである。

●9月13日(木)スイス航空8:25分チューリッヒ経由ヴェネツイア空港18:50分、バスでロベレート到着21:30分、ロベレート泊、
●9月14日(金)午前ロベレート徒歩観光、カーサM、サン・マルコ教会、イタリアM協会昼食会。夜20:45分ターフェルムジーク&デイナー「ドン・ジョヴァンニ」ロベレート泊、
●9月15日(土)ガルダ湖およびヴェローナ観光、17:00分久元祐子Pリサイタル、20:45分、 ザルツブルグ・ジムナジウム・オーケストラ・コンサート、ロベレート泊、
●9月16日(日)ロベレート近郊(ワイナリー・M記念碑など)17:00分、ロドロン宮殿、五重奏曲演奏、ロベレート泊、
●9月17日(月)パドヴァ観光(サンタントニオ教会、スクロヴェーニ礼拝堂など)18;00分ヴェネツイア着、ヴェネツイア泊、
●9月18日(火)「ムラーノ島」および「ブラーノ島」観光、19;00分フェニーチェ劇場にて「リゴレット」鑑賞、ヴェネツイア泊、
●9月19日(水)ヴェネツイア空港10:05分チューリヒ経由、●9月20日(木)成田着7:50分、

2、ロベレート市内の散策−サン・マルコ寺院を訪問し、お城から市内を展望する−

  ロベレートについて翌日に、快晴の秋空の中、一行で市内散策した。駅前通に出て、小滝さんがボラーニさんと出会った噴水の方向に歩いたが、モーツァルト音楽祭の幟が通り沿いにあり、以前よりも町の行事として定着していると感じた。噴水の前を通り、トデツキー男爵邸であったカーサ・モーツァルトの前で、記念プレートの写真を撮った。ここまでは以前と変わりはなかったが、鍵がかかっており、どうしてイタリア・モーツァルト協会に入れないかと不思議に思ったが、3年前に移転していたとは、その時は知るよしもなかった。
     坂道をゆっくり上って、サン・マルコ寺院の広場に出て写真を撮り、内部に入ってみた。昔は、カメラの性能が悪く、寺院内の写真は不出来なものが多かったが、今ではフラッシュをたかないで、暗くても良く撮れる。しかしここは、窓から光が入っていたので、正面の祭壇側も背面のオルガン側も、余り良く映らなかった。古いオルガンに見えたが、モーツァルトが弾いたものより新しいものと以前に説明を受けた。
     その足でお城の展望台に行こうとしたが、お城が「戦争博物館」になっており、7ユーロ払って博物館に入らなければ展望台には行けないようであった。やむを得ず、博物館に入り、どうでも良い独立戦争時の武器や兵隊さんの持ち物など、つまらない展示物を取り抜け、何とか展望台にたどり着き、絶景の秋空に映えたロヴェレートの全景写真を撮ることが出来た。アルプスに続く山並みが美しかった。




3、イタリア的な歓迎の式典−イタリア・モーツァルト協会との調印式−

     展望台から市役所の方に降りてきたところで、市議会の部屋で市長さんの歓迎の挨拶とイタリア・モーツァルト協会との調印式があるから参加しないかと急に誘われた。協会長のボラーニさんの粋な取り計らいで、市議会室で待っていると、副市長さんがたすき掛けの正装で登場し、われわれに音楽祭への歓迎の辞を述べられ、続いて市の文化部長さんがこの音楽祭は歴史があり、市の文化の発展のために役立っていることを述べられた。また、音楽祭の顧問であるマルチェロ・アバド氏(指揮者アバドの実兄)が日本からようこそと、歓迎の辞を述べられた。

 続いて壇上では、ボラーニ協会長の発声により、今回イタリア・モーツァルト協会の北海道支部長になられた塚田康弘氏と、初めてこの協会の会員になられたフェライン澤田義博会長のお二人が紹介され、それぞれご挨拶があった。そしてイタリア・モーツァルト協会との調印式が行われ、満場の拍手を持って歓迎を受けていた。
      それからドイツのザクセン州からこの音楽祭に来られたザクセン・モーツァルト協会の皆さんが紹介された。彼らはご挨拶の後に、一行の演奏者によるホルン三重奏と珍しいアルプス・ホルンの三重奏の演奏が行われ、出席していた一同を驚かせていた。



このIMAの協会長さんによる新しい人を紹介したり、技術を持っている人に力を発揮してもらういかにもイタリア的な即席のもてなしにより、集まった人々は大いに楽しみ、驚くことが多い催しであった。

4、モーツァルト音楽祭の概要−4つの異なった会場のコンサートに出席−

4−1)9月14日(金)夜20:45;Tafelmusik&Dinner;レストラン・ノヴェチェント;ホテル・ロヴェレート、
ファビオ・ネーリ指揮、ターフェルムジーク・アンサンブル(管八重奏団)、ピアノ;C.Ruzza、ソプラノ;V.Coladonato、バリトン;F.Bettoschi、バス;M.Muraro、

   到着して最初のコンサートが、ターフエルムジーク・デイナーであり、隣のホテルのレストラン・ノヴェチェントでおよそ100人余りの出席者により行われた。ここで、主催者側のご挨拶で始まり、ネリー指揮のいつもの管楽八重奏によるターフェル・ムジークを聴きながら、ワイン・マルツイミーノ酒を味わいつつ、フルコースの晩餐を夜遅くまで楽しんだ。毎回、慣例の行事であり、出演者・参加者も総勢で、ほろ酔いの気分の中で、編曲のオペラアリアなどを楽しんでいた。


   ドン・ジョヴァンニの挿絵入りのレーベルのマルツイミーノ酒は、このホテルの特注によるものであり、後日、郊外のワイナリーに買いに行って、市販されていないことが、今回、分かった。このホテル特注のレーベルなのかもしれない。管楽合奏の伴奏で、ソプラノとバリトンによるアリアや二重唱が楽しかったが、直ぐ傍で芸をしながら大きな声で歌うので、もの凄く迫力があった。また、バスのムラーノ氏ほこのHPでも取り上げた記憶があるが、どうやらお客さんで来ていて、ご指名で歌わされたようであった。

4−2)9月15日(土)新カーサ・モーツァルト; イタリア・モーツァルト協会内小ホール、
久元祐子ピアノ・リサイタル、曲目;ピアノソナタ変ロ長調K.333、シューベルトの即興曲Op.142、幻想曲ニ短調K.397、ベートーヴェンのピアノソナタ第31番変イ長調Op.110

     久元先生はモーツァルトがイタリアで最初に演奏したとされるトデッキイ男爵邸内のホール(3年前のカーサ・モーツァルト)で弾くことを希望なさっていたが、現在の新カーサ・モーツァルトは、残念ながら、3年前に移転した近所の建物であった。これはここ数年間のIMAとの情報連絡が途絶えた結果であり、真に申し訳なく思っている。

     ロベレート音楽祭を主催したイタリア・モーツァルト協会が、音楽祭現地でのコンサートを生ビデオで全世界に中継すると期待されていたが、このたび久元先生の演奏風景が、フェライン澤田会長宛に送られてので、ご覧頂きたいと思う。

久元祐子先生のイタリア・コンサートの中継ビデオ

       このメールで送られてきたビデオは、U-Tubeのような方式であり、優れているのは、画面右側の日本国旗をクリックすると、パソコン翻訳の日本語が出て来たり、画面下側の時間経過を移動させることによって、任意の部分を選び出すことが出来る。先生の弾いた4曲のうち、前半63:12分にはピアノソナタ変ロ長調K.333およびシューベルトの4つの即興曲集OP142・D935が含まれており、後半31:00分には、幻想曲ニ短調K.387およびベートーヴェンのピアノソナタ第31番変イ長調Op110が含まれている。ゆとりを持った落ち着いた演奏であった。

      4−3)9月15日(土);夜20;45、オーデイトリアムMART(近・現代美術館)、ロヴェレート市内、
M.Oberreder指揮;Orchester des Musischen Gymnasiums Salzburg、(曲目)「劇場支配人」序曲K.486、フルート協奏曲第1番ト長調K.313、4管の協奏交響曲変ホ長調K.297b、 (ソリスト)フルート;G.Baracani、オーボエ;S.Finoedov、クラリネット;C.Fasanar、ファゴット;S.Castellanos、ホルン;D.Berrani、

    以前はザントナイ劇場がメイン会場であったが、4〜5年前から新設された美術館内の中ホールで、メイン会場として、現在、使われている。この会場は既に有名になっており、ここで演奏したDVD(12-1-2)なども、最近、市販されている。
      ザルツブルグの学生たちによるこのオーケストラは、この音楽祭の常連になっており、日頃の練習結果をご披露する良い場所にこの音楽祭はなっているようだ。 ソリストたちは、AudiMozartのコンクールの優勝者などが、協奏曲のソロを弾くことが多く、今回もフルートはなかなか優れていた。4管の協奏交響曲もクラリネット版であるのが珍しく、まずまずの演奏を聴かせてくれた。残念ながら、編曲者は不明であった。




4−4)9月16日(日)ロドロン宮殿、ノガレード;ロヴェレート近郊、
Quintetto AudiMozart(Audiのコンクールの優勝者たち)五重奏団、(ソリスト)フルート;G.Baracani、オーボエ;S.Finoedov、クラリネット;C.Fasanar、ファゴット;S.Castellanos、ホルン;D.Berrani、
(曲目)カンビーニ(1746〜1825)のクインテット第1番、ダンツイ(1763〜1826)のクインテット作品68の3、モーツアルトのアンダンテK616(クインテットへの編曲)、ライヒャ(1770〜1836)のクインテット作品68の5、

     アデイジェ川を渡った川向こうにある集落に、モーツァルトー家と親しかった貴族の館の一室。今回の演奏は、管楽5重奏曲集であったが、前回は弦楽四重奏曲集の演奏であった。管や弦のアンサンブルがとても良く響く。いつも向かえてくれるコンテッサの末裔と思われる上品な老婦人が健在であったので嬉しかった。


    曲目はモーツアルト以外は、同時代の作曲家の初めて聴く曲ばかりであった。彼らも余り演奏機会がない曲のせいか、練習不足なのか、会場の響きは良いのであるが、曲がつまらなく感じ、余り楽しいコンサートではなく、残念であった。

5、ブリーデイ男爵家の記念碑−庭園の記念碑とお墓など−



    これで3度目になると思うが、ロベレートの北外れにある広大なブリーデイ男爵家の庭園が、以前と変わらずに保存されていた。お家の方が案内し、説明をしてくれたのは、初めてであった。銀行の資産家であったブリーデイは、当時、モーツァルトのお墓がなかったので、自分で記念碑を建て、ラテン語で「罪深い人間の沈む場所」と読まれるお墓を作ったという。





  ブリーデイ男爵はフリーメソンを通じてモーツァルトと親しくなったようであるが、モーツァルトの死後、フリーメーソンが禁止されて、会員であったことを隠すようになったという。しかし、この記念碑やチャペルの中には、メーソンの象徴的なものが残されているという。イタリアには貴族の旧家が現在でも健在であり、日本とは異なるようだ。

6、アーラのピッチ−ニ家におけるモーツァルトの足跡−


今回初めて訪問したのは、ロベレートの南郊外にあるアーラという町 にあるピッチーニ家の屋敷跡であった。モーツァルト親子の三度のイタリア旅行の都度、訪問して歓迎を受けた場所であり、今では古い建物が博物館のように残されており、その一角に記念プレートのほか、当時を偲ぶ記念のものがいろいろと保存されていた。


       説明を受けたいろいろな絵画などで飾られた天井には、立派なフラスコ画が描かれており、それとなく半開きで置かれたオルガンも博物館クラスの時代物であり、イタリアでは探せば探すほど何かが出てくる巣のような町があるとつくづく感心させられた。

7、ガルダ湖の景観−シルミオーネ半島の別荘地をモータボートで一廻り−

       今回はロヴェレート周辺のバスの半日ツアーとして、ガルダ湖の景勝地「シルミオーネ」とヴェローナを駆け足で一回りしてきた。このシルミオーネは、ガルダ湖に細長い半島風に突出した景勝地であり、ミュンヘンなどのドイツからも車で簡単に来られる避暑地のようである。駐車場は土曜日で混雑しており、前回は歩いて見て回ったが、今回はモータボートで半島を一周して、湖上から見ようという計画であった。


       もの凄いスピードで飛ぶように進むモータボートは、爽快であった。景勝地とはいえ、まず、お城があり、それから別荘地が続いていた。小高い黄色い建物がマリア・カラスの別荘地であったと聞いた。また、半島の先端には神殿風の遺跡の跡があり、さすがイタリアだと思った。湖上の水面には、固定からアブクが立ち上っており、これは温泉が湧き上がっているとの話であった。







8、終わりに−6年ぶりのロベレートは、前より綺麗な町になっていた−

      昔と同じホテルに泊まったが、前より綺麗になり、食堂なども増築されていた。しかし、朝食の内容は以前と全く同様で、かわらない部分もあった。町並みは木が大きくなったように感じ、前より綺麗な町になっていた。今回は行けなかったが、改築中のオペラ劇場のザントナイ劇場の正面入り口は完成したように見え、駅では劇場の絵はがきが売られていたので、或いは完成したのかもしれない。トデッキイ男爵邸であったカーサ・モーツァルトが移転していたのは残念であったが、現在、修復中であり、 再びIMAが利用できるかどうかは分からないと言うことであった。今回はロベレートやトレンテイーノ州の地図を駅で購入したので、いろいろな会場の所在を地図上で確かめることが出来、収穫があった。

(以上)(2012/10/06)



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