最高の晴天に恵まれた2泊3日の仙台・松島旅行−一条中学時代の2010年旅行会−

−人数は予定通り6人が参加し、全員元気で新緑の「杜の都」仙台散策と松島湾の遊覧船を充分に楽しんで来ました− 


最高の晴天に恵まれた2泊3日の仙台・松島旅行−一条中学時代の2010年旅行会−
             

倉島 収(千葉県K.449)


1、まえがき、


 毎年続いている恒例になった札幌市立一条中学時代の3年5組の旅行会は、今年は「杜の都」仙台散策と松島観光という設定で、5月16日(日)から18日(火)の2泊3日で開催された。札幌から2人、東京周辺から4人が予定通り参加し、仙台のKKRホテル仙台に2泊し、ここを拠点として行動する計画であった。これまで宿泊は(株)キャノンの施設を利用していたが、今回はKKRの会員がいたので、初めての利用であった。しかし、キャノンの施設に較べると見劣りがするので心配であったが、会員並みに近い割引であったし、空いていて料理のメニューなども意外に豊富で割安であった。そのほか、年のせいか外に出掛けるのが面倒という理由もあって、結果的に2回の夕食も朝食も、KKRのレストランを利用することとなった。

2、仙台青葉祭りとダイハツ・コルテオ仙台公演、

  東京からは新幹線で、札幌からは空路利用で予定通りに、12時40分に仙台駅に集合し、早速、駅の食堂で昼食をとった。当初の計画では、この日は仙台・青葉祭であり、また切符が確保できれば、16:00〜19:00の間はダイハツ・コルテオ仙台公演を見ようという合意が出来ていた。この公演の切符が取れるかどうかで、お祭りをどう見るかが決まってくるという、頼りないスケジュールであった。


  まずは荷物をKKR に預けて、KKRから近いケヤキ並木の定禅寺通りの昼のお祭りを見ようと言うことでタクシーでホテルKKRに到着した。荷物を預けて、取りあえず勾当台公園の地下鉄駅まで歩き、青葉祭りの様子を見た。折から大通りの方から定禅寺通りの方に派手なみこしや台車が通過していく時間であった。ところが、直ぐ近くにあるはずの ローソンのチケットピアまでお祭りの臨時交通規制のため到達不可能であった。




  そのため、当日の切符が確保できるかどうか長町1丁目の広瀬川ぞいのコルテオ会場まで第一班が直接行くことになった。仙台の地下鉄は値段は高いがとても便利であり、会場まで30分ほどであった。幸い、現地窓口で当日券6枚が入手できたので直ぐ連絡し、全員でダイハツ・仙台公演を見るということになった。この公演を見てから祭りの後に、どこか牛タンの美味しい店を見つけようということになった。

 
  この会場は、テントで出来た大きな仮設劇場であり、全く予備知識がないままに入場した。どこでも場内撮影厳禁であったので、誠に残念であるが、玄関口の写真と帰りがけの全員の記念撮影しかできなかった。



 サーカスと言っても、総勢は100人を超える芸人たちが、20種類ぐらいの演目に別れて、広い舞台で着飾って演技するものであり、使用する道具類も巨大なシャンデリアから、空中を遊泳する巨大なバルーンに至るまで、度肝をを抜かれるものが多く、凄いプロ集団であると感じた。そこでどうしても写真を撮りたくなってしまう。コルテオ仙台公演のHPを見ると、公演概要が掲載されていたので、引用可能かどうかテストのつもりで試みたら、見事に成功した。それぞれの写真をクリックすると、その特徴や公演者の簡単な紹介を見ることが出来る。こういうことが出来るなら、厳格な写真禁止を試みてもやむを得ないと思われるが、パソコンを利用できない読者に対するサービスは不可能である。



  そのため、彼らにはこのホームページのハードコピーを取る際に工夫して、現地で見て感動的であった数項目、例えば、アダージョ・デユエット、バウンシング・ベッド、ラダーなどをコピーサービスすることを考えたいと思う。

  予定通り公演を見てから、地下鉄で勾当台公園駅まで帰路についたのであるが、歩き回るのがだんだん面倒になってきたので、KKRのレストランで牛タン定食でも取って乾杯しようと言うことになった。夜の個室でのダベリングは、椅子や飲み物やつまみ類をそれぞれ持ち寄り、夜中の23時頃まで、久し振りの再会を楽しみ、話は尽きなかった。  



3、松島湾遊覧船の島巡りと桂島でのバーベキュー、

7時半に朝食のレストランで顔を合わせ、とても食べきれぬほどのご馳走の朝食を済ませた。今日一日のスケジュールは、9時10分前にタクシーでJR仙石線のあおば通駅発9時23分の電車に乗り、松島海岸駅に10時に着く予定をであった。ホテルを出る直前にホテルの中庭で記念写真を撮った。




  10時には予定通り海岸駅に着き、駅前で松島島巡り観光船企業組合の方と予約の確認をし、貸し切り小型船で湾内遊覧を30分ぐらいしてから、桂島に上陸をし海鮮料理のバーベキューを楽しむこととなった。快晴に恵まれて、浜まで降りていくと、眩しいくらいの太陽が照りつけていた。気温は高くなく、清々しいほどの爽やかな日であった。





  船に乗り込むと、早速、出発となった。驚いたことに船が走り出すと、海の上に浮かんでいたウミネコたちが、われわれの姿を見て追いかけてきた。すれ違った船では、 餌をやっているせいか、沢山の鳥の群れが追いかけていたので、われわれも煎餅を投げつけると喜んで啄み、船を追いかけてきた。大きな鳥は、翼を広げると1メートル以上あり、初めての体験にわれわれは子供のようになって喜んでいた。



  目的の桂島は、松島湾を塞ぐように存する太平洋側に面した一番遠い島であった。途中の至る所に特徴のある名を持った個性豊かな島とすれ違いながら、桂島に向かった。右上の写真は、4つの空洞を持った島で、鐘島という。四つの穴に打ち寄せる波音が鐘を打つ音に聞こえるという。また、右下の島は、太平洋側の波の一番荒そうなところにある有名な仁王島である。仁王像を思わせる不思議な造形は、自然が生んだ傑作であるという。島巡りのコースは、この島を見てから引き返すらしい。
  われわれは桂島に上陸し、向かえに来たマイクロバスに乗って、バーベキューの会場の民宿のお庭に向かった。この島は、行政区画は塩釜に属し、小学校が一つある人口200人くらいの島で、水道は塩釜からパイプで海底づたいに供給されているようだった。
  



  バーベキューは、炭火が起こされており、直ぐに始まった。始めはつぶの大きなものを四つ切りにして串に刺し、またエビを串に刺して焼いてくれた。現地の子カニのおみそ汁と梅干しととろろ昆布のおにぎりが2個であった。続いて、生イカの醤油漬けが美味しく、最後に生ガキのバーベキューの食べ放題という趣向であった。大きなカキを4つか5つご馳走になったが、おにぎりが美味しく平らげた後だったので、直ぐにお腹がいっぱいの状態になった。
   ご主人のお話によると、養殖カキのタネは全国の8割近くが松島産で、広島や北海道にまで届けているいう。松島は湾が広く綺麗なので、天然のカキが岸壁などにも小さなものが沢山へばりついており、これを一個一個別のところで育てると大きなものに成長するという。





   太平洋側に面して海水浴場があったが、砂浜と陸地の境は防潮堤になっていた。この島が松島湾の外洋からの津波を防いでいるという姿のように見えた。防潮堤の上で、太平洋側と内陸側を望みながら、記念写真を撮って貰った。帰りの船も、時間通り、松島から到着していたが、行きと同様に13人乗りと記された小型船であった。






4、松島の五大寺・瑞巌寺・円通院の訪問、

船を下りて、再び松島海岸に到着し、瑞巌寺周辺をどう巡るかが問題であったが、足の悪い障害者が仲間に二人いるため、自然に歩けるところまで行こうと言うことになった。最初の訪問地は、湾に突き出た島の上にある五大寺であった。「透橋」と呼ばれる満潮時には島になることが透けて見える赤い参橋を渡って、五大寺を一周することが出来た。
  五大寺は東北最古の桃山建築と言われ、807年に坂上田村麻呂が建立した毘沙門堂に慈覚大師が五大明王像を安置したことから五大寺と呼ばれている。現在の建物は、1604年に伊達政宗が再建したもので、瑞巌寺の管理下にあるようだ。






   五大寺を出て直ぐ正面に国宝瑞巌寺の碑文があった。瑞巌寺の総門を入ると、参道が黒門まで続き、その間は約200メートルにわたり、鬱蒼とした杉並木が見えた。われわれは右側に続く洞窟の遺跡群を見ながら進んだ。






   瑞巌寺は826年に慈覚大師が開創した奥州一の禅寺で、1609年政宗が5年をかけ桃山文化の粋を尽くして再興したものである。現在は大修理のため本堂などは非公開であり、入口から工事中の囲いの姿が見えていた。入場料700円と高く、本尊や政宗の大位牌などは公開中のようであったが、入口で記念撮影をして、その先に見えた茶店で一休みした。そこでは他所では食べられない甘いものを各自注文したが、私は手作りの「ずんだだんご」を初めて味わうことになった。




  一休みした後、歩かずに人力自転車で方々散策しながら松島海岸駅に行くグループと、名庭園として知られる円通院を見て徒歩で駅に向かうグループに別れた。
  円通院は政宗の嫡孫の光宗君の廟所で、光宗は江戸でわずか19歳で亡くなったため、二代藩主忠宗公によって建立されたという。








  庭園でまず目を惹くのは、松島湾内に実在する七福神の島を仏の庭に表した庭園であった。また、約700年前以上という洞窟群がここにもあり、この掘りやすく浸食されやすい松島特有の砂岩が内陸にも分布していた。さらに、樹齢700年以上という「八方睨みの名木」と称されているオンコの大木があり、禅林の瞑想の庭と称せられる風格を見せていた。




  松島海岸駅で全員が集合し、3時過ぎの電車で仙台へと帰路についた。仙台駅からは疲れたと言ってホテルKKRにタクシーで戻るグループや土産を買いたいというグループに別れた。
  夕食はホテルの和食レストランで6時から、ビールやワインを飲みながら、豊富な食卓で和気あいあいと語らいながら、楽しい一時を過ごした。8時過ぎには、二次会と称して昨日に続き、椅子やつまみ類を個室に持ち込んで、10時過ぎまでダベリングをしていた。良く話題が尽きないものだと感心していた。

5、ループル・バスを利用した瑞鳳殿や仙台城趾の散策、

レストランで朝食を取りながら、今日一日の最後の日程を相談したが、2台のタクシーで乗り継ぐよりも、昨年那須で利用した市内の観光地を巡るループル・バスが安くて便利であることが分かり、青葉城の一角と復元された瑞鳳殿に行ってみようと言うことになった。バスは仙台駅前から出ているので、荷物を駅のコインロッカーに預けて、道順からまず伊達政宗公の霊屋である瑞鳳殿に行き、それから青葉城に行くことになった。





  ところが、瑞鳳殿前でバスを降りてから気がついたのであるが、そこから瑞鳳殿入口まではかなり離れており途中から坂道となって、タクシー駐車場まで大変な距離であった。そこから杉並木の階段の参道を延々と上る道筋であり、途中で足の悪いわれわれは途方に暮れた。何故バスはもっと近くまで来てくれなかったのかと。休み休み、長い石段を一段一段と進んで、途中の正宗山瑞鳳寺を覗きもせずに、瑞鳳殿の涅槃門までたどり着くのが大変であった。ここでやっと着いたと記念撮影をした。
  瑞鳳殿は桃山時代の遺風を伝える豪華絢爛な廟建築として1931年に国宝に指定されていたが、1945年の戦災で消失したという。現在のものは、消失した藩主三代の霊屋跡地を発掘調査の後、2001年に修復されたものであり、創建当時の姿が甦っているという。実に見事な造りであり、日光の東照宮を小型にしたような煌びやかな造りと色彩をしていた。また、藩主三代の発掘調査では、完全な遺骨と共に武具や文具など貴重な副葬品が発見され、それらが資料館で公開されていた。発掘時の記録映像も用意されており、頭骨をもとに復元した三藩主の容貌像なども見事に復元されていた。






  資料館を出てタクシー乗り場までは、階段を下るものの距離はかなりあり、ここでタクシー班とループルバス班との二手に分かれて、青葉城の資料館前で合流をした。
青葉城資料展示館では、現在、出城の一部しか復元されていないお城を、「幻の仙台城をコンピュータ・グラフイックの映像で復原した」と宣伝された映像を見てきた。 史跡調査にもとずいて、バーチャルに仙台城の全貌を再現したものであったが、説得力のある映像であった。しかし、説明がうるさすぎて、内容があるだけに、もっと真面目に学術的に丁寧にやって欲しいと思った。




  この青葉城までで、われわれは見学のエネルギーを使い果たし、後は仙台駅まで戻って、遅い昼食を旨い寿司屋で済ませて、駅で解散しようと言うことになった。ループルバス停では、バスを待つ間、ベンチに座り込んでしまう有様であった。

      仙台駅の寿司みちで、ランチタイムのメニューにありついて、遅い昼飯に舌鼓をうったが、くたびれていても元気な証拠であると大笑いをした。そして札幌班と新幹線班に分かれて、またの再会を楽しみに帰路についた。


6、あとがき、

  この旅行会は、これで10年、10回目になったようである。このように楽しく継続できたのも、万年幹事で完璧主義の西出さんのお陰であった。しかし、体調が悪くなった現在、10年一区切りという意味合いで、このようなスタイルの旅行会は残念ながら、今回限りにしようという申し出でがあり、ご本人からのお話なのでやむを得ないと言うことになった。しかし、われわれの友情はこれで途切れるわけではないので、それぞれが東京や札幌に赴いたときに、随時連絡しあって集合することにしようと言うことになった。
  長い間、旅行会の中心になっていただいた西出さんには、深く御礼申し上げたいと思うし、これからも元気で連絡役の中心になっていただきたいとお願いしたい。

  なお、今回が最後と言うことで、この旅行会を回顧する意味で、このHPにアップロードした旅行記を一括してお示しすると下記の通りとなる。クリックして、随時、ご覧いただきたいと思う。

  1. 好天に恵まれた2泊3日の那須高原旅行
    −一条中学時代の09旅行会−(09/05/24)
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  2. 好天に恵まれた2泊3日の箱根旅行
    −全員集合の元気だった一条中学時代の旅行会−(08/06/02)
  3. 懐かしの熱海旅行−07年一条中3年5組旅行会記録−記念写真集−(07/06/18)
  4. 中学校時代の皆さんとの和歌山・淡路の旅行会−関西空港集合→和歌山市(泊)→淡路島洲本→南淡路(泊)→鳴門うず潮→大阪伊丹空港解散の旅程−記念写真集−(05/11/05)
  5. 好天に恵まれた札幌一条中三年五組の04年旅行会
    −木曽路を散策し、日本ラインを下って犬山城に登ってきました−(04/11/09)

(以上)(2010/05/21)


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