2012年北大土木33年組の旅行会−写真集−
−北大の仲間たちと行く立山・黒部ツアー報告−

−黒部渓谷のトロッコ電車・立山高原室堂の景観・黒部ダムの景観など、晴天に恵まれ、昔の仲間たちと一緒に、紅葉の始まる高原の空気を、胸一杯満喫して来ました−

2012年北大土木33年組の旅行会−写真集−

−北大の仲間たちと行く立山・黒部ツアー報告

  倉島 収(千葉県柏市K.449)

1、はじめに、 

     2012年10月2日(火)から2泊3日で、北大土木の33年組の同期の仲間で、2年振りの旅行会が開かれたので、参加してきた。卒業生33人のうち、今回の出席者はわずか11名であり、二人の奥さんの参加を加えて、総人数13名であり、過去の旅行会の中では、真に残念ながら、最低の参加者数であった。

         東京から新幹線・北陸線経由で富山駅に到着したもの5名、名古屋から直行した幹事の蛇川さんの6名で富山駅の北口を出発し、バスは富山空港に向かった。懐かしい富山市街を通り抜けて、既に北海道から到着している5名と奥さんを含む7名とが、富山空港で合流し、一向13名が集合し懐かしい顔ぶれで、まずは市内の「ますのすし本舗、源本店」で、富山名物の昼食となった。 

         2泊3日の行程は、今日はまず、これから黒部渓谷のトロッコ電車に乗って宇奈月のニューオータニホテルで宿泊する。明日の3日(水)の行程は、念願のバス・ケーブル・ロープウエイなどを乗り継いで立山黒部ラインを通過して黒部ダムを展望することにあり、夜は大町温泉の黒部ビューホテルに宿泊し、明後日の4日(木)の行程は、安曇野の「わさび庭園」に立ち寄ってから松本城脇の第一会館で昼食会を行って、松本空港・JR松本駅で解散という豪華日程となっていた。

         昼食後、バスは宇奈月温泉へと高速道路を急いだが、トロッコ電車 の出発時間が15:19分、帰りの宇奈月到着が18:25分と決まっており、それなりに時間を気にしながらの忙しい行程であった。


2、黒部渓谷のトロッコ電車、−寒いくらいで、万年雪が残っていた−

         これまで懐かしい富山と述べてきたが、私は建設省時代に昭和53年5月から55年6月(1978〜1980)まで約2年間、富山工事事務所長として勤務していたからである。今から30余年前の昔であるが、当時、道路では国道156号線が全線開通して平・上平村の方々に喜んで頂いた経験をし、また、河川では富山空港建設のための神通川の右岸堤防の引き堤工事が完成した経験などをしており、富山県の根幹となるインフラ整備に情熱を注いだ体験をしていたからであった。当時、富山県には建設省の富山工事・黒部工事・立山砂防工事事務所の三つの事務所があり、戦前の内務省以来の公共事業を継続して実施していたが、その後黒部川で宇奈月ダム建設の工事事務所ができており、私にとっては、今回、この完成された宇奈月ダムを見るのは、初めてのことであり楽しみにしていた。



         久しぶりで乗った黒部渓谷のトロッコ電車は、夕刻になって風を切って進むので、トンネルなどに入ると涼しいを通り越して、むしろ寒いくらいであった。左側のトロッコ電車の写真は、模型であることがお気づきであろうか。今回は、この模型を大きくしたような電車が、公共機関として乗客・貨物輸送の重要な機関として、この地域のために活躍して機能している姿を見せられた思いがした。

   

          宇奈月ダムは、トロッコ電車の車中から、何とか完成した重力式ダムの姿を遠望することができた。また、電車が上流側に進むにつれて、湛水した湖が見えてきて、水が濁っており水位は高かったが、ダムが正常に稼働している姿を見ることができた。このトロッコ電車は、現職時代に何回か乗せて頂いているが、このダムの完成後は初めて乗っており、初めての眺めに感動ひとしおであった。
            

           トロッコ電車は欅平駅まで続いていたが、われわれは時間の都合で鐘釣駅で下車し、30〜40分散策した。駅の傍から、万年雪が見えると言うことで写真を撮ってきたが、万年雪に見えない方のために、全体の景色の中の万年雪の位置が分かるように、全体の写真も撮ってきた。沢から落ちてきた雪崩雪が何重にも堆積して、万年雪として残されたものであろう。

           宇奈月温泉の宿は快適であり、夜の懇親会は、一人一人の持ち時間に十分な余裕があり、ひとりひとり、近況報告や思い出話を語り合った。さすが、病気の話や健康管理が趣味だという人もいて、今回は11人しか出席できなかったが、日常の健康管理が、何にも増して重要であると言うことになった。


3、快晴に恵まれた立山・室堂周辺の展望−美女平から始まった紅葉が、弥陀ヶ原では色合いがとても濃くなり、みくりが池が紺碧の色に見えた−

           宇奈月を出発したときは、標高1000メートルくらいの山から上は雲がかかっており、晴れてくれるかどうか心配した。途中の高速道路では、既に万里の長城のように見える真っ白なコンクリート作りの新幹線が、開通を待ちわびている姿を見せていた。そういえば、富山駅も北口でバスが待っているなど、新幹線近しの地元の声が聞こえるような気がしていた。 

           バスなら行けるかと思った「称名の滝」は、残念ながら、絵はがきでと言うことになり、いよいよ地鉄の立山駅から「立山ケーブルカー」に乗り、標高が1000メートルくらいの美女平の駅に着いた。どうやら何とか遠望ができそうな天気であった。そこから「立山高原バス」に乗り換え、標高2000メートルくらいに広がる湿原の弥陀ヶ原を通ったが、紅葉が始まっていた。黄色に混じるナナカマドの赤の色が、バスの中からよく見えたが、車中は混んでいて写真は撮れなかった。標高が高くなるにつれて木木の高さがが小さくなり、標高が2400メートルの室堂駅では、はえ松などが多かった。



           室堂ターミナルでは、まず昼食を済ませて、室堂全体を展望したが、3015メートルの立山の直ぐ傍の雄山はよく見えたが、遠望する3000メートル級の頂の峰嶺には雲がかかっていた。しかし、雨にも当たらず、紅葉が見え、遠い山々を遠望できたことは大成功である。初めての方もおられたので、やはり最高の気分であった。みくりが池の近くまで散策し、ここにも万年雪があることを確認して、立山玉殿の湧水でのどを潤し、一休みした。  

  

       

          室堂からは「立山トロリーバス」という無軌条電車、すなわち、バスの形をした排気ガスに関係のない電車に乗り、「大観峰」と言うところに出て、ケーブルカーに乗り替える。これは「立山ロープウエイ」と言い、1.7キロの走行中、景観保護のため支柱が一本もないのが自慢であり、「黒部平」と呼ばれるところからの「黒部湖」を見下ろす雄大な展望は3000メートル級の北アルプスの峰を背景に最高のものであった。




       


4、黒四ダムでのひととき−水位が極めて低く、ボートには乗れなかったが、観光放水は行われており、その雄大さは驚きであった−


               「黒部平」から再び「黒部ケーブルカー」に乗って「黒部湖」へと進むが、このケーブルカーは全線が地下式で、これは日本で唯一のものであるという。いろいろな珍しい乗り物を乗り継いで、遂に「黒四ダム」の頂上にたどり着き、しばし息をのむような大規模な光景に見とれていた。









              既に室堂辺りで噂されていたのであるが、ダム湖の水位が低すぎると、遊覧船に乗船できないと言う報せであった。確かに満水面らしきところから10メートル近く水位が低いようであり、遊覧船は中止とされていた。しかし、観光用のダム湖からの放水は堂々と行われており、これは素晴らしく迫力のある光景であった。このような大量の水の放水は、確かに初めて見る風景であり、日が射していれば、見る角度によっては、恐らく大きな虹が見えるであろうと思われた。



    


             この黒四ダムはアーチ式ダムであるが、両サイドともアンカーが岩盤の中ではなく、自己安定型のウイング・アンカーとでも言おうか、自立式のアーチダムであり、アーチダムと重力ダムを合わせたような面白い構造をしていた。黒部川渓谷沿いのトンネルでは、「高熱隧道」などの言葉が残されているように、随所で温泉が出てきたり、崩壊が重なったり、冬季にはもの凄い雪崩が発生したり、自然との闘いは大変であったとされている。岩盤に刻まれた大きな慰霊碑が残されており、犠牲になった方々への思いを強くした。

黒四ダムからは、かってのダムの運搬路であった「関電トンネル・トロリーバス」に乗って、一路、大町市の扇沢にあるホテルへと向かった。ホテルに着いた頃は夕暮れであったが、道ばたに野生の猿がいたので驚いた。翌朝、散歩がてら、猿がいたところを歩いてみたら、ホテルの周囲はリンゴ畑であり、長野特産の大きなリンゴが鈴なりであり、猿よけの金網と上部は電線が張られて、猿を警戒しているようだった。


5、犀川の流域に出て、安曇野のわさび園で北アルプスを山々を眺めた 

 何種類の乗り物に乗ったか、大町のホテルに着いたときはかなり疲れていたが、ゆっくりと温泉で汗を流して食卓に向かうと、ビールが美味く、昨日同様に一人づつ、しゃべりながら、時間が来るまで食事を楽しんだ。話題の中では、次回以降の会をどうするかと言うことが重要であったが、費用をかけてこのような大名旅行的な旅行を中心にした旅行会から、年齢相応に東京か札幌に集まって、ダベリングを中心にした会にして、二年に一回と言わずに集まったらどうかと言うことであった。

              三日目も晴天に恵まれて、朝からビールが飲めるゆっくりした朝食を楽しんでから、バスに乗り込んだ。安曇野のわさび園は、北陸地建の管内だったので、何回も見ているつもりであったが、今回行ったところは「わさび農場」だと訂正をされたくらい規模が大きく驚かされた。

 

    


         農場の中には、恐らく昔の堤防だったところに、「水の神様」を祭った神社もあり、大切に保存されていたようだった。NHKの朝ドラで、若尾文子が女主人公の安曇野を舞台にしたドラマが半年間放映されていたが、その中で出てきた水車が美しかったが、写真では綺麗に撮れなかった。










            6、あとがき、


          バスはあっという間に松本市内に入り、松本城のお堀端にある第一会館と言うところで早めの昼食会となり、食べきれないほどの中華料理のご馳走が出てきて、丸テーブルの豪勢なお別れの食事となった。何を食べても美味しくいただけて、それだけでも有り難いと元気に出席できたことに感謝をしたい。また、次回をどうするかについては、札幌でも東京でも、定期的に何回か会合をしたりゴルフ会を続けているようなので、また相談しようとと言うことになった。


           こうして2泊3日の旅行会は、快晴に恵まれ、トラブルや事故もなく、幹事の蛇川さんの周到な準備が実って、お陰さまで楽しく終了することになった。終わりに、蛇川さん初め、参加した元気な皆さん方に、深く感謝申し上げたい。

     (以上)(2012/10/23)




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